訣別


俺も、片羽も、そしてアイツも、皆地獄で生きていくしかないのさ。ま、それも強者の証、さ。

――2005.09.22 オーレッドにて
レーダーがほとんど役に立たない状況下での戦闘という点では、この間の円卓も似たようなものだった。だが、今日と先日の最大の違いは、自分の機体の調子まで完全ではない、ということだ。先程の衝撃――俺の勘が正しければ、核パルス――によって、電気系統には障害が発生している。一つ間違えると、何かとんでもない故障や問題が出てきてもおかしくない――そんなストレスを抱えながら、俺たちは敵の増援を迎撃しなければならなかった。イーグルアイの誘導に従って向かう先、確かに敵影を確認。ステルスとかの類ではなく、大きく開いたトライアングル、8つの機影が俺たちめがけて飛び込んでくる。
「畜生、見失っちまったぞ。おまけに何だこりゃ、連合軍の奴ら、向かってきやがる」
「隊長、レーダーが対してきかねぇがどうする?」
「ちっ、こうなったら仕方ねぇ。ご馳走はお預けになっちまったが、代わりのデザートはもらっていくぞ。俺に続け。無駄死にしたくなければなぁ」
敵機、速度を変えずに直進。機体に障害が発生しているのはお互い様のようで、遠距離からのミサイル攻撃は今のところ無い。HUDを睨みつけて、操縦桿を手繰る。敵部隊との日が距離がみるみる間に縮まり、そして双方の交点が触れ合う。特徴ある黒っぽいカラーリングの敵戦闘機――Mig-31が、大推力を活かした機動を見せて、あっという間に後方へと飛んでいき、視界から見えなくなる。レーダー上、その機体特性を存分に発揮するように、俺たちから充分に距離を稼いでから敵機が反転。8機という、通常では考えにくい大編隊が、鮮やかに攻撃ポジションを確保する。
「おいおい、あれはハゲタカか!?今日も元気に死屍をついばみに来たか!」
「出たな、化け物傭兵コンビと愉快な面々!最悪のデザートのお出ましだ」
「マッドブル1より、サイファー。こいつ、皆殺しのズボフだぜ。腕は立つ、気をつけろ!」
敵隊長機、相当に食えない奴らしい。反転したMig-31の群れは、ドッグファイトに入ろうとする素振りはまったく見せず、中距離からミサイルを放つと轟然と加速して俺たちから離れるという、ヒット・アンド・アウェイを徹底している。最初のすれ違いは、敵さんのサービスだったようだ。俺たちの射程範囲外から打ちかけられるミサイルは、時間差を付けられているために回避に時間を取られ、ようやく水平に戻したときには敵の姿が再び見えない。何ともやりにくい。ハゲタカ――噂だけなら、俺も聞いたことがある。ベルカ空軍内の脱走者たちを「処分」することが任務となっている、エスケープキラー部隊。そしてその部隊を率いるのは、かつてはユークトバニア空軍で空を飛んでいたと噂される"皆殺しのズボフ"。古い傭兵には、ズボフもまた傭兵だった頃のことを知っている奴も多い。彼らは口を揃えて言うのだ。奴は強い、と。エスケープキラーなんざやってるが、実際にはベルカのトップエースたちに負けないくらいの腕を持った奴なんだ、と。そして俺たちは、噂の腕前を実際に味わう羽目となっている。機体の特性を良く理解したうえでのチームプレイは、水を漏らさず、脱走者たちを葬り去ってきた必殺の戦法なのだろう。隙が無い。どうするかな?
