死闘


「隊長、シュレイダー少佐、バグワード!くそ、誰もいないのか!?」
「大尉、バートレット大尉、落ち着いてください!あの爆発では、隊長たちはもう……」
「馬鹿、そんなもん、実際に確認してみなきゃ分からないだろうが!!」
朝焼けに染まっていたはずの空は、今や血塗られたように真っ赤だった。その赤と対照的なコントラストを織り成し、黒いきのこ雲が高高度まで立ち上っていく。隊を二つに分けてスーデントール北方、バルトライヒ山脈空域を哨戒飛行していた隊長機のチームが、未確認機の機影を探知して高度を下げていったのがほんの10分前。隊のだれかの、「なんだ、こいつら!」という叫びの直後、山の向こうは閃光に包まれ、そして真っ赤な炎が空まで吹き上げたのだ。同僚たちに言われるまでも無く、バルトライヒを越え、高度を下げていた隊長たちが無事なはずもないことを、誰よりもジャック・バートレットは知っていた。だがしかし、それでも諦められないものがあるのだ。突然発生した核爆発に、連合軍司令本部は大混乱に陥っている。無線の交信にも支障が出ているのはまだ良い方で、バルトライヒを越えて展開していた友軍部隊のいくつかが通信途絶となったのである。だが、混乱の極みにあるのは何も連合軍だけではなく、ベルカにとっても同様のようだった。スーデントール方面からの敵影を僚機が察知。方位180、真南から接近しつつあった。戦闘などという気分ではなかったのだが、相手からレーダー照射を浴び、コクピットに警報が鳴り響いている状況では、致し方なかったのである。バートレットはスロットルをMAXへと叩き込み、アフターバーナーをON。2つのエンジンが大推力を生み出し、F-14の巨体を弾き飛ばすようにして加速させた。後方から直進で突っ込んでくる敵機に対し、バートレットはエルロンロールで回り込んだ。減速することなく前に飛び出した敵機が照準レティクルの中央に収まるのを確認して、機関砲の発射トリガーを引く。一瞬の間に数十発の弾丸を撃ち込まれた敵機から黒煙が吹き出し、次いで炎が機体後方を包み込んだ。
「がっ……くそっ、俺たちの……俺たちの祖国を滅茶苦茶にしやがって!」
敢えてコクピットを避けた相手の行動は、しかし常軌を逸していた。充分に脱出する時間はあったはずだが、パイロットはそれを拒否して機体を反転させたのである。その先には、別の敵戦闘機を追撃しているファーン少尉がいた。
「どうやらここまでのようだが……ただでは死なんぞ!ベルカ公国、万歳ーっ!!」
「バリー!?馬鹿、やめろ、脱出しろ!!」
「うわああああっ!」
絶叫は、敵のものだったろうか。それともファーン少尉のものだったろうか。激突直前、燃料に引火したF-16Cは大爆発を起こして四散したのだが、慣性の法則に則って加速した機首部分はひしゃげながらも目標に――ファーン少尉のコクピットを貫いたのである。あらぬ方向からの力を受けて、スピン状態に陥った機体はそのまま姿勢を立て直すことも出来ずに墜落していく。やりきれないぜ――そう呟きながら、バートレットは次の獲物をAAMで叩き落した。バルトライヒの向こうは未だ炎に包まれたままである。何処の誰だか知らないが、よりにもよって核兵器を使う必要がどこにあるというんだ?言いようの無い苛立ちで、バートレットは胃の辺りが熱くなってくるのを感じていた。
「よくもバリーを!」
「おいよせ!今ここで戦う必要はお互いなかろうがっ!!」
聞こえていないことは確実だったが、バートレットはそう叫ぶしかなかった。半ば無謀とも言えるような高G旋回を試みた敵機から放たれる機関砲弾をロールで回避し、互いにすれ違う。轟音が機体を揺さぶるのを感じながら、左旋回へ。可変翼が大きく開き、機体をぐっと持ち上げていく。シートに沈み込むようなGの洗礼を浴びながら、敵機の後背にへばり付く。尾翼に北方の伝説に登場する狼の神――フェンリルを描いた敵機は、バートレットの追撃から逃れようと激しい回避機動を取った。だがそれは同時に、パイロットの体力と気力を限界を超えて絞り尽くすこととなってしまったのである。やがて機動が鈍った相手に対し、バートレットはAAMを放った。至近距離からの一撃を回避することは出来ず、炸裂したミサイルは敵機の水平尾翼と機体後部を抉り取る。推力を失い、きりもみに陥った敵機からは、黒煙が吹き出して空に複雑な模様を彩る。
