勝ってはならない戦がある。
勝ってはいけない勝機がある。
人類の歴史の中で、何度も唱えられてきた教訓。
――だが、それを忘れるのも人類。だから、戦いと争いは続く。
そして、もうひとつ、変わらぬ教訓。
現場を知らぬ人間が、最も他人に対して残酷になれる、ということ――。
エリアB7Rの陥落は、同時に連合軍にとってはベルカ領内への橋頭堡を確保したことを意味していた。この難攻不落の空域を奪還するには、先日の戦闘並みの大規模航空部隊による攻撃が必須となるが、既にベルカにはそれだけの戦力が無くなりつつあった。もちろん、空軍戦力偏重の軍備計画によって配備された戦闘機・爆撃機はまだまだ多数あるのだろうが、B7Rに配属されていたエース級のパイロットたちを数多く失ったことは、ベルカ軍にとって実は戦闘機の損失以上に大きな打撃となっているに違いなかった。その証拠に、B7Rに対して彼らが反抗作戦を開始したという報告は聞こえてこない。代わりに聞こえてきたのは、ベルカは北の谷への最終防衛ラインとなるバルトライヒ山脈に全戦力を結集して篭城する――そんな話だった。この期に及んで見事なまでの戦意とも言えなくも無かったが、実態は必ずしもそうではないようで、兵士たちの脱走・逃亡も相次いでいるようだった。事実、連合軍の勢力化に落ちた南ベルカでは、投降する兵士たちによって進撃の足が鈍るという事態も発生している。ようやく、敵も味方も分かり始めたのだ。これ以上の戦闘は、双方の血を無駄に流すだけに過ぎない――と。だが、それは俺の幻想に過ぎなかったことを思い知られる。少なくとも、戦いの始まりは何事も無かったのだ。結果は――最悪の結果、これ以上無く汚い戦争の面を見せ付けられる羽目となったのだが。

連合軍からの支援要請を受けて、俺たちは夜のベルカの空を飛ぶ。連合軍司令本部は、ベルカ軍の軍事力を後方から支える「工業力」を奪う手段として、ベルカの誇る工業都市ホフヌングの制圧作戦を発動したのである。航空部隊と地上兵力の連携で進められるこの作戦は、まず航空部隊――爆撃機連隊による軍事目標に対する爆撃後、陸軍部隊が市内へ侵攻して残存のベルカ軍兵力を掃討、ホフヌングの工業力を連合軍が掠め取る――そんなプロセスで構成されている。ガイアに言わせると火事場泥棒ということになるが、仮に作戦が成功すれば、連合軍は労せずして大規模な兵器生産工場を一夜にして手にすることが出来る。そもそもベルカ軍にしても、扱っている兵器は俺たちと同じ人間の使うものなのだから、工業ラインに手を加えることなく、俺たちは敵の兵器をそのまま使えるというわけだ。夜の空に瞬く星空はどこか幻想的で、俺は天の川の白い流れに目を奪われていた。今のところ敵の姿も見えず、作戦開始時刻までは充分に時間もある。そうなれば、少しは気を抜きたくもなるのだった。この戦いが終わったら、どこか南の島に家族ででかけて、綺麗な星空を眺めながらラフィーナと過ごしたいものだ――勿論、ルフェーニアとアリアは寝かしてからの話だが。そんなことを考えて呆けているところに、それを見透かしたかのようにガイアからのコール。
「イッヒッヒッヒッヒ。髭はちゃんと剃ったのかい、恐妻家のサイファー?家族はいいなぁ。この星空を見ていたら、俺も家族が欲しくなってきたぜぃ」
「家族ならいるじゃないか。お前のお気に入りの穴兄弟が」
「ダメダダメダダメダ。こいつ本当に言うこと聞かなくてよぅ。俺の兄弟はPJ、お前だ!というわけで、シャーウッド、お前は俺の小間使いに降格処分!!いいな、分かったな!?」
「理不尽な命令には従う必要がありません……拒否します!」
「これだもんなぁ……」
「まぁまぁ、ガイア隊長、シャーウッドもいつか隊長の男気を分かってくれる日が来ますって。穴兄弟は御免ですが、よろこんで舎弟にならせてもらいますよ」
傭兵たちにも、どこか余裕がある。やはり、先日のB7Rとは異なり、敵の大規模軍事拠点ではない地域での戦闘ということもあるだろう。おまけにこの満点の星空だ。――だが、異変はそんなときにこそ飛び込んでくる。最初に気が付いたのは、相棒だった。
「ガルム2より全機へ。前方で炎上中の都市を確認。空が赤く染まっている……おかしいぞ、作戦時刻にはまだなっていないはずだが」
「もう爆撃が始まったってことすかね?」
「だったらその旨、俺たちに知らされているはずだ。PJ、念のため俺たちに知らされた作戦時刻を確認しろ」
「変更はないみたいですねぇ。確かに、何かおかしいっす」
