訪れし者の名は厄介事


1995.5.24
軍令部と統合戦研が仕掛けた「乾坤一擲の」逆襲作戦は連合軍の大攻勢により完璧に失敗し、完膚なきまでに撃ち減らされた生き残りがスーデントールに撤退してきた。臣民軍だけでなく親衛隊まで大損害を被ったという事実は、さすがのベルカ公ですらショックを受けたようだ。もっとも、今日も新聞の一面には勇ましい記事が飾られている。その記事によれば、我らが祖国は南ベルカの解放は達成できなかったものの、連合軍に対して圧倒的な打撃を与えて退却させることに成功したそうだ。――最早、そんな記事を人々は信じようとはしない。圧倒的な打撃を受けたのが祖国であることは、届けられる死亡通知を見れば分かることなのだから。そして、我々の一面には、ヒルデスブルクの英雄の一人の戦死が報じられている。渋るデスクを説得して載せさせたその記事に対する反響は大きかった。第302飛行戦隊――フッケバインに率いられたエース部隊の一人である、ルシエド・ハウスマン少尉のことは、何度も「フロッシュ」で見かけていたし、部隊の中では下っ端の彼が、上官たちに命じられて買い物リストを手にこの街の商店街を走り回っていた光景を目にした人も少なくないだろう。その彼は、南ベルカから撤退する友軍部隊の支援に赴き、その戦いの渦中で命を落としたのだという。だが妙な噂も聞こえてきている。こんなご時世であっても、いや、こんな時だからこそ、航空無線の傍受に躍起になる人々がいる。このヒルデスブルクにもその類のいわゆるマニアがいるのだが、その彼が不可解な通信記録を傍受したらしい。近日中にその記録を入手することになっているが、連合軍は第302飛行戦隊を待ち伏せしていたのだ、と彼は主張している。それが事実だとしたら、考えたくない話だが、祖国の中に裏切者がいるということになる。

それにしても、この戦局を覆すことが出来ると統合戦研が主張する「秘密兵器」の正体が分からない。ただ、その代わりに、祖国が密かに開発したという小型戦術核が実在するという情報を掴んだ。しかし戦術核が秘密兵器にはなり得ないだろう。いかに威力を減じているとはいえ、結局は核兵器なのである。その使用は、祖国に対する核報復を国際社会で認めさせる格好の材料となるだろう。そうなれば兵士だけではなく、いや、ベルカという国家自体が根こそぎ消滅する事態を招いてもおかしくない。だが、前線から離れた首都では、連合軍の兵士を無血開城という方法で易々と通過させた南ベルカ諸都市の"裏切り"に対する報復を声高に主張する貴族や軍人が増えてきたという。北の谷からでは、結局何も見えないということだろう。逆侵攻などという愚かな作戦が大敗に終わったばかりだというのに、早くも次の作戦を統合戦研が具申しているとも聞く。だが、そんな具申などせずとも、ベルカの兵士たちは戦闘を強いられることになるだろう。逆侵攻を退けた連合軍首脳は、ベルカ軍の抵抗の本拠となっているスーデントール市に対する攻略作戦の発動を宣言したのである。西・南・東の三方から、連合軍の大軍が進撃を開始する。それは今までベルカが経験したことの無い苦しい戦いになるだろう。豊富な生産能力と膨大な弾薬が備蓄されているスーデントールの国営兵器産業廠ではあるが、連合軍の兵站能力は尋常ではないのだから。
ハウスマン少尉の基地葬も一段落し、表面上は普段とおりの生活が戻ってきた。だが、編隊に空いた穴は決して埋まらず、部下たちの心の中にも――私もそうだが――ぽっかりと穴が開いたような気持ちにさせられる。彼の部屋に残されていた予備のパイロットスーツだけが納められた棺は軽々と担ぎ上げられ、葬送の曲も無い辺境基地の風の音に見送られて運び出されていった。僅かな遺品だけが、故郷で彼の帰りを待っていた家族たちにいずれ届けられるのだろうが、親たちは一体誰を恨むのだろう。彼を直接殺した連合軍のパイロットか、或いは彼を守ることが出来なかったこの私か――。私の場合はまだ気楽だ。帰りを待つ家族もいなければ、伴侶もいない。伴侶を持つチャンスが無かったわけではないが、短期間で転属を強いられる空軍兵にしてみれば、独り者の方が都合が良かったということもある。