戦闘訓練、異常なし
「ガルム3より1へ。ボギー4、包囲320より接近。高度10,000ちょうど。我々のやや下方向」
「2より1、本気でやっちゃっていいんですよね?」
久しぶりに戻ってきたヴァレーは、見慣れた傭兵たちが他基地に配属されて減った一方で、イキの良い新兵たちが取って代わっていた。どうやら俺がバカンスに出かけている間、みっちりとガイアの見当違いのシゴキを受けたらしい若者たちは、航空基地であるというのに全員短い角刈り、しかも何かというと「イエス、ボス!」なので至極やりにくい。恨めしげにガイアに苦情を言えば、"俺を放っておいて、のんびりラフィーナ嬢の下になっているお前が悪い"と返ってくる。それはジェームズやシャーウッドも同様のようで、しかも俺たち3人は新兵たちの訓練において、アグレッサーとして飛ぶことに決まっていた。イマハマの旦那のお墨付きは得ている、と嬉しそうに言うガイアを見て、この基地で最も人が悪いのはあの旦那だ、と実感する。アグレッサーとして飛ばすついでに、俺たちの休みボケを解消しろ、ということなのだろう。ま、確かに大義名分を得て飛んでいられるのだから、それはそれで有り難い話なのだが。
「1より3、旅行はどうだったんだ?後で写真でも見せてくれるんだろう?」
「戻ってから、それはゆっくりと。でもおかげさまで……」
おやおや、あの堅物が随分と変わるものだ。そう言われてみれば、ジェーン嬢ちゃんの顔が優しくなったようにも思う。この朴念仁のことだから、肝心のことはまだ済ませてはいないだろうが。
「PJよりサイファー、俺には聞いてくれないんすか?」
「お前は聞かなくてもよろしくやってたのが分かるからな。おめでとう、パパ、って言ってやる日が楽しみだよ」
「ハハ、そうなったらシャーウッドのとこと同級生ですね、きっと」
「君と一緒にしないでくれ、PJ」
F-15S/MTD、F-16C、JAS-39C、メーカーも生産国も完全に異なる機体がトライアングルを組んでいると、確かに国籍不明の戦闘機部隊という呼び方がしっくり来る。対する新兵部隊は、F-5E。多少は手加減をしてやらなくてはなるまい。ガイア仕込みの4機編隊、2機ずつにブレークして接近。相当厳しくやられたのだろう、動きに迷い無く、俺たちに向かって突っ込んでくる。前言撤回。本気で相手をしてやろう、という気になる。
「よし、無駄話はここまでだ。ガルム3は左翼隊へ。俺は右翼隊をやる。PJ、お前は遊撃ポジションでヒヨッコを撹乱してやれ。手加減は一切するな」
「分かりました!!俺の飛び方、トラウマになるくらい刻んでやります」
「了解!!」
俺の左翼、右翼やや後方にいた二人の機体が、きれいにエッジを刻みながらブレーク。俺も目標へ向けて、緩旋回しつつ加速。高度を連中に合わせて下げていく。敵の数は2。その真正面めがけて、さらに速度を上げていく。新兵隊、針路変更なし。後で吠え面かかなきゃいいけどな。本来ならこのすれ違い自体が攻撃の好機だが、さすがにそれでは訓練にならないので、一度リハビリを兼ねて狙いを定め、右バレルロール。敵機を中心にぐるりと回りこみ、最終的にやや下方向へとポジションを移す。HUDの向こう側に、機影を確認。互いに加速中。ほんの数秒で双方の機体が轟音と衝撃に揺さぶられ、反対方向へと飛び去る。あっという間に後方へと見えなくなった敵機を追って、高度を稼ぎつつインメルマルターン。
「くそ、マジかよ。衝突する気か!?」
「マッドブル1よりナゲッツ3、実戦ならおまえは既にキルされてるぞ。死んだ気になってサイファーを追え」
「い、イエス、ボス!」
反転したこちらに対し、1機も同様にインメルマルターン中。もう1機は加速して俺から距離を取る。こちらの射程外で反転して攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。先に反転を終えたアドバンテージほ活かし、ターン中の1機を最初の獲物として捕捉する。そんな緩やかなターンじゃ、実戦では役に立たないということを教えてやる。背中をこちらに見せて上昇してくる敵機に対し、アフターバーナーを焚いて一気に肉薄する。点にしか見えなかった機影が、瞬く間に広がっていく。
