終局の序曲・前編
『OBCのニュースロゴに続いて、連合軍の戦闘車両によって警護された煌びやかな建物が映し出される。"調印式会場、ルーメン"と画面に表示が出る。重武装の兵士たちの間を縫うように、スーツ姿の男たちが無言で足早に建物に向かって歩いていく』
――おはようございます。OBCニュース、デイビット・サイモンがお伝えします。今日は、我々の世界にとって最高の一日として記憶されることになるでしょう。世界に対し、無謀な戦いを挑んだ北の谷の独裁国ベルカとの戦いは数ヶ月間に及び、双方に甚大な犠牲者を出すこととなりました。しかし、一時の劣勢を退けて、ついに連合軍はベルカを和平のテーブルに着かせることに成功しました。今日、ルーメンで行われる調印式により、3ヶ月に渡って繰り広げられたベルカ戦争はようやく終結することとなります。今日は、ルーメンからの生中継でお伝えしたいと思います。ドレッドノートさん?
『調印式会場となったルーメンの迎賓館玄関前。報道陣に用意された狭い空間の中で何とか場所を確保した中年の記者が、汗をたらしながらマイクを構えている。後ろでは、迎賓館の中に入っていく政治家にマイクを突き付けようとした記者が兵士に突き飛ばされてひっくり返っている』
――はい、こちらエドモンド・ドレッドノートです。ルーメンの迎賓館前から生中継でお伝えしています。各国の首脳たちが次々とここ迎賓館に到着し、慌しく建物の中へと姿を消していきます。この調印によって戦争が終わるのです。3ヶ月続いた辛く苦しい戦いも、これでようやく終結し、最前線で戦っていた人々も故郷に戻ってくるのです!
――ドレッドノートさん、具体的な終戦協定の内容などはそちらに伝わっていますか?
――具体的な内容に関しましては報道陣にも配られておりません。が、調印式には暫定ベルカ政府の代表団も参加しており、より実務的な協定が結ばれるのではないか、と思われます。
――戦争の元凶ともいえるベルカの軍事力に関してはどのようになるのでしょう?
――先ほど、会議に参加するオーシアのハル外務大臣にインタビューを行いましたが、原則として最低限国防に必要とされる部隊のみ存続は認めるものの、ほぼ全面的にベルカ軍自体は解体する方向で、連合国の方針は一致しているとのことです。よって、周辺諸国を脅かしてきたベルカの強大な軍事力は姿を消し、ようやくこの地に平和が訪れることになります。
『スタジオの映像に戻り、アナウンサー後方の大画面にそのまま記者の映像が映し出される。アナウンサーの隣に座るダークグレーの男が、微笑を浮かべつつ頭を下げる』
――今日も、オーレッド戦略研究所のケンウッドさんにお越し頂いております。ケンウッドさん、この調印式の場で、政府はどのような方針を打ち出すと考えられますか?
――既に実質的な戦闘は完了し、一部、反抗を続ける小部隊との散発的な戦闘が続いているのが最近の状況ですが、この調印式により、戦闘も終息へと向かっていくでしょう。それを前提として、オーシア政府としては戦犯たちの引渡しや軍の解体、軍事研究の全面禁止や制裁金といった項目に関し、ベルカ側の全面的譲歩を迫るものと思われます。
――フランクリン大統領は当初この方針に消極的だったとも言われますが?
