171号線奪還


人は語る。
開かれた道は、解放へと至る道標であった、と。

人は語る。
立ちはだかりし者たち、其に帰るものなし、と。

俺たちの巣に対する攻撃が完全なる失敗になって以後、さすがに同じ轍をベルカが踏むことはなかった。とはいえ、既にほぼ全土が掌握されているウスティオの空を飛ぶ戦闘機は圧倒的にベルカばかりであり、偵察行動の度に遭遇した敵部隊と一戦交えるというのが俺たちの日課になっている。少しでもベルカの航空戦力を削いでおくため、遭遇した敵機は極力殲滅するように、というウッドラント大佐の方針を、師団の猛者たちは喜んで受け入れた。何故なら、遭遇戦で撃墜した敵機は上乗せ分の報酬に変わるという条件がぶら下がっていたからだ。見事なまでの人参のぶら下げ方に俺もラリーも苦笑してしまったものだが、自身にとっても報酬の量が増えることは後々機体をより高性能なものに切り替えるためには必要ではあったから、従って俺自身も遭遇した敵を無事に帰してやることは無かった。むしろ積極的に葬っていったと言っても良いだろう。どうやら、寝返るつもりは毛頭無いようだな、とはラリーの冗談だったが、俺のことを不安要素と見なすレイシストに対する無言のメッセージのためにも、俺は敢えてそうする必要もあったのだ。

何度目かの出撃から無事に帰投した俺とラリーは、ようやく狭く暑苦しいコクビットの中から解放されて、ヴァレーを吹きぬける心地よい春風に顔と身体をさらしていた。この間の出撃時は雪が降り積もっていたこの基地にも、遅れ馳せながらの春が訪れようとしている。かつての故郷、ベルカでの少年時代にあまり良い思い出はなかったが、父親の操るセスナ機から見下ろした春のバルトライヒの木々の美しさは、今でも忘れられない、数少ない良い思い出だ。今でも、あの自然は変わることなく春を迎えているのだろう。最も、その木々の下では、北の谷への最終防衛線を敷くベルカの兵士たちが走り回っていることは間違いないのだが。
「ん?何だか楽し……いや、騒々しいことになっているみたいだぜ」
ラリーの指差す方向は、先日まで空き部屋だったアラートハンガー。そういえば、配属の遅れていた連中が到着するいう話は聞いていたが、どうやら連中は戦闘機も現地調達だった俺とは異なり、機体ごとこの基地へと乗り付けたらしい。無人だった格納庫の前には、この基地では初めての乗り手になるであろう機体が佇んでいる。F/A-18C。そのうちの1機はわざわざシャークフェースを機首に描き、機体色もどうやらこだわりがあるのか、黒一色で塗りつぶしている。そしてその尾翼には、お世辞にも上品とは言えないバニーガール。俺は思わず額を手で押さえた。俺はこの悪趣味なエンブレムを付ける男を知っている。というよりも、そんな知り合いはただ一人しかいない。
狂犬、現る 「何度も言わせんな、このモヤシ野郎!!マッドブル・ガイアの名前を聞いたことがないとは、さてはおまえモグリだな。モグリのガリガリモヤシ野郎!ヒッヒッヒッヒ、決まったぜ、今度の出撃から俺はおまえさんをストローモールと呼んでやろう。いや、そう改名しろ!」
「だから何度も同じことを言わせないで下さいと言っているんです!これも私の任務なんですから、いい加減に話を聞いてください!!」
「……また坊やがやっているよ。ん、どうした相棒、頭なんか抱えて」
悪い予感が当たったというのか、何というのか。俺の知る、例の悪趣味なエンブレムを好む男――以前、同じ部隊で共に飛んだこともある凄腕の傭兵、ガイア・キム・ファン。基本的に0の数でしか動かないはずの男が、よくもまぁ、財政難極まりないウスティオのジリ貧部隊に入ってきたものだ。
「……坊やが気の毒になってきたよ。あいつに話を聞けと言うこと自体が無理な話だ。その10倍は相手の話を聞く羽目になるからな」
「へぇ、知り合いなのか、あいつと。マッドブル・ガイアの名前は俺も知っているが、なかなか面白そうな奴じゃないか」
