戦域攻勢作戦計画4101号・後編
水柱が至近距離で炸裂し、水飛沫が甲板を洗う。火線が空間に飽和し、空には戦闘機たちの描く飛行機雲の複雑なループが幾筋も青い空に引かれていく。力と力のぶつかり合い。意地と意地の衝突。通すまいとする者と突破せんとする者の激突は、依然どちらに天秤が傾くのか全く分からない。まして、上空から戦況を眺めているならば別として、狭く暗いCICの中ではレーダーやディスプレイが情報をリアルタイムに報告しているにせよ、感覚的にはどちらが優勢にあるのか皆目見当が付かない――少なくとも、指揮卓を指で神経質に叩き続けている艦長殿にはそう見えるらしい。オーシアの正義を世界に示す絶好の機会、と宣言したのは誰だったか……一向に忠誠心をくすぐられない上官殿を見て、男は苦笑を浮かべた。再びモニターに目を移す。友軍戦闘機と敵戦闘機隊の壮絶な戦闘がレーダー上には映し出されている。あの光点が一つ消えるたびに、熟練パイロットの命か機体が失われていく。このCICからそんな光景が見えることは無い。だがしかし、それ自体何とも残酷なことではないか――戦争になれば、小銃を担いで突撃する陸軍兵士よりも遥かに多くの命を奪える航空母艦にいながら、男はその思いを捨てることが出来ない。
「副長!アルウォール中尉!戦況はどうなっている!?」
こっちが知りたいよ――と男は上官の無能を罵った。そう言い返すことも出来ないので、素早く端末を叩き、最低限のデータを確認する。
「現在のところ、航行不能船舶なし。運河中央部を間もなく突破します。ベルカ軍の反抗、依然熾烈!」
レーダーに再び視線を戻した副官――レスター・アルウォール中尉は友軍IFFを発する光点から目が離せなくなった。友軍、ウスティオ空軍のIFFを発する2機が、艦隊に向けて突入してくる戦闘機群をなぎ払っている。いや、彼らにつられて、友軍戦闘機が結果として敵戦闘機の進撃を真っ向から阻んでいるのだ。交信を聞いている限り、そんな指示を飛ばしているような悠長なパイロットは一人もいない。そう、誰も指示など出していないはずなのに、この2機は戦況をむしろ引っ張っている。こんな凄腕――いや、戦場を見渡し、無言で指揮をしてみせる奴がいたのか――彼は驚きを覚えると共に、妙に嬉しくなってきた。
「何だ、アルウォール中尉。何が可笑しい?」
可笑しいのはお前の頭と戦況を理解できないオツムの弱さだ、と心の中でぼやきながら、彼は思っていることと全く違うことを報告した。
「訂正します。戦況はわが方に優位!ウスティオの2機が敵を食い止めている!!」
誰だよ、優勢なんて言っているのは。こっちは大変だってのによ――今日何度目かのミサイルアラートを振り切って、ガイアはそうぼやいた。敵艦の何隻かは既に攻撃手段を奪われて海上を漂流するか、或いは戦意を喪失して逃亡しているか、のどちらかだが、戦域に依然留まっている連中は手強かった。ミサイルの至近爆発を受けて煙を吐き出したままのフリゲート艦が、全力航行で対空砲を撃ち続ける。その艦の艦長を褒めたくなるような艦隊運動で、巧みに投下した爆弾がかわされていくと、持ち弾の少ないこっちは不利になっていく。おいおい、まさか機銃だけで沈めろなんて命令は出ないだろうな。再びミサイルアラート。素早く操縦桿を倒して低空へダイブ。水面スレスレの高度で旋回して敵の照準から逃れる。機体を水平に戻し、正面を航行する敵艦に狙いを定める。レーダーロック。発射トリガーを引くと、AAMよりはずっと図体のでかい対艦ミサイルが、盛大な炎を吹き出しながら飛んでいく。
「マッドブル1、フォックス3だ、この野郎!」
ミサイルに気が付いた敵艦のCIWSが動き出し、必死の抵抗を続ける。が、抵抗空しく、ミサイルがホップアップ。CIWSの動きを嘲笑うかのように、艦橋後方附近へと着弾する。戦闘機の爆発とは比べ物にならないような大爆発が一瞬にして艦全体を覆った。音速を凌ぐ速さで爆炎と衝撃波が艦隊を突き破り、炎が艦内瞬く間に嘗め回し、そしてドアや窓ガラスを吹き飛ばして再び勢い良く飛び出す。艦中央部に穿たれた穴から今度は海水が大量に浸入し、バランスを保てなくなった敵艦は次第に傾き始める。これで報酬にプラスアルファ、と。狩った獲物の確認をするように上空を通過。途端、ミサイルアラート。葬ったと思った敵艦のSAMセルが口を開け、白煙と共にミサイルが打ち上げられる。