「へへ……これで、空に……還れる……リーディアの……所に」
やがて空中分解した機体は四散し、細かい破片となって大地へと散らばっていった。ファーン少尉を失い、自分たちはたった2機でこの戦域に取り残されている――そう悟ったバートレットは背筋が凍るような気分になった。もしベルカ軍の連中が、さっきのパイロットたちのように激発したら大変なことになる――そう思い当たったからである。連中の様子では、彼らはあの攻撃を連合軍の仕業と考えていたようだ。だが、最早勝利が確実になっている戦況で、連合軍総司令部の面子が全員揃って仲良く発狂したならともかく、核兵器を投下するような愚かな作戦を実行するはずも無かった。反吐を吐きたい衝動に駆られ、HUDから視線を外したバートレットは、彼の機体のレーダーに圧倒的多数の機影に包囲されつつある、3機のベルカ軍機の姿が映し出されていることに気が付いた。包囲網を構築しつつあるのは、IFF反応の無い未確認機。一方の3機は明らかにベルカ軍機のコードを主張していたが、だとしたら、あの未確認機は連合軍のものだとでも言うのか。やはり、連合軍が核を投下したのか?頭が混乱して痛みを発してきた彼は、ヘルメット越しに拳を叩きつけてみた。待てよ――痛む頭の中で思考回路を再構築し、ノルト・ベルカの地図を思い浮かべた彼は、その方向にある街の名前を思い出した。――ヒルデスブルク。そこは、彼にとっての好敵手の本拠地ではなかっただろうか?……行って確かめる必要がある。バートレットは僚機の制止も振り切って、機体を加速させたのだった。
ヒルデスブルク上空で炸裂した「V1」は、私たちの目の前で街も基地も全て、そこにあったあらゆる物を焼き尽くし破壊し尽くした。私たちの機影を確認した未確認機部隊は、こちらが警告を発するよりも早く長射程のAAMを放ち、その攻撃を私たちが回避するのと、ヒルデスブルクで「V1」が炸裂するのはほぼ同時だった。私たちの後方で発した巨大な爆発は大気を震動させ、轟音をコクピットの中まで運んできたのである。膨れ上がる火球を避けるため、私たちはバルトライヒ山脈の上空まで退避しなければならなかった。私たちを見送ってくれた人たちがいる場所。戦いを終えた後の僅かな時間、グラスを傾けることが出来た憩いの場所。大切な友人が彼の戦いを続けている場所。一体、どうしてこんなことに!核攻撃命令は私たちに下されたのではなかったのか?否、これが真の目的であり、私たちはその生贄に捧げられる予定だったのか?いずれにせよ、炎が吹き上がるヒルデスブルクに近付くことは出来ず、私たちは敵勢力の存在しない空白空域へと一時避難した。しかしその空域こそ、未確認機――機体を灰色に染めた戦闘機部隊の待ち構える罠だったのだ。
「ヒルデスブルク基地、応答せよ、ヒルデスブルク基地!くそっ、誰もいないのか!?」
「ワーグリン!今はそんな余裕は無い!避けろ!!後方に敵機!!」
半ば涙声になりながら、ワーグリン少尉は尚も基地に呼びかけようとしている。だが、帰って来るのは静かなノイズばかり。爆発当初は耳が裂けんばかりのノイズが響き渡ったのだが、それが通り過ぎた後、通信は完全に途絶していた。核爆発の影響が残っているのか、まだ友軍の通信は完全には回復しておらず、戦況がどうなっているのかすら把握出来ない状態だった。まだノイズ混じりのレーダーには、私たちを取り囲む敵機の姿ばかりが映し出されている。機体を灰色に染めた、これまで見たことの無い前進翼機たちは、数的優位を最大限に活用して私たちに襲い掛かった。射程外からは長射程のAAMが撃ち放たれ、至近距離からは数機同時の機関砲攻撃。上空に逃れようとすればさらにその上を一隊が覆い、私たちの針路を阻む。そうこうしているうちに、私たちは重囲の檻の中に閉じ込められつつあった。コクピットに何度目かのロックオン警報が鳴り響き、さらにその音程が上がる。