「どうだ、怖いか、恐ろしいか?それが"死"というヤツだ。受け入れてみるか、楽になるゼ?」
「冗談じゃない!ハゲタカのソテーにビールで食らってやる!」
「イキのいい坊主だ。うちの陰気な若造よりは口は立つみたいだが……腕はどうだ?」
振り切られてしまってばかりでは話にならない。こちらもスロットルを押し込んで加速。反転してくる敵機を大きくループしてやり過ごし、重力の力を借りて更なる加速を得る。ようやく敵の後背を捉えてレーダーロック。敵編隊、切れ味鋭くブレーク。そのうちの1機を追う。敵機、バレルロール。目標をロストしたレーダー、一からロックやり直し。こちらもバレルロール。敵機を真正面に捉えるようにして追撃。ローリングから水平に戻るや否や、スナップアップ、アフターバーナーを焚いて敵機、垂直上昇。ロケットのように上昇していく敵機を追うことは諦め、別の目標の姿を探す。ラリー機、垂直降下で高度25,000フィートから一気にダッシュ。分解スレスレの高Gをかけて引き起こし開始。敵編隊の2機、降りてくるラリーを狙って90°ビームアタック。ラリー機、機体を捻って攻撃回避。ほとんど数秒の誤差で垂直にすれ違った敵機、リアタックのため旋回。その真正面に回りこんだ俺は、2機のうち右側に位置した敵機を照準レティクルの中に捉えることに成功する。F-15C以上に的のでかい機体だ。捕捉出来れば当たる!コンマ数秒のガンアタックは、大きく張り出した特徴のあるMig-31のエアインテイクの中に飛び込み、エンジンを頭から粉砕することに成功する。黒煙を吹き出した敵機は、高度を下げて水平に機体を保ったところでキャノピーを飛ばし、パイロットがベイルアウト。ようやく1機キル。少し離れたところで、火球が一つ、炸裂する。レーダー上から消えたのは、幸いにも味方のものではなく、敵部隊のものだ。ガイアが囮となり、PJ・シャーウッドが連携して敵の撃墜に成功したようだ。3機がトライアングルを組み直し、やや離れた地点で攻撃の機会を伺っていた一隊へと向かっていく。
「くそ、化け物コンビ以外もなかなかやるぞ」
「慌てるな。1機ずつ確実に狙えばいい。おい若造、行け。あの猟犬を刈ってこい」
「了解、攻撃を開始する!」
やや上方、かぶるように敵機が速度を上げながら急速接近。こちらもスロットルを押し込んで加速。高度を上げながらヘッドオン。相対速度が速すぎて、ロックオン出来ず。ガンモード選択。レディ・ガン。すれ違いざまに発射トリガーを引きつつ、機体をローリング。同様に23mm機関砲を撃ち放った敵機も90°ロール。互いの機体を轟音と衝撃で揺さぶりながらすれ違う。それぞれ反対方向へと抜けた俺と敵機は、互いにループしつつ上昇。再びその頂点付近で会敵する。今度は敵機からのレーダー照射を浴び、敵機、ミサイル発射。けたたましい警報を聞きながら、Gがかかって動かしづらくなった腕を無理やり振ってローリング。ぐるり、と世界が回り、胃の中身も裏返りそうになる。ご丁寧にガンアタックのオマケ付き。おかげで吐き気を堪えつつローリングを続ける羽目となる。どうやら隊長機ではないみたいだが、いい腕している。さらに悪いことに、別のMig-31が俺を後方から狙って接近しつつあった。今ドッグファイトしている奴に構いすぎれば、後から狙われてお陀仏というわけだ。かといって、タイマンの相手を放っておくことも出来ない。勢いを付けて180°ロール。真っ逆さまにパワーダイブして、低空へダイブした敵を追う。目標、早くも上昇に転じてこちらをマーク。舌打ちしつつ、敵と同高度に降りて、今日何度目かのヘッドオン。そんな時だった。俺が今戦っている敵機からの通信が聞こえてきたのは。
「聞こえるか、ノヴォトニー。今日こそ、おまえの首を貰い受ける」

