巨神の刃


エクスキャリバー。選ばれし者にしか抜くことが出来ないという、伝説の王者の剣。古代神話に登場する伝説の剣の名こそ、俺たちを襲った謎の光の正体。1980年代、即ち、ユークトバニアとオーシアとが未だに核ミサイルの威力と数を争っていた時代に、唱えられた防衛論がある。戦略防衛構想と名付けられた計画の中に、迎撃が極めて困難な核弾頭を瞬時に迎撃、破壊する兵器として考案されたものの一つとして、レーザー兵器が挙げられているのだ。宇宙空間に浮かべた人工衛星と、地上に配備したレーザー砲台によって構成される迎撃網を以って核弾頭の侵入を防ぐというものだった。だが、当時の技術ではその運用はきわめて難しく、そして、対立していた超大国同士がデタントの時代を迎えたことにより、いつの間にか忘却されていったはすであった。だが現実には、構想は生き残っていた。形を変え国を変え、「それを最初に手にしたものが勝利をつかむ」と言われる程の威力と破壊力を持つ、ベルカの究極の攻撃兵器として。広大な自然保護区域の中に建設されたその異形は、数少ないスナップ写真からもうかがう事が出来る。タウブルグ丘陵地帯の中にそびえるそれは、自然界には有り得ない形と高さを誇るものだったのだ。――だが、実のところそんなことはどうだっていい。要は、目標の存在がこれではっきりとしたわけだ。相手は、種も仕掛けもある兵器の一つ……無論、攻撃は洒落にならないが、こいつを潰しておかない限り、俺たちは安心して空を飛ぶことが出来ない。だから、イマハマ中佐がウスティオ空軍単独でエクスキャリバーを攻撃する、と発表したとき、その場にいる面々はさほど驚きもしなかった。やるなら、俺たちしかいない。きっと、皆そう思っていたのだろう。

タウブルグ丘陵地帯の風景は、先日のシェーン平原同様、戦争をやっている国の風景とは思えないほど美しい。ましてや、自然保護区ときている。恐らくは昔からほとんど変わっていないような美しい自然が、この地には残っている。そんなところに、よくもまぁ、祖国は物騒な代物を打ち立てたものだ。植物だけでなく、動物たちも原則自然のまま、というが、ここに住む動物たちは愚かな人間の争いをどう見ているのだろうか。鋼鉄の翼を以ってでしか、空を舞うことも出来ない人間たちを。
「イーグルアイより各機、作戦は順調に進行中。現在のところ、エクスキャリバーの攻撃の反応は見えない。間もなく、援軍とのランデブーポイントだ」
「どうでもいいんだが、数機の戦闘機が心強い援軍ね。てっきり連合軍様の大群が突撃してくれるのかとでも思ったよ」
「そいつは見物だ……と言いたいところだが、ガルム2、それは駄目だ。なぜなら、エクスガリバーはこの俺、ガイア様のドル箱なんだからな!」
「ディンゴ1より、隊長機。エクスキャリバーです」
レーダーに友軍の反応。ご丁寧に空中給油機まで引き連れての登場とは、なかなか気が利いている。万一燃料が足らなくなるようなら、ママのおっぱい吸わせてもらうことにしようか。俺たちは速度を緩め、先発していた友軍戦闘機たちと合流を果たす。
「こちら、ウスティオ空軍第6師団第66小隊、ガルム1だ。心強い援軍とやらは、どうもそっちの部隊のことらしいな。バケモン相手の戦いだが、よろしく頼む」
F-16Cで構成された4機編隊の、隊長機らしき機体が翼を振る。
「こちらこそ、噂のガルム隊と一緒に飛べて幸いだ。こっちは第4飛行小隊、クロウ隊だ。連合の連中には、おいしいところをついばむカラス野郎って嫌われている」
「嫌われ者同士、うまくやりたいところだな。こっちはマッドブル隊だ。歓迎するぜ!」
