全ては炎の中に消えた
バルトライヒの向こうに朝日が昇り、空は青から朝焼けの赤へとその色彩を変えつつあった。まだ早朝の時間帯だったが、ヒルデスブルク基地の整備兵たちはフル動員で走り回っていた。部屋から愛用の一眼レフたちを取り出したゼビアスは、今日はパイロットではなくカメラマンとしてやはり走り回っていた。作戦開始時刻が近付き、格納庫からフル武装のSu-27が姿を現すと、彼はシャッターチャンスとばかりに撮影を開始する。先頭機のまだ幾分薄暗いコクピットに写る人影は、彼が敬愛する隊長――英雄フッケバイン。その後に従うのは、ゼクアイン大尉と、最近めきめきと実力をつけたワーグリンだ。3機のSu-27は格納庫の前で一度停止し、最終的な点検を開始する。コクピットから降りたパイロットたちが、各々ミサイルの装着状態や燃料増槽の確認、足回りのチェックを進めていく。そこに自分の姿が無いことはいくらか残念でもあったが、それも少しの期間のことだ。門出と言って良いこの日の記録は、いつか役立つこともあるだろう――だから、ゼビアスはシャッターを切り続けたのである。彼はふと腕に巻いたパイロットウォッチに目を移した。長年使い込んだ機械時計は、今日も正確な時間を刻み続けており、0540時を告げていた。あと10分もすれば、新しい戦いが始まる。いつにない昂揚感が、ゼビアスの心中にあった。
やがて全ての点検を終了したSu-27が3機、滑走路への移動を開始する。ゼビアスはそれに合わせて、離陸していく戦闘機を撮る一番のポジションへと走り、三脚を立て直した。この位置からなら、滑走路を加速して飛翔していく戦闘機の姿と、空へと上昇していくそれらの姿を、一番良い位置で撮影出来る。なかなかその機会がなかったものの、撮るならここだ、と決めていた位置にようやくゼビアスは立つことが出来たのである。誘導路を整然と走行した隊長機たちは、滑走路の末端で編隊を組み停止した。トライアングルを組んだSu-27の姿を何枚か撮影し、今度は手元のカメラを構える。遠雷のように聞こえていたエンジン音が甲高い咆哮をあげ、Su-27の機体が加速を始める。大出力のエンジンがトン単位の機体を弾き飛ばし、ファインダーの中で急速に大きくなるその姿を彼は必死になって撮影した。そして彼の目の前を通り過ぎた隊長機たちは、轟音と衝撃を残して地面の拘束から解き放たれ、朝日の昇る空へと飛翔を開始した。その瞬間をファインダーに捉えてシャッターを押し込み、次のコマを、と考えたところで無情にもフィルムを巻く音が響き渡る。
「シャッターチャンスを逃したな、ゼビアス?」
いつの間にか後に立っていたアウグスト中尉の声に苦笑いで答えつつ、彼は上空の隊長たちに向かって手を大きく振り出した。格納庫の近くでは、整列した整備兵たちが同様に腕を振っていた。ある者は帽子を手に諸手を大きく振って、隊長たちの出撃を見送っていた。ボルツマイヤー大尉に至っては、すっかりと馴染んでしまったサブマシンガンを上空に向けているものだから、物騒なことこのうえない。
「ま、何にしても面白くなりそうじゃないか。今日まで生き残ってきたことに感謝しないとな」
もう一度、ゼビアスは大きく腕を振り、そして姿勢を正すと敬礼を施した。
高度20,000フィートまで一気に上昇し、私たちは編隊を組み直した。朝焼けの赤い空とバルトライヒの緑のコントラストが綺麗で、ゼビアス中尉ではないが写真を撮りたくもなる。まるで、新しい戦いの始まりを祝福しているみたいだな、と私は感じた。これから目指すのは、バルトライヒの南ではなく、北方。安全な建物に閉じこもって作戦指揮ごっこをしているもぐらたちの本拠地だった。なかなか新鮮な気分である。これまでとは反対方向に、フル武装で飛行するのだから。眼下には、朝の光に照らされ始めたヒルデスブルクの滑走路と街並の織り成す影が見える。あの滑走路に降り立つのはしばらくお預けか――私はスロットルを握る手を離し、私たちの「家」に対して敬礼した。異変が起こったのは、その直後だった。