今、仇はどんな表情を浮かべているのだろう――ロッテンバークは、ようやく得た復讐の機会に猛り狂っていた。赤いツバメの一員だったときは、ノヴォトニーの圧倒的な戦闘機動に恐怖したものだが、今は感じない。むしろ、敵を圧倒していることに、彼は至上の喜びを感じていたのである。その余裕が、敵に対する通信を開かせることとなっていた。この機会を逃してたまるか――ロッテンバークは、腹に抱えているミサイルの設定を素早く切り替える。識別情報を無視、安全発射距離も無視、攻撃目標の至近距離で炸裂するようにモード切替。旋回して正面から飛び込んでくる敵の姿をHUDに捉える。これは、正義の鉄槌だ。甘んじて受けろ、ノヴォトニー!!心の中で叫び、ロッテンバークは発射トリガーを引いた。白煙を吹き出しながら、敵の鼻先へとミサイルが猛烈な勢いで突っ込んでいく。至近距離から放った攻撃は、過たず憎き敵の機体に突き刺さり、敵の存在自体を引き裂き、消し去る――はずだった。だが次の瞬間、ロッテンバークは目を見張った。仇の乗るF-15S/MTDは、右方向へと旋回もせず、水平のまま滑るように飛んでみせたのだ!1発の信管が、遅ればせながら炸裂して火球を出現させるが、そのときには敵機はロッテンバークの左をすり抜けるように通過している。そしてもう1本、目標を見失ったミサイルの片割れは仇の後ろから迫りつつあった、5番機の鼻先で炸裂した。コクピットが一瞬にして吹き飛び、前方からの衝撃と元々の加速で板挟みになった機体は、木っ端微塵となり、火の玉と化した。味方の機影がレーダーから消滅し、黒煙が虚空に漂う光景を目の当たりにしても、ロッテンバークの凍った心は動かない。馬鹿な奴だ。自らが葬った仲間に対し、彼の手向ける言葉がそれだった。

聞こえてきた無線の声は、まるで別人のもののように聞こえた。それが、俺を仇と付け狙う男のものであることには違いなかったが、初めてヤツと出会ったときと、今とでは人格そのものが入れ替わってしまったような気分だった。まして、仲間の機体を撃ち落すとは、例えエスケープキラーであっても言語道断というものだったろう。それが事故ならばともかく、敵――ハイライン・ロッテンバークは故意に暴挙をやってみせたのだ。咄嗟の判断で機体を真横に滑らせたのが幸いしたが、もし旋回やローリングで回避しようとしていたら、今頃ミサイルの破片をもろに浴びて戦闘続行不能になっていたかもしれない。安堵のため息を吐き出したのもつかの間、味方を撃墜した復讐鬼が俺の後方へと回りこんでくる。どうやら、こいつだけは俺の手で確実に葬らなければならないらしい。放っておけば、仲間たちの命すら危ない。だが、俺の心には躊躇がある。この手で昔、殺してしまった人間の、さらにその子供を自らが手にかける。これほど、非人道的で残酷な話が一体どこにあるだろう。テレビのドラマなら、きっと俺は相手のナイフなり銃弾なりを浴びて、大人しく崩れ落ちていくのが定番に違いない。だが、現実は違う。俺にそんなつもりは毛頭無いし、大人しく殺されてやる理由はない。まして、味方を撃墜して何とも思わないような人間は、最早空を飛ぶ資格すら無い。ヤツのために新たな犠牲者を出すくらいなら、ここで葬るのが筋というものだった。だから、俺は躊躇を振り払って、愛機を振り回す。
「おい若造、どこの世界に味方を吹き飛ばす馬鹿がいる。基地に戻れるとは思うなよ、この外道が」
「隊長、本隊の任務は今や目前のウスティオの傭兵たちを殲滅することにあると考えます。5番機は残念でした。不幸な事故の結果です」
「馬鹿にしやがって!無差別にミサイルを撃ったのはどこのどいつだ、この裏切者!!」
敵戦闘機の1機が、ガイア隊の追撃を振り切って、ロッテンバーク機に対してミサイルを放つ。ロッテンバーク機、急旋回で敵機とミサイルにヘッドオン。直後、180°ロール、パワーダイブ。あっという間に低空へと逃れたロッテンバーク機を見失って、ミサイルが虚しく虚空を貫いていく。このミサイルは、さっきのものと同じ無差別爆発モードのものだろう。俺はミサイルから充分な距離を取って機体を降下させていく。狙うは勿論、復讐鬼の乗るMig-31だ。ヤツをこの空に残しておくわけには行かない!
