王の谷・前編
連合軍が配備した空中給油機による燃料補給を受け、ウスティオ空軍基地から飛び立った仲間たちと上空待機となってからまだそれほど時間が経ったわけではない。しかし、その僅かな時間が途方も無く長い時間のようにも感じられる。目指すアヴァロンはもう目と鼻の先。作戦開始時刻と同時に、シャーウッドたちは敵の待ち受けるアヴァロン要塞へと突入を開始することになる。オーシア、サピン、ウスティオ、さらにはユークトバニアからも動員された航空戦力による波状攻撃。しかも、その大規模な作戦行動自体が実際には陽動であると同時に、アヴァロン本体への圧倒的な攻勢なのだ。だが、敵には何と言っても切り札がある。たとえアヴァロンの対空兵器を殲滅し、戦闘機たちを狩り尽くしたとしても、彼らの保有する核兵器「V2」が発射されてしまえばジ・エンド。この要塞上空の勝利などかき消されてしまうのだ。その悲劇を阻止するためには、こちらの切り札の障害を可能な限り取り払うしかない。――サイファーたちが、あの要塞の中へ突入することを可能にするために。
「ハート・プレイク1より各機。しっかりとお守り抱き締めていろよ。そうすりゃ死なずに助かるぜ」
「ああ諸君、彼の言ってることはひがみ半分だからね。あまり気にしなくていいよ」
「余計な突っ込みいれるな、ビーグル!俺は深く傷ついているんだ!!」
誰もが緊張しているのかと思えば、案外軽口を叩ける連中もいるらしい。こんな場面に似合わないやり取りにシャーウッドは苦笑しつつも、何となく場が和むのを悟った。そう、思いつめても作戦が成功するわけじゃない。"気楽にいこうぜ"――コクピットに自分の身体のほかに誰もいないことは分かりきっているが、頭の中に懐かしい声が聞こえてくる。"さあ、見せてくれ。俺のコールサインを引き継いだ漢の戦いぶりを。ウスティオの誇る若きエースの腕前を。そして見せ付けてやれ。戦場にしか生きる場がないと勘違いした戦争キチガイどもに、お前の翼を"。――分かっています。だから、見守っててくださいよ、ガイア隊長。心の中で呟いたシャーウッドは、腕にはめた腕時計を確認する。作戦開始時刻まであと少し。さあ、いよいよだ。
「マッドブル3より1へ。そろそろ移動しとこうぜ。先陣切るなら、一番前ってのが相場だからな」
「了解です。マッドブル隊各機、ついて来い。アヴァロンへの一番槍は俺たちがもらおう」
「マッドブル2、ヘルモーズ了解!」
「マッドブル4、了解だ」
シャーウッドを先頭に、5機の戦闘機たちがトライアングルをなし、空を駆ける。新兵たちのF-14Dを除けばてんでばらばらの機体編成。まさに傭兵部隊に相応しい組み合わせだった。先陣を切るべく前進を開始したマッドブル隊に、他の部隊が道を開けていく。彼らは知っているのだ。「国境無き世界」のXB-0によって為されたルーメンの焼き討ち。そしてXB-0の暴挙を阻止したウスティオ傭兵部隊と、マッドブル・ガイアの壮絶な死を。だから、垂直尾翼にそのエンブレムを引き継いだ白いSu-37の姿に、集ったエースたちの中には敬礼を施している者までいたのだった。そして、ついに連合軍航空部隊全体が前進を開始する。既に航空部隊に先立って、地上制圧部隊も動き出している。上空の制空権がある程度確保された時点で、空挺部隊も突入する手はずとなっていた。シャーウッドは自分の左右を見回した。国籍も部隊も異なる戦闘機たちの群れが、今こうして轡を並べて同じ空を飛んでいる。共通の目的のために。先の戦争では実現し得なかった光景が、今目前に広がっているのは皮肉以外の何者でもない。それを可能にしたのは、「国境無き世界」の存在なのだから。彼は、HUDの向こうに広がる空を睨みつけ、もう一度腕時計に視線を移した。作戦開始まであと1分を切った。今頃サイファーたちも作戦空域に到達している頃だろうか?「鬼神」と共にある相棒――パトリック・ジェームズの顔を思い浮かべて、彼らの無事を祈る。
「こちらイーグルアイ、イマハマです。ウスティオ空軍全機へ通達します。前方、アヴァロン要塞上空に多数の敵性戦闘機の機影、及び要塞本体の対空兵器の起動を確認しました。――健闘を祈ります、アヴァロン攻略作戦、開始!!」
「マッドブル1、了解!!」
「アッシュ・ソード、了解した」