「マジかよ、しつこい野郎は嫌われるぜ!!」
「隊長、ミサイルだミサイル!」
スロットルを開けて加速を得る。相変わらず低空飛行を保ったまま、ガイアは至近を漂流する敵艦の方向へと旋回。ミサイルも加速しながら旋回。よしよし、いい子だ。そのまま付いて来い。俺を狙った代償をしっかり払わしてやるからよ!若干高度を上げ、敵艦橋部上空――敵艦から吹き上がる黒煙の真っ只中をすり抜ける。数秒後、ミサイルも突入。が、敵艦の炎と煙に目をくらませて、敵艦の至近距離でミサイルは炸裂する。友軍からのミサイルを食らった敵艦が更なる打撃を受けて、開いた傷口からオイルをさらに垂れ流していく。ふう、間一髪だぜ。ガイアはこころもち胸を撫で下ろした。
「くそ、何で突破できない!」
「あいつらだ。あの片方の赤い奴と……もう1機。空軍の連中が足止めを食らっている!」
片方の……はピクシーとして、もう1機はやはりサイファーか。あいつがいる限りAWACSがいなくても戦えるってもんだな――ガイアはマスクの下で笑みを浮かべた。そう、ここは俺たち"狂犬"の狩場。向こうで奮迅している"猟犬"のためにも、ここの獲物は狩りつくさなくてはな――!ガイアは、海上で未だに抵抗を続けるベルカ軍戦闘艦艇の群れを睨み付けた。さあ、突撃の時間だ!ガイア機がロールしつつ低空へとダイブ。続いてマッドブル隊機が両翼に付いてダイブ。そしてベルカ軍艦隊に足止めされていたオーシア軍機も、ようやく覚悟を決めたかのように突入を開始した。いいぞ、その意気が必要なんだ。"狂犬"はその呼び名に相応しい精悍な笑みを浮かべた。
「ヘイ、聞いたか、野郎ども。あっちじゃ"猟犬"たちがぼろ儲けしてるそうだ。こっちの取り分取られる前に、あのクソな船沈めてもう一稼ぎと行こうぜ。オーシアの坊ちゃんたちも、死にたくないなら付いて来い!少しくらいは分け前くれてやらぁな!!」
機関砲弾の雨の中を通過し、胴体から翼まで穴だらけになったMig-21bisの細長い機体が宙を漂い、そして煙と炎を吐き出しながら墜落していく。連合軍艦隊へと群がるベルカ軍航空部隊の攻撃は第4派まで退けられ、第5派の機影が新たに映し出されつつあった。艦隊もさすがに無傷とはいかず、消火活動を砲火の止んだ隙をついて行っている艦があるものの、今のところは全艦健在であった。――もっとも、そうあってくれないと困るわけだが。既に運河入り口で熾烈な抵抗を続けていた守備部隊は壊滅寸前までの状態に撃ち減らされて敗走。敵戦力を蹴散らした友軍機も航空支援に回ってきたため、一応こっちの数は増えているはずなのだが、ベルカの抵抗は依然続いている。
「オーシア空軍エーテル隊より、ガルム隊。こちらの残弾、ごく僅か。戦闘続行不能だ」
「イーグルアイより、エーテル隊。サピン王国、クラーファス野戦基地で補給後、合流せよ」
「エーテル隊、了解。すぐ戻ってくるから、無駄死にするんじゃねぇぞ!」
オーシアの記章を付けたF-16Cが4機、俺の頭上をロールしながらフライパス。何だかんだといがみ合っていた割に、俄か作りの合同部隊はそれなりにうまくやっている。実戦経験の差こそあれ、連中は決して腕が悪いわけではない。これからの戦いを生き延びていけば、エースと呼ばれる奴は次々と生まれてくるだろう。そして敵国ベルカにしてみれば、それは得難いエースを失う可能性がまた一つ増えることになる。
「ガルム2より1へ。相棒、そっちの状況はどうだ?」
「そろそろ弾も燃料も無くなって来たな。いい加減、ベルカの連中の諦めの悪さに辟易してきた」
「おまえもか。……こっちも無傷ではないからな」
ベルカ空軍機は被弾して尚も戦い続けようとするため、俺たちは逐一敵機を完全に破壊するまで攻撃の手を止められないのだった。結果として、オーシア軍機にも被害が出ていたし、俺たちヴァレー組にもベイルアウトした奴がいる。むしろこの程度の損害で済んでいることを幸いとするべきなのかもしれない。敵の第5派はフトゥーロ運河出口の北西方向――南ベルカ方面から飛来、接近しつつある。それ以外の機影はなし。これさえ退ければ、4101号の成功はようやく果たされることになる。