「そう思うなら、一度あいつとサシで飲んでみるといい。次の日に戦闘機なんか乗ってられなくなるから」
パイロットスーツにサングラス、頭は相変わらずのパンチパーマという姿のガイアは、シャーウッドを挑発するように足を踏み鳴らし、大げさなゼスチャーで首を振っている。対するシャーウッドの坊やは 頭から湯気が立ちそうなほどに真っ赤になって、かろうじて激発を堪えている様子である。ふぅ、と俺は頭を振りつつ、出来れば避けたい再会の場へと重い足を動かした。近づいてきた新手の顔に視線を動かした奴の顔が一瞬止まり、そして満面の笑みへと変わっていく。
「レオンハルト!久しぶりだなぁ、会いたかっぜBaby!!ラフィーナ嬢は元気か?あんな上玉、いつの間にか手篭めにしやがってなぁ、この野郎。ん?尻に敷かれたいるんだから手篭めにされたのはおまえか?鬼もすっかり形無しじゃないか。こんなとこよりも暖かい家の中で、可愛い細君の上に乗っている方が楽しいだろうに。お、おおっ、上に乗るのはラフィーナ嬢か。フッヘッヘッヘッヘ。……このスケベ」
「変わらないなぁ、本当に。あまりに元気過ぎて逃げたくなってきたよ。……坊や、こいつはガイア・キム・ファン。マッドブル・ガイアは傭兵たちの間の通り名だ。由来は……言わなくても分かっただろう?」
もううんざりだ、と言わんばかりにシャーウッドが頷く。ここに来た当時は随分とつっけんどんな態度だった彼も、この間の戦闘以来がらりと雰囲気が変わってきた。彼にとってはあこがれのエースである俺の相棒、ラリー・フォルクが認めたパイロット、という肩書きが彼の頭の中に描かれたらしく、待機中の時間などに空戦技術やこれまでの戦闘の話などを聞きにくるようになったのだ。別に断る理由も無いので暇があれば相手をしてやっていたが、今は当時と同じような怖い顔で俺を見上げている。
「……やっぱり傭兵の世界は私には理解出来ません」
「アレは特別だ。アレの頭の中がどうなっているかなんかは俺にも分からん」
「でも、随分と仲が良さそうで」
「……」
もう再会の挨拶は終わったとばかり、今度は周りの整備兵や通りかかった女性兵士たちを相手に喚きまくっているガイアの姿を見て、俺はもう一度ため息を吐いた。背中に刺さるシャーウッド坊やの視線が、何だか妙に痛かった。
どちらかといえば消極的かつ陰湿と言っても良い、強行偵察遭遇戦から解放された俺たちが向かう先は、ウスティオ同様にベルカの侵略を被ったサピンは国道171号線。アーレ川、エムス川に架けられた橋はそれ自体が重要な防衛拠点となっており、そこにはベルカの機甲師団が展開して敵勢力に対して目を光らせている。ウスティオが解放への一歩を踏み出すためには、強力な支援者を招き寄せる道がいる――そう、超大国オーシアの大部隊を誘引し、かつ反抗作戦に必要な物資を運搬する生命線を確保する必要があった。それが即ち、171号線。オーレッド湾からサピンを抜けディレクタスへと至るこの道こそ、ウスティオ解放のための重要拠点とも言うべきものだった。

「マッドブル1より、各機、切り取り放題だ。敵の手にあるものは皆銭袋だ。遠慮のかけらも必要ねぇぞ」
「マッドブル2、了解」
「マッドブル3、了解。……ヘッヘッへ、血が騒いできやがったぜ」
今頃ディンゴ1、シャーウッド少尉はコクピットの中で地団駄踏んでいることだろう。今作戦より俺たちと共に飛ぶことになった第6師団第42小隊――"マッドブル・ガイア"に率いられた一隊は、積める限りの爆装をして、我先にと目標地点へと駆けていく。あの性格故に、常に部下といえば荒くれ者ばかりのマッドブル1だが、そんな統率もないような連中をまとめて驚異的な戦果を挙げてみせるのが彼の特殊技能といっても良い力だった。もっとも、血を求めすぎて深入りし、損害を被ってくることも少なくはなかったが、彼らが葬り去った敵の命は遥かに多かった。案外、あれで世話好きな男で、若い頃の自分は玩具半分本気半分で世話になったのは事実だ。あの際限ないお喋りには辟易だが……。
