COUNT DOWN


レーダー上から、ガルム隊の一方の機影が消滅する。撃墜されたのが、鬼神なのか、その2番機なのか、ロッテンバークには判断が付かなかった。だが、左前方を飛ぶラリー・フォルクは鬼神の名を読んだ。つまり、生き残った方が鬼神なのだろう。片羽の妖精のパーソナルカラーで塗装されたその最新鋭機の右翼が、鮮血を浴びたように生々しく赤く光って見える。ロッテンバーク自身、エスケープキラーとして味方を葬り、ある時は濡れ衣を着させて抹殺するようなミッションにも関ってきている。だから、味方を攻撃することにあまり躊躇いは無い。だが――共に背中を信頼して任せて、数々の戦場を渡り歩いてきた仲間を、戦術レーザーの一撃で抹殺するようなことが自分に出来るだろうか――?今、目の前でそれをやって見せたラリー・フォルクに対し、ロッテンバークはむしろ呆然としていた。片羽の妖精は、冷ややかに、むしろ冷酷と言って良いほどに目の前の光景を見下ろしているのだった。かつて、レオンハルト・ラル・ノヴォトニーへの復讐に逸っていた自分は、別の意味で冷徹だったに違いない。だが、自分の冷徹さとラリー・フォルクの冷酷さは全く異質なものだ。傭兵の世界において、仲間や戦友に対する裏切りは致命的なものと聞いている。だまし討ちと言われても仕方の無いやり方で戦友の一人を葬ったのは、覚悟を決めた人間の為せる冷酷さなのだろう。例え、傭兵の世界でやっていけなくなったとしても、己の信じた道を貫き通す、という覚悟。そして、相棒と呼んだ男をここで抹殺する、という――。
「ラリー、お前、今自分が何をやったのか、分かっているんだろうな?」
聞こえてきたのは、何度も戦場で聞いていた親の仇の声。だがその声は、今まで聞いた声の中で最も冷たく、そして同時に静かな怒りに震えているかのようだった。やはり鬼神は生き残っていた。いや、片羽の妖精は敢えて困難な道を選択したのだ。ベルカ戦争において、ベルカの兵士たちから恐れられた最強最悪のパイロット。国境無き世界のエースたちからも最大の敵と目されていた、ウスティオ傭兵部隊のトップエース、「円卓の鬼神」を、直接倒すために。
「勿論だ、相棒。PJは残念だった。――だがな、こうしないとお前はきっと戦ってくれないだろう?」
「ラリー、俺とお前が戦うことに何の意味がある?勝敗は既に決した。今更殺し合いをする意味などもうないはずだ!」
「……相変わらず火付きの悪い男だな、お前も。それにまだ何も終わっていない。もし足らないというのなら、もう少し加えてやろうか?例えばあの白いSu-37とか、な?」
「――酔っているな、相棒」
「俺は至ってシラフだ」
「違う。お前は憎しみと血に酔ってしまった。……何故だ?」
「お前が言えた義理なのか、相棒。無数のパイロットたちの屍の上に立つお前が?」
表面上は挑発的なラリー・フォルクの言葉だったが、その声はとても哀しげにロッテンバークには聞こえる。この男は本心で話していない。彼の乗る戦闘機は、どちらかと言えば異形と呼ぶに相応しいフォルムをしている。そして、まだ試験的運用でしか使われたことの無い最新鋭の兵装を搭載したあの機体は、間違いなくこの戦場において最高の性能を持ち、最大の破壊力を持っているに違いない。だがそれを以ってしても越えられない「何か」を鬼神は発している。まだ姿の見えない敵から感じる強烈なプレッシャーを、ロッテンバークも感じていた。
「なぁ、ロッテンバーク。俺を愚かだと思うか?共に戦い、俺たちの背中を見て飛んできた若い奴をこの手で殺した俺は、やっぱり愚か者だろうか?」
