2005.12.30 Oured OBC A1 studio
戦争終結10年を契機として、OBCが独自の取材を通してベルカ戦争を再検証する特別番組が放映されると、人々はそれぞれの思いを胸に抱いて、テレビのスイッチを入れ、そして番組に釘付けとなった。「円卓の鬼神」という異名を持ったエースパイロットの翼跡を追いながら、10年前の戦争を検証していく構成に、人々は引き込まれたのである。番組の司会は、かつては戦地のレポートで名を知られたエドモンド・ドレッドノートが務め、昔とは異なる、淡々としたそしてゆったりとした口調で番組を進めていく。何より人々の興味を引いたのは、当時最強と言われたベルカ空軍のトップエースたちのインタビューだった。エースの視点から語られる、知られざる連合軍最強のパイロットの姿。いつしか人々は、幻のパイロットと共に、10年前の戦争を共に戦っているような気分になっていた。だが、途中からブラウン管を前にして首をひねる人々が出てきた。最も早くそれに気が付いたのは、実際にこのドキュメンタリー番組を進めているテレビ局の、どちらかといえばこの番組の放映に批判的だったOBCの上層部の人間たちだったかもしれない。番組の進行が、早すぎるのだ。このままのペースで進めば、予定の半分で戦争は終結してしまう。まさかドレッドノートがボケたのか?本気でそう疑う者もいた。だが彼の様子は至って正気だった。モニター越しにそんな彼の様子を伺っていたディビット・サイモンは、これは確信犯だ、と悟った。自分たちに提示された番組の概要は真っ赤なウソだったのだ。ドレッドノートは、初めからこのストーリーを描いていたに違いない。実際に取材に当たっていたブレット・トンプソンの姿がスタジオに見えないのも気になっていた。まさか番組の途中に茶々を入れることも出来ず、彼は苛立ちながら機材を何度も指で弾き、隣で操作をしているディレクターたちを不安がらせたものである。
ようやくCMの時間となり、僅かながらのブレークタイムに入った機を逃さず、サイモンはドレッドノートの元に早足で近寄り、そして上層部の決定を伝えた。番組を直ちに中止、残時間を映画の放映に切り替える、と。ドレッドノートは冷笑を浮かべ、そして上着のポケットから辞表を取り出して、サイモンの顔に投げつけた。それに応じるように、スタジオ内のスタッフたちが彼の元に集まり始めた。
「な、何だ。どういうことなんだ!?ドレッドノート、一体何を考えている?」
「上が怖くてブンヤなぞやってられるか。ましてや政治家どもに尻尾を振ってばかりの無能者どもに指図される筋合いは無い。それになぁ、ここで番組止めてみろ。OBCの信用はガタ落ち。視聴者の皆さんとスポンサーから総スカンを食らって敢え無くOCN辺りに吸収されるのがオチだな。それでもやるっていうんなら、やってみるがいい。その代わり俺たちも実力で妨害行為を阻止する。お前に従う奴がいるのか、サイモン?今頃お偉いさんたちの部屋は封鎖されているだろうなぁ」
ヘッドセットをつけたままのACが、CMの終了時間を知らせに来る。呆然として言葉の出ないサイモンに向かって、少し気の毒そうな顔をしたドレッドノートは、「まあ、もう少しそこで見ていてくれよ」と彼に向けて言い放ち、そして司会席へと戻っていった。
CMを挟んで再開された番組は、「第二部」へと駒を進める。当時を知る人々を驚かせた、ベルカによる核兵器使用時の映像。空を赤く染めた、7本のキノコ雲の姿に、誰しもがため息を吐き出した。ドレッドノートはその頃合を見計らって、次の映像を流すことを指図した。――何もかもが焼け落ち、焦げ尽くした光景。路上に散らばる、かつては人であった無数の骸。そして白骨……道端に転がった、血染めの人形。人の姿の全く見えない街。人々は、最初その光景は核兵器によって破壊されたベルカの街だと認識した。しかし、テロップに出てきた街の名は、「ホフヌング」であった。
「この街は、かつてベルカの工業力を支えていた大都市でした。しかし、1995年6月1日、この日を境に、この大都市は歴史上から抹殺されたのです。始まりは、連合軍による無差別爆撃でした。これをご覧ください」
テレビの画面には、当時の爆撃機部隊の交信記録の文字が映し出されている。
"隊長機より全機へ。精度よりも攻撃範囲を重視しろ。ベルカを焼き払うんだ!"
