幽栖の地


『OBCのニュースロゴに続いて、先のベルカ国内で起爆した核兵器の映像が映し出される。爆心点近くの映像が、ロングスパンで捉えた、複数のキノコ雲の映像に切り替わる』

――おはようございます。OBCニュース、デイビット・サイモンがお伝えします。6月6日、この日は我々人類の歴史における汚点として記憶されることになったのではないでしょうか。しかし、自らの国を核の炎で焼き払ったベルカ軍に対し、連合軍はこれ以上彼らの暴挙をさせまい、と進撃を続けています。既に別ルートからバルトライヒ山脈を越えた部隊が、ついに北の谷、ノルト・ベルカへと展開し、近々始まるであろうベルカ本土制圧作戦に向けた準備を進めているようです。ドレッドノートさんが、海兵隊第115連隊に同行しておりますので、呼んでみましょう。ドレッドノートさん、そちらの状況はいかがですか?

『列を為す装甲車や輸送車たちの合間を、鉄兜を被ったフル武装の兵士たちが慌しく駆け回っている。そんな兵士たちとは対象的に、微笑を浮かべた中年の記者と、部隊の隊長らしい男の渋面が映し出される』

――はい、こちらエドモンド・ドレッドノートです。私は、海兵隊の中でも猛者ぞろいで知られた、第115連隊に同行しております。今日は、隊長のビンセント・ハーリング中佐にお越し頂きました。ハーリング中佐、よろしくお願いします。中佐はバルトライヒ山脈に布陣していたベルカ軍を見事打ち破り、ついにベルカ本土へと足を踏み入れたわけですが、どうですか?未だ抵抗を続けるベルカ軍に対しての最終攻勢に向かわれる中佐の心境を教えてください。

『他の兵士たち同様に、実戦装備のハーリング、渋面のままカメラを睨み付け、そして記者を睨み付けてため息を吐き出す。後方を走り回っていた兵士たちの足が止まり、不思議そうにカメラを眺める』

――ハーリング中佐?
――おいマシューズ、一体どこの誰がこのクソ忙しいときにインタビューなんか入れたんだ?
――陸軍広報室であります!
――後で発炎筒10ダース、連中の建物に撃ち込んでおけ。作戦開始時刻は5分後。ノロノロするな!!
――イエッサー!!