戦闘機の群れが、丘陵の上空で編隊を組んでいく。それなりの戦力ではあるが、これで果たしてあの機密兵器をやれるものかどうか。それにしても、もうとっくに敵の射程圏内に潜り込んでいるはず。イマハマの旦那の計略により、現在シェーン平原北方空域を連合軍空軍部隊が「移動」しているはずだが、そもそも攻撃の予兆すら見えないのはどういうことか。作戦開始前、ウッドラント大佐も言っていたとおり、事前に情報が漏れすぎているのは「罠」なのかもしれない。いずれにせよ、もう俺たちは懐まで飛び込んでしまっている。引き返すことは出来ない。やるだけさ――自分をそう納得させて、俺はレーダーとHUDを睨み付ける。
「こちらクロウ隊3番機、PJ!ガルム隊、可能な限り支援します。マッドブル・ガイアさんも、お名前は良く聞いております。よろしくお願いします!」
「ほぅ、うちの2番機と違ってよく出来た奴だな。おい、クロウ1、そっちの3番機とうちの2番機、多分年頃は変わんねぇから、物々交換といこうぜ」
ガイアたちがいつもと変わらない軽口を叩いている瞬間だった。唐突に、見覚えのある反応がレーダーに表示される。それも、先日のような上からの攻撃なんかじゃない。俺たちの進む真正面から一直線に、攻撃範囲を示す赤い筋が描かれる。
「おしゃべりは終わりだ。攻撃来るぞ、ブレイク!」
「短気な連中だぜ、ホントに。だが、やっぱり待ち伏せみたいだな!」
攻撃範囲から逃れるため、俺たちは旋回して距離を稼ぐ。だがスロットルは緩めない。確かに俺たちは待ち伏せされていたのかもしれないが、真正面から高速で突入して来る戦闘機に直撃を食らわせるのは至難の業だ。そう勝手に信じて、スロットルを押し込み、アフターバーナーON。弾き飛ばされるような、心地の良い加速に蹴飛ばされた機体が、タウブルグの丘の上を猛烈な速度で掠め飛んでいく。数秒後、大気を震わせながら青白い光芒が走る。まるで空を切り裂くかのように、その光が一瞬にして視界に入る限りの空を貫いた。
「タンカーがやられた!!」
光の先、真っ赤な火球が膨れ上がる。どうやら、クロウ隊の連れてきた給油機が餌食になったらしい。クロウ隊自体には被害が無く、再び編隊を素早く組みなおして針路に復帰する辺り、なかなか腕のいい連中が揃っているようだ。俺たちは、エクスキャリバーに対する攻撃を徹底させるためにも、その手前に陣取るジャミング施設群を殲滅する作戦を立てている。その実行プランに従い、それぞれの攻撃コースに機体を乗せていく。クロウ隊は俺たちのサポートに回る気らしく、俺とピクシーのやや後方にぴたりと付ける。再びレーザーの攻撃範囲出現。どうやら、狙われているのは俺とピクシーらしい。執拗と言って良いように、赤い筋が追ってくる。再び青白い光芒。空しく虚空を貫いた光線が、大地に突き刺さって地上を炎に包んでいく。自然保護活動家たちが目撃したら、憤慨ものの光景だ。
「そういえば、ガルム隊。そっちの基地に綺麗どこのオペレーターがいるらしいな?誰か手と涎をつけていたりしないか?」
「こちらガルム2、どうやら先に手をつけた幸せ者がいるらしくてな、基地の男は全員敗北だ」
「だとさ、良かったな、クロウ3。だが、早く何とかしないと、かわいこちゃんを持ってかれちまうぜ?」
「今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!ほら、レーザー攻撃第3弾、来ますよ!!」
