偽りと裏切りと償いと
人は語る。
高き誇りは、同時に脆く崩れやすいものだ、と。
人は語る。
力なき者は、力を手にすることを夢見るものだ、と。
――それが絶望の深淵を覗き込むものであっても。
フトゥーロ運河陥落の一報は、占領下にあるサピン・ウスティオ両国を喜ばせ、ベルカ公国に衝撃を与える結果となった。運河から追い出された僅かな残存軍は一路南部防衛線方面へと壊走し、軍事的空白地となった運河には、代わりに大国オーシアを中心とした大規模な侵攻部隊が駐屯を開始した。俺たちが守り抜いた艦隊からは、海兵隊を主体とした機動隊が展開し、運河近辺の占領と陣地構築を確実なものとしたのである。これまで、ベルカとの戦いではほとんど無傷のオーシアによる全面攻勢は、拠点を増やしすぎのきらいがあるベルカにとっては痛恨の極みと言って良かった。だが、同時にそれは大国にありがちな、覇権主義に染まった軍人のプライドを救い難いくらいに頑なな物にすることもある。それは、俺たち傭兵ならどこの戦場でも見てきた光景だ。傭兵や最前線の名も無き兵士たちの血と汗と涙でもぎ取った勝利を、後方の安全なところで観戦している連中が、我が物とするというのは。彼らにしてみれば、前線の兵士たちなど、紙の上に記された兵員数の0の桁の一つでしかない。戦死者が100人出たところで、彼らにしてみれば紙の上の数が100減っただけのことだ。その減った100に、100個の人生、100個の可能性、100個の未来、そしてその100個に繋がる無数の人々の数が含まれていたとしても、そいつは連中には関係ないのだ。即ち、ゼロ。何も無い。
4101号作戦の成功以降、どうやら勝ち過ぎて他の連中に妬まれたらしい俺たちの出撃機会は減っている。そんなわけで、俄かに訪れた休養期間を基地の面々は思い思いに使っていた。次なる戦いに備えて愛機の点検と部隊内の訓練を行う者、或いは自己のトレーニングと休養に当てる者、精神的な欲求を満足させる者――。そして俺自身といえば、新たな自分の翼となる機体の整備と習熟に時間を費やしていた。元々の機体の改修型――といえば聞こえはいいが、少し前に試作機として機動実験に用いられていた機体に実戦装備を積み込んだけの機体なので、そもそもの信頼性には疑問符が付く。それでも、扱ってみれば分かる。機動性・航続距離に関しては問題なし。が、機体の性能が人間の身体を追い抜くほどの機動が出来てしまうことが難点だった。一歩間違えれば、操縦しながら死ねる。"おまえのようなエースにはお似合いの機体だ"――とはウッドラント司令の台詞だったが、全くその通り。裏を返せば"そいつに乗って死んで来い"ということだ。そんなリスクを抱えた機体ではあるが、少なくともこれまでに乗ってきた翼の中ではダントツの性能を持つことには違いない。これからのベルカとの戦いにおいて、使いこなせれば大きなアドバンテージになることは言うまでも無かった。
久しぶりのスクランブル警報が飛び込んできたのはそんな時である。たまたま待機中だったのは、俺とガイアの2機。すわベルカが懲りずに爆撃機でも送り込んできたのか、と思いきや、コクピットに飛び乗ってから伝えられた指令に思わず失笑してしまった。――やれやれ、前線の兵士をいくら殺しても気にならない厚顔の連中でも、身内ともなれば可愛いものらしい。作戦本部から伝えられた指令。それは、武勲を求めて独断出撃した、オーシア高官の息子たちの救援任務だったのだ。
「やってられるか、やってられるか、やってられるか!!なーんで俺たちがガキのお守りに飛ばなきゃならナインだ!?それも円卓だぞ、円卓!!俺様が一体ナニをしたってんだ、おい!!」
