解放への鐘鳴
人は語る。
鳴り響く鐘の音は、解放の証、と。
人は語る。
鳴り響く鐘の音の先を、切り裂く翼が二つ、と。
ソーリス・オルトゥスを落とした連合軍の動きは素早かった。戦線の動きが多分に流動的な南部戦線のベルカ軍を牽制しつつ、これまでの慎重な侵攻から一転、高機動装甲車を中心とした突撃隊やソーリス・オルトゥスに降下した空挺師団の連中を中心に、首都ディレクタスへの先遣隊が編成されると同時に、戦車部隊を中心とした機甲師団――本隊の編成を終えたのである。ディレクタスから60キロの至近距離での展開を終えた連合軍は、後は命令を待つのみ、とそのときを待っている。ベルカ軍はディレクタスの行政区を中核として展開、それをウスティオ方面軍司令部として機能させていた。これを殲滅することは、即ちウスティオ方面軍の崩壊を意味する。また、連合軍の諜報部隊は、意図的にソーリス・オルトゥス陥落の一報をディレクタスに向けて発信していた。無線、ビラ、使える手段を行使しての諜報工作は、ベルカの占領下に置かれた市民たちを一斉蜂起させようという目論見のもと、行われたものだった。それが実現するかどうかは、市民たちのモティベーションに依るところが大きいわけだが……。そして、そんな状況下、俺たちにも出撃命令が下される。首都解放の露払いとして、陸上部隊突入の障害となる敵戦力を排除し、敵司令部に打撃を与えること、首都解放への足がかりを作ること――エトセトラ。要は、ディレクタス解放に必要なことを全てやって来い、ということだ。
ついにこの日が来た、とばかりに数少ないウスティオ空軍の生き残りたちは武者震いしているかのようだった。ディレクタス占領軍の消滅は、内外への強烈なメッセージとなる。"ベルカをついに追い払った"という、最高のメッセージに。開戦直後、大半の同僚を失った生き残りたちにしてみれば、この戦いは乾坤一擲の一戦だ。気合が入らないはずも無い。
「やっと……やっと、この日が来たんだ」
「ああ、何が何でもやり遂げるぞ。ベルカを追い払うためにな!」
俺たち傭兵にそこまでの感慨はもちろん無いが、この一戦の重要性は充分理解している。それに、必要の無い戦を必要の無い場所に起こした古い祖国――ベルカに同情するわけも無い。俺が何者で、何のために戦場に立ち、何のために戦ってきたのか。それを知る日まで、俺は引くことが出来ないのだ。だから、志は違えど、ウスティオ解放は俺にとっても片付けなければならない宿題のようなものだった。
「イーグルアイより各機、ディレクタスを解放せよ。健闘を祈る!」
「まーた今日も神経が磨り減るぜ。スカッと一発、やっちゃいけないんだからなぁ」
「へへ、隊長。解放の暁には浮かれた美女たちが待ってるでしょうよ。街へ繰り出すとしましょうや」
「ディンゴ1より、マッドブル1。ウスティオにそんな破廉恥な女子はいない!」
「おおこわ。……というわけだ。野郎ども、今日も仲良くヴァレーで穴兄弟よろしく、だ」
ウスティオの平原と低い山地帯が足元を通り過ぎ、やがて前方に町並みが――首都ディレクタスの姿が広がり始める。暮れ始めた赤い空に白いループを刻みながら、戦闘機たちはまっしぐらに進んでいく。ディンゴ隊が先陣を切って降下を始める。
「ガルム1より、ディンゴ1」
「こちらディンゴ1、何か?」
作戦中に俺が坊やを呼び出したことなど僅かしかない。そんなわけで、相手も少々驚きながら応えてきた。声が硬いのは、緊張している証だ。そんな坊や――シャーウッドに、伝えておかねばならない。
「いいか、ディンゴ1。この一戦は確かに重要だ。だがな、これで全ての戦いが終わったわけじゃない。それに、戦争が終わったら、おまえさんたちはボロボロのウスティオ空軍を立て直していくんだ。俺たちがおさらばした後の、な。だから、犬死するな。生き残れ。俺が今伝えたいのは、それだけだ」
