つかの間の休息
人は語る。
鬼神は鬼にあらず、と。
人は語る。
鬼神に問うべき咎がある、と。
滑走路から救援隊を乗せたヘリの群れが慌しく飛び立っていく。発端は、絶対防衛戦略空域からもたらされた救難信号だった。よくあることだった。恐れを知らないオーシアやサピンの戦闘機が紛れ込むこと自体は。彼らには、その無謀を償う手段として死が与えられてきたのだが、この日は様相が違っていた。別基地に最近配置換えとなってやって来た第7航空師団第51戦闘飛行隊――「藍色の騎士団」がレーダー上からロストし、直後、その隊長であるデミトリ・ハインリッヒ少佐からのものである救難信号を基地の管制室が捉えたのだった。後は語るまでも無い。救難信号の発信点特定にレーダー士たちが慌しく動き始め、基地の救難隊の連中が支援物資をヘリに運び込むために駆け回る。万が一の敵との接触に備えて、航空隊もスクランブル体制となる――。俄かに騒然とした基地の様子を、男はむしろ冷淡に眺めていた。戦争は味方の損害無しには行えない。ならば、損害が出るのは当たり前だろうに。――落とされる奴が悪いのさ、と男は撃墜されたというエースを吐き捨てた。
「ロッテンバーク少尉、隊長が呼んでいるぞ。俺たちにも出番が回ってくるらしい」
救難隊に任しておけばいいだろうに――心の中ではそうぼやきつつも、男――ロッテンバークは了解の意を伝え、彼が所属する航空隊隊長の元へと歩き始めた。
彼の所属する航空隊の格納庫は、慌しく走り回る管制塔の側にある。友軍の混乱ぶりには唾を吐きかけてやりたい気分に駆られる彼も、この部隊の一員であることには誇りと喜びを持っていた。誇り高き空の英雄、デトレフ・フレイジャー中佐率いる「赤いツバメ」ロト隊5番機として、隊員最年少ながら今次大戦においては隊長に次ぐ撃墜スコアを挙げている自信と自負が、彼にはあった。
「遅いぞ、ロッテンバーク少尉」
「はっ、申し訳ありません、中佐!」
敬愛する上官の前では、時に不遜な態度を見せるロッテンバークも大人しい。そんな若い彼の素振りを他の隊員たちが受け入れてくれることも、彼にとっては幸運だった。これが別部隊――荒くれ者そろいで知られる「緑の梟」の元だったとしたら、彼などは相手にもされなかっであろう。
「まあいい。さて諸君、もう薄々気付いているだろうが、先刻「円卓」において友軍部隊が壊滅的な損害を被った。藍色の騎士団も全滅――幸い、搭乗員は全員無事のようだが――。我々には、救援に向かう友軍の上空支援命令が伝えられた」
隊員たちの間に動揺が走る。対照的に表情を崩さないロッテンバークを見て、フレイジャーは苦笑を浮かべる。
「一体、敵はどれだけの航空兵力を「円卓」に投入したというのです。あの「藍鷺」がオーシアやウスティオの連中に引けを取るとは思えませんが……」
「それが、敵はたった2機で同胞たちを殲滅せしめたようだ」
「何ですって!たった2機で……!」
今度はロッテンバークも驚いた。ベルカ空軍以外で、そんな腕前を持つパイロットが敵方にいようとは信じられなかったのだ。少なくとも、ウスティオ空軍にそんな奴はいなかった。それは開戦当初、ウスティオの腰抜けどもと直接戦った彼には分かっていた。実際問題として、ウスティオの軍隊は僅かな国土にしがみ付いた残存軍程度まで撃ち減らされていたはず。――ということは。
「敵部隊はウスティオの傭兵どもだ。生き残った友軍機の報告から、相手が判明した。――第6師団第66小隊、そう、ガルムの猟犬どもの仕業だ。片羽の赤い奴ともう1機。「藍鷺」を落としたのは、片羽ではない奴の方だそうだ。交信記録から、TACネームだけは分かっている。"サイファー"。聞いたことの無い奴だが、腕だけなら片羽を凌ぐらしい。ウスティオの亡霊どもめ、金ずくで傭兵連中をかき集めるつもりかな」
「……"サイファー"?」
