――"He" comes, again


「納得がいきません!!」
大声に負けないほどの大音響を立てて、机に拳を振り下ろしているのは、今やヴァレー空軍基地航空部隊の長とも言って良い男のものだった。衝撃でマグカップからこぼれたコーヒーが机の上に染みを作り、司令官席に座る男は眉をひそめた。すっかりと貫禄のある顔付きになった男――ウィリス・シャーウッドの本質はやはり変わっていない。まして、先程のような感動的な宣言を見た後では無理もないし、この基地の男たちにはそうしたくなるだけの充分な理由だってあるのだ。ベルカの亡霊――15年前に打ち倒したとばかり思っていた旧いベルカの復興を目指す者たちの陰は、確かに見え隠れしていた。今となっては飛ぶ者のないはずの「円卓」の空を通過していく所属不明機たちの群れをウスティオ空軍の空中管制機が捉えていた。さらに、ノルト・ベルカへと姿を現した所属不明の「黒い戦闘機たち」――彼らこそ、ラーズグリーズの4騎であり、ハーリング大統領たちの言う「友人」に違いない。シャーウッドがこの部屋にやってきた理由は簡単だ。ラーズグリーズの支援のために、この基地の戦闘機部隊を出撃させて欲しい――そういうことだ。イマハマ少将は今も昔も変わらない男の姿に苦笑を浮かべつつ、傍らのソファを指し示した。
「まぁ、腰を下ろして少し落ち着いたらどうですか?」
「結構です!!司令は何とも思わないのか!?この戦いに参加しない理由など無い。かつて、ベルカと戦った俺たちだからこそ、奴らの野望を阻止しなくちゃならないはずだ。イマハマ司令、アンタだって分かっているんだろう!?」
「――ウスティオはオーシア、ユークトバニア両超大国同士の戦争に対して中立を保ってきました。……表向きはね。そこで正面切ってこの基地から飛んでみなさい。国際法上も重大な違反行為を犯すことになりますよ。それが分からない貴方ではないでしょう、シャーウッド少佐?」
「理屈じゃないんだ――!!国とか国際法とか、そういう問題で片付けるべき事態じゃ――」
イマハマとて、シャーウッドの熱意が分からないわけではない。本音を言えば、彼だってこの戦いに全面的に参加したいのだ。だがこちらの善意に対して、必ず足元をすくう連中が出てくる。特に先の戦争から15年を経た今、オーシアなどの大国だけでなく、ウスティオの国内ですら迂闊なことが出来ないのが実態だった。それが、イマハマの決断を迷わせている最大の懸念事項でもあったのだ。だが――ベルカの亡霊との戦いに、この基地の面々の姿が無いのは寂しいのも事実。きっとあの戦いで斃れていった仲間たちも、それを良しとはしないだろう。マッドブル・ガイア辺りになると、枕元に毎晩立たれそうな気がする。いや、既に後ろに立って私の頭を殴りつけているかもしれませんね――そんなことをイマハマは考えつつ、マグカップのコーヒーをすする。調達の時期を間違えて、街中で買わせてきた豆にしてはなかなか上等な味わいであることに彼は満足し、そして笑みを浮かべた。
「ええぃ、だったら俺だけでも出撃させろ!!それなら迷惑は誰にもかからないし、後で手の打ちようもいくらでもあるだろう!?」
「馬鹿なことを言わないで下さい。今ではあなたはヴァレーの、そしてウスティオの誇るトップエースなんですよ。そんな男が発狂して出撃しました、で済むと思いますか?」
「――何を漫才みたいなことをやっているんだ、二人とも」
果てしなく続きそうな口論は、横合いからかけられた静かな声によって中断させられた。パイロットスーツを着用し、愛用のヘルメットを抱えた男が司令官室の入り口で苦笑を浮かべている。
「ジンク――その姿は!?」