「戦勝パーティで盛り上がりすぎて、派手に遊び過ぎた罰でも食らったんだろうよ」
「いやサイファー、あのな……ラフィーナ嬢に手を出したお前がそれ言うか?」
「イーグルアイより、ガルム1、マッドブル1、私語は謹んでさっさと飛べ!!」
スクランブル発進した俺たちの行き先は、よりにもよって円卓方面。それにしても命知らずにも程があるというものだ。先日の戦闘で確かに俺たちは敵守備隊とエースの一隊を撃破することに成功している。だからといって、ベルカ空軍の脅威が去ったわけではないのに、一体何を考えて……いや、きっと何も考えていないに違いあるまい。円卓で一株上げれば、己の名声でなく、その名声を支えている人間への強烈なアピールにもなる。それに加えて、小国のどこの馬の骨とも分からない傭兵風情に話題をかっさらわれているのが我慢ならなかったのだろう。そして、この無謀な出撃だ。幸か不幸か、坊やたちはよりにもよって円卓方面へと赴き、たまたま空域を哨戒中だった敵戦闘機部隊の一群と遭遇、戦う前から救難信号を発したのだ。正直なところ、今から行って間に合うのかも分からない。とにかく敵を振り切るために、ヴァレー方面へと逃走をする旨、通信を寄越しただけでも上出来だ。
「ん……?IFFに新たな反応。友軍機ではない。敵機2、急速接近中」
「さては先ほどの連中の出迎え役か」
俺たちのレーダーに、友軍機の反応は無い。その代わり、敵を示すIFF反応。レーダーに機影が5、円卓方面へと向かう姿が映し出される。
「イーグルアイ、周辺区域に救難ビーコンを探知できないか?」
「やってみよう。残念ながら友軍機の機影は確認出来ず。代わりに、敵航空部隊、数5確認。ガルム1、対応はそちらに任せる」
「ガルム1、了解」
「引き返すわけないだろう?ボーナスはずんで待ってろよ、ベイビー」
引き返すのも手であるが、敵の方が俺たちを先に捕捉していた。となれば、今から逃げても追い掛け回されるのがオチだった。生贄となった坊やたちの二の舞になるくらいなら、むしろ一戦交えて活路を見出す方が生存可能性は高まるだろう。だから、俺は敵機に向けて針路を取る。ガイア――マッドブル1が右翼から同じくターン。
「どうやら、やる気らしいぞ」
「IFF反応、ウスティオ軍機。……よし、野犬狩りだ。ベルカの正義に歯向かうことの愚かさを教えてやれ!!」
どうやら隊長機らしい男の声が聞こえてきた直後、コクピット内――新しい愛機で聞くのは初めての警報音が鳴り響く。どの機体でも、この音だけは快いものにはならないな――そうぼやきつつ、レーダーを素早く確認する。半包囲状に散開した敵戦闘機隊は、俺たちの射程外からのミサイル攻撃を仕掛けてきていた。0時・2時・10時・3時・9時!迂闊な旋回は却って危険か!スロットルを押し込み、機体を跳ね飛ばすように加速させる。マッドブル1と並んで緩上昇しつつ、真正面から突入してくる敵機へ進む。ミサイル警報が激しいメロディを奏でる。反射的に機体を90°ロール。腹の下を勢い良くミサイルが通過。目標を見失ったミサイルの排気煙が空に白い筋をいくつも描いて迷走する。あたかもアクロバットのように互いに交差した敵機は、再び俺たちから離れるように加速していく。
「マッドブルより、ガルム1。敵機見たか?あの赤い鼻先、小さな機体、馬鹿げた機動性」
「分かっている。敵はタイフーン使いだ」
「しかも"赤いツバメ"と来たもんだ」
「坊やたち、つくづく運が無かった……というわけか」
俺たちを一気に引き離した敵機は、再び攻撃態勢に入ろうとしていた。この手の一撃離脱ほどシンプルで嫌な物は無い。一度成功した回避機動が、次も成功するとは限らないからだ。どこかでこのリズムを変えない限り、俺たちに生き残る術は無い。ましてや相手は"赤いツバメ"だ。運が無いのは、俺たちも同じらしい。