そう、守る国の無い俺たちと、坊やは違う。戦いが終わった後のウスティオを支えていく数少ない一人として、坊やたちにはやるべきことが数多く残されるのだ。それに、もう一つ、どちらかというと作戦のために命を捨てかねない、いささか無謀な坊やには、戦闘機乗りは生き残ったほうが勝ち、ということも知っておいて欲しかったのだ。死んだら、それで終わり。勲章と年金と名誉は手に入るだろう。だが、それだけだ。そいつの帰りを待っている人間が、そんなもんを欲しているはずもないのだから。
「……了解です、肝に銘じます。それではサイファー、ヴァレーで!」
「ああ、行って来い、坊や。さあ相棒、戦況は常に俺たちの見方だ。大丈夫、必ずうまくいくさ」
「もちろんだ。ヴァレーに帰ったら、ホット・ラムとしゃれ込むぞ!」
さあ、おしゃべりの時間は終わりだ。全兵装のセーフティ解除。操縦桿を倒しつつ、スロットルレバーを押し込む。心地良い加速に体がシートに沈みこみ、そして愛機は大気を切り裂く刃と化した。
「ガルム1、エンゲージ! 」
「おらおらおら、さっさと進めーっ!」
「いそがねぇとウスティオの連中においしいところを持っていかれるぞ!!」
ソーリス・オルトゥスを出撃した陸上部隊は、怒涛の勢いで進撃を続けている。それこそ、通常なら絶対にやらないような速度で、だ。隊員たちの訓練の賜物というべきだが、中に乗っている兵員たちにはたまらないシェイクだろう。だが、それで吐こうが疲れようが、やらねばならないこともある。それが、彼らに課せられた任務。ディレクタスへと突入し、本体突入の橋頭堡を確保せよ、という役割だ。先頭から3台目の装甲車の中で揺られながら、男は今一度攻略エリア――ディレクタス西部地区のロードマップを開いて確認を行っていた。昔ながらの町並みが残されているディレクタスは、一歩間違えれば迷宮になり得る都市でもある。それだけにうまく活用してやれば小規模兵力でもベルカの足止めくらいは出来るはず――そう、彼は考えていたのである。部下たちに、損害を出さないためにも。
「隊長、この戦いが終われば、いよいよ中幹審査ですな」
副官を務める曹長が同様に、こちらはマーカーだらけの地図を開きながら言う。ドン、と装甲車が軽くジャンプ。中に乗っている兵員たちは逃げ場も無く、尾てい骨を硬い床へと打ちつける。隊長、と呼ばれた男も、表情を変えずに、しかし尻の辺りを軽くさする。全く、どうしようもない乗り心地だ。男は心中でぼやいた。そう指示を出したのは他ならぬ自分自身なのだが。
「生き残れれば、の話さ。まずはそっちを優先するとしよう」
「俺たち下っ端にとっては、隊長みたいな方が上に乗っかってくれることが何よりの幸せなんです。だから、犬死なんかしないでくださいよ。おい、野郎ども。尊敬する隊長殿の昇進のためにも、ここは俺たちが踏ん張るぞ。いいな、分かったか!降りたい奴は、今この俺が蹴落としてやる!!」
車内の男たちだけではない。彼の率いる隊の猛者たちが、口々に叫ぶ。俺たちはやるぞ、と。彼は驚くと同時に、これほどまで自分を慕ってくれる部下たちの存在に喜びを覚えていた。こういう連中と共に戦うことが出来るのだ、と。
「ディレクタス突入まで、あと10分!……あ、もう始まってる!」
「7分で突入しろ!さあ、オーシア陸軍の意地を見せるときだ。B班、戦闘開始!」
「了解!」
ディレクタスの空に、戦闘機の描くループが映える。彼らに遅れるわけにはいかない。空の戦士たちが落としきれない敵は、陸上から行く自分たちが倒さねばならないのだから。任務は重大だが、男は楽観的な気分になっていた。こいつらとなら、きっとやれるはず。そのために、出来ることは何でもしよう。彼はそう覚悟を決めた。街道を、怒涛の勢いで装甲車の群れが突き進む。進む男たちの意地を乗せて。――15年後、彼は全く異なる戦いで、しかし再び目撃者となる。戦いの戦局を覆す、翼の持ち主の、目撃者に。