「こちら空中管制機イーグルアイ。本作戦より貴隊らの指揮を執る。よろしく頼む」
「ほぅ、これはまた随分と美声のAWACSだぜ。イーグルアイ、降りたらこの無精髭で頬擦りしてやるから覚悟しておいてくれよ。……ヒッヒッヒッヒ」
「……相変わらず下品に磨きがかかったようでなによりだ、マッドブル。……間もなく敵防衛線に突入する。全機、警戒せよ」
「つれないねぇ……まぁ、いいや。おいサイファー、ディンゴ隊、今日は俺たちの初陣だ。一番槍とエースは俺たちが独占させてもらうから、のんびり上空で観戦しているといいぜ」
マッドブル隊が高度を下げていく。何だかんだと言いながら、トライアングルを全く崩さずに降下していくのはさすがというべきか。俺たちは奴らのやや後方を速度を抑えながら追う。400フィートくらいまで降下したところで水平飛行に戻したマッドブル隊は、至近距離に展開している戦車隊を獲物と見定めた。遅まきながら対空砲の放つ火線が空へと伸びていくが、攻撃を嘲笑うかのように接近したマッドブル隊は次々と爆弾を放っていった。穀倉地帯の只中に火球が膨れ上がり、次いで黒煙と炎がぐわっ、と膨れ上がる。爆弾の直撃を被った複数の戦闘車両が火炎地獄から逃れる術はなく、かろうじて車内から脱出した兵員もすぐさま炎の舌に嬲られて消し炭へと変わっていく。
「こちら第1守備隊、現在敵航空部隊の爆撃を受けている。至急応援乞う!!」
「くそっ、容赦ないぞこいつら。民家もろとも吹き飛ばしやがった」
爆弾の直撃を逃れた何両かの装甲車が、主力部隊の待つ北側のエリアに向けて逃走を始める。マッドブル隊に出し抜かれたディンゴ隊から機関砲が放たれ、土煙と砕け散るアスファルトの破片の先で装甲車が蜂の巣になって燃え上がる。
「これじゃ、連中に全部持っていかれてしまうな」
「のんびり観戦しているのも性分に合わない。行こうか、ガルム2?」
「同感だ」
俺たちの進行方向前方から複数の機影。続いてコクピットに響き渡るのはレーダーロック警報。この地域の迎撃隊だろうか、長射程AAMを積んだ複数の機体から、俺たちを屠るための槍が放たれる。当たるものかよ!ヘッドオンのままバレルロール。ピクシーも至近距離で同様にバレルロール。迫るAAMも俺たちの機動に合わせて軌道を修正していくが、如何せん彼我の相対速度が速すぎる。俺とピクシーが元のポジションにぴたりと戻るのに対し、AAMは明後日の方向へと白煙を吹き出しながら虚空を貫く。そして目前には無防備な敵機の顔があった。素早くガンモードに切り替えてアタック。コンマ数秒の刹那に放たれた機関砲弾が、真正面から突入してきたMig-21bisのエンジンに飛び込み、炸裂する。轟音と衝撃を互いに放ちながらすれ違ったその後方で、直撃を被った2機が大爆発を起こして四散する。そして至近にいたもう1機は、吹き飛ばされた残骸に突っ込んで主翼を引き裂かれる。

幸先良く敵戦闘機を葬った俺たちは加速しつつ敵本隊へと踊りかかった。それまでの分遣隊とは比べ物にならないような対空砲火が空を染めるが、その砲火をすり抜けるようにして爆弾を、機関砲弾を、そして対地ミサイルを浴びせていく。超低空まで一気に降りた俺は、上空の味方を狙うSAM車輌を狙った。照準レティクルに目標がおさまった刹那、発射トリガーを引いて機関砲弾を放つ。今まさに上空の獲物目掛けてミサイルを放とうとしていた一台が直撃を被って爆発。操縦桿を少し手前に引いて上昇。後方から放たれた対空砲火を回避すべく、機体をロールさせながら一時離脱。敵攻撃の射程外に一旦引っ込んで、再び高度を下げつつ飛び込み、次の獲物を血祭りにしていく。川べりの土手沿いに展開していた対空砲台とSAM車輌がこれでもか、というほどにミサイルと機関砲を打ち上げる。ディンゴ隊の1機が主翼と胴体に風穴を開けられ、薄煙を引きながら一時離脱していく。
「くっ、こちらディンゴ1、被弾した。が、まだいける!」
