愚者の遊戯場


1995.5.9
祖国の構築した防衛線が次々と突破されている。オーシア・ユークトバニアだけでなく、周辺各国はこぞって解放戦争への参加を表明して軍隊を送り出し、祖国が取り返したと主張する領土を再び解放していく。だが、彼らの大半は、侵略された人々の解放という大義の裏で、豊富な鉱産資源を求めて手を伸ばしてきているのが実態だ。だから、結局互いに侵略しあっているに過ぎない。それでも、祖国が認められることは決して無いだろう。歴史は勝者が作るから、という理由ではなく、祖国の主張する正義と大義名分は、ベルカに生きる人々にすら受け入れられていないのだから。国内の新聞の一面にも、ようやくそんな戦争の実態が書かれるようになってきた。もっとも、それらの記事は相変わらず愚昧なる連合軍の猪突猛進をベルカの戦士たちが勇戦、撃退した、そんなことばかり書いている。だが、市民はそんな記事を最早信じていまい。新聞がどんなに嘘を重ねて戦況を偽装したところで、戦死した兵士の家族には死亡通知が届けられるのだから。そして、その数は日に日に増加するに留まらず、連絡すら取れなくなってくる現状を、人々は身を以って知っている。勇戦という言葉に隠された、犬死にという悲劇に一体どれほどの人々の涙が流されたことだろう。そして残念なことに、涙が何キロリットル流れようと、統治者たちには届かない。彼らにとって、平民階級は放っておけば増えていく程度の存在でしかないのだ。だから、彼らは平気で言えるのだ。例え国民が全て死に絶えようともベルカの大義を世に知らしめるのだ、などと。

ベルカが正当性を主張して再占領した旧領国の陥落は目前である。南ベルカまで撤退を余儀なくされた陸軍部隊が再編成されて国境線に陣地を構築しているが、それは近々始まるであろう、連合軍によるベルカ本土侵攻作戦に備えてのものでしかない。しかし、その陣地ですらいずれは突破され、最終的な防衛ラインはバルトライヒ山脈という天然の要害になるのだろう。つまり、徹底抗戦を開始するための時間稼ぎとして、防衛ラインの兵士たちは戦闘を余儀なくされるというわけだ。そして戦力の欠乏によって、これまでは後方で高みの見物だった親衛隊が起死回生の一手として投入されてはいるが、却って友軍の士気を削ぐだけでなく、友軍を危険にさらす事もしばしばらしい。虎の威を借る狐という表現に相応しく、ベルカ公の威光をかざして兵士たちに戦死を強いる者たちに、前線の兵士たちが従うはずも無い。さらに悪いことに、彼らは戦果を得るために、これまで前線の兵士を守り続けてきた英雄たちを敬遠し始めた。早い話が、自分たちよりも戦果を挙げている部隊を「休養させる」という名目で、実は出撃出来ないよう仕向けたのである。私の良く知る空の英雄の一人も、その中に含まれていた。うまい酒を堪能できるのはありがたいが、気分的にいい気持ちはしない、と言った友の言葉が、心に痛い。
ろくに休息を得ることもままならないだろう、と考えていた私たちの予想は色んな意味で裏切られ、ヒルデスブルクに戻るだけでなく南部戦線の激戦区にすらこの数日間無い。戦闘は激化し、最早友軍の南ベルカへの退却は目前だというのに、だ。普通に考えれば、私たちはスーデントールから連続出撃して友軍の支援に当たっているはずだったが、間借りしていた基地司令は納得がいかない、と何度も繰り返して私たちのヒルデスブルクへの帰還と南ベルカ領空の哨戒任務への移行を告げたのであった。大方の予想は付いたが、ヒルデスブルクに帰投した私はクライヴ司令直々に呼び出され、彼の執務室へと足を運ぶことになった。私が部屋に入ると、彼は既にバーボンの封を開け、グラスに琥珀色の液体を注いでいるところだった。
「適当にかけてくれ。少し話が長くなりそうだ」