「ファルケ5より隊長!バルトライヒ方向、レーダーに障害発生。電子妨害の類ではないかと思われます。障害範囲急速に拡大中!」
ワーグリン少尉の指摘する通り、レーダーの南側区域の画像がノイズだらけとなっている。前もこんなことがあった。あのときは、確か所属不明の灰色の機体が現れて――。レーダーの障害区域外に、唐突に光点が出現する。IFF反応はアン・ノウン。未確認機。
「隊長、未確認機の機影確認!バルトライヒ方向から複数接近中!こいつら……一体何者だ!?」
「友軍でない以上、確認の必要があるだろう。くそ、作戦変更、未確認機にコンタクトするぞ!」
「了解!」
なかなか机上の計算通りにはいかないものだが、それにしても予想を超えていた。連合軍の航空部隊が、ついにスーデントール近くに本拠を構えたのだろうか?微かに写るレーダーには、確かにIFFで敵味方の識別が出来ない機影が複数、編隊を組んだ状態で映し出されていた。そのうちの幾つかは、私たちの方向に針路を変更し、急速に接近しつつある。どこの誰だか知らないが、こいつらは敵だ!本能がそう告げるのに任せ、私は全兵装の安全装置を解除した。
いつになく早く目が覚めてしまい、エヴァ・ゼクアインはハーブティーを入れて椅子に腰を下ろした。彼女の良人は、今や市民の英雄と呼ばれるパイロットと共に、今日もどこかの戦場を駆け巡っているはずである。だがそんな彼は、本当は家族の元でのんびりとした日々を送ることを望んでいることを、誰よりも彼女が知っていた。昨日届けられた手紙の最後は、"もうすぐ戦いが終わる。そうしたら、南ベルカのスパにでも行こうじゃないか"――そう結ばれていた。もう一度手紙を開いたエヴァは、その文章の合間に込められた夫の思いを想像してみた。
「あれ、お母さん、もう起きてるの?」
「そういうあなたもいつもより一時間早いわよ、アイリーン」
どうやら、朝に何事かを企んでいたらしい娘は、舌を軽く出して頭を小突いていた。それが夫の癖であることにエヴァは気が付いていた。もうそろそろ年頃のアイリーンの背はすっかりエヴァを越え、今時の若者らしくすらりとした体型には漠然とした羨ましさを感じてしまうのであった。ジュニア・ハイスクールのバレーボール部に属する彼女は、同世代の男子だけでなく女子からも憧れの的となっていることは知っていたが、どうやら、彼女にも春が訪れようとしているらしい。時間が過ぎていくのだな、とエヴァは納得した。アイリーンがこんなに大きくなっているのだ。自分も歳を取るわけである。温泉好きである夫も、きっと戦争の疲れをゆっくりと癒したいのだろう。スパもいいわね――そう思った彼女が見上げた空が、明るく輝いた。だがその輝きは、いつものものに比べより強く、どこか禍々しい色を帯びていた。
「これで最後だな」
「ええ、さぁて、夜が明けてからの反応が楽しみですね。では!」