さっきの愚か者たちとはどうやら違うらしい。尻尾を巻いて逃げ出そうとしたオーシアの腰抜けどもには、聖域を犯した罪を死を以って償わせてある。必殺の一撃を以って新手を攻撃したが、今度の連中は逃げるどころか真正面から向かってきた。しかも戦意は衰えるどころか、本気でやるつもりらしい――ベルカ空軍の誇る、このエース部隊"ロト"隊にだ。そう、そうでなくては、面白くない。祖国の権益を不正極まる行為で掠め取っていったウスティオとオーシア、そしてそれに乗じて暴利を貪るサピンは徹底的に叩かねばならない、祖国にとっての怨敵だった。ロッテンバークにとって、敵とは生死を賭けた末に討ち取るものであり、同一のテーブルにも付けない人間は敵ですらなかった。敵で無い以上は、どのような仕打ちをしたところで問題は無い。せめて、ベルカの正義の名の下、剣を振るう我々によって葬られることを幸せと思うがいい――そう心のうちで呟きながら、彼は発射トリガーを引いた。戦意も無く、逃げようとした愚かなパイロットの座るコクピットに。そこに存在した人間の可能性、将来、生活などは考える必要も無かった。
一度目の包囲攻撃があっさりと回避されたことに、彼はむしろ興奮を覚えた。そう、空戦とはこうでなくてはならない。ようやく現れた、やりがいのある敵部隊に彼は感謝したいくらいだった。ここで敵機を葬ることは、ベルカの正義を示すだけでなく、自分たちロト隊の誇りを高めることになるのだ。そのためにも、負けられない。敵機から十分な距離を稼いだところで、再びループを描いて反転。これまで数多の敵機を葬り去ってきた、必殺の戦法を以って敵に再び向かう。
「全機、敵に惑わされるなよ。我々には我々の戦い方がある。我々の正義を信じて戦え!」
隊長機の声に合わせるかのように、再びフォックス3。これで長距離ミサイルの残弾は無くなるが、それは大した問題ではない。例え一対一のドッグファイトになったところで、敵に遅れを取るはずはない。遅れを取るはずは無かった――今日までは。
再び放たれたミサイルをかろうじて回避した俺たちは、再び綺麗に交差して散開しようとする敵機のすぐ後ろで急反転した。エア・ショーを見ているかのように鮮やかにすれ違う"赤いツバメ"の姿には、思わず惚れ惚れする。が、こいつらはショーではなく、倒すべき敵機だった。ガイアのF/A-18Cが180°ロール、パワーダイブ。2基の大出力エンジンが生み出す有り余るパワーを背負って、下方へと飛ぶ敵機を追撃していく。さて、こちらも行くか。まだ真新しいシートの匂いが漂うコクピット。その中で、俺は落とすべき獲物に狙いを定める。スロットルレバーを押し込み、アフターバーナーON。ゴウッ、という音と急速に高まるエンジン音とが響き渡り、心地よい旋律を奏でる。9時方向へと旋回する相手を最初の目標に捉えて、その後背を追尾。敵の陣形が崩れる。敵部隊は、今度は距離を取ろうとはせずに、至近距離で反転し、俺たちを包囲せんと襲い掛かってくる。なるほど、弾切れか。長射程のミサイルを撃ち尽くしたならば、残る手段はドッグファイトしかないのだから。タイフーンの機動性は、カタログデータとおり、呆れたくなるほどのもの。だが、俺の機体もついこの間までとは違う。同時に、これまで以上の負荷が身体にもかかるようになったが、タイフーンの逃げ足は決して追い付けない程度のものではなかった。HUD上をついにミサイルシーカーが滑り出し、獲物を完全に捕捉する。ロックオン。すかさずAAM発射。第2撃に備えて、射程距離を保ちつつ、なおも追尾。
「くそっ、振り切れない!」
