終局の序曲・後編


何故。何故、彼らは落ちない。何故、こちらの攻撃が回避される。何故、仲間たちばかり死んでいく。連合軍に降伏するために、自分たちはここに集められたのではなかったのか?それが蓋を開けてみたらどうだ。戦争の継続を声高に叫ぶ士官服と、得体の知れない男たち。そして現れた「鬼神」たち。アンファン愚の港町は炎と煙、そして物言わぬ骸の転がる地獄と化し、自分たちは上空を舞う死神たちに対して絶望的な抵抗を繰り広げている。ベルカの正義だの、連合軍との和平だの、そんなものはどうでも良く、ただ生き残るために戦う。生き残るために敵を殺す。もはやそれだけだった。だが、敵はあの鬼神だ。次々と味方はあの悪魔の攻撃によって葬られ、炎の中に消えていく。そして彼に続く傭兵たち。金さえ出せば、簡単に昨日の味方を裏切るような連中。きっと連合から多額の金を受け取って、ベルカを皆殺しにするつもりなのだろう。
「くそ、バカにしやがって!!」
「待て、ルートヴィヒ!突出するな!!」
携帯SAMを担いだ若い兵士が、道路に飛び出して頭上を飛び交う戦闘機を狙う。だが、彼の五体が満足だったのは、ほんの短い時間だった。上空を通り過ぎたF-16Cの後ろに続いていたA-10から、雷の鳴り響くような重い音が聞こえ、兵士の身体は血煙の中に消えた。持ち主を失った携帯SAMが、血みどろになって地面に転がる。かろうじて原型を留めた兵士の肘から先だけの腕と一緒に。それを目撃した別の兵士が嘔吐し、仲間たちから少し離れたところでさらに吐き続ける。
「おい、大丈ぶ……」
近くに戦闘機の放った爆弾が炸裂し、直撃を食らった対空戦闘車が目茶目茶になって燃え上がる。そして飛散した破片が、様子を見に行こうとした兵士の首を寸断し、そのまま持ち去る。首を失った胴体が数歩、そのまま何事も無かったかのように歩き、転がる。真っ赤な血のシャワーを、大地にぶちまけながら。男は、これと同じ光景を前にも見た。ベルカの誇る秘密兵器。エクスキャリパー。そこに現れた、鬼神とその仲間たちは、味方の反撃を屁とも思わず、タウブルグの剣をへし折ったのだ。
「これだけ殺して、まだ殺したり無いのか、鬼神は!!一体、どれだけの人間を殺せばその胃袋は満たされる!?その牙をおさめる!?おまえみたいのがいるから、いつまでたっても戦争がなくならないんだ!!」
男は、無線に向かってそう叫んでいた。聞こえているかどうかは関係ない。そう叫ばなければ、頭がおかしくなりそうだった。否、既におかしくなっているのかもしれない。
「もう終戦なんだぞ!!何で戦うんだ!戦争はもう、もう終わったんだ!!攻撃を止めろ!!」
「戦争をやりたいのはお前たちの方だろうが、傭兵め!!戦争の犬!!連合に飼われた狂犬が言えた台詞か!!」
敵のパイロットの叫び。それを怒りをもって否定する味方の叫び。絶句する敵兵士。そうだ、傭兵風情に、俺たちの戦いをどうこう言われる筋合はないんだ。男は、戦闘機相手にはかなうはずもない、小銃を空に向けて構える。携帯SAMを担いだ仲間が、同様に空の獲物に狙いを定める。そう、自分たちの戦いはまだ終わっていない。ここからが、ベルカの正義を示す戦いなのだ。言葉は発しなかったが、互いに頷きあい、再び空へ復讐の牙を突き立てようとした彼らの頭上に、ヒュン、という風を切るような音。そして戦闘機の放つ轟音が聞こえてきた。彼らの側で、対空SAM車輌が必死の反撃を試みていた。俺たちも続け――男たちも、上空へ向かって引き金を引く。頭上に、F-14らしき戦闘機の姿が見え、その胴体から爆弾が解き放たれる。目標は、そばのSAM車輌だろう。コンクリートの残骸を盾代わりにしてうずくまった兵士たち。海からの風に少し流された爆弾は、目標の車輌をまともに捉えて木っ端微塵にする。炎と爆風の奔流が頭の上を通り過ぎた直後、男の身体はどういうわけか上空へと跳ね飛ばされていた。視界が漂白され、衝撃と熱で意識が遠のく。爆弾にやられたんだ――そう男が認識したのもつかの間、まるで紙切れのように引き千切られた彼の身体は、赤い炎と黒い煙の中にかき消され、そして見えなくなった。