ときどき、年に一度か二度、父親がまだ生きていた頃は故郷に戻って酒を飲み交わしたものであるが、彼に孫の顔を見せられなかったことは残念である。だが、自分自身軍隊務めで晩婚だった父親は、焦ることは無いさ、と言ってくれていたので、それに甘えてしまった。だから、新米たちの訓練のため私がスーデントールに滞在しているときにも、自身の入院の話を一言もせず、その死に目に会うことすら出来なかった。当時の配属基地に戻って初めて訃報を知った私が故郷に戻ったとき、父は既に冷たい墓石の下だった。だから、私が戦死したとしても、最早私を迎えてくれる人はいない。伴侶になってくれたであろう人との生活と、戦闘機を駆り大空を舞うこの仕事と、後者を選び続けてきた結果なのだから、後悔しても仕方無いのであるが。

南ベルカからの撤退により出撃要請も特に無く、また連合軍も部隊の再編を行っているのか特に侵攻が始まったという情報も入らず、ヒルデスブルクの基地には静かな時間が久しぶりに流れていた。特に他にすることもなく、また激戦続きでろくにメンテナンスをする暇も無かった私は、整備兵たちの手を借りて愛機の整備とチェックに時間を費やしていた。もっとも、私だけでなく、格納庫の中ではゼクアインやアウグストたちも同様に機体の点検整備に余念が無かった。ハウスマンを失った戦いは特に熾烈なものであったから、見た目は問題なくても要交換のパーツがあるはずだ。エンジンにしても酷使し続けている状況だから、可能な限りの点検と部品交換はせざるを得ない。そんなわけで、ボルツマイヤー大尉が早速私の機体からエンジンを取り外すよう指示を出している。他の部隊に比べれば、これでも優先的に戦闘機の部品や弾薬を確保出来てはいたが、それ以外の食料品等については徐々に支給が滞るようになり――大半の基地要員はヒルデスブルクの町に繰り出すので支障はなかったが――、南ベルカの穀倉地帯を失いつつあるダメージが早くも現れ始めている。コクピット内の点検を終えた私はタラップを下り、機体から取り外され、格納庫内のクレーンに吊られているエンジンを見上げた。この何日かの戦闘で幸いにも一撃も被らずに回り続けたエンジンであるが、ただ巡航しているのではなく、急加速・急制動・急停止を強いられるエンジンの損耗は間違いなく進んでいるだろう。
「どうだろう、まだ使えるものかな?」
私は傍らにいつものツナギ姿で立っているボルツマイヤー大尉に声をかけた。大尉は腕を組んで少し首を傾げていた。
「ばらしてみないことには何とも……。大佐の機体のエンジンは、部隊の中で一番長く使っているんで、さすがにそろそろきっちり整備したいところなんですよ。可能なら丸ごと新品に換えてしまいたいですな。それが駄目なら、ハウスマン大尉の機体用に保管しておいた予備エンジンを使用するか……」
「班長ーっ!隊長機のエンジン抜き取り、完了しました!」
「よーし、さっさと作業台の方に移しちまえ。いいか、赤子を抱くのと同じように、優しく、慎重に、だ」
「わかってますよ!恋人を抱きしめるように、でしょ!」
クレーンで吊り下げられたエンジンは、ほとんど音も立てずに作業台へと移される。整備兵たちの腕の為せる技と言うべきで、私も思わずほぅ、と声を出してしまった。ボルツマイヤー大尉が作業台に近付いて、厳しい目でエンジンを見ていく。エンジン内部の構造までは専門ではないとはいえ、数々の激戦における酷使によって、オイルが漏れているような形跡を私は見つけた。素人目ですらそれが分かるのだから、内部になったらもっと色々な問題があるのかもしれない。私の愛機は、エンジン以外にも様々なパーツが取り外されていた。先日の戦闘機動で歪んでしまったカナード翼やエアブレーキ、兵装である機関砲も取り出されて既に整備兵がメンテナンスを始めている。部隊の全作戦機がそんな状態だから、嫌でも出撃は出来ない。あまりやりたくはないが、練習機で比較的安全な空域を哨戒飛行するくらいのことだろう。
「大佐、いらっしゃいますか!クライヴ司令がお呼びです!」
私同様、整備用のツナギ姿のワーグリンが大声をあげる。表面上は平静を取り戻したように見える彼だが、最も歳が近く階級も同じだったハウスマンと彼は良い意味でのライバルであり、友人だった。心に付いた傷は決して浅くは無いはずだが、彼はそれに耐えて務めて冷静であろうとしていた。