俺たちの向かう先の空が、仄かに赤い。星の光が赤い光にかき消され、辺りの山肌を毒々しく彩っている。レーダー上には友軍の反応。地上を進む制圧部隊と……爆撃機編隊とその護衛隊か。状況からして、こいつらの前にさらに先行している連中がいるらしい。ホフヌングの街が燃え上がっているのが、その証拠だ。俺たちの編隊に気が付いたのか、地上からコール音。嫌な予感がする。回線を開くなり飛び込んできたのは、相手の怒鳴り声。
「おい、空軍は一体何をやっているんだ!あれじゃ俺たちまで丸焼きだろうが!!」
「そう言うな。こっちも今到着したばかりなんだ。作戦計画に変更でもあったのか?」
「こっちも聞いていない。だが、様子がおかしいんだ。あんなやり方じゃあ……」
ただの無差別爆撃だ――。俺はスロットルを押し込み、機体を加速させた。ホフヌングの上空に敵影は無い。連合軍司令本部の連中が言うような大規模防衛部隊の姿も見えない。よりバルトライヒに近いスーデントールを最終決戦地と定めたベルカ軍は、主力部隊を全て引き上げてしまっているのだろうが、ホフヌングとてスーデントールに匹敵する都市ではなかったのか?それにもかかわらず、敵の姿は無く、展開している地上部隊もわずかなものだ。これでは、爆撃機部隊の餌食になるだろう。だが、この程度の部隊しかいないのであれば、そもそも戦略爆撃機を大量動員する必要がどこにある。これでは――ただの虐殺だ。背筋を悪寒が駆け抜ける。その悪寒を証明するかのように、友軍の交信が聞こえてきた。
「隊長機より全機へ。精度よりも攻撃範囲を重視しろ。ベルカを焼き払うんだ!」
「了解、皆殺しだ」
ホフヌング燃ゆる やめろ、何をやっていやがる!心の中で、そう叫ぶのも空しく、前方の空が一際赤く燃え上がる。立て続けに光が弾け、大地が燃え上がっていくのが分かる。そして、俺たちは編隊を解くことも無く、ホフヌング上空へと到達する。B-52による絨毯爆撃を被った街が、激しく炎を吹き上げていた。上から見るだけでも目を背けたくなるが、俺は高度と速度を落としていった。燃えているのは、軍需施設でも何でもない、工場都市。厳密には、ここで生産された物資がベルカ国内で消費されることには変わらず、重要な生産拠点、軍事拠点と言うことも出来るだろう。だが、これは一体何だ。道路の上には逃げることも出来ずに爆撃を受けて燃え上がる車の列が連なり、少し前までは普段の営みが行われていたであろう街並みが炎に包まれ残骸と化していく。その中に転がる黒い塊は、命を失った物言わぬ骸の群れだ。胃液が逆流してくるのをかろうじて堪え、上空へと戻る。
「おいサイファー、こいつは……」
「ああ、そっちの考えている通りだ、ガイア。連中の狙いは、この街を完全に焼き尽くすことだ」
「そんな馬鹿な!?民間人だってまだまだ一杯いるでしょう!止めさせましょう、実力行使で!!」
「馬鹿いうなシャーウッド。連中だって司令本部の命令で動いているんだ!いけすかねぇ奴らだが、攻撃すれば今度はウスティオが焼かれる。お前、そうなってもいいのか!!」
「しかし……!」
シャーウッドの思いは、俺の思いでもある。だがガイアの言うとおり、そんなことをしでかせば、今日のような事態を好んで招く連合軍――オーシアの主戦主義者たちがウスティオをベルカに与する者として非難し、連合軍によるウスティオ侵攻などという馬鹿げた事態が発生しない――とは誰も言えなかった。だが、この場に居合わせた傭兵たち全員が、俺と同じように虚しさを覚えていただろう。空が再び連続して真っ赤に染まる。地上に視線を移すと、石油タンクの群れが次々と大爆発を起こし、辺り一帯を焼き尽くし、吹き飛ばし、紅蓮の炎が広がっているところだった。
「こちら原油備蓄C地区、ここは民需用のタンクなんだ!攻撃は、攻撃はやめ……うわぁぁぁぁぁっ!!」
「火が、火が!!逃げられない、誰か、誰か助けてくれぇぇっ!!」
足元の石油タンクの職員だろうか。最後は何人もの断末魔の絶叫が重なり、虚しく通信が途絶する。後には、真っ赤な炎で覆われた残骸だけが残され、誰の声も聞こえなくなっていた。都市の半分以上が炎に覆われた頃になって、ようやくレーダーに敵影が出現する。北方向から複数の戦闘機の機影。くそ、こんな状況でも戦わなくてはならないのか――胸が締め付けられる。これでは、俺たちが侵略者だ。それも、ベルカ軍よりも遥かに愚かで残酷な。一体全体、俺たちは何のために今まで戦ってきたのか。こんな戦争の汚い面を見せられるために、俺は命を賭して操縦桿を握り続けてきたわけじゃない。やり場のない怒りに、腕が震え、自然とHUDを睨み付ける視線が厳しくなる。やるしかないのか――!怒りを胸の中に留め、全兵装セーフティ解除。スロットルを押し込んで敵戦闘機部隊へと加速する。全く、護衛をしてやりたくもない連中のために、俺たちが危険な目に合わされるとは!