「な、なんでそんなに早く!?」
「ナゲッツ3より4、回避だ、回避!右方向!!」
こちらは既に敵機を完全捕捉していた。HUDの上を滑っていくミサイルシーカーが、結局圧し掛かるGに耐えられずループするしかなかったヒヨッコの機影を、ロックオン。心地良い電子音がコクピットの中に響き渡った。
「ガルム1よりナゲッツ4、お前はキルされた。訓練の邪魔だ、さっさと離脱しろ」
「りょ、了解!」
「あんだよ、もう1機やられたのか?サイファー、少しは手加減してやれ」
「断る。人を勝手にアグレッサーなんかに指名する教官殿も悪い!」
「これだもんなぁ……」
もう一隊、シャーウッドたちの向かった方は、2機の新兵隊が坊やの後ろを取って追い回している……ように見えるが、実際には"追わされて"いた。上昇と降下を混ぜながら、JAS-39Cを軽快に操る奴の後ろは、そうそう簡単に取れるようなもんじゃない。実戦において、あの「ブルちゃんマーク」にしてやられたベルカのパイロットたちが一体どれほどにのぼることか。初めは祖国の奪還に狂っていた若者だったが、冷静さを取り戻すにつれて、その本性がようやく姿を現したと言える。まだまだ、タイマンではトップエースクラスにようやく手が届くかな、という水準かもしれないが、戦況を見渡すことの出来る広い視野は奴が指揮官になったときに充分に役立つだろうし、相棒――PJとの連携を覚えたことは、あの坊やにとって実は最大の収穫かもしれなかった。シャーウッドの狙いは、後ろの2機を彼らが知らないうちにPJの射程内へとおびき寄せる事だったのだ。その戦法が分かっていながら、新兵たちに伝えてやらないガイアも相当に人が悪い。
「くそっ、ウスティオの正義を背負う俺たちが、こんな簡単にやられるなんて冗談じゃない!見てろ、鬼神が何だ、やってやるさ!!」
多分に熱情的な叫びに現実に引き戻される。俺の相手のもう1機が反転し、再び俺の真正面から戦域に突入してきていたのだ。今度はこちらも回避せず、その真正面に針路を向ける。スロットルを押し込んでいくと、どん、という心地良い振動と共に、機体が前へと弾き飛ばされる。カナードが空気を切り裂いて白い煙を薄く引き、速度計の数字が猛烈な勢いで上昇していく。久しぶりに咆哮をあげたエンジンが、愛機F-15S/MTDに圧倒的な推力と機動力を与え、恐れを知らない若者を出迎える。彼我距離が一気に縮まっていき、俺たちは互いの姿を射程範囲内へと捉えるギリギリの距離まで接近する。操縦桿を軽く引き、機首上げ。充分に加速を得た機体が、一気に上空へとジャンプする。
「へへ、見たか!!鬼神が逃げたぞ!!」
どうやら、たっぷりとお灸を据えてやらなければならない若造らしい。新兵相手にやるような機動ではなかったが、こいつはこの天狗の鼻をへし折ってやらない限りこれ以上伸びることはないだろう。いつだったか、ベルカのエースにやったのと同じ要領だ。操縦桿を思い切り引いてスロットルOFF、エアブレーキON、カナード、ブレーキ位置へ。身体が前方向につんのめり、ハーネスが肩に食い込む。体中の血液が一瞬前へと持っていかれる感じ。大気を切り裂く白煙に包まれ、ほとんどその場で急反転した愛機の鼻先に、真下を通過していくF-5Eの姿。反射的にスロットルを開け、エアブレーキOFF。一瞬消えかけた視界を何とか取り戻し、通り過ぎようとした獲物の後背に喰らい付く。形勢逆転。
「ちっくしょう、何がどうなっていやがる!?」
「認めるんだ坊や、これが経験と実力の差だ。認められないなら、お前はここまでだったというだけさ」
「何の、振り切ってみせる!」
