空中回廊


人は語る。
彼方からの禍々しき光が空を薙ぐとき、そこには死が平等に与えられた、と。

人は語る。
礼節を失った攻撃は、単なる殺戮でしかないのだ、と。

難攻不落の要塞の陥落は、連合軍にまたとない喜びを与えたらしい。あの晩のビンテージ物のワインは格別の味わいだったが、これまた基地の倉庫のどこに仕舞うのか悩ましいように物資が多数届けられたらしい。使わなければゴミも同然――、とはナガハマ曹長の台詞だが、うちの基地にあまり関係の無いような装備や物資を送り付けて満足しているあたり、連中、また無理難題を押し付けてくるに違いない。だが、いずれにせよハードリアン線の陥落は、連合軍の補給ルートと進撃ルートを確保するうえでの障害が消滅したことを意味する。だがそれは、空路の話だ。あの険しい難所を陸上戦力が大挙して移動するのには無理がある。ベルカ本土に進撃する頃には、兵力の大半が使い物にならなくなっているだろう。よって、別のルートが連合軍の行き先となるのだが、そこにも障害は当然の如く待ち受けている。シェーン平原に展開しているベルカ軍は、航空兵力と地上戦力とで大規模な防空線を引いていたのである。地上を進撃すれば航空戦力と長射程の火砲が、空を進撃すればこれまた航空戦力と対空砲火が、連合軍を足止めして進ませなかった。だが、ここを抜かねば、連合軍の進撃も無い。結果、俺たちの出番となる。既に戦いはベルカ本土へと移行していたが、俺たちもついに、ベルカによって占領された土地ではなく、ベルカがもともと持っていた土地へと足を踏み入れるのであった。

すっかり馴染みとなったフトゥーロの前線基地で一度給油のために小休止し、俺たちは再び機上の人となった。今日の任務は、さすがに先のハードリアン線のえげつないやり方を反省したのか、或いは傭兵たちに戦果を独占されることを恐れたのか、連合軍からも相応の戦力が投入されている。おかげで、俺たちヴァレー組を除けば、後は大体正規兵という、久々の状態になった。やりにくいものだ、と心中ぼやきたくもなるが、俺たちは俺たちのやり方でいけばいい。そう言い聞かせて、今日の空を飛ぶ。
「なぁ相棒、下を見てみろよ。戦争やってる国の風景じゃないぞ、こいつは。ここから見れば、どんな国の風景も変わらないもんだけどな」
「綺麗な光景だぜ、本当に。どうして戦争なんて考えちまったのかな、この国は」
俺の思い出の中にある祖国の光景も、確かに美しい。特にこの季節の風景は格別だ。緑に萌えるバルトライヒの山々。まだ雪を残す北の谷の山脈と雲と青空のコントラスト。ようやくほころび始める春の花。山から下りてくる、緑の香りを含んだ風。あまりいい思い出が無い祖国の記憶の中で、それだけは懐かしい記憶として、俺の頭の中に蘇る光景だった。
「イーグルアイより、各機。下の風景に見とれている暇は無いぞ。敵部隊は精鋭だ。気を引き締めてかかれ!!」
AWACSの台詞を裏付けるかのように、レーダーに早くも敵反応。航空基地と対空陣地を組み合わせたようなベルカ軍の拠点から飛び立ったインターセプターたちだ。なるほど、精鋭という言葉に嘘偽りはなさそうだった。トライアングル複数、俺たちの真正面から堂々と接近中。
「傭兵に毎度持ってかれるのは悔しいからな。ここは俺たちが先発するぜ。ヘイスト1、エンゲージ!」
「おいおい、この期に及んで何を言ってやがる。ここは俺たちの稼ぎ場だぜ!!」
上空、正面からヘッドオンで突入してくる敵機に向けて、オーシア機がエンゲージ。その下を加速しつつ、ヴァレー組の面々が急降下しつつ地上施設へと襲い掛かる。地上の対空砲台が一斉に火を吹き、基地の上空は地上から振りそそぐ対空砲弾の雨に覆われる。その弾幕の下では、対空ミサイルが獲物の到来を待ち受けているに違いなかった。悲鳴と共に、オーシア機の反応が一つ消える。虚空に大きな火球が二つ。どうやら、敵機と連合軍機が相討ちになったらしい。空に排気煙のループを刻みながら、空飛ぶ鋼鉄の翼同士の激突が始まる。
「こちらマッドブル隊。地上のドル箱は、俺たちの獲物だ。上の支援よろしく頼むぜ、サイファー!」
