ジャッジメント作戦、発動


普段なら、陽気な男たちの笑い声が響き渡っているアラートハンガーの中が、今日は静まり返っている。マッドブル隊の4機が並んでいたスペースに、今は3機しか駐機していない。がらん、と空いてしまった空間には、ほんの少し前までいたはずの男の姿と機体が無かった。シェーン平原の戦いにおいて、マッドブル4、シンプソンは得体の知れない光線兵器の餌食となって、跡形も無く消し飛んでしまった。だから、ハンガーには棺の姿すら無く、彼の数少ない私物と洋服だけが、ぽつん、と並べられていた。
「シンプソンさん……どうして……」
シャーウッドは、他の隊員たちが遺品の前に置いていった花やタバコを都度整理しながら、何度もそう呟いていた。およそウマの合わない隊長とぶつかり続けている彼に対し、気さくな態度で接していた年長の男は、いかに堅物のシャーウッドであったとしても信頼を置ける同僚の一人だった。その男の死が、彼に衝撃を与えたのは言うまでも無い。ウスティオ空軍時代の同僚を失い、今また仲間を失ったことは、開戦当初、ウスティオ軍が薙ぎ倒されていったとき以上の衝撃を彼に与えていた。
「なんだなんだ、いい加減そんな辛気臭い顔はやめろよ、兄弟」
場に合わない大声の持ち主は、振り返らなくてもすぐに分かる。応えるのも面倒、といった風にシャーウッドは眉間に皺を寄せて後ろを向いた。基地に戻り、すっかりとくつろいだ服装に戻った隊長――マッドブル・ガイアの姿がそこにある。既にアルコールが入っているのか、黒い肌がうっすらと赤みを帯びていた。首にタオルをかけたその姿は、まるでスパから出てきたばかりのようだった。
「遅いじゃないですか、隊長。何やってたんです!?」
「いや、悪い悪い。俺の帰りを待ち受けていたハニーを安心させていたんでな。でも2時間かかってないだろ?」
「あ、あなたって人は……!!」
激発しかかったシャーウッドのことなどどこ吹く風で数少ない遺品の前に立ったガイアは、基地の誰かが添えたコップの中身をぱっと捨てると、その代わりに手にしていた琥珀色の液体を注いだ。ゆっくりと、まるでそこに逝った部下が座っているかのように。そして自分もグラスにウィスキーを注ぐと、何も無い空間に向けてグラスを軽く上げた。そして、一気にグラスを飲み干す。芳醇な香りがアラートハンガーの中に漂い、沈黙だけが漂っていた空間に広がっていく。グラスを干した後、しばらく無言で遺品を眺めていたガイアは、唐突にグラスをシャーウッドに押し付け、なみなみとウィスキーを注いだ。
「た、隊長?」
「いいから飲め。隊長命令だ。……なぁ、兄弟。これが戦争って奴だ。いい奴も悪い奴も簡単に死んでいなくなっていく。俺たちが今いるのは、そんな馬鹿げた命のやり取りをする場所さ。だがな、そいつがいたことを生き残った奴は覚えているし、決して忘れちゃならねぇ。――奴の仇は、必ず取る。だが、敵に憎しみを抱くな。憎しみだけで戦い始めたら、人間って奴はどこまでも残虐になれる。ベルカのことが憎いだろうが、ベルカの兵士たちだって、好きで戦ってるわけじゃねぇ。連中にも、家族があり、帰る場所があり、普通の市民たちがいる。憎むなら、戦争自体を憎め。気のいい奴の命を簡単に奪っていく、戦争自体を、な」