新聞を満載したトラックが走り出し、交差点を曲がっていくのを見送ってから、ウォルフガング・シンドラーは一息つくことにした。何しろ昨日から一睡もせずに記事と新聞を作り続けていたのだ。さすがに身体には堪える。その前は追手から逃れるために山を越えてきたのだから。だが、今日のベルカン・マガジン6月6日号は歴史に残るだろう。祖国が自らの市民を犠牲にしてまで戦争を継続しようとしていることが人々の目に触れたとき、この国はどう動くのか。敢えて劇薬を投じ、現実を目の当たりにした人々が果たして今の政府を支持するのかどうか――。だが、少なくとも、変化のきっかけにはなるだろう。これからは、市民一人一人がこの国の在り方を考えていかなくてはならないのだ。それをごく一部の人間たちが独占してきた結果が、今日の戦争なのだから。さすがに疲れを感じたシンドラーは、支社の中にある休憩室へと歩いていった。徹夜も少なくない記者たちのため、その部屋には仮眠用のベッドやソファもあるし、自動販売機も置かれていたからだ。まだ寝るわけにはいかないが、とりあえずコーヒーでも飲んで一服するか――ズボンのポケットから小銭入れを取り出し、硬貨を投入して彼はコーヒーの満たされた紙コップを取り出した。コーヒーの濃厚な香りが、睡眠不足の頭と嗅覚を刺激する。軽くコップを傾けてコーヒーを身体に流し込むと、久しぶりに摂取する水分とコーヒーの熱が身体に広がっていった。その熱とカフェインにやかれた胃袋が抗議の痛みを伝えて、シンドラーは苦笑した。無人のはずの支社だったが、休憩室のドアがノックされる音が室内に響いた。誰だ?この建物の人間ならば、ノックなどせずに入ってくるものだ。紙コップを持ったまま、シンドラーはドアに近付いた。
「どなたです?」
「ウォルフガング・シンドラーさんですね?」
「そうですが……そちらは?」
ドアを開けた先に立っていたのは、スーツ姿の男たち。作り笑いを浮かべている顔の両眼には、冷たい輝きが宿っていた。
「私どもは公安本部の者です。シンドラーさん、あなたには現在スパイの疑いがかけられていることをご存知ですか?」
ついに来たか。表面上は平成を装い、シンドラーは首を振った。その直後だった。乾いた、何かが弾けるような音が3回響き渡った。続いて、男たちの走り去る足音が遠のいていく。火薬のツンとした匂いが鼻腔をくすぐったとき、シンドラーは自分が仰向けに倒れていることに気が付いた。その拍子にコーヒーを自分の身体の上にこぼしていたらしいが、それ以上の熱さが、身体の中から湧き上がって来た。立ち上がろうとした彼は、脳天を突き抜けるような激痛に襲われうめき声をあげた。ゆっくり身体を見下ろすと、コーヒーが零れたはずの身体は、琥珀色ではなく真っ赤に染まりつつある。肩と腹が2箇所、服に空いた穴からポンプで汲み出しているかのように、赤い液体が滲み出している。それが自分の身体から流れ出した血液であることを理解するのに、若干の時間が必要だった。やはり、こういうことか。連中は公安なんかではなく、恐らくは統合戦研に属する工作員だったのだろう。スーデントールでの一件で、自分がマークされていた、というわけだ。血溜まりの中で上半身をかろうじて起こすことに成功したシンドラーは、壁に背中を付けて座りこんだ。それだけでも重労働で、身体から零れた血液が新たな血溜まりを作っていく。医者の知識は無いが、傷はかなり深いことは分かった。これだけ大量の血が身体から出て行くのだから、身体は軽くなるのだろう、という思いとは裏腹に、身体はどんどんと重みを増していき、感覚も鈍くなっていった。普通は死んだかどうかの確認をするもんなんだがな、と頭の中でぼんやりと考えながら、シンドラーは窓の外に広がる朝焼けの空を見上げた。どうやら、自分はここまでらしい。そう素直に理解しつつ、何かやり残したことはなかっただろうか、とシンドラーは振り返ってみた。……とりあえず、指輪は大佐に託したから大丈夫、と。やり残したことばかりであることに気が付いて、彼は考えることを止めた。ただ一つ、残念なのは、愛する妻と娘に会うことも出来ず、こんなところで朽ち果てることだ。遊園地に行こうという約束、守れなかったな――。シンドラーは、妻と娘の名前を呟いた。