忘れるはずは無い。忘れることなど出来やしない。ロッテンバークの脳裏に焼きついて離れない光景。今でも夢の中でフラッシュバックのように蘇り、全身汗みずくとなって飛び起きることすらある光景が彼の目の前に広がった。週末になったら、みんなで海を見に行こう。そう言っていつものように家を出た父親は、いつもの時間になっても戻ってこなかった。戻ってきたとき、父親はぴくりと動くことも無く、真っ白な担架の上に横たわり、嗚咽を漏らす母親に付き添われていた。冷たくなった父親の指が彼の小さな手を握り返すことは無かった。父親の職場は、自分が今いる戦場ではなく、高校という安全な世界であった。にもかかわらず、父親は殺された。発見されたときには、既に頭を割られ血の泥濘の中に伏した父親がかろうじて言った言葉。"恥知らずの息子"。――すぐに警察が犯人である教え子の捜索を行ったが、犯行直後に消息を絶った犯人の足取りを掴むことは全く出来なかった。何故父親は殺されたのか――その疑問は、やがて別物に姿を変える。"父親を殺した男をこの手で抹殺する"――という誓いに。戦闘機乗りの道を選んだのは、父親殺しの犯人が、傭兵に連れられて祖国から逃亡した、という事実が判明してからであったろうか。数年が経ち、まんまと生き延びた仇が空飛ぶ傭兵として戦場を渡っていることを知った彼は憤慨した。奴に自由な空を飛ぶ資格は無い――父親の仇は必ず討つ――復讐の信念こそ、彼、ロッテンバークをここまで突き動かしてきたものであった。
「とりあえず、我々の任務は救援隊の上空支援だが、万一敵部隊を確認した場合には速やかに敵を殲滅する。機体の最終チェックは入念にやっておけ。解散!」
敬愛する上官の声も、今は全く聞こえていない。幸せな日々を奪い去った罪を、必ず償わせてやる――敬礼を上官に返す彼の目には、怨念の炎がちらついていた。
基地にいたとしても、なかなか暇な時間というものはないものだ。先の「円卓」での戦闘で俺たちが撃墜した部隊が、敵のエース部隊「インディゴ隊」であったことは、大金星と言って良い戦果だった。ウッドラント司令は苦虫を噛み潰したように、イマハマ中佐は――いつもよりもニコニコと嬉しそうに、上乗せ分の報酬を俺たちに支払うことになったのだが、俺の機体にはいい加減ガタが来ていた。もともとヴァレーにあった機体をだましだまし使っていたのだが、さすがに連戦によるへたりが随所に出るようになっていたのである。結果、報酬上乗せの半分は、部品交換と整備点検で吹っ飛んでいくことになった。
「しかしまぁ、よくぞここまで短期間で使い込んだもんですねぇ」
整備用ツナギをオイルで真っ黒にしたナガハマ曹長が、嬉しそうに機体から取り下ろしたエンジンを点検している。俺自身、帰投してから気が付いたのだが、激しい機動の連続となった先の戦闘によって、フラップは歪んでいるわ、オイルは吹き出しているわ、おまけにキャノピーは砕け散る寸前、という有様を見て誰しもが敵のエースにいいようにやられて来たと思ったようだ。そうではなく、逆に返り討ちにした、と知れたときの整備班の連中の嬉しそうな顔は忘れられない。前線に出ることがない彼らも、前線で戦う俺たちの機体を最高の状態にすべく戦っているのだ。勝利の報告が嬉しくないはずは無い。
「曹長たちのおかげさ。正直、ベルカの連中が羨ましいよ。あれだけ最新鋭の機体を、一体どうやって調達しているんだか。こっちに10機くらい分けてくれてもお釣りが来そうなもんだが」
「あくまで噂ですがね、ベルカの使ってる戦闘機は外見はソレでも中はソレじゃないそうですよ」
「どういうことだい?」
「何でも、機体の強度計算から始まって、設計自体を一から見直すんだとか。そのうえで、2機分の予算で3機が調達できるよう、色々なところで改良しているそうです」
それが事実だとすれば、頷けなくも無い。経済恐慌によって、ベルカの国力は大幅に低下していたことは事実である。国家予算の全額を軍需に回すことなど出来ない以上、当然やりくりが必要となる。だが、ナガハマ曹長の言うようなことが出来るのだとすれば、より少ない予算でより多くの兵器を集めることが出来るようになる。やはり羨ましい環境であることには違いない。曹長たちの奮戦で支えられているとはいえ、やはりこいつはオンボロ世代。これからも敵のエースと戦うことがあるのだと考えれば、より性能の優れた機体が欲しくなるのが当然というものだった。涙が止まらない貧乏所帯。この状態でお金持ちベルカと戦争しているんだから、不思議なものである。もっとも、そろそろオーシアとの間に共同戦線条約が締結されるという噂も聞こえ始めている。それが事実となれば、今後オーシアルートでの物資供給も可能となるだろう。それまでは苦しくともやりくりするしかないのが、今の俺たちの立場であった。