『呆気に取られる記者の背後で、嬉しそうな笑い顔を浮かべた兵士たちが歓声を挙げながら走り出す。それを見ているハーリングの顔に、ようやく精悍な笑みが浮かぶ。』

――俺たちの仕事は、戦争を早く終結させること。それだけだ。難しいことは上の人間が考えているだろうから、広報担当にでも問い合わせてくれ。俺たちは軍人だ。行けと言われればどこへでも行く。
――バルトライヒ山脈の大勝利、お見事でした。ベルカ軍を撃退した何か秘策のようなものはあるのでしょうか?
――なぁ、ブンヤさんよ。俺たちが戦っている相手は、俺たちと同じ人間だ。映画に出てくるような悪役でもロボットでもない、血の通った人間だ。本国じゃ、俺たちの戦いを大勝利と言っているのか。……フン、前線に来たこともない連中の考えそうなことだぜ。あれは勝利なんてもんじゃない。勘違いしてもらいたくないもんだね。……もういいかな?
――え、ええと、すみません!終戦へ向けて何かコメントがあれば……。
――終戦?まだ戦争は続いている。終戦てのは、お互いの国のお互いの兵士たちが銃を突き付けなくなってから言うものさ。
バルトライヒ以北の都市に対する核攻撃による大混乱から早一週間が過ぎようとしている。核兵器起爆によるクレーターが穿たれた大地を生身の人間が通過できるはずも無く、連合軍はノルト・ベルカへの進撃ルートを大幅に変更せざるを得なくなっていた。だが、最早補給ルートすら立たれたスーデントール篭城軍と、後方から幾らでも戦力を投入できる連合軍との立場の差は歴然となり、ついにベルカ軍の戦線は瓦解を始めていた。この時期になると、ベルカの兵士たちの間にも先の核爆発が祖国によって起こされたものだということが知れ渡り、結果として彼らの戦意は限りなく失われていった。戦闘を停止して投降する部隊や師団も出始めた一方で、絶望的な抵抗を継続する部隊もあり、それぞれがそれぞれの決着を付けるべく動き始めていた。クロウ隊隊長と、そして相棒――ラリー・フォルクを失った俺たちは、散発的に続く戦闘に借り出されては、ベルカ軍残党部隊を一つ、また一つと葬り去っていった。だがそれも、基地の作戦機を分割して出動させることが出来る程度のものであり、大半の作戦機を投入しなければならないような事態には至らなかった。特に、ノルト・ベルカ本土での作戦行動は極めて限定的であり、連合軍首脳部たちと和平に向けた交渉を始めたと噂される「革新派」の政治家たちの活動が、冷静に受け止められ始めた証なのかもしれなかった。――今日までは。
キャノピーの外を流れ行く雲と山の風景は、相変わらず美しい。だが、この美しかった北の谷には、決して消すことの出来ない深い傷跡が穿たれてしまった。燃やし尽くされた街。自らの国を支える人々を平然と焼き払う者。穿たれたクレーター。同じ光景を、同じ気持ちで悲しく眺めていたであろう相棒は、しかし俺の横にいない。だが、いつまでも俺独りで飛ばせておくわけにはいかない、と判断したのだろう。これまでの相棒の定位置は、新たな2番機になった奴の機体で占められている。
「ガルム1より、各機。間もなく作戦空域に到着する。終戦間際だからって、油断するなよ?」
「あたぼうだぜぃ、マッドブル隊、了解!」
「スカーレット、了解。おい、スパロー、遅れない様にしっかりと付いて来い」
「こちらスパロー、皆さんの機体が早すぎるんですよ。こちとらこれで全開です!!」