後方を振り返ると、背後に張り付いた2機の敵機から、4本の白い煙が急速に迫りつつあった。一瞬スロットルを絞って操縦桿を引き、機首を思い切り跳ね上げる。視界はブラックアウトしてしまうが、必死にスロットルをMAXに叩き込んで急上昇。ほとんどその場で姿勢を変えた愛機が上空へと飛び上がり、先ほどまで私がいた空間を4本のミサイルが切り裂いていく。回避したのもつかの間のことで、上空から被ってきた敵からは機関砲のシャワー。射線から機体をずらし、ようやく反撃の機会を得る。すれ違いざまに叩き込んだ一撃は敵機のコクピットを完全に破壊し、コントロールを失った機体はそのままの速度で降下していく。上空に逃れることに成功した私だったが、どうやら連中の狙いはこの空域にいる人間を抹殺することが目的のようだった。気が付いてみれば、私たちは10機以上の敵部隊の包囲下にあったのである。ゼクアイン大尉とワーグリン少尉は依然包囲網から逃れることが出来ず、回避機動に振り回され続けていた。待ってろよ、今助けるからな――!機体を垂直降下に移行させた私は、素早くレーダーを見つつ、再び激戦の繰り広げられている戦域へと突入した。ミサイルシーカーがロックオンを告げるマークを示し、電子音が鳴り響くのを確認してAAMを発射。すぐさま急旋回し、私の右手から回り込んできた敵機の後背に付ける。見覚えの無い垂直尾翼に前進翼、そして何より違和感を感じさせるエンジン部分――推力偏向型というのか、薄っぺらい横長の排気口はしかしこの機体を機動性を高めるのに重要な役割を果たしているのだった。私たちの駆るSu-27もその機動性という点においてはずば抜けた性能を持つのだが、時に相手の機体は私たちを上回るような機動を行うのだった。廃棄口部が動いた、と思った途端、垂直に屹立した敵機は、私にその背中をさらしてホバリング状態になったのである。目前に迫る敵機の姿に冷や汗をかかなくもなかったが、突然大きくなった的に対してはほとんど狙いも付けず命中弾をお見舞いすることが出来た。かろうじて衝突を避けてインメルマルターンで反転したとき、エンジンと主翼を砕かれた敵機は爆発四散してその身を砕いていた。
「あれ?何で死んだ奴がここにいるんだ?そうか……やっぱり、神は我に怪鳥を倒す機会を与えたもう!」
激戦の場に似合わない甲高い笑い声が聞こえてきたのは、3機の追撃を受けながらもかろうじて無傷で回避機動を続けるゼクアイン大尉を支援しようとしたときだった。レーダーに、北から接近する敵機が1機。その機体は、私たちを襲っている未確認機と同様のもの。そしてその声を私は何度も耳にしたことがあった。
「ヒムラー大尉か。こんなところで何をしている。いつからそんな機体に乗るようになった?」
「黙れ!賤民どもの走狗に過ぎない貴様に文句を付けられる筋合いは無い。いや、何でこんなところにいる?折角楽に死ねるように、V1を投下してやったのに。クク……ククククク……最高だ、V1は。これさえあれば、連合軍など恐れるに足らない!ベルカの大義は、これで実現されるのだ!!」
「何だと?」
ヒムラーは言った。「楽に死ねるように、V1を投下した」と。それは即ち、この男こそがヒルデスブルクを消滅させた張本人であり、さらに言うなれば、グラーバク――恐らくはオブニルも――がバルトライヒの都市に対して核攻撃を仕掛けた、というわけだ。不意に私の神経がショートした。「脱走」直前、私たちを見送ってくれた整備兵やボルツマイヤー大尉、カメラを総動員して私たちの写真を取り捲っていたゼビアス中尉や呆れたように肩をすくめていたアウグスト中尉、そして私たちの出撃を見守っていたであろう、クライヴ司令の人の悪い笑い顔が頭の中に思い浮かぶ。もう、私は彼らと二度と会えないのだ――そう自覚したとき、何かが私の心の中で弾けた。まだヒムラーの笑い声が聞こえてきていたが、それは最早私を不快にする以外の影響を持たなかった。こいつだけは、決して許すわけにはいかない。いや、グラーバク、オブニル――この戦争の陰に潜み、謀略と策略を弄していたあの連中だけは、絶対に許すわけにはいかない!
