2005.10.25 Holtz Public Cemetary


アントン・カプチェンコ
ベルカ空軍 第18航空師団第5戦闘飛行隊 「ゴルト隊」隊長
「国境無き世界」指導者とされる人物。ベルカ空軍のエースとして活躍した後、軍は彼を軍事顧問として招いた。軍事顧問時代において、彼はベルカの誇る高い科学技術を惜しみなく注ぎ込んだ超兵器群の企画・設計・開発に携わることになる。1995年当時では実現されなかったものも少なくないが、反射式高出力レーザー砲「エクスキャリバー」、重巡管制空中航空母艦「フレスベルク」、そして最終要塞「アヴァロン」――実際に1995年の戦争において、彼の手になるものが実戦投入されていたのである。それら超兵器たちとの戦いにおいて、「円卓の鬼神」が必ずその姿を現しているのは皮肉と言うべきだろうか?

旧ベルカ領の東側諸国ならびにオーシアに対する戦端を開くにあたり、軍は彼を再び最前線へと配置した。1995年3月25日、進撃する陸軍部隊の支援に向かった彼の指揮する部隊は、帰投予定時刻になっても帰還せず、防空レーダー上からもロスト、その姿を消す。以後の消息は不明。軍は彼ら全員を戦死と発表した。数ヵ月後、彼の遺体が円卓の真上で発見される。1996年1月初め、「国境無き世界」との戦いを終え、戦闘が行われた地域の調査と捜索を行っていた連合軍部隊が、偶然発見したものだ。だが、彼の遺体は白骨化していたわけではない。不時着した戦闘機に背中を預け、自らのこめかみを拳銃で撃ち抜いて死亡していたのである。彼の視線の方向には、アヴァロンがあった。

非公式の記録ではあるが、開戦とほぼ同時期に姿を消し、地下に潜伏した彼らは、既に「国境無き世界」の一員として活動を開始していたとされる。事実、ベルカ軍の下で建設が進められたアヴァロン要塞など、ベルカ軍及びベルカ政府の関与無しに「国境無き世界」による接収が実現するとは考えられず、カプチェンコらによる政治工作が進められた可能性は極めて高い。「国境無き世界」によるクーデター勃発後、その関与の事実を暴かれて失脚した勢力がベルカ軍とベルカ政府に存在しているのだ。彼らは極右派閥に近いだけでなく、ベルカの実質的な統治者たちとも近い仲にあった。連合軍による占領後も権力を維持したい統治者たち、占領後も新たな権力を手にしたい派閥――彼らの思惑を巧みに利用し、必要な資金・兵力・兵器・物資・拠点の類を調達すること、そして、ベルカの切り札として開発され、「国境無き世界」の切り札ともなった核兵器を合法的に入手・調達すること――行方不明の半年の間に、カプチェンコらが組織のために果たした役割は非常に大きかったのである。

見届けた者の墓標 世界に対して開戦した祖国を見限った男は、祖国の未来に絶望し、世界の再生・浄化にしか道を見出せなかったのだろうか?今となっては、彼の心の内を知る術は無い。だが、彼の遺体が発見されたとき、走り書きのように残されたメモが存在する。そのメモには、こう書かれている。

"――勝利を手にするのは、世界の浄化か、人を信じる心か。だが、心は既に託した。託すに相応しい翼を持つ男に。後は、その結末を見届けるだけ。戦闘機乗りとして最期を迎えられることを、ラーズグリーズに感謝する"

拳銃を片手に、アヴァロンの方角を見据えたまま絶命していた男の顔には、微笑すら浮かんでいたという。ウスティオ空軍の記録によれば、1995年12月30日、アヴァロン攻略のために出撃した第6師団第66戦闘飛行隊――即ち、「円卓の鬼神」がこの上空でクーデター軍と交戦している。「鬼神」と出会った彼が、「鬼神」の翼に何かを託したのだとすれば、これはとても興味深いことではなかろうか?一度は祖国に絶望した男は、一体「鬼神」の姿に何を見たのだろう?

