灰色の敵


1995.5.26
フッケバイン隊を陥れた通信を偶然傍受することに成功したクライアントが姿を消した。どうやら秘密警察による検挙を恐れて地下に潜伏したらしい。彼が無事であることは遅れて届けられた小包の中に入っていたメモで分かったのだが、肝心の情報を得られなかったことに私は落胆しかけた。だが、クライアントは二重の袋になっていた小包の中にあるものを仕込んでいた。コインロッカーの鍵。ヒルデスブルクから二駅程離れた街の、デパートの脇に設置されたコインロッカーが、私の欲するものの在処だった。早速出かけていった私は、そのコインロッカーの中から数枚のA4サイズのレポートを入手した。ワードプロセッサで打ち出されたそのレポートには、無線の発信周波数が記されているだけでなく、ご丁寧にユークトバニア共通語とベルカ語で内容が併記してあった。その場でじっくりと読みたくなる衝動をかろうじて堪えて家に戻り、ようやく机の上にレポートを広げた私は、その内容を見て驚愕した。それはユークトバニア空軍の航空無線を捉えたものだったのだが、"灰色"と自らを呼ぶ者と、それに応える者同士の会話についてはわざわざ周波数を変更して通信を行っていた――しかもベルカ語で。会話の内容はそっけないものだが、その意味するところは重要だった。"鳥は籠に入った。潰せ"・"了解。怪鳥の翼は二度と開かないだろう"――丁度その頃、フッケバイン率いる一隊は、ユークトバニア空軍の包囲網に誘い込まれていた。単なる遭遇戦ではなく、あらかじめ仕組まれていた「罠」に彼らは祖国の裏切者の手によって追い込まれていたのだとしたら――。

首都ではさらに別の事件が発生している。少し前だったろうか、親衛隊の一部隊が民間機を撃墜しようとした事件の軍事裁判が結審し、親衛隊の隊員に対してはこれまで下された例の無い厳しい判決となった。率先して民間機撃墜を指示した隊長は軍規の重大なる違反として死刑、他3名の隊員についても懲役刑が下されたのである。判決を下した裁判官側にも親衛隊の人間がいる中での判決であるにもかかわらずこのような厳しい判決が下された背景には、混迷を極める戦況がある。ただでさえ、長引く戦闘で国内は疲弊しているところに、さらに一般市民の反発を招くような事態を引き起こした点が、親衛隊すらも貴族階級の人間に対する処罰を認めた理由であろう。だが、この裁判は更なる展開を見せる。死刑判決を受けた部隊の隊長――名門ヒムラー家の長男は、彼の前後を挟んで歩いていた軍令部付き曹長二人を銃殺、軍事裁判の行われていた本部前で頭を撃ち抜いて自殺したのである。名門貴族の出身たる彼のプライドが、他人の手による死を許さなかったのかもしれない。だが、残された者たちに彼の受けた「屈辱」は引き継がれた。ヒムラー家は「不遇の死」を遂げた長男を追い込んだ人間に対する報復を宣言したのである。ベルカ国法においては、貴族階級のこの行為は罪に問われない。それはつまり、私の良く知るエースパイロットたちを彼らが報復の対象として選んだということだ。嘆かわしい話だ。この期に及んで、祖国を救い続けている者たちを逆恨みで狙うような人間たちが、"道を誤らない"?この国の最大の失敗は、彼ら旧態依然とした貴族階級を20世紀の今日まで生き長らえさせてきたことだ。この事件は、記事にする必要がある。
