ハードリアン線攻略・後編
フトゥーロでの補給を終えた俺たちは、まさにトンボ返りの強行軍でハードリアン線へと戻った。既に機能を停止した南西部「エリアゲート」、そして俺たちの攻撃で紅蓮の炎に包まれた中央部「エリアウォール」も、他の傭兵たちの猛攻を喰らって完全に沈黙していた。それこそ、先の戦いで穿たれた足元の穴だらけの大地に負けないくらい、徹底的に破壊されて。そう考えると、背筋が凍りつくように寒くなる。戦闘やってるときに考えてはいけないことだが、俺たちの攻撃によって、この要塞に篭っていた数多くのベルカ軍兵士たちが傷つき、命を失ったことだろう。炎がほとばしる要塞の内部を逃げ惑い、とにかく火の手の無い方向へと走る兵士たちを、無情にも炎の舌が舐め上げ、全身を炎に包まれた者が断末魔の絶叫をあけながら燃え尽きていく――俺たちは、そんな悲劇を大量生産しているに違いなかった。
「よし、戦闘ヘリ格納庫の破壊に成功!!」
「油断するな、SAMがしっかりと狙っているぞ!回避、回避!!」
戦域南西部、北東部の攻撃も順調に進んでいるようだ。最初の攻撃で被弾している連中は、応急措置で飛べる奴は俺たちと同様にとんぼ返りし、応急措置ではどうにもならない連中は、フトゥーロ運河のほとりで今頃苦虫を噛み潰しているだろう。
「イーグルアイより、各機へ。グラディサント要塞の機能の60%は沈黙した。もう少しだ、気を引き締めていけ!!」
管制機の報告は恐らく真実だろう。俺たちに対して打ちかけられる火線は、最初の侵入時に比べると格段に減少し、厚い雲に覆われた空は静かなものだ。中央戦域の脅威が無くなった事を確認し、俺たちは残る無傷の北西部エリアへと機首を向ける。基地で合流したサピンのSu-37隊やヴァレーの面々も俺たちに続く。マッドブル隊は、北東部の対空砲台群攻撃を継続している連中の上空支援に就いているようで、まだ戦域に留まっている。が、そろそろ連中も燃料が危なくなる頃だ。このまま地上へ着陸といかない以上、補給を受けるために戻らねばならない。そんな連中の退路を確保するのも、俺たちの仕事だ。レーダーに敵戦闘機部隊の光点が複数出現する。ようやく到着した支援隊というところだろうか。基地の連中にしてみれば、もっと早く来てくれれば良かったのに、と恨み節の一つでも言いたくなるのかもしれない。
「ガルム隊、こいつらは俺らがやらせてもらうぜ。ヴァレーの傭兵の恐ろしさを教えてやる」
ヴァレー組のF-20Aが3機、高度を上げて敵機にヘッドオン。了解を伝え、他の部隊とそのまま北西へ直進を続ける。連中は対地攻撃専門の奴らだが、勿論空戦も一級の技術を持っている。だが、敵さんも一級以上の連中が出てきたようで、迎撃に向かった連中は、逆に迎撃される羽目に陥っていた。
「くそっ、同じ機体でもここまで差が出るか!?」
「腕の差ってところが悔しいな。……くそっ、風穴開いちまった。脱出する」
「相棒、こいつは分が悪い。俺たちで相手しよう。目標は後回しだ」
「了解、方位080、ヘッドオン!!」
北西部の攻撃を他部隊に任せ、針路変更。敵戦闘機部隊はなかなかの連中のようで、辛くも追撃を振り払った友軍機が全力で逃走にかかる。それを敵機がさらに追う。俺たちは、連中の横合いからなだれ込むように殺到した。新手の接近を察知した敵が、距離を稼いで左方向へとブレーク。加速しつつ、俺たちから間合いを取り、上昇していく。こちらも付き合って上昇。普段は抱えていない爆弾のせいで重量は増しているはずだが、そんなことを感じさせない加速で上昇していく。だが、相手はより身軽で大出力のエンジンを背負ったF-20Aだ。俺たちよりも若干早く攻撃態勢に移行した2機が、やや上方から被ってヘッドオン。レーダーにも、真正面から突入してくる敵影が映し出される。AAMと機銃の斜線上から逃れるべく、少しGをかけながらバレルロール。ピクシーも反対方向にバレルロール。甲高い咆哮を響かせて、敵機が俺たちの横を通り過ぎていく。早い!その機敏な機動を存分に活かして、敵機は早くも後方で散開、俺たちの後背を取るべく旋回を始める。俺たちも散開して、それぞれの目標を定めてインメルマルターン。逆転した天地をぐるりと回し、再び攻撃の機会を伺う。
