B7R制空戦・前編


その一報が遅れて届けられる辺りが、戦果を独り占めしていると思われがちな俺たちに相応しい扱いといって良かっただろう。俺たち空軍のとばっちりで、ウスティオ陸軍までそんな扱いを受けているというから、寄り合い所帯の連合軍の実態がどんなものか、大体想像出来るというものだ。しかもその一報自体が、きわめて重要な作戦計画であったからたまらない。そして、遅れて俺たちに対して出撃要請がかかるときは相場が決まっている。即ち、連合軍が危機に陥ったとき、だ。――ベルカ絶対防衛戦略空域「B7R」に対する連合軍航空戦力による大規模制圧作戦の発動と、ベルカ空軍の「善戦」により連合軍が不利な戦況にあること、そして、俺たちはその不利になりつつある戦況を覆さねばならないこと――全く連合軍の首脳部の連中は俺たちを完全に後始末役にしたくて仕方が無いらしい。無謀とはいわないが、杜撰な作戦の発動によって失われていく兵士たちの命を何だと思っているのだろうか。その辺りの事情を充分に飲み込んでいるうちの基地の首脳陣たちの狙いも辛辣だ。"ツケだらけの連合軍に、さらに上乗せしてやれ――"ウッドラントの旦那がそう言うくらいだから、余程イマハマ中佐たちも頭に来たと見える。放っておいて痛い目を見るのもいい薬だろうが、今日飛んでいる奴らの中には、戦場で出会った気のいい傭兵たちもいるに違いない。オーシアだの、最近は随分と姿を見るようになったユークトバニアの大国主義に染まった連中など勝手にしろ、という気分だったが、少なくとも戦闘の後、うまい酒を飲み交わせるような連中を犬死させたくは無かった。だから、ブリーフィングが終わると俺たちは一斉に愛機の待つハンガーへと走り出した。一分でも、一秒でも早く戦場に向かうために。

地上を整備兵たちが慌しく駆け回り、出撃を控えた戦闘機たちの群れの最終確認を進めていく。久しぶりの対空戦闘任務とあって、基地の備蓄の対空ミサイルがバーゲン同然に消費されていく。何しろ戦域はB7R。ベルカにとって、絶対に守らなければならない空域。そこに足を踏み入れることは、ベルカの誇るエースたちと腕を競うということだった。機体の最終チェックを進めながら、しかしシャーウッドは興奮を抑えきれない。隊長機など、気楽に鼻歌を唄ってまだコクピットにも上がっていないが、その辺り、まだまだ自分は未熟なんだろう、と思い知らされる。あれは別格なんだ、と黙々とチェックを進めていくと、タラップを軽やかに上がってくる音が聞こえ、正面のディスプレイ画面に向けていた視線を彼は移した。後で結んだ金色の髪の毛が先に見え、そしてひょこっ、と顔が現れる。ヘッドホンをかけた顔はいつもの騒がしさが姿を潜め、主任整備士として緊張感が伝わってくる。普段なら、一応は礼を返すところだが、今日は彼女――ジェーン・オブライエンに言わねばならない文句があった。
「機体の最終確認、搭載兵装に問題なし。エンジンも絶好調よ。後はアンタが戦果を挙げて、無事に帰ってくるだけ。別に機体に穴開けてもいいから、ちゃんと戻ってきなさいよ?機体は直せても、アンタの身体までは直せないんだからね!」
「……オブライエン伍長、尾翼の絵は一体何だ、アレは?」
「え?あ、アレ隊長命令。どう、うまく描けているでしょ?私、絵の才能もあるかもしれない」
シャーウッドはため息を吐き出した。全く、隊長とオブライエン伍長のコンビには見事に振り回されている。これまで、ウスティオの記章が輝いていたはずの尾翼は漆黒に姿を変え、その中心部にはでかでかとブルドッグのエンブレム。ご丁寧に「MAD」と赤いペイントで書いてあったのだ――。