「ディンゴ1より各機、敵SAMよりレーダー照射を受けています!警戒!!」
「やかましいから、警報なんぞ回線切っとけ!行くぞ、野郎ども!!」
先発した連中に負けじと、マッドブル隊が低空へと降りていく。何だかんだといいながら、シャーウッド坊やのJAS-39CがガイアのF/A-18Cの右翼をぴたりと固めている。腕は確かであるし、ここに来た頃に比べれば格段に上達していることが見て取れる。――俺は衰えていく方かな?少し苦笑いを浮かべつつ、俺たちも獲物を探して首を巡らす。地上では早くも炎と煙が大地を覆い始め、また上空へと撃ちかけられる対空砲火の火線も密度を増していた。迂闊に高度を下げれば、たちまち風穴をあけられるのがオチというものだ。俺は、手近の空間をオーシア軍機を追って大きくループした敵機、Mig-29Aの独特のフォルムを追って、こちらもエンゲージ。単調な機動で飛ぶ敵機に、牙を突き立てる。ロックオンを告げる電子音を確認して、発射トリガーを引く。ようやくこちらの存在に敵が気が付き、回避機動を開始するが、もう遅い。至近距離で炸裂したミサイルの破片をたっぷりと浴びて、敵機は黒煙に全身を覆われてよろめく。戦闘能力を失った敵機を放っておいて、俺は次の獲物を探すべく機体を上昇させた。
「第207戦車隊は209戦車隊と合流し、第6エリアの迎撃に当たれ!」
「よし、中尉は健在だぞ!中尉は駄目でも、美人の娘さんを狙うためにも、生き残らんとな!!」
「くっ、大した戦力じゃないのに、近づけないとはな!」
連合軍を何度も退けた実力は確かに見事なもので、上空にあがった迎撃機部隊と対空部隊とが見事に連携し、寄せ手を罠にはめようとする。まんまと罠にかかったオーシア軍機が火だるまになって、地上にキス。木っ端微塵となった機体が地面を何回かバウンドして爆発、黒煙と炎の塊と化してようやく止まる。巻き添えになった対空砲台の兵士たちは哀れというしかない。その間隙を突いて、マッドブル隊に先導されたヴァレー組が超低空から高速侵入。恐らくはまともに狙いも定めていないだろうが、ヒット・アンド・アウェイで爆弾と機銃掃射の雨を降らし、弾幕を潜り抜けて離脱する。立て続けに爆炎が地上から吹き上がり、基地が炎に包まれる。攻撃の集中が功を奏し、他部隊と連携して対空砲火を浴びせていた一帯が直撃を食らって炎の海の中に沈む。減殺された対空砲火の中を連合軍機が突入。させじと喰らいつく敵機から放たれたミサイルが友軍機を黒煙と炎の塊に変える。そのまま腹の爆弾ごと対空砲陣地に突入した友軍機が、報復とばかり周辺を吹き飛ばす。
「第4小隊、全滅!!」
「第6小隊、待ってろ。こちら第8小隊、救援に向かう!!」
「滑走路の戦闘機部隊、上がれるだけ上がれ、早く!!」
周辺基地の部隊だろうか。新手の敵戦闘機部隊の光点がレーダーに映し出される。とりあえず自分たちの周りの敵機をあらかた撃墜した俺とピクシーは、敵増援にヘッドオン。被弾無し、弾薬充分、燃料も問題なし。ナガハマ曹長たちの愛情(?)こもった整備のおかげか、機体の調子は絶好調だった。
「今日は機体の機嫌もいい。相棒、今日のエースは俺がもらうぜ?」
「何の、こっちもナガハマ曹長の怨念のせいか、すこぶる快調だ」
「お互い好調で何よりだ……行くぞ!!」
ヘッドオン、真正面から突っ込んでくる敵機を狙い、レディ・ガン。すれ違うまでのほんのコンマ数秒が攻撃の好機。HUDの照準レティクルに一瞬、敵機の点が重なった刹那、トリガーを引き、すかさず操縦桿を引いて上昇。直後、轟音と衝撃とが合わさって、敵編隊が通り過ぎていく。そのうちの1機が俺たちへと方向を変えることなく虚空を飛び、しばらくして火球と化した。インメルマルターンで反転した俺は、もう一度敵機とヘッドオン。今度は攻撃を回避され、高Gをかけつつ再び上昇反転。シートに押し付けられる身体を無理やり動かして、敵機の背後に回りこむ。思ったより速度が付き、ミサイルは使えない。背後を取られたことを察知した敵機が右へジンク。