街中から新たな爆炎があがる。無線の交信は味方の完成と敵方の怒号と悲鳴が飛び交い、何とも騒々しい。大きく分けて5つ存在する行政区に分かれて展開するベルカ軍防衛隊のうち、既に第1・第2目標の殲滅に俺たちは成功し、いよいよ本丸へと乗り込もうとしていた。それぞれが対空防衛網を構成する残りの第3〜5目標は、地上目標ばかりだとはいえ、油断のならない相手でもあった。第2目標上空の戦闘機を葬った俺とラリーは、一旦高度を上げて戦域を俯瞰した。残る攻撃目標から、激しい対空砲火が空へと打ちかけられている。その間を縫うように、戦闘機の群れが急速に高度を下げて突入していく。再び戦闘機たちが大空へと舞い上がると、地上では黒煙と炎が吹き上がるのだった。
「マッドブル隊、慣れない精密射撃と行くぞ。住宅に一発でも当てた奴は、今日の酒と女抜き!」
「ディンゴ1より、マッドブル1!支援しますから、絶対に当てないでください!」
「注文多いなァ。ならいっせいのせで行こうぜ。お前にもリスクを負わしてやるよ、ベイビー」
右方向、第4目標めがけてマッドブル隊が急降下、街の建物の上空スレスレで引き起こし、水平飛行。そのほぼ真上を、こちらは高度を取ってディンゴ隊。対空砲の撃ちかけられる中、器用に機体を捻りながら侵入したマッドブル隊から、機銃掃射。直撃を被った車両が炎を吹き、兵員たちが逃げ惑うところに、ディンゴ隊からトドメの一撃。初弾では逃れた対空車輌群が、炎と爆風に舐め回され、新たな炎を生み出す。マッドブル隊が右上空へ、ディンゴ隊は上空へとブレークして反転。彼らの後方からは、黒煙と炎とが新たなコントラストを生み出す。見事なもんだ。うかうかしていると、今日のエースはシャーウッド坊やに取られるかもしれない。次は俺たちの番だ。第4目標群を連中に任し、俺とラリーは正面、第5目標へと狙いを定める。第5目標群は、首都ディレクタスの象徴とも言うべき、鐘楼区域を含めて展開している機甲部隊。陸軍の連中が進軍するうえでも、下手に防衛陣地に陣取られて抵抗されると厄介な連中だった。だから、上から先に潰す。早くも俺たちの接近に気が付いたSAMから白煙。発射されたミサイルが誘導にしたがって俺たちに向けて飛来する。が、相対速度が速すぎて、俺たちには追いつかない。数秒前、俺たちのいた空間を空しく貫き、ミサイルが迷走を始める。お返し、とばかり敵車両を捕捉。ガンアタック、コンマ数秒。通り過ぎる寸前、蜂の巣になった敵車輌が爆発を起こす。近場にいた兵員が容赦なく弾き飛ばされ、街道の上を転がっていく。そのまま街道沿いに並ぶ敵車輌を何台か潰して、一旦ブレーク。レーダー上に敵戦闘機を確認。中央地区へと侵入した俺たちを狙って突入してくる。水平に戻し、兵装選択変更。考えている時間は無い。ナガハマ曹長のとっておき、という長射程AAMを選択し、追尾開始。イーグルアイの追尾支援を受けて、火器管制装置が姿のまだ見えぬ敵を完全に捕捉する。レーダー上、ロックオンをしたことを告げるマーカーが明滅するのを確認して、発射、発射!レーダーの目て誘導されたミサイルが、それぞれの獲物めがけて失踪を開始する。あっという間にその姿は見えなくなり、そしてヘッドオンで直進してくる敵の機影が、レーダー上から消滅。同時に真っ赤な火球が宙空に出現し、直撃を被った敵機が粉々に四散する。
「ナイスキル、相棒!戦果報告、ガルム1が敵戦闘機2機、撃墜!」
「イーグルアイより、片羽、こちらでも確認している。引き続き敵戦力の掃討に当たれ!」
「人使いが本当に荒いっての!!」