若い頃から鍛えられ、かつてはエースパイロットの一人であった司令の身体には贅肉一つ無い。あれに比べたら、私の部下はまだまだ鍛え方が足らないな、と思ってしまうほどだ。少将という肩書には不釣合いなのが、彼は常に無精髭を生やしているというところで、彼に言わせるとどうせ伸びてくるものをいちいち剃る方が不自然だ、ということになるのであったが、そんな彼はやはりベルカ軍の将官としては異色の存在であるだろう。親衛隊の士官ですら容赦なく罰する姿勢が兵士たちには受けていたが、反面上層部には当然の如く嫌われることとなり、彼が少々から昇任しないのはそんな彼の性格が問題だと言う者もいた。もっとも、本人はそんなことはどこ吹く風とばかり、眼鏡の奥の瞳はいつも穏やかだった。私の分の一杯が差し出され、それを受け取ると彼は対面のソファに腰を下ろした。彼にしては珍しく疲れたような顔をしていた。
「少し舞台裏を探ってみたよ、我々が後方送りにされた件のね。……こいつはかなり厄介だ。親衛隊の第154と203飛行隊が、うちの部隊との交代を直接上層部に持ち込んだようだ。"フッケバインは敵の逃亡を許すなど、戦意に疑い有り。彼は連合軍に通じるスパイだ"などと吹いてくれたそうだ。親衛隊にろくな人間はいないが、連中はその中でも最悪の部類らしい。大佐、どうやら君は彼らに充分に妬まれてしまったようだよ。先の戦闘で、君たちの戦果を横取りしようとした連中がいただろう。あいつらさ。自称グラーバク戦隊」
私は思わず眉をしかめてしまった。グラーバク、エリート主義に凝り固まった、あの連中か……。あんなのが支援では、友軍たちはきっと難儀しているに違いない。というより、あの連中なら友軍など見捨てて勝手に戦争を進めるだろう。それは連合軍の憎悪をかきたて、友軍を更なる危地へと追いやるというのに、彼らはそんな程度のことすら分からないのだ。
「詳しいことは分かりませんが、クライヴ司令、彼らの腕前の方はどうなんですか?あれだけの激戦です。効果的な上空支援が無ければ、友軍の退却すらままならなくなるはずです。それに、腕が無ければ敵に落とされるだけだ」
「グラーバクのリーダー、アシュレイ中佐と第154飛行隊、こっちはオブニルとか言うらしいんだがね、ここの1番機と2番機の双子のヴァルパイツァー中佐に関しては、親衛隊空軍の中でも突出しているらしい。親衛隊空軍士官学校卒業後、エルジアに派遣されて戦技を磨いてきた連中だ。もっとも、その部下たちまでが皆腕利きというわけではなく、部隊全体として見れば中の上という程度か。うちとチーム戦をやったら、間違いなくうちの全戦全勝だろう」
「そいつは、私たちの腕を買いかぶりすぎていますよ、司令。ま、私としても、あんな連中に負けるのだけは命令でも勘弁ですがね」
「だが、奴らの悪い意味での政治力はこの際脅威だ。連中の腕前など正直私にはどうでもいい。だが、謂れの無い罪を君たちが被せられるのだけはご免だ。……というわけで、早速文句を寄越してきた軍令部には、うちと空中管制機の戦闘記録をもっと良く読め、と言ってやった。それと、スーデントールの基地司令からはうちに直接支援要請が挙げられている。彼もなかなか辛辣だぞ。使用弾薬と撃破数の資料を作って、連中の効率の悪さをグウの音も出ないように報告してくれたらしい。君たちには申し訳ないが、そう遠くないうちにまた前線に飛んでもらうことになるだろう。……もっとも、この状況下じゃここですらすぐに前線になりそうだがね」
「毎度の事ながら、ご迷惑をおかけします」
「よせ、私はこんなことくらいしかしてやれんのだ。戦場以外の戦いが、今の私の戦場なのだからね」
立ち上がったクライヴ司令は、グラスを持ったまま窓辺に歩いていった。この執務室からは、基地の滑走路を一望できる。もっとも、私たちが待機中である今は滑走路に戦闘機の姿は無く、整備兵たちのジープくらいしか見えなかったが。
「今こそ停戦の好機なんだがな……祖国は引くことを知らない。それに気が付いたときにはいつも手遅れで、そればかりを繰り返してきている。私は君たち部下を一人も失いたくないんだ。だが、そうも言ってられんな。あんな性悪連中の支援では、私と同じように考えている司令官たちが苦しむだけだからな。辛い戦いだが、やってもらうしかない」