追撃する俺を振り切ろうと、今度は反対側へ跳ぶ。いい腕だ!何度めかの旋回を終えた敵機が、アフターバーナーを焚きつつダイブ。低空へと飛び込んでいく。すぐさま追撃しようとして、この基地の対空防衛網の強固さに思い当たった俺は、降下を一瞬ためらい、地上を伺った。だが、地上からの対空砲火は既に先ほどの勢いを失い、残る火線も少しずつ薄くなり始めていたのだった。マッドブル隊率いる一隊が、地上を荒らし回っているのは勿論だが、連合軍の連中も弾幕の中を旋回する愚にようやく気が付き、ヒット・アンド・アウェイに切り替えた結果だろう。逆さまになった機体を一気に降下させ、少し離れてしまった敵機を追う。ぐんぐん迫る地上は、炎と黒煙とに覆われ、至る所に爆弾の穿った大穴が開いている。滑走路も何箇所かで寸断され、離陸することが出来なかった機体が打ち捨てられている。期待の支援を受けられないことに気が付いた敵機のエアブレーキが開く。水平に戻そうとしたのだろうが、既に遅い。再びガン射程内に敵機を捕捉し、ガンアタック。残弾カウンターが一気に減り、そして真後ろから撃ち抜かれた敵機は引き起こすことも出来ずにそのまま地上へと突き刺さった。敵基地管制塔の至近で水平に戻し、炎のあがる基地上空を一気に通過する。
「ガルム1が1機撃墜!くそ、相変わらず仕事熱心な連中だぜ」
「よし、今日はあいつらの稼ぎでおごってもらうぞ。それくらいしてもらっても、充分お釣りが出るだろうからな」
「こちらガルム2、その分、俺たちの出撃の肩代わりをしてもらうってのでどうだ?」
「勘弁してくれ。その前に死ぬのがオチだぜ。命あっての物種だからな!」
傭兵たちにも、軽口を飛ばす余裕が戻っている。トドメとばかりに、残った爆弾を投下すべく、友軍機たちが次々と降下していく。主要な対空陣地を奪われた敵基地に、最早反撃の術はなかった。再び新たな黒煙と炎が地上を舐め始め、全弾投下し終えた戦闘機たちが、基地上空で編隊を組み直して旋回を始める。即ち、それくらいするだけの安全と余裕を確保した、ということだ。だいぶ損害を出した連合軍――オーシアの連中に、それだけの余裕があるかどうかはまた別の話だが。
「こちらマッドブル1。ヴァレー組のお守りは終了だ。何だよ、少しは落ちてくれないと稼ぎが減るんだがなぁ」
「なら単独で突っ込めばいいじゃないですか。誰ですか、"俺について来い"って宣言したのは」
「坊や、そいつは言わない約束じゃないの。穴兄弟の熱ーい約束」
傭兵たちの陽気な笑い声が無線を占領する。やれやれ、うちの連中ピンピンとしている。全く困った戦争大好き中年たちだ。ある意味、罰当たりな悪魔の軍団、というべきか。オーシアの連中が沈黙しているのは、自分たちの損害もさることながら、戦果の大半を俺たちに奪われたことに対するショックも手伝っているのだろう。それから程なく、地上基地から降伏を伝える無線が伝えられた。再び大歓声。今度はオーシアの奴らも喜んでいる。そりゃそうだ、生き残ったのだから。そんな俺たちの歓声を他所に、呟くように言葉を発したのは、敵の兵士たちが「中尉」と呼んでいた女性だった。
「もう、抵抗する必要は無い。そろそろ時間だ。諸君、良くやってくれた!」
最後の方が涙声だったのも気になったが、それ以上に「時間」の意味が分からない。何となく、背筋の辺りが冷たい。まだ戦闘は終わっていない。既に敵のいないはずの空なのに、俺は総毛立つような悪寒から逃れられずにいた。
「イーグルアイより、各機へ。周辺の敵勢力無し。間もなく輸送部隊が上空に到達する。引き続き警戒に当たれ」
――まだ終わっていない。そう言いかけた口を噤む。俺の勘違いなのかもしれないのだから。だが、悪寒は引かない。何かがひっかかっている。そう、先ほどの女性兵士の言葉が。
戦域南東方向から、ゆっくりとした速度で輸送部隊が到着する。全く、制空権確保直後に部隊を寄越す必要もないだろうが、既に地上を進撃している連中も多数いるらしい。そんな連中への支援物資を満載しているのだろう。大型の輸送機が、空に大きなトライアングルを組んで飛ぶ。その上空を、支援戦闘機隊が速度を合わせて飛んでいる。