ロッテンバークに答えられるはずも無い。愚かだというのなら、血を流さないと何かを変えられない人間の存在自体が愚かなのではないか。
「――私には分かりません。本当に世界をリセットする必要があるのかも、この戦いの意義も」
「どうやら、完全に復讐の呪縛からは解き放たれたようだな。それでいい。申し訳ないが、相棒は俺の獲物だからな。――後は好きにするといい。俺たちの決着を見届けるのも、戦線から離脱するのも、お前の自由だ」
モルガン 「隊長!?」
「俺やブリストーのような確信犯は別として、この組織の理想に殉じていった奴らの記憶を引き継ぐ奴も必要だ。今のお前なら、その役目を任せられる。生き残って、どうしたら俺たちが目指そうとした理想を達成出来るのか、考え続けろ。隊長としての、最後の命令だ。――じゃあな、そろそろ行かせてもらうぜ。相棒が首を長くして待っているから、な」
キャノピーの向こうで、ラリー・フォルクが腕を振るのが見えた。やがて正面に視線を戻した彼は、新たに手に入れた機体を加速させた。2基の大柄なエンジンから炎を吹き出して、あっという間にその姿が遠ざかっていく。それは、二度と帰還することの無いエースの、最後の出撃だった。その後姿が、ぼやけて滲む。自分にこんな感情がまだ残っていたのか、とロッテンバークは驚いた。通常に考えれば、勝利を手にするのは片羽の妖精だろう。だが、相手はあの鬼神だ。――隊長は、雑兵の手にかかることを潔しとしなかったのだ。だから、心から信頼しているのだろう「円卓の鬼神」の手にかかることを臨んだに違いない。――馬鹿だ、馬鹿だよ、隊長。そんなことをしなくたって戦いは終わっているのに――だが、もう声は届かない。せめて、その戦いを最後まで見届けよう。涙を拭ったロッテンバークは、見えなくなった後姿に、呟いた。
「――ガルム2、グッドラック」
コクピットの外に広がる空が、とても哀しかった。核の炎が街とそこに生きる人々を焼き尽くしたあの日、自分の前から去っていった相棒。そして、俺の目の前で、撃ち殺されたジェームズ。俺の背中を任せた奴らが、俺の前から消えていく。戦場で無数の敵を葬り続けてきた報いなのだろうか。俺の前から去った相棒が、敵として俺の前に立ちはだかるのは。
「こちらガルダ、依然としてガルム2の消息は確認出来ない」
「ミンストレルよりガルダ、引き続き現場の捜索を継続する。オーバー」
アヴァロンの大地に姿を消したジェームズを探して、仲間たちも必死になっている。だが、アイツが生きている可能性は万に一つも無いだろう。俺やラリーを目標にして飛び続けてきたジェームズにとって、これ以上残酷な幕引きはあるまい。そして、俺にとってもこの戦いは過酷なものだ。あの片羽の妖精と、サシで戦わなくてはならない。だが引くわけにはいかない。ラリーにはラリーの信念があり、だからこそ敵として国境無き世界に与したのだ。その過ちを正すのは、俺の役目だ。ラリーを引き止めることが出来なかった、この俺の。
「――ガルム1よりイーグルアイ、聞こえるか?アヴァロン上空の友軍機を離脱させてくれ」
「貴方一人で世界を背負うつもりですか、サイファー?」
「これ以上、知っている奴の死は見たくない。俺とラリー、どちらかの死でもう充分だろう?――頼む、イマハマ中佐」
むぅ、と唸る声と共に、相手が沈黙する。確かに現在生存している各機による集中攻撃という方法もあるだろう。だがそうなれば、ラリーは必死に抵抗する。連合軍に更なる甚大な被害が出る可能性もある。奴に勝てるとは思っていない。だが、これ以上、仲間たちの死は見たくない。身体を張って俺たちの突撃を支えてきてくれた奴らに、これ以上の犠牲を強いることは出来なかった。