――いえ、それはないと我々は分析しています。亡命してきたベルカ公国のビスマルク公爵との共同会見によって、結果としてベルカが核兵器を保有し、かつ使用したことが明らかとなりました。よって、融和主義を掲げてきたフランクリン政権としても、ベルカに対する強硬策に転換する以外の道が無かった――そのように、我々は分析しております。
――なるほど、ありがとうございます。では、調印式会場にカメラを戻し、状況を伝えてもらいましょう。ケンウッドさんには、本日の調印式に関する分析を引き続きお話頂きます。
何ともお気楽なジャーナリストたちめ、とコクピットの中でぼやく。連合軍司令部からの命令によって、終戦協定の調印式のラジオを聞かされている俺たちがいるのは、残念ながら調印式の場ではなく、命と命を賭する戦場だった。イエリング鉱山地帯での戦いの以後、ベルカ軍残党部隊の動きは本格化し、断続的な戦闘が連合軍部隊との間で繰り広げられていたのである。そして調印式当日――俺たちの基地にもたらされたのは、ベルカ残党軍のアンファング集結の一報だった。それも、陸・海・空取り揃えてのフルコースと来た。ベルカの首都ディンズマルクに近いこの地域に、これだけの大規模部隊が集結したことを直近まで気が付かない、現在のベルカ政府の情報収集能力の限界にも呆れるが、俺たちの上に乗っかる連合軍のやり方には、もはや笑うしかなかった。残党軍という規模を既に超えている敵に対し、連合軍首脳部が下した決断は、"終戦協定調印当日に、正規軍部隊を動員することは難しい。よって、連合軍各隊に所属する傭兵航空部隊による極秘制圧作戦を実施する"――というものだったのだ。なるほど、理屈はともかく屁理屈は通っている。正規兵を動員して残党軍を叩いてしまっては、終戦を宣言している各国の首脳陣の手前、誠によろしくない。しかし、傭兵ならば話は異なる。報酬目当ての薄汚い傭兵たちを動員したとしても、「報酬」のための作戦としてしまえば、形式は整う。全く、この戦争で俺たち傭兵が果たした役割は、正規軍の連中をはるかに凌ぐはずなんだが。今現在も空軍兵力の大半を傭兵に頼り、そして解放作戦自体が傭兵たちの手によってもたらされたことを熟知しているウスティオ政府は、開戦当初はともかくとして、さすがに一味違ってきた。現にホフヌング焼き討ち事件の後、連合軍首脳部に対して「汚れ仕事」を自国の傭兵部隊が引き受けさせられたことに対して、非公式ながら猛抗議し、「今後もこんなことを続けるのならば事実を暴露する」と半ば脅迫めいたことまで連合軍首脳会議の場でやらかしたのは、ウスティオの政治家たちが俺たちを多少は認めてくれていることの証でもあったろう。おかげで、俺たちの胸はいくらか慰められたものだ。が、そんな抗議は石頭たちの心に訴えるには、ほとんど効果が無かったらしい。今日の仕事など、ある意味使いっ走り。しかも、放っておけばディンズマルクが脅かされるという、タチの悪いオマケ付きだ。
「イーグルアイより、作戦参加全機へ。アンファング一帯、敵の地上兵力、洋上兵力、そして航空戦力で賑わっている。この師団、残党とは思えないような戦力を擁しているぞ。気を引き締めてかかれ!ベルカの息の根を、ここで止めるんだ!!」
レーダーを広範囲策敵モードに切り替える。なるほど、いるわいるわ、俺たちの前方に、敵を示すIFF反応が次から次へと出現する。他国の傭兵部隊も参加するだろうが、ヴァレー基地としては可能な限りの戦力を動員する、としたウッドラントとイマハマの旦那の判断は正しかったということだ。
「稼ぎ時ってことじゃないか。これで帰れば、終戦の祝杯っていう美酒が味わえる。さっさと終わらせて、うまい酒にありつこうぜ、サンティアゴ!」
「ああ、もちろんだぜ、フランツ」
「管制機が気を引き締めろと言ってるのに……まあいいか、終われば、子供の顔を見に行けるしな」
「マッドブル1よりジーク、それじゃ前の二人とかわらねぇよ」