この日は、これまでとは様相が違っていた。もともと鉱産資源が豊富な地域として知られるイエリング鉱山周辺に、大規模なベルカ軍残存部隊が姿を現し、スクランブル発進したオーシアの空軍部隊が殲滅されるという事態になったのだ。それも、残党部隊が姿を現したのはイエリング鉱山だけではない。ベルカ国内がまだまだ混乱状態にあることを示すかのように、一斉に残存部隊が北上を開始したのであった。そして俺たちは、中でも敵の戦意が盛んな戦域――即ち、最初に連合軍部隊が壊滅したイエリング鉱山地帯へと差し向けられることになったのだった。
「ガルム2、了解!!……ガルムの2番機か。悪くない。サイファーの背中は、俺が守る!!」
そう、俺の2番機は、PJ。パトリック・ジェームズ・ベケットの定位置となった。歳はシャーウッド坊やと大して変わらないが、その実力はこれまでの戦いで証明済。先の核起爆の影響で機体を損傷した連中も多く、傭兵部隊を再編する過程でクロウ隊も解散。結果、相棒に去られた俺と、所属部隊が消滅したPJとがコンビを組むことになったわけだ。イマハマの旦那が大真面目な顔で言ったものである。ガイア君には既にシャーウッド君を預けていますから、今度は貴方が若者を育てる番ですよ、と。そんなわけで、PJは実質的に2番機見習いといったところだろうか。ベルカのトップエース級が出てきたときに背中を安心して任せられるかと言えば、まだ正直不安はある。だが、エース級なら充分大丈夫だろう。
「この間からそればっかりだなぁ、PJ。おい、シャーウッド、お前もいい加減言ってみろ。ガイア隊長の2番機は理想的なポジションです、とか」
「ディンゴ1、回答の必要を感じません」
「これだもんなぁ……」
「イーグルアイより、各機へ。遠征地でもいつもとおりなのは良いが、敵航空部隊の出撃を確認した。君たちの前方より複数の編隊が接近中。心してかかれ。燃料や弾薬の補充が必要になった場合には、ハイエルラークに戻るように」
レーダーの索敵領域を拡大。確かに、俺たちの前方から複数の機影が接近しつつある。ここからでは見えないが、地上にレーダーサイトがあったのかもしれない。素早い動きは、盛んな戦意の裏返しでもあろう。気を抜くことは出来ない。全兵装のセーフティを解除。搭載兵装を確認する。問題なし。燃料充分。機体に障害なし。コンディション・オール・グリーン。
「マッドブル隊、付いて来い!地上の獲物は俺たちのご馳走だ」
「スカーレットより各機、俺たちはこのまま北上する」
「ヴォルト了解!!サイファー、またヴァレーで会いましょう」
仲間たちの編隊が、それぞれの方向へとブレーク。俺は北東に機首を向けて緩上昇。真正面から接近してくる敵戦闘機部隊の迎撃に向かう。
「……今更ですがね、ラリーは残念でした。でも、その代役は見事務めて見せますから、よろしく頼みます!!」
「PJ、落ちるときは俺ッちの見えるところで頼む。思い切り笑い飛ばしてやるからよぅ」
「ハハ、俺は落ちませんよ。任してください、マッドブル1!!」
「ほら、無駄口はそれくらいにしとけ。敵、来るぞ!!」
敵部隊、針路変更なし。更に加速して接近。今のところ、レーダー照射なし。中距離ミサイルを選択、追跡を開始。火器管制装置が敵機を追尾。程なく、そのうちの2機の捕捉に成功する。ロックオンを告げる電子音を確認し、俺は今日の戦いの戦端を開いた。
「ガルム1、エンゲージ。フォックス3!!」

