くろがねの巨鳥
"親鳥"が悠然と大空を飛んでいる。人間の作り出した、科学技術の結晶とも言うべき巨大な空舞う毒蛾――XB-0は、500メートルに達するその翼を広げ、最大の脅威であったウスティオ空軍ヴァレー基地に壊滅的な打撃を与えることに成功していた。彼女たちも、"親鳥"の戦果を肉眼で確認していた。だが、やはり小憎らしいヴァレーの飼い犬どものすること、彼女たちが撃墜した戦闘機の死に際の一撃はXB-0に軽微な損害を与えていた。それは飛行にも攻撃にも支障の無い程度のものでしかなかったが、執念の一撃と言うべきか、XB-0の光学迷彩を発するためのジェネレーターに命中したのである。結果、機体全体のカモフラージュを行うことが出来なくなった"親鳥"は、その身を晒して巣へと向かっていた。もっとも、その姿を晒したところで立ち向かってくる敵などあるはずもない――仮にいたとしても撃墜するまでのこと――彼女はそう自分を納得させている。そう、数分前まではそれは確信だったのだが、ソーサラー隊からの連絡が途絶えるに至って、彼女たちは"敵"の接近を否応無く察知させられたのである。
「エスパーダ1より2、やはり来るぞ。敵はあの鬼神だ。オーシアの魔術師たちも、荒ぶる魔神たちを押さえられなかったらしいな」
本来それは深刻なテーマであるはずだが、心強い1番機は強敵の接近を心から喜んでいる。
「2より1、だから、こんなに護衛機を出しているのね。失礼な話だわ、私たちがここにあるというのに」
「まぁ、そう言うな。味方の時はあれほど心強い援軍は無いと俺たちも信じていた連中だ。鬼神だけが脅威というわけではない。狂犬や人を馬鹿にしたようなブルドックのグリペン、それに鬼神の新しい2番機もなかなかの腕と聞く。そして連中に率いられた傭兵たちも凄腕揃い……そうもなれば、護衛をいくらでも出したくなるさ。……だが、荒ぶる神々を静める役目は、俺たちのものさ」
隊長機がゆっくりと左旋回。ぴたりと離れず、その姿を頭上に抱きながら、彼女は操縦桿をゆっくりと倒した。付かず離れず、編隊を全く崩すことなく旋回したビゲンとグリペンの姿に、他のパイロットたちが道を空ける。サピンの兵士たちなら知らない者の無い、"エスパーダ"隊の二人に対しては、階級も所属も関係ない組織の猛者たちも敬意を示す。本当に力を持つ者に対する、人間の礼儀として。マルセラ・バスケスは、そこまでしなくてもいいのに、と呟きつつも友軍機たちに対して軽く手を振った。共に志を一つにして、共通の敵と戦う戦友たち。祖国では得られなかった充足感が、ここにある。だから、私は仲間たちを、"親鳥"を必ず守るのだ――その信念を胸に、紅の翼が青空を切り裂いていく。足元の"親鳥"を追い抜いた2機は、高度を上げながら大きくループを描き、"敵"の近づきつつある南へと機首を向けたのだった。
本来なら国際法違反で警告がどんどんと飛び込んできている頃だろうが、緊急事態の大義名分を掲げて、俺たちはベルカの領空奥深くまで既に潜り込んでいる。立派な領空侵犯。だが今はそんなことを言っているような場合じゃない。俺たちのところに文句が飛んでこないのは、イーグルアイに乗り込んでいるナガハマの旦那たちがうまくやってくれている証だった。おかげで、俺たちは戦闘に神経を集中させることが出来る。ヴァレーに現れたときのように光学迷彩を展開されていたらこうもうまく追撃することなど出来なかったろうが、イーグルアイはAWACSの本領発揮というべきか、ECMを展開している中心部に目標が存在する――として俺たちに逐次目標の想定飛行空域を指示していた。その巨大な妨害範囲が災いしたとも言えるだろう。俺たちはついに虚空にくろがねの巨体を見出した。これだけ離れているというのに、何て大きさだ。まだ完全に射程範囲外だというのに、目標の姿は至近距離を飛ぶ戦闘機の姿くらいの大きさがある。遠近感と距離感が麻痺したように感覚。これは攻撃時には計器を信じて戦ったほうが良さそうだった。