「ハートブレイク1、了解したぜ。ただし、アンタがやられたら俺たちが総がかりでやる。おら、オーシア空軍の生き残り、さっさと上空から退避しろ。巻き込まれたくなかったら、な」
「マッドブル1よりウスティオ、サピン両軍の作戦機へ。アヴァロン上空より一時離脱。ガルム2捜索機も直ちに安全空域へ退避せよ。……サイファー、お任せします。グッドラック」
イマハマの旦那の答えよりも早く、仲間たちが反応した。踵を返してアヴァロンの空から離れていく仲間たち。敵の最終要塞の上空は、俄か作りのコロセウムと化していく。
「――優しいことだ。まあいい。やる気になってくれたことに感謝する」
「俺は優しくなど無い。死んでいったジェームズのために、今はまだ涙を流すことも出来ない冷血人間だ。だがな、お前のやったことは絶対に許せない。――落させてもらうぞ、片羽の妖精」
「やれるものならな、円卓の鬼神!!」
ECMをかけて姿をくらましていたのだろうか、レーダー上、俺の真正面に敵影が一つ映し出される。俺は素早くコクピット内のディスプレイを確認した。ここまでの戦いで残弾数は少なくなっている。無駄撃ちは出来ないが、まだいける。小細工なし、手加減は一切無し。アヴァロンの空で対峙した2機が、大気を切り裂いて飛翔する。互いの姿を獲物として捉えながら。一瞬、前方の空が赤く光ったように見えた。これだ。これにジェームズはやられてしまったんだ。瞬時に反応した身体が、愛機を強引にローリングへと持っていく。Gが圧し掛かり、身体が右方向に思い切り振り回される。キャノピーの真上を、少し赤みを帯びた白い光の本流が通り過ぎていく。宙空に出現した光の柱は、それに触れたものを焼き尽くし蒸発させる禍々しい兵器だ。ぐるん、と光の上スレスレにポジションを取った俺は、突っ込んでくるラリー機目掛けて、機関砲弾のトリガーを引いた。狙いは適確。だが機体に弾痕が穿たれることは無く、まるで空間が捻じ曲げられたかのように曳光弾の筋が明後日の方向へと飛ぶ。数発だけ、まっすぐと進んだ光の筋が、相手の戦闘機が背負った大きなバックパック状の物体の表面に弾かれる。加速して距離を取ろうとスロットルレバーを押し込んだ俺の後方で、呆れるような僅かな旋回半径で反転したラリーが、再び俺を狙ってくる。こいつは厄介だ!音速よりも早く飛んでくるあの光を回避するには、相手の狙いを先読みして飛ぶしかない。だが、弱点もある。あの光は進行方向にしか発射出来ない。それさえ分かっていれば、回避の方法もある。右急旋回。天地が垂直へと切り立って流れ始める。数秒後、機体をさらに180°回して左旋回へと切り替えてアフターバーナーON。機体を赤い光が掠めていくのをすんでのところで回避して反転、その鼻面に再び攻撃を浴びせる。だが撃った弾数ほどにダメージがほとんど入っていない。くそ、何か仕掛けがあるらしいな。
「どうだ相棒。これが俺とお前の差だ!長く戦場にいた奴らは、不死身のエースの存在を信じているみたいだがな、それは大きな勘違いだ。相棒、お前のことだ!!」
前進翼に2基の大きなエンジンとそこに続くエアインテーク、そして大きく前へと伸びたノーズ。赤く塗られた右の主翼。見たことも無い機体が真正面から迫り、背中に背負ったバックパックの目が赤く光る。操縦桿を前へと倒し、スロットルレバーを押し込んで降下。奴の真下を潜り抜けて背後へと抜ける。光の柱を振り回した奴の機体がゆっくりと上昇を開始する。
「イーグルアイよりガルム1。現在、敵戦闘機の解析を進めている。解析が完了するまで、何とか持ち堪えてくれ!」