敵の悲鳴が聞こえるのとミサイルが炸裂するのと、どちらが早かっただろう。胴体に直撃を被った敵機は一瞬で真っ赤な炎に包まれ、搭乗員の断末魔の悲鳴と共に粉々に砕け散る。まずは一機。レーダーが至近に接近する敵機を察知し、警報を鳴らす。90°ロール、ラダーペダルを蹴飛ばしつつ右旋回。上から被ってきた一機が機関砲弾の雨を降らせつつ急降下、低空へと一気に向かう。旋回を終えて敵機との距離を稼ぎつつ振り返ると、爆炎と黒煙が再び空に咲く。レーダー上消滅したのは、敵の光点。マッドブル・ガイアは狂犬の名に相応しく、赤いツバメの群れを追い回していた。
「おらおらおらおら、噂の凄腕ってのは名前だけか!?飾りだけの赤鼻か!?」
「品の無い傭兵風情が……!全機、気を抜くな!!」
「隊長!敵戦闘機に赤い猟犬のエンブレム!こいつら、ウスティオの例の傭兵です!!」
「ガルム……!?」
捕捉された事を告げる警告音。反射的に機体を逆さまにして低空へとダイブ。円卓へと続く赤い岩肌がぐんぐんと目前へと迫り、Gが俺の身体をシートへと張り付ける。低空で水平に戻し、加速したまま旋回。俺を追尾してきたミサイルが、大きく旋回したまま岩肌に刺さって爆発する。スナップアップ、アフターバーナーの炎を吐き出しつつ、垂直上昇。重力の存在を無視するかのようにまっすぐと愛機が空へ舞い上がる。いい反応だ。高度17000フィートまで駆け上がったのを確認して、スロットルOFF、エアブレーキON。推力を失った機体が一瞬大空に直立し、そしてバランスが崩れると同時に倒れる。失速反転し、再び真下を向いたところでスロットルON。ちょうど後背から接近しつつあった敵機の姿が照準レティクル内に収まる。
「ロト3、罠だ!回避しろ!!」
そんな暇を与えるものか!上昇によって速度が落ちていた敵機の姿は、水平ですれ違うのに比べればはるかに遅く、とまって見える。まるでスローモーションを見ているかのような状況で、俺はトリガーを引き絞った。回避不能の至近距離で、20ミリの機関砲弾が雨となって赤いツバメに突き刺さる。火花が無数に敵機から飛び、風穴が次々と穿たれる。炎と煙を吐き出した敵機はそのまま大空へと舞い上がり、そして上空で燃料を一瞬の炎に代えて火球を作り出した。これで残るは2機。
「ナイスキルだ、サイファー!圧倒的じゃないか、俺たちは!!ハッハーッ!!赤いツバメがこんなもんだとはなぁ、拍子抜けだぜ、この野郎!!」
「言わせておけば……!ウスティオの拝金主義者に飼われた畜生めが!!」
「お、怒ったぞ!この単細胞!!悔しければ俺のケツにキスしてみせろ!!」
ガイアの安い挑発にまんまと乗ってしまった敵機。機動性ではタイフーンに分があるかもしれないが、相手が悪い。一対一の空戦なら、俺やピクシーでさえ苦戦するガイアだ。シャーウッド坊やに至っては、まだまだ奴の足元にも及ばない。長年戦場を渡り歩いてきた実力と経験は、ベルカの正義とやらだけで打ち崩せるほど生易しいものでは無かった。そして、それを証明するかのように、ガイアのF/A-18Cに敵機は翻弄されていく。その後背がガラガラになっていることに、敵機は最早気が付かなかった。ガイア機が緩やかに右旋回。アフターバーナーに火が点り、加速しながら離れていく。その後ろをタイフーンが追い付こうと同様に加速。機動が極めて単調になった瞬間、俺のHUDの上でミサイルシーカーがその姿を捕捉する。快い電子音を確認し、AAM発射。フォックス2。放った2本のミサイルが、白い排気煙を吹き出しながら、獲物へと飛び付いていく。
「しまった!!」