「この間抜け、大間抜け野郎!敵さんを甘く見てるんじゃねぇ、引っ込んでろ、ボーイ!」
風穴を開けられたディンゴ1――シャーウッド少尉機を格好の獲物と見たのか、複数のSAM車輌からミサイルが放たれる。旧式のものとはいえ、当たればひとたまりもないのは変わらない。――と、回避機動を取り始めたディンゴ1のすぐ後ろに、マッドブル1が強引に割り込む。新たな獲物の出現に喜ぶかのようにミサイルが機動を修正し、その後を追っていく。
「さあ、来い、来いよ、ヘナチョコミサイルさんよぉ!俺様のケツが欲しけりゃ追ってきな!!」
マッドブル1がスナップヘッド。ズーム上昇。アフターバーナーの炎を吐き出しながら、一気に垂直上昇していく。その後を追って、複数の白煙が上昇する。なるほどな――俺は、ガイアのやろうとしていることが何となくわかった気がした。その予想とおり、マッドブル1がフレアを射出。ひっくり返るように反転してパワーダイブ。目くらましにあったミサイルがフレアを獲物として次々と爆発。虚空に盛大な花火を咲かせる。
「……やるもんだな」
「アレでも歴戦の傭兵の一人だからな。俺も結構助けられたものさ」
「サイファー、お前がか?……いずれにせよ、随分と高くつくヘルプになりそうな気がするがな」
突如、耳が痛くなるような絶叫が無線を通して響き渡る。ミサイルを回避したマッドブル1の奇声であることは言うまでもない。そんな奴の機体からも薄煙。どうやら、炸裂したミサイルの破片でも食ったらしい。
「オゥ、シット!!まじかよ、折角格好いいとこ見せてやろうと思ったのに、同じ穴の何とやらだぜ。マイガっ!!よぅ、ボーイ、俺たちゃ同類だ。今日は仲良く風穴開けられた者同士、穴兄弟の絆でも結ぼうや」
「あっ、穴兄弟!?」
「イーグルアイより、ディンゴ1、前線から一時離脱しろ。それからマッドブル1、言っても無駄かもしれんが、私語は慎め。私の指揮の邪魔をするな」
敵の狙いが彼らに向いている間に、俺たちは攻撃目標の中でも厄介者――SAM車輌群を集中的に潰していった。ピクシーの放った爆弾が一台を直撃し、その爆発による爆風と衝撃波でひっくり返った二台が、遅れて炎の塊へと姿を変える。慌てて逃げ出した兵士たちの姿が真っ赤な炎に黒く映し出される。俺も何度目かの反復攻撃態勢を取り、高度を下げながら狙いを定める。SAM車輌群を狙い撃ちにされた敵部隊が、土煙をあげながら撤退を開始している。俺は先頭を走る装甲車を目標に定め、トリガーを引いた。着弾を告げる土煙がいくつか立ち上り、そして火花と共に装甲車に命中する。いくつもの風穴を穿たれた装甲車がコントロールを失い、路肩に乗り上げて横転。二回転、三回転として171号線の路上に横倒しになって爆発する。進路を塞がれた後続車両が次々とブレーキをかけ、転がった障害物を避けようと動き出すが、他の友軍の車輌が邪魔をして右往左往するばかりであった。そこに新たな攻撃が降り注ぐ。間近に紅蓮の炎を見た敵部隊は恐慌を発し、我先に逃れようと仲間の車を押しのけるようにして動き出す。気が付けば俺たちに対して抵抗する敵車輌はなく、一台、また一台と必死になって友軍の控える陣地へと逃走していく。
「撤退、撤退だ!これ以上の抵抗は無力だ、動ける者からとにかくハードリアンへ撤退だ!」
「白旗を掲げろ!シャツでも何でもいい、上の奴らに見えるように括り付けて振りまくるんだ!!」
必死の逃走を繰り広げる敵の兵士たちの声が響き渡る。それは、非戦闘員が逃げ惑い悲鳴を挙げるのと何ら変わりがない光景だった。俺は首を振った。照準レティクルの中に、次の獲物の姿は捉えている。トリガーを引き、コンマ数秒機関砲弾を撃てば、さらにベルカの戦力を削ぐことが出来る。出来るのに――意志に反して、指が全く動かない。冷や汗が背中を流れ落ち、心だけでなく身体までも冷やしていく。何をやっている。俺は何のためにここにいるんだ?そう、決着を付けるためだろう、自分の過去に。俺は目をつぶり、軽く深呼吸した。感情に左右されるな。自分にそう言い聞かせて、迷いを振り切るためにもう一度HUDを睨み付けた。