大空に赤い炎と黒い煙を撒き散らして、また一機、敵戦闘機が空の塵と化す。全身を炎と煙に包まれながら、尚も旋回を続ける敵機が激しく振動したかと思うと、翼と胴体とがバラバラになって飛び散る。この戦域全ての敵を俺たちだけで平らげることなど出来るはずも無く、俺とガルム2――PJは他のヴァレー組が陣取る戦域へと向かおうとする敵戦闘機部隊を中心に攻撃を続けていた。どうやら戦域北部には滑走路があるようで、次から次へと敵機が上がってくる。だが、その機体は旧式のものばかり。ついこの間迄の戦場で俺たちが出会っていた最新鋭の戦闘機たちは姿を見せず、Mig-21-bisやMig-23ばかり。性能的劣勢を数で補うように立ち向かってくるが、趨勢は歴然としていた。それでも、彼らは撤退することは無く、俺たちは出会った敵を完全に葬り去らねばならなかった。
「こちら第8小隊、また戦闘機部隊がやられたぞ」
「何てこった。最悪の連中だ。"円卓の鬼神"とウスティオの死神たちのお出ましだ!!」
「うろたえるな、俺たちの任務を果たせば、それでいい!!」
地上から対空砲火の火線が襲いかかってくる。操縦桿を横へ倒し、2回、3回と機体を回しつつ高度を下げて回避。敵の射程外に退避して反転。今度は低空から対空車輌群を狙う。PJのF-16C、俺に先発して加速。翼の下にぶら下げてきた爆弾を、SAM車輌たちの集結した地点へと放り投げて上昇。大推力のエンジンに押された、軽い機体が一気に上空へと跳ね上がる。追跡の火線が後を追うが、間に合わない。そうしているうちに、PJの放った爆弾が炸裂して火柱を吹き上げる。直撃を食らった車輌が木っ端微塵に吹き飛び、辺りにいた他の対空戦闘車を巻き込んで爆発する。俺は低空から攻撃を逃れた車両に対して機銃掃射を浴びせて、PJ同様に上昇。今度は追撃の火線は無し。完全に沈黙した敵地上部隊を横目に見つつ、次の戦域を探す。それにしても妙だ。敵の戦意が盛んなのはともかくとして、その割に装備が貧弱なのはどうしてだろう?仮にベルカ軍の中に現在の戦力を保持しようとする勢力があったと仮定して、これだけの戦意を持つ部隊に貧弱な装備しか渡さない話があるだろうか……。
「おいサイファー、聞こえるか?こちらマッドブル1。何か妙だ。敵さんの装備、精鋭部隊とはお世辞にも言えねぇようなもんしかないぞ。おかげでこっちは楽出来るが、これにオーシア軍の奴ら殲滅させられたんだとしたら、連合軍のこの先かなりヤバイと思わないか?」
「こちらPJ。舐めてかかり過ぎたとかはどうでしょう?」
「あー、それも有り得るが、装備だけは最新鋭の物持ってる奴らだ。そうそう簡単に、あの連中の手でお陀仏になるとは到底思えないんだがな」
「……俺もそれを考えていたよ。なぁ、ガイア、もしかしてこいつらの狙いは……?」
「十中八九間違いねぇな。時間稼ぎだよ。となれば、バラバラ散らばってる奴ら狙うよりも、本命の鉱山まわりを狙った方が良さそうだな。鉱山上空で合流しよう。オーバー」
周辺に敵影がないことを確認して、俺たちは高度を上げ、北へと針路を取る。ガイアの言うとおり、どうやら敵の狙いは俺たちを少しでも足止めすることにあると見て間違いない。逆に言えば、俺たちを足止めしたい事情が彼らにはある、ということだ。この期に及んで、戦争を継続させるような「何か」でもあるのだろうか?虚空を音速の翼で切り裂きながら、考える。背の低い緑の間を縫うように続く川の真上を北上する。やがて、うねるような川の道筋の先に広がる平原が俺たちの前に姿を現した。そしてレーダー上には、敵を示すIFF反応と攻撃目標の光点が、多数出現する。イエリング高山地帯の中でも最も高いシルム山から広がる平原地帯は、どうやらベルカ軍の拠点のひとつだったようだ。俺たちの姿を捉えた基地の対空砲火が一斉に火を吹き、待機中だったらしい戦闘機たちが動き出す。既に飛び立っていた連中もいたようで、俺たちの頭上からダイブ。レーダーの矛先を浴びせてくる。
「輸送機発見!戦域からの離脱を図っています」
「逃がすなシャーウッド!可哀想だけどな」
「……了解!!」
ほぼ同じタイミングで到着したガイアたちが、基地西方から侵入してくる。うち、2機が反転。ディンゴ1ともう1機が、一目散に西へと逃げようとする輸送機を狙う。しょせん、戦闘機と輸送機だ。逃げられるはずも無い。2機から放たれたミサイルが命中するまでに、大した時間は必要なかった。
「駄目だ!逃げられない!!」
「いや、これでいい。我々の死を以って、作戦は成功するのだ。祖国に、栄光あれぇぇぇぇっ!!」
「くそっ、何で戦おうとするんだ!?もう戦争の決着は見えているだろうに!!」
「落ち着けPJ。敵戦闘機、俺たちの後方から接近。一気に上へ上がるぞ!」