非番組を除いて、ほぼ稼動機全機を出撃させたのだから、ヴァレー組だけでも結構な数になる。エイジス隊は早速アンファング東側からのルートに乗せて、同じヴァレー組の一隊を率いているし、対地・対艦攻撃により向いた戦力を擁するマッドブル隊は、試作機Mig-1.44MFIを駆る傭兵の一隊と共に、洋上の攻撃目標へ向けて急行している。そして俺の後ろには、F-14乗りの面々に対地攻撃隊の連中。作戦空域の混乱に備え、イーグルアイには偵察隊のRF-15とRF-4も参加しているという陣容だ。これにサピンやオーシア、ユークトバニアの傭兵も加わるということだが、今のところ、一番乗りはどうやら俺たちらしい。
「来たぞ!連合軍の戦闘機部隊のお出ましだ!!」
「対空砲を前に出せ!弾薬補給路はしっかりと確保しとけよ。いざって時に弾丸ありませんじゃ話にもならん!!」
"ブルーム"作戦と名付けられたこの作戦は、陸・海・空それぞれのベルカ軍残党部隊を壊滅させるというものだ。失敗すれば、ディンズマルクが攻撃を受けて、ルーメンの終戦協定調印が茶番と化す。もっとも、調印を正当化するために飛ばされている俺たちこそ茶番と言えなくもないのだが。アンファングの港町に展開した陸上部隊から、対空砲火とレーダー照射の洗礼が浴びせかけられる。低空を高速で通過して、下の状況をうかがう。対空戦闘車輌が港町の建物を盾にするようにして多数展開し、互いに連携しあって対空防衛網を作り出している。港には大型のコンテナ船が横付けされ、物資が運び込まれている。そして、戦車に装甲車。街の上空を通過し、市街区北側の空域で反転、友軍に砲火を浴びせる地上目標に狙いを定める。狭い道路に陣取って建物を盾にした敵は、確かに狙いにくい。だが、敵の確保する射線は、こちらの射線でもある。わずかに開いている突破口目掛けて、ガンアタック。道路のコンクリートが弾けて土煙を巻き上げ、そして対空戦闘車輌の群れへと突き刺さる。道路上を必死に転がって逃げる兵士たち。直撃を被った戦闘車両が真っ赤な炎に包まれて爆発。盾にしていた建物をなぎ倒すようにして吹き飛ぶ。だが敵の戦意は高く、反撃も熾烈。攻撃を受けていない部隊から、まさに雨と言って良い弾幕。加速しながら上昇し、敵の射程圏内から逃れる。ここから逃れる術も無く、まさに背水の陣を取った敵は予想以上に手強かった。
『……この調印により、ベルカと接していた周辺諸国の国境に平和が訪れることになります。また、協定はベルカの核保有に関しても触れている模様です』
「停戦協定の放送など止めさせろ!我々の戦いは、まだ終わっていないのだ!!」
相変わらずラジオが戦闘中の交信に紛れ込んでくる。命令とはいえ、イーグルアイも苦虫を噛み潰しながらこの放送を流しているのだろう。そして、戦闘中の俺たちはそんな話に耳を傾けている余裕などない。聞きたくもないラジオのスイッチを切りたいのは、敵さんと同意見だ。熾烈な対空砲火を潜り抜け、いくらか火線の数も減った市街地に上空に、何度目かの侵入。と、足元のトンネルからアフターバーナーを炊いて離陸してくる敵機。JAS-39Cの身軽な機体が、大空へと舞い上がろうとしていた。一体、どれだけの戦力をここに集めたというんだ、ベルカの残党は!まだ速度の乗り切らない敵機の真後ろに回りこんで、小柄な後姿に機関砲弾を叩き込む。大地からわずかに飛翔したところに、後やや上方からの攻撃が殺到し、機体後部に穴を穿たれた敵機がバランスを崩す。だが、コントロールを失いつつある機体を敵パイロットは操り、後続の道を塞ぐことがない様に横へそれて、そして大地に叩きつけられる。
「プサルト2かやられた!」
「上にいるのは「鬼神」だ。油断するな!祖国の仇は、俺たちの手で討ち取るんだ!!」