再び薙ぐような光芒が虚空を切り裂く。加速を緩めず、バレルロール。まるでレーザーの周りをぐるりと回るようにして攻撃を回避。間近で見ると綺麗なもんだが、取り込まれれば一瞬で蒸発出来る。もちろん、そんな気はさらさらないわけだが。出撃前ブリーフィングの話では、このレーザー兵器、宇宙空間の反射衛星や高高度を飛行する作戦機の反射器を使ってのロングレンジ攻撃も可能、しかもご丁寧に獲物を追尾するための高精度軍事衛星の運用センターまで揃えているらしい。きっと、王者の剣に突撃している俺たちの姿など、リアルタイムで捕捉されているに違いない。なら、こっちは相手の上を行くまでのことだ!緩やかな起伏の続くタウブルグの丘の上を、俺はギリギリの高度まで落として吶喊する。その後を、ピクシーのF-15Cとクロウ隊のF-16Cが続く。戦闘機の群れの発する衝撃波と轟音に、地上の動物たちはきっと驚いているであろう。ここが市街地の上空でないことがせめてもの救いか。再び警報。俺たちを歓迎すべく、レーザー攻撃が襲い掛かる。命中せず。大地に突き刺さったレーザーが、美しい丘陵地帯の自然を焼き払っていく。
「来るぞ!敵機確認!ECM出力レベルを3まで上げろ!迎撃隊、前へ!!」
ジャミング施設がようやく本領を発揮し始めたらしい。レーダー画像は多少乱れる程度で済んでいるが、こっちからのレーダー照射がまともに効かない。対地ミサイルの類の命中精度は大幅に低下している。通信にはさほど支障なし。俺たちに対する攻撃を継続するためには、完全に電子妨害をかけるわけにはいかないということだろう。だが、それが判断の誤りだ。王者の剣までの距離を一気に縮めた俺たちは、最初の獲物へと猛然と襲い掛かった。もちろんロックオンが出来ない。だが、機銃と爆弾なら話は別だ。ジャミング施設防衛に駆り出されたらしい対空戦闘車から、当たれば即死の攻撃が撃ち放たれる。俺たちは、その攻撃の雨の下を潜り抜けるようにして攻撃コースに乗り、狙いを定める。セーフティは既に解除済。まだ……もう少し……。ギリギリまで引き付けたところで投下、投下!ついでに施設の向こう側にいた対空戦闘車に機銃のシャワーを浴びせて離脱する。
「ガルム1がジャミング施設の破壊に成功!」
「こちらマッドブル隊、こっちもやったぞ!」
まだレーダーはクリアにならない。俺たちの西側に位置するもう一基。半ば戦闘機同士の戦闘機動の如く急旋回して、施設真横から侵入する。俺たちが先ほどまでいた空間を、レーザーが切り裂く。クロウ隊が上昇しつつ、反対方向へブレーク。大気を震わせながら青白い光が容赦なくその範囲内に入ったものを焼き尽くしていく。今のところ損害はなし。むしろ、数が少ないのが幸いしたというべきか。機密兵器という割には大した防衛隊も置かれていない施設に、トドメの一撃。火柱が轟然と吹き上がり、爆弾の直撃を被った建物が一瞬にして粉々に砕け散る。途端、レーダーが正常に戻る。
「ジャミング施設の沈黙を確認。いいぞ、ガルム隊。引き続き、エクスキャリバーの攻撃に当たれ!」
「ガルムに付いていくぞ!そうすれば生き残れる!!」
「ガルム2より、クロウ3。落ちるときは俺の見えないところで頼む」
「ハハ、了解。でも、俺は落ちませんよ!」
散開していたクロウ隊と編隊を組み直し、再び北上ルートへ乗せる。既に目標は至近の距離。うっすらと、遠方にその影が見え始める。この距離であれだけの大きさに見えるということは、ベルカの連中、またとんでもないデカブツを作り上げたものだ。既に俺たちはレーザー攻撃の間隔を見切り、回避と進撃をミックスしながら飛ぶ術を実践している。幾度かレーザーが放たれたが、ついに1機も捉えられることなく、ついに俺たちはエクスキャリバー外縁へと到達した。

間近で見るエクスキャリバーの威容には、誰しもが圧倒されただろう。天空へと伸びる、科学技術の結晶とも言うべき尖塔。その先端からは、先ほどから繰り返し容赦のない攻撃が放たれている。目標まで到着した俺たちだったが、その足元に展開する列車砲群からのレーザー攻撃によって、肝心の獲物への突入を阻まれる。