「ラクーン3、被弾!!おい、しっかりしろ、大丈夫か、オノデラ!!」
「フランツ!フランツ、しっかりしろ。返事をしてくれ。大丈夫だ、基地に戻れば何とかなる。おい、何とか言えよ、フランツ!!」
「ジークよりラクーン3、海側へ退避しろ!!早く!!」
敵地上兵力の必死の抵抗で被弾した友軍機が対空砲火の雨を何とか潜り抜け、煙を引きながら海上へと退避する。トンネルから飛び出してくる敵戦闘機を狙い撃ち、対地攻撃部隊の支援を続けている俺たちだったが、敵の反撃は熾烈を極めていた。ヴァレー組も無傷というわけにはいかず、被弾する味方が続出していたのだった。
「敵戦闘機部隊、確認。ウスティオの鬼神だ」
「俺の部隊は奴にやられたんだ。部下の仇、今こそ取らせてもらう」
レーダー上に、新手の光点が出現する。綺麗にトライアングルを組んだ敵戦闘機、多数。PJを引き連れて、敵部隊の真正面にヘッドオン。スロットルを押し込んで一気に加速する。敵部隊との彼我距離は一気に縮まり、互いのレーダー波が双方の機体を捉える。警報音と敵機捕捉を告げる電子音が鳴り響く。敵の鼻先目掛け、ミサイル発射。直後、ペダルを蹴っ飛ばして機体を強引にバレルロール。胃袋が荒っぽくシェイクされ、吐き気がこみ上げる。レーダー上の光点が重なり、そして轟音と衝撃で機体が振動する。つい先ほどまで俺とPJが飛んでいた空間を敵戦闘機が切り裂いていくが、俺たちの放った攻撃の方が一瞬早く、敵を捉えていた。コクピットを潰されたF-14Dが2機、それぞれコントロールを失って海面へとまっすぐ進んでいく。操縦桿を引いて高度を稼ぎつつ、インメルマルターン。敵部隊の頭上に昇って周囲を警戒する。高度19,000フィート。北方から戦域に侵入した敵戦闘機の群れが、俺たちを包囲殲滅せんと襲い掛かってくる。先ほど2機を潰した敵編隊の生き残りが、ズーム上昇。俺たちの同高度に到達して編隊を解く。そのうちの1機が、俺の真正面からヘッドオン。放たれた機関砲弾をバレルロールで回避し、すれ違った直後、高Gをかけて急旋回。半ば強引に敵機の後ろへとへばり付く。頭がクラクラしてきやがる。だが休んでいる暇は無い。HUDを睨み付け、敵機を追う。
「畜生、本当にあの機体には人間が乗っているのか!?」
「アドラー3、逃げろ!!早く!!」
敵のF-14D、エアブレーキを開いて急減速。舌打ちしつつ、こちらもエアブレーキON、操縦桿を思い切り引いてスナップアップ。かろうじてオーバーシュートを回避して、敵の頭上に舞い上がる。アフターバーナーを焚いて離脱しようとする敵機に真上から襲い掛かる。逃がすものか!可変翼の付け根辺りに狙いを定めて、ガンアタック。至近距離から放たれた機関砲弾は敵機を上から下へと貫き、そして翼をもぎ取ることに成功する。バランスを失った敵機が煙を吐き出しながら高度を下げていく。その行先を確認する時間は、俺には与えられない。どうやら、俺を撃墜することに全精力を注ぎ込んでいるらしい敵部隊が、次から次へと俺に攻撃を浴びせてきていた。機関砲弾の火線が機体を掠め、獲物を見失ったミサイルの白煙が虚しく虚空を漂う。攻撃ポジションを取ることを諦めて、俺は回避機動に全神経を傾ける。レーダー照射を浴びていることを知らせる警報音が鳴り響くことは無く、俺の周りで目まぐるしく敵の光点が動き回る。