トンネルは一本だけではない。対空戦闘車輌の弾幕の下を衝撃と共に敵戦闘機が次から次へと舞い上がっていく。さすがに全てを離陸時に片付けられるわけではない。攻撃を潜り抜けた敵機、海側へ加速して一時離脱、急上昇して高度を稼ぎ、俺たちの上で編隊を組んでいく。ここまで来て、尚も戦い続けようとする連中だ。執念も実力も侮れない。でかい図体に似合わない機動で、A-10の3機が低空侵入。機首の30ミリ機関砲が火を吹き、地上の戦闘車両に巨大な穴を穿ち、兵士の身体をミンチに変えて、そして炎の海へと叩き落していく。そのうちの1機が、低空で右急旋回。敵戦闘機の出口であるトンネルへと吶喊。翼の下にぶら下げた爆弾を二つ投下し、機首を跳ね上げて山に沿うように上昇。慣性の法則に従って飛んだ爆弾が、一度地面の上でバウンドし、そしてトンネルの中へと飛び込んだ。数秒後、黒煙と紅蓮の炎がトンネルの中から吹き出す。
「こちらフレーダーマウス。やったぜ、これでモグラも出てこれまい!」
「ダルモエード3よりフレーダーマウス、上だ、真上!!」
別のトンネルから飛び立ったJAS-39Cの群れが、仲間たちを焼き殺した仇へと殺到する。やらせるものか。その針路を阻むように加速し、強引に敵編隊の真っ只中へと飛び込んでいく。PJも続けて突入。ルートをかき乱された敵部隊に、再攻撃の機会を与えるわけにはいかなかった。軽快な動きで低空を疾走する獲物に喰らい付き、こちらも加速。圧し掛かるGを歯を食いしばって耐え抜き、操縦桿を手繰る。敵戦闘機、ヨーを利かせてほとんど傾けず、左へジャンプ。そして急旋回。スロットルOFF、エアブレーキ。体中の血が一瞬前半分へと偏る。ほとんどその場で旋回し、尚も敵の後背を狙う。無防備な後姿が、HUDの照準レティクル内へと収まった。ミサイルシーカーが、甲高い歓声をあげ、完全に獲物を捕捉したことを告げる。荒い息を吐き出し、トリガーを引く。翼から放たれたミサイルが、白い煙を引いて敵機へと突入する。巻き添えを回避すべく、急旋回。さらには地上からの対空砲火を避けるべく、休む間もなく回避機動。地上から放たれたSAMの白い煙が数発、機体を掠めるようにして飛んでいく。背筋を冷や汗が流れ落ちていく。レーダー上から、先ほどの獲物の姿が消える。味方の歓声と、敵の断末魔と怒号。無線は双方の声で飽和し、空も陸も海も、砲火で満たされていく。
「アイボール1より、サイファー。敵新手、まだ距離は離れているが、結構な数の戦闘機部隊が接近中。イーグルアイが現在分析中だ。詳細が判明し次第、伝達する」
「ガルム2了解。くそっ、何か変だ。この下の連中、本当に残党軍なのか?」
「分からない。地上はA-10隊に任せて、上空の制空権を確保せよ。友軍も間もなく戦域に到着する。サピンからの攻撃機隊、2個小隊のお出ましだ」
「ガルム1、了解。PJ、付いて来い。上がった連中を叩き落すぞ!」
スロットルを押し込み、機体を高空へ。敵の増援が到着するまでに、ここの制空権は確保してみせる。レーダーを、そしてHUDの向こうに広がる戦場の空を、俺は睨み付けてそう呟いた。負けるわけにいかないのは、俺たちも同じなのだから。
怒涛のような対空砲火と対空ミサイルが、海上から襲い掛かる。もはや残弾等気にもしないような、死と隣り合わせのカーニバル。かろうじて脱落者は出ていないが、一つ間違えればみんな仲良くお陀仏だ。愛機F/A-18Cを振り回し、ガイアは攻撃の好機をうかがう。マッドブル隊の面々が、ぴたりとポジションを確保して続くのを見て、狂犬はにやりと笑う。もう一隊も、対空砲火の射程ギリギリの空域を周回するように旋回を続け、攻撃の機会を伺っていた。
「マッドブル1より、グライフ。そろそろ退屈してきた。花火の中に飛び込むとするか?」
「ねずみ花火の洗礼を浴びそうだが、このまま回ってるのも癪に障る。了解だ。タイミングは任せる」
「了解だ。……というわけだ、シャーウッド、お前が先頭で吶喊しろ。骨は拾ってやる。命令だ」
「了解、ウスティオ正規兵の意地、見せてやりますよ!!」
「そういやお前正規兵だろ、いいのか、攻撃しちゃって」
「ここまで連れて来て何言ってるんですか。私も、ヴァレー基地の一員です。部隊が出撃するのに独りで待っているのは御免です」
「へっ、言うようになったな、小僧め。なら、見せてみろ、おまえの戦い方を」