「畜生!近付こうにも、列車砲が邪魔になって懐に飛び込めない!」
攻撃を断念したピクシーが上昇。その後背から対空砲火――パルスレーザーとかいうものだろうか?――が撃ちかけられる。すんでのところで回避した相棒は、大きくエクスキャリバーから離れるように迂回していく。確かに、敵の攻撃は容赦なく、激しいものだった。幾度かの攻撃を仲間たちが仕掛けるが、その度に猛烈な反撃を受け、止む無く攻撃を中断する――その繰り返しだ。埒があかない。
「ウスティオの猟犬どもを、ここで抹殺するぞ!照準セット、出力を挙げろ!」
「現在充填率75%、間もなくです!」
また攻撃か!腹に抱えた爆弾はまだ余っている。尖塔の頂上が青く光り始めたのは、再び攻撃が放たれる兆候だ。外縁を回り込むようにして飛び、敵の追尾を振り切る。パパパパ、と短い光線が撃ちかけられるのをロールして回避し、逆に敵列車砲を照準に捉える。捕捉してしまえばこっちのものだ。外見からして装甲も分厚い車輌に、生半可な攻撃は効かない。その列車砲の線路の先には、エクスキャリバーの発電施設。侵入ルートを修正して、突入開始。超低空を地面を這うようにして飛び、第一弾投下。続いて第二弾を投下して機体を90°ロール、急旋回。発電施設スレスレのところで回避して、内縁部へと突入する。爆炎が上空まで吹き上がり、爆弾の直撃を被った列車が逆さまになって転がる。発電施設も前から後ろへ炎が突き抜け、その空間を覆っていたレーザーの光が消え失せる。
「やったぞ、ガルム1が列車砲の破壊に成功!突破口が開いた!」
「いいぞガルム隊。そのまま全部やっちまえ!!」
クワッ、と視界が青く染まり、尖塔から青白い斧が振り下ろされる。同時に、列車砲からも細いレーザーの筋が延びる。だが、開かれた突破口からマッドブル隊とクロウ隊も突入。狭い空間に飛び込んだ戦闘機たちが、ここぞとばかりに爆弾を投下。連鎖的に吹き上がった炎と煙の中に、列車砲と発電施設の姿が消えていく。爆弾の直撃が発電施設のジェネレーターを誘爆させたらしく、巨大な火球が地面を覆い込む。右旋回、尖塔の外側をゆっくり回りこむようにして攻撃ルートに乗り、残りの発電施設を捉える。兵装選択を素早く切り替えてガンモード。ガンアタック。機体から放たれる機関砲弾の筋が発電施設へと吸い込まれ、火花が無数に散った直後、中から弾けるように炎が吹き出す。爆発に巻き込まれることを回避して急上昇。エクスキャリバーの本丸を沿うように一気に上空まで駆け上がる。追撃の光線が後ろから放たれ、コンマ数秒前俺のいた空間を切り取る。上空で水平に戻し、傾けた機体から目標を狙う。
「こちらディンゴ1、クロウ3、支援頼む!」
「PJでいい。支援、任された、行けーっ!」
エクスキャリバー上空に遅れ馳せながら侵入してきた敵戦闘機に向けて、ディンゴ1のJAS-39Cが突撃。機関砲弾を撒き散らしながら、突入してきた戦闘機編隊へと飛び込んでいく。その後ろ、本命のクロウ3――PJがミサイル発射。1機が直撃を食らってそのまま爆発し、翼をもがれたもう1機がきりもみになりながらエクスキャリバーの尖塔に突き刺さり、そこで爆発する。尖塔は微塵も揺るがない。なんて強度だ。俺はその間に今度は上から下へと、エクスキャリバー本隊を掠めるように急降下。残りの発電施設に対して最後の爆弾を投下して引き起こし。レーダー上に表示されていた目標光点が消滅し、次いで後ろから爆炎と黒煙が吹き上がる。
「ジェネレーター全基、損傷ーっ!!」
「うろたえるな!再起動を最優先にしろ。ステップ195から248を飛ばせ。バックアップが焦げ付いても構わん!」
「こちら消防班、D-330ブロックは壊滅だ。続いてEブロックの消火に当たる!」