それぞれの戦域に向かった仲間たちが応援に駆け付けてくれる事を信じて、操縦桿を手繰り、機体を振り回す。PJ機の後背に、執拗にへばり付くMig-31を視認。PJ、バレルロール、パワーダイブ。突き放そうと低空へと降下していくが、相手は大推力を誇るMig-31だ。操縦桿を押し込み、こちらも付き合ってダイブ。高度計のカウンタが見る見る間に減少し、燃え上がるアンファングの街が目前に迫る。巧みに機体を振って、PJ機が敵の照準を避けている。待っていろ、今支援する。Mig-31の特徴的な後姿に対し、レーダーロック。程なく、敵機の捕捉を告げる電子音が鳴り響く。発射トリガーを引き、ミサイル発射。電子音が警告音に変わり、俺自身の背後にも敵機が迫る。スロットルを軽く押し込んで、そのまま降下を継続。大地があっという間に迫り来る。衝突寸前で水平に戻し、街から上がる炎を引き裂くようにして退避。後方で火柱が数本吹き上がり、街を覆う火に油を注いでいく。
「ガルム2より1へ。助かりました!」
「礼を言うなら、生き残ってからにしてくれ。先に死なれると、俺が困る」
「ハハ、了解です!」
辛くも危機を脱したPJと合流を果たし、敵の包囲の薄い海側へ機首を向ける。当然の如く、後方からは戦闘機の群れが追撃態勢。しつこいことこの上ない。さらに悪いことに、俺たちの機体よりも少なくとも速度だけは速いMig-31が、俺たちを追い越して上空から被るポジション。前後で挟み撃ち。
「終戦の日は、自分で決める。少なくとも、今日はその日ではない!」
「ベルカの正義を世界に知らしめる日まで、我々の戦いに終わりは無いのだ!!」
これを熱狂と言わずして、何と言うのか。故郷に戻れば、家族や恋人に優しい視線と声を向けるはずの兵士たちが、戦争に狂っている。だから、戦争なんて代物はやってはならないのに――自己否定でしかないのだが、そんな場面を俺も何度も見てきた。渡り歩いた戦場、その全てで。だが今回は極め付けだ。かつての故郷、かつての祖国が、その立場にある。もしかしたら、自分もそのうちの一人になっていた可能性もあるのだ。俺たちが殺しているのは、当たり前の生活を送っていたであろう、当たり前の人間たち。自分たちのように、普通の道を踏み外して、しがない傭兵稼業を続けている人間よりは、余程真っ当な人間たち。そんな彼らが、戦場を渡り歩く俺たちを凌駕して戦争に狂い、殺しに狂っている。一体、これは何なんだ。俺は一体、何のために戦っているのか――。
上空からMig-31が3機、パワーダイブ。俺たちの頭上から、つまり圧倒的有利なポジションから攻撃をしかける。スロットルを押し込みつつ、スナップアップ、急上昇。愛機の性能を信じて、機体を跳ね上げる。イチかバチかの勝負に賭けて、HUDを睨み付けた俺の前方で、2機が炎に包まれ、弾き飛ばされる。1機は降下を中断して、俺たちに襲い掛かる前に水平に戻して離脱していく。何だ?何が起こったのか理解できないうちに、炎に包まれた敵機を追い抜き、その上空へと舞い上がる。操縦桿を少し倒して機体を回す。頭上を見上げると、遠方に戦闘機の点が微かに見えた。レーダーにも友軍の姿。間に合ったか!辛くも虎口を脱したことに安心し、どっと疲れが身体に圧し掛かる。
「だいぶ苦労しているみたいじゃねぇか、サイファー。加勢するぜぇ。マッドブル隊、付いて来い!!」
「グライフより各機、サイファーたちを守り抜くぞ!戦争を終わらせるために!!」
「エレメント、了解した!」
「ブリーゼ了解!ブラックウィドウの機動、ベルカに思い知らせてやる」
「助かった!イヤッホーっ!!」
「イーグルアイよりPJ、浮かれすぎて地面にキスするな」