「ブリューナクより、ウスティオ――ガルム1へ。正念場だな。支援は任せてくれ」
「こちらアークエネミー。同感だぜ。ここまで来たからな、何としてもケストレルを行かせてやらないと!」
俺とピクシーの2機を先頭に、上空支援隊の面子が集結する。レーダー上に、綺麗なトライアングルがいくつも映し出されている。さて、これを見た敵はどう感じることか……。ディスプレイを確認して、帰投に必要な燃料残を確認。――ヴァレーまでは持つはずも無い。サピンの野戦基地で補給の手配をしてもらう必要がある、か。それ以外は問題なし。足元を連合軍艦隊がゆっくりと進んでいく。運河の出口はもう間もなく。そして運河の向こう側から砲火の迫る気配は無い。代わりに黒煙と炎の光が海面から吹き上げているのが見える。マッドブル隊たちによって、ベルカ軍艦隊は致命的な損害を被ったことは間違いなさそうだった。だが、戦況は俺たちを休ませてくれなかった。
「巡洋艦アーセナルより、左舷、方位310よりミサイルの接近を確認!くそ、対艦ミサイルだ!」
「左舷側ファランクス、撃ち方はじめ!絶対に攻撃を阻止しろ!!」
艦列左翼の護衛艦から、火線が走る。海面をCIWSの放った弾丸が叩き、水柱を無数に生産する。やがてその先で、炎が一瞬で膨れ上がり、炸裂する。
「やった!撃墜したぜ!!」
「安心するのはまだ早い!第2派、今度は3本だ!!」
くそ、放っておいたら艦隊の危険が高まるだけだ!方位310へとヘッドオン。スロットルレバーを押し込んで、艦隊を滅する槍を突き出す連中へと相対する。最後にやってくるだけあって、準備は万端ということか。護衛艦の放つ対空砲火を嘲笑うかのように3本がホップアップ。そのうち2本に命中し、左翼至近を進む護衛艦が爆風と衝撃波で揺さぶられ、何本かアンテナが吹き飛ばされる。が、その爆炎を突き抜けるように、最後の一本がケストレル目掛けて鎌首をもたげる。
「面舵一杯!急げ!!」
爆風と衝撃のシャワーにさらされたのが幸いしたのか、それともケストレルという艦の持つ幸運なのか、ミサイルはケストレルのだだっ広い甲板に刺さることは無く、そのまま海面へと没する。水柱が上がることも無い。不発。呆気に取られたかのように無線が一瞬沈黙し、そして弾けるような歓声が上がる。見ているこっちの背筋が凍りつくというものだ。これ以上やらせるものかよ――!俺たちは敵戦闘機隊第5派へと速度を落とすことなく肉迫していく。
「う、うわ……!敵部隊、正面から急速接近!!」
「ポストラー1より、各機。うろたえるな、俺たちは俺たちの為すべきことをすればいい。対艦攻撃隊は低空へ。支援隊は敵エース隊と一戦交えるぞ」
「聞いたか、俺たちエース隊だってよ」
「そりゃ、ピクシーとサイファーだけのことだ。俺たちは、エースについたおまけさ」
敵航空部隊が二方向へと分散する。俺たちの正面から来るのは、迎撃隊。高度を下げていく艦隊攻撃班に対して、一隊が加速。俺たちも敵戦闘機隊の交戦に備える。コクピット内にミサイルアラートが響き渡る。そう来たか!ラダーペダルを蹴っ飛ばし、右上方へローリング。視界がぐるりと回転し、さらにもう一回転。ミサイルの白煙が俺の眼下を通り過ぎていく。続いて敵戦闘機隊。互いに速度を落とすことなく、相対速度は音速を超えて互いの機体がすれ違う。背後を振り返ると、こちらと同様に敵部隊は編隊を解いて各々ブレーク。一際大きく見える独特の機体形状はフランカー。そのうちの1機を獲物として認識し、こちらはスプリットS。そのまま互いの距離を保ちながら隙をうかがう。友軍の1機がミサイルの直撃を被って炎に包まれる。断末魔の悲鳴が最後まで聞こえることは無く、ブツッという雑音と同時に機体とパイロットの身体は大空の塵と化す。上空から垂直降下してきた友軍機が、敵機のMig-21bisのコクピットを蜂の巣に変える。パイロットをミンチにされた機体が、そのままの推力を保ったまま戦域から離れていく。双方の意地と意地のぶつかり合い。こちらも負けられなければ、相手も負けられない。俺もまた、狙いを定めた敵機――Su-27を追う。
「こいつ、B7Rに現れた奴だ。気をつけろ、ポストラー1!!」
「だと思ったぜ。ならば、ここで葬って藍鷺の仇をとってやらないとな!」
