奇襲空爆阻止
1995.5.15
ついに祖国は南ベルカの地へと追いやられてしまった。当然の帰結とも言えなくも無いが、それにしては犠牲があまりにも多過ぎた。しかし、撤退で全てが終わるわけではない。オーシア、ユークトバニアといった連合軍の中核国はこれを契機に徹底的に祖国を叩くことを明らかにし、この戦争の終結条件は無条件降伏か徹底的な殲滅か、とまで言い切っていた。もちろん、水面下では停戦交渉が進められてはいるのだろうが、国際的な常識の無い祖国政府の官僚の言い分など、連合国の外交官たちは歯牙にもかけないだろう。その証拠が、今回の連合軍による最後通牒だ。軍部は豊富な土壌を持つ南ベルカの地を焼き払って焦土作戦を実行すると公言したが、その直後、南ベルカ最南端に位置するいくつかの町がベルカからの離脱と無血開城を宣言した。祖国は一つ重要なことを忘れていた。それは、南ベルカという地は過去数百年に渡って、その豊富な土壌故に周辺各国による奪い合いの舞台となってきた土地柄であるということ。ノルト・ベルカの谷の向こうを住処とする自称純潔なるベルカ人に比べ、遥かに外交センスに富んだ土地柄と民族性を持った南ベルカの人々は、悪く言えば日和見的に、だが、自分たちの生活を最大限守っていくためにはどうしたら良いのか、最も適切な方針を決めただけだ。彼らはこう言っている。"私たちの大地は、これまでベルカのおかげで守られてきた。だが、今度はその大地をベルカが焼き払うという。私たちはベルカへの恩義は決して忘れていない。しかし、私たちが守るべきものはこの大地である。だから、私たちは無血開城を決断した"と。
南ベルカといえば、その撤退戦前後から、ベルカ公直轄の機関の一つである「統合戦略研究所」の軍部への関与が急に増加している。国民の多くが表向きの目的しか知らないこの機関、実際にはベルカ公直属の諜報機関としての役割だけでなく、軍需産業や他の民需産業、さらには親衛隊の上層部までがここの所属である、と噂されている。が、その実態が平民階級に公開されることは無く、今日までその存在自体が謎と言っても良い機関である。その統合戦研から、親衛隊・臣民軍双方の上層部に幹部が派遣されてきているらしい、とノルト・ベルカの記者仲間が連絡を入れてきて、そして以後連絡を絶った。会社にコンタクトを取っても、何が起こったのか全く分からないということだけが分かった。だが、実態は不明でも、その事実によって危険の匂いときな臭さは感じ取ることが出来る。取材に赴いた記者を抹殺しなければならないような企み事が、真っ当なものであるはずが無い。ましてや、前線の兵士たちは彼らを忌み嫌うだろう。戦火に未ださらされることのないノルト・ベルカから送られてきた得体の知れない幹部たちに命令され戦争をさせられるのは、他ならぬ前線の兵士なのだから。
旧領国から追い出された兵士たちが南ベルカへ撤退した今なお、軍部と統治者たちは徹底抗戦を全土に呼びかけていた。彼らをそうさせるのは、スーデントール市に位置する国営兵器産業廠がその生産力に物を言わせて武器弾薬を産み出し続けているだけでなく、その都市自体が強固な要塞となっているからだった。さらに、スーデントールを抜くこと無しにはノルト・ベルカへの門は決して開かれることは無い、という自信を彼らが持っているからであろう。だが、仮に連合軍がスーデントールを相手にせずに、別のポイントからバルトライヒを越えてきたとしたら?もしそうなったとしても、私などが背負えるような問題ではなかったが、そうなる前に矛を収めるのが筋であるだろう、というのは間違いなかった。戦い続けている兵士たちの大半は、きっと私と同じ気持ちであろう。ベルカの大義だの正義だのといったものではなく、家族や恋人或いは子供の顔を思い浮かべて、引き金を引くのだ。そうしなければ、自分が思い描いた人々と二度と会えなくなるのだから。だが同時に、それは相手の兵士たちが、彼らの思い描く人々と会えなくなる事と同義でもあった。私などはまだましな方かもしれない。キャノピー越しに敵機を狙うとき、相手の顔を直視することは決してないのだから。
