不協和音


バルトライヒ山脈は既に後方に去り、その様々な緑も雲に霞んでいる。ヒルデスブルクを発った私たちは、山脈空域を越えて既に南ベルカの上空にある。まだ戦火を肉眼で確認することは出来ないが、雑音混じりの通信が飛び込んできて戦況を断片的に伝えてくれる。私たちも懸念した通り、兵士たちのあげる罵声は敵に対してのもの以上に、「後方支援」と称して実は後方に隠れているようにも見える親衛隊部隊に向けられている有様だった。
「畜生、砲撃部隊の支援攻撃は何をやっている!敵の支援ばかり届いているぞ!」
「668大隊、敵部隊は射程範囲内に入っていない。無駄弾は使えない」
「馬鹿言っているんじゃねぇ!俺たちの前進を支援するために支援攻撃は行うんだ!!もういい、アンタに話す事は無い。おい、聞こえているだろう、砲撃手。全部俺の責任にしてやるから、盛大な花火をぶっ放してくれ。そうでもしないと、こっちが全滅しちまう!」
味方同士が交わしているとは思えないような交信に思わず顔をしかめる。内輪で揉めているような軍隊が、一体どうやって勝利と戦果を得るというのだろう。少しは気が紛れるか、と見下ろした大地は、先日のように戦争中であることを忘れられるような平原ではなく、無惨に車輌や兵士たちに踏み躙られて地肌が露出した平原に姿を変えてしまっていた。今回の作戦で動員された部隊たちの仕業だろう。畑を耕していた地元の人々はさぞ憤慨しているであろう。戦争やっているとはいえ、これで彼らの生活の糧は一年分失われたようなものだ。補償はごく僅かなものしかないだろうから、彼らはこの一年大きな負債を負うことになる。当然、そんなことを強いるベルカ政府への不満は高まるだろう。
「ひどいものですな、大佐、ついこの間まで、この下は本当にきれいだったのに」
「ゼクアイン大尉に同感です。これじゃあ、祖国こそ侵略者みたいじゃないですか!」
「ワーグリン、連合軍の連中にしてみりゃ、俺たちゃ極悪な侵略者に違いないんだぜ。……とはいえ、こいつは酷すぎるけどな。普通は道路を整然と進むもんだが、好き勝手に展開しやがったみたいだな」
部下たちも言いたい放題だ。ゼビアス中尉の指摘しているように、戦車のキャタピラ跡は道路など無視したように刻み込まれている。相手国の穀倉地帯でも制圧するなら話は別だが、ここは領土内だ。軍人として、最低限の心得として一般市民の損害を少なくするよう振舞うべきなのに、どうやらここを通った連中と指揮官はそういった常識とは全く無縁だったようだ。残念な話だ。
「こちらヒンメル・オウゲ、第302飛行戦隊、貴隊の担当空域はバルトライヒの方じゃなかったか?」
「ああそうだ、ヒンメル・オウゲ。現在、バルトライヒ山脈「周辺」の哨戒任務を継続中」
「物は言いようだな、ファルケ2。だが、助かるよ。とにかく手が足りていない。現在地点から、南西方向、進撃した戦車隊が敵の対戦車攻撃隊の集中攻撃を浴びている。戦闘ヘリ多数、対地攻撃機多数。可能であれば支援求む」
「ファルケ0、了解、友軍の支援に向かう。全機、行くぞ!」
ヒンメル・オウゲの指示する戦域はここからごく僅かの距離だ。レーダーに目をやりながら、機首を方位200方向へ。高度を保ったまま高速巡航。編隊を組みなおし、トライアングルを2つ作って敵の襲撃に備える。幸い、敵迎撃部隊の姿は無い。こちらの要撃戦闘隊の出現は無い、と考えているのか、それとも別の方面の戦闘で忙しいのか……。薄い雲の下、大地に赤い光が瞬く。両軍の砲火が交わされている証だった。飛び込んでくる無線の数も段違いに増え、耳がおかしくなるかのようだった。レーダーに敵影。もちろんIFF反応は敵。地上からも対空砲による攻撃が行われているようだが、一向に敵影の減る気配は無かった。長居は無用だが、あれが私たちの目指す目標のようだった。ファルケ2、ファルケ4を従えて私は急降下。高度2000フィートまで高度を下げたところで機体をロールさせ、水平飛行。友軍の兵士たちは、突然現れた友軍機に肝を抜かしていたかもしれない。スロットルを叩き込んで、友軍に炎を浴びせている敵部隊を捕捉する。AH-64の細い胴体が対戦車ロケットを次々と撃ち出し、地上の友軍戦車部隊に甚大な損害を与えていた。