"了解、皆殺しだ"
"こちらオーシア空軍第38航空師団第8小隊、ヴァルカンだ。文句があるなら軍事法廷で言え。おまえらのやったことは俺たちの部隊が全て記録している。これが命令だったというなら、その命令を下したお偉方までまとめて裁かれるがいい"
"何を言っている!?俺たちは正義だ。正義であるからには、ベルカを徹底的に焼き尽くすことこそ、祖国への忠誠ではないか!!貴様たちこそ、我々への攻撃は軍事法廷に訴えるべきものだ!首を洗って待っていろ、裏切者!!"
「オーシアを中心とする連合軍部隊は、まともに抵抗すら出来ないベルカの都市に対し、徹底した攻撃を加えました。そして、ベルカもまた愚かな決断を下してしまったのです。それは、連合軍にホフヌングの一切を渡さない、という選択でした。連合軍の攻撃によって燃え上がった街は、この街に生きる人々を守るはずの軍隊の手で、さらに焼かれていったのです。その結果が、先程のVTR。未だにあの街には、葬られることも無いまま、犠牲者たちが倒れているのです。今年、公表された先の大戦の公開資料の中に、この話は全く語られていません。そう、ここからが真実の歴史。たった10年前のことなのに、我々の知らない戦いが続けられていたのです。それは、オーシアを始めとした戦勝国のエゴと、それに反発し、戦勝国たちを矯正――リセットしようとする者たちとの戦いでもありました。連合軍が取り違えた戦争の目的は、いつしか自分たちの首を絞め、やがては世界を危機に陥れるきっかけを生み出してしまったのです」
人々は、目の前の凄惨な光景に声もなかった。きっと、あまりに残酷な光景に、チャンネルを変えてしまった人もいるだろう。早速、スタジオに併設されたコールセンターのベルが一斉に鳴り始める。抗議と罵声、そして真実を知りたいと語る声、拮抗。これこそ、ドレッドノートが待ち望んでいた事態であった。10年前の戦争を教科書通りになぞるだけのドキュメンタリーなら、やらない方がいい。だが、自分はルーメンを知っている。今こそ、10年前、ルーメンで起こった悲劇を明らかにすべき時だ、と彼は確信していた。絶望的なホフヌングの光景は消え去り、代わりに地図上にはベルカの北方の港湾都市アンファングが表示される。そこに表示された時間は、調印の地ルーメンで和平条約が締結されていたときのもの。分割された画面に映し出されているのは、ベルカ軍が保管していた交戦記録であった。
"停戦協定の放送など止めさせろ!我々の戦いは、まだ終わっていないのだ!!"
"落とせ、あいつだ、あの猟犬を叩き落せ!!"
"奴が元凶だ。我らの仲間たちを惨殺した狂犬をここで葬るんだ!!"
"これだけ殺して、まだ殺したり無いのか、鬼神は!!一体、どれだけの人間を殺せばその胃袋は満たされる!?その牙をおさめる!?おまえみたいのがいるから、いつまでたっても戦争がなくならないんだ!!"
"もう終戦なんだぞ!!何で戦うんだ!戦争はもう、もう終わったんだ!!攻撃を止めろ!!"
"戦争をやりたいのはお前たちの方だろうが、傭兵め!!戦争の犬!!連合に飼われた狂犬が言えた台詞か!!"