「分かっています。しかし、負けるために戦う、というのは、やはり苦しいものです。こんなことを言ったら軍法会議ものでしょうが、少将、私は臣民軍は親衛隊から独立して行動を起こした方がいいと思うときさえあります。彼らにとって私たちは盾に過ぎないのでしょうが、盾にされる側はたまったもんじゃないですからな」
「同感だ。……祖国は、そろそろ変わらなければならない時代に差し掛かっているんだろう。もう貴族も親衛隊もいらない。本当にそう思う。……おっと、こいつは軍法会議どころか、国家反逆罪ものの発言だね」
クライヴ司令はそう言って笑ったが、食道を焼いて胃へと流れ落ちていく琥珀色の液体が、今日はやけに痛かった。
翌日、私たちの飛ぶ空は南ベルカだった。冬になれば2メートル近くの雪が降り積もるこの地域だが、ノルト・ベルカに比べれば気候は穏やかで、一日通して氷点下10℃などということにもならない。だから、春の訪れも早く、土壌は栄養に満ちている。祖国がこの地を手に入れたのはほんの1世紀ほど以前のことだが、そのおかげで無数の市民たちの食糧事情は改善したに違いない。郊外に広がる耕作地からは、収穫の季節になると様々な作物がノルト・ベルカに送られる。良い土壌を持つが故に周辺国の争いの原因ともなっていたこの地の人々を、当時のベルカ公たちは優遇した。周辺国が武器を以って襲撃を企てたとき、その暴挙を防いだのは当時のベルカの貴族たちだったのだ。折角手に入れたはずの裕福な土地。だが、祖国の欲望はそれだけでは留まらず、さらに南を、海を目指していく。それが今でも貴族たちや一部のエリートたちの頭の中に生き続けている、大ベルカ思想だった。そんなことをせずとも、諸国と友好関係を築けば旅行という形でいくらでも海を見ることは出来るし、南の地へそれこそ移住することも出来るはずなのだが、そんなことを考えず全て自らのものにしたい――それが、祖国を時代遅れの国にしている実は最大の理由かもしれなかった。

隊を二つに分けて、ゼクアイン大尉の別働隊は南ベルカのちょうど反対側を飛行している頃だった。ファルケ2とファルケ5と共に、私は西側の領空をゆっくりと南下している。まだこの地方での戦闘は発生していなかったが、いずれ連合軍はここにも進駐してくるだろう。そのときに、この美しい景色が破壊されるのはごめんだ、と思う。
「ほんと、いつ飛んでもここの空は気持ち良いですね」
「同感だ、ワーグリン少尉。ノルト・ベルカのいつ見ても無機質な大地よりも、遥かに変化に富んでいるし、緑も多い。しかも暖かい。退役したら、間違いなく南ベルカ住まいにする」
「この戦いが終わったら、がっぽり退役報酬を受け取ってそれもいいんじゃないですか、ゼビアス中尉?」
「退役報酬に加えて、お前さんから指導料と超過勤務手当てを巻き上げてな」
高度は7,000フィート。レーダーと目視で周辺を警戒するが、特に敵影は無し。空中管制機も大半が前線に投入されているので、特に無電も無し。私たちの会話だけがこの空で交わされているだけだった。今が戦争真っ最中であるということを忘れてしまいたい気分になった時だった。異変が起こったのは。相変わらず続いていたファルケ2とファルケ5の交信が突然途絶し、耳障りなノイズ音だけに変わったのだ。別に機体に障害が出たわけではなかった。レーダーも反応無し。ということは……ECM。こんなところでか?私はチャートを取り出して現在地を確認する。バルトライヒ山脈西側から南に300キロ程度進んだ地点だろう、と当たりを付け、敵の制空権内に入ったわけではないことを確認する。くそ、どこのどいつだ。国内で電子妨害をかけているのは?それとも、連合軍はこんなところまで侵入していたのだろうか?光が瞬くのが目に入り、私は左翼のファルケ2に視線を移した。発光信号だった。ジ・ョ・ウ・ク・ウ・ニ・キ・エ・イ・ミ・ユ・シ・キ・ベ・ツ・フ・ノ・ウ。上空に機影?識別不能?私は頭上を見上げた。