全軍の南ベルカへの撤退の結果、手狭となったスーデントールから追い出され、私たちはヒルデスブルクから通いの傭兵のような生活を送っていた。残念ながら、スクランブル待機が増えてしまい、馴染みの店でグラスを傾けることも出来なくなってしまったのであるが……。そして今日こそは一杯飲むぞ、と思っているときに限って厄介事が飛び込んでくる。基地に鳴り響く警報はまさしくスクランブル発進警報。もっと重々しい空襲警報でないのが幸いだが、私たちは待機部屋から駆け出し、それぞれの愛機へと走っていった。既にフル装備になっている愛機のチェックは整備士たちが終えているので、そのままタラップを駆け上がってコクピットへ滑り込む。ハーネスを締めヘルメットを被り、計器盤の最終点検を進めていく。
「全機とも、整備はばっちりだ。張り切っていってくれよ、大佐!」
足元から聞こえてきた大声は、整備班長のボルツマイヤー大尉のものだ。大尉とはとても思えないのが、いつも油まみれのツナギを愛着し、士官服をほとんど着ないという点だ。事実、ファルケ4のハウスマン少尉とファルケ5のワーグリン少尉が、珍しく士官服を着用していたボルツマイヤー大尉を見て最敬礼で「初めまして」と挨拶をしてしまったこともあるくらいだ。もっとも、それ以来大尉は余計に士官服の着用を嫌がるようになり、今ではクライヴ司令の部屋にすらツナギで現れる始末であった。だが、もともとは戦闘機乗りだった大尉の経験は非常に豊富で、実戦経験を持たない整備兵たちの良き教師であり、私たちパイロットにとっても頼れる整備班長であることに違いは無く、彼のような人材を持つことが出来たことは、私にとっても幸いであったのだ。事実、私の部隊で運用している戦闘機は、他部隊に比べて極めて故障発生率が少ない。これはまさに、ボルツマイヤー大尉率いる整備班たちの為せる技であろう。
「大佐の機体のエンジン、完全オーバーホールとまではいきませんでしたが、一応クリーンアップは完了しています。多少はフケも改善しているはずです。まぁ、本来なら新品と交換していきたいところですが、そんな予備がありませんからな」
「いや、これでも充分だよ。予備部品の件は、私からも司令に掛け合ってみる。大尉からも話しておいてもらえると助かる」
「了解でさぁ。おっと、ボチボチ出陣ですな。健闘を!」
大尉が機体から離れて親指を突き上げる。コンディションオールグリーン。私も整備兵たちに親指を突き立て、発進の意を伝える。キャノピーをクローズして、ロック。スロットルの出力を少し上げて格納庫から滑り出す。ファルケ1、ファルケ2が続いて誘導路に入り、その後を残りの3機が続く。ヒルデスブルクの滑走路末端に入って、トライアングルフォーメーションのまま待機。テイクオフクリアランスを待つ。
「大佐、聞こえるか?クライヴだ。詳しいことは上がってから話すが、スーデントールにオーシアの爆撃部隊が急速接近中だ。間抜けな話で、南ベルカに航空部隊を派遣して手薄になったところを突かれたらしい。付近の基地からも支援機がスクランブルしているが、どうやらうちが一番最初に到着しそうだ。敵は爆撃機、攻撃機、戦闘機多数。スーデントールに近づけるな。まだこの辺りの空は我々のものであることを思い知らせてやってくれ。……任せたよ、フッケバイン」
「ファルケ0、了解。全機聞いたな?優先攻撃目標は爆撃機と攻撃機。戦闘機の相手はその後だ」
「ファルケ2、了解!」
「ファルケ5、今日こそは後を取られないようにします!」
「コントロールより、302、全員の帰還を祈っているよ。ファルケ0、離陸どうぞ!」