コクピット周りの点検と簡単な整備を終えた俺は、タラップを降りて今度はギアの点検に移った。点検といっても、ハイドロリークが起きていないか、ナットの脱落はないか――その程度の簡単なことしか出来ないのだが。ノーズギアの部品をマグライトで照らしながら確認しようとした瞬間、何かがぶつかってきて俺は無様にバランスを崩した。よろめいた俺の目の前を金色の髪が掠めていく。短い悲鳴を挙げてつんのめった相手を抱き止める。ぶつかってきた相手は小柄で、そして整備班特有のオイルだけではなく、どこか快い香りがした。
「おい、大丈夫か?」
「も、申し訳ありません!失礼しました!!」
俺に抱きとめられていることに気が付いて、そばかす交じりの顔を真っ赤にして飛びのくように離れた彼女は、もう一度「申し訳ありません!」と叫ぶように頭を下げると踵を返して走り出した。……まるで猫だ。唐突に相手に去られてしまい、行き場の無くなった手を数回払ってごまかしてみる。嫌な予感がして振り返ると、ナガハマ曹長が意地の悪い笑みを浮かべていた。理由は分からないが、俺にぶつかってきたときの彼女は半ば泣き顔だったように思う。やれやれ、ハイスクールの廊下に置いてあるバケツかゴミ箱と俺は同等の扱いか。思わず天を仰ぐ。
「……泣かせちゃいましたね、サイファー?」
「俺にぶつかる前から泣いてたよ。ええと……」
「ジェーン・オブライエン二等整備兵。……この基地の整備班長だった、オブライエン班長の娘さんですよ」
「"だった"ということは……?」
「開戦直後の攻撃のとき、出張先の基地で格納庫もろとも……ドカンです。おやっさんの仇取るんだ、と言って居座っちゃいましてね。でも、さすがは親子です。女手ながら、腕前は一流もんです。他の男たちにも見習ってもらわなきゃいけないくらいです」
そう、この基地に着任したときに見かけたのも彼女だったし、ベルカ空軍によるヴァレー襲撃を阻止したときに、チェリーボーイ、シャーウッドにハンカチを渡していたのも彼女だ。確か、彼女の受け持ちは問題の坊や、シャーウッド少尉の機体担当だったように思う。その彼女が、泣きながら走っていく。聞くところ、気丈そうな娘がそうするなんざ、尋常のことではなさそうだ。
「……特務中尉殿、ここは年長の相談者の出番だと思いますが、いかがでしょうか?」
「そういう役目は、俺よりも適任がいるだろう。どこにいてもどんなときも、その場にいる人間をハイにしてしまう特殊能力を持った奴が」
「ガイアさんなら、今頃部屋で高いびきですよ。ピクシーが朝まで付き合わされたみたいで、だいぶ辛そうに部屋に戻られてました」
「……」
……道理で、ラリーの姿が見えないはずだ。やめておけ、とあれほど言ったのに。以前の戦場で、ガイアに付き合って一晩飲み明かした後のことは忘れられない。いつまで経っても終わらないトーク。唐突に変わるテンション。いつまで経っても底の見えないネタの数々。付き合わされた人間は言葉の海の中に溺れて悪酔いしてしまうのだ。哀れな相棒。しかし、ガイアも駄目、ラリーも駄目、では俺に貧乏籤が回ってくるということか。
「こういうのは当事者同士で解決してもらうもんだがなぁ」
「いい加減往生際が悪いですなぁ、サイファーも。同じようなことをした貴方だから、相談役には適任じゃないか、と言ってるんです。ほら、行った行った。整備はプロの俺たちに任しといてくださいや。なぁ、みんな?」
格納庫の中から、男たちの声が冷やかし半分に返ってくる。そんなに気になるなら、自分が行けばいいだろうに。ため息を吐き、俺は天をもう一度仰いだ。全く、オペレーターに手を出した報いがこんな形で戻ってくるとは、因果応報とはいえ、なかなか戦場の女神様も意地が悪い。
何さ――!