ピクシー機が強引に右方向へ急旋回。9時方向から抜けようとしてきた敵機の後背にへばりつく。敵の接近に気が付いたF-14Dが加速しつつ上昇。負けじとラリーのF-15Cも急上昇。元はと言えば大国の軍隊が開発した最強の名を持つ戦闘機同士のドッグファイト。決着は呆気なく、相棒に軍配。急減速してピクシーをやり過ごそうとした敵機は、逆にその瞬間を狙っていたラリーに格好のチャンスを与えた結果となり、可変翼の一方をもぎ取られた。落下傘が二つ、夕焼けの光を浴びながらディレクタスの街へと舞い降りていく。
「くそぅ、空軍の連中は何をやっているんだ。増援はどうした!司令官殿は!?」
「先刻へリポート方面に向かう姿が目撃されています」
「ちっ、逃げる気だぞ、あのタヌキ!」
兵士たちを置いてきぼりにして逃走とは、いいご身分だ。ヘリポートの位置を思い出しつつ、左へと緩やかに旋回。その先に、ディレクタスの鐘楼と、その前に陣取った敵対空砲車輌がいた。ぬかった!間に合うかどうか微妙だったが、スロットルを押し込んで急加速。機体をロールさせて限りなく地表へと機体を擦り付ける。……が、砲火は飛んでこなかった。その代わりに、俺は驚くべき光景を目撃した。戦闘服など着ていない、そう、ディレクタスの市民たちが、対空砲台の上へと次々とよじ登り、手に持ったスコップやハンマーで対空砲を滅多打ちにしていたのである。中から引きずり出された兵士は哀れ市民の群れの中に埋もれていき、そして鐘楼の前の邪魔者を排除した人々が次々と中へと流れ込んでいく。
「上空の友軍機、聞こえるか!?支援に感謝するぜ。このディレクタスがかかった一戦、俺たち市民が何もしないわけにはいかないからな!」
鐘楼の上でゆっくりと旋回すると、対空車両の中から、ゴーグルにスコップを手にした男が手を振っている。それだけじゃない。家を、職場を飛び出した市民たちが、次々と銃火の飛び交う市内へと飛び出していくのだった。
「こちら、ウスティオ空軍第6師団、第66航空小隊、ガルム1だ。礼を言わせてもらうよ。だが、無茶はしてくれるなよ。戦闘と危ないことは、軍人と俺たち傭兵のお仕事なんだからな」
「いやいや、傭兵まで体を張ってるってのに、自分たちの街を人様にお任せしておくなんて、ディレクタスっ子の名がすたる。それにもう手遅れだ。町中、今は大騒ぎなんだからな!」
どうやら連合軍の打った「万一の策」は想定外の効果を生み出したらしい。ディレクタスに住む人々は、自らの町を取り戻すべく、ろくな武器も持たないまま家を飛び出しているのだった。そして混乱はすぐにベルカ軍を覆い包み始めた。
「市民が、市民が一斉に迫ってきます!防ぎきれません!」
「馬鹿、打つな、打つんじゃない!!」
地上はどうやら大混乱の様相を呈し始めていた。俺たちに対して攻撃を加えようとしている車輌群に、次々と市民たちが襲い掛かっているのだ。いかに兵士たちが武装しているとはいえ、街の市民全てを殺し尽くすことなど出来はしない。地上からの砲火が急速に減衰され、空は俄かに飛びやすい空へと姿を変える。
「こちら、陸軍第3戦車中隊!上空から敵攻撃機の猛攻を食らっている。上空の友軍機、至急支援を!」
レーダー西方、ディレクタスへと侵入しつつあった友軍地上部隊からのエマージェンシーコール。助けないわけには行かない!最寄にあるのは、俺たちガルム隊。機体を加速させつつ、左旋回。ピクシー機も次いで左翼後方にポジションを取って同様に旋回。レーダー上にも、友軍部隊にまとわり付く虫の姿が映し出されている。速度を保ったまま、一気に戦車隊上空へ接近。左へと大きく機体を傾けて旋回する機影が目に入る。A-10!一撃を食らった友軍戦車が一台、煙を吐いて路肩に突っ込んでいる。中から身を乗り出した兵員が、必死に小銃を構えて抵抗を続けている。その頭上に、牛乳瓶サイズの砲弾をお見舞いしようとしている敵機を捕捉。
「これでも食らえ、ベルカの鳥め!」
