慟哭の果てに
「ヒンメル・オウゲ」の通信が途絶え、私は唇を噛み締めながら操縦桿を握っていた。抵抗も出来ない管制機に対し、グラーバク――アシュレー中佐は容赦の無い攻撃を浴びせたのだった。脱出装置のない管制機に乗っていた人々が脱出する術など無く、貴重な戦友がまた一人、散っていった。私たちを取り囲んでいた一隊の包囲網がようやく崩れ、私たちは何とか合流を果たすことに成功した。ヒルデスブルクの仇たるヒムラーも含めて10機以上を撃墜していたが、その結果私たちの手持ち装備は当然の事ながら減少している。さらに悪いことに、多勢に無勢、私も含めて無傷というわけにはいかず、ワーグリン少尉は主翼に命中弾を受け、ゼクアイン大尉は右エンジンに直撃を食らい片肺飛行を強いられている。私自身は機首右側を機関砲弾が掠めただけで済んではいたが、ミサイルと機関砲の残弾は残り少なく、また本来は軍令部に投下する予定だった対地ミサイルを搭載している分、通常よりもAAMの持ち弾が少なかったのだ。本来なら補給と修理に戻りたいところだったが、今や私たちに帰る家は無く、どこかの基地に降りるにしても、私たちを葬らんとする灰色の戦闘機たちの群れを突破しなければならない。そして相手方は予想外の損害を受けつつも体制を立て直し、さらに新手が加わろうとしていた。最早、私たちに残された選択肢は限りなく少なくなっていたのである。親衛隊による核攻撃の事実を少しでも多くの祖国の兵士たちに伝えて、華々しく玉砕するか、万が一の可能性に賭けてそれぞれ明後日の方向へと離脱するか――。どちらにせよ、成功する可能性は限りなく低く、私たちを葬ることに成功した者たちからは「犬死」と言われることは間違いなかった。
「ヒンメル・オウゲの通信、聞いている部隊がいてくれればいいんですけどね……」
「聞いてくれるのと、行動を起こすのは全く別のことだからな。我々が全滅するまでに、果たして応援がきてくれるかどうか……」
攻撃は交えられていないものの、敵部隊はスーデントール市への針路を妨害するように展開を開始していた。もっとも、北上する素振りを見せればその方角を塞ぐだけのことだろうが……。かといってスーデントールに向かったとしても、前面の連合軍と後方の核爆発を見た友軍は大混乱に陥っているだろう。最悪の場合、私たちこそ核攻撃の主犯格として攻撃を受ける危険性もある。では、どうやって真実を伝えるのか――?私は、右翼にポジションを取っているワーグリン機に一度視線を移し、そして腹を決めた。ゼクアイン大尉からの通信が入ってきたのは、ほぼ同時だった。
「大佐、一つ提案があります。聞いて頂けますか?」
果たして、ゼクアイン大尉の提案は私の考えたことと一致していた。
「ヒンメル・オウゲの通信は、電波妨害を受けていなかったノルト・ベルカ北部には伝わっていたはずです。だから、私たちは彼らの通信が真実であることを証明してやればいい。そのためには、生き証人を立てるのが一番です。……ワーグリンをここから突破させましょう。そうですね……ブリッツ・シュラークの基地なら、爆心地から充分離れていますし、ワーグリンを守ってくれるでしょう。いかがですか?」
「ど、どういうことなんですか、ゼクアイン大尉!僕は……いえ、自分は最後の最後まで大佐と一緒に戦い抜きます。敵前逃亡をしてまで生き長らえるなんて、耐えられません!!」
そう、生き証人を送り込むこと。スーデントールは間に合わないかもしれないが、戦地から離れているノルト・ベルカならば、これ以上の激発を防ぐことが出来るかもしれない。私たちの「脱走」の目的は、ベルカ公たちの暴走を食い止めることにある以上、その方法は理にかなっていた。ただ、その代償として、生き証人を守るべき人間は、圧倒的多数の敵を相手に絶望的な戦いを強いられることになるわけだが……。そして、生き延びるのは、これから先、より長い時間を順当に生きれば過ごすことが出来る人間が良い。となれば、この3人の中で最年少のワーグリン以外に適当な人間はいなかったのである。