「こちらガルム2。XB-0を肉眼で確認した」
「こちらイマハマです。XB-0のECM消滅を確認。どうやら、味方のレーダーまで眩ませるよりも、確実に我々を葬ることを選択したようです。……気を付けて下さい、あの巨鳥は空飛ぶ航空母艦でもあります。既に護衛機が周りを守っているようです。攻撃機本隊の到着まであと少し、可能な限り脅威は排除しておかねばなりません」
「マッドブル1、了解した。いいんだな、やっちゃって」
XB-0へと直進するルートに乗せる。近づいて来るXB-0の姿が、次第にはっきりと細部まで見えるようになる。しかし、開いた口が塞がらないとはこのことを言うのだろう。500メートルに達しているだろう翼と、高層ビルをいくつも重ねて横にしたような胴体。よくもまあ、こんな代物を空に浮かべたもんだ、と科学技術の発達に呆れつつも感心する。レーダーに視線を移すと、巨大な光点が一つ、俺たちの正面から近づいて来る。そして、周囲を蝿のように飛び回っているのは、言うまでも無く連中の護衛機だ。ECMをやめたということは、俺たちの姿も完全に捕捉されている。証明するかのように、XB-0の周囲を固めていた敵の何機かが反転、俺たちに機首を向けて来る。コンソールを操作して、もう一度残弾を確認。先のソーサラー隊との戦闘で予想外の浪費を強いられたとはいえ、まだいける。敵機との彼我距離が縮まり、XB-0の巨体がいよいよ目の前に迫る。コクピット内に警報が鳴り響き、遠距離からロックオンされたことを告げる。当然、向こうはやる気だろう。俺たちの後方には敵機がいないことを確認して、正面を睨み付ける。ガイアとシャーウッドが増速しつつ上昇を開始。俺とPJも同様に増速、左右に編隊を解いて旋回、そして交錯するように反対方向に再び旋回しつつ左右へとブレーク。俺たちの後方を白い煙が数本、針路を修正していくが追い切れず、虚空を貫いて飛んでいく。曳光弾の筋が幾筋も放たれるのをローリングでかわしつつ、XB-0の巨体へと肉薄する。PJと編隊を組み直し、俺たちはXB-0の頭上スレスレを通過。機銃掃射を浴びせるが、空しく攻撃が跳ね返される。が、俺たちに狙いを定める対空機銃は別で、俺たちの攻撃を浴びた機銃が粉々になって炎に包まれる。後方からの攻撃を回避してXB-0の鼻先で180°ロール、パワーダイブ。下から巨鳥の腹に攻撃を叩き込んでやろうという思惑は、俺たちの後方から同じようにして追撃してきた敵迎撃機に阻まれる。低空まで一旦降下、再上昇をかけた俺たちに対し、デルタ翼の敵部隊は巧みに連携して攻撃を浴びせてきたのだった。辛くも放たれたミサイルを回避してXB-0への攻撃を継続しようとするが、射線上に強引に割り込んできた敵の1機が猛烈な機銃攻撃を浴びせてきて、俺の攻撃を意地でも阻もうとする。さらに、ここぞとばかりに敵が群がってくる。
「いたぞ、鬼神だ!」
「エスパーダの邪魔をするな。俺たちは逃げ道を閉ざせばそれでいい!」