「ロッテンバーク、聞こえるか!お前が俺を恨むのは理解できるし、俺の命を欲するのも理解できる。だが、お前を逃がすわけにはいかない。味方を迷い無く殺すようなヤツは、もう人間とは言わない。単なる殺人者だ。俺はそんな男がこの空を飛ぶことを決して許さない」
「お前が言えた義理か、ノヴォトニー!!私の父を惨殺した、お前が言えた義理か!!」
「止せ、若造!お前のかなう相手じゃない!!」
まるで煮えたぎったマグマのような憎悪が敵機から放たれるようだった。低空から一気に上昇してきたロッテンバーク機が、俺の目の前を横切っていく。だが、無茶な引き起こしのせいか、速度が乗り切らない。Mig-31の広い背中が、照準レティクルに飛び込んでくる瞬間を逃す手は無かった。ガンモード選択、発射トリガーをすかさず引く。下から上へ機関砲弾の雨を抜けたロッテンバークのMig-31に大きな命中痕が穿たれ、弾丸が黒い機体をぶち抜いて蜂の巣に変える。翼と、胴体と、そしてエンジンから黒煙を吐き出し、推力を失った機体からは音が消える。それでも、大推力の残滓は穴だらけの機体を上空へと押し上げていく。へし折れた垂直尾翼が脱落し、黒い煙の合間を縫うように落下していく。
「畜生っ!!飛べ、飛べよ!ようやく手に入れたこの機会、私は失うわけにはいかないんだ。飛べ、飛べったら!!……うわぁぁぁぁぁ!!」
最後はもう何を叫んでいるのか分からない絶叫。全身を黒煙に包まれた機体が、ゆっくりと大地へと降下していく。その間も、奴の絶叫が続く。こういうとき、神か悪魔はタチが悪い。聞きたくない叫びを、これでもか、と俺の耳に入れるためか、過去の罪を再認識させるためか、ロッテンバークの呪詛が続く。今晩は、これだけでうなされること確定だ。
大空のハゲタカ 「……俺も、お前も、相手の屍の上に生を刻んで生きる。俺たちはどのみち死屍に群がるハゲタカなのさ、ウスティオの猟犬。いい駒だったんだがな、少し復讐に猛り過ぎたみたいだな。勝ち目の無い相手にタイマン張ってるようじゃ、器もたかが知れたようなもんだが……!」
ロッテンバーク機の黒煙を振り払うように、どうやら敵隊長機――ドミニク・ズボフの操るMig-31が突っ込んでくる。レーダー照射警報がけたたましく鳴り響く。切れ味鋭く、エッジを空に刻んだ隊長機が襲い掛かってくる。その機動、エスケープキラーをやらせておくのが勿体無いくらいの鮮やかさ。真横から撃ちかけられるミサイルを加速しながらの旋回で回避して、攻撃をやり過ごす。敵機、後方を猛然とダッシュ。その姿があっという間に見えなくなる。だが、包囲されていたはずの俺たちは、敵部隊を逆に包囲下へと追い込むことに成功していた。既に敵機は2機まで撃ち減らされ、1機はガイア隊の猛烈な追撃に逃げるだけで精一杯となり、残る1機は今まさに俺と戦っている。そして相棒が、隊長機を牽制してその外側から回り込んでいく。ラリー機、隊長機に対してミサイル発射。敵機、フレアを放出して急上昇。俺たちではなかなか出来ない猛烈な速度で上空へと舞い上がり、攻撃を回避。ラリー機、機首上げ。こちらも加速しながらズボフ機を追う。ゆっくりと旋回して速度を稼いだ俺も、目標の後を追って上昇。俯瞰してみれば、敵隊長機は前後から俺たちに挟まれたような状況で高空へと上がっていく。
「化け物傭兵コンビの前にゃ、俺らシュヴァルツェも形無しってことだな。まぁ、戦い方を忘れた若造のせいもあるが。年貢のしまい時ってところか、ヘッヘッヘ」