彼の墓石には、次のように記されている。
"――新たなる世界への門は開かれた。
我が魂は風となり、その門へと誘う。
眠りし王の目覚めるとき、
我が肉体もまた蘇るだろう――"

その真意を知るものは、誰もいない。
静まり返った墓地の一角に、彼の墓がある。「ドクター」と呼ばれた男に相応しく、様々な研究成果を挙げ、実地で新兵器開発にも携わっていたエース。出来れば、彼の口から「鬼神」の姿を聞きたかったものだ。彼の遺書から察するに、「円卓の鬼神」との直接対決の中で、アントン・カプチェンコは「何か」を見出したのだ。そうでなければ、自決などという選択を取ることは無いだろう。もしかしたら、彼は最後の最後に、自らの選んだ道の間違いに気が付いたのかもしれない。ようやく、生き残っているもう一人の創始者らしい男の面会許可が得られそうになっている。彼の取材で得るものもきっとあるだろう。

それにしても理解に苦しむのは、ベルカ軍の虎の子とも言える核兵器「V2」がどうしていとも簡単に「国境無き世界」の下に渡ったのか、という点だ。そして伝えられている情報との矛盾に気が付く。当時のニュースで報じられていたのは、ベルカが自らの手で自らの町を焼き払ったときの核兵器が「V2」とされている。だが現実の「V2」は多弾頭式のICBM――大陸間弾道弾であった。これは即ち、当時の報道に何らかの工作が加えられたことを意味してはいないか?複数の関係者との接触の結果、私は驚くべき情報を耳にすることとなった。それは、ベルカ空軍の一部勢力が、核兵器を直接投下したのだ、という話だ。そしてその兵器は、「V1」と呼ばれていたらしい。これはつまり、ベルカの核兵器開発構想が、戦術核たる「V1」と戦略核たる「V2」とに明確に分けられて開発が進められていたことを意味する。では、何故その事実まで歴史の闇に葬られたのか?カプチェンコは確かにこれらの兵器開発にも関っていた可能性が高い。だがその事実だけで、「国境無き世界」が核兵器を手にすることが出来るのだろうか?

恐らく、ベルカ軍とベルカ政府の中には、明確となった敗北の先を見越していた連中がいたのだろう。彼らは祖国と心中する愚を犯さず、その先に道を見出した。その相手の一つが、「国境無き世界」だったと仮定すれば、虎の子たる核兵器が易々とクーデター軍に渡ったことも頷ける。だが少なくとも、2005年現在において、ベルカの中の公式な勢力としてそのような者たちの姿は無い。連合軍も、そんな勢力の存在は決して認めないであろう。とすれば、彼らは今も尚地下で暗躍しているのかもしれない。決して表にその姿を現さず、決して理解されないであろう野望と復讐をその胸に抱えて――。私たちの生きる世界は、一見安定しているように見えて、実は相当に不安定なものなのかもしれない。舞台の裏で繰り広げられる、もう一つの世界。そして綴られる、語られることの無い歴史。長年の軍拡競争相手であったユークトバニアとの融和路線を強硬に進めるハーリング政権になってから、世界はより一層平和に向けて歩み始めているように感じる。だがその「平和」を否定し、来るべき再起の日を虎視眈々と狙っている勢力が暗躍しているのだとすれば、いつか表と裏の激突する日が来るに違いない。

私は首を振って、迷宮入りしそうな自分の思考を振り払った。どちらにせよ、一放送局の一記者がどうにか出来るような事ではない。だが、少なくとも今自分が追っている「真実」は、歴史の裏側で暗躍する者たちにとっては大きな痛手となるだろう。恐らく、自分を追っている者たちは真実の暴露を最も恐れているのだ。局ではドレッドノート部長が色々と手を売ってくれているが、有形無形の圧力がかかっていることは間違いない。――決定的な証拠が要る。そして決定的な証言が――!許可が下りるかどうかは分からない。だが、最終的に私は足を運ばなければならないのだろう。決戦の地となったアヴァロンへ――。私は故人の前でもう一度簡単に祈りを捧げ、そして立ち上がった。次の取材では、さらなる真実に迫ることが出来るだろう。行き先は、アンファング。戦いを見届けた男が、私を待っている。

アントン・カプチェンコ。
恐らくは、全ての真実を知り、真実を語ることなく逝った男。彼の墓標が何かを語ることは決してない。だが、彼は祖国の、そして世界の将来に一度は絶望し、そして一度は光明を見たに違いない。戦いを終えて逝ったエースの魂の冥福を、改めて祈りたい。

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