「6号車、キャタピラに直撃!!移動不能ーっ!!」
「11号車、おい、11号車応答しろ!!」
「諦めろ、3号、11号はロケットの直撃を食らって中は溶鉱炉だ」
生き残った戦車たちが機銃の細い反撃をしながら何とか退却しようと移動を続けるが、その後を容赦なくヘリが追尾し、袋小路へと追い詰めていく。複数の方向から浴びせられる波状攻撃は見事だったが、敵の戦術に感心している暇は無かった。戦闘機の機動に比べればドン亀でしかないAH-64の一機を照準レティクルに捉え、狙いを定める。有効射程内に入る直前でトリガーを数瞬引く。瞬く間に発射された機関砲弾は、戦闘ヘリの脆弱な装甲を易々と撃ち砕き、コクピット内のパイロットたちを消し飛ばす。ファルケ2、ファルケ4からも攻撃が浴びせられ、攻撃を食らったヘリが四散する中を飛び抜ける。上昇しつつ、急反転し、再び敵に狙いを定める。ファルケ1、ゼクアイン大尉の隊は、支援の必要なし、と判断して更に先の戦域へ向かう。
「こちらブラッドハウンド3、敵戦闘機部隊の攻撃を受けている!至急応援求む、至急応援求む!!」
「話が違うぞ!この戦域の敵機は追っ払ったんじゃなかったのか!?」
「ローターをやられた!!高度を維持出来ない!お、落ちるーーっ!」
予想外の敵の出現に慌てふためくように、ヘリの陣形が崩れていく。可哀想だが、友軍の被害をこれ以上拡大させるわけには行かなかった。ファルケ4に狙われたAH-64が急停止してホバリング上昇、その機動に付いていけなかったファルケ4は接触スレスレで回避して通過するが、高G反転ですぐさま反撃に転じていた。ワーグリン少尉同様、ハウスマン少尉の腕前も随分と上達したものだ。そろそろ、部隊長を任されたとしても充分にこなせるだけの技量を持ち始めている。予想外の機動でファルケ4の追撃を振り切ったつもりだった敵機は、敢え無く機関砲の餌食となって爆散した。危地に追い詰められていた友軍の歓声があがる。
「おい、怪鳥だ、フッケバインが来てくれたぞーっ!!」
「この好機を逃すな、生存車輌、全車撤退、急げ、早く!!」
「こちらファルケ2、今のうちに、早く安全圏へ撤退しろ!敵さん、そんなに待ってはくれないぞ!」
「ああ、もちろんそのつもりだ。そっちも気をつけてくれ、救援に感謝!!」
息を吹き返したように砲塔から威嚇射撃の砲弾を撒き散らしながら、生き残った戦車たちが後退して行く。後方からの友軍の支援砲撃も加わり、連合軍の攻撃が減殺される中、傷だらけの車輌と兵士たちが必死になって走っていた。数分前までこの戦域を支配していた戦闘ヘリ部隊は壊滅し、ほんのひと時とはいえ制空権が回復する。ほっとため息を吐いたのもつかの間、無線のコール音が鳴り響く。先行して先の戦域に向かったファルケ1からのコールだった。
「隊長、聞こえますか?こちらファルケ1、こっちは苦戦しています。敵の数がとにかく多い。対空砲火と敵攻撃機部隊の連携攻撃に手を焼いています。至急応援を!」
「分かった。こちらの戦闘は終了している、すぐに向かう」
「了解しました。こちらも一旦上空退避しておきます。敵さんもなかなかしぶとい。これじゃほぼ全戦線に渡って、我が軍は苦戦中でしょうな」
編隊を組み直し、地上の兵士たちが手を振るのに翼を振って応え、私たちは一気に急上昇した。まだ戦闘は終わったわけではない。次なる戦場へ向けて、私は気を引き締めなおした。
度重なる上空からの銃撃――砲撃といった方が相応しい轟音が地面に穴を穿ち、逃げ切れなかった仲間たちを容赦なく引き裂き、消し飛ばしていく。直撃を食らった者などは跡形も無く、僅かな遺留品を残して砕け散っていく。無謀な突貫を続けた結果がこれだった。後方との連携もせずに猪突猛進すれば結果は自ずと見えていたはずなのに、貴族出身の隊長は空軍最強部隊の支援を受けられるから問題ないと言い放ち、そしてその放言は見事に裏切られた。連合軍地上部隊の対空車輌の攻撃を恐れて高空に留まり続けた挙句、出現したA-10部隊に航空攻撃を行うことも無く、さっさと撤退してしまったのだ。残された兵士たちは、連合軍による殺戮の格好の標的だった。つい数時間前、生きて帰ることを誓った部下たちは次々と倒れ、自分が生き残っているのはタチの悪い悪魔の気まぐれとしか思えなかった。彼は戦車の狭い車内で、唇を噛み締めた。錆の味に似た感触が、口の中に広がっていく。ハインツ・ガーランド少尉は、今日こそ戦死の日だ、と覚悟を決めていた。無謀な突貫を部下に強いた隊長殿は、爆弾と大口径の機関砲の洗礼を浴びて既にこの世の存在ではなく――あんな奴は地獄の釜で永遠に苦しめばいいんだ――、退却の呼びかけに応える友軍の声も限りなく少なくなっていた。