この期に及んで笑っていられる肝の太さには感心する。敵隊長――ドミニク・ズボフは、この戦況を楽しんでいるのだ。では自分はどうか。戦う理由に無理やり言い訳して、実は戦闘機乗りとしての本能を隠すようなことはしていないか。俺は、戦闘を実は楽しんでいるのじゃないか?違う。なら、何故心が掻き立てられる?俺もお前も同類――ズボフの放った言葉が、俺の心に突き刺さる。そして俺にはその言葉を否定することが出来ない。どんな理由付けをしたところで、ベルカの兵士たちから見れば俺も殺人者。いや、そもそもベルカの人間から見れば、俺の存在は初めから殺人を犯した犯罪者なのかもしれない。
「相棒、何やってる。仕留めるぞ!!」
ラリーの叫びに現実に引き戻された俺は、慌ててHUDとレーダーの間で視線を慌しく動かした。高度28,000フィートまで駆け上がった敵機が、俺の真上で失速反転。そっくり返って俺の頭に落ちてくるところだった。スロットルOFF、エアブレーキON。両肩にハーネスが思い切り食い込んで激痛が走るが、そんなことを気にしている場合じゃない。一瞬、体内の血液が身体の前半分へ。かろうじて保った意識で、操縦桿を思い切り引く。急減速後の急激なスナップアップで跳ねるように飛んだ俺の腹の下を、ズボフの放った機関砲弾とミサイルが通り過ぎていく。間一髪!ぐるりと仰向けになった機体が、そのまま真下を向いて降下を始める。すかさずスロットルON。重力の力を借りた機体が一気に高度を下げていく。今度はシートに張り付いて、身体の血液は後ろ側へと寄っていく。全く、こんなことが身体にいいはずも無い。人間の身体の限界を易々と超えていく愛機の性能に戦慄させられる瞬間。一つ間違えれば、俺が殺される。愛機に。まるでその微妙な死線上で綱引きをしているかのごとく、操縦桿を手繰る。相棒の追い込みにより、ようやく敵隊長機の後姿が射程内に入る。そろそろ、ケリを付けてもいい時間だ。隊長機、降下しながらも巧みに回避機動。こちらの狙いが見えるかのように、機体を振ってロックを回避する。相手も相当なGを受けているだろうに、それを感じさせないように敵機が逃げていく。こちらも追撃。いい加減疲労のたまっている身体に鞭打ち、故障を抱えた愛機に鞭打つ。大気を切り裂く振動が容赦なく機体を揺さぶり、激しいGが身体に圧し掛かる。高度10,000通過。まだ降りる。どこまで行く気だ――そう思った矢先、敵機、機首上げ。こちらも重くなった操縦桿を無理やり引いて、機首上げ。加速がつき過ぎて、ゆっくりとしか俺たちは上がっていけない。カナードと主翼の間で、真っ白な飛行機雲が空を刻むように飛んでいく。相手もそうだ。主翼と胴体から白い雲が、まるで煙のように吹き出していく。HUDをミサイルシーカーが滑り、真っ白な雲に包まれた敵の後背を完全に捕捉する。ようやく、快い電子音が響き渡る。
「ガルム1、フォックス2!!」
自分を奮い立たせるように叫び、発射トリガーを引く。真っ白な煙を吹きだしたミサイルのエンジンに火が入り、俺の前を飛ぶ敵機の後姿へと襲い掛かっていく。この機動の最中だ。最早、相手に逃れる術は無かった。それでも、機体を捻って直撃を回避したのは、ハゲタカ隊隊長としての意地だったろうか。炸裂したミサイルは無数の破片を撒き散らし、至近にいた敵隊長機の胴体へと襲い掛かる。水平尾翼と主翼が瞬く間に引き裂かれ、エンジンにも破片が飛び込んで機能を奪う。真っ黒な煙を吐き出した機体からは、赤い炎も吹き出して黒い機体を不気味に染め上げていく。その下を通り過ぎて、俺は機体を垂直上昇させた。頭の上を、痙攣しながらも水平に戻した敵機の姿が漂う。程なく、キャノピーが飛び、次いでパイロットが空へと打ち上げられていく。ゆらゆらと揺れるパラシュートは、バルトライヒの緑の上へと降下を開始する。操縦者を失った機体が、次第に機首を傾けながら降下し、やがて山肌に激突して木っ端微塵となる。レーダーから全ての敵機の姿が消える。ようやく終わったか――安堵のため息を吐き出した、まさにその一瞬だった。再びミサイル警報。まだ残っていたのか!?敵影は見えない。だがミサイルは間違いなく接近している。