「ウスティオの連中に続け!!サモナー隊、行くぞ!!」
シャーウッドはスロットルを押し込み、全兵装のセーフティを解除した。ゆっくりと流れていた景色が加速し、アヴァロンを取り囲む山々の風景が後方へと飛んで見えなくなる。もし上空から今の光景を眺めることが出来たとしたら、広範囲にわたる包囲網を狭めていく戦闘機たちの姿と、それを迎え撃たんとする敵部隊たちの姿を捉えることが出来るだろう。国籍を越え、互いにデータを共有して解析しているAWACSチームから刻々と情報がもたらされる。「国境無き世界」にはもともとの所属コードを持ったまま逃亡した兵士たちも少なくないため、そのままのIFF反応だけでは敵か味方かの解析すら難しいのだった。それでも完璧な解析は難しいのかもしれないが、あるのとないのとではリスクが全く異なる。彼らのサポート無くして、この戦闘の勝利は決してあり得ない。レーダーに敵反応――多数!この一戦に備えて、国境無き世界も半端でない航空戦力を投入しているのだ。
「スプリング隊、各機へ。ウスティオの狂犬隊の支援に就くぞ。AIM-7、スタンバイ!!」
中射程ミサイルを保有する戦闘機たちが射程に捉えた目標目掛けて攻撃を開始する。レーダー上にミサイルを示す小さな光点がいくつも出現し、自分たちの光点を追い抜いていく。真っ白い排気煙が何本もシャーウッドたちの進む先へと伸びていく。だがそれは、敵も同様の攻撃を仕掛けてくるだけのこと。レーダー上に出現した小さな光点は敵方からも無数に接近しつつあった。恐らくは戦闘機のものだけではなく、地上の対空兵器から放たれたものも混じっているに違いない。対地攻撃班が一気に高度を下げて低空から侵入を開始する。編隊を組んだまま、シャーウッドは機体を若干降下させつつも、速度を維持して一気に敵へと肉薄する。これほどの規模の空戦ともなれば、最初の一撃を回避すればまず長距離ミサイルによる攻撃を受けることは無くなる。敵味方入り乱れての乱戦では、友軍機に対する誤射のリスクも増すからだ。敵機よりも早く到達した敵のミサイルが、白い排気煙の筋をいくつも空に刻みながら通り過ぎていく。運悪く掴まった友軍機が火球と化す。敵方にも同様の火球が膨れ上がり、引き千切られた機体の残骸が炎と煙を全身にまとわりつかせながら墜落していく。レーダー上、シャーウッドの真正面から突っ込んでくる敵影を確認。素早くガンモードに切り替え、躊躇うことなくトリガーを引きバレルロール。機体同士が激突しそうな至近距離ですれ違った敵機が、後方で火の玉と化し、そして爆発四散する。
仲間たちが歓声を挙げたのもつかの間、マッドブル隊は一番槍の当然の役目として、敵の重囲の中に踊りこむこととなる。だがそれこそ、マッドブル隊の本領発揮というものだ。マッドブル・ガイアの2番機として無茶な戦いを生き抜いてきた今、その術はシャーウッドの中にもはっきりと引き継がれている。乱戦こそ好機!まんまと包囲網の中に飛び込んできた獲物を狩ろうと敵機が目まぐるしく機動を変える。だがそれ自体が、他の友軍機への攻撃を減殺する強力な支援となる。連携も協力も出来ない役立たずの連中ならともかく、この戦いにはウスティオの傭兵たちも数多く参戦している。彼らなら、こっちの意図を理解してくれる。新兵たちのF-14Dがしっかりと後をついて来ている事を確認し、敵の陣形をかき乱し、目の前に飛び込んでくる敵戦闘機を容赦なく噛み砕く。真っ白に塗装されたSu-37はそれだけでも目立つが、左右の垂直尾翼に異なるエンブレムが描かれたマッドブル1――シャーウッドの機体は嫌でも目立つ。同志たちを次々と落とされていくことに業を煮やした敵部隊が群がってくる。そうだ、もっと来い。もっと付いて来い!心の中で叫びながら、シャーウッドは操縦桿を握る腕に力を込める。
「ヘルハウンド1より、対地攻撃班!アヴァロンの対空兵器が案外厄介だ。何とかなるか!?」
「フレーダーマウス了解!任せておけ、ありったけのバルカンを撃ち込んでやる」
「デストロイヤー了解。空の方は任せるぜ。A-10でドックファイトだけはご免だからな!」