「オーシア領空内を飛ぶのは確かにヤバイだろう。だが、俺たちなら別の戦場で恐らく連中を阻止できる。北からスーデントールを目指すのなら、奴らは必ず通るはずだ。俺たちの空――「円卓」を。ノルト・ベルカなら領空侵犯だけで済むんじゃないのか?ましてあそこは「円卓」。まともに俺たちの姿も捉えられない――。ほら、シャーウッド、さっさと準備して来い。他の連中、もうとっくにスタンバイしているぞ」
「りょ、了解!!」
「あ、こら待ちなさい、シャーウッド!!……一体どういうことですか、ジンク。まさか基地の面々が?」
「ま、そういうことだ。俺たちは傭兵。その気になれば、司令官殿の命令に逆らってでも飛ぶことがある――ま、そうはならないけどな。……頼むよ、イマハマの旦那」
イマハマは額に手を当てて、ため息を盛大に吐き出した。止めるべき人がもう一人いましたねぇ……と。諦め顔でマグカップを片手に立ち上がったイマハマは、窓の外で繰り広げられている光景に視線を飛ばした。出来る限りの照明を持ち出して照らし出された格納庫の前で、整備兵たちが慌しく駆け回り、出撃準備を進めているのだった。こんな光景を、彼は以前にも見たことがある。ジンク・マナスも隣に並び、格納庫の方向へと視線を投げる。
「――もう15年にもなってしまうんですねぇ。多くの仲間を失って勝ち取った平和。それがずっと続けばいいと思ってきましたが、現実はなかなか……。私はねぇ、仲間たちをまた失うような戦いはこりごりだと思っているんですよ。それが出撃をためらっていた理由です」
「それは俺だって同じさ。目の前で仲間の機体が火を吹いて散っていく光景は気分のいいものじゃない。帰還した後、やっぱりそいつの姿が無いという事実を認めるのはなかなか辛いものさ――でも、それでもやらねばならないときがあるのだと思う。それはシャーウッドの言った通りだ。俺も、この戦いには馳せ参じるべきだと思う。定年を間近にしたイマハマの旦那には悪いが、行かせてもらいたい。それを、死んでいった仲間たちも、どこかでそれを望んでいると思うんだ。戦闘機動はいい加減身体に堪えるようになってきたけど、なに、まだまだ」
イマハマが沈黙してコーヒーをすする。戦闘機たちの群れの下で、金髪をポニーテールにまとめたジェーンの姿が目に入る。若い整備兵が何人もケツを蹴飛ばされて走り回されている。搭乗員にシャーウッドがいれば、整備班にはジェーンがいる。どちらも似た者同士、走り出したら止まらないのだ。ましてや今回の場合、全搭乗員の機体を出撃させる準備をしろと言い始めたのは、他ならぬジェーン・オブライエン・シャーウッドなのだから仕方が無い。さらにもう一人止めておかねばならない人がいましたねぇ、とイマハマは改めてため息を吐き出し、ジンクを苦笑させた。
「それにしても、ベルカの亡霊たちの執念深さには感心させられます。ただ、やり方はちょっとね……。核の恐怖で世界を従わせる――いつだったか聞いたことのあるフレーズだと思いませんか?」
「案外、バックに潜んでいるのは同じ面々かもしれないぜ。だが相手が誰であろうと、俺たちのやることは同じだ。――叩き潰す。恐怖で世界を平和にするなんて夢を見ている奴らを放っておくわけにはいかない。まして、敵さんの持ち出したのは「V2」……つくづく俺たちは、あの悪魔の兵器と縁があるみたいだ。なら、そろそろ利子を付けて返してやりたいというところさ」
実年齢よりはずっと若く見えるジンクの横顔。今日は珍しく無精髭がきれいに剃ってある。この男がこうするときは、それ相応の覚悟を決めた時であることをイマハマの長年の付き合いで知っている。そう、15年前の戦いでも、彼はそうだった。辛く厳しい戦いの中を決して諦めずに飛び続け、そして勝利を掴んだ男だ。その代償として、取り返しの付かない痛みを抱きながら、彼は今日まで飛び続けてきたのだ。だが、きっと彼の戦いにもこれでケリが付くのかもしれない。どうせやるなら、戦力は小出しにせず一気に効果的に――イマハマの腹は決まった。