「いくら何でも、何の相談も無く――」
「うっひゃあ、これイカすエンブレムですねぇ!いいなぁ、シャーウッド少尉。俺もこういうの、書いて欲しいんですけどねぇ!」
パトリック・ジェームズ・ベケット オブライエン伍長に向けたはずの苦情が中断される。話を中断した相手は、自分の機の下で、嬉しそうにシャーウッド機の尾翼を眺めているのだった。出撃前だってのに、何たる気楽さ。隊長と同様の雰囲気を持つ、しかも同世代の彼――パトリック・ジェームズ・ベケットの姿に、シャーウッドは改めて驚く。若い頃から戦闘機乗りとして戦場を渡り歩いてきているという彼の腕前は、この間のエクスキャリバー戦で充分に理解したが、そんな雰囲気を見せない点ではどこかサイファーに通じるものがあった。
「そうは言うけど、書かれた方の身にもなって欲しい。こんなの敵に見られたら何と言われるか」
「いいじゃないスか。敵を威嚇するのも戦術のうち、て奴でしょ。最高じゃないですか、このデザイン」
そう言われると、悪い気もしなくなってくるから不思議である。傭兵たちの中では珍しく、長く伸ばしている髪を後で無造作にゴムで縛ってあるだけ、というジェームズの姿にすっかりと毒気を抜かれてしまったシャーウッドは、結局渋々と受け入れる以外の道を失っていたのだった。
「……ありがとう、オブライエン伍長」
返ってきたのは、にぱっ、という太陽が差し込んできたかのような笑顔。――これはこれで悪くないかもしれない、一瞬そう思ってしまったことに気が付き、彼は慌てて計器盤に顔を向けた。全く、これもマッドブル・ガイアたちの悪影響に違いない。やはりサイファーの隊に配属してもらえるよう、司令官たちにかけあわなければ――照れ隠しに汗を流すシャーウッドの姿を見て、ジェーン・オブライエンは再び満足そうな笑みを浮かべて、そして機上の男に見えないよう、下に下げた左手の親指を突き立てる。無論、足元にいる若く陽気な傭兵がそれに応じていたのは言うまでも無い。

そんな若者たちを、俺とナガハマ曹長、そしてラリーはアラートハンガーの前で眺めている。
「これから大変なミッションだってのに、若い奴らは気楽でいいぜ」
「いやいや、ピクシー。気楽なのはオブライエン嬢とあの下の……クロウ隊のPJでしたか、あの二人で、坊やはやっぱり深刻な表情をしていると思いますがね」
「そうは言うけどな、ナガハマ曹長。最近あの堅物坊やもなかなかお嬢といいコンビになってきているぞ」
「いつ押し倒されるか楽しみですな」
出撃を控えているのは俺たちも同じだし、厳しい戦いに臨むのも同じ。が、こうして誰かを肴に盛り上がれるのは、結局経験のなせる業なのだろう。一体俺もいつからこうなったのか。いつでも出られる準備は全て完了、後はコントロールの指示待ち、というところに若者たちの姿が飛び込んできたのだ。
「そうそうサイファー、面白いネタありますよ。今日の朝ですがね、うちの若い奴がなかなかショッキングな光景を目撃したそうですよ」
俺は肩をすくめて苦笑を浮かべる。全く、昔の俺もそうだったが、この手のネタはどこに行っても定番であるし、出撃前の緊張をほぐすのに最適な手段の一つでもあった。もっとも、ネタにされる方はたまったものではないのだが。そういえば、ラフィーナに手を出した次の日に噂が広まっていたのだが、あれはどうしてそんな簡単にばれたのだろう?