「……ワーグリン、悲しいことは言わないでくれ。まだ恋愛もろくにしてないんだろう?これから先、苦しいこともあるかもしれないが……祖国の復興とかそういう大それた事ではなくって、人並みに結婚し、人並みに子供を育てる――そんな当たり前のことを、おまえさんはする権利があるんだ。それに、これから始まるパーティーは残念だが30歳にもなっていない未成年に参加資格は無いのさ。もう少し、男を磨いておくんだね」
「ま、大佐の言うとおり、というわけだ。おまえ一人が脱出する血路くらい、私と大佐で切り開いてみせるさ。それにワーグリン、まさかお前、第302飛行戦隊があんな連中に敗れるとでも勘違いしているんじゃないだろうな?」
ゼクアイン大尉の言葉は勿論はったりなのだが、確かにあの連中に簡単にやられるのはごめんだった。どうせ戦うなら、とことんてこずらせてやらないことには気が済みそうに無い。南方から接近してきた敵の新手がついに空域に到着し、先発隊の生き残りと合流する。このまま待っていては脱出の機会を失うだけだった。
「さあ、この際時間は何より貴重だ!ここの敵を片付けたら、私たちも合流する。さあ行け!お前だって、不死身の怪鳥部隊の一員だろう!?今自分が為すべきことを果たすんだ。行け!!」
「嫌です!私も最後まで戦います!!」
「分からない奴だな、お前も」
エアブレーキをかけ減速した私は、ワーグリンの後背にポジションを取り、そしてレーダーロックをかけた。IFFが味方機であることを告げるが、それを無視するようデータを入力すると、ミサイルシーカーが正確に「敵」を捕捉したことを告げた。
「た、大佐!?」
「行くんだ、ワーグリン。これは命令だ。第302飛行戦隊の唯一の生き残りとして、私たちの戦いを伝えてくれ。……頼んだよ」
敵部隊は復讐の牙を突き立てるべく行動を開始した。私たちを包囲するように展開していた敵戦闘機が、少しずつ包囲網を狭めてきていたのである。そして弾薬も充分に持っている新手を主力攻撃隊として、戦端を開く機会を狙っていた。来るなら来い。私たちに敵対したことをたっぷりと後悔させてやる――。
大佐が提案を受けて入れてくれたことに、アルト・ゼクアインは安心すると同時に、長い付き合いのはずの上官に対する自分の不見識を恥じた。もし万が一、ここで全滅することを大佐が選択したらどうするのか――そう一瞬でも考えた自分自身を彼は嘆いた。我らが隊長、かくあるべきかな――。果たして、彼自身の決断と隊長の判断が共通のものであったことを喜ぶべきだった。ゼクアインは、バルトライヒの向こうで燃え盛る炎を振り返った。グラーバクの連中によって投下された「V1」は、ヒルデスブルクだけでなく街道で南ベルカと繋がる都市群に対して行われていた。とすれば、自身の家族が生活しているリューネブルクもまた、核の業火に焼かれている。事実、リューネブルクの方角も、ヒルデスブルク同様、空を血の色に染め上げるように炎が燃え盛っているのだった。エヴァ……アイリーン……心の中で、彼は最愛の妻と娘の名を呼び、計器盤の一角にテープで止めている写真に視線を移した。この戦争が始まる前、休暇で帰ったときに撮影したその写真の中で、二人は笑顔を浮かべていた。その姿は、もうこの写真の中でしか見られない。ゼクアインは腕を伸ばし、指で二人に触れて呟いた。
「なに、私もすぐに行く。ヴァルハラで家族水入らず、というのも洒落ているかな?」
そんなわけないでしょ、とアイリーンが頬を膨らませて抗議する姿が見えたような気がした。エヴァは無言で、ただゼクアインをじっと見つめていた。ゼクアインは最愛の妻に視線を移し、そして済まないな、と呟いた。けたたましい電子音で、彼は現実に引き戻された。ついに攻撃を開始した敵部隊は、一挙に撃滅せん、と多方向からの波状攻撃をしかけてきたのである。隊長機が急旋回してAAMの攻撃を回避しつつ急上昇に転じ、視界から姿を消す。ゼクアインもまた彼の技量を最大限に発揮し、自分に対して放たれた攻撃をかろうじて回避した。だが、片肺飛行になっている愛機はいつもの機動性を発揮することは出来ず、右翼から突入してきた敵機の機関砲弾が数発命中し、不快な震動で機体が揺さぶられた。その衝撃でコクピット内の部品が弾け、そのうちの一つがバイザーを突き破って額を軽く切り裂く。流れ出した血液が視界を赤く染め上げたが、ゼクアインは不敵に笑った。まだ、こちらには切り札があるのだ。統合戦研の連中が「高機動追尾型」と自画自賛していたAAMを彼はまだ抱えていたのである。射撃モードを切り替えた彼の機体のHUDに、ミサイルシーカーが複数出現する。やがてそれぞれの目標を捕捉したシーカーの色が反転し、ロックオンの確定をコクピットに告げた。