「司令が?まさか練習機で編隊組んで出撃しろ、なんてジョークでも言ってきたかい?」
「練習機にはしごかれた記憶しかないんで、勘弁して欲しいですねぇ、それは。いえ、客人が来ているので、すぐに司令官室に出頭せよ、とのことです。着替えなくても良いそうです」
「すぐに?誰かお偉いさんが来る予定は聞いていなかったが」
「先刻部品やら食料品やらを載せてきた輸送機が着陸したじゃないですか。あれに乗ってきたんですよ。なんでも統合戦略研究所の関係者らしいですよ」
「なに?統合戦研だって?ハウスマンの仇がのこのことよくもまぁやってこれたもんだぜ」
横合いからかけられた不機嫌な声はもちろんボルツマイヤー大尉のものだ。
「人の基地の補給物資にまぎれこんでくるたぁ、とんでもない奴らだ。……それにしても、親衛隊や貴族と恋愛関係の統合戦研が、何だってうちみたいな辺境基地に?向こう側の連中にしてみれば、大佐、貴方とこの部隊は戦功を独り占めする疫病神のはずですがね。今までの非礼を詫びに来ましたかね……そんなことは、あの連中に限ってあるわけないか」
ボルツマイヤー大尉の言うとおり、先日はあれほど平民階級を犬死させる作戦計画をぶち上げた連中である。それが今になってご機嫌伺いともなれば、どうせましな話を持ってくるはずは無い。とはいえ、冷遇してみせれば今度は5機で敵の大群に突っ込んで来いと言われかねない。まったくもって、厄介なことだ。大尉が私の肩を叩いた。何か面白い悪戯を思いついた、といった感じで、人の悪い笑いを浮かべている。
「大佐、この際ツナギ姿のまま出頭するといいですよ。折角司令も"着替えなくていい"と言ってくれているんですから。その方が前線基地の忙しさが伝わって多少は戦研の硬い頭がほぐれるかもしれませんぞ?」
私は苦笑するしかなかった。

結局着替えることなく――オイルと埃で汚れたツナギ姿――司令官室のある管理棟に足を踏み入れると、オペレーターたちが物珍しそうな顔で敬礼を寄越してきた。なるほど、私のツナギ姿はどうやら新鮮らしい。新鮮な気分と少しの居心地の悪さを感じながら、管理棟の奥にある司令官室の前で止まり、ドアをノックする。
「大佐だね?構わんよ、入りたまえ」
「失礼します」
部屋の中には、クライヴ司令と客人が二人――軍の制服をぴしっと身に付けた男たちが、私の姿を見て訝しげに歪む。クライヴ司令は口の端に笑いを浮かべている。私はツナギ姿のまま敬礼を施した。男たちの表情は変わらないまま、しかし敬礼が返ってくる。先に口を開いたのは、若い方の男だった。
「失礼ながら、大佐。この基地には整備兵もいないのですか?大佐たる者が、軽々しく下の階級の者に混じって汚れ仕事を為さるなど、これは軍規の乱れ以外の何物でもないのでは?」
ほらきた、と心の中でぼやく。悪しきエリート主義に染まった侵略者の権化。融通の利かない堅物。この歳でこれでは、将来が思いやられるというものだ。胸にぶら下がった中尉の階級がいかにも取って付けたように見えてくる。
「自分の命を乗せる愛機の点検を行うのに、階級は関係ないのですよ。こればかりは、実際に乗って戦ってみないとなかなか理解してもらえないところなのですがね」
何も知らない奴に文句を言われる筋合いは無い――と言外に言ってのける。
「大佐の言うとおりだ、口を慎みたまえ、フランクケイン君。……失礼した、大佐。私は、ハインラント・フォーゲル、統合戦略研究所の戦略研究局局長であり、一応君と同じ大佐の階級を持つ。機体点検の忙しいときに押しかけて、こちらこそ迷惑をかける」
もう一人の方――私より少しばかり年上と見える男が頭を下げる。彼の言葉には心がこもっているようにも感じたが、青い透き通るような瞳は冷たい光を浮かべ続けている。初対面の人間を印象だけで判断するのも失礼な話だろうが、今ひとつ信用が置けない。私はそう感じた。戦闘機乗りとは明らかに異なる雰囲気――強いて言うならば、研究者、学者、といった様相で、フォーゲル大佐殿は物腰の柔らかい口調で話を始めた。フランクケインと呼ばれた若者は、相変わらず私を睨み付けるようにしていたが。