「なんだ、イマハマ中佐がウッドラントの旦那の部屋から出てきたとか?」
「それはジョークじゃなくてホラーですよ。……いえね、オペレーターのセシリー嬢、彼女の部屋から出てきたの、誰だったと思います?」
「そんな勇気のある奴がこの基地にいたのか?確か彼女は長距離恋愛中……」
ナガハマ曹長がにやりと笑って、若者たちの群れを指差す。その先には、薄茶色の長髪をゴムで束ねた、若き傭兵の姿がある。なるほど、ガイアの言っていた幸せ者とは、あの陽気な坊やのことだった、というわけか。ということは、奴はこの基地の男の大半を敵に回すことになる。やれやれ、色々な意味で騒々しくなるな、とぼやく。隣では、同じようにラリーが苦笑を浮かべていた。グッドラック、と告げてナガハマ曹長がタラップを駆け下り、整備兵たちに発進準備完了と叫ぶ。動き出す愛機の前から整備兵たちが離れていき、代わりにアラートハンガーの出口にずらりと連中が並ぶ。被っている帽子を手にとって振る奴。両腕を思い切り振り回す奴。「頑張れよーっ!」と叫んでいる声は良く聞こえないが、口元を見ていれば分かる。スロットルを軽く押し込み、ブレーキOFF。ゆっくりと動き出した機体が、ゴツゴツ、という地上の感触を伝え出す。見送りの声にこちらも親指を立てて答え、誘導路へ。後ろからピクシーもピタリと付けて続く。最近見送りが増えたよな、と思っていたが、この日はこれから出撃するはずの傭兵まで中に混じっていた。おいおい、俺たちはこれから同じところへ行くんだぜ。思わず苦笑が漏れる。
「人気者は違うな、サイファー?」
「勘弁してくれ。しかし、これから飛ぶ奴まで何やっているんだ、あれは?」
「皆焼き付けておきたいのさ、お前の後姿を、な。俺だってそうだぜ、相棒」
誘導路の終わり、即ち滑走路の端に到達して、90°ターン。テイクオフ・クリアランスを待つ。
「ヴァレー・コントロールより、ガルム隊へ。グッドラック!」
噂のお耳の恋人、セシリー嬢の声がいつもより上機嫌に聞こえるのは気のせいだろうか?きっと、昔のラフィーナの声もそうだったのかもしれない。マスクの下で苦笑しつつ、俺は一度抑えたスロットルを再び開ける。急激にタービンの回転数が上がり、愛機F-15S/MTDが甲高い咆哮をあげる。機体が大推力に押されてニーリングの姿勢になる。ゆっくりとブレーキOFF。解放されたエネルギーが猛然と機体を押し、外の景色が高速で流れ始める。充分な速度を得たところで、ゆっくりと操縦桿を引く。足元の設地感が消え失せ、愛機と俺の身体が大空へと舞い上がる。続けてマッドブル隊が離陸を開始したようで、コントロールとの騒がしい通信が聞こえてくる。さて、このヴァレーの戦力が援軍になるかどうか。そして、俺たちが無事に戻れるかどうか。――いつもとおり、さ。自分にそう言い聞かせて、俺は操縦桿を握り直した。
円卓の空は、今飽和していた。広大な土地の上に広がる、広大なはずの空は、戦闘機たちの描く飛行機雲と飛び交うミサイル、曳光弾の煌き、そして炎と黒煙とに彩られ、その間を戦闘機の群れが駆け巡っていた。赤い炎の塊が一つ煌くたび、一機辺り数十億の金が吹っ飛んでいく。運が悪ければ中に乗ってるパイロットの命と身体も、一緒に消し飛ぶ。これを浪費と言わずして何と言うべきか。だが、戦闘を繰り広げる当事者たちに、そんなことを考えている余裕は無い。一瞬の油断、それは即ち死を意味するからだ。ベルカの「強さ」の象徴であったB7Rに連合軍の大規模航空部隊が一斉侵入し、迎撃するベルカ空軍航空部隊との全面衝突が始まってから既に数時間。連合軍は改めてベルカ空軍の強さを嫌と言うほど思い知らされる羽目になっていた。火球と化して消えていく機影は、圧倒的に連合軍の方が多かったのだ。
「くそ、またやられた!隊長機ロスト!!」
「援軍は……援軍はまだか!?」
「本部より全機へ。連合軍航空部隊は既に40%の戦力を喪失!」