「ファルケ1、フォックス3!!」
白煙と共に4本のミサイルが解き放たれ、それぞれの目標めがけて加速を開始する。どうやら新開発の機体らしい敵機たちは、このとき明らかに油断を見せていた。これまで私たちが放っていた通常型のAAMを回避したときのように、呆れたくなるほどの機動性を発揮して回避機動に転じる。だが、それはあくまで先ほどまでのAAMの話だった。より速い速度で目標に到達した1本は、ホバリングで回避しようとした敵機の胴体をまともに貫いて炸裂した。機体中央で発した爆発を避ける術も無く、木っ端微塵に引き裂かれた機体が四散する。危機に気が付いた敵機はいよいよ本気で回避機動を取り始めたが、ミサイルが近付いてからでは既に時遅し。統合戦研の自画自賛は決して嘘ではなかったようで、振り切られたかに見えるミサイルは再び目標を探知し、針路を自己修正して襲い掛かるのである。2機目は旋回している最中にコクピットを直撃され、3機目は至近で炸裂した爆発によって主翼を切り裂かれ、最後の1機はかろうじて回避に成功したものの、隊長機の機関砲の餌食となって大爆発を起こす。虚空に出現したいくつかの火球とその残滓たる黒煙の間を、ゼクアインは切り裂くように飛ぶ。彼は彼らの希望たる若者の姿を探した。ワーグリンは激戦空域を逃れるように針路を取りながら北上を開始していたが、それでも敵の追撃からは逃れられず、不本意な旋回と反転を強いられている。それでも1機を撃墜した彼が急上昇に転じた。
「ワーグリン!駄目だ!急旋回しろ!!敵の罠だ!!」
ワーグリンを追尾していた連中は、巧妙な連携で獲物を罠に捉えようとしていた。意図的に空白となった空域は、実は上空で獲物に突き立てる牙を研いでいた一方の射程範囲だったのである。反射的にゼクアインはスロットルを最大に叩き込んだ。片側が死んでいる機体の加速はいつもほどではなかったが、それでも心地良い加速を機体に与えてくれた。隊長は間に合わないかもしれないが、私ならまだ――!上昇を終えたワーグリンが水平飛行に機体を戻す。その先には、敵のいない安全地帯が広がっているはずだった。だが、そこは長射程ミサイルの狙いを定めた一隊のまさに攻撃ポイントだったのである。上空にポジションを取っていた4機から、一機の敵に対して放たれるには過剰と言うしかない、8本のAAMが放たれる。間に合え――!危機を察したワーグリンが回避機動を開始する。待っていろ、今行くからな!ゼクアインは敵部隊とワーグリンの中間距離に、傷付いた機体を割り込ませた。
「ゼクアイン大尉!?」
「そのまま進め、ワーグリン!今なら完全に突破できる!ここは俺が引き受けた!」
「そんな、大尉の機体は既に片肺飛行で……!」
言いかけて、ワーグリンはゼクアインの意図に気が付いたのか絶句してしまった。コクピットにはけたたましい警報が鳴り響き、ミサイルのレーダー照射が自身に浴びせられていることを告げていた。
「ワーグリン、お前は本当に成長したよ。良く今日まで生き残ってきたな。だから、明日も生き残れ、俺たちの大切な後輩!隊長、アルト・ゼクアイン、突貫します!!さあ、行け、ワーグリン!!俺の分まで、長生きするんだぞ!!」
「大尉、ゼクアイン大尉ーっ!!」
「止めろ、ゼクアイン!ベイルアウトするんだ!やめろぉぉぉっ!!」