「統合戦研」訪問の影響がすぐに現れたというべきか、私たちも裏舞台で繰り広げられる謀略劇に組み込まれたというのか、フォーゲル大佐の言っていた「和平交渉」がより踏み込んだステージに昇格したようだ。珍しく冗談を飛ばさずにブリーフィングを開始したクライヴ司令から告げられたのは、オーシア政府との極秘交渉に向かうこれまた極秘使節の搭乗する輸送機をオーシア領空まで極秘裏に護衛せよ、というミッションだったのだ。極秘だらけの内容は別として、指令の出所が軍令部と統合戦研の連名だったことにゼクアイン大尉が眉をしかめ、ゼビアス中尉は大げさなゼスチャーで首を振ってみせた。これだけ「極秘」という言葉が続いていると、実は全部筒抜けだったりしてな、とはアウグスト中尉の独り言だが、私も同じようなことを考えていた。私たちの受け持ちはバルトライヒからオーシア領東部空域に抜けるまでの南ベルカ空域。案外、ベルカ公自身が亡命を図るんじゃないか、と誰しもが思っていたが、その疑問はクライヴ司令が一蹴した。和平交渉行特別フライトの乗客は、元老院の重鎮ビスマルク公爵だったからだ。宰相の経験を持つ公爵は、現在の戦争の発端ともなった「旧ベルカ領独立無効判決」を下した最高裁判所を痛烈に批判してベルカ公の怒りを買い更迭されたわけだが、仮にも遠縁の関係にある公爵がそれ以上罰せられることもなく、以後元老院に場を移して活動を続けていた。若い頃の軍隊経験・戦争経験から「戦争反対」を明確に打ち出していた彼の主張は、しかし戦争推進派の連中に届くことが無く、ついに侵攻作戦が開始された。最早政界に自分の居場所は無し――ビスマルク公は自ら政界から去り、以後表舞台に姿を現さなかった。そんな人物だから、貴族階級の人間としては奇跡的と言って良いほど、一般階級の人間の中で人気が高かった。そんな御仁を引っ張り出すくらいだからこの交渉事は意外と大真面目なものなのかもしれないな、という司令の言葉に皆が同意したのである。

「しかし鉄面ビスマルクを持ち出すとは、案外統合戦研の中にも真っ当な連中がいるってことですかねぇ?」
「いやいやゼビアス中尉、その裏でさらに謀を進めるのが奴らのやり口さ。案外乗っているのは公爵の替え玉かもしれないぞ」
「大尉は本当に嫌いなんですね、統合戦研が」
作戦指示のとおりヒルデスブルクを発った私たちは、輸送機とのランデブーポイントで待機。いつもよりも長距離のフライトに備えて燃料増槽がぶら下がっているので、機動がやや鈍い。いざとなれば切り離してしまえばいいだけのことではあるが。ぎりぎりのスケジュールの中、ボルツマイヤー大尉たち整備班のおかげで久しぶりにメンテされた機体の調子は良く、中身を入れ替えたエンジンのフケ加減は最高だった。これで低速に落としたときのぐずつきからも解放され、戦闘機動時の心配事が一つ解決されたというわけだ。待機時間に飽きてきた部下たちの私語は放っておいて、私はレーダーを確認しつつ、周囲の様子を伺う。今のところ敵影は無し。だが、仮にこの作戦内容が漏れていたとしたら、鈍重な輸送機など標的の的となる。AAMなど使わずとも、非武装の輸送機ならバルカン砲で蜂の巣にすれば済むのだ。やれやれ、結局厄介事は私たちの役目ということか。やっぱり統合戦研は厄介事を押し付けに来たんだな、と頭の中で愚痴を吐いていると、無線のコール音。ヒルデスブルクの周波数ではなく、指定された周波数帯のもの。どうやら引継ぎの時間が近付いたようだ。
「こちら首都防空軍110飛行隊、第302飛行戦隊、応答願います」
ゼビアス大尉が口笛を吹く。私も正直なところ驚いた。コンタクトしてきた友軍部隊のパイロットは、我が空軍の中でもほとんどいない女性パイロットだった。
「こちら第302飛行戦隊、ファルケ0だ。ここからの案内役は任された」
「英雄フッケバインとお会いできて光栄です。私はヒュクシン、クレメンティア・リーゼス中尉です。公爵をよろしくお願いします」
「ワーグリンよ、中尉だってさ。残念だな」
「どういう意味ですか、ゼビアス中尉!?」
「こら、公爵の面前だ。少しは静かにしろ、二人とも!」
