2005.11.11 Land Ford
ジョシュア・ブリストー
オーシア国防空軍 第8航空団第32戦闘飛行隊 「ウィザード隊」隊長
ベルカ戦争時の行動に謎が多く、「国境無き世界」創始者の一人と言われる男。彼の消息は、バルトライヒの決戦時において一度途絶える。数年後、再び姿を現した彼は、国際的テロリスト集団のリーダーとなっていた。現在は、収監中の身――。
「――今は、この暗闇とあの小さな窓から見える空だけが、私の全てだ。暗闇は良い。無限の可能性を私に感じさせてくれる。境目の無い、どこまでも広がっている世界。なかなか気に入っているよ」
――10年前、バルトライヒの決戦から姿を消した貴方は、何をしていたんですか?
「世界を糾すための戦いを始めていた。ベルカ戦争の終結――あんなものは、終戦とは言わない。ベルカの持っていた富を配分するための争いが、場所を移して行われた。会議室の中の「円卓」――そして一方的に富を手にしたオーシア。全ては初めから仕組まれていたことだった。そんなことのために、両国で多くの人間が命を失う羽目になったんだ。そしてそんなことを企図した連中は決して死なない。死んでいった者たちの血肉を啜りながら生き続けるのさ。そんな連中の引いた「国境」には何の意味も無い。宇宙から国境線なんてものが見えるのか?見えるはずが無い。だから、我々は偽りの国境を無くすための戦い、そう、世界を浄化して再生するために宣戦布告した。世界に対して、な」
――そのために、核兵器も必要だった、と?
「ベルカは、自国に侵略の手が及んだときのことを考えて、世界に報復するための最終兵器を開発していた。それが「V2」だった。我々が手に入れたのは、その試作型に過ぎない。だが、威力と性能は充分だった。先の戦争の真実を覆い隠して歴史を紡ごうとする戦勝国たちだけでなく、その丁稚と化したベルカも同類だ。あの力は、我々に勇気を与えてくれた。世界を敵に回すこと、これは非常に恐ろしい話だ。だが、力の使い方を知っているからこそ、為し得ることもある。私は確信していたよ。この戦いが終わったとき、初めて世界は正しい道を歩んでいけるのだ、とね。だが残念ながら、私たちの希望は連合軍どもの犬たちによって阻まれてしまった。「円卓の鬼神」、それに「白き狂犬」――現状維持の世界に意味が無いことを理解出来ない連中によって、数多くの同志を失ってしまったのは、痛恨の極みと言うべきだろうな」
――「円卓の鬼神」は、常に貴方の前に立ち塞がったのですね?
「――別に、彼がいたから世界を変えられなかったわけじゃない。でも、確かに私たちの目論みは、彼の手によって粉砕されたのは事実だ。あの日の光景は今でも忘れられないよ。まさか連合軍があんな本腰を入れた捨て身の作戦を実施するとは思いもしなかった。多数の迎撃部隊を配備した険しい渓谷の中を、味方の盾に守られて突破してきたのが、彼だった。私はそのときアヴァロンの空にいた。仲間たちと共に、連合軍の戦闘機部隊を迎撃していたんだ。かなり押していると思ったよ。それが、彼の出現によって何かが変わってしまった。連合軍のパイロットたちの雰囲気が変わったんだ。まさに彼は戦場の死神。その翼に撫でられた戦闘機たちがまるで狂ったように襲い掛かってくるんだ。気が付いてみれば、多分彼の薫陶を一番受けたのだろう若者の牙が迫っていた。あれは我ながら油断だったと思うよ。ただ、我々の本命はそこには無かった。だが、私たちは最後の最後で裏切られた。世界を変えるための「力」は、彼との決着を付けようとした男の道具として使われてしまったんだ。それが残念でならない」
――では、現在の世界は何も変わっていない、と?
「そんなことはないさ。世界はまだ変われる。人が知識を得て変化を願えば、それだけだ。既に世界は10年前の世界と全く変わっているんだ。そしてこれからも変わっていくだろう。そうじゃないのか?我々の目的は、まさに成就されつつある。世界がもし変わったというなら、それは我々の戦いの成果と言うべきものだから」
――一つ、聞かせてください。あなたにとって、仲間とは何ですか?