「実は本日ヒルデスブルクに伺いましたのは、軍令部よりの重要伝達事項をお伝えするためです。事が事なので、私たちが実際に赴いてお伝えすることとなりました。ここからお話することは、我が軍、我が祖国にとって極めて重要な機密事項となります。先日の大敗は祖国にとっても大きな痛手であると共に、実戦の現場を知らない若手の研究員たちが独断で軍部に話を持ちかけた結果引き起こされたものであり、この結果連合軍は却って勢いを増して迫りつつあります」
「ほう、若手のね?フォーゲル大佐、あの侵攻作戦においては、そちらの幹部連中が司令部に派遣されていたと聞くが。その結果、親衛隊は支援攻撃すらこなせず、前進した臣民軍は壊滅的な損害を受け、うちの部隊も貴重なエースの一人を失った。それでも懲りずにまた侵攻計画でも立てているというなら、こちらは特に聞くことは無い。お引取り頂こうか」
今までほとんど見たことが無い、クライヴ司令の冷酷と言うに相応しい対応に、フォーゲル大佐たちだけでなく、私もしばし呆然としてしまった。フランクケイン君など、口をへの字に曲げて司令を睨み付けている。フォーゲル大佐にとっても想定外だったのか、後の言葉を続けられずにぽかんと口を開けていた。
「第302飛行戦隊は、貴君らの立てた無茶な侵攻作戦においても、激戦区を飛び続け、戦い続けてきたんだ。ようやく部下たちは自分の命を乗せる戦闘機の点検をじっくりする時間を得られたというのに、またそんな無謀なことを繰り返せとでもいうのかね?そういうことは、先の戦いで戦力を温存していた親衛隊の航空隊にお願いしたらいい」
「司令、お待ちください、私がここに来たのは、そんな無茶なことのためではありません。先の戦いでの第302飛行戦隊の奮闘が無かったら、さらに多くの陸軍の兵士たちが命を落としていた。クライヴ司令、それにフッケバイン、どうか祖国の滅亡を防ぐために力を貸してください。我々統合戦略研究所は、連合軍の総侵攻によって祖国が滅亡にいたることの無きよう、非公式ですがオーシア、ユークトバニアとも外交交渉を行っています。だが、交渉がまとまる前に祖国が滅んでしまっては和平の道も何も無いのです」
「ちょっと待ってもらえますか?外務省とは別ルートで統合戦研独自の交渉が行われていると?」
そんな馬鹿な話は無い、というものだ。そもそも一研究機関でしかないはずの組織が、よりにもよってオーシア・ユークトバニアの超大国と交渉の場を持っていること自体が不自然だ。さらに、フォーゲル大佐の話し振りでは、決して交渉は失敗ではないというように感じられる――外務省は大失敗に終わったというのに。私は、少し前、あの侵攻作戦が始まる前に「フロッシュ」でゼクアイン大尉から聞いた話を思い出した。大尉は言っていた。"あれは研究所なんていうもんじゃなく、実態はベルカ公直属の諜報部門みたいなもんです"、と。さらには、"戦争大好きザービエル"のいるところだったろうか。なるほど、ゼクアイン大尉の言うとおり、真っ当な機関でないことは明らかなようだ。
「外務省などとは一緒にしないで下さい。もともと私たちの機関は、研究を通じて内外の民間組織等との交流が盛んなのです。外交の何たるかも知らず、強弁しか振るうことの出来ない外交官に何が出来ましょうや?」
フランクケイン君が胸を反らせるようにして口を開く。まるでそれが自分の手柄であるかのように。きっとグラーバクやオブニルの隊長たちもこんな感じなんだろうな、と頭の中で彼らの顔を想像する。
「まぁ、つまりそういうことです。非公式、というよりは非常識と言われるかもしれませんが、私たちは外部とのルート……例えば、オーシアやユークトバニアの軍需産業に属する企業体の人間との面識があった。ベルカ公としては、これ以上この凄惨な戦いを継続させないために、我々の非公然ルートを通じて改めて超大国の政府要人とのコンタクトわ取っている、というわけです。そして私たちが今日ヒルデスブルクに伺ったのは、この外交交渉とも密接に関係するのです。――軍令部よりの作戦命令をお伝えします。第302飛行戦隊は、5月25日0000時を以ってこの和平交渉に向かう要人たちの搭乗する輸送機の護衛任務に就くこと。詳細は、こちらの作戦指示書をご覧下さい。それともう一つ、同時刻を持ち、第302飛行戦隊を軍令部直属航空隊とし、特務部隊としての作戦行動にも就くこと。以上となります」
