因縁との邂逅


1995.5.5
超大国の物量作戦ほど恐ろしいものは無い。どんなに高性能な兵器を生産し、どんな精鋭をそれに載せようとも、たった1台の戦車で100台の戦車を相手にすることは不可能。戦略上のそんな基本原則を、祖国は今身を以って味わっている――いや、何度も経験してきた事態に再び直面させられている。ユークトバニアとオーシアの二超大国は、これまで祖国が戦ってきた相手とは比べものにならない規模の兵力を展開し、祖国が占領の正当性を主張する旧領国の解放作戦を開始したのだ。長い期間のデタントの結果、両国の主力兵器は確かに祖国に劣っていたかもしれない。だが、オーシアという強大な後方支援拠点を背景に侵攻する連合軍は、豊富な兵站と潤沢な兵器弾薬を武器としていた。ベルカの兵士たちが一発撃つ間に、彼らは数十発を撃ち込んで来るのである。勝負になるはずもなかった。逆に貧弱な補給線で何とか保たれていた祖国の防衛線は次々と突破され、戦線が後退していく。最早英雄たちの活躍もそれに歯止めをかけることが出来ず、退却を余儀なくされた部隊は国営兵器産業廠の置かれているスーデントール市に終結する有様であった。事実、軍上層部は国営兵器産業廠を最後の防衛線として篭城する方針を検討しているとも聞く。

だが、この現実がノルト・ベルカの人々に伝えられることは決してない。バルトライヒの山脈を越えればすぐに分かることであるし、南ベルカに生活する人々は続々と退却してくる兵士たちの姿を目の当たりにしている。当然綻びがそこに生まれるはずであるが、どうやら統治者たちは祖国の古来からの土地――この北の谷の奥にあるノルト・ベルカの地さえ手中にあれば、とでも考えているのかもしれない。有形無形の妨害と圧力によって、国営テレビはもちろんのこと、複数ある新聞社もこの事実を公に伝えることは出来ず、今日も一面を飾っているのは強大な敵に勇敢に立ち向かう兵士たちの話ばかりだ。例えば「第553砲兵大隊、勇戦の末敵侵略軍を駆逐せしめる」という記事の真実は、砲兵大隊の玉砕、全滅によってかろうじてもたらされたほんの一時的な戦術的勝利に過ぎないということを、一体どの程度の人々が知り得るだろうか?だが、間違いなく最前線にいる兵士たちはそれを知っている。彼らの大半は、祖国の栄光、ベルカの覇権、そういった妄想のために戦うのではなく、自分たちの家族や恋人を守るために戦っているのではなかろうか?だが、そんな彼らの思いとは裏腹に、彼らの無惨な死に様すら、祖国は欺き裏切り隠蔽しようとしている。そんな戦争のどこに大義がある?何の意味がある?統治者たちのボードゲーム、退屈しのぎのために、無数の命が散華するこの現実すら、私たちは伝えることが出来ない。

私の友人たる彼も、そんな思いを抱きながらそれでも友軍の兵士たちを一人でも多く救うため、最前線で戦い続けているに違いない。彼と飲み交わす酒はまた格別だ。私は神は信仰していないが、その代わりに、英雄たちと共に平和をもたらすというラーズグリーズの女神の気まぐれに、彼の無事を祈りたいものである。
連合軍の進撃は予想以上の速さで、予想以上の兵力で迫っていた。友軍の地上部隊が構築したはずの防衛線が各所でたやすく突破され、私たちはその対応で休む間もなく出撃する羽目となっていた。これが陸上部隊だけならともかくとして、連合軍は航空戦力においても相当規模の部隊を編成してきていた。海軍航空隊の所属であろうF-14や空軍部隊のF-15やMig-29、陸軍航空隊の擁するA-10、まるで航空ショーのように様々な戦闘機たちが、しかし実弾を互いに撃ち合いながら空を切り裂くように飛んでいくのだ。ヒルデスブルクに引き返す余裕は無く、私たちは国営兵器産業廠近辺に複数ある航空基地から出撃を繰り返していた。自分と部下たちの撃墜スコアは、今日一日で先週一週間分を塗り替えていた。促成の寄せ集め部隊の錬度は決して高いものではなかったのだが、その数が私たちを苦しめる。先ほど遭遇した連合軍の爆撃部隊は、戦闘攻撃機だけではなくB-52までも動員していた。そのまま見過ごせばノルト・ベルカ本土に戦火が届いていたかもしれない。爆撃機の大半は撃ち落したものの、戦闘攻撃機の大半は攻撃をかいくぐり脱出に成功していた。いずれ補給と修理が完了すれば、再び襲い掛かってくるであろう。そしてそのとき、私の機体の尾翼のエンブレムは格好の標的となるだろう。