1番ハンガーのさらに先まで走り、息が切れてようやく座り込んだ彼女は、足元の石を思い切り蹴飛ばした。物陰から様子を伺っている整備班の男たちが、びくっとした顔をして、興味津々の顔を引っ込める。
何さ、折角人が心配してやってるのに――!
視界がまた滲んできて、彼女は整備服の袖で乱暴に目をこすった。服に付いていたオイルが顔を汚すが、今の彼女がそれに気付く余裕はない。人に聞かれないように、嗚咽を漏らす彼女は、誰にも聞かれないように、と山の方を向いた。
「どうしたの、こんなところで」
背後から呼び止められて、彼女は慌てて振り向いた。このヴァレー基地は、何しろウスティオ残存軍の溜まり場と言っても良い基地のせいか、後方勤務に付いていた女性兵士たちも少なくない。そのうちの一人が、管制塔で通信士を勤めているセシリー・レクターだった。
「セシリー……」
「ジェーン、オイルまみれの服で顔だけは拭かないほうがいいわよ。はい、鏡」
「いいわよ、どうなってるか分かっているんだから。それにいつものことだし」
「そんなこと言ってると、彼にもっと嫌われちゃうかもよ?」
ジェーンの顔がくしゃっと歪んだのを見て、図星か、とセシリーは納得した。彼女は、性別は違うが同じような人間をもう一人知っていた。自分の顔色を伺って、一喜一憂する馬鹿正直な、そのもう一人の顔を思い浮かべて、彼女は笑った。
「何がおかしいのよ。どうせ、私はセシリーみたいに可愛くないもん」
「何言ってるのよ。整備班の男たちを手玉に取ってるあなたが。でもそうねぇ、彼はガイアさんやラリーさんみたいに融通聞かないし、ノヴォトニーさんみたいに家族もちじゃないし、年上なのに子供っぽいし。……どうしたの?」
ジェーンはポニーテールにした金髪を激しく振った。振りながら、吐き出すように口を開く。
「あいつの乗り方に合うように調整してあげたのに。"私には私の乗り方があるんだ。余計なことするな!"なんて言うのよ、あの馬鹿。ほんとに馬鹿馬鹿!あんな馬鹿、ベルカのエースに痛い目に遭わされればいいのよ!」
「じゃ、彼が帰ってこなくてもいいんだ、ジェーンは」
はっ、としてジェーンはセシリーの顔を見上げた。同い年のはずの彼女の顔は笑っているが、目は決して笑っていなかった。再び俯き、彼女は胸の中を荒れ狂う嵐を収めようと、深呼吸をした。山地帯の冷たい空気が肺の中に入り込み、少しずつ心と頭を冷やしていく。そんなことになったとき、一番嫌な思いをするのは誰か。一生後悔するようなことになるのは誰か。
「……嫌、それだけは嫌。あんな馬鹿でも、帰ってきてくれないと、私困る」
「なら、もう一度きちんと話しなさいな。私も付いていってあげるから。……あ、それにもう一人心強い味方もいるみたいだし」
「心強い味方?」
ぼやけた視界をもう一度乱暴にこすって焦点を合わせた先に、バツの悪そうな顔で手を振る、ヴァレー基地のトップエースの姿があった。
俺の出番はなかったかな――。何しろ、金髪を振り乱して駆けていく少女の姿は何と言っても目立つ。おまけに野次馬だらけと来れば、彼女の居場所を突き止めるのはそう難しいことではなかった。どうやって説得するか、と考えながら歩いてきたわけだが、どうやらその役目はもう一人の方が片付けてくれたようだった。