敵戦闘機たちが、俺とPJの周りを取り囲んでいく。おいおい、ガイアたちはそっちのけか?だが、XB-0は対空兵器をフル稼働してガイアたちを迎撃しているらしい。
「ガルム1よりマッドブル1、デカブツ攻撃はとりあえずそっちに任せるが、いけるか!?」
「誰に言ってるんだ、誰に!ここはこのガイア様に任しておきな。後続の連中もまとめて面倒見るぜ。お前もさっさとうるさい蝿を落として合流しないと、取り分が全然なくなるぜ?」
よし、これでいい。俺は目前の敵部隊に神経を集中させた。対地対艦攻撃は、ガイアの方が経験も豊富だ。空飛ぶ軍艦相手というのは初めてだろうが、本隊の指揮はガイアに任せておけば間違いない。俺は俺で、敵の迎撃機を可能な限り叩き落すのが役目!数は多いようだが、俺たちを直接狙ってきているのはどうやら2機――あの執拗にXB-0を守ろうとしているラファールとピゲンの2機だ。なら、包囲網の連中を存分に利用させてもらうだけのことだ。
「ガルム2より1、敵部隊、サイファーを狙っている!気をつけて!!」
「身に余る光栄ってところだな。援護頼むぞ!!」
「ハハ、任せてください!!」
俺の真正面から敵方の1機、ビゲンから鋭いガンアタックが浴びせられる。さらにその後方にラファールが付き、こちらの動きにすぐに対処出来るように突っ込んでくる。ペダルを蹴っ飛ばし、機体をぐるりと回転させてバレルロール。そのまま二回転、三回転、デルタ翼の機体が高速で俺の腹の下を通り過ぎていく。鼻先を第二波の機関砲が掠め、冷や汗が一気に滲み出る。かろうじて回避するが、敵機は刺し違えても俺を落とすかのように肉薄してくる。回転する機体を強引に捻じ曲げて急上昇。スロットルを押し込んで増速。大推力に物を言わせて上空へと舞い上がる。
「さすがは噂の鬼神といったところか。正直回避されるとは思わなかったぞ」
「噂が本物かどうか、まだ分からない。でも、"親鳥"には行かせない」
編隊を解いた2機が、左右に分かれて俺を包み込んでくる。上昇から水平に戻した俺は、俺とPJを包囲したつもりになっている敵機の別働隊の只中に飛び込んだ。動揺したように慌てて逃げ惑う敵機を楯代わりにしながら、追撃を逃れる。ついでに真正面に後姿を晒したSu-37にミサイルを叩き込み、"迎撃機を減らしておく"役目を果たす。あっさりと連中から無視された形のPJも、敵を追撃しつつ別働隊の敵機を葬ることに成功していた。しかし、こいつらの機動はベルカのものじゃない。この軽妙な機動は――」
「待て!今交戦中の敵機は友軍、サピン軍のIFF反応を示している。攻撃を一時中止、こちらから呼びかけてみる」
「おいおい、敵さん、俺たちを殺る気満々だぞ」
「こちらはウスティオ空軍ヴァレー基地所属、第6師団だ。交戦中のサピン軍機、我々は友軍だ。攻撃を中止し、こちらの指示に従え。繰り返す、こちらはウスティオ空軍第6師団。交戦中のサピン軍機、攻撃を中止せよ!」
だが、先ほどの連中同様、返答は返ってこない。代わりに、ミサイルと機関砲弾の洗礼が返事とばかりに俺たちに襲い掛かる。それにしても、オーシアだけでなく、サピンまでも本当に加わっているというのか――「国境無き世界」の名前通りに。それも、これだけの腕前を持ったエースパイロットたちまでが。彼らは、それほどまでこの間までの戦争に絶望し、幻滅していたというのか。だからといって、自らの手で新たな戦いを始めるのだとしたら、結局は同じことを繰り返すだけだろうに!