「厄介な相手だ。早く終わらせてくれると助かる。こちらの攻撃がうまく当たらない!」
だが全く命中しないわけではない。現に攻撃が捻じ曲げられる反面、何発か通り抜けたこちらの攻撃は確かに命中しているのだ。何度目かのヘッドオン。射角を確保できなかったのか、レーザーではなくミサイル攻撃に切り替えたラリー機から白煙が揺れる。コクピット内に鳴り響くミサイルアラート。だが攻撃のチャンスはこちらにもある。バレルロールで放たれたミサイルを回避しつつ、奴の背負った戦術レーザーポッドを狙ってミサイルを放つ。続けてガンアタック。目標に進む前に針路を変更させられたミサイルが虚空に虚しく排気煙を伸ばしていくが、叩き込んだ攻撃は先ほどよりも多く命中し、火花がラリー機にはぜる。コミックじゃあるまいし、ラリーの乗る戦闘機はどうやら電磁妨害のようなフィールドが形成され、それによって攻撃が防がれているような状況だった。だが効いてはいる。最終的にはあのフィールド自体を何とかしなければならないが、攻撃が入らないわけじゃない。加速して距離を稼いだ俺は、今度こそあの光の柱を封印すべく、再び真正面に陣取った。対するラリー機、速度を大幅にダウン。結果として彼我距離が大きく開く。何のつもりだ?これではレーザー攻撃も射程範囲外のはずだ。警戒してスロットルを少し抑え目にする。レーダーに、ラリー機が放ったらしいミサイルの姿が映し出される。嫌な予感がする。アイツが遊びでミサイルを無駄撃ちするはずはない。直進の危険を察知した俺は、機首を跳ね上げて急上昇に転じた。途中、機体を少しロールさせて下を眺めると、空を虚しく進むミサイルの排気煙が見えた。不発?それにしても1発だけ?俺の疑問は、その直後に解決した。通常の空対空ミサイルと比べると大柄なそのミサイルは、とてつもなく物騒な代物だった。閃光を発して炸裂したミサイルは、通常弾では考えられないような巨大な火球を出現させ、中の大気を燃やし尽くし、そして引き裂いてかき回したのだった。衝撃派が機体を大きく揺らす。その閃光を隠れ蓑として、ラリー機が急速接近。再び放たれたレーザーが機体を掠め、コクピット下を焦がす。ダメージは無し。だが高熱の攻撃を浴びた証として、黒い筋が刻まれる。ふう、やばかった。
「よくかわしたな、相棒。これが散弾ミサイルだ。大した威力だろう?おまけにこいつの射程は段違いに長い。あんまりチンタラ戦っていると、こいつがお仲間の所へ飛んでいくことになる」
「いつから機体と兵器の性能にあぐらをかくようになった、相棒?腕が鈍っているんじゃないか?」
「お前だからかわせるんだ。並みのパイロットなら既に10回は死んでいるさ。が、逃げ切れるか。この機体の性能は伊達じゃないぞ!」
轟然と炎を吹き出しながら、ラリー機が垂直上昇。なんて馬力とスピードだ。俺の愛機を以ってしても、まともに付いていくのは辛いだろう。俺の頭上へと舞い上がった奴は、上空からの有利な攻撃ポジションから俺を狙う。のんびり飛んでいればあの洒落にならないミサイルの餌食。かといってミサイルに気を取られていてはレーザーの餌食。くそったれ、どっちに転んでも地獄行きか。レーダーにミサイルの影が出現。あのミサイルには大した誘導機能が無いことに俺は気が付いた。初弾を上昇で回避した俺に対し、奴は上と下、どっちに狙いを付けたか――。考えている時間は無かった。180°ロール、思い切ってパワーダイブ。黒煙をあげるアヴァロン向かって一気に高度を下げていく。閃光がアヴァロンの表面に反射し、俺の後方でミサイルが炸裂したことをしらせる。コクピットの中にまで飛び込んでくる轟音と衝撃が機体を揺さぶる。速度を殺さずにゆっくりと機首を引き上げて、アヴァロンのすぐ真上を舐めるように飛ぶ。構造物の下を潜り抜けて、上空から放たれるラリー機のガンアタックをかわす。業を煮やしたラリー機が同高度まで下りてきた瞬間に上昇に転じて距離を稼ぐ。