彼らとて楽をしてきたわけではなかろうが、数の暴力に晒されていた俺たちはようやく形勢逆転の好機を得た。ガイアとシャーウッドが中距離ミサイルを放ち、距離の離れた敵を牽制している間に、もう一隊の連中が一斉に襲い掛かる。俺とPJを追い込む絶好のポジションにいたはずの彼らは、一転して圧倒的不利な状況に追い込まれる。上空から被られるのは、彼らの立場になっていたのだ。次々と火球が海上で量産され、引き千切られた機体の残骸が海へと降り注いでいく。さらに、山の向こう、アンファング東側から侵入したエイジス隊たちも戦域に殺到し、ベルカ軍残党部隊の退路は完全に断たれた。夕暮れの赤い空をそれよりも赤い炎に染めて、亡国の戦士たちが空に散華していく。
「まだだ……まだ、戦いは終わっていない!う、うわぁぁぁぁっ!!」
「傭兵如きに、俺たちの祖国を踏みにじられるのか……」
「もう止めろ!こんなことしたって、一体何になるんだ!もうやめてくれ!!」
「マッドブル1より、PJ。もう連中に何を言っても無駄だ。残念だが、もう聞こえないだろうさ。……これが戦争だなんて、言いたくないけどな」
「そうだな狂犬、それに猟犬。少なくとも、お前たちにその台詞を吐く資格は無いだろうさ」
混戦状態に陥った空の中、過たず俺たちを獲物と認識した猛禽が襲い掛かってくる。2機のJAS-39Cが編隊を解いたかと思うと、1機はガイアへ、もう1機は俺に向けてヘッドオン。敵のレーダー照射を回避すべく機体をロールさせつつ、射線上から逃れる。
「ボスの仇は取らせてもらうぞ、猟犬!それに、私の弟たちの仇もな!!」
軽快なフットワークを見せて、JAS-39Cが切れ味鋭く反転し、攻撃の機会を伺う。どうやら、俺たちが遭遇し、撃墜した部隊の生き残りのようだ。そしてもう1機は、ガイアのF/A-18Cと絡み合うように旋回を繰り返しながら激しい機動で空を引き裂いていく。
「誰かと思えば、こんなところで何油売ってんだ、ウェーバー?IFFでも故障したか?」
「安心しろ、俺のIFFは正常だ。……俺は、新しい戦う理由を見つけた。だから、ガイア、アンタとサイファーは、ここで落とさせてもらう。俺たちの、勝利のために」
「やれるもんならやってみろ、三下が!!」
放たれたミサイルに対してフレアを射出して、ガイア機、急旋回で攻撃を回避。豪快に加速して機体を捻りながら上昇。ウェーバー機、ガイア機から距離を取って再び遠距離からのミサイル攻撃。ガイア機が降下と上昇を組み合わせながら巧みに回避。こっちものんびりガイアの戦いを眺めている余裕は無い。敵の腕前は、超一流どころ。ようやく後背を取ることに成功するが、敵機、バレルロールから90°捻り、右方向へジンク。急旋回。あっさりと追撃をかわされて、逆に背後を取られる。いつだったか、父親の親友であったエースにやられたのと、同じ戦技。追撃を振り切るべく、フルスロットルで旋回上昇。身体がシートに貼り付けられ、息をするのも苦しくなるようなGが圧し掛かる。敵機、追撃を諦めて距離を稼ぎながら垂直上昇。離れたところから、中距離射程のミサイルを放つ魂胆だ。逆さまになった機体をぐるりと回し、左旋回。まっすぐ上昇してくる敵機に向かう。すれ違いざま、ビームアタックをしかけるが命中せず。下から上へ一瞬にして通り過ぎた敵機が、俺の頭上で失速反転。頭の上からレーダー照射を浴び、ミサイルを放たれる。いい腕していやがる。Gに振り回された頭の思考能力は相当低下していたが、生き延びるために身体が反応する。降下してミサイルの餌食になるような愚は犯さず、機首上げ、再上昇。薄い雲のかかった赤い空を一気に上昇し、ミサイルの追尾を振り切る。獲物を見失ったミサイルの白煙が、赤い空にコントラストを刻む。