「ガルム1よりイーグルアイ、こいつらは敵だ。……攻撃を中止することは出来ない」
互いに連携しながら旋回していく敵機の一方に狙いを定めて、俺は追撃を開始した。友軍機を巻き添えにするリスクを避けた敵の一方、ピゲンの方が、俺にその後姿を晒しながら旋回をしているその隙を突いて、やや上空から被るように襲い掛かった。敵機、こちらに気がついて180°ロール、パワーダイブ。こちらも機体を捻りこんでパワーダイブ、その後姿に接近していく。それにしても、あの旧型機を器用に使うものだ。中身は相当に改良されているのだろうが、ここまで鮮やかに飛ばれると感動する。それは同時に、相手が相当の戦歴を持つ強者であることと同義だ。何度か機体をローリングさせた敵機、タイミングを図るようにして引き上げ。ややゆっくりめの機動に寒気が走る。上を見上げると、上空からさらに被るように急降下してきたラファールの鼻先が太陽の光を反射する。くそ、そういうことか!引き上げを中断、機体を反対方向へと回転させ、強引に機首上げを敢行する。高Gが圧し掛かり、視界が一瞬ブラックアウト。首を振って何とか視界を回復させる。今は視界を失っている余裕が無い。
「逃げ足だけは超一流のようね、鬼神とやらは!」
攻撃の機会を逃したラファールがそのまま低空へと降下していく。その間に、俺の追撃をまんまと逃れたビゲンは距離を稼いで仕切り直しを図ろうとするが、そこにPJのF-16Cが噛み付いた。互いに軽量戦闘機同士、俺への攻撃をあっさりと諦めた敵機が回避機動へ。その後背にへばり付くように、PJが続く。
「こっちは任せてください、隊長はもう1機を!」
言われるまでも無い。俺は低空へと逃れていったラファールを追って、操縦桿を倒した。低空から上昇に転じようとしていた敵機がこちらに気がつき、機体を水平に戻して逃げの一手。加速しながら距離を稼ごうとする、その背中から食い付いていく。紅いカラーリングのラファールは、まるで闘牛士の衣装を思わせるようだ。そして切れ味鋭い機動は、まるでフラメンコの激しいステップ。華麗なるリズムを刻む敵機を追う俺は、さながら逆上した牛というところか。レーダーで敵の位置を確認しようとした俺は、南東方向から急速に接近する、友軍の反応に気が付いた。やっと来たか!
「イマハマより各機へ。攻撃隊本隊、戦域に到着。さあ正念場です、頼みますよ、諸君!!」
「遅いんだよ、全く。おい、お前ら、指揮はこのガイア様が執る。突っ込めって言ったら素直に吶喊しろよ、いいな、命令だ!!」
さあ、逆襲の始まりだ。軽く深呼吸して息を整えた俺は、スロットルレバーを押し込んだ。
さぁて、どこを狙ったもんかな――機関砲の攻撃を屁とも思わない装甲部分を狙っても仕方が無い。攻撃が入りやすい対空兵装だけを叩いていても仕方が無い。となれば、お約束通りにエンジンを潰すか――狙いを定めたガイアは愛機F/A-18CをXB-0の真上から急降下させ、相当な推力を発するであろうエンジンの一つへとミサイルを放ち、そして機関砲弾の雨を降らせる。ある意味剥き出しと言っても良いエンジン部分が炎に包まれる。エンジンカバーは頑丈そうだが、他の装甲部分ほどではないらしい。接触スレスレの距離で上から下へと抜けたガイアは、マスクの下でにやりと笑みを浮かべる。
「マッドブル1より各機、余計な無駄弾は使わずに、エンジンを狙え!!お前らならやれるはずだ!!」
「グライフ、了解!」
「リーマン了解。さあ、敵に特別損失を計上させてやる!!」