「バーンスタイン!アイゼナハ!聞こえたら応答しろ!!……くそっ、誰も残っていないのか!?」
「前方から敵機接近、少尉、何かに掴まってください!!」
もう聞き慣れてしまった、低い轟音が迫ってくる。部下を、仲間を引き千切ってきた「雷撃」――A-10のエンジンが奏でる死の福音だった。掴まったところで逃げられるものか、と心の中で毒づく。地上を這いずり回るしかない彼らが数十キロの速度で逃げ回ろうと、上空を飛ぶ戦闘機から見れば固定目標も同然だった。こんなことなら、分からず屋の上官たちを吹き飛ばしておくんだったな、と諦めかけた彼の頭上を、別の甲高い咆哮が飛び越えていった。そしてエンジンの咆哮ではなく、重いものが大地に叩き付けられる音が響き渡り、炸裂した。吹き飛んだ破片が戦車の装甲にぶつかって音を立てる。甲高い咆哮は一つだけではなく、複数の咆哮が辺りに響き渡っていた。そして、あれほどまで浴びせられていたはずの機関砲弾のシャワーが途切れていた。
「少尉、友軍の救援です。カナード付きの……尾翼に何かエンブレムが見え……くそ、こいつは本当に友軍だ!フッケバインです!!」
「何だって!?追い詰められて気でも狂ったか?」
「さっきからすこぶる正気ですよ!何だったら自分のお目々で確認して下せぇや!」
半ば自棄になって、ガーランドは頭上の蓋を押し上げた。外気がどっと流れ込んできて、汗の臭気に満ちていた車内が換気される。周りの状況は酷いもので、黒焦げになった車両や兵士たちの亡骸、そしてその残骸が飛び散っていた。首をめぐらしたガーランドは、上空にループを描く戦闘機の姿を捉えた。その尾翼には、伝説の怪鳥の姿が描かれている。――フッケバイン。やっと「支援」が来てくれたぜ、とガーランドは腕を突き上げた。それと同時に自分の後ろの蓋に敵の銃弾が連発で当たる音が響き、慌てた彼は無様な姿勢のまま車内に滑り落ちた。真下に居た伍長はその下敷きになって最早彼が上官であることも忘れて怒鳴っていたが、それに怒鳴り返す心境ではなかった。ガーランドは回線を開き、大声で叫んだ。
「フッケバインだ!友軍の救援が来てくれたぞ!!生き残っている奴、この声が聞こえたら、今のうちに撤退だ!!馬鹿な上官はもういない、こんなところで、俺たちが死ぬ必要はないぞ!!」

数少なくなっている友軍の戦車を、まるで七面鳥を料理するかのようにしていたA-10のコクピットを蜂の巣にし、私たちはそれぞれの獲物に牙を突き立てていた。私たちの到着とタイミングを合わせてファルケ1たちが高空から急降下攻撃を加え、新手を迎撃しようとした連合軍部隊の陣形をかき乱していく。私は低空飛行を保ったまま、私や部下たちに鬱陶しいレーダー照射を浴びせてくる主に狙いを定めた。けたたましい警報が鳴り響き、前方で白煙があがるのが目に入った。対空SAMが私めがけて発射された証だった。速度を落とさず、機体をロールさせて微妙に軌道をずらす。双方の相対速度が速すぎ、ミサイルは私に触れることなく後方へと飛び去っていく。後は無防備なランチャーがあるだけだ。友軍を苦しめてくれたお返しとばかり、私は操縦桿のトリガーを引いた。数十発の機関砲弾は対空ミサイルの胴体を簡単に引き裂き、指揮所のテントをぶち破った。破壊された車輌が大爆発を起こし、逃げ遅れた兵士たちの身体が宙に舞う。難を逃れた兵士たちも、先ほどの支援に来ていたという敵とは全く異なる敵機の出現に、慌てふためき逃げ惑う。次の目標を照準レティクルに捉え、ファイエル。直撃を被った対空砲がへし折れ、炎を吹き上げる。コクピットに警報が響き渡る。後方からレーダー照射。レーダー上にも、ちょうど背後に敵がへばりついているのが映し出されている。対地攻撃のためにいつもよりは速度を落としていた私を、連合軍のF/A-18が狙っていたのだ。