「……それほどの腕前を持つパイロットが、どうして連合の走狗であろうとする?貴様だって、前線を知らない人間たちがどんなに残酷なことをしでかすか、散々見てきただろうに!!」
「だから、戦争を終わらせるために、俺は戦っている。散っていく命が、最低限で済むように――」
「詭弁だ。祖国の同胞、祖国のパイロットたちを散々葬ってきたお前に、そんなことを言う資格があるものか!!」
「なら、お前たちは何をするというんだ!?無駄に戦争を続けることが正義とでもいうのか!!」
身体の中を上下左右に行ったり来たりしている血が、頭に昇る。そう、俺は確かにベルカの兵士たちの命を相当奪ってきた、いわば仇だ。だが戦争やってるんだ。それはお互い様。ベルカの兵士に殺された連合軍の兵士も無数にいる。双方に刻まれる憎しみは、簡単に消えない。だから、人間は戦争を繰り返す。最前線を知らない人間にとっては、兵士たち個人の生活も家族も人生も、リスト上の数でしかなく、さらに悪いことに、彼らは憎しみを煽る術を知っている。まんまとのせられた人々は、憎しみのベクトルを敵に向けて、愚行を繰り返してしまう。――だが、前線の兵士が戦争を勝手に続けようとするのは、全く別の話だ。守るべき人々とは関係なく、正義やら大義やらのために勝手に戦いを継続する戦闘集団。それは、傭兵なんかよりもはるかにタチが悪く、危険な集団になるだろう。目的のために手段を選ばず、大義のために無差別殺戮もやってのけるような。人類の歴史上、そんな組織の歴史は旧い。聖地奪還のために、イスラム世界に乗り込んでいった十字軍しかり、正統ベルカ主義に基づいて、周辺諸国への戦争を続けたベルカ騎士団しかり。兵士たちの描いた世直しは、結局のところ戦う力を持たない人々を苦しめるだけだというのに――!だから、俺は戦うのだ。散華する命が、最低限の犠牲で済むように。
「大言壮語の割に大したことねぇなぁ、ウェーバーよ。理屈のお勉強の前に、空戦技術の復習をやるこった。ただし、生き残れるんならな!!」
「アンタこそ、そろそろ引退だろ?引導を渡してやるよ、老兵!」
シザースを繰り返してもつれ合うように飛んでいたガイアとウェーバーの機体が反対方向へとブレークし、そして真正面に互いの姿を捉え、まるで古代の騎士同士の決闘のように真っ向勝負。互いに機関砲を撃ち合い、接触スレスレの距離ですれ違う。かつての同僚の機体がやがて煙と炎を吹き出し、大空に新たなコントラストを刻む。こっちも負けていられない。そろそろ、ケリを付けよう。燃料も残弾も少なくなってきていた。素早くコンソールに目を走らせ、機体状況を確認する。問題なし。激しい戦闘機動の連続に、愛機は充分に応えてくれている。さあ、行こうか――俺はコクピットのディスプレイを軽く拳で叩いた。そして、敵機の姿をキャノピー越しに睨み付ける。互いの攻撃ポジションを確保すべく、距離を取っての旋回。俺は機体を水平に戻し、スロットルを押し込んだ。どん、という衝撃と共に機体が加速を始め、身体がシートに押し付けられる。こちらの接近を察知した敵機、ヘッドオンのポジションを避けて下へとダイブ。高度を下げて俺の下から回り込むルートを取る。ならばこちらも付き合うまでのことだ!180°ロール。勢い良く機体を回転させ、天地がひっくり返る。下へと向かった敵機を追って、こちらもパワーダイブ。軽快な動きで敵機が俺の真下を通り越していく。その背後に回りこむようにしてループ。充分に加速を得た敵機が、上昇に転ずる。ケツの奪い合いにはもう飽き飽きだった。ここで仕留める。敵機の上昇コースを勘で予測し、操縦桿を思い切り引いて急機首上げ。高Gによって、俺の視界は闇に閉ざされる。意識も遠のく。だが気絶したら、全て終わりだ。自分の経験と予測、それに運を信じろ。自分にそう言い聞かせて、急反転を敢行する。わずかに見え始めた視界に、下から上昇してくる敵機の姿。ガンモード選択、素早くトリガーを引く。全弾ぶち込むつもりでトリガーを引き続ける。互いの針路が交錯し、ほんの数瞬の差で敵機とすれ違う。後方へと離れていく敵機を振り返って確認。黒い煙を何本も吐き出しながら、敵機はまだ上昇を続けていた。