「貴様が!!」
これほどの怒りを感じたのは、いったい何年ぶりだろうか。理性のコントロールは完全に失われ、私の体は感情と衝動に突き動かされていた。強引に針路をこじ開けた私は、ヒルデスブルクの仇たるヒムラー機だけに狙いを定めた。ヘッドオンで真正面から私は最大戦速で突入していった。
「くたばれ怪鳥フッケバイン!おまえの首は、やはり高貴なる私が狩るに相応しいのだ!」
「狩れるものなら狩ってみろ、小童が!!」
双方の機体を激しく揺さぶり、すれ違う。私は機体と肉体の限界に達するような急制動で反転した。肉体を押しつぶすようなGがのしかかるが、私の目はヒムラーを捉えて逃さない。加速して私からの離脱を試みた奴の後背に食らい付くべく、アフターバーナーに点火して爆発的な推力を得た私は、程なくその背中を射程内に捕捉した。しかし、仮にもグラーバクの一員たるヒムラーは、巧みに私の狙いをそらそうと旋回と方向転換を繰り返し、何とか逃れようとあがく。
「小童!聞こえているなら答えろ。ヒルデスブルクの人々を何故皆殺しにした!おまえたちの狙いは何だ!」
「知れた事を!賤しい臣民どもなど、放っておけば勝手に増殖するだけの存在。言わば、我々選ばれし者たちに飼われる家畜だ。その生殺与奪は、全て私たちの手にある!ベルカの大義のために奴らをいくら刈り取ろうと、正義と共にある我々が生き残れば、ベルカは決して敗れない!!そして偉大なるベルカ公が、再び偉大なるベルカを復興するのだ。その大義が理解出来ないおまえは、死ななければならないのだ!!ベルカの将来のために!」
結局現実を何一つ見ない人間の言うことはこれか――。もう何度耳にしたか分からない、歪んだ選民意識の為せる技。これが祖国を自らの所有物と信じて疑わない人間たちに共通する意識。もう沢山だ。一体、どれだけの命を浪費すれば気が済むというのか!!ヒムラー機が右へ急旋回。機動性を活かしたその旋回に付いていけないことを悟った私は、反射的に反対側へブレーク。すかさず上昇して距離を稼ぐ。そして私たちは再び正面に互いの姿を捉えていた。これで決める。そして、グラーバク、オブニルに代償を支払わせる!