「こいつら、例の連中だな」
「ああ、間違いない。あの赤い犬のマーク。"猟犬"だ」
再び敵機とヘッドオン。HUDの照準レティクルを頼りにガンアタック。向こうからもガンアタック。機体をロールさせて攻撃を回避。命中せず。被弾無し。大きく左旋回した敵機の後ろで高G旋回。スリーサーフェイス機の性能は存分に発揮され、中にいるパイロットには耐え難い重圧が圧し掛かる。が、だからこそ得られる戦闘機動がある。ほとんどその場で旋回した俺の目前には、F-20Aの小さな後背が捉えられていた。後ろに張り付かれたことを察知した敵機がジンク。軽い機体をアフターバーナーで弾き飛ばすように加速。こちらも対抗してスロットルレバーを押し込み、速度を上げる。振り切れない、と判断したのか、敵機が機体をまっ逆さまにしつつパワーダイブ。イヴレアの山と山の間を一気に降下していく。180°ロール、こちらも敵を追ってパワーダイブ。そして、レーダーロックON。HUD上をミサイルシーカーが動き、降下しながらも回避機動を続ける敵機を追う。まだだ、今撃っても逃げられるだけ。相手の機動が止まる瞬間が好機。敵機と俺は山肌めがけて垂直降下し、墜落寸前で水平に戻す。双方の放つ衝撃波で、山の木々が千切れ飛び、土煙が舞い上がる。山に囲まれた狭い空域に入り込んだ敵機が上昇に転じるわずかな時間。そこが好機だった。ほとんど直線飛行を強いられた敵機めがけて、ミサイル発射。敵機の下を潜るような低空飛行で加速して、敵機との間合いを取る。ミサイルの白煙がまっすぐに伸びていき、そして上昇に転じた直後の敵機を捉える。2本の直撃を被った敵機は、瞬く間に炎に包まれ、一瞬にして爆発した。俺の頭上に、盛大な火球が炸裂する。
「ナイスキル、相棒!」
「いや、ギリギリさ。そっちはどうだ?」
「見ての通り、さ。ガルム2、フォックス2!!」
互いにループを繰り返し描いてのポジション取りは、スプリットSで急反転したピクシーに軍配が上がったようだ。絶好の位置から放たれたミサイルが獲物を逃すはずも無く、先ほどの敵機同様、ミサイルが突き刺さる。爆発をかろうじて逃れた敵機のキャノピーが飛び、続いてパイロットが虚空へ射出される。周辺に敵影なし、代わりに友軍機のIFF反応。
「何だよ、おい。味方が苦戦しているからと急行してみれば、おまえらかよ」
マッドブル隊の黒い機体と、シャーウッドの白いJAS-39Cが俺たちの目前を通過する。その組み合わせは何とも違和感のある構成だが、どちらも対地攻撃と対空戦闘双方に使えるマルチロールである辺り、確かに二人の思考回路は似通っているかもしれない。
「そっちも元気そうで何よりだよ、マッドブル1。どうだい、2番機は?」
「ダメダダメダダメダ。腕はいいんだが、隊長を敬う気持ちが微塵も感じられねェ。ガルム2、少し爪の垢を煎じて飲ませてやってくれないか?」
「熱望したのはそっちなんだから、責任持って面倒を見ろって」
「へいへい、サイファーも冷たいなぁ。昔あんなに面倒見てやったのになぁ。何だ、俺ばかり貧乏籤ひいているじゃねぇか。……イヂメテヤルイヂメテヤル。ヘッヘッヘッヘッヘ」
既に弾丸も尽き、燃料も少なくなっているマッドブル隊は、翼を数度振ってみせると南方向へと方向転換。補給基地の待つフトゥーロへと撤退を始める。逆に、南からは補給を終えた別部隊が戦域に入ろうとしていた。とりあえず、マッドブル隊の撤退まで南部空域の哨戒を行うよう伝える。相手からは快く了解の返事が戻ってくる。なるほど、イマハマの旦那の言うとおりになっているかもしれない。そして、戦況はというと、既にハードリアン線、グラディサント要塞はその機能の大部分を失いつつあった。まさか、ここまでの戦果が得られるとは思ってもいなかったが、ここまで来たら、進むだけだ。俺たちは再び北西へと針路を取り、最後の目標である「エリアガーデン」を目指す。