必死なのは俺たちだけではない。どうやらこの兵器、威力もすさまじいものがあるが、運用自体が極めて難しい代物らしい。俺たちに対する連続攻撃は、エクスキャリバー本体にとって過大な負荷のかかるもののようだ。中にいる兵士たちの必死の抵抗が続く。だが、俺たちとて容赦するわけにはいかない。この剣を抜かない限り、連合軍の兵士たちの屍の山が築かれるからだ。一度エクスキャリバーから離れて距離を稼ぎ、反転。AAMでは少々心もとないが、レーダーロック。そもそも固定目標のエクスキャリバーのロックオンは簡単だ。問題は、破壊出来るかどうかだ。ぐるり、とレーザー砲の先端部が俺の方を向く。青白い光が先端に充満し、光が膨れ上がっていく。ロックオンを告げる電子音を確認してAAM発射。すかさず操縦桿を引いて上昇しつつ砲塔の真上を通過する。一瞬遅れて、レーザー砲が火を吹く。上空の雲に穴を穿つようにレーザーが伸び、虚空を空しく貫く。その根元附近へ、ミサイルが命中。火球が二つ、尖塔を激しく揺さぶった。
全機突入! 「これは……いけるかもしれない」
「ああ、やってやれないことはない。俺たちの手で、こいつを叩くぞ!!」
「相棒、聞こえるか?皆が奇跡を信じてやる気になってきたぞ!!」
俺の攻撃をきっかけに、傭兵たちが次々と襲い掛かる。ヒット・アンド・アウェイを原則として、車がかりで次々とミサイルを投じていく。硬い装甲に覆われたエクスキャリバーは依然として轟然と佇んでいるが、攻撃は有効だった。レーザーの充填速度と攻撃までの間隔が、明らかに開き始めていたのだ。
「充填率、60%代に急降下!!」
「発電施設はどうした!?」
「全滅です!!でも、メインジェネレーターは健在、冷却まであと30秒下さい!!」
「向こうさんも大変みたいだが、待ってやる必要はねぇな。これでも喰らえ!!」
マッドブル隊の4機が尖塔へ一斉攻撃を仕掛ける。隊長機――ガイア機は最後まで抱えていた爆弾を一斉に尖塔の頂上へと叩き付け、先の戦いで部隊が壊滅したダックス4を加えた新生マッドブル隊の各機が、ミサイルと機銃掃射を浴びせる。立て続けに尖塔の頂上付近が爆炎と黒煙に覆われ、その頂上部の姿が見えなくなる。次いで、クロウ隊が突撃。ミサイルと機関砲弾の雨が再び尖塔を激しく揺さぶった。なかなかやるもんだ。俺たちも負けてはいられない。幾度めかの攻撃から反転した俺とピクシーは、尖塔と同高度で水平に戻し、攻撃をしかける。一弾目……命中!続けて第二弾、そしてガンアタック。火花と火球と、そして爆炎と黒煙が尖塔を覆っていく。数度の猛烈な攻撃に亀裂が生じていた先端部――レーザー砲台が、ついにその負荷限界を超えたのは、俺とピクシーの放ったミサイルが砲台をまともにとらえた、その瞬間だった。俺たちの放ったミサイルの爆発では到底起こり得ない大爆発。そして、軋み音をあげながら、エクスキャリバーがゆっくりと傾いていく。
「エクスキャリバーの機能停止を確認!!この機会を逃すな、トドメを刺せ!!」
イーグルアイの鋭い叱咤が俺たちのケツを叩く。最早攻撃の術を失った尖塔が、黒煙を吐き出し続ける。だが、中の兵士たちは未だ戦い続けようとしているのだった。生き残りの対空戦闘車が俺たちに向かって対空砲火を打ち上げながら走ってきて、発電施設の爆発に巻き込まれて横転、新たな炎を生み出す。
「くそっ、まだだ。まだエクスキャリバーは死なないぞ。再起動かけろ!!」
「ジェネレーターが吹っ飛んでもいい!!ありったけの電源を回せ。早くしろ!!」