その彼の視線の先にあった大空が、突然明るくなった。ああ、朝日が昇ったんだな、とシンドラーは考えたが、その光は急速に明るさを増し、そして体全体を包み込んでいった。
滑走路から3機のSu-27が飛び立っていき、基地は静けさを取り戻していた。出撃を見守っていた整備兵たちも徐々にばらけ始め、持ち場に戻り始めていた。唯一例外はゼビアス中尉で、彼はカメラを抱えてまだ何かを撮影し続けていた。やれやれ、と苦笑しつつ、彼はコーヒーマグを傾けた。少し濃い目に入れたコーヒーの香りが室内に漂い、クライヴにとっては心地良い一時が流れていた。だが、そんな一時を破るかのように、デスク上の電話が鳴り響いた。
「私だ。どうした?」
管制塔からの連絡だった。基地南部の空域にレーダー障害が発生し、上空監視が難しくなっているとの報告。まさか連合軍の航空部隊が、大規模侵攻を開始したのだろうか、とクライヴは思考を巡らせた。そして、現時点ではあり得ない、という回答を引き出すのにそれほど時間は必要なかった。スーデントール市の部隊は依然健在であり、バルトライヒを越えて航空機の大部隊が進撃するには、まだ障害が多い状況は変わらなかったからだ。ならば一体何事だ?少し考えよう、とコーヒーマグを置き、そのままデスクに腰かけた彼の姿が、まばゆい光に包まれた。日が昇ったか――。だが、膨れ上がった光は猛烈に明るさを増し、辺り一帯を全て真っ白に漂白していく。クライヴは、しくじったことを悟った。あの連中――自分たちに対して核攻撃を命じた連中は、その責任を臣民軍飛行隊に負わせるために命令をしただけだったのだ。そして実際の攻撃は、自分たちに与えられた命令よりも前に実行される。その後に関係者の口を封じるか、軍事法廷や裁判に関る人間と口裏を合わせておけば、真犯人を作り出すことなど簡単に出来る。自らの敗北を悟った彼は、真っ白な光が部屋を包み込んでいく中、一言だけ叫んだ。「済まない、後は任せたよ」と。
ヒルデスブルク上空に出現した人口の太陽は、高度500フィート丁度で炸裂し、その破壊衝動を容赦なく発散した。全長数メートル程度のミサイルの弾頭に搭載された「それ」の中で信管が作動する。そして内蔵されたプルトニウムがその威力を解き放った。瞬間的に常識外の高温を発した「それ」は、中心から1キロ範囲内のあらゆる全ての物を一瞬にして蒸発させ、焼き尽くした。そしてその数瞬後、軽く一千度を超える灼熱の炎と風と衝撃波と轟音が、爆心点を中心にして同心円状に広がっていった。道路が、家が、屋根が、木々が、一瞬にして燃え上がった。街路を埋め尽くすように閃光と熱風がすさまじい勢いで広がり、外を歩いていた人々は一瞬にして紅蓮の炎に抱かれ、全身を火達磨にして断末魔の叫びを上げた。だが、焼け爛れた声帯が音を発することは無く、ただ息の抜けるような音だけが空しく響く。家の中にいた者とて状況はあまり変わらず、高温で燃え上がったベットや床の上で人々は燃やし尽くされていく。ウォルフガング・シンドラーは、自分の身体が炎に包まれ崩れていくのを悟った。消し炭になった腕が、ぼろりと崩れ落ち、そして視力が失われた。そして遅れて到達した衝撃波が、爆心点から1.5キロしか離れていなかったベルカン・マガジンのヒルデスブルク支社に襲い掛かった。屋根は一瞬で捲りかえり、抉り取られて空を舞う。玄関の棚も柱も、まるで紙のように引き千切られて粉々に砕け散る。そして炭化したシンドラーの肉体は骨まで完全に粉砕され、衝撃波に吹き飛ばされていった。