断末魔の悲鳴。砕け散るキャノピーの向こう側が真っ赤な鮮血で染め上げられる。中の人間など、ひとたまりも無くミンチになっているだろう。その凄惨な光景を目にしても、ロッテンバークの表情は変わらない。冷たい視線に復讐の炎が宿り、常人が見たなら一目で逃げ出すような凄絶な瞳を、彼は次の獲物に向けた。戦況が不利になってきていることを、兵士たちは肌で感じている。そうなると、必然的に脱走者や消極的不服従を決め込む連中が出てくるのも軍隊という組織だった。この日、彼の新たな配属先となった第13夜間戦闘航空団に課せられたのは、前線基地の一つにおける飛行訓練任務。だが、それは見せかけであり、実際にはロッテンバークたちの機体には実弾が積み込まれ、基地ぐるみで積極的に情報を漏洩させているという、この基地の始末が本来の目的だった。辛うじて空に上がった獲物を速やかに抹殺すること――それが、ロッテンバークに与えられたミッション。腕試しの機会だったのだ。用意周到に電子戦機を上空に展開させ、その基地は事実上外部との交信を絶たれていた。シュヴァルツェ隊のMig-31が、次々と基地の施設に対して攻撃を加えていく。逃げ惑う兵士たちにも容赦なく機関砲弾とミサイルが撃ち込まれる。格納庫は既に炎上し、管制塔などは見る影も無く崩れていた。
「どうだ、怖いか?恐ろしいか?これが死だ。折角の経験、無駄にせず味わってくれ」
隊長機が、Mig-31らしからぬ機動を見せて旋回。シュヴァルツェ隊に対して必死の抵抗を繰り広げる敵機を血祭りに挙げる。ロッテンバークも、まだ慣れない機体を可能な限り振り回し、逃げ惑う敵を追撃する。彼の機体には、意図的にだろう、ミサイルが積み込まれていなかった。だから、彼は機関砲を使うしかない。そして、彼はドミニクにしてみれば十分満足というほどの戦果を挙げていた。容赦なく、コクピットに対して機関砲弾を撃ち込む彼の姿は、エスケープキラーには最適だったのだから。Mig-31の大推力を活かし、敵機の上に回り込んだロッテンバークは、照準レティクルに獲物の心臓――コクピットを捕捉した。躊躇することなど無く、彼は発射トリガーを引いた。
「な、何で俺たちがこんな目に……!ぐはっ、ぐぼっ!!」
再びキャノピーが鮮血に曇り、操縦者を失った機体はバランスを崩し、滑走路へと突き刺さる。巨大な火球を地上に出現させ、哀れな犠牲者の機体を木っ端微塵に吹き飛ばす。最後の1機が消滅したとき、既にその基地は機能を完全に失っていた。そして、生存者など数えるほどしかのこさないほどに、徹底的に破壊されて。
「よーし、作戦終了だ。憎むべき祖国の裏切者たちは一掃された。引き上げるぞ」
隊長機――ドミニク・ズボフの宣言を聞いた面々が、徐々に編隊に復帰する。いずれも漆黒のカラーリングを纏った、Mig-31の異形の姿。その一角に、ロッテンバークはいる。
「若造!新入り!おまえの入隊テストは合格だ。いいねぇ、その冷酷さを常に保てよ。脱走者狩りに必要なのは、情けをかけないことだ。……ま、頑張れよ」
ドミニクは、復讐の一念に取り憑かれている若者の無表情な顔を思い浮かべて、笑った。資質は十分、そして、逃れようの無い咎も負わせた。そう、全く無実の部隊と基地を戦意鼓舞のために裏切者として抹殺したと知った人間は、背負った咎から逃れることは出来なくなる。それが、汚れ仕事を一手に引き受ける彼らの隊の人間として必要な、もう一つの「資質」だった。その点、ロッテンバークはうってつけの人材であった。復讐を果たすためには、飛ぶしかない男。そして復讐の他に、今は何も無い男。これほどズボフにとって扱いやすい人材はそうはいなかった。
「隊長、友軍から救難信号が出ているぜ。何とグラディサント要塞からだ。連合軍、選りすぐりの連中で攻めてきたらしい。あの難攻不落のお城が、壊滅寸前だとさ」
ほーぅ、と興味なさそうな声でズボフは返事を返す。友軍の危機もこの部隊にとっては重要事ではない、といった様子に、ロッテンバークは以前との差を感じていた。これがフレイジャー隊長なら、即座に救援に向かうところだろうが、どうやらここでは勝手が違うらしい。彼は、ようやく手にした飛ぶ機会を無駄にしないためにも努めて口を閉ざし、隊長の返事を待った。