上空だけでなく、アヴァロンの表面上でも激しい戦いが繰り広げられていた。対空砲火の火線が無数に空に放たれ、砲台から発射された対空ミサイルの排気煙がまっすぐ大空へと伸びていく。熾烈な攻撃の合間を潜り抜けて突入した戦闘機たちが、翼の下にぶら下げた爆弾を投下する。火柱がいくつも要塞の上に炸裂し、直撃を被った砲台群が根元からごっそりと外れて吹き飛ばされる。赤い炎と黒い煙とが膨れ上がり、へしおれた砲台が横倒しになってさらに大きな爆発を起こす。次の攻撃に移るべく上昇しようとした戦闘機に、違う角度から放たれた対空ミサイルが直撃し、大空へ舞い上がることなくダムの上に叩きつけられて四散する。砲火だけでなく通信も敵味方の叫びで飽和し、時折聞こえてくる断末魔の絶叫が空しく断ち切られるたびに、誰かの命が空に散っていく。それが日々を共にしてきた仲間や知り合いたちであるかもしれない。家族がその帰りを待ちわびている父親なのかもしれない。一人一人の生き様――それすらも確認出来ない凄絶な殺し合い。それを百も承知で機体を操り、機関砲弾を浴びせ、ミサイルを放つ。前線を知らない平和主義者たちには決して理解できないであろう現実。守るために戦い、敵の命を奪わなければ自らが死ぬ。そんな単純な現実の前に、大層ご立派な理屈など何の意味も持たない。
既に編隊を解き、シャーウッドは単機で敵の包囲網をかき回し続けていた。他の4機も巧みに連携しあい、味方の射程内に敵部隊を追いやりつつ、自分たちの戦果もしっかりと稼いでいた。ヘルモーズの2番機はまだまだ荒削りな飛び方だったが、国境無き世界のエースたちを相手に十二分に渡り合うどころか、相手を圧倒している。ラウンデルの3番機がしっかりとサポートしているからこその飛び方でもあったが、翻弄された敵戦闘機が容赦なく撃ち砕かれて火球と化していく。見覚えのあるMig-31の3機編隊がその機動力を活かして敵陣の中に突入し、すれ違いざまの攻撃で敵戦闘機を撃破する。猛烈な推進力を最大限に使って追撃を振り切った3機が、距離を稼いだところで反転し再び突入を開始する。
「ヴァルプス1より、ヴァレンタイン1。最新鋭の綺麗ばかりの連中がそっちに行った。突破させるなよ!」
「当たり前だ。サピン航空隊の本領を見せてくれる。機体の性能差は戦力の決定的な差ではないと言うだろ?」
「確かにな、任せたぜ!ヴァルプス隊、レフトターン、ナウ!!」
レーダーに映りにくい機体特性を活かし、F/A-22の機体が旋回を繰り返す。だがステルスではなくとも、この機体の運動性能は敵機を凌駕する。近距離格闘戦となれば、ステルスであろうとなかろうと大差は無い。機体の運動性能とパイロットの腕前が勝敗を決する。シャーウッドを振り切れないことに自身の回避機動が信頼出来なくなったのか、加速しながらの右旋回を敢行する。それはSu-37の機体性能を充分に把握しているシャーウッドにとって絶好の好機だった。敵機の頭上に被さったシャーウッド機は、敵の高価な機体のコクピットを上下にぶち抜き、パイロットの身体を消滅させる。機首以外は無傷の機体がコントロールを失った空を漂流する。次の瞬間には、シャーウッドは次の獲物を定めて追撃を開始している。戦場全体の戦況がどうなっているのか、連合軍は優勢なのか、それは分からない。だが、別働隊――サイファーたちの突入まで、この大兵力を引き付けておく事こそが自分たちの役目。やってやるさ――!HUDに捉えた敵の後背を睨み付ける。大混戦となったアヴァロンの空。エースたちの意地と意地がぶつかり合う戦場の帰趨は、まだ見えるはずも無かった。
12月31日、1500時ジャスト。ヘレネベルクで燃料補給と搭載兵装の変更を行った俺たちは、作戦開始時刻ギリギリのタイミングでムント渓谷入り口の扇状地帯上空にたどり着いた。"まさかやられたのかと思ったぜ"とウスティオの面々が冗談半分本気半分で語るのに苦笑しつつ、戦列に加わっていた。既にアヴァロン空域では先の戦争以来の総動員によって、大規模な空戦が始まっているであろう。ウスティオの仲間たち、そしてシャーウッドの無事を祈りつつ、ともすれば落ち込んでいきそうな心を盛り上げる。何もここで全員がやられるわけではない。きっとまた、作戦が終了すれば会う事も出来る。
「来たな、待ちくたびれたぜ、ガルム隊!」
「敵さんもお待ちかねのようだ。気合入れていくぞ!!ギズモ隊、突撃開始!!」
「こちらクィーン・ビー。支援は任せて欲しい。ガルム隊に向けられたミサイルは決して命中させない!」