「こちらレイバー1、攻撃部隊の諸君、ご苦労だった。制空権の確保に感謝!!」
おやおや、この間俺たちに赤っ恥をかかされた連中と来たか。なるほど、安全になった空域に輸送部隊と一緒に到着とは、いかにも奴ららしい。そして、俺が口を開くまでもなく、傭兵たちが口々に連中を罵り始める。
「何がご苦労だ。輸送機と一緒に付いて来た金魚のフン野郎が」
「おいおい。金魚が可愛そうだ。何しろこいつら、モノの付いてないマネキンなんだからよ」
「そうそう、サイファーにあっさりと仕切られた連中だもんな」
「へぇ、なぁウスティオの、俺たちにもその話聞かせてくれよ」
「勿論だ。こいつらはなぁ……」
どうやら、友軍にも評判が良くない連中らしい。可哀そうに、感謝の一言以後、連中黙りこくっている。きっとマスクの下の顔が屈辱で真っ赤になっているだろう。俺は傍らを飛ぶピクシーに腕を振った。輸送隊の前に出よう、というサインに了解が返ってくる。ゆっくりと空を舞う輸送機の上を通り越して、スロットルOFF。速度を同調させて先発する。
「改めて制空権の確保に感謝するよ。おかげで丸腰の我々が安心して飛べる。アンタ、噂の猟犬だろ?いい飛びっぷりだ。うちの恥ずかしい連中とは全く違うなぁ」
「こちらガルム1。もうそれくらいにしてやろうぜ。連中だって、命令で付いて来ているんだ」
「サイファーは優しいからなぁ。俺なんか、文句だけで2時間はいけるぞ」
「マッドブル1、小学生みたいなこと言わないで下さい。こっちが恥ずかしい!」
マッドブル1、ガイアが何か言い返そうと息を吸い込む音が聞こえた瞬間だった。空が一瞬、青白く光ったように見えたのだ。また遠雷?いや、この空で遠雷はあり得ない。
「また空が光った。何だ?」
再び青白い光。だがそれは、遠くではなく、俺たちのすぐそばを掠めるように、上空から大地へと突き立ったのだった。何だこれは!?思考が一瞬停止する。一瞬の間を置いて、後ろにいた輸送機が3機、炎と黒煙を吹き出して墜落していく。敵増援部隊か!?慌ててレーダーを確認するが、敵影無し。ステルスでもいるなら別だが。だが、ミサイルのような攻撃の類ではない。もっと遠方から、もっと強力な"何か"が輸送機を吹き飛ばしたのだ。それも一瞬にして、同時に。翼をもがれた輸送機がバラバラになりながら地上へと残骸を振り撒いていく。
「くそっ、何が起こった!?」
「そんなの知るか!あの光の柱は何だ!?」
動揺が傭兵たちの間にも広がっていく。
「AWACS、何があった!?情報は!!」
ピクシーの鋭い声がイーグルアイに向けられる。誰しもが思考停止になりかけた、絶妙のタイミング。さすが、背中を安心して任せられる相棒だ、と納得する。
「待て……来た。な……!?司令本部より緊急入電。当作戦空域は……敵、超射程対空兵器の射程圏内に有り。くそ、全機作戦中止、反転して南へ向かえ!ここは敵の罠の中だ!!」
「遅い!!どうすればいい!?」
「レーダーを確認しろ。こちらから、着弾予想地点をレーダー上に表示する!」
なるほど。時間、とはそういう意味か。俺は、敵指揮官の言葉の意味をようやく理解した。時間、それは即ち、前線基地の連中の任務が時間稼ぎだったことを意味する。そして本命は、この正体不明の光。どこから撃ちかけられるかさっぱり分からない、この洒落にならない光のシャワーだ。俺は後ろを振り返った。生き残りの輸送機が後ろに付いている。だが、ここからの撤退に、彼らを連れて行くのは至難の業だった。
「輸送隊より、ガルム隊。俺たちのことはいい。この空域から離脱してくれ。なに、輸送機パイロットの代わりはいくらでもいるが、アンタらの代わりはそうはいない。……頼んだぜ、俺たちの分も長生きしてくれよ?無駄死にしやがったら、化けて出てやるからな」