「調印の時間になっているというのに、戦いはまだ続けられていました。しかも、この戦いはわざわざ傭兵部隊ばかりが選ばれて、戦場に向かわされたのです。正規軍による戦闘は既に終わり、傭兵たちが報酬目的のために戦いを続けている、というカバーストーリーを作るために。さらに、この戦闘の裏では、世界に対して宣戦布告しようとする別の勢力が動いていました。――「国境無き世界」。我々の知る歴史から抹消された、しかし世界を危機に陥れたクーデター軍が存在したのです。アンファングへの集結命令は確かにベルカ軍の中枢から出されたものでしたが、正規のものではなかった。クーデター軍が、自らの戦力を増強するために、残存軍をこの地へと呼び寄せたのです。そして連合軍はといえば、薄々その存在には気付き始めていた。……恐らくは、そんな危険な集団の存在を知っていた人々が、我々の国にもいたでしょう。信じがたいことですが、クーデター軍はオーシアからも援助を受けていたのです」
画面上に映し出されているのは、記録から抹消された、「国境無き世界」の首謀者たちの姿であった。今は亡きアントン・カプチェンコ。収監中の身であるジョシュア・ブリストー。そして、組織の航空部隊のエースとして戦った人々……。「赤いツバメ」デトレフ・フレイジャーが個人的に、そして綿密に調査した結果得られたデータが、初めて公の目に晒された瞬間だった。真実を10年前に葬り去った人々は驚愕の表情を浮かべながら番組を見守るしかない。そして彼らは思い付いた。OBC自体に番組を阻止する能力が無いのなら、実力を以ってこの番組を阻止できる政治力を行使すべきだ、と。スタジオのコールセンターで、電話のベルがいつまで経っても鳴り続けているのと同様に、立て続けに電話の応対に追われる人々がオーレッドの別の場所にもいた。大統領府、ブライト・ヒル。一切の取次ぎを断ってくれ、と頼まれてしまった秘書官たちは、必死の面持ちで言い訳に徹していた。執務室の椅子に背中を預け、人の姿の無いのをいいことに足を机の上に投げ出したこの部屋の主は、天井をどれだけの時間ぼんやりと見上げていたであろう。傍らのテレビ画面からは、OBCの特別番組の音と声が聞こえてくる。ゆっくりと足を下ろし、そして窓辺から見えるオーレッドの夜景にしばらく視線を飛ばした男は、やがて机の上に置かれている電話の受話器を取り上げた。
「ああ、ご苦労様。済まないが、この電話を繋いでくれるかい?そう、OBCの特設番号にだ」
「歴史の陰に隠れて活動を開始していたクーデター軍の規模は、一国の軍隊を凌駕するほどのものでした。「国境無き世界」の名が示すとおり、国籍に関係なく集った兵士たちは、着々と世界に対する戦争を開始する準備を進めていました。そんな彼らの切り札が――ベルカの開発していた核兵器の試作型です。戦後の混乱を利用して核兵器を入手した彼らの目的は、世界から国境を無くすこと。つまり、手にした核の炎によって、世界をリセットすることだったのです。彼らがついに表に姿を現したのは、1995年のクリスマス。その日、私は調印の地、ルーメンの取材に出向いていました。そこで、私たちは葬られた歴史の一端を目撃することになったのです」
炎。炎。どこまでも広がる炎。クリスマスツリーが全身を炎に包み、街を毒々しく照らし出すキャンドルと化している。崩れ落ちた建物の中からも火が吹き出し、路上には黒焦げになった物言わぬ骸が転がっている。次々と爆発音、それに発砲音が響き渡る。人々は驚いた。1995年のクリスマスに戦争が行われていたという記録は存在しないことになっているのだから。やがてカメラは燃え上がる街の大通りの上空に広がる空へと向けられる。何も無いはずの空間。だがその下に、巨大な影が出現している。有り得ない光景だ。そして、空が溶け始める。黒い不気味な光沢が姿を現し、そして空を覆いつくさんばかりの巨大な「何か」が出現する。地鳴りのような低い轟音を発しながら、それはゆっくりとルーメンの街へと迫り来る。その周囲には戦闘機たちの姿。テロップには「フレスベルク」と表示される。