レーダーに機影が5。4機は護衛のMig-21-bis。中央に位置する輸送機に、私たちが護衛すべきVIP――和平交渉へ向かうビスマルク公爵が搭乗している。ヘッドオンで高度をやや上げつつすれ違った私たちは上空で反転。高度を合わせてトライアングルフォーメーションを組んで後方から合流する。私たちの接近を確認して、輸送機を挟むように飛行していたMig-21-bisはそれぞれ左右に散開。私たちに針路を譲って外側にポジションを取る。彼女たちはこの後ヒルデスブルクにて給油後、首都へととんぼ返りするスケジュールのはずだ。私たちの機体に比べ航続距離の短いあの機体では、そうせざるを得ないのだ。
「第110飛行隊、ヒュクシン、リーゼス中尉、ヒルデスブルクに向かいたまえ。ここからは怪鳥たちが守ってくれる。ご苦労だった。フッケバイン隊の諸君、鉄面で悪かったな。よろしく頼むよ?」
それは紛れもないビスマルク公爵自身の声だった。ゼビアス中尉がげっ、と声をあげている。どうやら私たちの通信は輸送機に筒抜けだったらしい。リーゼス中尉機だろう。Mig-21-bisの1機が翼を振った後、4機は綺麗に旋回して私たちとは正反対の方向へと飛び去っていく。既に旧式機とはいえ、大したものだ。ひょっとしたら、エルジア留学組の一人なのかもしれない。部下たちの動きもなかなかのものだ。だが彼女たちもいずれは、最前線へと投入される日がやってくるのだろう。いや、最前線が目の前に迫ると言った方が適切か。そうなるかどうかは、あの輸送機に乗る公爵たちに一応はかかっている。
「こちらファルケ0、オーシアに入るまで護衛を担当させて頂きます。順調なフライトになるよう、祈っててください」
「生憎宗教とは無縁なものでね。気まぐれな戦乙女にでも祈っておくよ。我が空軍の誇る屈指のエースたちに出会えて、私も光栄だ――だいぶ、口の悪いのもいるようだがね。まぁ、気にせんでいい。口と人が悪いのはお互い様だ」
南へと下ってきた輸送機は針路を変え、バルトライヒの山々に沿って西へ向かう航路に乗る。ここからオーシア領までの区間はそれほど長くはないが、輸送機の速度ではそれなりの時間がかかる。ゼクアイン、ゼビアス機が輸送機を挟むようにポジションを取り、私たちはやや高度を上げてトライアングルを組む。さすがに極秘護衛任務なので、部下たちもようやく口を閉じて必要最低限の話しか交わさない。沈黙の天使がコクピットの中を漂っているような気分だ。これが平和な空のことならもっと気楽にいけるものなのだが……。
「なぁ、フッケバイン。君はこの戦争をどのように思っているのかね?参考までに、人民の英雄に祭り上げられてしまった君の意見を聞いておきたい」
唐突な質問はビスマルク公。戦争のことだって?一つ間違えれば軍法会議ものの内容だ。洗いざらいぶちまけたい気分はもちろんあったが、言葉を選んで本意ではない答えを返す。
「……本職がお答え出来る質問ではありません」
「質問が悪かった。ベルカで生活する人々のため、前線にいる無数の兵士たちのため、君は戦い続けることが出来るのだろうか?」
その質問には答えられる。「もちろんだ」と。そう答えると、ビスマルク公は何度も納得したように相槌を打ち、最後に「済まなかった」と言った。なるほど、どうやら公もまた、色々と苦悩を抱えているらしい。一人納得して首を巡らせ……気のせいだろうか、一瞬空が光ったように感じた。
「ファルケ3、アウグストより隊長。10時方向遠方、飛行中の機影らしきものが見えました。レーダー上にも反応。IFF不明」
「なんだって?貴隊以外の支援隊の話は聞いていないぞ。……確かにレーダーに反応あり。くそっ、情報が漏れていたのか」
輸送機のパイロットのいうとおり、私も他の隊の支援参加は聞いていなかった。だいいち、空軍の大半の戦力はスーデントールかバルトライヒの向こう側だ。こんな辺境空域に展開しているはずもない。ならばこいつらは一体何だ?