「やめろ、やめてくれ!俺たちに抵抗の意志は無い!!くそっ、聞こえないのか!?」
逃げる装甲車の上部ハッチが開き、中から身を乗り出した男が――下着姿で、小銃の先に軍服を括り付けて必死に左右に振っている。俺は何をやっているんだ。もう一度心の中で叫んで、俺は操縦桿を引いた。照準レティクルの中から装甲車の姿が消え、代わりに蒼い空が視界に飛び込んでくる。機関砲では狙いを付けることが出来ない高度まで駆け上がって、俺はもう一度深呼吸をした。そうだ、俺は殺戮をするためにここに来たんじゃない。ともすれば、俺の身体に流れる血を疑ってかかる人種差別主義者たちへの当てつけか、それとも俺自身がその血を嫌って同族殺しに逸るのか――俺は敵に対して冷酷にあることが多い。決着というのはベルカの人を皆殺しにすることなの?ラフィーナが顔を膨らませて起こっている姿が思い浮かんだ。
「どうした相棒、らしくないじゃないか?」
「……済まない、ちょっと……な」
「なぁ、この風景を見てみろよ。こんな長閑なところで、俺たちは何をやっているんだろうな。……いずれ、戦争が終わればここにも家人が戻ってくる。戦争が終われば、また違う顔が見られるようになる。……必要の無い破壊行為は、お互いに避けたいところだな」
やれやれ、相棒にもお見通しか。俺はバイザーを挙げて、ピクシーに手を振った。キャノピー越しに、向こうが「気にするな」とでも言うように応じるのが分かった。
「今日も悪運は良い味方だったようだな、"片羽"」
「ああ、何しろ悪運だけじゃなくて、とっておきの腕っこきが隣で飛んでいるからな」
「おいおい、俺様の活躍を忘れてもらっちゃ困るんだがな。このマッドブル・ガイア様の大活躍!」
「イーグルアイより、マッドブル1、今日も撃墜数トップスコアはサイファーだ。残念だったな」
「マジかよーっ!おい、サイファー、今からすぐにベイルアウトしろ。そっちの機体に飛び乗ってやる!頼むよ、とっておきのビールの空き缶あげるから」
たまらず、俺は笑い出した。他のパイロットたちも笑い出し、そしてAWACSですら、笑いを堪えているのが伝わってきた。そうだな、俺は独りで飛んでいるんじゃなかった。相棒や、ねぐらを共にする連中と共に飛び、戦っているんだった。"ようやく気がついたの?"再びラフィーナの声が聞こえたような気がした。こいつらと飛んでいれば、俺は俺であることを忘れずに済みそうだった。
「友軍車輌の撤退を確認。敵戦闘機部隊はウスティオ方面に向かう模様です」
「なかなかやるじゃないか、ウスティオの野良犬たちもよ」
「AWACS、サポートしっかり頼むぜ。妙なことすると、こいつらが何をしでかすか分からないからな、頼んだぜ」
「りょ、了解」
引きつった声を聞き、男はマスクの下で苦笑を浮かべた。全く、正統で最強であるベルカらしくない。それも傭兵風情にコテンパンにのされるなんざ、らしくない。逆に言えば、それだけの腕っこきが向こうにはいるということだ。戦闘機乗りの血がざわと騒ぎ出す。こんなところまで出張ってきてやったんだから、楽しませてくれよ?男はまだ見ぬ好敵手に向かって、そう語りかけた。何しろ、開戦から今日まで、ウスティオも、サピンも、そしてオーシアもただ逃げていくばかり。まともに戦えた連中は数少なく、そしてB7Rに挑んでくるのは命知らずというよりもネジの外れた下手くそばかり。ようやく現れた好敵手を逃す手は無いというものだった。
「さて、腕試しといくぞ、付いて来い!」
荒くれ者たちの荒っぽい返答を聞いて、男は笑った。空を切り裂くように、彼らの機影は虚空を駆ける。その先には、彼らの望む好敵手――ウスティオの傭兵どもの姿がある。

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