にやり、と最後は笑ったガイアは、若い、若すぎる彼の部下の肩を軽く叩いた。グラスになみなみと注がれたウィスキーをしばらく眺めていたシャーウッドは、覚悟を決めたかのように、一気に呷った。気管と食堂を焼くアルコールの熱にやられて、彼は激しく咳き込んだ。もともと彼は酒に強いほうではない。そこにウィスキーの一気飲みだ。おかしくならないはずがない。
「もぅ、この馬鹿!!隊長も隊長です。いきなりそんなに飲ませること無いでしょ!!」
初心な二人 後ろから小走りにやってきたジェーン・オブライエンが、まだ咳き込んでいるシャーウッドの背中を乱暴に引っ叩く。やはりこいつには「猫娘」の呼び名が似合うな、とガイアの一人で納得していた。どうやら酒が一気に回ったらしく、オブライエン嬢に支えられて辛うじてシャーウッドは立ち上がる。顔は物の見事に真っ赤になっている。それを見てガイアはさらに笑った。顔面は真っ赤だが、目から光は消えていない。無数の戦場を渡り歩く中で、ガイアは幾人も憎しみに取り付かれた人間の姿を見てきた。その、光を失い、濁ってしまった目の色を。生き残れば、きっと将来、ウスティオの空を支えていく一端になれるであろう、鍛えがいのある若者を、そんな風に彼はしたくなかった。
「それでいい。それが、俺の部隊流の弔いの方法だ。戦いはまだ続く。色々と思い出して、逝っちまった連中の話をするのは、全部が終わってからでもいいさ。例えば、坊や、ジェーン嬢ちゃん、おまえらの結婚式とかな」
ジェーンの顔が真っ赤に染まり、シャーウッドの顔が狼狽でさらに真っ赤になる。居合わせた傭兵たちからも、失笑が漏れ、アラートハンガーの中に笑い声が響き始める。
「な、な、何で私がこんなじゃじゃ馬と結婚しなければならないんですか!!」
「何ですって、誰がじゃじゃ馬よ!!」
「オブライエン伍長、君以外に誰がいるっていうんだ!?」
「何よ、この馬鹿!!折角人が心配してやってるのに、この朴念仁!!ウドの大木!!青二才!!」
ほんの少し前までの沈痛な表情などどこ吹く風、とシャーウッドと頬を盛大に膨らませたジェーンがにらみ合う。それを見る周りの連中の顔には、笑顔が戻る。そんな光景を見て、ガイアは満足そうに頷いた。――この方が、俺たちの部隊らしくていいだろ、シンプソン?坊やのことは任されたぜ。安心して、眠ってくれ。おまえのことは、笑顔で見送ってやるぜ。
「あばよ」
ウィスキーの瓶をラッパ飲みにして、ガイアは手向けの言葉をもう一度、シンプソンのいた空間に向けて投げかけたのだった。
(崩れた巨大な文字で)
おとおさんえ
(以下流れるような美しい書体で)
あたしは字がへたくそなのでおかあさんにかわりにかいてもらうことにしました。
おとうさんげんきですか。おねぼうしてませんか。
あたしはげんきです。きのうけんかしてはなぢがでたくらいです。でもなきませんでした。
アリアもげんきです。あたしのおにんぎょうをまいにちばしばししてます。あたしはおねえちゃんなのでとられてもおこりません。
(でもちょっと悲しそうだったから後で別のぬいぐるみ、買ってあげてね。ラフィーナより)
おかあさんはいつもげんきです。でもときどきさみしそうなのでおとうさんはやくかえってきてね。