了解、と伝え、フットブレーキをまだ放さずにスロットルを上げる。機体がつんのめったように前へと沈み込み、そしてエンジンの回転が一気に上昇する轟音が背中から響いてくる。スロットルを最大にすると同時に、ブレーキを解除。暴力的な加速を得た機体は一気に弾き飛ばされるようにして飛び出していく。トライアングルを組んだまま一気に急上昇、ヒルデスブルクの市街があっという間に後方へと流れ去り、バルトライヒ山脈の緑が近づいて来る。後続のファルケ5たちと合流を果たした私たちは、最大戦速で一路南ベルカを目指す。
空中管制機ヒンメル・オウゲからもたらされた情報によれば、敵部隊は爆撃機が20機以上、攻撃機、護衛機多数という構成らしい。まだ私たちの機体のレーダーには捉えられていなかったが、オーシア領からバルトライヒ山脈を東進してくるルートで、スーデントールに向かっている。この日、南ベルカでは無血開城によって損害無く前進してくる連合軍に対する反抗作戦が行われていて、その支援でスーデントールの航空隊が不在となった隙をまさに突かれたというわけだ。連合軍側にしてみればしてやったり、ということなのだろう。だが、彼らにとっての計算外は、私たちがいること、さらには私たち以外の臣民飛行隊の部隊が、南ベルカでの作戦行動から外されていたということだった。
「こちらヒンメル・オウゲ、敵部隊の針路に変更無し。爆撃部隊の上空に護衛機有り、F-15Cらしいな」
「F-15!?意外とこの間会った……ええと……203飛行隊、「グラーバク」だったりしてな」
「ゼビアス中尉、それ以上言ったら問題発言になってしまうぞ」
「そうはいっても、ゼクアイン大尉、あいつらなら充分に有り得そうな話だと思いませんか?」
「302飛行隊、お願いだから風紀委員のようなことを言わせないでくれ。"私語は慎みたまえ"なんて、この歳になって言う台詞じゃないぞ」
「こちらファルケ4。いやぁ、そういえば昔風紀担当の先生に何度も言われましたねぇ」
「ほら、そろそろホームルームの時間も終わりだ。敵部隊、レーダーに捕捉。全機、長射程AAM発射準備!」
武装選択モードで、長射程AAMを選択、セーフティロックを解除。ヒンメル・オウゲとの連携で、レーダー上で爆撃機にレーダーロックをかける。弾数に余裕があるわけではないので、1発ずつ獲物を定めて目標を設定する。敵影を肉眼で捉えられる距離ではなかったが、レーダーロックを告げる電子音がコクピットに鳴り響く。トリガーを引き、AAM発射。軽い震動後、機体から切り離されて降下したAAMのエンジンが点火され、母機を追い抜いて飛び去っていく。各々の目標に向けて軌道を修正しながら、AAMの光点が伸びていく。私は近距離戦に備えてモードを変更、ファルケ4、ファルケ5と共に上昇。ゼクアイン大尉率いる3機は直進して爆撃隊にヘッドオン。双方共に最大戦速で虚空を駆け抜ける。発射されたAAMが目標の光点と重なって消失。先頭から1、2……6機の爆撃機の光点が消失する頃には、前方に墜落していく爆撃機の炎が出現していた。その背後には、爆撃機の巨大な影も見える。
「ここの通り賃は高く付くぜ、オーシアの野郎ども!!」
ファルケ2がヘッドオンで機銃攻撃。戦闘機と異なり武装を持たない爆撃機がコクピットを撃ち抜かれ、貫通した弾丸が爆弾を誘爆させ、空中に巨大な火球を作り出す。四散する味方機を避けようと無防備な背を晒した爆撃機たちに、部下たちが容赦ない攻撃を加えていく。まさに七面鳥撃ちと言って良い状態だが、敵の一隊はそんな友軍の状態に気を止めずに加速していった。速い!!その機影は長年様々な戦場で使用されてきたB-52の鈍重なものではなかった。――B-1Bか!ついこの間までは試作機が飛行したとか言われていた新型を早くも投入してきたか、連合軍は。レーダー上は敵部隊と私たちの機影が入り乱れ、まさに乱戦の様相を呈してきていた。そこにさらに新手が加わる。レーダー照射警報が鳴り響き上方を見上げると、太陽光を乱反射しながら降下してくる敵機を発見。護衛部隊のお出ましだった。高G反転で急降下、速度を稼いで回避する後方を、敵の機銃掃射が通り過ぎていく。F-15Cの角張った機影が、轟音と共に降下。散開した護衛機たちは、私たちを足止めすべくドックファイトを挑んできた。その間に攻撃を逃れた爆撃機たちが戦域を離脱していく。