「馬鹿野郎、いらん報告するよりも援軍をよこせ!!」
俺たちが飛び込もうとしているのは、そんな混沌とした戦況の「円卓」だ。もはやウスティオ国内でのベルカ空軍との衝突は無い、と判断したイマハマの旦那は、ヴァレーの戦力のほぼ全部を投入する判断を下していた。持つべきものは、話の分かる上官、というところか。この結果、第6師団とヴァレーに立ち寄っていた第4師団のクロウ隊が、連合軍の「あまり呼びたくない」援軍、ということになる。だったら勝手にやってろ、といいたくなるが、実際に戦っているのは気のいいパイロットたちだ。見捨てるわけにはいかない。そして、円卓の空は大変なことになっている。レーダー上で見ても敵味方入り乱れての空戦。俺の傭兵人生の中でも、これほどの規模の空中戦は経験が無い。心が躍らない、と言えば嘘になる。それぞれが職人気質を持つパイロットたちにとって、これ以上の舞台は無い。純粋に自分たちの技量が試される場。後ろを振り返ると、傭兵たちがうずうずと腕を鳴らしているのが見えるようだ。気が付けば部隊の先頭に立っている俺とラリーに続いて、傭兵たちの編隊が展開する。いよいよ戦域が迫る。ここからは気を抜く暇は無いだろう。俺は一度軽く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。
「ガルム1より各機、余計なことはお互い考えないようにしよう。弾が無くなったり、被弾した場合には無理せず撤退しろ。あとはいつも通りだ。……ヴァレーの食堂で再会しよう」
「エイジス隊、了解」
「マッドブル・ガイア了解だ」
「こちらユラナス。了解」
傭兵たちがそれぞれの突入口を選んで、円卓へと突っ込んでいく。新手の円卓への侵入は、今戦っている連中にも察知されたことだろう。
「じゃあな、サイファー。今日こそエースはこのマッドブル・ガイア様がもらうぜ!」
「サイファー、ピクシー、健闘を祈ります」
「おい兄弟。隊長の俺には何も無いのか。贈る言葉とか、暖かい愛の言葉とか」
「ありません……通信終わり」
マッドブル隊の4機が、ダイアモンド・フォーメーションを組んだまま、円卓西側空域へ向けてブレーク。高度を下げつつ加速していく。俺は空域真正面に機首を向けた。ピクシーのF-15Cが続く。全兵装セーフティ解除。機体に問題なし。燃料充分。コンディション・オールグリーン。
「よし、花火の中に突っ込むぞ、相棒!!」
180°ロール、パワーダイブ。戦闘機の群れが飛び交う空へと斬り込んでいく。連合軍の戦闘機が、ベルカ空軍機の放ったミサイルの直撃を被って火の玉と化す。敵討ちとばかり、後方にいるベルカ空軍機へ牙を突き立てる。コクピットに機関砲を叩き込み、スロットルを押し込んで一気に離脱。あっという間に後方へと消え去った敵機の光点がレーダー上から消滅する。ざっと辺りに首を巡らす。見えるのは戦闘機ばかり。見覚えのあるMig-31の編隊が下から上へと通り過ぎていく。それを狙って反転した敵機を狙い、ピクシーと編隊を解いて後ろへと回り込む。執念深く追撃する愚を犯さずに回避機動へと移るあたり、さすがだ。だが逃がさん!急旋回後、円卓の山肌向けて急降下を始めた敵機にミサイルを叩き込む。直撃。紅蓮の炎に包まれた敵機が、そのまま円卓の大地へと落ちていく。
「こちらヴァルプス1、助かった!」
「気にするな。それよりも早く終わらせよう」
乱入したヴァレー組は、いわば無傷の新手。それぞれの侵入した空域に混乱が生じている。そして、消滅していく一方だった連合軍の戦闘機たちがようやく息を吹き返し、逆に敵戦力の空白空域がポツポツと出現する。
「援軍か!どこの隊だ!?」
「識別信号を確認。援軍は……ガルム!すげぇ、ウスティオの猟犬のお出ましだぞ!!」
「……ガルムだけじゃないんだけどな」