あたしはよーちえんにいくようになって、まいにちたのしいです。
よーちえんにはいろんなこがいて、おともだちもたくさんできました。
あっ、そうだいやないおとこのこもいて、きのうおとうさんのわるぐちをいわれました。おとうさんが、おかねもらってひとごろしするわるいやつだっていうの。

すんごくむかついたから、
「じゃあへーたいさんはみんなわるい人なの?だったらごみあつめのおじさんはおかねもらってごみあつめてるからきたない人なの?そんなのへんじゃん」
っていってやったら、
「ほかのくにまでいってせんそうしてかねもうけなんてあたまおかしいっておかあさんがいってた」
だって。

ばっかみたい。だからいってやったの。
「あのね、あんたなんにもしらないからおしえたげるけど、よーへいっていうのは、たたかわないといけない人たちをたすけてたたかうのがしごとなの。たたかえない人のかわりにたたかうしごとなの。けがするかもしれないし、ちがでるのもいっぱいみるし、しんじゃうかもしれないの。あんたおかねもらったからってそんなことできるの?」
そいつ、「できるさー」とかなんとかもごもごいったから、もっといってやった。
「じゃあやれるもんならやってみなさいよ。あたしおとうさんにてがみかいたげる。あんたがよーへいになりにおとうさんところにいくからよろしくってたのんだげる。あんたうちの人によーへいになるっていって、にもつちゃんとよういしとくのよ」
そしたらやっぱり、「そんなことするかばーかおまえのとうちゃんせんそーきょー」とかってべそかいてやんの。
だから「なーんだよわむしうそつきかっこわるー。あたしのおとうさんのほうがひゃくおくまんばいかっこいいわよーだ」っていってやった。
そしたらそいつ、「なんだとー」ってなぐってきたの。いたくてはなぢでたけど、よわむしになぐられたくらいではあたしはなきません。
「なによすぐぼーりょくつかって。あんたのほうがせんそーきょーじゃないの?」っていいかえしたの。そしたらもういっかいなぐろうとしたのでおちんちんけっとばしてやりました。そしたらないてせんせいよびにいったの。やっぱよわむし。せんせいもだれがさきになぐったかちゃんとみてたので、あたしはおこられませんでした。

うちにかえったら、そいつがおかあさんといっしょにうちにきました。
えーと、「男の子蹴りつけるなんてお宅一体お嬢さんにどんな教育なさってるの!?家庭環境が悪いとこれだから」だって。じぶんでかてないからうちの人つれてくるなんて、ほんっとにいくじなしです。 でもそいつのおかあさんは、あたしがはなまっかでめのまわりまっくろになっちゃってるのみて、もんくいうのやめたみたいです。どうみてもあたしのほうがいたそうだったもん。
おかあさんもあきれちゃって、「騒がれるのは結構ですが、喧嘩の詳細が広まると恥ずかしい思いをなさるのはそちらの息子さんではございませんか?職業に貴賎があると教えるのがお宅様の確固たる教育方針であれば差し出口は申しませんが、あまり外聞のよい話ではないと思います。クラスメイトの父親を罵った上に言い返されて腹を立て、殴ったら蹴り返されて自分が先に泣き出した、ということになりますと。しかも女の子相手に」ってためいきつきながらいったら、そいつのおかあさんはすごすごかえっていきました。

えっへん。おかあさんもやっぱりかっこいいです。

そんなわけで、よーちえんではおとうさんはかっこいいしごとだとみんなにひょーばんになりました。えっへん。かえってきたら、たくさんおはなしきかせてね。よーちえんのみんなにおしえてあげます。

それではさよーなら。

ついしん
ぺんだんと、わすれないでかってきてね。
それから、おとうさんがけがしたらおかあさんがおこりながらなくので、けがしないでかえってきてね。
やれやれ、ルフェーニアの奴。急所を蹴っ飛ばされた坊やが可哀想な気もするが、あの国でさえそんなことを言う人間がいるということに、少し衝撃を受ける。まぁ、昔と違って、俺たちのご近所さんたちは俺の職業を理解してくれているし、家族とうまくやってくれている。それだけでも、どれだけ俺が助かっていることか。もし、戦いを終えられる日が来るなら、今度は俺が何かをしなければならないのかもしれない。
ルフェーニアの手紙をめくり、次の手紙の後ろへと手繰る。再び、良く見慣れた筆跡。いつもと変わらない書き出し。ラフィーナからの手紙が続いている。
愛しいレオンハルト

ウスティオは寒い日が続いていると聞いています。そちらの仕事はいかがですか?
仕事中は大丈夫だと信じてますが、ちゃんと一人で朝起きていますか?
洗濯物ためてませんか?
靴下脱ぎ散らかして行方不明にしたりしてませんか?
面倒だからってポテトチップスで夕食済ませてたりしませんか?
食べるの大変だからって骨つき鶏肉残したりしてないわよね?