XB-0の胴体に設置された対空砲台が唸りを挙げる。無数の火線が襲い掛かる小癪な刺客たちに浴びせられるが、傭兵たちは巧みに機体を操って攻撃を回避し、攻撃コースに乗っていく。対空砲火を潜り抜けた一隊が右側エンジンへと肉薄、高度1万フィートの水平爆撃を敢行する。翼の上、ギリギリの高度から轟然と加速した3機が、爆弾を叩き込みつつXB-0の翼の真上を通過する。解き放たれた爆弾が、充分な加速を味方につけて第一エンジンへと飛び込んでいく。吐き出される高温の排気と炎にさらされながらも内部に飛び込んだ爆弾の信管が作動し、XB-0の胴体にめり込みながら炸裂する。爆発の衝撃波が内側からエンジンとエンジンカバーを引き裂き、エンジン本体の爆発も加わって巨大な火玉を出現させる。轟音と衝撃は黒い巨体を揺さぶり、そして機体を僅かながら傾かせる。黒煙を吐き出した巨鳥の姿に、傭兵たちが歓声を挙げる。その攻撃を皮切りに、傭兵たちは次々と襲い掛かっていく。放たれた対空ミサイルを回避しつつ、報復とばかりに対地ミサイルを突き刺す。その報復とばかりに猛烈な対空砲火が襲い掛かり、傭兵の機体に穴を穿つ。攻撃の死角であるXB-0の腹の下に飛び込んだ彼を、今度は迎撃機が狙う。逃げられず、ミサイルを浴びせられ、炎の塊となって木っ端微塵になる。別の角度から襲い掛かった一隊が、対空兵装の一角を容赦なく吹き飛ばす。XB-0の胴体に次々と火玉が煌き、対空砲火の火線が大空に赤い光を煌かす。攻める側が必死なら、守る側も必死。だが、攻撃隊がこれだけ自由にデカブツを叩けるのも、サイファーたちが迎撃機を引き受けてくれているから出来ること。ならこっちも応えてやらないとな!ガイアは対空砲火の雨を旋回しながら回避し、仲間たちに炎を浴びせ掛ける対空砲台に次々と攻撃を浴びせていく。XB-0の胴体に触れそうな距離で旋回し、至近距離から浴びせられる攻撃を回避する術も無く、砲台が次々と葬られていく。攻撃が減殺された空域からはここぞとばかりに傭兵たちが突入し、より強烈な一撃を浴びせていく。
「弾幕薄いぞ!何やってんの!?」
「こちら機関室。1番、3番、5番エンジン損傷ーっ!!ジェネレーター出力、70%まで低下!!」
「後部戦闘指揮所よりコントロール、敵の攻撃に対処しきれない!!迎撃機を回してくれ!!」
この攻撃は、敵さんにとって見れば予想外だったのかもしれない。ヴァレーを甘く見過ぎた報いを思い知ると良い――敵の攻撃の死角である腹側にへばりついて対空砲火を回避し、再び上空へと抜けたガイアは、シャーウッドのJAS-39Cが垂直降下でXB-0へと突っ込んでいく姿を捉えた。友軍の攻撃でひしゃげたエンジンカバーを狙って、ピンポイントで攻撃を仕掛けていく。戦闘機ほどの速度ではないにしても、それなりの速度で進んでいくXB-0に攻撃を命中させるのは、静止目標とは異なり結構難しい。だが、シャーウッドはJAS-39Cの小柄な機体を巧みに操り、その攻撃軸線を外さない。完全に目標を捕捉したところで、ミサイルを放ったシャーウッド機、機首上げ。そのままXB-0の胴体の上を通過し、針路上にある対空銃座を潰して離脱。ミサイルを撃ち込まれたエンジンが再び巨大な火玉を出現させ、XB-0を揺るがす。これで残るエンジンは2基。やや傾きつつ、黒煙を吐き出しながら飛行を続ける巨鳥は、少しずつ確実に高度を下げつつある。ここが踏ん張りどころだ!残り少なくなってきた残弾を確認しつつ、シャーウッド機と合流を果たす。
「もう一押しですね、隊長?」
「そうだがな、奴が落ちるのが先か、俺たちの弾が尽きるのが先か、難しいな」