「ガルム2、何をやっている!それは味方だ!!攻撃を中止しろ!!」
「おい、冗談だろ、止めろ、止めろ!!うわぁぁぁっ!!」
「隊長、隊長、応答してください!くそ、こちらクロウ2、隊長機がやられた!!」
「ラリー!?おい、ラリー、応答しろ!!」
訣別 さっきまで隣にいたはずの相棒の機体は、俺たちから独り離れ、北西方向へと向かっていく。こちらの問いかけにも答える気配が無い。代わりに、別の男の声が雑音の向こうに聞こえてきた。
「麗しき妖精殿は、血塗られた猟犬にはコリゴリだとさ。――ラリー、かぼちゃの馬車を仕立ててお迎えに上がったぜ」
「――この光景を見て、よくもそんな言葉が出るもんだな。それにしても、出迎えがアンタか。俺の行く先は、結局地獄か」
この声は――!そう、円卓の空で出会ったオーシアの……確かウィザード隊を率いていた男のものだ。動揺しているのは俺だけじゃない。仲間たちの誰もが、言葉を失って沈黙する。
「まぁ、そういうな。今日はお前の新しい誕生日みたいなものだ。戦争の犬から、生まれ変わった、お前のな、ラリー」
「おい相棒!戻って来い!!今ならまだ間に合う!ラリー、一体何を始めるつもりなんだ。一緒に戦争を早く終わらせるために戦うんじゃなかったのか!?答えろ、ラリーっ!!!」
通信は沈黙したまま。くそっ、聞こえていないのか。もう一度相棒の名を呼ぼうとしたとき、搾り出すような声が、ようやく返って来た。
「……分かってくれ、相棒。俺には、戦わなくてはならない理由が出来た。だから、俺は行く。言えた義理じゃないが、犬死はするなよ。俺とお前の道はここで別れるが、いつか分かり合える日もあるだろう。それまで、元気でな」
「馬鹿やってるいるんじゃねぇ!!ラリー、てめぇ、これまでの自分の人生台無しにするつもりか!?兵士の考える平和なんてな、大体の場合ろくなもんじゃねぇと相場は決まっているんだ。得体の知れない奴と組んで、何が戦う理由だ!?」
「分かってる。分かってるが、俺はもうそこで戦い続けることが出来ないんだ、ガイア。……坊やと小僧を、頼む。じゃあな、坊や、PJ、ガイア――それに、相棒」
無線が雑音の中に消えていく。後には、虚しい沈黙の時間だけが過ぎていく。これほど後味の悪いものは無い。味方が味方を殺す瞬間。味方が裏切って去っていく瞬間。それも、背中を安心して任せられたはずの、相棒が、俺たちと袂を分かって去っていく。レーダー上、遠ざかっていく相棒の背中を、俺たちはただ黙って見送ることしか出来なかった。クロウ隊隊長機が撃ち落されたという事実すら忘れて、俺たちは呆けたように無言。
「……馬鹿野郎」
ようやくそう呟いたのは、ラリーの姿が完全にレーダー上から消滅してからのことだった。もう、無線も聞こえない。姿も見えない。空白となった左翼のポジションが、無性に寂しくて仕方なかった。
「くそぅ、どいつもこいつも狂っていやがる!!」