「く……これが、鬼神の実力か。化け物め……」
「今日ここで戦争は終わるんだ。……悪く思うなよ」
「本当に終わると思っているのか?……まぁいい、後は同志に任せるとするさ。最後の相手がお前ほどの相手だったこと、感謝する。雑兵ごときに落とされるのだけは、御免だっ……」
俺たちの頭上に、新たな火球が膨れ上がり、炸裂した。通信が虚しく途切れ、敵機の姿が空から姿を消す。その名残だった残骸が、大地へとばらばらに降り注いでいく。どうやら、俺の相手が敵の最後の1機だったようだ。戦域から敵勢力の姿が消え、空を舞う戦闘機はいずれも馴染みの連中の機体と、サピンやオーシアの傭兵たちだけとなる。そして、地上には破壊された戦闘車両と、物言わぬ骸、砕かれ、燃やされたアンファングの無残な街並みが残される。撃ちかけられる火線は姿を消し、黒い煙の筋が街中から立ち昇る。
「イーグルアイより、各機。アンファングの敵勢力の壊滅を確認!繰り返す、アンファングの敵勢力の壊滅を確認。作戦は大成功だ。良くやってくれた!!」
本当に終わったのだろうか。歓声を挙げる傭兵もいるが、俺たちは疑心暗鬼に燃え上がるアンファングの港町の残骸を、呆然と眺めていた。この悲しい光景が、戦争の終結をもたらすものなのか?今本当に、ルーメンで終戦協定が締結されようとしているのか?現実のギャップに、俺たちは言葉も無い。ガイアですら、シャーウッドたちと合流して尚、警戒を続けていた。敵機と空戦を繰り広げている間にはぐれていたPJが、ようやく定位置に復帰する。警戒を止める気にもなれず、街の上で旋回を続けていると、PJが搾り出すような声で叫んだ。
「これは……残党軍の規模じゃない。まだ戦争は終わっていない!!」
ラジオからは、終戦協定の調印が完了した、というアナウンサーの声が聞こえてくる。だが、この場に居合わせた仲間たちの大半は、その言葉を信じることは出来なかっただろう。戦場を渡り歩いてきた傭兵たちは、例えようの無い不安を感じていたに違いない。俺もその一人だった。そう、戦争は終わっていない。ベルカの戦争は終わったのかもしれないが、この戦争はまだ終結から程遠い状況にある。キャノピーの向こうでは、暮れ行く赤い太陽が水平線に沈み始めていた。平和なときなら、この光景を美しいと感じることも出来ただろう。だが今日は、その赤い光景が、この血で流された兵士たちの血の色に見えた。そして、平和が訪れるその時まで、血を流し続けなければならないこの世界が、何だか無性に哀しかった。
管制室の大スクリーン画面の一つ、広域レーダー画面から、味方を示す光点が姿を消す。後には、敵を示す光点――敵戦闘機部隊の放つ光だけが、アンファングの空に蠢いている。高空を飛ぶAWACSと遥か宇宙空間に浮かぶ衛星とのデータリンクがもたらしたのは、共に戦うはずだった同志たちとの合流に失敗したという事実だった。
「友軍部隊、ほぼ全滅です。ただし、戦闘能力を持たないコンテナ船や物資などは、数は少ないですが無傷の模様です」
「……計画通りには、行かないというわけか。まあ仕方ない。生存者たちの回収を進めよう。予定通り、敵部隊の撤収後、回収作戦を実施する。各隊に準備をさせておけ」
「了解しました」