「当空域を飛行中の部隊、所属を知らせよ。繰り返す、所属を知らせよ」
ゼクアイン大尉がオープン回線で呼びかけを開始する。返答無し。大尉は今度はオーシア語で呼びかけ。やはり反応無し。レーダーにもはっきりと、所属不明機の機影が映し出される。さすがに機種までは分からないが、こんなところで一体何のつもりだろう。その疑問は、唐突に乱れたレーダー画像が解決してくれた。レーダーだけではない、無線の交信も途絶え、ガリガリ、という耳障りなノイズだけが聞こえるようになる。戦闘開始、と発光信号で僚機に伝え、周辺空域を警戒。ゼクアイン大尉とゼビアス中尉は輸送機の回りで旋回して敵機を牽制する機動を開始する。私とワーグリン少尉は10時方向へ。アウグスト中尉はそのバックアップに付く。増槽を切り離して身軽になった愛機は、ドンとシートに叩き付けられるような快い加速で空を切り裂いていく。火器管制モードをガンモードへ。ECCMが展開できないのが残念だが、ここで輸送機をやらせるわけにはいかないのだ。太陽光を反射しながら、敵部隊が突入してくる。照準レティクルに敵影を捉えトリガーを半瞬引く。それだけで数十発が放たれ、直後轟音と共にすれ違う。灰色で染められた戦闘機が通り過ぎ、そのうち1機がコントロールを失って高度を下げていく。うまくコクピットを貫いてくれていたらしい。速度を保ちつつ大きくループして後背を狙う。1機を失った敵部隊は二手に分かれ、2機が旋回して再びヘッドオンしてくる。残りの2機は直進するが、その針路をアウグスト中尉に妨げられ旋回を始める。放たれた機関砲をロールしながら回避し、すれ違うや否や急旋回してその後背にへばり付く。もう1機はワーグリンが撃墜に成功し、彼は周辺空域の警戒に就く。私は回避機動を行う目前の敵をしっかりと捉えた。灰色の機体はF-16C。だが、当然付いているはずの部隊章や機体番号の類が全て消されている。一体何だ、こいつらは?逃がしてやるわけにもいかず、私はレーダーロックを開始。HUDのミサイルシーカーがやがて敵機を確実に捕捉し、ロックオンを告げる電子音が鳴り響く。AAM発射。白煙を吹き出しながらミサイルが疾走し、敵機へと接近する。私は機体を反転させて、他の敵影を探す。レーダーと無線が封じられている状況では、昔ながらの方法しか取り得なかった。後方で敵機が爆発、部品を撒き散らしながら四散していく。襲撃してきた不明機部隊はそれだけてはなく、空戦が繰り広げられていることを示す飛行機雲が互いに複雑なループを空に描き出していた。輸送機の姿を探し、まだ健在であることを確認して胸を撫で下ろす。戦闘空域を避けるよう回避しながらコースを選んでいる。その周りをゼクアイン大尉とゼビアス中尉が牽制しているため、敵機はなかなか攻撃ポジションを取れないでいる。
先日の民間機を狙った貴族の馬鹿息子たちではないが、電子戦機が必ずいるはず。私は上空を仰ぎ見た。太陽光を反射して、ごま粒のような機影を上空に把握する。空戦に参加せず、高度と速度を保って単独で行動する敵機。E-767かE-2Cの類だろう。私は輸送機の護衛を部下たちに任せて上昇を開始した。その直後、後方からロックされたことを告げる警告音が鳴り響く。背後を振り返ると、ロールさせた機体にぴたりと灰色のF-16Cが張り付いてくる。私はそのままスロットルを最大に叩き込んだ。警告音が一層高く鳴り響き、敵機がAAMを放ったことを告げる。HUDの真中に目指す敵機を捉え、急加速・急上昇。エンジンは甲高い咆哮を挙げながら回転数を増し、そして速度と高度がコマ送りのように増していく。ゴマ粒程度だったはずの敵機の姿は見る見る間に大きくなり、そしてスレスレの距離を私は飛び抜けた。衝撃で姿勢を崩した敵機――E-2Cを避けることが出来ず、私を追撃してきたAAMが2本、その腹へと突き刺さる。赤い炎と閃光が機体を上下に貫き、灰色の機体はあっという間に引き裂かれて爆散した。