驚いたことに、それはさっきの輸送隊のパイロットからの交信だった。こんな連中を見捨てていかなければならないとは……!これが戦争なんだ、とマスクの下で唇を噛み締める。だが時間も無い。俺はため息を吐き出し、そして操縦桿を引いた。インメルマルターン。逆転した天地を水平に戻したところでスロットルを押し込む。アフターバーナーON。とにかく今は、敵の射程から逃れることが先決だった。ベルカ軍は、初めからシェーン平原に展開する防衛部隊で連合軍の進撃を防ぐ魂胆ではなかったのだ。むしろ、あの「光」の射程内に獲物を充分に引き寄せて、逃れられないところまで食い付かせたところで殲滅する――そういうタチの悪い戦術に、俺たちはまんまとはめられてしまっていたのだ。冷や汗が背筋を湿らせていく。どこから来るか分からない攻撃ほど恐ろしいものは無い。イーグルアイの弾着予想が正確であることを祈りたい。レーダーに目を移すと、早速着弾地点が明示される。場所は俺たちの後方、さっきの輸送隊の生き残りのいる辺り。俺たちの逃げる時間を稼ぐためか、連中、直進を続けている。後方を振り返りつつ、心の中で、済まない、ともう一度叫ぶ。空からの青い光が再び地上に突き立ったのは、その直後だった。
「うおおおおおおっ!!」
虚空に火球が二つ出現し、輸送隊の機影が消失する。これで間違いない。敵の攻撃はミサイルやレールガンといった類のものではない。――レーザー兵器。まさか実用されているとは。上から降ってくる、ということは、俺たちの姿はレーダーなり或いは軍事衛星からのライブ映像で完全に捕捉済みということだろう。厄介だぜ。舌打ちしつつ、回線を開く。
「ガルム1より、各機、分散しろ!!固まっていたら、却って敵の思うツボだ!!」
「ガルム!貴様、性懲りも無く我々レイバー隊に断りもな……」
「役立たずは黙っていろ、三下!!聞いての通りだ、何としても生きて帰るぞ、みんな!!相棒!!」
再び着弾予想点が出現する。俺たちの真正面!くそっ!!90°ロール、降下しつつ左旋回して着弾点から逃れる。後続機も同様にターン。俺たちのすぐそばの空間を、太い光の柱が貫いた。あれほど分散しろと言ったにもかかわらず、固まったままのレイバー隊が、光の奔流の中に飲み込まれていく。
「ぎゃああああっ!」
「メイデイメイデイ!!駄目だ、機体が立て直せない……」
「隊長ーーーっ!!」
未知の光 たまたまレーザー外縁部にいた隊長機を残して、レイバー隊の機影が消滅する。それだけじゃない。ヴァレー組もやられている。レーダー上に表示される友軍機の数が、明らかに減っていた。つまらないプライドに固まった阿呆のことなどもう気にも留めず、俺たちは次の着弾点をギリギリで回避して飛ぶ。くそっ、やってることは大した機動でもないのに、これほど緊張を強いられるのは初めてだ。光の奔流が薄くなって姿を消すと、再び俺たちの鼻先に新たな攻撃が撃ち込まれる。命中精度など、こうなってしまえば関係ない。とにかく攻撃範囲が広いのだ。多少のズレなど相殺だ。
「ヘイロー4がいないぞ!?」
「6番機もだ。くそっ、レーザーとはまたトンデモ兵器を持ってきやがって!!」
ようやく戦域南部へと到達。だが攻撃は止む気配がない。一体、どれだけの射程を持っているというんだ、この兵器は!向こうにしてみれば、まさに七面鳥撃ち。焼かれる方は骨まで黒焦げに仕上げられるわけだから、洒落にもならない。高度計と速度計、それに方位計を何度も確認しつつ、進路を細かく切り替えて飛行を続ける。有効な反撃手段が無い以上、多少なりとも生存確率を高めるにはそれくらいしか出来なかった。多少は効果があったのかもしれない。敵の着弾点が、微妙にズレ始める。だがそれでも、コース取りを間違えた友軍機が光に掴まって、空しく炎の塊と化していく。断末魔の絶叫。唐突に途切れる交信。逝った奴の名を叫ぶ傭兵。恐怖と緊張と混乱とに覆われた空。空がこんなに息苦しいほどに狭いものだと感じるのは、生まれて初めてのことだった。一体、何回旋回を繰り返したことか。終わりの見えない鬼ごっこほど、神経が磨り減るものはない。一対一のガチンコ勝負ならともかく、相手は姿の見えない、得体の知れないレーザー兵器だ!実際にはまだ数分しか経っていないのだろうが、もう何時間も地獄のような状況に落とされたような気分だ。