俺たちの後方からMig-21-bisの群れが接近する。レーダー照射を受け、コクピットの中に耳障りな警告音が鳴り響く。もう少し、引き付けてから……。敵の光点が近付き、そして俺たちの後姿を射程内に収める。よし、今だ!
「PJ、行くぞ!」
スロットルを押し込みつつ、引き起こし、スナップアップ。轟然と加速を始めた機体が、弾かれたように上空へと舞い上がる。こちらの急制動に付いていけず、放たれたミサイルと敵機が俺たちの真下を通過していく。高度を稼いでからスロットルOFF。エアブレーキON。推力を失った機体がやがて後方へと滑り出し、そして天地が逆転して大地が目の前に飛び込んでくる。失速反転でほぼその場でポジションを変えた俺たちは、まんまと前へ飛び出した敵戦闘機たちに襲い掛かった。回避機動を始める敵機にレーダーロック。俺より一足先に、左側の2機へPJ、ミサイル発射。こちらは右側の2機を目標にして追撃。ミサイルシーカーが敵機を完全に捕捉し、HUD上で明滅する。ロックオン、ファイア!真っ白な排気煙を吐き出しながら、放たれたミサイルが一気に加速。固体燃料をあっという間に燃やし尽くして獲物に喰らい付く。敵機、強引に低空へ向けてスプリットS。もう一機は左旋回。しかし、かわしきれずに、旋回を始めた敵機にミサイルが直撃。降下を始めた敵も、直撃こそ逃れたものの、ミサイルの爆発で尾翼をもぎ取られ、引き起こせないまま大地へと突き刺さる。再びミサイル警報。滑走路から飛び立った新手が、真正面から飛び込んできていた。ミサイルは間に合わない。ガンモードに素早く切り替え。HUDの昇順レティクルを睨みつけ、そしてすれ違いざま敵機の鼻先に機関砲弾の雨を降らす。ノーズを蜂の巣にされた敵機、コントロールを失って漂流。ガイアたちが既に戦場へと乱入し、地上で火を吹く対空戦闘車輌を次から次へと狙っていく。その結果出現する戦火の空白域に入り込み、付近を伺う。
「あれがサイファーの飛び方。あの広い視野、決して屈しない強い翼……俺にも、出来る!」
PJ、自分の正面から放たれたSAMを低空へとダイブして回避、報復とばかりに爆弾投下。追いすがる対空砲火をローリングで回避しながら上昇。高度を確保して、俺の左翼へと復帰する。
「お見事、PJ」
「何の、まだまだサイファーにはかなわない。ん?あれは何だ?」
ガイアたちの攻撃で穴の穿たれた滑走路の脇に、その施設はあった。まるで、ベースボールのドームスタジアムのような、広い屋根。柱の無い構造。外に何本も張り出したクレーン。積み上げられたコンテナの山。その前に陣取る対空砲を沈黙させて、その上空を旋回する。それは考えられないサイズのハンガーだった。そう言われてみれば、この滑走路は必要以上に長い。最大級の旅客機であるB747-400ですら、4,000メートル級の滑走路で事足りるというのに、ここの滑走路は幅も広いが長さに至っては5,000メートルは楽に超えている。戦闘機の組み立てラインとしても、でかすぎる。何しろそのハンガーの高さは、高層ビルに匹敵するような規模なのだから。戦闘機だったら、せいぜい5階建ての規模の高さがあれば事足りるのだ。ハンガーから誘導路へと至る道には、相当な重量のものが残したような、タイヤ痕も見える。
戦場、15年前 「これ、ハンガーっすか?それにしても、なんて馬鹿でかいんだ」
「旅客機組み立てラインでないんなら、この格納庫に入れなきゃならねぇようなデカブツがあったんだろ?だが、一体どこへ消えやがった?こんな格納庫が必要なデカブツだったら、戦場に現れていれば記録に残ってそうなもんだがな……サイファー、どうする?ぶっ壊しちゃうかい?」
「……いや、むしろそのままにして調べたほうが良い。そのデカブツ自体も気になるが、行き先すら知られずに消えていることも気になる」
「確かにな。よし、マッドブル隊、あのハンガーはお預けだ。他のスナックで憂さ晴らしだ」
高空ではイーグルアイもこの施設のデータを取っているだろう。そのままの方が都合が良い。
「イーグルアイより、各機。周辺の脅威レベル、さらに低下。いいぞ、その調子だ!!」
「脅威レベル低下……って、くそ、どこからきやがった!?」
「ヒュプノス、君の右後方だ。急旋回で逃げろ!レフトターン・ナウ!」
「BGより各機、イーグルアイ!敵の新手だ。さっきまでのオンボロ連中とは違う!最新鋭機、ステルスだ!!」
戦域北東へと進んでいたスカーレット隊の光点が、慌しくなる。だが敵の姿は映らない。ここから大した距離じゃない。格納庫付近の確保をガイアに任せ、アフターバーナーON。新たな戦闘の始まった北東戦域へと急行する。