補給としばしの休息を得た私たちは、旧領国内に侵入した敵地上部隊を目標にした第115爆撃中隊のMig-27と共に南ベルカを抜ける途上にあった。緊迫した戦闘の連続で、陽気な私の部下たちも終始無言。今日は敵機に背後を取られずに済んでいるな、とゼクアイン大尉がワーグリン少尉を励ましても、彼は無言で返事を返すしかない有様だった。この戦争、間違いなく負けるな、と私は確信してしまった。この期に及んで戦争に勝利すると信じる方がどうかしている。なるほど、無傷に済めばこうして別の部隊の護衛として飛び、敵を屠ることも出来る。だが、一度攻撃を受け出撃出来なくなれば、そこには穴が開く。それは敵も同じ事だが、敵は私たちよりもその穴を速やかに埋めて来る。それだけの国力と技術と戦力を連合軍は擁している。しかも、彼らは烏合の衆ではない。実戦経験は乏しいかもしれないが、彼らもまた国家の正義の名の下に殺人を正当化できる軍人という職業に就いた、戦闘のプロたちなのだ。誰にでも初陣があるように、実戦を経験して生き残った彼らは日に日に手強くなっていくだろう。しかも、彼らには信じるに値する大義がある。「不当な占領を受けた国々を解放し、その災厄の元凶たるベルカを葬り去る」という大義が。恐らく、祖国の統治者どもが唱えるベルカの正義とやらに比べれば、世界中の人間がその大義を簡単に信じるだろう。だが、それは連合軍に負けてやればいいという理由にはならなかった。連合軍の攻撃を甘受するということは、その分同朋の血を流すということと同義だったからだ。
「ファルケ1より、ファルケ0、間もなく115がエンゲージ」
「了解した。各機、周囲の警戒を怠るな。敵は空だけじゃない、SAM車輌にも気をつけろ。ファルケ2、ファルケ3・5と降下して支援に付け。後は私と共に上空警戒を継続する」
「ファルケ2、ゼビアス了解」 左翼にポジションを取っていたゼビアス少尉たちの機体は緩旋回して降下を開始、攻撃に備えて高度を下げていく第115爆撃中隊のサポートに回る。地上では砲火が時々瞬き、黒煙が空まであがっているのが見える。地上で戦う兵士たちから見れば、私たちはきっと気楽な存在に見えるだろう。戦闘機を駆る私たちとは違い、彼らは彼ら自身の肉体に重い装備を纏って戦うのだから。私は周囲を見回した後、レーダーに目を落とした。……やはり来たか。高度はほぼ同じ、方位210から敵数8、トライアングルを2つ組んで接近していた。
「こちら空中管制機ヒンメル・オウゲ、フッケバイン、そちらのレーダーでも捕捉していると思うが、貴殿の南西方向、方位210より敵機接近。数は8、IFFの反応は敵、オーシアじゃない、ユーク軍機だ」
「ファルケ0了解、迎撃する。ファルケ1、ファルケ4は続け。ファルケ2、115のサポートは継続しろ。こいつらは私たちで相手する」