ガイアの性格に相応しく、敵陣の奥深くまで入り込んだマッドブル隊が、敵の布陣をかき回していく。前に立ちはだかる敵部隊には集中攻撃を浴びせて粉砕し、追ってくる敵はそのまま引きずって乱戦へと持ち込んでいくのだ。こうなってしまえば、敵味方の入り乱れることとなり、遠距離からのミサイル支援効果は著しく効果が無くなる。また、敵戦力を引き付けることで傷ついた友軍の脱出の機会が増える。さらに言うなれば、乱戦ともなれば機体の性能差以上に、パイロットの技量と経験が物を言う。かき回され、実は分断された敵部隊を撃破するのは、俺たちの役目。後方から接近してきた敵機に対し、エアブレーキON、スロットルMIN。ハーネスが肩に食い込みそうになる勢いで機体が急減速し、加速して追ってきた敵機が俺たちの前へと飛び出す。すかさずスロットルON。その後背に喰らい付いてレーダーロック。ミサイルシーカーがHUDの上を滑り、そして獲物を捕捉する。ピクシーと俺の放ったミサイルが、敵Su-27の特徴ある後背にそれぞれ突き刺さり、虚空に火の玉を新たに出現させる。新手を葬らんと集まってきていた敵機が、俺たちから距離を取るように離れていく。
「タウブルグの剣を抜いた奴が紛れ込んだらしい。あれだ。あの片方の赤い奴と、もう1機!」
「奴らを倒して、名声を得る!」
真正面から躍り出てくる敵機。後方から、友軍の一編隊が俺たちを追い抜いて敵機にヘッドオン。
「久しぶりだな、ガルム隊。こちらファーブニル。ここは俺たちに任せてもらおう」
「ほぉ、イキのいい連中従えているとは、さすがだな」
「なに、残念だが今はまだこいつらでようやくアンタたちの半人分さ、片羽。……よし、ダークナイツ、行くぞ!!」
先頭に立つのは、前の戦いで共に空を飛んだSu-33。その後を、4機のF/A-18Cが追う。編隊を解いてブレークした各機が覆いかぶさるようにして敵機へと襲い掛かっていく。
「グラオウェスペに逆らうヤツがいたとはな!」
突出してきた敵編隊は4機。ダークナイツの攻撃を回避した敵戦闘機が、二手に分かれて攻撃の機会を伺う。一方のダークナイツも編隊を組み直し、それに対抗する。虚空に新たなループを刻みながら、戦闘機たちが激突する。
「これはうっかりしているとエースを持っていかれるな、相棒?」
「そんなもの、いくらでもくれてやるさ。とにかく、生きて帰ることだ!」
上空から急降下してきた敵編隊の攻撃を回避すべく、俺とピクシーは反対方向へとブレーク。敵Su-27編隊が猛烈な勢いで降下していく。機体を逆さまにしてこちらも降下、その後を追う。敵戦闘機、大Gをかけて機首上げ、小憎らしくなるような機動を見せて水平に戻して再加速。Su-27の機影が少しずつ離れていく。止む無く、こちらも加速しながら機首上げ。身体がシートへ張り付けられ、腕を動かすのにも猛烈な重みが圧し掛かるのに耐えながら機体を操る。敵機、大きく左へ振りながらバレルロール。270°回したところで急ロール、反対方向へとブレーク。こちらも付き合って急旋回。身体の骨と機体の軋む音が聞こえてくるような錯覚を覚える。これまで、ベルカのエースたちとも戦って勝利を得てきた俺たちだったが、まだまだこれだけの使い手が残っていることにぼやきたくもなる。――もっとも、その数も少なくなっているのだろうが――。近づき過ぎればSu-27シリーズ得意の空戦機動をやられる、そう踏んで、ミサイル攻撃の最短射程内ギリギリで敵を追う。左方向、2機接近。追撃を中断してヘッドオン。敵に対してやや上のポジションを取ってすれ違いざまのガンアタック。1機を葬ることに成功する。途端、コクピット内に警告音。俺の追撃から逃れたさっきのSu-27が、仕返しとばかりに後方にへばり付く。今度はこっちの番、というわけか!舌打ちしつつ、スロットルを押し込む。加速を得たことを確認して急旋回。こんなことで振り切れるとは到底思えないが、反対方向へ再び旋回。敵、後方距離変わらず、しっかりと付いてくる。やや大きく旋回し、速度を少しずつ稼いでいく。レーダー上にピクシーの反応を確認。旋回を続ける俺の右前方から急速接近。ちょうど真正面になった時点で水平に戻し、アフターバーナーON。敵機、も続けて加速。コクピットの中には相変わらず警報が鳴り響く。