ガイアの左翼からやや加速して、シャーウッドのJAS-39Cが先行する。尾翼には、ジェーン嬢直筆のブルちゃんマーク。サイファーとは別の意味で、ベルカの兵士たちの恨みを買うようになった彼のグリペンが軽やかにローリングし、パワーダイブ。海面へと向けて何のためらいも無く降下していく。マッドブル隊がそれに続いてダイブ。対空砲火がその後を追うが、間に合わない。対空砲の死角へと一気に飛び込んだシャーウッドは、そのまま減速することなく、敵艦へと機首を向ける。JAS-39Cのアフターバーナーが、海面の水を弾き飛ばし、水煙をあげる。照準レティクルに、戦闘機と比べれば遥かに図体の大きい巡洋艦の姿を捉え、発射トリガーを引きつつ引き起こし。翼から放たれたRCLの弾頭が、敵艦の鼻先に容赦なく襲い掛かる。敵艦の頭上を高速で通過して、さらに加速。続けて、ガイア機。本命とも言える対艦ミサイルがもう一機のF/A-18Cからも放たれ、爆炎に覆われた敵艦めがけてまっしぐらに進んでいく。ロケット弾の命中で視界を一瞬奪われた敵艦にとって、その一瞬は致命的な時間となった。ようやく回復したレーダーがミサイルの姿を捉えたときには、対艦ミサイルの鼻先が艦首へと突き刺さっていた。起爆した弾頭が舷先を突き破り、切り裂く。圧倒的な衝撃によって、艦体が後方へと押し戻され、そして炸裂した猛烈なエネルギーが、艦内に殺到する。紅蓮の炎が部屋という部屋を舐め回し、兵士たちはあっという間に炎に包まれ、消し炭と化していく。一瞬にして艦全体が火の海となり、わずかに生き延びた乗組員たちが海へと飛び込んでいく。グライフ隊も敵の一艦を左右からの波状攻撃で仕留め、戦闘力を奪うことに成功していた。巡洋艦ほどの攻撃力は無いものの、対空ミサイルを豊富に装備したミサイル艦が次から次へとミサイルを打ち出す。攻撃を回避しつつ、シャーウッド機、再びRCL攻撃。数発が海面を叩いた後、残りの弾頭がミサイル艦の右舷をまともに捉え、そして引き裂く。爆発の衝撃で真っ二つに割れた敵艦が、炎と煙を吐き出しながら沈んでいく。
「海上の状況はどうなっている。状況を知らせろ!」
「現在敵航空部隊と交戦中。既に巡洋艦2隻がやられた!航空部隊をまわせないか?」
「難しいな。こっちの上に、鬼神が来ていやがる!!」
「あの疫病神か……」
サイファーたちもやっているらしい、とガイアは頼もしい同僚たちの無事を確認して笑った。巡洋艦2隻を沈めたことにより、敵の策敵能力と攻撃能力は大幅に低下していた。この好機を逃す手はないし、敵の航空戦力をサイファーたちが抑えてくれている。ならば、期待に応えるのが男の筋ってもんだろ――心の中でそう呟いて、ガイアは次の目標に機首を向ける。
「くそ、向こうに鬼神なら、こっちは狂犬どもだ。ウスティオめ、金に物を言わせて悪魔どもを雇いやがって!!」
「愚痴ってる暇があったらしっかり狙え!全然当たらないぞ!!」
当たるものかよ、バカ野郎。レーダーロック開始。兵装選択、対艦ミサイル。ミサイルシーカーが程なく敵艦の姿を捉え、そしてロックオンを告げる。浴びせられる対空砲火をバレルロールで回避して、復讐の牙を突き立てる。直撃を回避すべく、必死の抵抗を繰り広げる敵艦。攻撃対象がガイア機からミサイルに変わり、火線がミサイルへ向けて放たれるが、命中せず。その隙を突いて、グライフ隊の1機が急降下爆撃。投下された爆弾が対空砲を引き裂き、敵巡洋艦の左舷を紅蓮の炎に包み込む。対空攻撃が止んだ敵艦に、トドメの一撃が突き刺さる。艦橋構造部の根元に突き立ったミサイルは、圧倒的な破壊のエネルギーを解放する。膨れ上がった火球は瞬時に直撃点近くの構造物を蒸発させ、膨張する爆発のエネルギーが艦橋内だけでなく艦内へと殺到する。部屋という部屋、空間という空間に飽和した炎と爆風が、敵艦を内側から粉砕していく。やがて、窓を突き破り、外壁を引き裂いて、爆炎が外界へと一挙に吹き出す。逃げることもままならず、一瞬にして全身を炎に包まれた兵士たちは、ある者は連合軍への呪詛の言葉を叫び、ある者は家族の名前を叫び、断末魔の絶叫をあげながら絶命していく。だが、そんな彼らの骸も、艦体を引き裂く衝撃波によって跡形も無く、木っ端微塵となって消し飛ぶ。甲板全体を炎に彩られた巡洋艦が、激しく炎と黒煙を吐き出しながら漂流を始める。