雑音ばかりが聞こえていた無線の音声が突如としてクリアになり、レーダーが復旧する。やはり先ほどまでの妨害は今味方の攻撃で四散した電子戦機のものだったようだ。レーダーに私を追撃してくる敵の姿が映し出されている。スロットルを抑えて半ば失速反転して垂直降下する私と、上昇してくる敵機が交錯する。激突寸前の距離ですれ違いざま、私は機関砲を相手の鼻先目掛けて叩き込んだ。音速で飛び去る敵機のキャノピーが弾け飛び、そのまま後方へと吹き飛んでいく。パイロットを失った敵機には目もくれず、復活したレーダーで敵部隊を補足しながら高度を下げていく。ワーグリンたちの妨害をくぐり抜けた1機が、ついに輸送機を射程に捉えてAAMを放つ。くそ、間に合わなかったか!?だが輸送機は限界ギリギリまで機体を傾け、同時に機体後方からフレアを射出した。目くらましを食らったAAMは目標を見失い、迷走して輸送機から離れていく。
「危なかった、今ので生涯の幸運を全部使い切ったような気分だ!」
必殺の一撃を回避された敵機が再び攻撃ポジションを取る。だがその背中は無防備にさらされていた。相手がAAMを放つより前にロックオン、こちらから先制攻撃を浴びせる。後背からの攻撃に慌てて回避機動を開始した敵機のすぐそばでミサイルが炸裂し、尾翼とエンジンを引き裂く。黒煙を吐き出した敵機のキャノピーが跳ね、パイロットのパラシュートが大きく開く。
「こちらファルケ0、ビスマルク公、ご無事ですか!?」
「なかなかスリリングな時間だが、大丈夫だ。しかしどこの連中だ、一体?」
「部隊章不明、所属等も一切不明、IFF反応も未確認機、としか分かりません」
「オーシアとも思えんしな。全く面妖なことだ」
輸送機と並んで飛行し、軽く周囲を回る。数発が胴体に穴を開けていたが、燃料の漏れも無く、エンジンにも支障なし。奇跡的な状態と言って良かった。
「アウグスト中尉、後方に敵機、こちらから狙います!」
「ありがとよ、ワーグリン。少しは頼りになるようになったな!……それにしても敵さん、ぞっとするくらいに静かだな。悲鳴すら挙げやしない」
ワーグリン機から放たれたAAMが命中し、敵機の光点がレーダー上から消滅する。異なる包囲からの波状攻撃は三度退けられ、撃墜され地表に叩きつけられた敵機から黒煙が吹き上がっている。確かにそうなのだ。今まで戦い続けてきた連合軍との戦いでは、敵味方の通信が入り乱れ、時には敵の断末魔や独り言まで聞こえてきた。それが今日は、味方の通信だけが聞こえてくる。敵部隊が特殊な回線でも使っているのならともかく、どうやら本当に無言らしい。それが連中の不自然さを一層増している。いや、そもそもこいつらは連合軍ではないんじゃないか?そんな疑問が頭を掠める。レーダーに更なる敵影が4機出現する。IFF反応は……またも未確認ときた。まったく、しつこいことこの上ない。それほどまでして和平交渉を開催したくないのか、敵は!輸送機の後から離れた私は、電子妨害から解放されようやく使えるようになった長射程AAMを選択。HUD上のミサイルシーカーがそれぞれロックオンを告げる。私は4発を同時発射。愛機から放たれたミサイルは一気に加速して遠ざかる。しばらくして、前方で4つ光が瞬き、レーダー上から敵影が3つ消える。生き残った敵機が飛び込んでくる。が、そいつは既に狙いを定めていたゼクアイン大尉の攻撃を受け、主翼を失って墜落していった。オーシア領まではあと少し。
「前方、さらに新手。IFF反応は……敵、オーシア空軍機接近」
「懲りない連中だぜ。これだけやっておいてまだ気が済まないのか!」
レーダー上に、包囲270から新手が5機。IFF反応は、それがオーシア空軍のものであることを伝えていた。
「こちらオーシア空軍第065中隊、当方に戦闘の意志無し。和平交渉団を歓迎する。繰り返す、こちらに戦闘の意志無し……」