「――分かりましたよ、ジンク。私とて、シャーウッドやあなたと考えていることは同じです。それに、あまり面倒なことを考える必要もありませんでしたね。……ヴァレー空軍基地の稼動可能な作戦機は全機出撃、円卓上空を通過せんとする「敵」航空部隊を殲滅してください。容赦する必要はありません。全責任は私が負いましょう」
「……了解した。皆にすぐに伝えよう」
「それともう一つ」
「何だ?」
「もう面倒な名前を使うのは今日限りにしませんか?あの空に向かうのなら、あなたはそれに相応しい名前で行くべきですよ」
ジンク・マナス――オーシアたちのくだらない陰謀のために打った芝居から今日まで、彼の名の代わりに使い続けてきた名前。――Lion Heart。ヴァレーの面々は、それぞれ彼のことを守り続けてきたのだった。だがそんな気苦労も今日まで。「円卓」は、彼の空だ。彼の本当の名前で行かないことには意味が無い。
「15年間の間、お疲れ様でした。この基地が、そしてウスティオ空軍がここまで立ち直ったのはあなたのおかげなんですよ。あなたの姿を見て、多くのウスティオ兵たちが、そして傭兵たちが色々と教えられてきたんです。行って下さい。今日の戦いには貴方が必要なんです、レオンハルト・ラル・ノヴォトニー。そして、サイファー。ヴァレーの皆をお願いします。彼らが無事にここへ戻ってくることが出来るように、導いてあげてください。それが、私のお願いです」
イマハマは満足そうな笑みを浮かべながら、ゆっくりと敬礼を施した。ジンク・マナス――ノヴォトニーもまた、直立不動の敬礼で返礼する。そして、彼の口元にも精悍な笑みが浮かんだ。
「頼みましたよ、円卓の鬼神」
「了解した、ウスティオ空軍の名将殿。必ず、ここに戻ってくるさ」

あの戦いから2代目となる今の愛機――F-15S/MTDのコクピットは、すっかりと馴染みのものになっている。細かいところが代わったりもしているが、基本的には15年前と同じ。まだまだ現役の高性能機が、俺の長年の相棒だ。イマハマの旦那の了解を取り付けて駆け足でアラートハンガーに戻る道すがら、全機出撃の話を伝えると、連中は大声で叫びを挙げながら喜んでいたものだ。もっとも、俺とて同じ気持ちだったが。ほとんど休みなしの作業で疲れているはずの整備兵たちの顔にも、今は笑いが浮かんでいる。既にナガハマの奴が機体の最終点検を終えてくれていた。また振り出した雪がうっすらと積もった外套を傍らに投げ捨てて、さっと一回りして簡単に機体の状態を確認した俺は、垂直尾翼に描かれたエンブレムを見て立ち止まった。ライオンをモチーフにしていたはずのエンブレムは綺麗に消され、その代わりに赤い猟犬の姿がはっきりと記されていたのだった。懐かしい、とても懐かしい愛機の相棒の姿がそこにあった。なるほど、「俺」は今日ここに帰ってきたわけだな。何となく感慨深いものを胸に抱きつつ、俺は愛機のコクピットへと潜り込んだのだ。
「やっぱりイマハマの旦那も乗り気だったんでしょう?ところでどうです、あのエンブレム。突貫作業にしちゃ、良く出来ているでしょ?」
「いいデザインさ。シャーウッドの性悪ブルちゃんに負けないインパクトだ」
「確かにそうですな。でも……私も嬉しいですよ。こうして"サイファー"と気兼ねなく呼べるんですからね」
「俺も気楽になれそうさ。やっぱなぁ、ついつい言いたくなるんだよ、自分のコールサイン」
無駄口を交わしながらも、最低限のチェックに目を走らせていく。問題なし。兵装確認――問題なし。全て異常なし――!俺はハーネスを少し締め直し、シートの位置を心もち動かした。ベストポジション。問題なし、と親指を突き立てると、ナガハマ特務少尉殿はラフに敬礼を施してタラップを駆け下りていった。出撃に備えて、整備兵たちが俺の足元から離れていく。彼らが安全な場所へと退避するのを確認して、俺はスロットルレバーを少しだけ押し込む。フットブレーキをゆっくりと解除。エンジンの回転数が上昇し、愛機はゆっくりとアラートハンガーの外へと動き出す。帽子を手にした整備兵たちが、勢い良く腕を振っている。そんな彼らに、俺は敬礼を施しながら機体を誘導路へと侵入させる。