珍しく、イーグルアイが声を荒げて叫んでいる。それは、この場に居合わせた男たちの、共通の叫びに違いなかった。何て悲しい光景なのだろう。恐らくは――核。連合軍がトチ狂ったのか、ベルカが追い詰められて使ってしまったのか――避け様の無い高温で焼き払われた大地には、月にあるようなクレーターが穿たれ、しかも生態系を破壊し続ける。空は不気味な色に染まり、不気味に静まり返っている。じわり、と視界がぼやけてきて、俺はグローブで少し乱暴に目を拭った。
辺りの木をなぎ倒すように不時着した機体は、穴だらけになったのが幸いして燃料がほとんど残っていなかったせいか、特に火を出すことも無く大地を滑走した。車輪も無いままの胴体着陸――それも滑走路ではなく、速度の調整も聞かないままのランディングは、身体がバラバラになるかのような激痛を伴っていた。だが結果として、死に至ることは無く、ロッテンバークは口にたまった血を吐き出した。機体からは救難ビーコンが発せられているはずなので、もし友軍が気が付けば救援が来ることもあるだろう。だが、そうなったとしても、自分が生き残れる可能性はきわめて低い。エスケープキラーによる味方殺し。もし、隊長たるズボフが生き残っていたとすれば、間違いなく自分は闇に葬られるのがオチだった。そう考えたとき、初めてロッテンバークは例えようの無い恐怖を認識した。死への恐怖。これまで、無数の同胞たちが感じていたであろう、恐怖が、腹の底から湧きあがってきて、身体の傷の痛みを増していく。このまま復讐も果たせぬまま、自身も祖国の裏切者として果てていく――何より、それが怖かった。だが、皮肉にも折れそうな彼の心を支えていたのは、圧倒的な、仇の技量。シュヴァルツェの一員として飛んだ経験など、意にも介さないような飛び方。恐ろしくもあり、羨ましくもあるノヴォトニーの強い翼。――力が欲しい。奴の翼にも負けない、強い力が。だがどうやって?もう祖国にも戻れなくなったこの身が、どうやって奴と渡り合ったらいい?絶望的な気分に打ちひしがれる彼の頭上を、戦闘機の轟音が二つ、通り過ぎていく。見上げると、見覚えの無い前身翼の機体と、一方の羽を赤く染めたF-15Cが、上空を通過していくところだった。続けて、かろうじて生きていた無線機が、コール音を鳴らす。ロッテンバークは、藁にすがるような気持ちで、回線を開いた。
「こちら、国境無き世界、ウィザードだ。貴機の救難信号を確認した。聞こえていたら、返事をしろ。繰り返す、こちらウィザード」
「聞こえている。不時着の際に身体をやってしまって、動けない。命は大丈夫だと思うが、救援を回してもらえると助かる。どこのどいつか知らないが、もう祖国に戻れる身でもない。助けてくれれば何でもやる」
「ウィザード、了解。まぁ、頭に血を昇らせずに待っていろ。すぐに救援を手配する。では、後でまた会おう、同志よ。男に二言は無いところ、見せてもらおう」
上空を旋回していた戦闘機が、こちらの姿を確認したのだろう。数回翼を振って、北西方向へと飛び去っていく。これで助かったと決まったわけではないが、その可能性は多少は高くなっただろう。あの男のいうとおり、今は身体と心を休めておくべき時だ。ハーネスを外したロッテンバークは、コクピットの中で可能な限り身体を伸ばした。シートに背中を預け、目をつぶる。どうせヘリが飛んでくればその轟音で目は覚めるだろうし、駄目ならそのまま冷たくなればいいだけさ――緊張がほぐれた瞬間、彼の意識は漆黒の底へと落ちていく。……たまには、昼寝でもしようか。そう呟き終わった頃には、彼は完全に意識を失って、コクピットのシートにもたれかかっていた。

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