面白い、やる気か。スロットルを最大にして加速を得て、私は急上昇を仕掛けた。F/A-18も反転、その機動性を活かして私に攻撃をしかけてくる。機首から撃ちだされた機関砲弾の光の筋が轟音と共に追い抜いていく。あれを食らったら、いくらこの機体でもひとたまりも無いな、と考えつつ、スロットルを一気に絞って操縦桿を引いてこちらも急反転。正面に敵を捉え、ロックオン。発射されたAAMは白い排気煙を吐きながら、ヘッドオンでF/A-18に突き刺さる。機体後部で炸裂したAAMはF/A-18のエンジンを粉砕し、尾翼の大半をもぎとったが、まだ機体は健在だった。さすがに高度を保っていられなくなった敵機は、そのまま市街地の道路へ不時着していった。敵ながら、いい腕だ。ファルケ1たちが苦戦を強いられたのも分かる。
「ファルケ4、右へ急旋回しろ、今すぐだ。後方に敵2!!」
「助かるよ、ファルケ5、任せた!」
「くそ、一体こいつら凄腕だぞ!この機体じゃ相手にならない、応援を呼べ!」
「そんな余裕ありません!う、うわ、やられる……」
ワーグリン少尉の発射したAAMが、A-10の機体を真っ二つにへし折った。泣き別れた機体から炎を吹きつつ、大地へ突き刺さって爆発、四散する。地上からの脅威が無くなったことでだいぶ叩きやすくはなったが、周囲にはまだ敵機の数の方が圧倒的に多く、私たちを包囲せんと攻撃を仕掛けてくる。数ヶ月に渡る戦闘は、確実に連合軍のパイロットたちの技量を向上させていた。開戦当初こそ、ベルカ空軍は全戦線に渡って圧倒的な技術の差を見せ付けていたが、長引く戦いで次第にベルカのパイロットは失われ、その補充は技量の無い新兵で補われていく。それは連合軍も同じだろうが、激戦を生き延びたパイロットたちの技量は本物だった。今や、両軍のパイロットの腕前は連合軍の方が高くなっているのかもしれない。上空からヘッドオンで急降下してくるF/A-18と互いに撃ち合ってすれ違う。機体スレスレで回避をした私に対し、相手はコクピットに直撃を食ってそのまま地上に突き刺さった。高度15,000フィートまで駆け上がって機体を反転させ、今度は上空から獲物を探す。
「大佐、支援いたします!」
私の右サイドにファルケ4が付く。了解の意を伝え、再び急降下。部下たちの後背を狙うF/A-18の一隊に狙いを定める。こちらを察知した3機が上昇に転じてヘッドオン。ほほ同時にロックオンを確認してAAM発射。機銃による攻撃を回避するために緩ロールして射線から逃れる。案の定、一時前自分がいた空間を敵の攻撃が切り裂いていく。ほんの数秒で、敵部隊とすれ違う。そのうち2機は炎の赤い光を撒き散らし、黒煙を引いて上昇していく。私たちの攻撃を回避しきれず、真正面から攻撃を食った結果だった。バックミラーに、後方で砕け散った敵機の爆発と四散する機体の残骸が映し出されている。機体を引き起こして水平飛行に戻し、辺りを伺う。低空に展開していたはずのA-10の姿はすっかり見えなくなり、地上に何機かの残骸が転がっている。A-10をあらかた刈り尽くした部下たちも高空戦闘へ移行し、攻撃後は上空援護に付いていたのであろうF/A-18を追い回している。私は低空まで降下し、先ほど支援した友軍の戦車の姿を探した。最早動いている車輌の方が少ないので、目的の戦車はすぐに見つけることが出来た。オープン回線で呼びかけてみる。
「こちら302飛行戦隊、ファルケ0。敵攻撃部隊は一時退却したようだ、制空権も一時的だろうが、取り戻した。この隙に、早く安全圏まで離脱してくれ」
「支援に感謝します、302飛行戦隊。私は第15戦車中隊、ガーランド少尉であります。英雄フッケバインとお目にかかれて光栄です。残存兵力――兵力とはもう言えませんが、生存者との合流はほぼ完了しております」
「後方に友軍の別働隊がいる。そこまで撤退すれば友軍地上部隊の支援を受けられるはずだ。何とかなりそうか?」
「何とかしますよ!生き残って、親衛隊や馬鹿な隊長のことを軍令部に報告する義務が自分にはあります。酷い話ですよ。うちの馬鹿隊長は仕方無いとしても、航空支援に来た……ええと……そう、親衛隊の203飛行隊!支援どころか、何もせずにさっさととんぼ返りしやがったんですからね」