「お出迎え、ご苦労様です、特務中尉殿」
「サイファーでいい。行きと帰りの美声、いつもありがとう、レクター二曹」
管制塔の通信士の一人である彼女、セシリー・レクターの美声にほだされている男たちは多い。だが、彼女には遠距離恋愛の幸せ者がいる、ともっぱらの評判である。もっとも、その評判をばら撒いたのは他ならぬ歩く騒音拡声器だが。どうやら落ち着いたらしいもう一人、ジェーン・オブライエン二等整備兵の顔は、すっかりオイルまみれになってしまった。首にかけたタオルを渡そうとして、さすがに気が引けて、防水ポケットの中に織り込んだハンカチを俺は取り出した。全く、若者の仲直りの尖兵とは、俺も年を食ったものだ。怒って泣いて駆け出してしまうジェーン嬢もジェーン嬢なら、整備のプロとしての見解を真っ向から否定する坊やも坊やだ。
「まぁ、何だ。出撃の無い時くらい、こういうトラブルがあるのは構わないと思うけれど……他の連中まで仕事にならなくなる。もう少し、うまくやってくれないかな?」
我ながら何とも気の聞いていない台詞だと思う。照れ隠しにハンカチを手渡すと、さっきまでのめまぐるしさが嘘のように素直に受け取って、ジェーン嬢は頭を下げた。
「すみません。そこまで気が回りませんでした。それに、上官に対して私ひどいことを言ってしまって……」
「坊やのことなら、気にするな。何かとトラブルに首を突っ込みたがる、彼の自称指導教官殿が、先ほど恋愛相談室に強制連行していった。……謝るまでに、結構時間がかかると思うぞ。その間に、坊やの機体の点検、しっかりとやっといてくれ。あれでも、優秀な俺たちの後輩だ。それも、この国の空軍を背負って立つ、な。俺たち傭兵とは違う。……頼むよ」
ハンカチで真っ黒な顔を拭ったジェーン嬢は、その汚れたハンカチを見て驚く。そして、そばかす交じりの顔を少し赤らめた。……坊やの奴、こんな綺麗どころに心配してもらえるとは、幸せ者め。オイルに汚れたハンカチをポケットにしまい込んだジェーン嬢は、勢い良く背筋を伸ばして、敬礼した。
「分かりました。ジェーン・オブライエン、気合入れます!」
これをきっと、女神の笑顔と言うのだろう。そして、同じようにこれにやられたのが、昔の自分自身だ。ジェーンの顔にラフィーナの面影が重なり、そしてルフェーニア、アリアの顔に重なる。安心しろ、必ず帰るから――心の中で、帰りを待つ人にそう呼びかけた。後は、ガイアの奴が坊やを「教育」してくれるのを待つだけだ。もっとも、期待通りの成果が出るかどうか、甚だ不安だったが。
結局スクランブルがかかることもなく、一日が暮れた。家族宛の手紙をしたためた俺は、もう一度その文面を見直した。この間格納庫で撮った写真も、中に入れてある。こんなことをしていられる時間が出来たことは、望外の幸運と言って良かった。また、明日になれば休む間もなく飛ぶのかもしれない。ベット上の裸電球を消した俺は、手紙を机に置き、布団を頭から被った。
そして、この日がつかの間の休息であったことを、俺は知った。ウスティオ解放に向けて、ついに眠れる大国が重い腰を挙げたのである。――ウスティオ解放に向けた、全面的な反抗作戦が、今、始まる。