「ファルケ0より、ヒンメル・オウゲ。敵護衛部隊と交戦中、友軍の支援隊はどうか!?」
「間もなく戦域に到着する。それまで何とか耐えてくれ!」
「こっちは何とかなるが、爆撃機まで手が回らない。そっちを狙ってくれ、と伝えてくれ!」
2機のF-15Cが私の後方にへばり付いて来た。一方が機銃攻撃で牽制し、一方が本命で仕留めるつもりらしい。加速しながら旋回を繰り返し、レーダーロックを逃れていく。旋回しつつ機体を逆さまにし、捻りこみながら急降下。こちらの機動に反応出来なかった敵機が、遅れて急降下を始めるのを確認しつつ、スロットルを最大にして振り切って反転する。形勢逆転し、逆に後背をさらしたF-15C目掛けてレーダーロック。必死の回避行動に出る敵を逃さずに食い付いて行く。ロックオンを確認しつつ、敵の機動が衰えるのを虎視眈々と伺いながら待つ。やがて上昇に転じた敵機が速度を減じた隙を突いてAAMを発射。至近距離から発射されたAAMを回避する術は無く、直撃を被った敵機が爆発四散するのを回避し、もう一方の目標に狙いを定める。インメルマルターンで反転する敵機のやや上方で失速反転。がくんと下がった機首の向こうに、無防備な敵の後背を捉える。
「トーチャー、後方上空から敵機!回避しろ、狙われているぞ!」
「くそっ、あのエンブレム、怪鳥だ!!」
さらに高G旋回で敵機は急降下。その後を続いてこちらも急降下。猛烈な勢いで地上が近付き、高度計の数値がコマ送りで減じていく。胃の辺りが浮かび上がりそうな感覚に囚われながらも、私は冷静に敵の後背を見下ろしていた。加速して振り切るつもりだったのだろうが、こちらとて最新鋭戦闘機の一つを使っているのだ。振り切れないことを悟った敵機はそこから上昇に転じたが、余程強烈なGがかかったのか、機動が途絶える。その好機を逃すつもりは無かった。放たれたAAMは過たず、敵機の腹で炸裂し、機体を炎に包み込んだ。黒煙を吹きながら敵機は次第に高度を下げていく。
「トーチャー、しっかりしろ、ベイルアウトしろ!」
「……駄目だ、キャノピーが飛ばないぜ。それにしても……最後までいい音だな、愛機よ……」
次の獲物を探して上昇する私の背後で、敵機が大地に叩き付けられ炎をあげる。部下たちはそれぞれの獲物を追い奮戦していたが、如何せん数が相手側のほうが圧倒的に多く、さらに護衛機だけでなく攻撃機が空戦に参加し始めたため、私たちの相手はどんどん増えていくばかりだった。その間にも爆撃機はどんどん距離を稼いでいく。いっそこちらも離脱して爆撃機だけに目標を絞るか、という気になってくる。と、友軍機部隊の機影がレーダーに出現。二手に分かれて一方が爆撃機隊に向い、一方は高空から私たちの戦域へ突入してきた。
「遅くなってすまない、フッケバイン。ブリッツ・シュラーク、遅れ馳せながら加勢するぜ!」
「何の、支援に感謝するよ、フンケ。とはいえ、ちと遅くないか?」
「勘弁してくれ、こっちはおしめの取れていない若造だらけなんだ。だが、爆撃機相手ならHAWKで充分だろう?」
「おいおい、まさか練習機に実弾積んできたのか!?」
「仕方なかろう、誰でもいつかは初陣があるんだ。連中はたまたまそれが今日だっただけのことさ」
加勢がブリッツ・シュラークと聞いて、私は少しほっとしていた。臣民飛行隊の部隊の中で、ほとんどが新米搭乗員たちで構成されているこの部隊であるが、彼らの挙げた戦果はベテラン揃いの航空隊に決して劣らない。事実、部隊の卒業者たちは別の部隊で素晴らしい技能を発揮しているのだ。その隊長機は「フンケ」――閃光、の通り名で呼ばれる、私と同じ平民階級出身のパイロットであった。上空から獲物を定めたブリッツ・シュラークのMig-29が、戦域を串刺しにするように降下し、低空から私たちに攻撃を仕掛けてきていた攻撃機部隊にAAMと機銃の雨を降らす。機首から直撃を被ったF-18が真っ二つに砕け散り、AAMを回避したものたちは機銃の直撃を受けて戦闘不能に陥り、生き残った者たちがベイルアウトしてパラシュートの花を開く。これで互角以上に戦える。首を巡らせると、残念ながら今日もファルケ5が敵機に追われていた。やれやれ、と思いつつも、彼が巧みに敵の照準から逃れていく機動を見せていることに感心する。