フランカーには他の戦闘機には真似できない空戦機動が存在する。俺の目の前で、敵機の機体が突然跳ね上がる。目の前に広がった敵の胴体を見て、慌てて左へ急旋回。コブラを見事に決めた敵機が、後背にへばり付く。やってくれる。
「相棒!3カウントで右だ!3……2……1……今だ、行け!!」
ピクシーのカウントダウンにあわせて右方向へと急旋回。高Gに目がくらむが、耐えなければ目だけでなく命も奪われるだけのこと。俺の上方から急降下したピクシーがAAM発射。ロックオンされていないそれはただ直進するだけだったが、敵Su-27は誘爆を避けて反対方向へとブレーク。急旋回後、機体を90度傾けたまま俺は旋回を続け、再び獲物の後背を取ることに成功する。コブラを諦め、敵機が左へブレーク。さすがはフランカー、切れ味鋭い!オーバーシュートしないように、あたかも細い綱の上でバランスを取っているような気分で旋回を重ねる。照準レティクルにまともに収まってくれることは無く、巧みな回避機動で俺の狙いから外れていく。スロットルをこころもちアップ。身体に圧し掛かるGが重みを増し、骨が軋む。指一本動かすのにも、かなりの力が必要。その状態に耐えつつ、機首を相手のさらに鼻先へと向けていく。そして、加速させつつ、じわじわとにじり寄る。450……400……300……まだだ。相手の機動がこっちに真似できないなら、こっちはそれを逆手にとってやるまでのことだ。距離250……200。敵機のエアブレーキが開く瞬間こそ好機!一気にスロットルレバーを押しこんで急加速、そして残り僅かな機関砲弾をまとめて敵機の背中へとぶち込んでやる。接触スレスレの距離でフライパス。後ろを振り返ると、コブラの姿勢を取りかけで機体後部に集中弾を浴びた敵機がバランスを崩していくのが見えた。ひっくり返るように機首を下に向けた敵機から、パイロットがベイルアウト。ふう、どうやらやれたようだ。
「助かったぜ、ピクシー」
「お互い様だ。ナイスキル、相棒」
ピクシーと合流して轡を並べる。連合艦隊に向かった敵機は1機残らず殲滅され、残った敵機もついに敗走を開始する。そして、俺たちの護衛すべき連合軍艦隊は、ついに運河を抜けようとしていた。
「こちらオーシア海軍第3艦隊航空母艦ケストレル艦長のウィーカーだ。航空部隊の諸君、支援に感謝する!君たちの支援が無ければ、我々はここに至ることは無かっただろう。全乗組員に代わって礼を言わせてもらう……ありがとう!」
誰かの挙げた歓声が一気に広がり、生き残った面子の絶叫が大空に響き渡る。無線からは音割れした、音程の外れた叫びばかりが飛び込んでくる。そりゃ叫びたくなるさ。ウスティオ解放に向けた、初っ端の作戦の大成功だ。俺だって叫びたい気分だ。
「やったぜ野郎ども!今夜は基地のきれいどころとベットの上でパーティだぜ!!イヤッホー!!」
「おい、ウスティオの狂犬、こっちにも分けろ。うちの基地はむさい男だらけなんだ」
傭兵たちと、正規兵たちの軽口とが飛び交い、笑い声が上がる。
「イーグルアイより、各機へ。ベルカ軍守備部隊の全面降伏を受諾。フトゥーロ運河は我々の手に戻った。作戦は終了だ!繰り返す、ミッションコンプリートだ!」
「おやおや、イーグルアイまで浮かれているぜ。……ま、こんなときくらいはそれもいいか。なぁ、相棒?」
親指を立てて、腕を振る。キャノピー越しにピクシーが応じる姿が見えた。運河上空を飛ぶ戦闘機たちが、太陽の光を浴びて煌く。――綺麗な光景だ。これが命と命を奪い合う、戦場のものでなかったとしたら、どんなに良いことだろう。……いつの日か、仲間たちと平和な空で。戦場を生息地とする傭兵の言える話ではないが、そんな日が来ることが、何だかとても待ち遠しくなった。
戦域攻勢作戦計画4101号は、結果として連合軍の大勝利で終わった。大打撃を受けた防衛隊はサピン・オーシア両岸から撤退、代わりにオーシア軍を中心とする占領部隊が運河を接収。残されていた施設群の復旧が進められると共に、この運河を連合軍の重要拠点とすることが正式に決定された。そして、この作戦においても勇名を残したウスティオ空軍第6師団の名は、連合軍首脳陣の記憶にしっかりと刻み込まれることとなる。――"戦争"を支配する者たちの記憶の中に。