2005.09.22 Oured
ドミニク・ズボフ。
ベルカ空軍 第13夜間戦闘航空団第6戦闘飛行隊 「シュヴァルツェ隊」隊長
督戦隊隊長として友軍からも恐れられた男。蔑みと畏怖の念を込めて、ついに付いたあだ名が「ハゲ鷹」。戦後、戦犯となることを恐れて逃亡。エスケープキラーが、追われる羽目になる。
「すまねぇな、こんなところに呼び出したりして。職業柄、昼間は営業時間外という奴だ。さて……と。昔の話だよな。当時の俺の仕事は、エスケープキラーってやつだ。戦況が苦しくなってくれば、どうしても脱走者が出る。それを見逃していると、戦意も下がる。士気も下がる。だから、脱走した奴に逃げ道は無い、と教えてやるために、俺たちの部隊があったというわけ、だ」
――それは味方を殺す、ということですか?
「そうだよ。そうしなくちゃエスケープキラーの意味が無い。だから集められてくるのはあぶれ者ばかりだ。部隊から爪弾きにされた奴らが俺の下にやってくる。大変だったぜ、もともと人の言うことをまともに聞く連中じゃないんだ。最終編成のときは……そう、滑走路上で一回転しちまった馬鹿の後任として若い奴を入れたんだが、こいつも復讐を誓っていた奴でな。肝心のところで見境をなくしちまって、呆気なくボン、だ。ま、仇にやられたんだから少しは気も晴れたかもしれないが」
――しかし、味方を狙うエスケープキラーが、どうして「鬼神」と戦うことになったのですか?
「あの日も、俺たちの元に脱走兵の始末の依頼が舞い込んできたんだ。だがこの日の獲物はいつものような新兵じゃなかった。ベルカ空軍きってのトップエース、フッケバインだった。気合入れて待機してたんだがな、そこにあの核爆発が起こりやがった。戦場は大混乱。通信もレーダーもまともに動きやしねぇ。おまけにそこに飛んできたのが、ウスティオの連中だった。驚いたね、結局フッケバインの行方は知れず。せめてこいつらだけでも落としてやろうと、腹いせも兼ねて交戦したんだが――それが俺の運の尽きだったというわけ、さ」
――6月6日の悲劇、ですか。
「こっちじゃそう言われているのかい?ま、確かにそうだ。俺らにしてみれば、鬼神にめでたく全滅させられた記念日だけどな。けどなぁ、エスケープキラーの言う台詞じゃないかもしれねぇが、最前線にいる奴らを死兵に仕立て上げ、退路を消滅させるなんざ、正気の人間のやることじゃねぇ。街の上に核爆弾を投下する――?おいおい、俺らだってそこまでは命令でもやらねぇぞ。だが、あの悲劇は起こった。もう潮時だ、この国は負ける。確信しちまったね。そして、もうこの国にはいられねぇ、と。戦争が終われば新しい政府が出来る。新しい政府は古い政府の悪事を暴きだす。そうなれば、俺たちエスケープキラーは味方殺しの大罪人だ。見せしめに処刑するには最高、というわけだ。そんなのはご免だからな、こうして今も姿を隠している……というわけさ。
なぁ、奴はまだ生きているのか?」
――少なくとも、死亡したという記録には出会っていません。
「へっ、そうだろうさ。結局、俺も、片羽も、そして奴も、生き続けるしかない。強い奴はなかなか死ねないもんだ。いい奴から先に死んでいく。死んじゃならねぇ奴から死んじまう。後に残るのは、死んだ方がいい奴ばかりだ。だから世の中ちっとも良くならねぇんだろうなぁ、きっと。でも、ま、それも強者の証、ってやつさ。今度会うときは、出来れば味方にしたいもんだぜ。もう奴に落とされるのだけはまっぴらご免だからな」