「それでもやるしかない――」
「そういうことだ、兄弟。考える前に動け、ってことだな。よし、行くぞ、ついて来い!」
攻撃の死角――XB-0の腹から一旦上空へ抜けた二人に、生き残っている対空砲台から一斉に攻撃が浴びせられる。どうやらガイア機のバニーとシャーウッドのふざけたブルドッグは敵から見れば格好の目標になっているらしい。反面、砲火が集中するなら他方面の攻撃は減殺される。その隙を逃すほど、ヴァレーの猟犬たちは甘くない。XB-0の上空をさらに上昇していく2機に砲台が一斉に顔を向けた一瞬を突いて、Mig-1.44MFIとF-15C、それにSu-47の3機が水平爆撃を仕掛けていく。
「がら空きだ……!」
「Madnessは貴様たちを許さない。食らえっ!!」
XB-0の胴体上に爆弾の炸裂する炎と火球が膨れ上がり、ガイアたちに浴びせられていた火線が止む。空舞う巨大な毒蛾は、今や炎と煙を吐き出しながら漂流を始めている。エンジン4基が完全に破壊され、出力も不足してきていることは間違いない。だが同時に、まだあの巨鳥は空に健在であり、残った砲台から今尚反撃の雨を降らせる。まだまだ油断はできねぇ。それにしても、大した耐久力だ。これだけの命中弾を浴びせられながらも宙に浮いていられるんだから。ベルカの科学力ってのは確かに世界一だろう――良い意味でも、悪い意味でも。ベルカの亡霊、戦闘が無いと存在意義を見出せない兵士たち、理想と人殺しを勘違いした連中、空っぽの大義に逃げ込んで弱さから目を背けた連中――そういった連中の集合体が呼び寄せたのがこの巨大な鳥なのだとしたら、いっそこいつも哀れかもしれない。なら、ここで眠らせてやるのがせめてもの情けと言う奴さ――そう呟き、ガイアは隣を飛ぶシャーウッドにサインを送る。突き立てた親指を下へと向けて腕を振る。了解、とキャノピー越しにシャーウッドが腕を振り、そしてお先に、とでも言うように何のためらいも無く180°ロール。こいつ、すっかりと出来るようになったな。まだ付き合いは大して長くないが、この若造は本当にいい男になってきた。もしかしたら現役の戦闘機乗りとしては最後の弟子になるかもしれない若者の成長を喜ばない人間がどこにいるだろう。まだまだプライベートじゃヒヨッコ同然だが、そのうち多分に積極的な猫娘に押し切られる日が来るだろう。こいつがお守りを手にしたときには、部隊の連中全員で赤飯でも炊いてお祝いをしてやらなくちゃな――マスクの下に笑みを浮かべつつ、ガイアも180°ロール。先行して突入を開始した若きエースの後を追って、急降下を開始した。
「何てしつこさなの!?」
もう何度聞いたか分からないが、それでも照準レティクルから巧みに逃げていく相手の機動に、そっちこそ筋金入りのしぶとさだろう、とぼやきたくもなる。軽快なエッジを刻むラファールの後姿は、簡単に捉えられるものではない。加速しつつループ上昇していく相手の後背にぴたりと付けて、一瞬の好機を待ち続ける。実のところ激しくシェイクされた胃袋は、今度はストレスで痛み始める。そろそろ、あまり戦闘を長引かせるわけにはいかなくなってきた。相次ぐ戦闘を続行してきたツケ――残燃料はいよいよ少なくなりつつあったのだ。その気になればあのデカブツの中に飛び込んで給油、また出撃出来る連中とは違って、こっちはガス欠即ベイルアウト。もうそれほど猶予は無い。ガイアたちの奮戦でXB-0は相当な被害を受けているだろうが、未だ健在。もう一押しがいる。そのためにも、早くこいつらを片さなくてはならない!