再び後方からレーザー攻撃が放たれる。加速しながらローリング。これも辛うじて回避してインメルマルターン。久しぶりに奴の正面を捉えることに成功する。さあ反撃だ!その背中に背負った物騒な奴。まずはそれから引き剥がしてやる!向こうから放たれるミサイルを回避し、目標目掛けて俺は攻撃を殺到させた。火花がいくつも跳ね回り、レーザーポッドを取り付けていた部品が弾け飛んだ。高速で飛行する戦闘機は常に強烈な大気との摩擦にさらされている。支えを失った物体がその身を支えられるはずも無く、根元から吹っ飛んだポッドが空中を回転しながら舞う。重量物を引き剥がされたショックか、ラリーの機体が下方向へと揺れる。まずは一撃!さあお次は物騒なデカブツミサイルの方だ。
「こちらイーグルアイ、イマハマです。サイファー、聞こえますか?」
「何だ、交戦停止命令なら聞かないぞ。ラリーの奴に言ってやってくれ」
「いいから人の話を聞きなさい!!今あなたが戦っているのは、ADFXという略称で呼ばれていた、ベルカ空軍の試作戦闘機の片割れです。我々が撃墜したフレスベルクの格納庫があった基地を覚えていますか?あの基地を占領した陸軍部隊が、地下ドックから発見したのがあの機体でした。資料では、試作機は2機作られたことになっています。そのうちの1機はオーシアが結局接収しました。だが、もう1機がどこからも見つからなかったんです。そう、ラリー君が乗っているあの機体こそもう1機です。むしろ、あの機体こそが、試作機の本当の姿と言うべきでしょう。ADFX-02「モルガン」があの機体の名前です」
「じゃあ、あの物騒なレーザーやミサイルもベルカ印というわけか?」
「その通りです。しかも敗戦処理のどさくさに紛れて、超大国たちが研究資料を洗いざらい持ち去ったようですね。何しろあの威力です。量産された暁には、制空権の奪い方が根本に変わってしまいます」
少なくとも、ベルカはその量産を出来なかった。もしあんな機体が大量に登場でもしたら、葬られていたのは俺たちの方だろう。散弾ミサイルを横に並べて撃たれた日には、多少の命中誤差など関係ない。大空を覆い尽くす破壊的エネルギーによって、俺の肉体など愛機ごとミンチにされてしまうに違いない。
「やるな、円卓の鬼神。それでこそ、戦場を駆け抜けるウスティオの猟犬だ!」
「ラリー、お前本当に俺たちの敵なのか。それとも違うのか!?」
「さあな。それを決めるのはお前だろう、相棒!!」
ミサイルが真正面から連続して放たれ、俺に襲い掛かる。フットペダルを蹴っ飛ばし、機体を跳ね上がらせつつ回して攻撃を回避。進行方向の空に散弾ミサイルの姿を見つけてすかさず反対方向へと飛ぶ。空を真っ白に漂白するような閃光と轟音、それに衝撃が空を震わせる。1対1の空中戦とはとても思えないような壮絶な光景だろう。そんな相手に比べると、俺の武装は何とも貧弱だ。これが21世紀の戦闘になど、決してなって欲しくは無かった。だがその破壊力ゆえに、あの兵器は至近距離での使用が難しい。相撃ち狙いならともかくとして、自らも巻き込まれてしまうからだ。装弾数の少なさも幸いしたと言うべきか。俺の機体よりも大柄なあの機体を以ってしても、せいぜい数発が限度。