戦況は上向いていると新聞などでは書かれていますが、傭兵部隊ですから色々と難しい作戦が多いのではと心配しています。貴方からの手紙を読む限り、いい同僚に出会えているようですね。珍しいことじゃないかしら。
あのガイアさんまで一緒だなんて驚きました。相変わらず世話好きなのかしら。困ったことがあったら相談しなさいよ?話が長いのくらい我慢しなさいね。
そうそう、ガイアさんに四年前はお世話になりました、って伝えておいて。ルフェーニアとアリアの写真も見せてあげてね。

ルフェーニアは手紙の通り、いじめっ子と喧嘩をして帰ってくる毎日です。口が達者だから大体先に叩かれちゃうみたい。手を出すのは最後だと貴方が教えたのを忠実に守っているようね。大丈夫、どこを狙えば一撃必殺かはちゃんと私が教えておきました。最近は身体の小さいいじめられっ子達には随分頼りにされてるらしいわ。
貴方の子供時代とは違うから、安心してちょうだい。あの子は貴方の仕事をちゃんと理解しているわ。

アリアは随分言葉が達者になってきました。近頃は、飛行機をみると「おとーたん」って言うのよ?ルフェーニアが教えているみたいね。早く帰ってこないと、可愛い成長振りをみんな見逃しちゃうから、覚悟しておきなさい。

こちらは暖かい日が続いています。この日差しを貴方に届けられたらいいのに。
貴方の心に暗雲が立ちこめそうになったら、私たちの事を思い出して。
ずっと待っていますから、全部にけりをつけて、早く帰ってきてください。