「お、電子戦機隊もいるとは、ついているぞ。よし、始めるとしよう。ジョーカー隊、突撃!!」
ムント渓谷の切り立った崖の只中に、戦闘機たちが次々と突っ込んでいく。渓谷の上空は強固な対空防衛網によって守られている。うかつに高度を上げれば、渓谷に沿って設置された対空ミサイル網にひっかかって撃墜されるのがオチ。だからこのルートの唯一の突破口は渓谷の中しかない。そして敵がそう易々と俺たちを通過させてくれるはずも無く、その途上には迎撃部隊が待ち受けているに違いなかった。だが、のんびりと敵部隊を殲滅させながら進んでいる時間も余り無い。既に開始されている連合軍による大規模攻勢に対して、「国境無き世界」は切り札である「V2」――ベルカが自国内で起爆した核兵器を凌駕する威力を持った最強最悪の核兵器を使用する可能性は極めて高い。だから俺たちは可能な限りの速度でこの渓谷の防衛網を突破してアヴァロンに侵入、核の発射を阻止しなければならない。責任は重大――でも、あまり緊張は感じない。やるしかない。俺たちがやらなくちゃいけない。そう考えていると、不思議と落ち着いてくる。心の奥底に燃える「国境無き世界」に対する怒りは勿論おさまるはずも無かったが。とん、と軽く操縦桿を叩いた俺は、傍らのPJに「行くぞ」、と腕でサインを送り、そしてスロットルを押し込んだ。甲高い咆哮を挙げたエンジンが機体を弾き飛ばすような推力を発し、鋼鉄の翼が大気を切り裂いて飛翔する。高度を一気に下げて渓谷の真ん中を流れる川面が風圧で揺れるほどに低空まで舞い降りた俺たちは、渓谷内のタイトロープを開始した。
「ガルム隊の進入を確認。さあ、何としても守り抜くぞ!!」
「俺たちの役目は彼らの突破だ。抱えてきた爆弾、全部防衛部隊にばら撒いてやれ!」
残りの部隊も、俺たちの後方から突入を開始する。既に先発隊は防衛部隊との戦端を開いていた。切り立った崖が猛烈な勢いで俺たちの側を通り過ぎていく。複雑な崖の表面が高速で迫ってくる光景は決して心臓に良いものじゃない。完全な直線だったらまだましだが、俺たちの突っ込んだ渓谷は天然の谷。複雑に折れ曲がり、さらには敵が手ぐすね引いて待っている最悪のルートを突破するのだ。アヴァロンの内部へと潜り込むことも正気の沙汰でないが、ここを抜けることも狂気の沙汰と言って良かった。一つ目の難所。折れ曲がった渓谷と、その先の橋架に展開する防衛部隊が迫る。だが速度を殺して曲がっている余裕は無い。機体を真横に傾け、全身に圧し掛かるGを歯を食いしばりながら耐えて操縦桿を引く。頭上も崖。目の前も崖。高速で右旋回し、タイミングを計って今度は左旋回。反対方向からのGに身体がシェイクされる。対空砲火の火線が上空と地上とに降り注ぐ。川面を打った機関砲弾が水柱を盛大に挙げている。コーナーを越えた先、渓谷を左右に渡る橋の上には、国境無き世界に属する地上部隊が、対空戦闘車と対空ミサイルを並べて待ち受けていたのだ。先行する友軍機たちが攻撃を開始。防衛部隊からもミサイルが放たれ、白い排気煙が交錯する。直撃を被った友軍機が全身から炎を吹き出し、部品を撒き散らしながらも針路を保ち、対空戦闘車を道連れに四散する。放たれた空対地ミサイルが炸裂し、弾き飛ばされた戦闘車両が谷底へと転落する。橋架の敵部隊への攻撃を友軍に任せて、俺たちはその真下を潜り抜ける。後方から追いすがるように対空砲火が放たれるが、俺たちの姿を捉えることはない。ふと足元を見下ろすと、多数のホバークラフトが一路アヴァロン目指して進撃中だった。重装備の兵士たちが乗るホバーからミサイルやロケット弾が放たれ、俺たちの前方に待ち受ける対空砲台を木っ端微塵に吹き飛ばす。礼を言ってる暇は無かったが、支援に感謝しつつスロットルを押す腕に力を込める。折れ曲がった渓谷の中、右へ左へまるでタンゴのステップを踏むかの如く、俺たちは愛機を操る。再びミサイルアラート。水門を巧みに障害物にした対空攻撃部隊が、対空砲火とミサイルを浴びせて来る。ただでさえ狭い渓谷内で機体をローリングさせて回避。友軍機の何機かが地上攻撃のため高度を川面スレスレまで降下。1機が対空砲火の直撃を被って空中分解。水面に叩きつけられて四散する。これで本当に潜り抜けられるのか!?