だが相棒にだらだらと戦いを続ける気はさらさら無いらしい。レーザーポッドを吹き飛ばされたラリーは、低空から俺との距離を稼いで再び真正面から向かってくる。その機体から、複数のミサイルが同時に放たれる。散弾ミサイルとの付き合い方にこちらが慣れ始めたことを見越しての、それは連続攻撃だった。俺はその懐に飛び込みかけている自分に気が付いた。間に合うか――!?俺の進行方向に対し、三方に広がって放たれたミサイルのカバーする範囲は相当なものだ。このまま進んでいてはかわすことなど出来はしない。逃げ口は……後ろしかない。スロットルOFF、エアブレーキON。通常のミサイルとは違って自らも突っ込む事ができない以上、後ろを晒すのは止むを得なかった。強引に機首を跳ね上げてインメルマルターン。半ば視界を失いかけながらも反転に成功し、即座に俺はスロットルを叩き込んだ。後方で大気が引き裂かれ、衝撃波が襲い掛かってくる。機体が何度も揺さぶられ、身体に食い込むハーネスの痛みに俺は苦痛のうめきを挙げた。出現した火球のかろうじて縁を掠めて攻撃を逃れた俺は、とりあえずラリーの姿がすぐ側にないことを確認してため息を吐き出した。おいおい、こんな戦い、そうそう長くはやってられないぞ。早くケリを付けたいのは、むしろ俺の方だった。身体も辛いが、心も軋む音をたてるほどに辛い。これまで戦ってきたエースたちとの戦いは、少なからず戦闘機乗りの血を熱くさせるものだった。だが、ラリーとの戦いにそんな気分は無い。一閃一閃攻撃をかわす度に、辛さが先立っていく。
「やっぱり大した奴だよ、相棒。――だが、まだ迷っているらしいな。ちょうどいい。今から面白いものを見せてやるよ」
まだあの機体に何か積んでいるのか?俺から距離をとって旋回するラリーのADFXの姿を遠くに見つつ、こちらも次なる攻撃のチャンスを伺って旋回する。さあ、次は何を出す?異変に最初に気が付いたのは、俺ではなくイーグルアイの方だった。
「!?アヴァロン要塞、ミサイル制御機構の再起動を確認!どういうことだ。全てミサイルは破壊したのではなかったのか?」
俺たちが突入して破壊したミサイルサイロとは別の口が一つ、開かれている。その下から、煙と炎を吹き出しながら、「何か」が猛烈なスピードで上昇を開始していた。地上に姿を現した「何か」――多弾頭核ミサイル「V2」を搭載したミサイルが、真っ赤な炎を吐き出しながら大空を駆け上がっていく。ミサイルを背負うようにして、ADFXが俺にその正面の姿を晒す。
「……時間だ。残念だったな、相棒。お前たちが破壊したのは、囮のミサイルだったのさ。本命は既に安全な場所に移され、解放の時を待っている。これで、世界は変わる。「V2」で全てをリセットして、次の世代へ未来を託そう。この過ちだらけの世界に終止符を打つには相応しい日だ。そうは思わないか、相棒?」
「こちらイーグルアイ、ガルム1聞こえるか!敵の解析が完了した。イマハマ中佐の言うとおり、あの機体はADFX-02。ベルカの開発した新世代の新鋭戦闘機だ。しかもあの機体は強力な電磁妨害を展開している。有効な打撃は、あの機体のエアインテークにぶち当てるしかない。それ以外は大した効果が得られそうも無い。真正面からの集中攻撃を浴びせるんだ。それ以外に、君の勝つ術は無い!!」
戦闘機ではとても追いつけないような速度でミサイルが高空へと姿を消していく。あの先っぽに搭載された弾頭が再び大気圏に戻ってきた時が、この世界が焼き尽くされる時の始まりということなのか。ラリー、お前はどうしてそこまでこの世界を憎むことが出来る。どうしてそこまでして戦おうとする?