私たちのやや前方の空を、複数の機影が通り越していく。一機は――B737?確か南ベルカとノルト・ベルカを結ぶ民間のチャーター便が運航されていたはずだが、その至近距離を戦闘機が追撃している。機影から判断するとF-15C。臣民飛行隊には基本的に配備されていないとなれば、敵か、或いは親衛隊か。ECMは相変わらず続いているので無線での交信は出来なかったが、私は発光信号をファルケ2・5に飛ばした。状況を確認するぞ、と。高度を上げながら反転し、逆さまになった機体をロールさせて水平飛行へ。高度18,000フィートまで昇って加速する。それほど時間をかけず、私たちは目標機たちに追いついていた。それでも、B737にとっては最大速度だろう。だが、追尾する戦闘機にとっては、それですら余裕の速度でしかない。B737の尾翼がちらりと目に入った。ベルカ国営航空のトレードマーク。そして執拗に追尾して接触スレスレの飛行を繰り返しているのは、予想とおり親衛隊の作戦機だった。一体何をしていやがる!目前の旅客機に気を取られている彼らは、後ろから接近する私たちの事にすら気が付いていなかった。この程度の連中が前線に行ったところで、一体何が出来るというのだろう。先日に続いて目にした親衛隊の醜態に、やり場のない怒りが湧いてくる。あいつらには痛い目を合わせる必要がある。

旅客機の真後ろについて水平飛行している1機にレーダーロックをかける。回避行動を取ることすらしない目標。即座にロックオンを告げる電子音が響き渡った。私はファルケ5に発光信号を送った。先行して旅客機を支援しつつこの空域を離脱せよ、と。唐突にロックオンされたF-15Cたちはようやくこの時になって後背から接近する私たちに気が付いたらしい。――実戦なら、この時点で既に戦闘終了だ。急旋回しようとして充分な推力を得られずに失速した1機に構うことなく、次の獲物に狙いを定める。上昇しつつ反転したその機は、こちらを見るなりいきなり発砲した。友軍機かどうかも確認せずに発砲とは!機体をロールさせつつ回避して高度を下げ、高Gループ。右旋回をしている目標機の後ろを難なく奪い、レーダーロック。向こうのコクピットの中で、乗っている奴は発狂しそうなほどの恐怖に囚われているのかもしれない。やがて甲高い音に変わった電子音が、ロックオンを告げる。もちろんAAMのトリガーは引かないが、さらに距離を詰めてガンモードへ。そしてコクピットの真上の空間目掛けてトリガーを引く。ごくごく短い射撃だが、衝撃波でキャノピーがひび割れる。程なく、妨害されていた無線とレーダーが通常状態に戻る。レーダー上に現れた光点はもちろん友軍機のものだ。向こうもこちらが友軍機であることが分かっただろう。無線が正常に戻るなり聞こえてきたのは、民間機のパイロットの怒声だった。
「一体何を考えているんだ、追尾中の空軍機!!こっちは同朋を乗せている民間機だぞ、気でも狂ったのか!?」
「こちら第302飛行戦隊隊長、ファルケ0だ。前方の友軍機、電子妨害は貴機によるものか?電子妨害の理由を伝えよ」
「ふ、ふざけるな!平民ごときに命令される謂れは無い!!貴様らこそ、親衛隊たる我々の作戦を妨害し、挙句の果てに攻撃をしかけるとは……!軍法会議だ、軍法会議で抹殺してくれる!!」
「こちらファルケ2、言ってくれるじゃないか。おい、金ぴか、純粋なる民間機に対し何の理由も無く追尾を行っていたのはどこのどいつだ?しかも電子妨害までかけて、一体何のつもりだ!"連合軍の攻撃でした"とでも理由を付けて撃墜でもする気だったんだろう?安心しな、お前らのやってたことは、俺たちの機体にきっちり記録されている。軍事法廷でどっちが吠え面かくか見物だな」