「マルセラ!正面から仕掛ける、かわせ!」
ループから水平に戻した目前の獲物が、その声に合わせて素早く右方向へ飛ぶ。レーダー上、俺の真正面から飛び込んでくるのは、敵の相方の一機。その後ろにはPJも喰らい付いている。素早くガンモードに切り替え。すれ違うまでほんの数秒の数少ない機会を逃す手は無い。照準レティクルを睨み付けた俺は、レーダーとHUDの間で何度も目を動かし、タイミングを計る。相手も同様だろう。真正面、小細工なし。ガチンコで相対した敵機と俺とがトリガーを引き、すかさず回避機動に移ったのはほぼ同時だったろう。バン、と破裂するような音と軽い振動、そしてジェットエンジンの放つ轟音と衝撃が腹の下を通り過ぎていく。食らった!首を左右に振って損傷箇所を確認する。右カナードに命中した攻撃は、翼を半分もぎ取っていた。だが、飛行には何の支障も無い。多少機動力が落ちるだけのことだ。
「くく……まさかヘッドオンからの撃ち合いで負けるとは思わなかったぜ。さすがは鬼神、見事だよ」
「逃さない……!ガルム2、フォックス2!!」
「アルベルト、後ろ!!逃げて!!」
女の叫びとPJの叫びが交錯する。どこに命中したかは確認出来なかったが、俺の攻撃は敵1番機に損害を与えることに成功したらしい。さらに、そのチャンスを逃さずPJがミサイルを発射。直撃こそ免れたものの、至近距離で被弾した敵機が黒煙を吐き出しつつ高度を下げていくのを確認する。
「アルベルト、アルベルト、返事をして!!」
「へっ。計器が馬鹿になっちまったみたいだ、済まない、マルセラ。いつもの場所で待っている。……後を頼む」
そういう関係か、この2機は。思わず、俺はラフィーナの姿を思い浮かべた。もちろん彼女は戦闘機など操れない。だが、俺がどこかの戦場で死んだと知ったら、嘆き悲しむと同時に仇を捜し求めることだろう。新たな憎しみの連鎖。きっと、ラファールを操る女は俺のことを許すことは無い。それが戦争だと言い切るのは、余りに哀しすぎる。相棒は、きっとそんな連鎖を止めたかったのかもしれない。だが現実に、俺たちはこうして新たな憎しみを生み出し続ける。何という矛盾だろう。
「ガルム2より1、XB-0への道が開けた。俺たちも攻撃に加わりましょう、サイファー!!」
迎撃機たちが無様に道を開けたおかげで、俺たちは黒煙と炎を吐き出しながらも飛行を続けるXB-0を正面にようやく捉える機会を得た。エースを相手に、楯代わりの迎撃機たちを撃墜していたせいもあるが、牙を抜かれたように敵機が逃げていく。良し、残るは本体のみだ。俺はスロットルを押し込み、なけなしの燃料を推力にと代えて愛機を加速させる。PJも定位置のポジション――左翼やや後方に陣取って、同様に加速を開始。
「くっ……逃がさない!!」
俺たちを追って、残った一方――ラファールが後方から追いすがる。もう長射程ミサイルを撃ち尽くした敵機にこの距離から出来ることは無い。そのまま敵を引きずって、俺たちはXB-0へとようやく到着する。
「待たせたな、ガイア!」
「何だ、後ろは美人のおまけ付きか?」
「たっぷり恨まれていそうだがな」