ゼクアインはアフターバーナーを焚いたまま、機体をゆっくりとループさせた。その姿を追うように、8本のミサイルが追いすがってくる。その姿を捉えて満足げに笑いながら、このミサイルを放った一隊の真っ只中めがけて突っ込んでいく。2機がこちらを捕捉してヘッドオン。馬鹿め、と毒づきながらゼクアインは照準レティクルを睨み付けた。そのまま回避機動することも無く直進する機体に、無数の火花が散った。キャノピーが砕け散り、上下左右に揺さぶられた身体にハーネスが食い込み、血飛沫を吹き出す。それだけではなく、衝撃で弾けとんだキャノピーが彼の右胸を貫き、身体をシートに縫い付けていた。こみ上げてきた血液を吐き出しながらも、ゼクアインは操縦桿を離さない。黒煙を吐き出しながら敵編隊の只中に突入した彼の機体に、ついにAAMが到達した。初弾が垂直尾翼を弾き飛ばし、2本目が左主翼を、3本目が右水平尾翼と右主翼を弾き飛ばしながら爆発を起こし、過負荷に弄ばれた機体は衝撃で分解した。縫い付けられていたはずのシートから引き剥がされたゼクアインの体は、バルトライヒの上空に放り出された。自らの体から吹き出す赤い飛沫の先に、ワーグリンのSu-27が包囲網を突破して北上していく姿を、彼は確かに見た。これが、俺の勝利だ――!ゼクアインは最後に残された力を振り絞り、そう叫んだ。
不意に軽くなった身体を感じ、ゼクアインは辺りを見回した。やけに眩しい風景は、自分自身の家の庭先の光景だった。その庭先で、アイリーンが大きく手を振っている。そして日曜日の夕方には必ずティータイムを過ごしたテーブルセットの椅子には、エヴァが微笑みながら座っている。ゼクアインは、その口が「こんなに早く来なくても良かったのに」と動くのを見て苦笑した。彼はアイリーンに答えるように手を振り、そして歩き出した。愛娘がじれったそうに呼ぶのを、あんなに大きくなったのにまだまだ子供なんだな――そう苦笑しつつ、一歩一歩、足を踏み出していく。やがて愛する家族の元にたどり着いたゼクアインは、娘の、そして妻の顔を見て、いつも通りの言葉を紡ぎ出した。――ただいま、と。
何本ものミサイルの直撃を被ったゼクアインの機体は、文字通り粉砕されて大空に散った。彼が引き付けたAAMは彼自身だけでなく、そのミサイルを放った敵戦闘機をも巻き込んで炸裂し、大空に火球を量産したのである。その好機に戦域を離脱したワーグリンは、ついに追っ手を振り切ることに成功した。ゼクアイン大尉はワーグリンの盾となって、大空に散ったのである。――何をやっているんだ、私は――!ここで死んでいいだって?冗談じゃない。仲間たちを殺され、帰るべき家を奪われ、そして今もまた背中を任せられる部下の命を散華させて――視界がぼやけて見えてきて、私はグローブで乱暴に目を拭った。今は泣いている場合ではなかった。ゼクアイン大尉が身を張って敵機を撃墜してくれたとはいえ、私はたった一機で目の前の連中を相手にしなくてはならないのだ。だが、恐怖を感じる余裕は最早無くなり、理性よりも激情が取って代わり、私を突き動かす。普段なら多少は余力を残しておくはずであるが、私は限界を越えて機体と肉体を行使していた。瞬間的に12Gの圧力を全身で受け止めつつ、後背をさらした敵戦闘機2機にAAMを放って離脱。すぐさま急旋回して別の一隊に食らいつく。
「く、くそ、何だ、何なんだ、こいつら。たった3機だぞ!たった3機に、何でここまでやられなければならないんだ!」
「あと1機だ!あの1機を潰すんだ!!」
狼狽した敵の声が聞こえてくる。編隊を組んだまま垂直降下してくる敵機が、機関砲の雨を降らせた。機体を急降下させて回避コースをとったが、半瞬反応が遅れたのは蓄積した疲労のせいだったろうか?コクピット脇と胴体に穴が穿たれ、震動が機体を揺さぶった。どこかの部品が弾け飛んだようで、コクピットの中を跳ね回った挙句、私の左肩に突き刺さった。苦痛が脳天を突き抜けたが、今は治療をしている暇もなく、敵の追撃を逃れるために回避機動を繰り返す。激しいGにさらされているため、傷口から時々血がほとばしり、パイロットスーツに赤黒い水玉模様を散らしていく。あと少し――あと少しなんだ。私たちを完全な包囲下に置いていたはずの敵機は、今や包囲網を維持出来ない程に減っているのだ。ここを抜ければ――!