本当に会えるのかどうか不安だった男の一人は、恐らく彼を未だに追っているに違いないオーシアのお膝元に姿を堂々と現した。その傍若無人さに呆れもし驚きもしたが、実際に彼の話を聞いて感じたのは、皮肉めいた言葉の使い方に、鋭い現実の観察眼が光るということだった。悪名高き味方殺しに会うことを私自身もためらっていた。だが彼が、空で「鬼神」と戦い、そして撃墜されたことも事実だった。考えてもみれば、世界中を実際には逃げ回っている彼が、こうして姿を現してくれたことが不思議だった。
「一つ、聞いてもいいですか?あなたはまだ追われる身。どうして私の取材を受けてくれたんです?」
「――昔話がしたくなったのさ」
ニヤ、と笑って窓の外に目を転じるズボフ。相変わらず、忙しそうに手を動かしている。
「もう10年か。俺は俺なりに、あの国での汚れ仕事を自分の役目だと思って続けていたのさ。ま、報酬に目がくらんだ――というのも事実だけどな。だが、戦争が終わったら俺らだけ大罪人。おかしな話じゃないか。前線で人殺しをしても戦果だ正義だと称えられ、俺たちは裏切り者たちを葬っても汚名だけが与えられる。嫌だったのさ。国の生贄として、この命を奪われるのが。だから、こうして逃げ続けている。何とも皮肉な話だけどよ」
確かに、彼の話にも一理ある。戦場で敵をたくさん殺したものは英雄として称えられる。だが、味方を殺した者は徹底的に非難される。それが現実だ。ズボフはベルカという国家のために、味方殺しを甘んじて任務としていたに違いない。だが、国は彼らを守ろうとしなかった。そして、彼らは居場所を無くして世界を彷徨っている。その割に、楽しそうに見える。ズボフはきっとこの状況を楽しんでいるのだろう。
「そうそう、さっき話に出た俺の最後の部下の若い奴。あいつはまだ生きているぜ。しかも、国境無き世界の一員になっていた男だ。機会があれば会ってみるといい。きっと良い取材が出来るに違いないぜ」
「国境無き世界?何ですか、それは?」
「おいおい、10年前の真実を調べている奴がその程度のこともしらないでどうするよ。……仕方ねぇなぁ、今は持ってきていないが、いいものを送ってやるよ。お前、次はどこにいくつもりだ?」
「とりあえず、ベルカの取材が入る予定です」
「じゃあ、後で連絡先を教えてくれ。物を送っておいてやる」
国境無き世界?私が目にしてきた資料の中に、そんな言葉は出てこない。何の組織だ?しかもズボフはそれに関する資料を持っているという。私は自分の宿泊先をメモに書き、彼に手渡した。綿シャツのポケットにメモを押し込んだズボフが、ちゃんと送るからよ、と呟く。それにしても不思議だ。彼はどうしてここまで私に協力してくれるのだろう?
「ん、何だよ、妙な顔しやがって。別に裏があるわけじゃねぇぞ。……嬉しかったんだよ、俺を"エース"と呼んでくれたことがな。汚れ仕事をやり続けていたが、俺は戦闘機乗りであることを忘れた日は一度も無かった。そんな俺でも、円卓の鬼神とやりあったエースとして俺を見てくれたことが、とても嬉しかったのさ。……なぁ、この番組、楽しみにしているからよ、必ず成功させてくれよ?」
ズボフは少し乱暴に、私の肩を何度か叩いた。本当に嬉しそうに笑いながら。ヤバいから、そろそろ俺は消えるぜ、と言い残して私より先に出て行った彼の消息は、すぐに途絶えることになった。だが、翌週ベルカ入りした私の宿泊先に、彼からの資料が届けられていた。「国境無き世界」――歴史に登場していない、暗部の数々が、そこには記されていたのだった。今はその資料をじっくり読んでいる時間が無かったが、きっと取材を進めるに当たって役に立つことだろう。ただ一言、メモに走り書きされた言葉がとても彼らしい。"一つ貸しだ。覚えておけよ"――私は彼に借りを返すためにも、取材を成功させなければならないようだ。
孤高のエスケープキラー、ドミニク・ズボフ。
追われる身の上を、しかし彼は今日も楽しんで、どこかでしぶとく生き残っているに違いない。