「ほっとけ。どうせ今から行ったところで間に合わん。早死にしたい奴に任せて、俺らはさっさとトンズラだ。もう今日は十分働いた。空戦よりもベットの上の戦いの方が、今日は嬉しいぜ。……引き上げだ!!」
方針は決まった。ズボフ隊長機が針路を変え、北の本拠地へと向かう。その後を、黒いハゲタカたちが追う。もしかしたら、奴――ノヴォトニーの奴がいるのかもしれないが、今は時ではない。本当は、隊を離れて飛んで行きたい心を抑えて、ロッテンバークは編隊に続くべく、操縦桿を傾け、スロットルレバーを押し込んだ。獰猛な咆哮を挙げ、彼の新しい乗機は虚空を切り裂くように駆けていったのだった。
名実共にハードリアン最後の砦となった「エリアガーデン」戦域は、ベルカ軍防衛隊の意地と執念が具現化したかのように、猛烈な弾幕が張られていた。これまで比較的無傷に来た攻撃隊にも損害が出ているだけでなく、被弾によって撤退を余儀なくされた傭兵も出てきていた。何より、対空砲火と垂直離着陸機――AV-8Bの連携攻撃は巧妙を極めていた。弾幕が作り出した空白空域が、実はAV-8B隊の短射程ミサイルの攻撃ポイント、という戦法で、3機が葬られ、ハードリアンに骸をさらす結果となっていた。さらに、最後の拠点を守るべく、数少ない航空戦力が必死の抵抗を繰り広げていたのである。
「ここからは故郷が、祖国が近い。ここから先には、絶対に進めさせない!!私の身体に流れる、騎士の血と名誉にかけて!!」
「奇しくも同じ菖蒲を名乗る者同士、ここは抜かせて頂くわ。手出しは無用よ!!」
「はっ、やれるものならね!」
サピンのSu-37隊――アイリス隊だったか?――隊長機と、エリアガーデン上空にあって、傭兵たちの進撃を阻んでいたMig-29Aとが熾烈な戦いを始める。加勢したいところだが、地上の敵をやらない限り、他の面子にも危険が及んでしまう。上空の勝負を任せて、俺たちは山の上の庭――グラディサント要塞航空基地への攻撃を開始した。浴びせられる対空砲火のシャワーをすり抜け、速度を保ったままギリギリの高度で突入。見事なまでに平らな山頂部に広がる滑走路に狙いを定める。ちょうど、地下格納庫から出てきたらしいAV-8Bが4機、ゆっくりとホバリングを始めている姿が眼に入った。ミサイルは間に合わない。咄嗟に兵装選択を変更し、狙いを定めてトリガーを引く。翼から放たれた爆弾は、滑走路上を反動でバウンドするように飛び、そして炸裂した。そのうちの一発が敵機の真ん中で炸裂。爆風で煽られたAV-8Bがひっくり返って滑走路に叩き付けられ、爆炎と黒煙に姿を変える。
「くそっ、ホスロー隊壊滅!!」
「ひるむな!次の攻撃までに上がるんだ!!」
「ちっ……敵さん、まだやる気だぞ。全く、どこまでもしぶとい連中だ」
「一体連合軍はどれだけの戦力をここに投入したって言うんだ!?キリがないぞ!!」
兵士たちの意地と意地とがぶつかり合う。対空砲とSAMが激しく火を吹き、空を舞う戦闘機たちを狙う。空からは、報復の機関砲弾の雨と爆弾のシャワー。直撃を被った戦闘機が辺りを一瞬明るく照らし出し、そして炎に包まれたまま地上へと突入する。全身炎の塊と化した戦闘機は、ある意味巨大な爆弾のようなものだ。管制塔に突っ込んだ友軍機は、そのまま建物ごと一帯を炎の海に変えて四散する。
「コントロールがやられた!!」
「駄目だ、応答無し!早く逃げろ、こっちにも炎が来るぞーっ!!」