「10年前のクリスマス、調印の地ルーメンは「国境無き世界」の襲撃を受けることとなりました。調印が実際に行われた迎賓館は、対地ミサイルの直撃を受けて跡形も無く木っ端微塵に吹き飛ばされたのです。ですが、ルーメンのこの惨劇はオーシアをはじめとした国々によって、戦闘の記録そのものが消去されました。私たちが録画したテープも、無論封印されてしまいました。今お伝えしている映像は、かろうじて手元に残すことができた唯一のテープです。この大空に現れた巨大な飛行物体は、かってベルカ軍が開発した重巡管制空中航空母艦「フレスベルク」と戦闘機部隊はルーメン襲撃後、ウスティオのヴァレー空軍基地――即ち、「円卓の鬼神」の本拠地の奇襲に向かったのです。そして……最後の決戦の火蓋が切られます」
最初その電話を取り次いだオペレーターは、冗談かと思った。だがその相手の正体に気が付くと、彼女は驚愕の表情を浮かべながら司会者席に置かれている電話へと転送した。ドレッドノートは、その電話がかかってくることを心から待ち望んでいた。そのためにも、わざわざ事前に特別番組の内容と葬られた歴史の真実をブライト・ヒルに送りつけていたのだから。
「――お待ちしておりました。お忙しい中、この番組へとホットラインを繋いで頂けたことに感謝します。ハーリング大統領閣下」
「プレゼントは発炎筒10ダースで構わないかな?」
「役員室にこもっているうちの上司たちにリボン付きで送って頂ければ幸いです」
「分かった。早速手配しよう……いや、冗談だがね。特別番組を今興味深く拝見しています。この場を借りて、私は過去の為政者たちによって為された歴史の歪曲という行為について、国民の皆さんに謝罪をしたい。……テレビの前で、この番組を見ている皆さんは、歴史の教科書にも登場してこない事実の数々に戸惑っていらっしゃることでしょう。でも10年前、実際に最前線に立っていた人間は事実を知っています。私も、その一人。10年前の今日、海兵隊の一員として、私は決戦の地アヴァロンにいたのです。だから、この目で、その日起こったことを目撃していました」
再び控え室に戻ってモニターを睨み付けていたサイモンは、ハーリング大統領……当時の中佐の告白に目を疑っていた。そして同時に、ドレッドノートの言っていた切り札の正体にようやく気が付いた。
「大統領、教えてください。どうしてオーシア政府……当時のオーシア政府は真実を巧妙に隠蔽する政策をわざわざ選択したのでしょうか?」
「歴代の大統領を当たって欲しい……と言いたいところだが、この国の都合の悪い事実を知られないため、としか理由は無いでしょう。今回の公開資料は、10年前の決定に基づいて行われたものです。だが、その内容が極めて限定的であったことは事実です。何より、10年前の今日、行われた決戦について、歴史は一言も語っていないのです。……このような事態になってしまったことを、私は国民の皆さんに詫びなければならないと同時に、改めて10年前の真実について全貌を明らかにすることを、この場で約束したいと思います。ところでドレッドノート、最終決戦の地がまだ出てこないみたいだが?」
ドレッドノートはニヤリ、と笑い、番組の進行を促した。再び画面に表示されたノルト・ベルカの地図。その内陸部に位置するアヴァロン・ダムのアイコンが明滅する。そう、この番組の締め括りは、この地でなくてはならないのだ。
「お待たせしました。それでは、10年前の今日、連合軍とクーデター軍が世界の命運をかけて激突した"アヴァロン要塞"跡から中継でお伝えします。トンプソン、聞こえているか?」