尊大な口を聞くだけあって、腕は決して悪くはない。後方から追撃する俺に対し、ローGヨーヨーでオーバーシュートを狙ってみたり、シザースからの急旋回で俺を振り切ろうとしたり。だがそれは、残念ながら訓練の世界の話だ。1発でももらえば命を失う可能性だってある戦場で飛ぶためには、まだまだ甘い。後にへばり付かれた事を悟ったパイロットたちの機動は、こんなものではない。もっと必死で、もっと真剣で、そしてもっと正直なのだから。――恐らくは身体と機体の限界まで負荷をかけて逃げようとしているであろう若者の飛び方を一足先に看破して、こちらの攻撃の機会を組み立てていく。訓練とはいえ、一つ間違えれば命を失うのが戦闘機というもの。パワーダイブで低空へと逃げていく獲物から途中で離れ、山と山の合間を縫うようにして水平に戻す。一足先に水平に戻した敵機、こちらの姿をロストして再び上昇。上昇しながら高度を上げていく敵機の姿をレーダーで確認しつつ、攻撃タイミングをうかがう。ふう、と一息吐いて、気合を入れ直す。山間から加速しつつ一気に急上昇。敵の真下から高空へと舞い上がる。
「レーダー照射!?くそ、どこからだ!?」
「ナゲッツ2より3、真下から急上昇中!!」
「ほらほら、人のこと心配している余裕があるのかい?ガルム2、フォックス2!!」
重力の存在を忘れたかのように轟然と上昇する愛機の前に、F-5Eの白い腹が迫る。兵装選択、ガンモード。HUDに表示された照準レティクルにその姿を捉え、トリガーを引く。実戦であれば機関砲弾の雨が襲いかかり、敵機の姿を引き千切っただろうが、あくまで訓練。実弾は搭載されておらず、照準レティクルに連動して撃墜判定が下される。今更ながらに、敵機、ローリング。既に遅し。
「どうだ!?回避して見せたぞ!!」
「バカッタレ!!ナゲッツ3、お前は既に腹の下から蜂の巣になってあの世行きだ。さっさと空域から離脱しろ。サイファーたちの邪魔になる」
「じ、自分はまだ撃墜されていません!」
「ヘルモーズ少尉、往生際が悪い。ウスティオ軍人なら、潔く敗北を認めて自分の実力を向上させることに気を使え。それが出来ないなら、自分がヴァレーから君を追い出す。好きな方を選べ」
おやおや、俺より先にシャーウッドが口を出したか。彼も余裕綽々というわけだ。後ろに新兵二人を張り付かせたまま、こっちに気を使っている余裕があるのだから。ほとんど歳の変わらない、それもウスティオの正規軍人であるシャーウッドに諌められては、さすがの往生際の悪いチェリーボーイも引き下がらざるを得なかったらしい。すごすごと高度を下げて、訓練空域から離脱していく。こうなると可哀想なのは、残された2機の新兵たちだ。戦力差でも、2対3――俺たちは実戦でそんな状況を幾度となく経験していたが――即ち、1.5倍の敵を彼らは相手にしなければならない。しかもその相手は、残念ながら実戦経験……空の殺しを存分に経験した男たち。実質的な戦力差は倍以上だったろう。散々追い回された挙句、若鳥たちは1機ずつ確実に強兵たちの餌食となり、その胃袋に収まることとなった。やれやれ、連中今頃は胃液を吐くか、全身冷や汗かいて後で風邪を引くか、そのどちらかになるだろう。ま、訓練で死ななかっただけましと思ってもらえれば、この先伸びていくことになるだろうが……。
「何だ、何だ、何だ!!何て体たらくだ、この無駄飯食いどもが!!折角休暇空けのボケた連中を相手に出してやったのに、これだけしかもたないのかっ!!全員、戻ったら腕立て伏せ1万回!しかも今日は飯抜きだ!!」
「おいシャーウッド、お前から何か言ってやれよ。ガイア隊長のことだから、本気で実行するぞ?」
「言って聞くような人じゃないだろ、PJ?まあ、プライドだけじゃ飛べない、と知るいい機会だと思うよ」
「お前が言うな、お前が。お前だって似たようなもんだったろうが、穴兄弟め。……まあいい、シャーウッド、PJ、お前らの腕が鈍っていないのはよく分かった。後は……サイファー、お前だ。餓鬼ども相手じゃ、ウォーミングアップにもならないだろう?久しぶりにどうだ、タイマン張るのは?」
了解する前から、ガイアのF/A-18Cが訓練空域に侵入、ゆっくりと高度を上げて接近する。シャーウッドとPJが反対に高度を下げて空域から離脱。小僧たちの引率に回っていく。一度俺の下を通過したガイアがインメルマルターン。同じ高度に到達したガイアが、真横に並ぶ。