方位210にヘッドオン。長射程AAMのレーダー追尾を開始する。両翼にファルケ1とファルケ4が展開。敵のレーダーにもこちらの姿が見えているはず。敵の針路は変更無し。相対距離はみるみる間に近づき、レーダーロックを告げる電子音がコクピット内に鳴り響いた。操縦桿のミサイル発射ボタンを押す。軽い震動と共に、2発のAAMが加速しながら排気煙を吹き出して飛んでいく。合計4本のAAMが互いの距離を一気に駆け抜けていく。進行方向前方で赤い光が煌いた、と思うとそれはあっという間に膨れ上がり、直撃を被った敵戦闘機が部品と破片を撒き散らしながら爆発する最中を私たちは飛びぬけた。2機を撃墜したが、2機は攻撃を逃れ背後で旋回を始める。残りの4機は二手に分かれ、一方が私たちに、一方はそのまま降下して地上部隊への爆撃コースに入った115を狙う。私たちはそれぞれ三方向に大きくブレーク。操縦桿を強く引き、7Gをかけて急旋回、一瞬視界がブラックアウトしかかるが、すぐに回復して私の後背からアタック態勢にあった敵を狙う。敵戦闘機は――Mig-29。距離が近過ぎるのでガンモードに切り替え。照準レティクルに収まった敵めがけてトリガーを引く。敵機、バレルロール。すんでのところで攻撃を回避した敵機がブレーク。その後背に食らい付き、再び捕捉。旋回で方向を変えようとした隙を狙ってガンアタック。残弾ゲージがコマ送りで減っていく。150発ほどを一瞬で撃ち出し、発射された機関砲弾はMig-29のエンジンと尾翼を撃ち抜いた。バランスを崩した一機が高度を下げていくのを見ながら、私は次の獲物を探し求める。レーダーを見ている余裕はあまりなく、首を巡らせて周囲を確認する。低空ではファルケ2たちが、降下した2機の攻撃コースを妨害して第115中隊の攻撃を支援する。地上からは対空砲火の赤い光が炸裂するが、それをかいくぐるようにして12機のMig-27が前進を続ける。
「フッケバイン、こちらヴォルフリーダー。支援に感謝します。無事に戻れたら一杯おごらせてもらいますよ。確か好みはスコッチでしたね?」
「そいつはありがたいね。幸運を、ヴォルフリーダー!!」
「もちろんです。野郎ども、行くぞ!!」
彼らのためにも、ここを守り通さなければ!レーダー上最も近くにいた一気に狙いを定め、反転上昇。加速しながらループ。スロットルをあげながら、ループの頂点に達するタイミングで丁度敵機とヘッドオン。互いにガンアタックを仕掛けながらも命中せず、轟音と衝撃で互いの機体を揺らしながらすれ違う。すぐさま急旋回。こればかりは性能差というもので、敵機はその機動に対応しきれない。三枚翼化されている愛機は急制動にもバランスを崩さず反転、HUDに敵機の後背を捉える。
「グリント、回避しろ!後ろにいるのは、噂の怪鳥だぞ!!」
「くそ、冗談じゃないぞ、いきなりそんなビッグネームのお出ましかよ!!」
敵の交信がヘッドオン越しに飛び込んでくる。私に捕捉されたMig-29はそれでも急旋回を繰り返してレーダーロックからの回避を試みる。だが、HUDの上ではその動きは完全にトレースされ、ミサイルシーカーがその機動を追尾していく。やがてミサイルシーカーは完全に敵機を捕捉し、電子音がコクピットに鳴り響いた。放たれたAAMが加速する。私は距離を取りながら第二撃に備えて後背を取り続ける。インメルマルターンに移ろうとした機体のエンジン付近に直撃したAAMが炸裂し、機体を反動で弾き飛ばした。
「くそ……俺は、俺はこんなところで終わるのか!?」
「愚痴る暇があったらベイルアウトしろ、グリント!!急げ!!」
何とかきりもみになりかけた機体を立て直した敵機のキャノピーが飛ぶ。白いパラシュートが開き、ゆらゆらと揺れながら高度を下げていく。その先で、ゼクアイン大尉に捉えられた敵機が機銃攻撃を浴びて火だるまになる。あれでは助かるまい。少しして、機体は爆発四散。炎と黒煙を撒き散らして虚空に消えていく。低空では第115爆撃中隊の攻撃が開始され、旧市街地に陣取った友軍部隊に砲撃を加えている敵部隊の頭上から爆弾の雨を降らせていく。直撃を被った戦車が砲塔を弾き飛ばすように爆発する。攻撃を受けた敵部隊はパニックだろう。第115中隊は反転して、機銃掃射を浴びせている。
「上空の支援機、感謝する、助かった!」