同様の悲劇は彼だけではなく、ヒルデスブルクの全ての人々に平等に与えられた。顔を燃え上がらせた子供の火を消そうと、自らの背中も炎に包まれながら水をかけようとしていた母親が、親の姿を探して泣き叫びながら走り回る子供が、逆に子供の名を呼び姿を探し求める父親が、そして恋人を抱きしめた若者が、炎と熱と衝撃波によって粉砕されていく。ヒルデスブルク基地の面々が集った「フロッシュ」も例外ではなく、初っ端の一撃で看板が吹き飛ぶと同時に一瞬で燃え尽き、次いで襲い掛かった熱風が店内を隅から隅まで燃やし尽くした。マスターが磨き上げ、カウンターの後に積み上げていたワイングラスのタワーは熱風にさらされて一瞬で溶け出し、濃厚な香りと極上の味を持つ琥珀色の液体が詰められた瓶の数々も蒸発していった。フッケバインが、シンドラーが、そして第302飛行戦隊の面々が座った椅子などは、吹き荒れる暴風の中でばらばらになり、炎の塊となって見えなくなる。その日の営業のため朝早くから店内にいたマスターは、カウンターに大事に仕舞いこんでいた38年物の逸品を何とか守ろうとしたが、最早逃げ場の無いカウンター……彼の仕事場で絶命した。ヒルデスブルク基地も「それ」の前に呆気なく消滅していった。より爆心点に近い滑走路全域は一瞬にして「それ」の炸裂によって焼き尽くされたのである。秒速数百メートルの暴風に格納庫は根元から抉り取られ、高温の爆風と衝撃波が整備兵たちの身体を一瞬で燃やし尽くした。断末魔の絶叫は轟音にかき消され、跡形も無く吹き飛ばされていった。基地の管制塔は高温の光に焼かれて溶け出し、中にいた兵士たちは溶け出した鉄骨とコンクリートの中で死んでいった。ボルツマイヤー大尉が迫り来る閃光に対してサブマシンガンの弾丸を乱射したが、その弾丸は一瞬で蒸発し、次いで自身の身体までもが跡形も無く吹き飛ばされてしまった。そして衝撃波が、基地の大地を捲り上げ、滑走路もろとも全てを粉砕する。倉庫に閉じ込められていた統合戦研の男たちもそれから逃れる術は無く、何が起こったのかを悟ることも無く、炎の中に消えていった。
爆心点から3キロ圏内の物質は全て粉砕され、さらにその周辺にまで炎と熱が押し寄せた。バルトライヒから続いていたはずの木々は残らず燃え上がり、大地は煉獄の窯と化した。核爆発特有のきのこ雲が、炎と黒煙を上空に吹き上げ、奇怪な色に包まれながら上空へと立ち上る。だが、その光景はヒルデスブルクだけを襲ったのではなかった。バルトライヒの街道から繋がる他の6都市全てに、「それ」は放たれたのである。百万に及ぶ人々が、それぞれの町で、それぞれの家で、理不尽に破壊され、さらに多くの人が治癒することの無い放射能に身体を焼かれた。まるで地獄が出現したかのように、バルトライヒの北側は真っ赤な炎に覆い尽くされ、朝焼けの赤い空はまるで血に染めたかのように真紅になった。大地から立ち上るきのこ雲が七本、その姿を次第に増し、遥か高空へと上がっていく。あらゆるものを破壊し尽くす「それ」――「V1」は、爆心点から3キロ以内のもの全てを粉砕し、焼き尽くし、さらに広い地域を炎と放射能で焼き尽くす。初夏はみずみずしい緑が映え、冬は雪と針葉樹のコントラストが美しいとたたえられた町が、山が、木々が、紅蓮の炎の中で燃え尽きていった。無数の人々の命が一瞬にして散華し、さらに多くの人間が生き地獄の中に叩き落されたのである。無数の人々の慟哭と断末魔は煉獄の炎の中でかき消され、何もかもが死滅した街には静寂だけが残された。
1995年6月6日0600時。バルトライヒ以北の7都市は消滅し、全てが紅蓮の炎の中で、灰燼と化した。