「お、おい、あのエンブレムって――!?」
「冗談だろ……」
「ガルム――円卓の鬼神、この基地にいたのか!」
15年もの間、な、と心の中で呟きながら、俺は苦笑を浮かべていた。垂直尾翼に描かれたこのエンブレムを付けているウスティオ軍機は、1機もいない。俺と、相棒、そしてPJ――この3機だけに描かれたエンブレムだ。隣のアラートハンガーから顔を出した白いSu-37が、俺の後ろにつく。右尾翼のブル、左尾翼のバニー。言うまでも無く、こんな強烈な機体に乗っているのは奴しかいない。俺たちが通り過ぎるのを待って、仲間たちが1機、また1機と姿を現す。滑走路の縁、誘導路の終わりに達した俺とマッドブル1――シャーウッドは、そこで一旦スロットルを落とし、機体を停止させる。
「――さあ、漢たちの門出、そしてガルム1の15年ぶりの出撃だ。コクピットの中にまで届くくらい大声で応援なさい!!」
「合点だ、姐さん。野郎ども、蹴飛ばされたくなかったら、喉が潰れるまで叫びやがれ!」
「イエス、マム!!!」
整備兵たちの壮絶(?)な絶叫が聞こえてくるようだった。そう、俺たちは彼らの想いをも背負って飛ぶ。俺は目を閉じて軽く深呼吸をした。……ガイア、PJ、それに相棒。俺はまだ飛んでいるぞ。そして、全ての決着が今付こうとしている。みんなを守ってくれよ。ここにまた、皆が戻ってこれるように――管制塔からテイクオフクリアランスが伝えられる。俺は後ろを振り返り、右後方に付けたシャーウッドに対して腕を振った。向こうが生真面目に敬礼で応じる姿を確認し、HUDを睨み付けつつスロットルレバーを押し込んでいく。エンジンが甲高い咆哮を挙げ、圧倒的な推力に弾き出されるように愛機が轟然と加速。粉雪を吹き飛ばし、真っ赤な炎を吐き出しながら速度を挙げる愛機。俺はその感触を快く感じながら操縦桿をゆっくりと引き上げた。ノーズギアの接地感がふわり、と消え、続けて身体の後ろが持ち上がっていくような感触が伝わってくる。地面に反響していたエンジン音が遠くへと消え去り、高度計の数値がコマ送りに増加していく。重力の束縛から解き放たれた俺のF-15S/MTDとシャーウッドのSu-37は、十分な高度に達するのを確認後、因縁の決戦場へ向けて進路を取った。レーダーに目をやれば、次々と離陸してくる仲間達の機影が映し出されている。コール音に気が付いて無線を開く。相手はイマハマの旦那だった。
「首都ディレクタス方面隊のヘルモーズ君から連絡がありました。彼の率いるスレイプニル隊他も、あなたの指揮下に加わるそうです。それと……上空支援の心強い仲間も既に空に上がっています。バックアップは、彼に――イーグルアイに任せておけば大丈夫でしょう」
「そいつは有り難い。円卓方面の戦況は?」
「ノルト・ベルカ側に侵入した友軍機がいるようですが、苦戦を強いられているようです。各機とも、急いでください」
「了解した――。聞いたな、皆。ガルム1より各機、俺たちの作戦空域は「円卓」だ。ここを抜けようとするベルカの亡霊たちを一機たりとも通すな。そして、ラーズグリーズの元に集った奴らと祝杯を挙げよう。……サイファーより各機へ、行くぞ!!」
「――マッドブル1、了解!!」
「スピッツチーム、了解!!」
「ドーベンウルフ隊、了解した。くそぅ、感激だぜ、円卓の鬼神と一緒に飛べるなんてな!!」
暗い夜空に戦闘機たちの翼端灯がいくつも明滅する。目指すは円卓の空、15年ぶりの因縁の地。
