DACT
田舎の滑走路だったはずの空間は、にわかに前線基地のような喧騒を取り戻していた。格納庫から搬出されたYF-23Aと、F/A-22がそれぞれ向かい合うように並び、さらにその前には僕らYF-23Aチームと昨日はいなかったF/A-22チーム、中央にはブリーフィングの書類をバインダーに挟み込んで抱えているクライスラー大佐と僕に付き合って寝不足らしいマイカル、そして彼の上司と言うべきショーン・カスター開発部長の三人が立っていた。僕が所属することになった9103飛行隊のパイロットは全部で六人。尊敬すべき上司グレン・チェン・ガイヤ大尉とファーレン・ザウケン少尉が僕と同じYF-23Aチーム、そしてハリー・ウォーレン大尉が率いるF/A-22チームにはワルター・グレッグ中尉とカイン・ケネスフィード中尉。ザウケン少尉は僕より一年年少であるのに対し、F/A-22チームはいずれも30近くの壮年が占めているのは些かバランスが悪いようにも感じるが、ガイヤ大尉は「平均年齢は大して変わらないだろ」と全く取り合わなかった。だが、それ以上に問題なのは、ガイヤ大尉とウォーレン大尉の相性が極めつけに悪いことだった。ガイヤ大尉は15年前の戦争時も飛んでいた叩きあげのパイロットであるのに対し、ウォーレン大尉は士官学校上がりのパイロット。双方の操縦技量はややガイヤ大尉が上ということなのだが、理論派のウォーレン大尉にしてみれば、理論と理屈とおりには飛ばずともすれば勘を優先するガイヤ大尉のやり口が気に食わないらしい。そんなわけで、ブリーフィング中もウォーレン大尉が無精ヒゲだらけのガイヤ大尉の顔を睨み付けていても、ガイヤ大尉は全く応じる気配も見せずに明後日の方向を向いていた。おまけに女性隊員に向かって手など振るので、クライスラー大佐が鋭い視線で切り付けることになり、その度に僕の肝は冷やされたものであった。
大佐から告げられた本日の選考テストは、DACT。既に何度も行われてきているらしいが、僕の操縦習熟とYF-23Aチームの編隊行動の完熟が目的である、と開口一番大佐が言うものだから、ガイヤ大尉がこれ以上ないくらいに嫌そうな顔をして「ほらな、やっぱりやな奴だろう」と愚痴ることになる。民間航空機の運航ルート外になる北方空域において、三対三、ただし双方の空域侵入コースは司令部から通達、遭遇戦形式で行うと大佐から必要な情報が告げられていく。手元のリストに目を通すものの、僕の意識は今日無事に帰還できるかどうか、という点に飛んでいた。何しろ、YF-23Aで飛ぶのは今日が初めてなのだ。しかもその機体での模擬戦付だ。嫌でも緊張が高まってしまうというものだった。大佐の説明後、カスター開発部長が後を続ける。
「今回の模擬戦はYF-23Aチームの習熟も兼ねているが、双方の機体の限界性能テストも兼ねています。機体を壊せとはいいませんが、互いに手を抜かずに模擬戦を行って頂きたい。既に先日の事故の影響で満足なデータは二週間近くに渡って得られておりませんからね」
「へぇ、じゃあ本格的にAAM積んでいこうや。死ぬ思いをしなければ、実戦並みのデータなんざ取れないんじゃないか?」
「ガイヤ大尉、貴官はミサイルを積まなければ戦闘機動すら出来ないのか。だいいち、貴官が撃墜第一号にならない保証はないんだぞ」
「何度も言わせないでください。機体は壊さないでください、と申し上げたはずです。」
早速ガイヤ大尉とウォーレン大尉が火花を散らし始める。クライスラー大佐が再び口を開き、スケジュールの確認を行って長いブリーフィングが終わった。
「以上だ、互いに全力を尽くしたまえ。解散!」
大佐に敬礼を施し、新しい翼に乗り込もうとした僕の腕を、ウォーレン大尉が掴んでいた。
「アネカワ少尉、君の話はこの部隊でも話題になっていた。私のチームでないことは残念だが、是非私のチームに配属されるよう、大佐にはこれからも働きかけていく。それまでの間だ、辛抱したまえ」
「おいおい、人の可愛いチームメイトを勝手にナンパするんじゃねぇ。大体、誰と交代させるつもりだ。俺は嫌だぞ、三十路近くのむさいのが部下じゃ」
「むさいのはお互い様でしょうが、大尉。おい、ザウケン、今日も真っ先に落としてやるからな!」
「勘弁してくださいよ、グレッグ中尉!!」
ケネスフィード中尉は無口な性質らしいが、口元がほころんで見えた。どうやら、このやり取りがここでの日課のようだ。最も年下のザウケン少尉は、年長の士官たちの言わばおもちゃ、というわけだ。一通りの罵声が飛び交った後、僕らはようやくコクピットに滑り込んだ。隣を見れば、ガイヤ大尉がまだ天敵に向かって何事か罵声を飛ばしている。じろりと一瞥を与えたウォーレン大尉のF/A-22のキャノピーが閉まり、先行する彼らはトライアングルフォーメーションを組んで滑走路に進入した。規定の通信がいくつか交わされた後、彼らの機体は加速を始め、そして編隊を崩さぬままゆっくり空へと滑り出した。
「けっ、お上品な離陸だぜ。ところでハヤト、おまえのコールサイン、まだ決まっていなかったよな!?」
「410ではホーク3でしたが……」