「おい、餓鬼ども。よーく見ておけよ。ヴァレーのトップ2人の模擬戦闘なんざ、そうそう見られるもんじゃないからな?こういう機動が出来て初めて一端なんだ、と覚えておけ。……よし、始めようじゃないか、後輩よ」
「お手柔らかに頼むぜ、張り切りすぎの先輩」
きっとマスクの下でガイアはにやりと笑っているだろう。腕を振ったガイアが、一足先に右旋回。こちらも反対方向、左旋回。そのまま機体を逆さまにしてパワーダイブ。久々の猛烈なGが身体全体に圧し掛かってくる。それにしても、ガイアの奴、相変わらずのお節介焼きめ。新兵たちに本物の空戦を見せること、そして俺にいち早く実戦の勘を取り戻させること――それは、ガイアも俺と同じ不安を抱えているからに違いなかった。まだ、戦争は終わっていないのだ、と。好意は、ありがたく受けるのが筋ってものだ。ガイアの位置をレーダーで確認しつつ、俺は模擬戦に集中する。ずっと昔、まだ俺が一端になりきっていなかった頃、俺をシゴキまくった男の姿が、そこにあった。
全く、すっかりと上手くなっちまったもんだ――下降していくサイファーのF-15S/MTDをキャノピーの外に確認しながら、ガイアはため息を付いた。まだまだ現役とはいえ、激しい機動の続く空中戦は身体に堪えるし、疲労からの回復も30代前半のころに比べれば格段に遅くなっている。そのうち、引退ということも考えておく必要があるな、とは思うものの、なかなかそのタイミングを計れないでいるのも事実ではあった。その点、イマハマの旦那が提示した話は魅力的ではあった。教官として、若手の指導をやっていくこと――実戦を潜り抜けてきた兵士にとって、後進にその経験と技術を伝えていくのは喜ばしいことではあるのだから。だが、まだその時ではない、と彼は考えていた。恐らくは、家族との生活を置いてヴァレーに戻ってきたサイファーも同じなのだろうが、ガイア自身もこの戦争が終わったとは考えていなかったのである。アンファング沖で戦った、かつてのヴァレーの仲間。そしてなおも戦意盛んだった兵士たち。行方の知れない、サイファーの相棒の凄腕、ラリー・フォルク。そして、各国で姿を消しているという兵士たち。歴史の裏側で、何事かが起こっているのは間違いが無い。そう遠くないうちに、どこかで花火があがるんじゃないか――そんな漠然とした不安が、彼に現役引退をためらわせている最大の要因だったろう。
降下の加速を味方につけて、低空をサイファーが切れ味鋭く飛んでいく。翼からは白い風切り雲。距離を取りつつ旋回し、攻撃の機会を伺う獰猛な猟犬が、まるで飛びかかろうとしているかのように見える。対してガイア機、高度を変えず、加速しながら右旋回。キャノピーの向こう側に、低空を旋回するサイファーの姿がある。このまま旋回していても面白くないな――ガイアはにっ、と笑うと機体をぐるりと回転、かつての後輩の真上に被さるように機首を向ける。スロットルを押し込んでアフターバーナーON。サイファーのF-15S/MTDには劣るとはいえ、大推力を発するエンジンが咆哮をあげる。パワーダイブに持ち込みつつ、目標の姿を睨み付ける。一瞬、白い煙が膨れ上がったように飛び散り、サイファー機、スナップアップ、垂直上昇。レーダー上はほとんど重なった光点の彼我距離があっという間に縮まる。わずかに針路を変更して加速継続。サイファー機も変更なし。互いにガンアタックのポジション。実戦なら機関砲弾を互いに撃ち合うところだが、あくまで新兵たちに見せるデモンストレーションとして、そのまま降下を継続する。やがてサイファー機の姿が膨れ上がり、甲高い咆哮と衝撃、遅れて轟音がガイアの機体を揺さぶる。接触スレスレの距離で躊躇無くすれ違ってみせるところ、サイファーの技量も恐ろしい。新兵たちだけでなく、シャーウッドたちも歓声をあげる。ポジションが入れ替わり、低空へと今度は舞い降りたガイア機、サイファーを追撃してループ上昇。サイファー機、水平に戻してスプリットS。ややGを強めにかけてガイアよりも素早く反転し、まだ上昇中のガイア機に襲い掛かる。先ほど、新兵がやられたときのパターン。そうそううまくいくかよ――ガイアは反射的に操縦桿を横へ倒し、フットペダルを蹴飛ばした。本来の軌道から愛機をずらし、反動を付けて機体を捻る。獲物を取り逃がしたサイファー機、加速して離脱。スロットルOFF、操縦桿を思い切り引いて失速反転。再びスロットルを押し込んで、サイファーの後背へ。