「レイバー1より各機、ガルム隊を突破させれば我々の勝利だ。ひるむな!!今までの借りを全部まとめて返すんだ!!」
「了解!!」
低空から侵入した友軍機が一斉に攻撃を開始する。対する敵部隊の応射も熾烈。対地ミサイルの直撃を食らった戦闘車が砲台をあらぬ方向へ弾き飛ばしながら燃え上がる一方で、対空ミサイルの集中攻撃を浴びた戦闘機が破片をばら撒きながら尚も突進し、水門に突っ込んでいく。戦闘を突っ走るF-16Cにも対空砲火が浴びせられ、翼に、胴体に、直撃の弾痕が刻まれ、破片を撒き散らす。だがパイロットは回避行動を取らない。友軍機たちに対空ミサイルの目を向けている戦闘車たちを獲物と定めて、頑なに針路を変えずに直進する。対空ミサイルの1発が至近距離で炸裂し、キャノピーを弾き飛ばす。
「レイバー1より、ガルム隊。これで全部借りは返したぞ。後は任せる!!」
「隊長ーっ!!」
炎に包まれたF-16Cが、俺たちの目前で大地に衝突し、そして対空戦闘車たちをめくりあげて爆発した。その真上を通過。対地攻撃に向かった連中のうち、生き残っているのはわずか1機。あのレイバー隊の5番機のみ。俺たちに煮え湯を飲まされ続けてきたはずのあの隊長機が、格好付けやがって!――ああ、任されたぜ。必ず国境無き世界を止めてみせる。改めてそう心の中で呟き、前方を睨みつける。今は冥福を祈っているような暇は無い。レーダーをちらりと見ると、早くも次の迎撃部隊の姿が見える。そして予想以上に撃ち減らされている友軍機たちの光点。俺たちを囲むように、俺たちの盾代わりとなりながら、それが当然とでも言うように連中が渓谷を駆け抜けていく。俺たちが遅れるわけにはいかない。最前方の友軍機が、パイロットの断末魔と共に火球と化す。地上部隊の光点にまぎれて、渓谷を反対方向から突入してきた戦闘機が目前に迫りつつあった。俺は素早くガンモードを選択。その針路上に機体を強引に割り込ませる。PJも同様にスタンバイ。これくらいは俺たちにやらせてもらう。前方、左方向へと曲がった渓谷の壁から、敵戦闘機が飛び出してくる。向こうはこちらに斜線を向けられない。好機!特徴あるデルタ翼とカナードが目に入る。すかさずトリガーを引き、機関砲弾の雨を浴びせる。ラファールの2機編隊が炎と黒煙に全身を包まれ、一方が渓谷の岸壁に。一方が海面に叩き付けられてそれぞれ爆発、四散する。
「俺たちは止まらない。邪魔をするなぁぁっ!!」
PJの叫び。そして友軍機たちの歓声が挙がる。機体を一度渓谷右側へと寄せて90°ロール、左旋回。視界を岩肌が高速で流れていく。ぐるりと機体をロールさせ、再び水平に戻す。速度は落とさない。再び前方に橋架。当然のことながら、敵迎撃部隊が俺たちを手荒く歓迎する。敵にしてみれば、渓谷を事実上直進するしかない俺たちを狙えばよい。だから、連中の射線は、対空ミサイルはともかくとしてほとんど狙いは付けられていない。だがこの狭い渓谷内だ。下手な鉄砲も何とやらで、危険であることは違いない。普通の空なら決して当たるはずのない攻撃であっても、今日のように極端に戦闘空域が制限された環境下では、対空砲といえども侮れないのだ。橋の上に並んだ対空戦闘車が一斉に火を吹く。今度の部隊の指揮官はさっきの奴よりも嫌らしい。橋の下に対空ミサイルを並べ、橋の上からは猛烈な対空砲火。それも渓谷の上方に向けて。蓋をされた俺たちは必然的に高度を下げるしかない。そしてそこは対空ミサイルの攻撃スポットなのだ。
「あの臆病者揃いのレイバー隊ですら意地を見せたんだ。ジョーカー隊、続けーっ!!」
「おい、無茶するな!!ECM支援に回る!!」