「私の邪魔をするなぁぁぁぁぁぁっ!!」
私はヘッドオンで立ちふさがった敵機のコクピットに容赦の無い一撃を加えて粉砕した。蜂の巣になったコクピットは原形を留めることは無く、中にいた者も同様だった。だがもう、残弾が尽きようとしていた。対空攻撃に使用出来ない対地ミサイルは別として、AAMは2本、機関砲弾はあと200発を切っていた。燃料もスーデントールにたどり着くのがギリギリというところか。――ここまでか。ここまで来て、私は何も為し得ずに死ぬ程度の人間だったのか。初めて絶望が私の心に広がり始めた、その時だった。ここにいるはずのない男の声と、彼の操る機体が姿を現したのは。
「たった一人で、戦争している気になっているんじゃねぇ!!」
高空から放たれたミサイルが、予想外の敵の出現に狼狽した未確認機たちを撃ち抜いて炸裂する。「ドラ猫」――ジャック・バートレットの怒号に、私は襟首を掴まれて現実に引き戻されたようなものだった。敵として戦ったときにはあれほど手を焼かされた機動が、今日は限りなく心強い。看過出来ない大損害を出した未確認機部隊は、新手の出現に驚き、ついに撤退を開始した。圧倒的優位で襲いかかってきた連中は、今や散々に撃ち減らされていたのである。そこに、連合軍の戦闘機が現れたので、彼らは大きな勘違いをしたのだ。連合軍航空部隊がこの後にやってくる、と。「敵」の撃退に成功したバートレットは、ひらりと旋回すると私の左翼にポジションを取った。キャノピー越しに、彼が腕を振っているのが見える。
「私を撃墜する好機だぞ、バートレット大尉」
「馬鹿言っているんじゃねぇよ。俺はお節介なタチでな、困っている奴を見ると放っておけないんだ。――さあ、行こうじゃないか。あんな馬鹿げたことをしでかしてくれた連中に、たっぷりとお灸を据えてやらないとな」
「貴官には関係ないだろう。これは私の戦い……」
「俺の隊長は、あの核攻撃にやられたんだ!だから、仇は共通というわけだよ、フッケバイン。敵の敵は味方、そうだろう?」
敵の敵は味方――面白い解釈もあったものだ。お互いに、それぞれの陣営のパイロットたちを葬り去ってきた人間同士ではあったが、私はこの男に対して憎しみを感じることは出来なかった。それに、私を撃墜するつもりなら、わざわざ未確認機を粉砕する必要はなかったはずである。バートレットは、初めから私を援護するつもりでやってきたのだ、と私は気が付いた。
「……勝手にしろ」
「ああ、勝手にさせてもらうさ。アンタと、アンタの部下を守るために散っていったパイロット……ゼクアイン大尉だったか?奴の代わりになってやるんだ、感謝してもらわないとな」
とんでもないお喋りが旅の道連れになってしまったものだ、と苦笑しつつ、彼は彼なりに私に対して気を使ってくれているのだ、ということが伝わってきた。ようやく戦闘機動から解放された身体には、否定しようの無い疲労が溜まっていた。私は目を閉じた。大佐、ここからですよ――ゼビアス中尉が拳を握りながら笑いかける。私がきっちり整備した機体、まだまだ飛べますよ――ボルツマイヤー大尉がスパナを片手に腕を振っている。君なら、やれるさ――クライヴ司令が、相変わらず人の悪い笑みを浮かべている。ご健闘を!――アウグスト中尉が敬礼する。大佐、後のことはお任せしましたよ――ゼクアイン大尉が親指を立てながら似合わないウインクをする。みんなの想いを、悲劇をこれ以上拡大させないために、戦ってください、大佐――ウォルフガング・シンドラーが、「フロッシュ」のカウンターでマスターと一緒にグラスを手にしてそう言う。自分ひとりだけの力ではない何かが、私の心を再び奮い立たせた。そうだ、私はまだ戦える。私は、勝手に私の相棒に居座った心強い好敵手に呼びかけた。
「行こう、スーデントールへ」
私たちの道を阻むものは、もう何も無い。