「軍令部に確認を取る時間を頂こう。貴君らを疑うわけではないが、何、大した時間はかからないさ。それまでしばらく、とても首都のようには行かないだろうが応接室で待機していてもらいたい」
「我々を疑うのですか!?」
「そうではない、フランクケイン君。ただ、私はこの第302飛行戦隊の全ての隊員たちの命を預る身だ。命令とはいえ、明らかに不可解な作戦等に対して軍令部に意見を具申する権利がある。隊員たちに作戦内容を伝達するにしても、司令官が詳細を知らなくては意味が無い……そういうことだ」
「了解しました。行くぞ、フランクケイン中尉。では、大佐、――フッケバインの活躍を祈っておりますよ」
いかにも身体に染み付いていないという敬礼を施し、彼らが退室して扉が閉まる。少しして、クライヴ司令が大きなため息を吐き出した。つられて、私もため息を吐きだす。体内に篭った瘴気を吐き出すかのように。
軍令部に連絡を入れて、出された命令が真実であることを確認したクライヴ司令は、コーヒーが満たされたマグカップに手もださずに憮然とした表情を浮かべている。どうやら、同じように統合戦研の訪問を受け、軍令部直属に配置換えとなっている部隊はうちだけではなく、特に臣民軍の活躍している部隊――うちやブリッツ・シュラーク、先の南ベルカ再侵攻作戦の生き残りの陸軍部隊たち――が対象となっているらしい、と司令は告げた。
「つまり、親衛隊だけでは手が足らなくなってきたから、戦力も実力も充分な部隊を好き勝手にこき使おう、ということですかな?」
「そういうことだろう。だが大佐、私はそもそも彼らの行っている「交渉」の方が気になっている。こんなことを言っては反逆罪ものだが、ここまで戦線を拡大し続けてきた将軍たちを未だ支持するようなベルカ公が、和平に興味を示すとはとても思えないんだよ。現に、公の意志を代弁した外交官たちは、各国の笑いものにされて帰ってきたんだ。――何かひっかかるんだよ。噂話で、統合戦研と軍令部がグルになって、連合軍を完膚なきまでに叩き潰すための「秘密兵器」を開発してるなんて話もあるくらいだ」
その話は私もシンドラーから聞いている。"統合戦研が、戦局を覆すことが可能な秘密兵器を完成させた"――彼はそう言った。フォーゲル大佐らの話は筋が通っているようにも見えるが、私は全てを信じる気には到底ならなかった。彼は何かを隠している、と私は確信していた。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず……か。大佐、君は彼らの言うことを信じられるか?」
「全く信じる気になりませんね。彼らは何かを隠している。私の勝手な思い込みかもしれませんが、彼らには何か別の思惑があるように思えてなりません」
「同感だ。案外交渉とやらはベルカ公の亡命工作だったりしてな。……まぁ、あの御仁に限ってそんなことは有りえないだろうがね」
ようやくマグカップを手にとり、少し冷めてしまったコーヒーにクライヴ司令が口を付ける。だが、彼らの思惑がどうあれ、軍令部の出した命令が事実である以上、私たちは従わなくてはならない。全く、割に合わない話だ。
「折角、いつもの所でうまい酒を楽しめるとおもったんですがね……」
「なあに、ボルツマイヤーの奴が君の機体のエンジンを下ろしているんだ。今すぐとはいかないさ。――だが大佐、多分我々はヤバイ橋を渡り始めているかもしれない。細心の注意を払ってくれたまえ。現場での判断は任せる――これ以上、部下が戦死していくのは心に堪えるんでね」
どうやらとことん私たちはこき使われることになるらしい。それも、これからは胡散臭い連中の立てた胡散臭い作戦行動にまで駆り出されるというわけだ。それが、これまで挙げてきた戦果の結果なのだから皮肉なものだ。部下たちにこの話を告げなければならないのか、と考えると頭が痛くなってくる。それにしても、統合戦研の進める「交渉」とは一体何なんだろう?得体の知れない寒気がしてきて、私は残っていたコーヒーを一気に呷った。苦い感覚が食道を通り抜け、腹へと滴り落ちていった。

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