円卓の夜空は、戦闘機たちの描く炎と煙で飽和していた。広大な土地の上に広がる、広大なはずの空は、戦闘機たちの描く飛行機雲と飛び交うミサイル、曳光弾の煌き、そして炎と黒煙とに彩られ、その間を戦闘機の群れが駆け巡っているのだ。夜空に赤い炎の塊が一つ煌くたび、運が悪ければ中に乗ってるパイロットの命と身体も、一緒に消し飛ぶ。だがかつての戦いとは異なり、今日この空を飛んでいるのは、破滅を目指す者たちと、ラーズグリーズに導かれた者たちだった。敵の切り札である「V2」は地上には存在しない。宇宙空間を漂うオーシア宇宙軍が作りかけで放棄していたはずの軍事衛星「SOLG」にそれは搭載されているのだ。そして、その管制施設はノルト・ベルカとスーデントールを結ぶトンネルの中に位置している。敵の目論見を打ち破るため突入していった男を守るために集った連中が、ベルカ残党軍の航空部隊と壮絶な戦いを繰り広げていたのである。
「大丈夫か、レイピア5!?」
「なんとかな。そういうそっちこそ、後ろに敵影二つ、回避しろ、フェイク2!!」
「キング・オブ・ハートとの約束、忘れるんじゃねぇぞ。必ず生きて帰るってな!!」
仲間たちの叫びが聞こえてくる。レーダー上、所属不明のIFF反応を示す機影が、オーシア軍機の機影を次第に包囲しつつあった。だが、やらせるわけにはいかない。この世界に破滅しかもたらさないような連中を、ここから先に進ませるわけにはいかない。一体この空に足を踏み入れるのは何年ぶりだろう?エリアB7Rと呼ばれていた頃から何度も飛び、そして激しい戦闘を繰り広げた空域。幸い、外縁部までは敵の妨害もなし。
「イーグルアイよりウスティオ航空隊へ。待っていたぞ。敵の新手が空域北側から接近している模様」
「サンダーヘッドよりウスティオ空軍機、協力に感謝する。ベルカ国防空軍のIFF反応があると思うが、それは味方だ。そちらのAWACSを介してIFFに強制的に補正を加える。同士討ちをしないように気をつけてくれ」
「ガルム1了解、各機へ、聞いての通りだ。到着した者から随時交戦。さあ、行くぞ。ガルム1、エンゲージ!!」
スロットルレバーを押し込んだまま、俺たちは円卓の空へと突入した。俺たちの右方向から前方を突っ切ろうとした所属不明機に狙いを定める。こちらに堂々と腹を晒しているあたり、舐めているのかと疑いたくなる。その代償、しっかりと払ってもらうぞ。素早く兵装モードを選択。レーダー追尾をオン。ミサイルシーカーがHUD上を滑り、敵影を追っていく。今更ながらに気が付いたのか、敵機が回避機動。だが遅い!どんな高性能機を持ってこようとも、敵の追撃の意図に気が付かずに飛んでいることが命取りだ。快い電子音が鳴り響き、ロックオン。敵の排気炎目掛けて、トリガーを引きミサイル発射!翼から切り離されたミサイルがあっという間に見えなくなり、そして暗闇の空を切り裂いて獲物へと迫る。敵機、機体をロールさせながら旋回。シャーウッド機からもミサイル発射、もう一方の敵目掛けてミサイルが疾走していく。ほどなく、空に大きな火球が二つ、膨れ上がった。所属不明機のIFF反応がレーダー上からも消滅する。身体に染み付いた勘と経験がまだ鈍っていないことに感謝しつつ、俺は戦域を飛び交う次の獲物の姿を捜し求めた。友軍機がやられたのを察知して、別の敵編隊が上空から降下、俺たちの真正面へと回りこんで攻撃態勢にあった。
「マッドブル1より、ガルム1。針路このままキープ、吶喊します」
「気が合うな。このままチキンレースと行くか」
こちらも敵と高度を合わせて加速。双方、互いの姿を真正面に捉えつつ、彼我距離を一気に縮めていく。1200……1000……コクピット内に警報が鳴り響く。まだ、あと少し!800……600!!照準レティクルの中に捉えた敵の姿を狙ってガンアタック。フットペダルを蹴飛ばし、操縦桿を手繰って強引に機体をバレルロールさせる。身体がシートに張り付けられ、暗い空がぐるりと回っていく。辺りを明るく照らし出すように炎を吹き出した敵機が頭上を通り過ぎ、そして小爆発を繰り返しながら後方へと離れる。これで2機。幸先のいい勝利に、味方たちが歓声を挙げる。