「これで終わりだ、怪鳥!!」
「ヒルデスブルクの仇!!」
照準レティクルに捉えられた敵機に対し、私は発射トリガーを引いた。狙いは相手の右翼、その翼!勝利を確信したのか、ヒムラーは雨のように機関砲弾を撃ち込んできたが、射線は外れて当たることは無い。反対に、私が放った攻撃は、寸分違わずヒムラー機の主翼に命中し、次いで尾翼を撃ち砕いた。前縁フラップが弾け飛び、大穴を穿たれた翼は突如発生した気流の乱れに耐えることが出来ずに亀裂を広げ、そして砕け散った。機体のバランスを失ったヒムラー機は、機体の一転を中心にまるでコマのようにスピンを開始した。
「が……な、何だ、何が起こったんだ。くそ、戻れ、戻れぇーーっ!」
ヒムラーの絶叫が響き渡る。どうやら滅茶苦茶に操縦桿を動かしているようだが、それは却って機体の姿勢を崩す結果に繋がった。スピンの速度はさらに速度を増し、遠心力によって部品がさらに吹き飛ばされていく。落ち着いていれば対処できないはずも無いのだが、もともと貧弱な忍耐力と精神の糸がどうやら切れてしまったらしい。その程度の人間に帰るべき場所を奪われたことに、私はやり場の無い怒りを感じざるを得なかった。
「嫌だ、死にたくない、私はこんなところで死ぬはずがないんだぁぁっ。誰か、誰か何とかしろ!う、うわぁぁぁ!大佐、私が悪かった。何でもする、何でもするから、何とかしてくれ!お願いだ!!」
大義だの正義だのと飾り立てた仮面が剥ぎ取られ、卑屈で弱い本性が剥き出しになる。人間誰だって死を目前にしたとき、恐怖し怯えるのだろう。だが、彼らグラーバクたちの核攻撃で犠牲になった人々は、死ななければならない理由を知ることも無く焼き尽くされたのだ。ヒムラーに対してかけるべき同情などあるはずも無く、私はおよそ私らしからぬ冷酷な言葉を手向けてやった。
「ならば死ね。それが祖国の将来のためだ」
断末魔の悲鳴と、機体の空中分解はどちらが早かっただろう。ヒルデスブルクを消滅させた男の身体は、パラシュートの恩恵を受けることなく座席から弾き飛ばされた。泣き喚く絶叫は、しかし誰の耳に届くことも無かった。私たちの街を消滅させた仇にしては何とも呆気ない最期だったが、彼のおかげで私たちは本来得られないはずの情報を得た点だけは幸いと言ってよかろう。だがしかし、私たちが復讐の刃を突き立てるには、この包囲網を突破しなければならない。私たちのレーダーには、南方向から接近する新手の未確認機部隊――しかも無傷の新手の接近が映し出されていた。
「ヒンメル・オウゲより、作戦行動中の全機へ!バルトライヒ山脈北部都市群は、スーデントールから出現した未確認機部隊による核攻撃により消滅した!繰り返す、バルトライヒ山脈北部都市群は、スーデントールから飛来した未確認機――いや、祖国の裏切者たちの手によって消滅した!」
空中管制機「ヒンメル・オウゲ」機上において、ウルリッヒ・シューネブルクは叫び続けていた。戦闘機とは比べものにならない探知能力を持つ「ヒンメル・オウゲ」のレーダーは、スーデントールの北部、限りなくバルトライヒ山脈に近いエリアから飛び立った未確認機部隊と、そのうちの一部の機体が北部都市群上空に飛来し、核弾頭を投下する一部始終を完全に捉えていたのである。そして、ヒルデスブルクから離陸した3機の機影が、無数の未確認機部隊に包囲されていく状況も。コンタクトが出来ないものの、シューネブルクはそれが怪鳥フッケバインたちであることを確信していた。
「核攻撃は連合軍によるものではない!核攻撃は、祖国の裏切者たちによる無差別攻撃だ!連合軍への反抗は無用だ!この通信を聞いた航空部隊はそのまま待機!決して離陸するな!!それよりも、各基地に接近する未確認機があれば、それを優先して撃墜せよ!IFFに反応しない機体こそ、私たちの祖国を滅亡させようとしている者たちの尖兵だ。全責任は、この私が負う!」