「俺たちの街をよくもこんな目に……許さねぇ!!」
正面から突っ込んでくる敵機からミサイル発射。各隊、それぞれが散開して回避機動。俺とピクシーはバレルロール。針路を変えずに敵機に相対する。ミサイルは間に合わない。ガンモード選択。すれ違いざまに敵の1機に狙いを定めて攻撃。翼に大穴を開けられた敵機が黒煙を吐き出しながら後方へと流れ去るのを確認する。ピクシーも1機キル。被弾した敵機、強引にインメルマルターン。上昇中に被弾していた翼がへし折れ、バランスを失った敵機はきりもみ状態に陥りながら落ちていく。断末魔と怨嗟の絶叫が耳にこびり付く。敵も必死だった。ようやく上がってきたとはいえ、数は少数。1機、また1機と葬られていくが、彼らは機体が炎に覆われ、爆発四散するそのときまで抵抗を止めようとしなかったのである。そして、その間も友軍機は無慈悲な爆弾を投下し続けていた――面白そうに、楽しそうに。自分たちが殺しているのが、自分たちの故郷に生活している同じような普通の人々であるということが何故分からない。必死の抵抗を繰り広げ、燃え盛る街の上空に敵機が四散していく度に、俺の心は深く傷つけられていく。流れ出した表に見えない血が、心の中をどす黒く塗りつくしていくかのようだった。低空から、細い対空砲火の火線が上がる。反射的に回避し、攻撃態勢を取ろうとした俺たちの前方には、傷ついた市民たちを必死で助け出そうとし、燃える街の中に踏み止まっている敵陸上部隊の姿があった。トリガーにかけた指を離して引き起こし。黒く塗りつぶされかけた心が、少し解きほぐされる。
「こんなときでも、人ってヤツは助け合えるんだな。少し安心したよ、相棒」
ピクシーがほっとした声をかけてきた直後だった。俺たちの後方――まさに、市民たちを助け出していた陸上部隊のいた辺りが巨大な火球が炸裂した。街並みが炎と爆風に吹き飛ばされ、破片と残骸が宙に舞う。――なんて事を。
「トマホークミサイル、着弾!!」
「連中正気か!?くそっ、これじゃあ一人も助からないぞ!!」
ミサイルの着弾は一発では済まなかった。市街地に次々と膨れ上がる巨大な火球。さらに、ミサイルは別方向からも突入してきた。マッドブル隊が数発をミサイル攻撃で撃墜するが、攻撃を逃れた巡航ミサイルが市街地に突入。炎に油ならぬ爆炎を注いでいく。
「全軍に告ぐ。ホフヌング市は完全放棄、全軍速やかに撤退せよ。ただし、連合軍には何も渡すな。ホフヌングの全てを壊滅せしめよ」
俺は、頭をハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。市街地にトマホークを打ち込む味方の頭にも憤慨ものだが、よりにもよってホフヌングは同胞の手で焼き払われようとしていたのだ。コクピットにレーダーロックを告げる警告音。レーダーに機影は見えない――いや、微かに後方に反応。振り返ると、赤く彩られた空に戦闘機の姿。あまり見覚えのない機体は、どうやらステルス機のものらしい形状をしていた。スロットルを押し込み、低空へとブレーク。炎によって炙られた大気は気流を不安定なものとし、機体を揺さぶる。警報が激しいものに変わり、ミサイルが放たれたことを告げる。だが、何しろこの熱量だ。低空へとダイブした俺の姿をすぐに見失ったミサイルは、そのまま燃え上がる街の一角へと突き刺さる。その間に低空から垂直上昇した俺は、ゆっくりと旋回して反転しようとしていた敵新鋭機の真後ろにへばり付いた。敵も、味方も、何をやっていやがる!ぶつけどころの無い怒りが、敵機に対して放たれる。ミサイル発射、すぐさま左へ急旋回。安全射程内ギリギリで放たれたミサイルは、数秒後に敵機の真後ろに突き刺さり、そして機体を引き裂いた。空に新たな火球が出現し、バラバラになって機体が街へと降り注ぐ。連合軍爆撃機連隊の護衛に付いていた戦闘機部隊が、爆撃機に対して威嚇射撃。友軍に対する攻撃を非難する爆撃機に対し、F-15ACTIVEを駆る隊長機が吠えた。