「何だ、何なんだ、こいつら、一体どこからやってきやがった!?」
「IFF反応はウスティオ空軍のものだ。……くそう、まさかとは思うが、ヴァレーの猟犬たちか。厄介なのがきやがった」
既に作戦空域にはヴァレーの仲間たちがなだれ込み、オーシアの仲間たちを包囲せんとしていた所属不明機たちに襲い掛かっていた。向こうもそれ相応の腕を持っているのだろうが、こっちは俺とシャーウッドが鍛えぬいた連中だ。そうそう簡単にやらせはしない――勢いづいたヴァレー組が、圧倒的な勢いで敵機を次々と葬っていく。レーダーから消えていくのは、所属不明機の光点ばかりとなり始めていた。だがこれで終わりとはいかないだろう。まだまだ北の谷から飛んでくる敵がいるに違いない。それでも、ここを通すわけには行かない。通行料の高さを、連中に身を以って教えてやら無ければならないのだから。
「援軍が来たみたいだな、どこの隊だ!?」
「IFFを確認――援軍はウスティオ空軍機……何てこった、援軍はガルム!!信じられねぇ、「円卓の鬼神」が来てくれたぞ、イヤッホーーーッ!!」
「冗談だろ!?15年前に姿を消したあの男が、何でいまさらこの空にきやがった!!」
「奴だけじゃない。「白き狂犬」のSu-37もいやがる。くそ、ウスティオの拝金主義者どもめ、こんなところにまで手を出して来たか!?」
敵味方の交信が入り乱れ、歓声と悲鳴とが交互に聞こえてくる。今頃スーデントールでは熾烈な戦いが続いているに違いない。だから、ラーズグリーズたちの戦いを支援するためにも、ここを通過させるわけには行かない。ここで連中の足を止め、敵戦力を殲滅してみせることが、俺たちに出来る最大限の「協力」だ。そして、旧いベルカとのケリをつけて新しい世界を迎えるための戦い、俺たちが拒むわけには行かない。俺は今一度、背後を振り返った。シャーウッドの白いSu-37の姿がある。そして、仲間たちの組んだ編隊の機影が夜空に映える。そう、こいつらとなら間違いなくやれる。これまでも成し遂げてきたように、今日の戦いもきっと俺たちは目的を果たすことが出来る――そう確信した俺は、気を引き締めて正面を見直した。オーシアのAWACSの言ったとおり、敵の新手が接近中。俺たちの正面から、さらに機影多数、急速接近。あれは、俺たちの狩るべき獲物たちだ。逃すものか。あり得ない戦況に戸惑う敵部隊に、俺たちは一気に飛び込んでいく。すれ違いざまの攻撃で炎と化した数機が夜空を明るく照らし出し、生き残った連中も必死の回避機動へと転ずる。敵の後方で大きくループを描いてその背後へとへばり付いた俺たちは、それぞれの目標を定めて追跡を開始する。さあ、踏ん張りどころだ。心強い仲間たちに向かって、俺は回線を開く。充分に奮い立っている連中に、指示はほとんど必要なかった。だから、俺の為すべきことは唯一つ――。
「ガルム1より、各機へ。必ず生きて戻るぞ――!!」
――2010年12月30日。この日、スーデントール市近郊で行われた戦闘に関し、公表されている資料は現時点では僅かである。だが、ハーリング大統領、ニカノール首相らの呼びかけに応えて集った者たちの手により、ベルカ残党軍の野望は打ち砕かれ、ここに15年前の大戦から脈々と引き継がれていた憎しみは潰えることになったのである。
そして、時を同じくして行われた「円卓」での空中戦。ノルト・ベルカより飛来した残党軍のパイロットたちの証言、そして戦闘記録にはこう記されている。ラーズグリーズの悪魔が、円卓の主を連れてきた、と。「彼」は生きていたのだ。後に公表された「真実」の資料を目にした人々は、資料に何度も記されたある単語に驚かされることになる。資料は語る。「円卓の英雄」、ここにあり、と――。

――Fin

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