オペレーターが応じ、続けて待機中の輸送部隊に指示を始める。再びレーダー画面に視線を戻した男の顔が、さすがに厳しいものに変わる。やや薄暗い部屋の中はディスプレイの光に照らし出され、やや青みかかった光景となっている。その光に照らされる男の顔は、余計に青白く染まっていた。
「どうやら、連合に先を越されたみたいだな」
背後から投げかけられた声に、男は苦笑を浮かべて振り返った。
「……連合もなかなかやってくれるよ。政治屋どもは二級品でも、軍の上にはしたたかな奴らがいる。最大の誤算は、よりにもよって鬼神の連中が来てしまったことだな」
ほぅ、と相手の男が声を出す。そして味方の姿が掻き消えたレーダー画面を眺めて、うなずく。
「それは確かに、最悪の誤算だったな。ブリストー、アンタでも読み違えがあるみたいだな?」
「そんなに買い被らないで欲しいな、ラリー。俺は神でもなんでもない、前線の兵士の一人でしかないんだ。とはいえ、ヴァレーが出てくるんなら、うちかソーサラーの面々を出しても良かったかな」
「……いや、これはこれで受け止めればいい。それに、ウィザードにしろ、ソーサラーにしろ、現状では部隊の要だ。鬼神――いや、相棒相手で無傷というわけにはいかなかったろう。いずれ決着を付ける時が来るとしても、今はその時ではない。戦力を温存できたと思えば、それでいいんじゃないか?」
決心 確かに、「今」の彼らには充分な戦力は無い。特に空軍戦力において、ウィザードとソーサラー、それに「王の谷」にいるゴルトは彼らの精神的・戦力的な要と言うべき存在だった。今この時点で損害が出ることは、これからの作戦に支障が出てしまうことだろう。片羽の妖精の冷静な分析に、ジョシュア・ブリストーは感心させられる。そして、これほどの男を心酔させる鬼神――ウスティオの傭兵、レオンハルト・ラル・ノヴォトニーが「敵」であることを思い知らされる。もし、鬼神を撃墜出来る人間がいるとしたら、それはラリー・フォルクだけだろう、とブリストーは考えていたのである。
「……そういえば、愛機の具合はどうだ?なかなか面白い機体だろう?」
「とんでもない暴れ馬だがな、慣れれば最高の機体になるだろう。結構、気に入っている」
「鬼神にも勝てるくらいに?」
ブリストーの口は笑っていたが、目は真剣そのものだった。そう、片羽の妖精に渡した機体は、別にプレゼントというわけではない。彼らにとって、最大の脅威となるであろう男を確実に葬るため、確実に葬ることが出来る技量を持った人間に渡しただけのことなのだ。返事に時間がかかるかな、と思いきや、相手は即座に、簡潔に答えを切り出した。
「当たり前だ。もし、相棒が俺の前に立ちはだかるのなら、打ち倒す。それだけのことだ」
精悍な笑みすら浮かべるその顔に、最早迷いは無い。彼らの切り札とも言って良い男の決心に満足したブリストーは、「王の谷」への帰還を命じる。そう、戦争は終わったのかもしれない。表向きは。だが、こんなものは世界のためにならない決着でしかない。ならば、世界が満足出来る終戦を実現するしかない。――彼らの戦いは、ここからが始まりなのだから。
1995年6月20日。南ベルカの都市、ルーメンで行われた調印式により、連合軍参加諸国と新生ベルカ政府との間に、終戦協定が締結された。およそ3ヶ月間に渡って、ベルカ周辺諸国を巻き込んだ凄惨な戦争は、ついに終結を見たのである。教科書の歴史は、ここまでしか書かれていない。だが、この終結は通過点の一つでしかなかった。臭い物に蓋をするように、時代の闇に葬り去られた戦争は、実はこの日から始まったのである。

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