「巡洋艦ニブルヘイム撃沈!!」
「駄目だ、火の回りが早過ぎる。近づけない!!」
すまねぇな、とガイアは沈み始めた敵艦に対して短く黙祷した。己の行為が、どんな綺麗事を並べたとしても殺戮以外の何者でもないことを彼は知っていたし、今までこうしてどれだけの命を奪ってきたのか、と考えると、彼ほどの男であっても背筋が寒くなる。だから、贖罪には到底ならないけれども、自らが葬った敵に対するささやかな儀礼が、それだった。
「ディンゴ1より隊長機へ。敵洋上兵力、主力艦の完全沈黙を確認。後は輸送艦の類ですが、掃討しますか?」
シャーウッド機が、所定のポジションに戻ってそう問う。昔のこいつなら、ベルカのものであれば何でも破壊する気になっただろう。多少は、人間的にも出来てきたらしい部下の成長に、ガイアはにんまりと笑った。
「気分的にはそうしてやりたいところだが、やめとこう。敵の数が多い。サイファーたちの支援に回ったほうが得策だ。2番機の判断はどうだ、シャーウッド?」
「隊長の判断に賛成です。敵の数が残党軍にしては多すぎます。戦力を分散しておくのは、却って自分たちの首を絞めるのではないか……と判断します」
「いい判断だ。珍しく気があったな。よし、マッドブル隊はこれよりガルム隊の支援に回るぞ。今のうちに残弾と燃料の残りを確認しておけ。敵を絶対に侮るなよ。追い込まれた連中ほど恐ろしいものはないからな」
各機からの返信を確認し、ガイア自身も愛機のチェックを素早く行う。重荷の対艦ミサイルは既に発射しているのでだいぶ身軽になったので、空戦も充分いける。機関砲弾、空対空ミサイルも問題なし。今やこの基地の傭兵たちの要となったサイファーと、このままうまくコンビを組ませて互いに伸ばしていかせてやりたい若者たち――シャーウッドとジェームズ、それに気のいい傭兵たち。揃って無事にヴァレーに帰還するためにも、休んでいる暇は無かった。
「落とせ、あいつだ、あの猟犬を叩き落せ!!」
「奴が元凶だ。我らの仲間たちを惨殺した狂犬をここで葬るんだ!!」
敵の戦闘機も、戦闘車両も、そして小銃程度しか持たない兵士までが、死が訪れるその瞬間まで、引き金を引き続ける。もはや時々聞こえてくる調印式の実況放送など騒音以外の何者でもなく、また終戦協定が結ばれようとしている世界とは全く別次元の戦いが相変わらず続く。仲間たちの安全を確保するために、俺たちは最後の最後まで抵抗を続ける敵機を葬り去らなければならなかった。遅れて到着したオーシアの傭兵隊は、北方から戦域に侵入してきた敵戦闘機部隊の一派を殲滅し、後続の本隊の手によって殲滅させられた。サピンから来た新鋭の傭兵隊は、SAMポケットの中に自ら飛び込み、放たれた過剰と言える本数のミサイルによって木っ端微塵に撃ち砕かれた。もっとも、地上に叩きつけられた彼らは、結果としてSAM車輌群を道連れにしていたのだが。この場に和平などは無く、凄惨な戦いが続く。ミサイルシーカーが必死の回避機動で逃げるJAS-39Cの後姿を無情に捉える。自分が生き残ることだけで精一杯。素早くトリガーを引き、ミサイルを放つ。逃れようとした敵機、ただでさえ低空であるにもかかわらず、ダイブ。超低空を飛行してやり過ごそうとするが、かなわず、大地に叩き付けられ、街並みを粉砕しながら爆炎へと姿を変える。
「イーグルアイよりガルム隊。敵、航空部隊増援本隊、間もなく君たちの戦域に到達する!!大丈夫だ、君たちなら出来る。残党軍の戦意を、ここで挫くんだ!!」
「何で戦うんだ。もう停戦なんだぞ。もう戦争は終わったんだ。何で、それが分からないんだ!!」
PJの必死の叫び。それは俺たち誰もが、心の中で叫んでいたに違いない言葉だった。だが、戦闘は続く。戦争という名の殺し合いは、まだ終わらない。陸と海と空、その全てが、炎と煙と地で染め上げられる。夕暮れの日差しは、戦闘機たちの翼を真っ赤に染め上げ、否応無くここが殺し合いの現場なのだということを、俺たちの心に刻み込むのだった。