ゼビアス中尉の台詞には多少のはったりが含まれているが、それは事実だ。私たちの機体のガンカメラには、民間機を狙っていた彼らの姿がはっきりと写っている。それだけじゃない。ファルケ2はこの手の哨戒任務の時には、私物のカメラをわざわざ持ってくる。彼のことだ、ほぼ間違いなく、ガンカメラよりも遥かに鮮明な写真を撮影していることだろう。そして、中尉の指摘は図星だったのだろう。何かを言いかけた連中は皆黙り込み、戦闘機動を停止していた。何という傲慢さか。腹が立つのを通り越して、ここまで来ると呆れてしまった。臣民軍とて馬鹿ではない。領空内で突然ECMが行われたという事実は当然把握しているだろうし、当該空域を飛行中の連合軍機がいないこともレーダーで確認している。彼らが嘘の証言を弄したところで、簡単にその証言は覆されるというのに。それだけではない。ECMの展開によって、民間の管制にも相当の支障が出ているだろう。いかに親衛隊の政治力が強いといっても、それで治められるような事態では無いのだ。
「領空内での不正な電子妨害の使用、民間機に対する飛行妨害行為、友軍機に対する発砲行為、いずれも明確な軍規の違反である。私たちは帰投後、本件に関する報告書を作成して提出する。所属が親衛隊であることは分かっている。部隊名を言え。これは命令だ」
「支援に感謝します、ファルケ0。こちらも着陸したらきっちり報告書を仕上げてやる。機内の乗客たちも証人だ。親衛隊なら何でもやっていいと思っているなら勘違いもいい加減にしろ、ということを十分に理解させてやりましょう」
「聞こえなかったか、前方の友軍機。所属を伝えよ。命令に従わないなら、敵性機として撃墜する」
「た、隊長……!?」
脅しだったが、半分は本気だった。こんなところで油を売ってるくらいなら、前線で少しでも友軍の撤退に協力すべきなのだ。それを遊び半分で民間機を追い回すなぞ冗談じゃない。中に乗っている乗客たちは、きっと死を確信していただろう。彼らはそれに報いなければならない。私は再びレーダーロックを親衛隊機にかけた。音程の狂った悲鳴があがり、彼らの脆い防波堤は一気に決壊したようだった。
「こちらは親衛隊第34飛行隊。ファルケ0、我々は不当な追尾はしていない。あの旅客機に敵性スパイが搭乗しているという情報を得たので、やむを得ず追尾を……」
「戯言を弄すな!戦闘がしたいなら、今すぐ最前線に行け!貴官らが戦闘ごっこをしている今も、前線の兵士たちは戦っているんだ。そんなことも分からないなら、帰投したら即退役したまえ。貴官らの存在は、祖国の恥だ」
「黙って聞いていれば勝手なことを!貴様、ヒムラー家の名にかけて許さんぞ!!必ず報復してやる!」
「そのときは敵として一撃で葬ってやるよ。そっちこそ遺書の用意を忘れなさんな、ヒムラー家とかいう貴族の坊ちゃん」
帰投するぞ、と一方的に宣言した第34飛行隊のF-15Cは、少しでもここから立ち去りたい、と言った風で、豪快にアフーバーナーを吹かしながら離脱していった。彼らの姿がレーダーから見えなくなるのを確認して、私はようやくため息をついた。全く、存在自体が厄介事という人間はどんなときでもいるものだ……。
「隊長、すごい剣幕でしたね」
「あそこまで大佐を怒らせた奴も珍しいさ。ワーグリン少尉、君も気をつけないといつか同じ目に遭うだろうさ」
今は、彼らのそんな軽口が有り難かった。ベルカ国営航空のパイロットと改めて報告の件を確認し、そして旅客の無事を確認して、ようやく私たちは本来任務に戻った。私たちの遅れを、ゼクアイン大尉たちが気にしているだろう。それにしても、戦場でない空だったのに、何と後味の悪い一日になってしまったことか。こうなったら、徹底的にやってやるぞ、と決心して、私は多少憂さ晴らしにスロットルをMAXに叩き込んだ。シートに叩きつけられるような衝撃と共に、愛機が滑らかに加速していく。ファルケ2とファルケ5が付いて来るのを確認して、私は針路を変更した。まだ、私たちの仕事が残っている。辛い戦いが待つ戦場に戻ることが望みではないが、一人でも多くの同朋を守るための戦場に戻るためには、与えられた任務を完璧にこなすしかないのだから。

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