ようやく罠に陥ったことに気が付いた敵機が左旋回、ジンク。が、間に合わない。90°ロールから機首を傾けた時点で、俺の放った矢が炸裂する。直撃は免れたものの、2本のミサイルの牙に噛み付かれた敵機から、尾翼と胴体の破片が吹き飛ぶ。黒煙を吐き出しながら何とか水平に戻した敵機に、最早戦闘能力は無い。
「馬鹿な、この私が、ベルカの正義の名の下に戦う、この私が……!」
慟哭のような叫びが途切れたかと思うと、敵機のキャノピーが飛ぶ。次いで、パイロット――"赤いツバメ"隊長らしき男の姿が虚空へと打ち上げられる。これで残るは1機!そして、その1機の姿は、既に俺たちの射程圏外の空間を旋回していた。
仇と狙ってきた男の姿に、ロッテンバークは呆然としていた。いや、本当の意味での戦闘のプロと言うべき、二人の傭兵の姿に。ロト隊はベルカ空軍の誇る最強エースの一つではなかったのか――?だが、そのエース隊は見事に撃ち減らされ、この空域に残っているのは自分の1機のみだった。戦慄が身体を震えさせる。まさか、これほどとは――!機体性能の差などではなく、あらゆる意味で勝ち目の無い相手に戦いを挑んでしまったことに彼は気が付いた。だから、彼は離れていたのだ。隊員たちが冷静さを見失い、一人、また一人と血祭りに挙げられていくのを傍観しながら。
"力"が足りない――操縦技術も、部隊としての力も。奴を葬るには、こんなところで満足していてはならない。ロッテンバークはそう確信した。復讐を遂げるには、生き延び、そして新たな力を手にする以外に方法はない。血走った目で、彼は虚空の向こう側を様子を伺うように旋回する怨敵を睨み付けた。今に見ていろ!そう心の中で報復を改めて誓ったロッテンバークは、怨敵に対して回線を開いた。
「聞こえるか、ウスティオの猟犬!いや、レオンハルト・ラル・ノヴォトニー!!私は、おまえを決して許さん。許さんぞ!必ず、その首を掻き切ってやる。その日まで、首を洗って待っていろ!ハイライン・ロッテンバークの名を刻み付けておけ!!」
「ロッテンバーク……?」
忘れるはずも無い。いや、忘れることなど出来はしない。その名こそ、俺の人生の転換点。血塗られたバット、血塗られた自分の両手、血塗られた床――そして、動かない教師。己がこの手で奪った、最初の命の姿。決してゼロではない、人の人生は巡り巡って再び俺の前に姿を現したのだ。
「おい、どうしたサイファー。全部やっちゃわないのか?銭袋が逃げていっちまうぜ?」
「……すまない、理由は後で話す。見逃してやってくれないか?」
「ワケあり、と来たか。……まぁいいさ、今晩の酒代分くらいは十分に稼いだしな。酒のツマミはお前の奢りだぜ?」
捨て台詞を残して、奴の姿が遠ざかっていく。1機だけの帰還、それも味方や隊長を置き去りにしての帰還が称えられることは決してないだろう。だが、奴は再び姿を現す。この俺の命を絶つべく、この戦場に戻ってくる。何の証拠があるわけでもないが、そう俺は確信していた。あの日の記憶が唐突に蘇り、俺は自分の手の平を見た。もちろん、グローブに包まれた手が血塗られていることは無い。だが、あの日から今日まで、俺は数多の命を奪い取ってここに立っている。そんな俺にも守るべき家族があり、帰るべき理由がある。生きるべき理由がある。だがそれは同時に、俺自身のエゴなのかもしれない。自らをハイライン・ロッテンバークと名乗った敵にしてみれば、俺が生き延びて呼吸していること自体、虫唾が走るのだろう。だからといって、負けてやる理由など微塵も無いが、やりにくいことには違いない。イーグルアイの発した作戦終了命令と生存者の確認情報も上の空で、俺は俺を怨敵として追う男の去った空を呆然と眺めていた。
円卓の空は、いつものとおり、蒼く、どこまでも広がっていた。