「こちらオーシア空軍第38航空師団第8小隊、ヴァルカンだ。文句があるなら軍事法廷で言え。おまえらのやったことは俺たちの部隊が全て記録している。これが命令だったというなら、その命令を下したお偉方までまとめて裁かれるがいい」
「何を言っている!?俺たちは正義だ。正義であるからには、ベルカを徹底的に焼き尽くすことこそ、祖国への忠誠ではないか!!貴様たちこそ、我々への攻撃は軍事法廷に訴えるべきものだ!首を洗って待っていろ、裏切者!!」
F-15主体で編成された航空隊が、友軍であるはずの爆撃機部隊に対し戦闘機動を開始する。ガンアタックのポジションに隊長機が到達。救いようの無い同士討ちが発生するかに見えた刹那、ガイアのF/A-18Cがその斜線上に割り込み、次いでマッドブル隊が第8小隊を爆撃機から引き剥がす。クロウ隊が代わってベルカ軍爆撃隊の迎撃に向かう。
「くそ、やらせてくれ、お願いだ!こいつらを放っておけば、もっと悲惨なことをしでかすに違いない!ウスティオの傭兵、後生だ!!」
「目を覚ませ、若造!!辛いのは俺たちだって同じだ。だがなぁ、ここで同士討ちなんてしてみろ。葬られるのは俺たちの方だ。それよりも、せめてベルカの阿呆どもが自分たちの街を焼くのを防ごうや。――なぁ、作戦が終わったら、ヤケ酒を呷ろうぜ」
「……ヴァルカン、了解。済まない、マッドブル1」
「なに、合法的に復讐はしておいたぜ」
マッドブル隊と第8小隊に追いやられた爆撃機の一隊が進んだ先は、ベルカ軍迎撃機の待ち受ける空域だったのだ。復讐の炎に盛るベルカの鳥たちが、一斉に襲い掛かる。ガイアのヤツ、やりやがった。俺たちが救援に向かう暇も無く、瞬く間に爆撃機の群れが炎の塊に代わり、燃える街へと落ちていく。その間も、ベルカ爆撃機部隊による爆撃が続く。それだけではなく、撤退する陸軍部隊が、自らの町へと砲弾を無差別に撃ち放していた。ホフヌングの広大な都市全体が真っ赤な炎に覆われ、昼のような明るさに空が染まる。
「何やっているんだよ……こんなことして、一体何になるんだ……」
普段陽気なPJですら、言葉が続かない。目の前に広がる光景に只呆然としているようだった。
「受け入れろ、小僧。これが戦争だ。理想など、現実の前には何の役にも立たない。言っただろ、生きるか、死ぬか、それだけだ、と」
「戦いや争いにだって、ルールはあるだろうに!!」
PJのF-16Cが、彼の怒りに同調するかのように大きくバレルロール。ヴァレー組の後方から攻撃を仕掛けようとしていたF-35Cの後背へと踊りかかる。1機をミサイルで撃墜し、回避機動を開始したもう1機に喰らい付いていく。後方から追い抜きざま、PJ機、ガンアタック。尾翼と羽の一部をもぎ取られた敵機が引き起こせず、市街地に叩き付けられ、数度バウンド。目茶目茶になった機体が爆発を起こして、木っ端微塵に砕け散る。凄惨なまでのベルカ軍機迎撃。だが、俺たちの奮闘は、連合軍機によるホフヌング焼き討ちの支援にしかならない。俺たちがベルカ軍の足を止めている間に、街の上に到達した連合軍機は新たな爆弾を次々と投下していくのだ。既にここまで燃えた街に、何故そこまでする必要がある。もう、誰もが無言だった。普段の陽気な軽口は息を潜め、誰もがこの悲惨な戦いが早く終わることを願った。――やがて、充分に街が燃えていることを確認したのだろうか、ベルカ軍の生き残りたちは悠然と戦闘空域から離脱して行った。燃える街の中を必死で生き延びるために逃げ惑っているだろう、市民たちを顧みることも無く。
「作戦は成功だ。ホフヌングの工業生産力は最早無い。憎きベルカに鉄槌を下してやったぞ!」