俺たちの前方を飛ぶ一隊がさらに加速。敵部隊へと肉薄していく。だが敵の狙いは極めて正確だった。一斉にミサイル発射を告げる警報音がコクピット内に鳴り響き、そしてレーダー上にミサイルの小さな光点が多数出現する。対する友軍機も負けじと反撃。後方を飛ぶEA-18Gが必死の電子戦防御を繰り広げるが、ミサイルの数が多すぎた。1機、また1機とミサイルの炸裂によって引き千切られたSu-37が、消滅の寸前まで機関砲を、ミサイルを、そして爆弾を放ち続ける。盛大な水柱を吹き上げて四散していく友軍機たちの向こう側で、パイロットたちの意地の攻撃がミサイル砲台を、対空戦闘車輌を捉えた。
「ジョーカー2より1、グッドラック!ガルム隊のサポート、任せましたぜ!」
「くっ……分かった、任せろ。俺は必ず生き残る。ガルム隊を守ってみせる!」
「ジョーカー隊の敵討ちだ。敵を生かして返すな!シリウス隊、前方に攻撃を集中!!」
F/A-22の5機編隊が対空砲火の雨の中を巧みに潜り抜け、ジョーカー隊の切り開いた突破口をさらにこじ開ける。前方に集中された攻撃により、ついに橋桁が土煙をまきあげながら崩壊する。地鳴りのような轟音を挙げながら、橋の形が崩れていく。慌てて橋の上の車輌と兵員たちが逃げ出すが、橋の崩れ落ちる方が先立った。まるでテレビの解体ショーを見ているかのごとく崩れ落ちていく橋。俺たちはその土煙の上を飛び越していく。渓谷を埋め尽くすように舞い上がった粉塵の中を生き残りの戦闘機たちが次々と突破していく。
「敵さんも必死だぜ」
「全くだ。俺のところにも攻撃が集中してきやがる」
「ボーティスよりペンギン2、そりゃお前の機体のカラーリングが良くない」
被害は決して少なくない。だが渓谷内を突き進む連中の戦意はいよいよ盛んになっている。やれるさ――!HUDを、そしてレーダーを睨み付け、俺は愛機の操縦に集中した。俺たちが落とされてしまったら、元も子もないのだから。
レーダー上を、敵味方の光点が入り乱れて互いに噛み合っている。戦闘機と戦闘機とが互いの後ろを取り合う場にいるわけではなかったが、イーグルアイのE-767がある場所は、紛れも無き戦場だった。友軍の、そして敵軍の交信が飛び交い、時に断末魔の絶叫が聞こえて無慈悲にブツリと通信が切れるたびに、イマハマは胃の辺りに冷たいものが落ちていくような気分になった。アヴァロン上空の制空権争いの戦いは互角。本腰を入れた連合軍が動員した航空部隊は、B7R以来と言って良いであろう精鋭部隊ばかりであったが、それを以ってしても抜けない規模と実力を敵航空部隊は持っていた。ここで負ければ後が無いというのも連中の強みの一つではある。さらには各国のエースと呼ばれていたパイロットたちまでが「国境無き世界」に与したことも理由の一つだろう。だが、その腕前と最新鋭の機体を手にしたクーデター軍に対し、連合軍部隊は善戦していた。後が無いのは我々とて同じ。装備面では劣るはずの連合軍戦闘機部隊を、「国境無き世界」は明らかに持て余している。そして激戦区となった空の上を、シャーウッドたちマッドブル隊が思う存分かき乱し、展開を崩された敵部隊は他の連合軍部隊の餌食になっていくのだった。まるでマッドブル・ガイアが乗り移ったかのような奮迅ぶりに、友軍機たちもつられているのだ。"マッドブル1をやらせるな"――各国のエースたちが、異口同音にそう叫びながら奮戦する様が思い浮かんで、彼もまたウスティオのトップエースのひとりになったんですねぇ、とイマハマは素直に喜んだ。ウスティオ基地の立場上、そして傭兵部隊と余りに深い関係を持ってしまった彼が、本来の出世ルートに乗れるかどうかは微妙だ。だが、シャーウッドは間違いなくマッドブル・ガイアやサイファーがそうであるように、戦場において兵士たちから信頼されるに足るエースとなるだろう。だから、こんなくだらない戦いで決して死なせるわけにはいかない。オーシアのAWACS"シャワークラウド"、サピンのAWACS"カルナバル"と連携して、イーグルアイはアヴァロン上空を駆け抜ける戦闘機たちの指揮に没頭していた。