「形勢逆転だな、サイファー!」
「振り切ってみせるさ」
大気を切り裂くように翼を振り回し、サイファー機、連続旋回。折角後ろを取ったとはいえ、ミサイルシーカーから大きくぶれるサイファーの姿を捉えられない。コクピットにも色々手が加えられているらいあの機体を以ってしても、サイファーの身体には相当なGが圧し掛かっているだろう。にもかかわらず、平然とあの機動をやってのけるのが、奴の強みであり、恐ろしいところだ。家に戻れば愛妻家、子供好き、そして怠け者の代名詞のような、あの優しい男からは想像出来ないようなタフネス、バイタリティ。それもまた、あの男の魅力の一つなんだろう、とガイアは思った。とても同じように追撃は出来ず、反対方向へとブレーク、仕切り直し。サイファー機、大きくループを描いて上昇。全く、手加減抜きかよ。苦笑いしつつ、ガイアは愛機の操縦桿を手繰り、次の機動へと備える。
相変わらず、敵に回したくない機動から何とか逃れ、仕切り直し。ループを描きながら上昇する。今度は先ほどとは逆に、ガイア機が背後――上昇を続ける自分の真後ろから猛然と加速。交錯点の一瞬を狙って襲い掛かってくる。やるだけやってみるか――ガイア機との距離を測りつつ、スロットルに乗せる力を少しずつ弱めていく。コクピット内にレーダー照射警報。機体をよじって、敵の狙いから逃れる。
「すれ違いざまの手癖の悪さなら、俺も負けねぇぞ、サイファー!!」
好機、とばかりに突っ込んでくるガイア機。俺はスロットルを一気に押し込み、機体を上に跳ね飛ばした。上空へと舞い上がる感触を感じるとともに、今度はスロットルOFF、エアブレーキON。俺の姿を逃したガイア機、俺の真後ろを通過。推力を失った俺の機体は、機首からぐるりと回転して向きを変えることに成功する。元はと言えば、ガイアが得意とする機動であり、俺自身も得意にしている機動。
「ちっくしょう、人の得意技盗みやがって!」
「教えたのはアンタじゃないか、マッドブル1」
「うるせー。特許料払え、この泥棒犬!!」
再び形勢逆転。だが、ガイアの回避機動にまともに付いていける奴はいない。左右へと機体を振り回しつつ、上昇と下降を混ぜながら刻まれるリズム。ミサイルシーカーは左右にぶれてガイア機を捕捉することが出来ず、照準レティクルの中にも収まらない。まるで後ろに目がついているかのような飛び方。あっさりと俺の追撃を振り切るようにスプリットS、反対方向へと逃れていくガイア機の姿を確認し、俺は苦笑した。久しぶりの激しい機動は、正直身体に堪える。ましてガイアのような凄腕とのタイマンに心は躍るが身体はやっぱり疲れる。少し、バカンスでリラックスしすぎたらしい、と思い当たる。
「へへ、どうだ。今日はこれくらいにしといてやるぜ、サイファー」
「こっちの台詞――と言いたいところだが、俺も疲れた。十分なデモ飛行にはなっただろ?」
「なったなった。おい、ヒヨッコども。本当の飛び方っていうのは、こういうのを言うんだ。よく覚えておけ、下手くそども!!悔しいと思うなら、腕を磨け。飛び方を研究しろ。そうすれば、今より多少はましになれる。ヘルモーズ!!お前なんかは特にだ。シャーウッドの爪の垢を貰ってしっかり飲んでおけ!」
「い、イェス、ボス!」
「よし、ヴァレーに戻るぞ。戻ったらお前ら、腕立て伏せ1,000回!その代わり夕飯は付けてやる」
新兵たちと合流した俺たちは、訓練空域から離脱し、ヴァレーへと機首を向けた。暮れ始めた空が赤く染まり始め、遠くを渡り鳥の群れが舞っている。あの鳥たちから、俺たちはどのように見えているのだろう?戦争になれば、相手のパイロットや兵士の命を切り裂く、鋼鉄の翼を持った戦闘機の群れ。赤い太陽の光に染められた戦闘機の編隊は、白い飛行機雲を大空に刻みながら、猟犬たちの巣窟――ヴァレー空軍基地の方向へと家路を急ぐ。そこは、俺たちの帰るべき場所なのだから。