それでは。

追伸
二日に一回くらいはヒゲを剃るように。
帰ってきてルフェーニアにほっぺたすりすりできないような顔だったら、家に入れませんからね。

伸び放題の髭に思わず手を当てて、俺は思わず苦笑した。やれやれ、やっぱりお見通しだな、ラフィーナの奴には。戦闘から戻ってきて、同じベットで眠るようになってから必ず毎日のように言われていたことだ。実際、髭を伸ばしたままだったのでベットから蹴落とされたこともあったな……昔のことを思い出し、改めて苦笑する。家に戻る頃には、アリアが走り回っていて、今度は3人に頬を膨らまされることになるかもしれない。そうなったら家の中は別の意味で戦場だ。同封された写真の中で、ルフェーニアと、アリアと、そしてラフィーナが微笑んでいる。2軒となりの写真店で撮ってもらったものらしい。誰もいなくなった食堂で、俺は届けられた家族からの手紙と写真を肴にして、ささやかな弔い酒を傾けていた。
しかし、本当にひどい戦いだった。まんまとベルカの罠にはめられた俺たちも甘かったが、連合軍首脳部の連中は、恐らく数度同じ失態を繰り返し、多くの兵士を無駄死にさせていたはずだ。それを知らせず、俺たちを前線に送り込んだことには、怒りを覚える。帰還したときのウッドラントの旦那の似合わん穏やかな台詞からして、ヴァレー基地の上も事実を知らされていなかったと見て間違いなかろう。――俺たちは、捨て駒扱いか。傭兵という立場上、これまでもそんなことはいくらでもあった。金さえ出せば、いくらでも取り替えのきく便利な兵士。しかも、一から育てる必要の無い戦力。これほど"上"の人間にとって都合の良いことはない。しかも、一人育て上げるのに莫大な資金と設備が必要な戦闘機乗りともなれば尚更だ。だが、俺たちにも故郷があり、待つ人がいる。そんな当たり前のことを、"上"の連中は気にも止めない。連中にしてみれば俺たちは紙のリストの上の存在に過ぎず、俺たちという人間のことなど考えもしないからだ。それがはっきりとしてしまっただけに、傭兵たちの怒りと疲労は大きい。勿論、俺たちはウスティオに金で雇われた傭兵に過ぎない。だが、このヴァレーに限れば、俺たちはウスティオのために一踏ん張りしてやるか、という気持ちになっている。それがウッドラントの旦那なり、イマハマの旦那の手腕が発揮されている証なのだが、それだけに俺たちを駒としか見られない連合軍の上層部たちに対する落胆は深くなる。
「お、家族からの手紙か、相棒?」
慌てて便箋をたたんで振り向くと、ラリーが意地の悪い笑いを浮かべていた。珍しく、くわえ煙草で紫煙をがらんとした食堂に漂わせている彼の顔にも、疲労の色が濃い。窓側に並んで置かれているベンチの一つに腰を下ろしたラリーは、ゆっくりと煙を吐き出した。
「……ひどい戦いだったな、今日は」
「ああ。連合軍の頭の連中、俺たちを徹底的にこき使うつもりなんだろうよ。戦争始めた祖国――いや、ベルカもベルカだが、こうなってくると連合国側の開戦前のやり方にも腹が立ってくるな」
「戦争なんてものは、どちらかが一方的に悪くて起こるもんじゃない。どちらにもそれなりの咎があって、たまたまどっちかがパンドラの箱を開けてしまうだけのことだ。80年代のオーシアの政策はひどいからな。外交的に見ればうまい手だが、やられるベルカの側にしてみればいい迷惑だったろうよ」
俺は紙コップをもう一つ袋から出し、琥珀色の液体を注いでラリーに手渡した。受け取ったラリーは、しばらくその香りを楽しんだ後、ゆっくりとコップを傾け、ウィスキーの香りに染まった息を吐き出した。
「俺たちは、何のために戦っているんだろうな?」
「戦争をとっとと終わらせて、戦後のバカンスを楽しむため……というのは駄目か?」
「生憎、俺はバカンスを一緒に楽しむ家族がいないからなぁ。ここが終わればまた次の戦場へと旅立つことになるだろう。もちろんしばらくは休養するつもりだが、最近少し自分でも分からなくなってきてな。前線の苦労も知らないような連中に振り回されるのがどうにも納得がいかないし、連中、放っておけば無茶ばっかり言ってきやがる。おかげで、今日は随分とやられちまった。何が「今戦争に不可欠な精鋭部隊」だ。まだイマハマの旦那たちの命令なら我慢できるが、こっちの苦労も考えない連中の命令で死ぬのだけはご免だぜ」
これほど感情を前面に出した相棒の姿も珍しい。だが、相棒の怒りももっともだ。ヴァレー組でも駄目だったと分かった連中、今頃頭を抱えているのだろうか。案外、俺たちの失敗を嘲笑っているかもしれない。最前線で一緒に飛ぶ連中の多くが俺たちに好意的であるが、一方では一介の傭兵に戦果を奪われることに対して、ベルカ以上に俺たちを敵視する連中もある。対ベルカ強硬派の連中などはその最たるものだろう。連中に言わせれば、ベルカを打ち倒すのは、強く正統な力を持った大国――即ちオーシアでなくてはならないらしい。馬鹿げた話だ。国の名前が違うだけで、言っていることはベルカの極右政党とベルカ公たちと何ら変わらないのだから。そして、そういうことを喚いている連中に限って、前線にいないのだからタチが悪い。俺だって、そんな連中のために戦う気なぞ毛頭ない。そんなことになったら、適当なところで逃亡して、ラフィーナたちの元に帰るだけだ。