また、あいつらか!熾烈な攻撃にさらされているのは地上部隊の方で、だからこそ航空部隊による支援攻撃が必要だというのに……。実際問題として、あの程度の対空陣地を恐れるなど論外というものだ。連中の事だから、また好き勝手に理由と戦果を並べ立てて保身を図り、見栄を張るのだろう。百害あって一利なしとは、まさに彼らのためにあるようなものだ。だが、それは決して「グラーバク」に限ったことではない。恐らく、全ての戦線において臣民軍の後方に控える親衛隊は似たり寄ったりのはずだ。にもかかわらず、そうとは気が付かない、或いは気付いていても仕方無い前線部隊は激戦を強いられる。出撃前の議論にもあるとおり、これでは犬死以外の何物でも無かった。これが統合戦研とやらの戦略だというのなら、こんなお粗末な話はない。この作戦が失敗して甚大な損害が出ることにより、ますます今後の戦いが厳しくなるだけでなく、連合軍に対しては「最後の最後まで抵抗する」ベルカ軍の姿を強調することになる。その結果、更なる圧倒的な戦力による徹底的な殲滅という憂き目を見るのは、他ならぬ私たちだ。
「隊長!後方から敵機、回避して下さい!!」
ハウスマン少尉の叫び声と、レーダー照射を告げる警報音、どちらが早かっただろうか。現実に襟首を掴まれて引きずり戻された私は、背後に回りこんできた敵戦闘機にへばり付かれていることにようやく気が付いた。私としたことが――!スロットルを最大にして加速を得つつ、左へ急旋回。高Gがかかり、視界がブラックアウトしていく。適当なところを見計らって、急ロール、反対側に再び急旋回。こちらの回避行動に付いていけなかった敵のF/A-18が前へ飛び出したところを、ファルケ4の発射したAAMが捕捉する。凄絶な断末魔は途中で途絶え、翼が千切れとんだ敵機が火球を宙に生み出して四散する。
「すまない、援護に感謝するよ、ハウスマン少尉」
「とんでもありません。まだまだ、大佐への借金が一杯あります」
「そんなことはないさ。腕を上げたもんだ、君もワーグリンも」
それは本音だった。休み無しでの連続出撃が続くと、さすがに身体に堪える。一昔前なら、それも苦痛ではなかったのだが、いつの日か若者たちが自分を超えていく。それが自然なのだが、今の祖国はそもそも自分を超えていくはずの若者が激減してしまったのだ――戦争のせいで。
「大佐、敵部隊、退却していきます。追撃しますか?」
「必要ないだろう。友軍の退却する時間さえ確保出来れば、私たちの任務も終了だ。燃料もそろそろ危ないし、可能であれば空中給油機を回してもらおう」
残り少ない敵の生存機が撤退していく。だが、長居をすればまた別の部隊による攻撃を受けることになるだろう。地上部隊の残存兵たちが退却するのに充分な時間は得られたはずだ。私たちもそろそろ潮時だった。それにしても、凄惨、としか例えようのない光景だ。回収すらしてもらえない兵士たちの亡骸が、無惨に道路に、地面に転がっている。地元住民か、敵兵に葬ってもらえるのはマシな方で、跡形も無くなった兵士に至っては遺品すら見つからないだろう。もう少し早く、ここに来ていられれば、最初にここに来ていた支援部隊が、きっちりと上空支援をしていれば――。初めから掛け違えたボタンは戻ることなく、最悪の結果となって実現しつつある。ヒルデスブルクへの帰還を宣言した後も、私の気が晴れることは無かった。
この日の戦闘において、ベルカ陸軍は甚大な損害を被る結果となった。後方部隊との連携もままならず、敵の砲火に包囲されて降伏した部隊も少なくなかったのである。私たちは友軍救援の功績によって、本来の任務対象外空域に飛んだことは不問とされたが、翌日からは前線部隊の支援隊として作戦に参加することとなった。それはすなわち、今日作戦に参加した空軍機が失われた結果でもあった。

そして、もう一つ。私たちの「功績」は、私たちを前線と功績から遠ざけたくて仕方無い連中の嫉妬に火を付けた。それがいかにお門違いのものであったにせよ、彼らにとってはその妬みと企てた謀略は正当化される。目前に迫っていた危機を、私たちが知る由も無かった。

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