まだか!射程圏内からの離脱は!!もう何度目か分からない光の奔流が至近距離で突き立つ。空間と大地をレーザーで存分に焼き払っていく光の柱。あんなものの中で耐えられる戦闘機なぞ、現代の世には存在しないだろう。まさか鏡で機体を覆えば済むという話でもないだろうし。既に今回の作戦空域から外れ、もう少しでフトゥーロ空域へと到達する、という頃、ようやく攻撃が止んだ。射程圏内から逃れた、というよりも、一目散に逃げていく俺たちの姿を見て、連中もとりあえずは満足したということだろう。誰もが無言だった。難を逃れたことを悟った友軍機たちが、ゆっくりと集結していく。だが、出撃前と比べて、空はさびしいものだった。オーシアの連中だけではない。ヴァレー組にも、無視できない損害が出ていたのだった。ファニーパグ隊は全滅、ダックス隊は4番機を残して壊滅。そして、マッドブル隊も4番機のシンプソンがやられていた。
「何とか生き延びたらしいな、相棒」
ラリーの声にも生気が無い。俺の顔色だって似たようなものだろう。生き残ったことを喜ぶ余裕すら今の俺たちには無くなっていた。作戦の成功は同時に戦力の大損害となった。敵の計略にまんまと乗ってしまった、連合軍――俺たちの完全なる敗北だった。マスクの下で、俺は唇を噛み締めた。そう、つい先ほどまで轡を並べていた気のいい連中たちの幾人かは、もう二度と会えない世界へと旅立ってしまったのだから。敗北の二文字を背中に刻んだ男たちの意気消沈した後姿が、薄く広がる雲の中に消えていく。
ようやくたどり着いたヴァレー基地のランウェイ。出迎える滑走路灯が暖かい。だが、多くの仲間がやられたという事実は、もともと陽気な基地の面々さえも沈ませるに充分だった。
「良く帰ってきてくれた、ガルム隊」
ガルム2 普段はサイファーと顔をあわせないようにしているウッドラントの旦那ですらこれだ。受けたショックは決して小さくは無い。サイファーの機体が、相変わらず惚れ惚れとするようなコース取りで滑走路へと降りていく。その左後方にポジションを取って、彼は操縦桿を手繰った。ジェットエンジンの奏でる咆哮が地上から跳ね返り、大地が近づいたことを知らせる。ピュッ、という音が響いて、ランディングギアが接地。白煙を上げて愛機が大地へと舞い降りる。エアブレーキON、スロットルOFF。少しずつスピードを緩めていく愛機の外を流れる景色が次第にゆっくりとなっていき、夕闇に沈んでいこうとする基地の明かりが次第にはっきりと見え始める。帰ってきたんだ――マスクを外しつつ、ラリーはため息をまとめて吐き出した。きっと、相棒も似たような気分だろう。よく、生き残れたものだ。だが、失った仲間も数多い。マッドブル・ガイアですら普段の饒舌が影を潜める有様だ。……全く、ひどい戦いだった。だが、俺たちの無事を喜んでくれるこの基地の面々とは異なり、戦争を操る人間たち――上から見れば、俺たち傭兵の代わりなど、いくらでもいる。連中、そんな風に考えているのだろう。たまったもんじゃない。俺たちが戦うのは、安全なところでどっしり座っているような連中のためじゃない。そんな連中に、俺たちの命をやり取りされるなど、反吐が出る。ラリーは首を振った。
"いつでも、おまえを待っている。共に世界を正しい方向へ導こう"
そう言って自分をスカウトしようとした男の顔が、脳裏に浮かぶ。全く、奴の言うとおりなのだ。傭兵――兵士はどこまでいっても兵士に過ぎず、権力者たちの道具として使い捨てされるだけ。ならば、力を以って過ちを正すべきではないのか――。今更ながら、彼の言葉が身にしみる。相棒は、どう思っているのだろう。ラリーは、安心して背中を任せられる相棒に視線を移した。傭兵だけでなく、気が付いてみれば整備兵もオペレーターたちまで、出撃を見送るようになった、最高の相棒は、何のために戦っているのだろう。問うても答の出ない自問自答を止めて、彼は顔を上げた。

――まだ、その時ではない。

エトランゼたちの戦旗目次へ戻る

トップページに戻る