男の背中 「うまく言えないんだけどな……確かに、俺が戦場に戻ってきたのは、俺自身、祖国とのケリをつけるつもりだった。だから、ベルカを徹底的に叩くのが自分の役目だと思っていたよ。でも、今は違うんだ。確かに俺たちにはろくでもない任務が押し付けられるし、正直腹に抱えた爆弾、オーシアに投げ込んでやりたいときもある。……でも、そうすることで戦争をより早く終結させることが出来るなら、多少なりとも双方の人間の命が助かるんじゃないかな……そう思えてきたんだ。同時に、ヴァレーの面々とは一緒に生き残りたい。終戦の祝杯、ラリーとゆっくり傾けたいしな」
「なるほど……な。そういう考え方もあるんだよな。サイファー、俺は何だかお前が羨ましくなってきたよ。俺もそういう風に考えられるようになりたいものさ」
「単に思考回路が単純に出来ているだけさ。色々難しく考えるのはあまり好きじゃないからな」
苦笑いを浮かべながら、ラリーが紙コップを飲み干す。もう一杯いくか、と瓶に手を伸ばすと、彼は首を振って立ち上がった。
「かっこいいパパさんの邪魔して悪かったな。娘さんによろしく」
「何だよ、やっぱり見ていたのか」
いつもと変わらないやり取り。笑いながら手を振って去っていく相棒の背中を見て、だがしかし、俺はまだ気付かなかった。相棒が抱えていた苦悩と、傾きかけていた決断とを。そう、信頼すべき相棒と歩む道が、既に少しずつ乖離し始めていたのだ。
「本当にやるのか?」
上官――ウッドラントの問いに迷いがあるのは当然のことだ。だが、引くわけにはいかない。イマハマは、敢えて厳しい表情を作って頷いた。
「やるしかないでしょう。このままでは、戦争がこの国を滅ぼす方が先に来ます。我々の部隊など、下手すれば吶喊させられてお仕舞いなんて事態になるかもしれません。それだけは避けなければならない。いずれ同じ命令が下されるのなら、こちらのやりやすいようにやってしまう方がよろしいかと」
イマハマの言葉に、ウッドラントは渋面を浮かべながらも何度か頷いた。無理はない、と彼は思った。何しろ、彼が持っていった計画は、先日の敗北の元凶をヴァレー組の戦力で叩いてしまおう、というものだったのだから。
「それにしても、あの自然保護区にそんな物騒なものが建てられていたとはな」
「確かに、ニュースでは報じられてましたがね。まさか大自然の中に建てられるのが戦略レーザー兵器だったとは、自然保護活動家たちも夢にも思わなかったでしょうね。それよりも、心配な点が一つ。機密兵器のはずのこれの情報、出所はどこなんでしょうな?」
「さすがに私にも分からんぞ、それは。だが、簡単に漏れすぎている――貴官はそう言いたいのだろう?」
イマハマが懸念しているのは、ベルカにとって可能な限り知られたくないはずの機密兵器の所在が、呆気なく判明しただけでなく、その詳細のデータまでが流出してきたという事実だった。オーシアのスパイ網が充実しているのかもしれないが、これが意図的にリークされたとすれば、実は巧妙に張り巡らされた罠の中に自ら飛び込むことになるかもしれないのだ。どうやら、ベルカ軍の間でもヴァレー基地航空部隊の噂は随分と広がっているらしい。戦場を縦横無尽に駆け巡り、攻撃が全く当たらない化け物たち。ベルカの誇るエースたちを、幾人も葬ってきた憎むべき敵として、サイファーたちはマークされ始めていたのだ。だから、敢えてイマハマは好餌をぶら下げる決断をしたのだ。可能性の問題だが、彼らを除いてこの困難な任務を成し遂げられるものもいない。そして、彼らに任せるためには、連合軍の指揮系統がこの際邪魔であった。ならば、ウスティオの独自作戦として連合軍を納得させてしまうこと――それが、イマハマの狙いでもあったのだ。
「困難な作戦です。マッドブル隊を中心にヴァレー組を出すとして、第4航空小隊を今回支援に付けることで話が付いています。第4航空小隊――クロウ隊も、なかなかの戦績を挙げている傭兵隊です。ガルムの二人ともうまくやってくれるでしょう。多分に、賭けであることに違いはありませんが」
腕組みをしながら、ウッドラントはしばらく沈黙した。だが、考え込んでいた時間はわずかだった。他に良い策があるとも思えないし、連合軍の無茶なオーダーばかり押し付けられ、これ以上戦力を失うわけにもいかないのだ。一度頷くと、司令官としての決断を彼は下した。――オペレーション・ジャッジメントの発動である。

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