生存を賭けた戦いは否応無く兵士たちに襲い掛かる。俺たちに対空砲火を浴びせている以外の人間も、戦っている。それは、俺たちを後方で支援する整備兵やオペレーター、それに上空で指揮を執るイーグルアイも同じだ!対空砲火を避け、距離を稼いでから反転した俺は、再び雨の中へと突入する。こちら側からなら、航空戦力を飽きずに出し続けるエレベーター――まるで、航空母艦のような――が狙える。あれさえ潰しておけば、地下に眠る戦闘機たちは事実上役立たずとなる。コクピットに激しいミサイルアラート。SAM砲台が2基、俺の姿を捕捉してミサイルを打ちかけたのだ。当たるものか!高度を一気に下げ、山肌スレスレの曲芸飛行。胃の辺りを氷塊が滑り落ちるような時間は、実際にはほんの数秒のことだったろうが、とてつもなく長い時間のように感じられた。回避成功。獲物を取り損ねた槍が空しく空へと伸びていく。さあ、反撃だ。ぶら下げてきた爆弾を、まとめて叩き込んでやる。機体のポジションを整え、攻撃ラインに乗る。要領はさっきと同じ、ヒット・アンド・アウェイ。HUDに表示された投下予測地点を頼りに、機体を微修正。ぽっかりと口を開けたようなアラートハンガーの下から、新たな戦闘機がせり上がって来る。投下、投下!!反動で機体がポン、と上へと舞い上がる。
「逃げろ、こっちに来るぞ!!」
「くそっ、あいつだ。あの悪魔のせいなんだ!!」
山の上を通過し、背後を振り返る。コクピットに聞こえてくることは無いが、地上には轟音が響き渡り、爆風と衝撃波が周囲のものを吹き飛ばしているのだろう。俺の放った爆弾は、そのままエレベーターを突き破って炸裂したのだ。アラートハンガーが内側からひしゃげ、中からはもうもうと黒煙が昇っていく。
「ガルムがやったぞ!!敵戦闘機の出入り口沈黙!!」
「何だよ、今日もトップスコアはあいつか。まあいいさ、残りの獲物、狩り尽くすぞ!!」
未だ激しく撃ちかけられる対空砲火をすり抜けて、傭兵たちがトドメの一撃を与えるべく突入していく。再び山は炎と黒煙、そして衝撃波に揺さぶられて咆哮をあげる。ついに、最後の抵抗は潰えようとしていた。空をあれほどまで覆っていた火線は空から消え、戦う術を失った兵士たちが降伏を宣言する通信を送ってくるまでに、さほどの時間は要しなかった。
「イーグルアイより、各隊へ。グラディサント要塞の沈黙を確認。この戦域の脅威は完全に排除された。作戦は成功だ!本当によくやってくれた!!」
AWACSの戦闘終了宣言を聞いて、ようやく傭兵たちが歓声を上げ始めた。皆、半信半疑だったのだ。あれほどの対空砲火のシャワーの中を生き延び、勝利を、生存を勝ち取ったということが。だが、これはまぎれもない現実だ。俺たちは、連合軍部隊が壊滅した難攻不落の要塞を、逆に壊滅せしめたのだ。これを勝利と言わずして、何と言うだろうか。
「やったな、相棒!まさか、ここまでうまくいくとは思わなかったが、これでまた一つ、戦いは終わりに近づいたかもしれないな」
「そうだな、本当にそうだと思いたいよ。今日は……少し、疲れた」
「同感だ。帰ったらうまい酒で魂の洗濯といきたいところだ」
相棒、ラリーの提案に返事を返そうとしたとき、空が一瞬光った。何だ?遠雷のようにも見えた光は一瞬にして消え、また元の厚い雲が広がるだけとなる。
「何だ、今空が光ったように見えたが?」
「お前も見たか、ラリー。遠雷でもないようだが、良く分からん」
とりあえず、俺たちが見た光の話はそこで終わった。ようやく補給を終えて戻ってきたマッドブル隊が、1番機と2番機で漫才を始めてしまったからでもあったが、とにかく、今は今日の勝利を祝い、そして身体を休めたかった。この勝利を連合軍はまた掠め取って、自らのプロパガンダに使っていくのだろう。だが、そんなことはどうでもいい。最前線にある兵士たちが、少しでも生きて終戦を迎えられる可能性を、多少は高められたであろうこと。俺には、そっちの方が余程嬉しかったのだから。
俺たちが、空の光を目撃したのと同時刻、ウスティオ国境からベルカ本土へと進撃した友軍部隊が、正体不明の攻撃によって全滅した、という一報が届けられるのは、俺たちの基地帰着後、しばらくしてからのことである。既に基地をあげての戦勝バーティに湧く俺たちの元に、届くはずも無かった。ガルム隊宛に届けられたビンテージのワインをゆっくりと俺が傾けている頃、自分の執務室で、イマハマの旦那が渋い顔をして報告書を読んでいるなど、思いもしなかった。そしてさらに、「光」の災禍が俺たちの身近に迫っていようなど、ヴァレーの面々が知る由も無かったのである。