「ふざけるなよ、散々戦闘機を送り込んできたそちらの言うことが信じられるか!このままオーシア領まで行かせてもらうぞ」
「誤解するな、オーシア側から貴隊攻撃に飛び立った航空部隊はいない!我々とて、スクランブル発進してきたんだ。貴隊を狙ったのはオーシア軍機ではない。ベルカの英雄フッケバイン隊相手に、そんな嘘を付く訳がないだろう!」
そうこうしている間に、私たちはすれ違った。オーシア軍のカラーリングのF-20Aが5機、後方で反転して私たちを追い抜いていく。その間私は攻撃停止を命じ、いきり立つゼビアス中尉を抑える。隊長機らしき先頭機がギアダウンして翼を振る。言葉とおり、交戦の意志無し、と改めて私たちに行動で示したのだ。これで信じないともなれば、今度はこちらの方が疑われるだろう。
「こちらファルケ0、オーシア空軍第065中隊、こちらの和平交渉団の援護を頼む。よろしく頼む。――ただし、交渉団に不測の事態が発生した場合、全て貴隊の責任としてこちらは報告する。このような状況下での引渡しだ。了解してもらいたい」
「了解した、フッケバイン。次に戦場で会うときまで、互いに壮健でありたいものですな」
相手の快諾に安堵してため息を吐き出す。どうやら、本物のオーシア軍機のようだ。となれば、先ほどの連中は一体どこの所属だったのだろう?確かめる時間は今は無かったが、墜落した敵機の破片などを回収して調査する必要はある。帰ったらクライヴ司令に進言しよう、と考えていると、再び無線のコール音。
「大きな借りが出来てしまったようだね、フッケバイン?」
「私たちは任務を果たしたまでのことです、公爵。ここからは、貴方の出番だ。最前線で命を賭けて戦っている兵士たちのためにも、健闘を祈ります」
「ああ、出来る限りのことをさせてもらうよ……いや、無理をしてでも、かな。そうでもしないと今日の借りは返せそうに無い。戦いが終わったら、一度ゆっくりと話をしてみたいものだ。――生き残ってくれよ、諸君!」
輸送機のコクピットを見てみると、身を乗り出して手を振る老人の姿が見えた。私は愛機を輸送機に寄せ、そして敬礼した。こちらの姿を確認したのだろう、老人もまた敬礼を返す。輸送機が翼を振って感謝を私たちに告げ、そしてオーシア軍機に守られながら、オーシア領へと入っていくのを確認して、私たちはようやく機体を反転させた。あの敵機がオーシアの連中ではないとなれば、またどこからか飛んできても不思議ではなかったから――。
「ビスマルク公は絶対防衛ラインを突破、オーシア領に入った」
「忌々しい怪鳥どもめ!!」
薄暗い証明の中、一人の男がテーブルに拳を激しく叩き付ける。半ば鬼のような形相を浮かべて。
「これでは計算外もいいところではないか。邪魔者を排除し、返す刀で連中をも狩るのではなかったのか!?」
「それだけ、彼らには実力があるということですよ。だが、この程度のことは想定内のことです。我々の計画に支障を及ぼすものではない。それに、我々の手は長い。居場所の無くなった老人に退場していただくことなど、容易きこと」
静かな、しかし陰湿な声が激情に流されかけた場を鎮めていく。
「いかに優れた腕の持ち主であろうと、無限に弾があるわけではない。無限に燃料があるわけではない。いま少し、英雄たちにはせいぜい活躍してもらいましょう。その方が好都合だ。ヤングとオプションとの話も既についている今、焦って事を進める必要は無いはずです」
応じた声もまた陰湿なものだった。それも、悪意に満ちた、というべきか。だが既に瘴気に慣れたその場の男たちが、それで寒気を感じることは無かった。
「そなたたちに全てを任せる。全ては愛すべき祖国のために――!」
その場にいる男たちが敬礼で応える。腹の中ではそれぞれがそれぞれの思いをめぐらせながら。

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