「ワーグリン少尉、今加勢する!」
「済まない、支援に感謝する、ハウスマン少尉!!」
敵機撃墜に成功したファルケ4が、ファルケ5の追尾に夢中になっている敵機を背後から突く。敵が気がついたときには、その機体は既にファルケ4のガンレンジの射程内。慌ててロールした敵の翼が機関砲弾に引き裂かれ、バランスを失った敵機はきりもみ状態に陥りながら墜落していく。
「くそっ、どうなっているんだ!この空域に敵機はいないはずだったろ!」
「駄目だ、振り切れない!冗談じゃないぞ、相手は練習機だってのに、味方の護衛機は何をやっているんだ!」
私たちが戦闘機部隊を引き付けている間に、ブリッツ・シュラークの新米たちが爆撃機を次々と血祭りに上げていく。レーダーから光点が一つ、また一つと消滅していくのが何よりの証拠だ。遠方に、炎と黒煙を引きながら墜落していく爆撃機の姿を見ることが出来る。向こうは放っておいても良さそうだ、と確信した私は、付近の敵に集中した。形勢は完全に逆転し、数は上回っていたはずのオーシア軍機たちは、徐々に追い詰められていく。離脱を試みて加速したF-15CをHUDに捉え、レーダーロック。白い排気煙を吐きながら、放たれたAAMが敵目掛け伸びていく。旋回して回避しようとした敵機のエンジンに直撃し、爆炎と衝撃が機体を引き裂く。
「ファルケ1より、ファルケ0。敵爆撃機部隊、全滅。新米たちの訓練には最高だったようだ。全員無事だ」
「了解した。敵も退却を始めている。……追撃は不要だろう」
「やったぜ、見たか、オーシアの連中。これに懲りて無謀な奇襲作戦なんざ二度と考えないこった!」
「こちらフンケ、ファルケ2、いつかここも連合軍の領土になってしまうかもしれない。そうしたら、我々が奇襲を強いられるかもしれんよ。因果応報、って奴だ」
フンケの言うとおりではあったが、当面の間連合軍の無謀な奇襲作戦を阻止するのに充分な戦果は挙げられた。20機以上の爆撃機を殲滅し、護衛機・攻撃機も多数を撃破したのだから、ここしばらくの空戦では久しぶりの圧倒的勝利と言っても良かった。最も、こんな僻地での戦術的勝利が戦局を覆すようなことは無いのであるが、少なくとも、無謀な作戦に出動させられたうえ、無駄死にする兵士たちの数は減らすことが出来る。撃墜を逃れた敵戦闘機たちは、必死になって戦域から離脱していく。それでも攻撃を加えてくるのならば話は別だったが、味方の大敗を目の当たりにした敵機は一目散にオーシア領へと退却していった。私たちも、ブリッツ・シュラークも損害無し。
「それにしても、さすがだ、フッケバイン隊は。あれだけの大勢を相手にして損害無しとは、本当に恐れ入るよ」
「いや、ブリッツ・シュラークが来てくれなければ、私たちは殲滅の憂き目を見ていたはずだ。改めて、援護に感謝するよ。ありがとう」
「はは、天下の怪鳥に貸しを作れたんだとしたら、こりゃ大事にしないとね。――また戦場でお会いしましょう、大佐」
フンケが翼を数回振って見せて、彼らの基地への針路を取った。Mig-29を戦闘に、新米たちのHAWKが後に続く。まるで、親鳥についていく雛鳥のように。もう、ここには敵はいない。私たちも、私たちの帰るべき街へと帰るべき刻だった。
「任務終了。全機、ヒルデスブルクに帰還するぞ。……今夜は、久しぶりに"フロッシュ"でグラスを傾けようじゃないかね?」
部下たちの歓声が返ってくる。少し暮れて来た太陽の光を反射しながら、6機のSu-27はバルトライヒ山脈の向こうへと空を駆け抜けていった。