「こちらヒンメル・オウゲ、第115中隊、気をつけろ!敵の中にSAMがいる……敵車輌、SAM発射!数3、急速接近中!」
「何だって!?ヴォルフ3、貴様だ、早く回避しろ!!」
「だ、駄目です、隊長、後は頼みました。う、うわぁぁぁぁっ!!」
一機のMig-27が、自らの機体を盾にするようにして3本のSAMの直撃を受ける。火球が膨れ上がり、ヴォルフ3の機体が四散する。その間に敵残存部隊を捉えた第115中隊は機銃掃射の雨を降らして対空車輌部隊を殲滅した。地上からの火線が止み、防戦一方で押しやられていた友軍部隊が、再び防衛線を前進させるために慎重に展開を始める。戦車や装甲車を失った敵部隊が橋を越えて潰走を始める。だが、敵の猛攻にさらされていた友軍部隊にも、追撃して敵戦力を殲滅するだけの余力は無かったし、無防備な兵員たちを上空から狙い撃ちする気も無かった。だが、そうは考えない連中も存在していることを私は忘れていた。
「ファルケ0、後方より友軍機接近。低空を飛行中、間もなく我々の真下を通過します」
「友軍機?この時点から?ヒンメル・オウゲ、こちらファルケ0、戦闘は既に終了している。これ以上の攻撃は必要ない」
「こちらは攻撃指示を出していない!接近中の友軍機、所属を知らせよ!」
だがその呼びかけを無視するように二手に散開した友軍機は、退却中の敵部隊を包み込むようにして襲い掛かった。爆装はしていなかったが、集中的な機銃掃射に兵士たちが次々と消し飛んでいく。直撃を被ったジープが爆発して炎を撒き散らしながら、橋に伏せていた兵士たちの真上に落下する。機関砲に蜂の巣にされた橋は呆気なく土台から崩落し、敵兵たちが川へと放り出されていく。だが、最早戦闘を継続する力も残っていない敵に対し、彼らは容赦なかった。水面めがけて機関砲弾が撃ち込まれていく。
「なんてことをしやがる……!」
「ちっ、あいつら、公国親衛隊の連中だぞ。最後に出てきて戦果のお株を奪いに来るなんて、まるでハイエナだな」
ファルケ2とファルケ4が毒づく。その声に、低く陰湿な声が応じた。
「上空の友軍機。聞き捨てならない言われようだな。敵軍を徹底的に殲滅せよというベルカ公の命は絶対だ。敵をみすみす見逃すことこそ、軍規にあるまじき行いとして軍令部に通報するぞ!」
「やれるもんならやってみろよ、金ぴかの飾り物部隊が。戦闘継続意志のない敵を掃討すると称して虐殺するなんざ、弾の無駄遣いをしても怒られない坊やのすることだぜ。悔しかったら俺たちよりも前に、友軍部隊の支援に来るこったな」
「何だと!貴様、所属と階級を名乗れ!!」
……よりにもよって、登場したのは公国親衛隊の連中か。私は舌打ちして首を振った。ベルカ軍は私たち一般階級市民で構成される臣民軍を主体としながら、ベルカ公直轄の上部組織として貴族階級の士官たちや子息を中心にした親衛隊組織を保有する。臣民軍の命令系統から完全に独立して動く彼らは、今回のように戦域に乱入し、臣民軍の兵士たちが挙げた戦果を横取りしていくことが少なくないのだった。さらに悪いことに、彼らの多くが人間として未熟な――或いは偏ったエリート教育によって凝り固まっているのであった。ファルケ2、ゼビアス中尉の挑発に簡単に乗って激発した男など、その典型的な例と言えた。
「ゼビアス中尉、よせ。こちら空軍臣民戦闘飛行隊第302飛行戦隊、ファルケ0だ。既にこの戦域の戦闘が終了していることは、上空の空中管制機ヒンメル・オウゲが確認している。これ以上の戦闘は無益である。お互い、帰投しようじゃないかね?」
「これはこれは……ベルカ空軍のトップエース、フッケバイン殿でしたか。失礼しました、大佐。我々は親衛隊空軍第203戦隊、「グラーバク」飛行隊、私は隊長のヘルムート・フォン・アシュレイ中佐であります。公よりこの戦域の支援を仰せつかっておりましたが、大佐の部隊に対して支援など必要ありませんでしたな。でも大佐、臣民の英雄たる御身にしては、部下の躾がなっておりませんな?」