もちろんそんな権限は無く、軍令部の了解を得ない命令を下すこと自体軍事法廷では死罪に値するのだったが、シューネブルクはそう呼びかけ続けた。バルトライヒ山脈北方の高空を飛行する「ヒンメル・オウゲ」の足元では、未だに真っ赤な紅蓮の炎が大地を焼き続けている。果たして自分の声を聞いてくれる部隊が残っているのかどうか――彼の杞憂は、聞き覚えのある声によって振り払われた。それも、最も心強い男の声で。
「その声、ヒンメル・オウゲか!?こちらファルケ0、貴官は無事だったか!」
「大佐、やはり大佐でしたか!ご無事で何より――という状況ではありませんな?」
「任せろ、と言いたいところだが、多勢に無勢だ。応援部隊を要請する。臣民軍飛行隊に呼びかけてくれ。ベルカ上空にいる未確認機隊は、全てこの国を裏切ったベルカ公と貴族たちの尖兵だ、と。しかし、やっぱりスーデントールなんだね?」
「ええ、スーデントール北方、バルトライヒとの境目にある研究施設群。連中の本拠地はそこです。大佐、支援部隊を可能な限り早く回します。どうか、大佐たちはスーデントールを!虐殺された人々の仇を!!」
「……やれやれ、黙っていれば見逃してやったものを」
不意に割り込んできた冷酷な声に、シューネブルクは凍り付いた。素早く動かした視線の先、レーダー画面に、自分たちに急速接近する機影が一つ。IFF反応なし。その接近を察知したパイロットが操縦桿を倒し急旋回する。空中管制機としては急旋回だろうが、戦闘機と比べればその動きは鈍重に過ぎた。「ヒンメル・オウゲ」と同高度まで上昇した戦闘機は、必死の回避機動を試みる管制機に速度を同調させた。
「賤しい人民どもに英雄は必要ない。この国の将来は、選ばれた我々が全てを決めるのだ。……我々に楯突こうとしたな、貴官。その罪、死であがなってもらおうか!」
「その声、203のアシュレー中佐だな?そういう戯けた事を言っているから、祖国はここまで荒廃してしまったんだ!その根源たる貴様が、知ったような口を聞くな!」
「黙れ!賤民がぁぁっ!!」
直後、シューネブルクは椅子ごと反対側の壁に叩きつけられ、そして転倒した。起き上がろうとして、バランスを崩した彼は、右腕が根元から吹き飛んでいることに気が付いた。機体を打ち抜いた機関砲弾の衝撃波にやられたらしく、もぎ取られた腕の付け根からは血液が止まることなく溢れ出し、制服を赤黒く染めていた。機関砲のシャワーを浴びせられた機内に動く者は自分以外おらず、ある者は空いた穴から外へ吸い出され、ある者は無惨に引き裂かれて床に転がっている。エンジンも破壊されたのだろう。ゆっくりと機首を下げ始めた機体は操縦不能となり高度を下げ始めていた。激痛に耐えつつ、彼は何とか立ち上がり、そして通信機のマイクを口元に寄せた。大丈夫、まだ生きている。まだ、「ヒンメル・オウゲ」は死んでいない!
「空中管制機ヒンメル・オウゲより、全軍へ!祖国親衛隊は全て祖国の敵となった!スーデントール北部、新兵器研究施設こそ、連中の本拠地だ。この通信を聞いているベルカ軍兵士諸君、どうか、怪鳥フッケバインを支援し、そして虐殺された人々の恨みを晴らすために……」
激しい出血と急速に低下した気圧によって、シューネブルクはそれ以上口を開くことが出来なくなった。朦朧とした意識の中で、彼は機体が崩壊を始めたことを悟った。やがて気流と衝撃によって拡大した亀裂は空中管制機「ヒンメル・オウゲ」の機体全体に広がり、そしてエンジンの炎が燃料へと引火した。致命傷を負った管制機全体が炎に包まれ、数秒後、大爆発の火球が膨れ上がった。ベルカ臣民飛行隊第302飛行戦隊を陰から支え続けた空中管制機「ヒンメル・オウゲ」の最期の通信は、残念ながらスーデントールに届くことは無かった。しかし、シューネブルク中佐の最期の言葉は、ノルト・ベルカに本拠を置く臣民飛行隊たちを動かすことになる。シューネブルク中佐の執念は、最後の最後で報われたのであった。

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