尖塔の周囲が幾度となくスパークする。既に砲台を潰されたエクスキャリバーが再び光を放つことはないが、ジェネレーターを暴走させての自爆という危険性はまだ残っている。そんなものに付き合う気は勿論無い。だから、これで終いにする。既にクロウ隊、マッドブル隊の猛攻撃を受けて、さらに斜いていく尖塔。その尖塔の中央。大きく亀裂が入り始めたエクスキャリバーに、ミサイルを放つ。バチバチ、とスパークする尖塔の輝きが最も明るくなるのと、ミサイルが亀裂を突き破り、中枢部へと突入したのはほぼ同時だった。中央部から膨れ上がった火球は想像以上のもので、飛び散った破片が機体とキャノピーを叩く。幸い、損害は受けなかったものの、中央部から一気に拡大した亀裂からは真っ赤な炎が吹き出し、エクスキャリバー全体を嘗め尽くしていく。そして、支えを失った尖塔が、ついにへし折れた。滑り落ちるように上半分が切り離され、轟音と土煙をあげながら大地へと突き刺さる。もうもうと舞い上がった土煙が、あっという間にエクスキャリバーの亡骸を覆い尽くす。
「ガルム隊がやったぞ!!王者の剣をぶっこ抜いてやったぜ!!」
「こちらマッドブル1、エクスキャリバーの破壊を目視で実況放送中!!」
「こちらイーグルアイ。ここからも肉眼で確認出来る!エクスキャリバー、機能の完全停止を確認。作戦は成功だ!!」
「イヤッホーッ!!」
へし折れて黒煙をあげるエクスキャリバーの間を、アクロバット飛行よろしくクロウ3がすり抜けて舞い上がる。野郎、浮かれすぎて墜落しなければいいんだが。珍しく、今日はそれにディンゴ1が続いている。おやおや、歳の近い者同士気が合ったか、それともいよいよガイアの病気が坊やを冒し始めたか。王者の剣の墓標を改めて確認し、俺はようやく胸を撫で下ろした。何とかやれた、か――。隣を飛ぶラリーが、「お疲れさん」と敬礼をしてみせる。こちらも、それに応じて似合わない敬礼。先の戦いで散っていった、輸送隊の面々やヴァレーの面々の仇は、これで取れたに違いなかった。
模擬戦闘訓練を終えた戦闘機の群れが、空をゆっくりと流れていく。男は、自らの後方、そして左翼に編隊を組んで飛ぶ戦闘機たちの姿に視線を流し、頷いた。今日の訓練は、非常に良いものであった、と。戦況が悪化してからというもの、前線を知らない政治屋と軍上層部、そして貴族たちの言うことは決まっていた。「腕の良いパイロットをすぐに前線へ送れ!」――だ。だが彼らは知らない。彼らの欲する腕の良いパイロットを育て上げるのに、どれだけの時間とどれだけのコストがかかるのか、ということを。折角育ったパイロットたちが空しく前線で命を失っていくということが、どれだけ国家にとって損失となっているのか、彼らは考えようともしないのだ。それだけに、今、彼が率いる若者たちには可能な限りのことを教え、そして生き残らせたかった。それはきっと、もう一隊を率いる相方も同じだったろう。
「ブリッツ0より、ズィルバー1。さすがはケラーマン教室の面々だ。うちのヒヨコたちには、もう少し灸を据えてやらんといけないようだよ」
「謙遜するな、フンケ。機体の性能差だってあるのに、うちの奴も撃墜されているんだ。お互い様さ」
「それにしても、我々みたいな老兵まで最前線に借り出して、軍部はどうするつもりなんだろうな。……あいつがもし残っていれば、我々ももう少し楽が出来たのかもしれないが」
まだ若かりし頃の、もう一人の旧友。思い出の中の彼は、いつも最後に顔を見た頃の歳のままだ。そして、彼が死んだという報せを耳にしてから既に15年近くの年月が経過している。ブリッツ0――"閃光"の通り名で呼ばれるようになった友人と、自身と、今は亡きもう一人。トリオを組んで互いに切磋琢磨して技量を競い合った日々は、本当に昔のことになろうとしていた。