「質問の意図が分からないな。人は結局分かりあえないようにできているものさ。「円卓の鬼神」に「片羽の妖精」――互いに背中を任せあっていた彼らですら、互いに剣を交え、互いを傷付け、そして相棒を葬り去った。信頼?友情?最終的に信じられるのは、自分の力だ。己の信念だ。それを信じることが出来る者が、人間の歴史上「英雄」と呼ばれた人間たちだ。中途半端な情などいらない。中途半端な信頼など不要。絶対的な力と、そして時には「恐怖」されることを甘んじて受けられる強さを持つことが必要なんだ。「円卓の鬼神」は、私と良く似ている。恐怖されることを受け入れ、尚も強くあり続けようとする、その姿がね」
この男は正常に狂っている――私にはそうとしか思えなかった。彼の口から紡がれる瘴気に当てられる度に、頭痛がひどくなるようだった。ランドフォード監獄の特別な独房に収監されている彼は、もちろん過去のクーデター軍の罪を問われてここにいるのではない。戦後に発生した数々のテロ行為の罪を問われてここにいるのだ。だがもし、彼が関る裁判で「無罪」を勝ち取ろうものなら、彼は再び人の世界へと姿を消す。そして憎しみと恨みによって固められた心のまま、新たな憎しみを生み出し続けるだろう。先に取材したアンソニー・パーマーが言った台詞が今なら良く分かる。"ブリストー隊長は、監獄の中にいるべきだ"――全く同感だ。この男を解放してはならない。だがそれ以上に私が怒りを覚えたのは、彼の態度だ。全ての責任を他人に押し付けて、自らは未だに正しい行為をしたと言って憚らないその態度と自信。既に取材に許された時間を超えていたが、私は言わずにいられなかった。
「――結局、あなたは認められないだけなんですね。自身のパイロットとしての敗北も、革命家としての敗北も……そして人間としての敗北も。だから、責任は全て他人に擦り付けている。でもね、ブリストーさん、私の出会ってきたエースたち――あなたの部下や同志たちは、あなたとは違う。彼らは敗北という事実を受け入れて、尚も現在を生き続けています。あなたはどうですか?敗北を認められないだけならともかく、世界のためにもならない馬鹿げたテロを繰り返し、挙句それは世界のためだと嘯く。――番組で使わない、私の罵詈雑言ですがね、エースの一人だったあなたが、どうして敗北を認められないんですか!?」
鉄格子の向こうの俯いた顔がゆっくりと持ち上がり、しばらく私を暗い瞳が凝視した。どれくらいの時間、そうしていただろう。彼は寂しげな苦笑を浮かべ、視線を外し、そして再び俯いてしまう。
「私は、世界の敵となることを望んでいた――。トンプソン君、世界は君が考えているほどクリーンなものじゃない。今こうしている間にも、世界の舞台裏で蠢いている輩は山ほどいる。踊らされる政治屋どもはどうでもいい。真の「世界の敵」とは、裏で今尚憎しみに染まって動き続ける者たちのことを言うのだし、彼らを生み出す世界こそ諸悪の根源なのさ。……まあいい。言葉ってのは不自由なもんで、全部を伝えきるのが難しい時が多い。一つ真実があれば、もう一つの真実がある。君がこの取材を経て見つけた真実には、別の側面があることを忘れない方がいい」
ジョシュア・ブリストーは、背筋がぞくりとするような不気味な笑いを浮かべて話を打ち切った。もう何も話す気はない、と言いたいばかりに背中を向けた彼は、独房の中の小さな窓から視線を二度と外すことは無かった。看守に促されて、私は腰を上げるしかなかった。予想とは裏腹に、あまり実りのある取材とは言えなかった事が残念だった。メモ帳やパソコン、カメラを乱暴に鞄の中に詰め込んで立ち上がった私の足元に、ポン、と手帳が投げ付けられた。みると、古びた手帳が私の足元に転がっている。
「これは――?」
「餞別だよ。それを持っていって無事に済むのだとしたら、君の強運も本物に違いない。火事場に首を突っ込みたがっている君へのささやかな贈り物さ。いや、むしろ不幸の手紙かな?健闘を祈る、OBCのダークホース殿」
背中を向けたまま、ブリストーが腕を振る。私は手帳を拾い上げ、鞄の中へと放り込んだ。看守に連れられて牢獄を進んでいく。扉が閉められ、再び彼は闇の中の住人に戻った。無為に続く闇の中の時間に、一体彼は何を見出しているのだろうか。残念ながら、その答えを私は聞くことが出来なかった。彼が夢見た野望の真意も、そして彼を背後から支えようとした者どもの姿も――。
後日、彼から受け取った手帳を開いた私は、少なくともその時は書き連ねられた無数の名前から彼の真意を読み取ることが出来なかった。だが、この取材から5年の後、彼の手帳の中身をもう一度紐解いた私は、そこに隠された重大な真実に気が付くこととなる。それはまた、別の物語の話であったが――。
ジョシュア・ブリストー。
闇の中で、見失った野望と栄光を懐かしみ続けるかつてのエース。彼もまた、戦争が生み出した被害者の一人なのかもしれない。だが、彼は弱過ぎた。弱すぎる故に、彼は「力」のみを追い求めてしまったのかもしれない。取り戻すことの出来ない日々を胸に、彼は今日も闇の中に在る。