「ガルム2より1、もしかして、証拠隠滅にでも来ましたかね?」
「分からない。だが、オーシアの連中をやったのは、恐らくこいつらだ」
「よりにもよって鬼神とはな。任務遂行後、速やかに帰還するぞ」
「逃がしてもらえれば、だけどな」
レーダー上では相変わらずおぼろげな影しか把握できないが、追撃を受けて回避機動、攻撃のチャンスをうかがう仲間たちの姿が空の向こうに見え始める。俺たちはその戦域に加速したまま飛び込んだ。北東方向へ一旦抜けてインメルマルターン。PJと編隊を解いてそれぞれの獲物へと踊りかかる。こいつらを潰せば、多分終わりだ。味方機を狙って右旋回していた敵の1機が、たまたま俺の目の前へと後姿をさらす。大きく開いた垂直尾翼。真ん中のエンジン。独特のてかりのある身体。やれやれ、ベルカの奴ら、まだこんな最新鋭機を投入する余力があるってのか!?その獲物の姿は、F-35Cのものだったのだ。まだオーシアですら実戦配備していないピカピカの機体が、俺の目前を舞う。軽快な動きで俺の追撃から逃れようとする辺り、並みの腕じゃない。だが、一度逃せばまた見つけるのに骨が折れる。この好機を逃す手は無かった。敵機、加速しつつ上空へとループ。こちらもそれに付き合って上昇、ループ。HUDにしっかりとその姿を捉えたまま天地が逆転し、大地が視界を上下へと流れていく。2回点目に入るところで、90°ロール。左へと逃れていく敵機に対し、ミサイル発射。すぐさま、こちらは右旋回。ミサイル爆発による破片の散布範囲内ギリギリでの攻撃だったのだ。獲物の姿があっという間に見えなくなるが、火球が一つ、虚空に出現し、反対に敵の姿がレーダー上から本当に消滅する。
「サイファーの敵機撃墜を確認!くそ、しびれるぜ。負けるもんかよ」
「スパローよりスカーレット、後方から敵機。援護します!」
「やるな、あいつ。鍛えがいのありそうな奴だ」
「ヴォルト、我々も負けていられないな。BG、フォックス2!!」
ステルス部隊の出現に一時は浮き足立った俺たちだったが、これまでの激戦を生き延びてきた経験と実力は本物だった。ステルスだからとか、最新鋭だから、という理由で決着が付くわけではない。どんなに最新鋭の戦闘機であれ、それを乗りこなせないのなら意味が無い。最新鋭機を駆る敵の腕前は尋常ではなかったが、だからといって追いつけないわけではなかった。むしろ、数的劣勢に追い込まれた敵部隊は、巧みに連携して落とし穴へと敵機をはめていく俺たちの戦い方に捕まっていく。
「くそ、これでは任務遂行どころではない!!」
「やむを得ん。戦闘停止、全機、撤退だ!!鬼神に構うな、やられるだけだ!!」
まだ戦域外にいたのかもしれない。だが、俺たちと戦闘中の敵機にそんな余裕は無い。PJの追撃で追い込まれた敵機が、俺の真正面現れる。ガンモード。PJ、俺の斜線上から機体をずらす。いい呼吸だ!昇順レティクル内に収まった敵機にガンアタック。轟音と衝撃で互いの機体を揺らしつつ、俺と敵機はすれ違った。すかさず振り返ると、赤い炎を吹き出した敵機が破片を撒き散らして爆散するところだった。残りは!?機体を水平に戻して辺りをうかがう。レーダー上の反応も無し。そして気が付けばコクピットの中に鳴り響いていた警告音も、すっかりと消えていた。
「イーグルアイより、各機。戦域内の脅威の消失を確認。よくやってくれた。サイファー、PJ、新生ガルムの初の大仕事も完了だな。良くやってくれた」
「ふぅ……ラリーが時々、相棒に付いていくだけでも大変だ、と言ってたの分かるような気がしまっす。終わったぁ」
キャノピー越しに、PJが両腕を伸ばしているのが見える。やれやれ、俺はそんなつもりは全くないのだがな。周囲を見回すと、戦闘を終えた仲間たちが集まってきていた。損失はゼロ。どうやら今日もやれたみたいだ。マッドブル隊の先頭に、ガイアのF/A-18Cが立つ。中で奴が、腕を振っているのが分かる。こちらも指を立てて応じ、そして機首をハイエルラークへと向ける。
「よし、全機、今日はハイエルラークで雪見酒だ。飲みすぎるなよ?」
傭兵たちの歓声。その喜びを嬉しく思いつつも、俺は今日の敵のやり方がひっかかっていた。時間稼ぎのため、旧式装備で戦わせられていた連中。どうやら、あの格納庫を始末しに来たらしい、最新鋭機の連中。本当にこいつら、ベルカ軍の残党なのか?何かこう、もっと大掛かりな企みでも存在しているんじゃないのか?もしそうだとして、俺たちは対抗できるのだろうか?基本的に連合軍の尖兵でしかない、俺たちが――。

そんな俺の不安が的中することを、このときまだ知る由も無かった。

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