「マッケンジー少佐、ガルム隊の状況はどうですか?」
「現在ムント渓谷の中間ポイントを通過。予想以上に敵が多く、こちら側の被害も甚大です」
「そうですか……でもやってもらうしかありません。連合軍航空基地に引き続き支援要請を出します。貴方はサイファーたちのサポートに専念してください」
「了解です、お任せします、中佐!!」
再び自分の端末に視線を戻したマッケンジーは、険しい顔でモニターを睨み付ける。アヴァロンの空よりも厳しい戦いを強いられているサイファーたち。だが、ウスティオの傭兵たちは無茶な提案を喜んで受け入れてくれたのだった。借りっ放しのツケをまとめて支払うチャンスだ――笑いながら、そう応えた傭兵たちの姿が忘れられない。サイファーたちの身代わりに死んでくれ、と言っているような作戦であるにもかかわらず、彼らは自ら死地に立つことを了解したのだ。そんな彼らの姿を、前線を知らない人間たちは奇異に思うだろう。だが、信頼する仲間たちのために敢えてそんな決断をすること自体、それは極めて人間的なことではなかろうか?報酬目当ての殺人者、戦争の犬、唾棄すべき戦争愛好者――傭兵たちに向けられるのはそんな罵詈雑言ばかりだ。だが、イマハマは知っている。彼らの人間としての姿を。正規兵、傭兵といった垣根を越えて信頼されるエースの姿を。だから、傭兵たちも、そしてオーシアやサピンの軍人たちまでが、サイファーの支援を引き受けたのだろう。
「マッドブル1よりイーグルアイ、戦況はどうなっている!?」
敵の重囲にあって、敵を翻弄し続けているシャーウッドの声に迷いも疲れも無い。強靭なハートに支えられたエースの姿がそこにある。お守りの効果もきっとあるのだろう。
「こちらイーグルアイ、イマハマです。周辺基地から応援部隊が向かっています。驚いたことに、ベルカ国防空軍からもいくつかの航空部隊が向かってくれています。しんどいでしょうが、踏ん張ってください」
「マッドブル1了解!さあ、俺に落とされたい奴はかかって来い!!」
「マッドブル隊の支援に回る。フェイカー隊、空域東部の連中に当たるぞ、付いて来い!!」
激戦は続く。敵にも信念があるのだろうが、世界を焼き払おうとしている連中を看過することなど出来ない。それは正義でも大義でも何でもない、ただの虐殺でしかないのだ。どんなに真っ当そうな理由を付けたとしても。戦争の名の下に殺し合いをやっているのはお互い様だ。自分の手も血塗られている。だが少なくとも自分はもうこれ以上悲しみを生み出さないために戦っているのだ、とイマハマは信じたかった。レーダー上から光点が一つ、また一つと消えていく光景を見ないで済む世界のために。家族の帰りを待つ人々が泣くようなことが無いように。戦争の目的のために、戦う術を持たない人々が抹殺されるようなことが無いように――。そのためには、踏み潰させてもらいますよ、国境なき世界。それに、片羽の妖精。レーダーのモニター画面を睨み付けるイマハマの姿は、前線を知らない官僚軍人と陰口を叩かれた男のものではなく、指揮官の重圧を背負った紛れも無き軍人の姿だった。