くろがねの巨鳥は胴体の至るところから黒煙を吐き出し続ける。ガイアたちの攻撃に傷付き血を流す巨大な空飛ぶ航空基地。科学技術の結晶とも言うべきこのデカブツも、正体が分かってしまえば空飛ぶ巨大な的でしかなかった。既に対空兵装の大半を破壊し尽くされた敵からの攻撃はほとんどない。瀕死の身体を引きずって、XB-0は飛行を続けている。一度後ろから前へと追い抜いた俺たちは、XB-0の頭上でループを描き、速度を同調させながら後ろへと張り付く。狙うは、残り少なくなったエンジン。追撃してきた敵機たちは、今度は爆弾を投げ終えて身軽になった仲間たちの手洗い出迎えを受けて足止めされている。絶好の好機。レーダーロック開始。黒煙を吐き出して停止したエンジンは無視し、未だ赤い火を点し続ける左エンジンを狙う。程なく、ロックオンを告げる電子音が鳴り響く。よし、発射!!最後まで残っていたミサイルが2本、白煙を吐き出しながら加速していく。PJも2発ミサイルを放ち、合計4本の矢がまっすぐに伸びていく。それはエンジンを沈黙させる必殺の一撃になる――はずだった。
「やらせはしない!!"親鳥"を守り抜くのが私の役目!!」
傭兵たちの追撃を振り切って、機関砲を撃ちまくりながら姿を現したのは、敵エース、エスパーダのラファール。悲壮なまでの覚悟とプライドが、彼女をそうさせたのか。XB-0との間に無理やり機体を割り込ませた、その目前で4本のミサイルが炸裂する。巨大な火球が膨れ上がり、デルタ翼の機体を容赦なく切り裂き、引き裂いていく。誘爆こそしなかったものの、ズタズタになった敵機は全身を黒煙に包みながら墜落していく。やがてキャノピーが弾け飛び、白いパラシュートが虚空を漂い始める。
「エスパーダの2機がやられた!?」
「くそ、何て奴らだ、ウスティオの鬼神と悪魔どもめ……」
「迎撃部隊、既に半数が殲滅されました。敵機はなお健在!!」
悲鳴のような平文の通信が飛び交う。今や追い詰められたのはXB-0の方だ。だが、こいつらが狙いを変えた場合を想定して、俺は背筋が凍りついた。確かにXB-0の搭載している兵装には壊滅的な打撃が与えられ、機能を停止しているかもしれない。だが、この巨大な機体自体を武器にして都市に突っ込んだとしたら――500メートルを超える翼を持つ巨大な爆弾が上空から墜落してきたときにまともな姿を残すことが出来る都市などそうはないだろう。オーシアの首都、大都市の一つであるオーレッドであっても壊滅的な打撃を受けてしまうに違いない。どうやら方向的にはベルカの北部を目指しているらしいXB-0が、そのまま足を伸ばしてベルカの首都ディンズマルクに向かったとしたら――!ベルカの連中も参加している「国境無き世界」ではあるが、その名の通り彼らはディンズマルクを消滅させることも厭わない。それはルーメンの爆撃で明らかだ。もしかしたら、このデカブツは切り札ではないのかもしれない。もしこれが最後の切り札だとしたら、もっと盛大な護衛部隊が現れて、俺たちなど今ごろは大空の塵となっているであろう。――やはり、ここでやるしかない。少なくとも、人間の営みが行われていない、この山の上で葬らない限り、XB-0は新たな悲劇を生み出す。
「なかなかしぶといな、XB-0め。タチの悪さは天下一品か」
「だがそろそろ退場して頂かないとな。もう少しで、山が切れる」
「おまえも同じ意見か、サイファー。……やるか」
未だに空を舞い続けるくろがねの巨鳥。機体の至るところから吐き出される黒煙が、青い空を黒く染め上げていく。その煙を振り払うかのように、傭兵たちの戦闘機が襲い掛かる。誰もが思っていた。ここで決着を付けなければならないと。そして、食い止めるには弾丸も燃料も底を付いていると。焦燥感と背筋を凍りつかせる最悪のシナリオに吹き出した冷や汗が、額を、背中を流れ落ちる。その不快な感触に耐えながら、残された機関砲弾を全て叩きつけるべく、俺はXB-0の頭上へと舞い上がった。