「傭兵になったあいつと家族たちには、随分と酷い仕打ちが繰り返されていたそうだよ。奥さんの弔いに並ぶ者もなく、今となっては一人息子の行方もしれないそうだ。もっとも、その息子自身も事件を起こして逃走したということになっているが、そこに至るまでに色々あったんだろう。……知らせて欲しかったのに、水臭いよなぁ、あいつも」
「私たちに気を使ったんだよ、ケラーマン。あいつらしいんだが……救ってやれなくて悔しいよ」
敵前逃亡を図ろうとした上官機を撃墜したため、結果として軍を追われることになった旧友。だがその事実を知るのはごく僅かな人間だけであり、「軍を追われた」という部分だけが誇張して広まってしまった。撃墜した相手が貴族出身だったこともある。一般階級の人間がどれだけ死のうと涙も流さない貴族たちだが、一族に危害が及ぶと病的なまでの過激な報復がまかり通る。ある意味、旧友もその惨禍に遭ったというべきだろう。ケラーマンは目を閉じて首を振った。そう、今更どうしようもないこともあるのだ。
「……やれやれ、暗い話をしてしまったな。少し話題を変えよう。一つ面白い話がある。この間、ディレクタス上空で撃墜されて後方送りになった連中の中に、あいつの元部下がいてな。そいつが面白いことを言っているんだ。"ウスティオの傭兵たちの中に、隊長機がいた"――とな。既に死んだはずのあいつが化けて出たとも思えないが、あいつの機動そっくりだったそうだよ。クセも、飛び方も」
ブリッツ0の話は初耳だった。ほぅ、と頷いて、ケラーマンはふと思い出した。旧友は良く彼に語っていたのだ。戦闘機乗りになるならないは関係なく、俺の持つ技とハートは息子に叩き込んでおこうと思う――と。彼の一人息子は、生き延びているなら30くらい。つまり、どこかの国の兵士として、この戦争に加わっている可能性もある、というわけだ。案外、本当の話かもしれない。敵に回したとしたら、厄介な相手になることは違いなかったが。
基地までもう少し、という地点に到達した頃、唐突に無線のコール音が鳴り響いた。基地司令部からの緊急電。回線を開くと、オペレーターの慌てた声が流れ込んでくる。落ち着け、要点を伝えろ、と言ってやると、少し落ち着いたのか相手は冷静に緊急事態を告げた。タウブルグ丘陵地帯に連合軍機出現、友軍が壊滅的打撃を被って撤退中、直ちに支援に向かい、敵勢力を排除せよ――基地司令部から下されたミッションはそんな内容だった。幸い、燃料も弾薬も充分に残っている。それに、タウブルグはそれほど遠くない。少し寄り道をして帰るようなものだ。ケラーマンは部下たちに作戦内容を手早く伝達し、友軍の支援へ向かうことを改めて宣言した。若鳥たちの了解の返答が一斉に返ってくる。
「気をつけて行ってくれよ。私はまだ、最後の老兵などと呼ばれたくないからな」
「心配するな、ブリッツ0。いつも通りさ。先にバーでやっててくれ。この間入れたばかりのボトルがある。21年物のお気に入りだ。なかなかいい味だ」
「了解、ズィルバー隊の健闘を祈って、乾杯させてもらうよ。戻ってきたら祝杯といこう。グッドラック」
長年の付き合いの友人と別れ、タウブルグ方面へと針路を変更。部下たちがしっかりと続くのを確認して、ケラーマンはスロットルレバーを押し込んだ。彼の戦歴同様に数々の戦場を共に飛んできたF-4Eが、彼の操作に応えて獰猛な咆哮を挙げる。猛然と加速を始めた彼の機体を、4機の若鳥たちが追う。あっという間に姿の見えなくなったケラーマンたちに、ブリッツ0はもう一度、「グッドラック」と呟いたのだった。

――ベルカの誇る、古参のエースパイロット「白銀のイヌワシ」こと、ディトリッヒ・ケラーマン。この日が、戦闘機乗りとしての彼の最後の姿になると誰が想像したろうか――。

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