すれ違いざまに、機体から張り出したエンジンめがけて攻撃を集中させる。数発でエンジンカバーがめくれ上がり、次いでエンジンそのものが帰還砲弾のミキサーにかけられてバラバラに砕け散る。どん、とエンジンを爆発させた敵機がバランスを崩し、上空へと戻ることも無く急降下していく。地上に刺さる寸前、敵機が思い切り右方向へと機体をバンク。住宅へと向かっていた敵機は、スレスレで脇の小川へと不時着。翼と部品を撒き散らしながら土手の上を滑り、橋の欄干に衝突して動きを止める。
「連合軍の傭兵部隊か?すまない、助かった。感謝する!」
「なに、お互い様だ。それよりも一つ頼みを聞いてくれ。今落ちた敵の奴、まだ助かるかもしれない。息があったら拾ってやってくれ」
「優しいもんだな。だが分かった、命の恩人のお願いは必ず聞け、ってのはひいじいさんからの言い伝えでね。おい、誰か、ひとっ走り橋の下に行って来い」
激突寸前、民家を避けるような奴だ。救えるものなら、救ってやりたかった。戦車から飛び出した兵士が3人ほど、身軽に橋の下へと降りていく。その姿を確認した時、無線ごしに鐘の音が鳴り響いた。それは、まだこの街が平和だった頃に聞いたことのある、この街の象徴とも言うべき、古い鐘の音だった。
「何だ、何故鐘が鳴っている!?あれは封印されていたんじゃなかったのか!?」
「くそぅ、まさかここまで市民たちの暴動が広がるとは……!」
「イーグルアイより各機、すごいことになっているぞ。市内全域で、ベルカ軍が後退を始めている。市民たちが一斉に、ベルカ軍の兵士たちを追い出しているんだ。彼らを守れ。ディレクタス解放はもう目前だ!!」
奴に言われるまでもない。ろくな武器も無く、立ち上がった市民たちを、無慈悲な銃火の中に倒させるわけには行かない。そのために、俺たちは戦闘機という武器と翼を手にして戦っているのだから!
「何だと?もう一度言ってくれ?」
無線の向こうがひるむ空気が伝わってくる。やれやれ、またか。男は舌打ちと共に天を仰いだ。南部戦線、ハードリアンに侵入した連合軍部隊を退け、ようやく休めると思ったところに緊急電だ。機嫌が悪くなるのも仕方がないというものだった。
「どうした、ゲルブ2。いつものことさ、何も街を全部片付けてこいというわけでもなかろう?冷静になれ。我々にしか出来ないから、こんな通信が飛び込んで来るんだ」
「はっ……失礼しました。確かに、少し血が上っていたかもしれません」
敬愛する1号機、隊長の声に多少冷静さが戻ってくる。そう、オペレーターを怒鳴りつけたところで、状況は何も変わりはしないのだ。問題は、帰投中の部隊を、それも違う戦闘区域へと飛ばす命令を出してしまう司令部の節操の無さだ。ふう、とため息を吐き出して、男は回線を開いた。
「……すまない、ゲルブ2、了解だ。これより、ウスティオ、ディレクタスへ向かう。目標は敵航空機部隊だけでいいんだな?」
隊長機が東へ旋回。その後に続き、男も機体をターンイン。鮮やかなループを空に刻んで、2機の機影が空を駆ける。他の戦闘機にはない、優美なラインが、赤い空にくっきりと映える。その機体を完全に使いこなしている男らが、彼らだった。ドッグファイトなら、負けない。男は愛機のコクピットの中で、そう自分に言い聞かせた。首都ディレクタスに、どうやらウスティオの残存軍が現れているらしい。その中に、噂の猟犬が混じっているという。彼らに下されたのは、何度と無くウスティオの空に立ちはだかってきた、猟犬の始末だった。
「よし、燃料、武器、充分だ。ゲルブ2、さっさと終わらせて、基地の暖かい食事にあり付こう。行くぞ!」
「了解!」
獲物が噂の猟犬だろうと、関係ない。撃墜するまでのことだ。夕焼け空に、鮮やかなループを刻んで、彼らは東を目指す。2機のSu-37が向かう先には、市民たちの手によって鐘鳴り響く、ウスティオ首都ディレクタスがあった。