何がベルカ公の指示だ、と怒鳴りたくなるのを堪えて、皮肉には皮肉で応じる。
「部下の躾がなっていないのはお互い様であろう?既に戦闘の終結を宣言しているにもかかわらず、それを軍規にあるまじき行為、などと言い立てること自体が既に上官侮辱罪に当たるのではないか?」
アシュレイと名乗った士官が回答に窮するのを鼻で笑い飛ばす。階級をふりかざすのは全く好みではなかったが、こういう輩に対して使うには充分な効果を発揮する。敵が何事かを呟く。他の者には聞こえなかったらしいが、私にはそれがはっきりと聞こえた。アシュレイ中佐はこう呟いたのだ。"思い上がった平民の分際で……"と。
「アシュレイ中佐、戦域においては現場の最高士官の権限で臣民軍と親衛隊を問わず指示を行うことが出来るはずであったな?当戦域の最高士官として命じる。直ちに当戦域を離脱し、帰投せよ。即時に」
「平民ごときの命令は受けん!」
「やめろ、ヒムラー大尉。大佐の言うことは正しい。我々は命令には従わなくてはならん。命令の責任は大佐が負う。帰投するぞ」
私と並んで飛行しているゼビアス中尉がキャノピー越しに中指を突き立てている。言いたいことを言うだけ言った「グラーバク」の8機のF-15Cが上昇しつつ旋回し、編隊を組み直す。まるで威嚇するがのごとく、尾翼に伝説上の「蛇」のエンブレムを彩った戦闘機は、私たちのことなど眼中に無い、と言うように飛び去っていった。レーダー圏内から彼らの姿が消えると、部下たちが口々に連中を罵り始める。第115中隊の連中も、仲間を失った以上に親衛隊の連中に対する怒りを露にしていた。
「……こちら、ヴォルフリーダー。ひでぇことをするもんです。橋の上にいた連中、ほとんど全滅でしょう……。彼らに戦意は無かったというのに、これでは我々の凶悪さだけが連合軍に伝わるだけだ」
「ヴォルフリーダー、貴部隊の判断は正しかった。口の利き方はもう少し学んで欲しいものだが、ファルケ2の言う通りだ。この戦域の戦功は、地上にいる彼らと君たちのものだ」
「そう言ってもらえると助かるよ、ファルケ1」
折角生き残ったというのに、何と言う後味の悪さだろう。それも、敵にではなく、味方の醜さに反吐が出るのだから。そして今日のことは、橋の向こうで戦闘を目撃したであろう連合軍たちの間で憎悪をかき立てる格好の材料となるだろう。それはいつか、祖国の兵士たちの投降が認められない、という形で返ってくる。ツケを支払わされるのは、いつだって私たちなのだった。一通りの罵声をグラーバクに浴びせ尽くした後は、私たちも、第115中隊も無言になって帰路の空を駆けていった。あいつらのせいで、全て台無しだった。
間借りしているスーデントール基地に帰投した私は、約束とおりヴォルフリーダーと乾杯を交わした。無論、彼のおごりで。私より年上の彼は、もういい加減引退したかったんだ、と言いながら家族の写真を見て、涙を流していた。彼の家族は南ベルカにいるそうで、無事に疎開できていればいいんだが、としきりにこぼしていた。明日になればまた戦いの空を飛ぶ者同士、酔いを残さない程度にスコッチの風味を味わうのを切り上げ、私たちはそれぞれのねぐらへと帰った。別れ際、彼はこう言った。"このボトル、また大佐と飲むときのためにとっておきますよ。今度飲むときは、心行くまで味わいましょうや"と。もちろん、大歓迎だった。

だが、その約束は果たされない。ヴォルフリーダーだけでなく、彼のとっておきのボトルすら、この地上に微塵も残らなかったのだから。この日出会った、「グラーバク」を名乗る男たちが、十数年に渡る因縁を持つようになることを、私は知る由も無かったのである。

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