友軍の戦勝報告が、この時ほど憎らしく思えたことは無い。

燃え上がる街に、もう動く物の姿は見えない。何もかもが、炎の中に崩れ去ろうとしていた。一体、何のために戦ってきたのか。何のために、戦闘機乗りとして敵を葬ってきたのか。何のために、傭兵を続けてきたのか――コクピットの中で、ラリー・フォルクは何度も自問自答していた。これまで何度も、相棒と共に捨て駒扱いされ、何度も戦争の汚い面を見せられてきた。だが、もう堪忍袋の緒は限界だ――ラリーは、この炎に包まれた街を自分の目で見ることも無く、戦勝報告を喜んでいるであろう連合軍の将軍たち、そして自らの都市を焼き払おうとしたベルカ軍の上層部たちを睨み付けた。この戦いに、最早意味は無い。この俺が戦うべき理由など、どこにも見えない。いや、こんな愚挙をやってのける人間たちをのさばらせておけば、いつの日か世界は崩壊に至るだろう。ならば、そんな世界は糾さなくてはならないのではないか?ラリーの心は、もう後戻り出来ない方向へと次第に傾きつつあった。
「くだらない……」
声に出せたのは、その一言だけだった。ラリーは、自分の前を飛ぶ相棒の後姿に視線を移した。相棒は、この悲しい光景をどう見ているのだろう?この光景を見せ付けられた今、相棒は自分の戦う理由をどこに見出そうとしているのだろう?ラリーの脳裏に、彼に届けられた手紙の一文が蘇る。もし、同志として迎えられるなら、これ以上無い最強の援軍になるであろう相棒、レオンハルト・ラル・ノヴォトニー。だが、ラリーは確信していた。相棒が、彼と共に来ることは、決して有り得ないだろう、と。確証があるわけではなかったが、ラリーはそう感じていた。手紙の言葉は続く。もし、同志になり得ないのなら――最強の敵となるであろう「円卓の鬼神」を抹殺して欲しい――そう手紙は結ばれていた。無防備にさらされたその後姿を見て、右腕がそっと発射トリガーにかかる。この混戦なら、もしかしたら仕留められるかもしれない――鬼神を、相棒を。そうすれば、世界を変える戦いの最大の障害が排除出来るかもしれない。そこまで考えて、彼は一度大きく息を吐き出し、トリガーから指を離した。出来るわけが無い。この光景を、心の底から悲しんでいるであろう、あの優しい男を、ここで葬ることなど。
実質的な戦闘が終了したホフヌングの街から、ベルカの姿が消えていた。同時に、ホフヌングという、ベルカの誇るべき大工業都市の姿も、紅蓮の炎の下に消えていた。人間が作り出した、この巨大な火葬場の姿が、無性に悲しくて、ラリーはバイザーの下の目を強引にグローブで擦った。ぼやけた光景は、真っ赤な炎で塗り潰されたままだった。そして――燃える炎とは反対に、心はこれ以上なく冷え切っていった。
この日、ホフヌングの街で死亡した市民の数は、直前の統計による全市民数の実に8割以上に達していた。だが、それが明らかにされるのは戦後数年経ってからのことである。OBCのベルカ戦争検証番組によって、ホフヌング爆撃の真相が暴かれたためだ。この日、俺たちは隠蔽された戦いの空にあった。勿論、俺たちはそこで行われた蛮行の全てを目撃していた。戦勝国になれば、どんな行為も正当化できる――俺たちは、そんな人間たちのために、戦っているんじゃない。最前線で、命を賭けて飛んでいるんじゃない。ヴァレーに帰還した傭兵たちは、皆この日一度は考えたに違いない。俺たちは、一体何のために戦っているのだろう、と。その答が見つけられないまま、俺たちに命令が下る。俺たちの向かう先は、最終決戦地スーデントール。もう、既に決着の見えた戦いは、それでも新たな流血を欲して止まない。

そして、世界は運命の6月6日を迎える。

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