「そうそう、言い忘れていたが、今のミサイルの目標はディレクタスにセットさせてもらった。確か、お前の可愛い娘と最愛の妻が住んでいるのはあの町だったよな、相棒?ウスティオ空軍傭兵部隊の長として留まろうとしているお前のために。――分かっているな、あと6分だ。それまでに俺を片付ければ家族は助かる。片付けなければ、一巻の終わり」
挑発的な言葉とは裏腹に、ラリーの声はどこか寂しげなものに聞こえていた。だが、奴の狙いが俺ではなくラフィーナたちに向けられたことで、俺の中の何かが吹っ切れた。お前、そこまでして俺たちを苦しめたいのか。俺たちが解放したあの街を、お前は自ら焼き払うというのか。
「その次の目標は、ヴァレー空軍基地だ。俺たちを最後まで苦しめたあの基地を今度こそは灰燼に変えてやる」
「――そんなことは、決してさせない」
「シャーウッドか。きっといい面構えになったんだろうな。一端の男になったお前をここで葬るのは哀しいが、何、お前の最愛の娘もすぐに同じところへ送ってやる。寂しい思いは決して――」
「そんなにしてまで戦いたいのか、相棒」
放っておけばいつまでも続きそうなラリーの言葉をこれ以上聞いてはいられなかった。それ以上に、奴の戯言を聞いているような余裕は無かった。ラフィーナたちを守り抜くには、奴を速やかに撃墜するしかない。この期に及んでまで、俺はラリーの改心に期待していた。それが、徹底した攻撃を躊躇していた最大の理由でもあった。だが、もうその必要は無い。俺にとって何よりも大切な宝物を守るためなら、俺は鬼にでもなろう。そのために、お前を落とす。
「お前の相手はこの俺だ、相棒。もう御託は聞き飽きた」
やっと正真正銘の本気になってくれたか――ディスプレイに表示されたカウントダウンを眺めながら、ラリーは笑った。……本当に火付きの悪い男だよ、相棒、お前は。イマハマの旦那たちが指摘したように、この機体の防御機構は完璧だった。ただし、戦闘機の宿命として、エアインテークだけは塞ぐことが出来なかった。本気になった相棒は、もう迷うことなくこちらの弱点を突いてくるだろう。迷いを捨てた相棒の声に、ラリーは恐怖すら感じた。それは「鬼神」の呼び名に相応しい男の姿だった。――それでいい、相棒。俺は俺の信じる道を行く。お前にも信じる道があるように。だから俺は止まることが出来ない。俺はこの世界を認めたくないし、許したくないからだ。世界はやり直さなければならない。そして、お前はそれを認めようとしない。なら、俺たちは戦う運命。全力で互いの信じるものをぶつけ合おう。――その結果として、お前の手にかかるのなら、それは本望。雑兵の手にかかるのだけはご免だったが、誰よりも安心して背中を任せ、誰よりも信頼していたお前にだったら、俺は安心して死を迎えることが出来る。戦術レーザーも散弾ミサイルも無くなった今、使えるのは奴と同じ機関砲と空対空ミサイルのみ。ADFXの機動性がどんな優れていようと、攻撃を当てられなければ意味が無い。手加減は勿論しない。生涯最後の相手と、正々堂々と戦って自己を完結させてやる。ラリーはそう、自分に言い聞かせ、スロットルを握る手に少し力を込めた。相棒はちょうど自分の真正面をゆっくりと旋回し、攻撃の機会を伺っている。泣いても笑っても、あと5分と少し。さあ、決戦といこう、相棒。スロットル全開、轟然と回転数を上げたエンジンが咆哮を挙げ、ラリーの身体はシートへと沈み込んだ。心地よい加速が愛機を前方へと弾き飛ばすような感触。HUDの向こうで、同じように加速して接近するサイファーの姿を照準レティクルの中に捉え、ラリーは機関砲弾のトリガーを引いた。

アヴァロンの空を戦いの場にして、ウスティオの猟犬同士が互いの全力を尽くして噛み合っている。周辺空域で待機しているパイロットたちは、その壮絶な戦いをただ見守ることしか出来なかった。――「V2」弾頭の大気圏再突入まで、あと5分。

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