「相棒、3カウントでダイブしろ。1、2、3!」
マイナスGをかけて急降下。視界が赤く染まるのは、高Gによって体内の血液が揺り動かされた結果だ。一つ間違えれば正面衝突するようなギリギリのタイミングで、ピクシーのF-15Cの真下を潜り抜ける。一方のピクシーは、真正面から後方の敵機にガンアタック。回避するには距離も時間も稼げなかった敵機が、機関砲弾のシャワーを浴びて蜂の巣と化す。
ガルム 「隊長?2より1、応答してください、エンケ隊長!!」
応じる声は無く、バランスを崩した敵機は黒煙を吹き出しながら落ちていく。追撃者から逃れた俺は、ピクシーの右翼にぴたりと付けて手を振った。ピクシーが一つ貸しだ、と指を立てる。今度は、俺たちの番だ。残る1機を、2機で連携して追い込んでいく。
「これが……これがウスティオの猟犬の機動!?」
ピクシーの追撃をコブラでかわそうとホップアップした一瞬、機動が止まる瞬間をHUDのガンレティクルに捉え、オープンファイア。左主翼が穴だらけとなり、翼の破片が飛び散る。直後、敵機のキャノピーが飛んでパイロットが打ち出される。
「グラオカーター隊がやられたぞ!」
「くそ、本国は何をやっているんだ。増援はどうした!!」
悲鳴のようなベルカ語は、敵パイロットの発したものだろう。俺とて、辺りを落ち着いて見回しているほどの余裕など無かったが、少なくとも逃げ回ることしか出来ないような戦況では既になくなっている。むしろ、自分の狙った敵機に対して追撃を継続出来るくらいに、余裕が出始めていたのだ。戦場を勢い良くかき回しているのは、相変わらずウスティオの反応――つまり、ヴァレー組のものだ。それに続くように、オーシア、サピンのIFF信号を発する光点が、先ほどとは対照的に、ベルカ軍を包囲し始めていた。
「イーグルアイより、各機へ。ベルカ軍航空戦力の脅威は低下しつつある。いいぞ、この調子だ!」
「その報告が嘘じゃなきゃいいんだけどな、結構きついぜ」
「そう言うな、片羽。おまえとサイファーのおかげで、連合軍は息を吹き返しつつあるんだ。きついだろうが、頼む!」
そう、一度は崩壊しつつあった戦線が再構築され始めていた。逃げ惑う羊の群れだった連合軍部隊は、ようやく編隊を組み直し、組織的にベルカ軍部隊へと対抗を始めていた。前衛で敵を撹乱した一隊が離脱する機会を狙って、遠距離射程ミサイルを持った一隊が一斉攻撃。アウトレンジからの脅威から逃れようとする敵機に、無慈悲にミサイルが襲い掛かる。回避しそこなった敵機が赤い火の玉と化し、レーダーからも、空からも消滅して無数の破片と化していく。傭兵も、正規兵も関係なく、円卓に居合わせたパイロット同士が、生き残りをかけて協力し、連携し、敵に立ち向かう。誰かが、この円卓の唯一の交戦規程は「生き残れ」と言ったことが良く分かる。ここでは、それを成し遂げた者のみが明日を手にするのだから。
「くそったれ。あいつだ。あのウスティオの猟犬が戦場をかき乱している!」
「あいつ、バケモノか。あんな機動、見たことが無いぞ。この円卓は、俺たちの空じゃなかったのか?」
「円卓の鳥が何だ、俺がやってやる!!」
「サイファーに続け!この円卓から、ベルカの鳥を追い払うぞ!!」
双方の叫びが交信に飽和し、双方の意地と意地とがぶつかり合う。轟音と衝撃と爆炎に彩られた円卓の空の戦いの出口は、まだ見えない。

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