「そうだと思って考えてきてある。今日からのコールサインは"ケルベロス"だ、アンラッキーボーイ」
よりにもよって、「ケルベロス」―地獄の番犬か。アンラッキーボーイといい、どうやら僕の周りは不幸尽くしらしい。ちなみにF/A-22チームは、「ランス」で統一している。
「まだいいですよ、アネカワ少尉。自分なんか"スレイプニル"ですよ」
「文句あるのかザウケン!おい、ハヤト、俺のコールサインは"フェンリル"だからな。他の名前で呼んだら応答してやらないからな」
そうしている間に、僕らの離陸の番が回ってきた。エンジンに火がともったYF-23Aの感触は、確かに新鮮な感覚だった。410飛行隊のF/A-18のような年季の入った吹け上がりではなく、どこまでも回っていきそうな軽快な感触が快い。マイカルが「ピーキーだから」と言ったとおり、操縦桿やフットペダルに対する反応が良すぎるきらいはあるが、逆に考えれば自分の思うとおりに動かすことも出来るということになる。F/A-22チームと同じようにトライアングルフォーメーションで進入した僕らは、管制官の通信を待った。
「Runway all green. Clear for take off, YF-23A team.」
「おうよ、ケルベロス、スレイプニル、しっかり付いて来い。戦闘空域に行くまで、少しウォーミングアップしてから行くぞ。高度300フィートに達したら垂直上昇!!」
「りょ、了解!」
「またやるんすか!?ああもう、戦う前から疲れちゃうよ」
ガイヤ大尉の右翼をキープしたまま、滑走路が流れ出す。機体の加速は予想以上のもので、これまでの経験が染み付いた感覚が吹き飛びそうなくらいだった。大地の拘束から解き放たれた三機のYF-23Aは、ガイヤ大尉の指示通り、300フィートから垂直上昇に転じた。それでも全く加速が衰えることなく、HUDに表示される高度計のカウンタが駒飛ばしに進んでいく。機体の振動もわずかなもので、平たい機体がまさに空を切り裂くようにして上昇していく。これが新型機の性能か、と改めて痛感させられる。僕が410飛行隊で戦ったユーク軍のパイロットたちは、この感覚をもっと早く経験し、そして実戦に使っていたというわけだ。機体の安定性も高い。ある程度慣れていないと、前の機体じゃいきなりの垂直上昇など出来なかったし、この速度での上昇は望むべくもなかった。6000フィートに達したところで水平飛行に移行、右翼を何とかキープして安定飛行に入った。
「おいケルベロス、クソな機体との相性が良いみたいだな。後でジュースをおごってやる。さあ、今日こそウォーレンたちの首を獲る。行くぞ!!」
アフターバーナーを点火した僕らは、音速で戦闘空域へと青空を駆けていった。僕の新部隊での戦いの火ぶたは、今切られたのだった。
「スレイプニルよりフェンリル、方位250、高度10000フィートに敵影発見!」
「ちっ、ウォーレンの野郎、いつも人の上に行きたがる!」
戦闘空域に到達した僕らは、空域の縁を北上しながら進んでいた。互いにステルス機である以上、必ずしもその方向から敵が接近してくるとは限らないが、それは相手にとっても条件は同じ。ガイヤ大尉について左旋回し、高度を上げていく。かぶられるのは自らを不利なポジションに置くことと同義だからだ。
「ケルベロス、ウォーレンの野郎は無駄な行動は取ってこない。俺たちにわざと姿を晒して、いきなり正面からやってくるつもりだ。ヘッドオンですれ違ったら、後はおまえさん次第だ。スレイプニル、おまえは宿敵グレッグと片つけな。俺はランス1を狩る!」
雲海の上を今度は西進しながら疾走する。どこまでも青空は広がっているような感覚に捉われるが、右手、方位000方向で何かが光るのが見えた。錯覚?いや違う、また煌いた!
「ケルベロスよりフェンリル、敵機発見、方位000!!」
「OK、こちらのレーダーでも捉えた。右旋回!!」
雲海と空の切れ目が垂直になり、機首が北へと向きを変える。そのままロールして水平飛行に戻し、レーダーに目を落とすと、整然としたトライアングルが真正面から突っ込んでくる姿が映し出されている。F/A-22チームの三機が、前方から最大戦速で突っ込んでくる。相対距離はごくわずか。僕の相手になるのはランス3、ケネスフィード中尉機だ。技量も何も分からない、ある意味実戦に近い状態。二つのトライアングルは、互いに陣形を崩さないまま、そしてすれ違った。轟音と衝撃波が互いの機体を激しく揺るがし、操縦桿を握る手に力が入る。ごくりと生唾を飲み干した僕は、機体を右に倒して急旋回した。頭がくらっとするほどのGと共に機体を反転させ、獲物の姿を探す。綺麗に三方向に散開した僕らに対し、F/A-22チームはランス1とランス2が編隊を崩さないまま大きく旋回し、僕の相手となるランス3だけが反転して再び正面から飛び込んできた。
「ニューフェイス、腕を見せてみろ」
低い声はケネスフィード中尉のもの。エルロンロールを決めた彼の機体が、僕の左サイドを通り過ぎるよりも早く、僕は反射的に左旋回をかけていた。ランス1・2に後背を取られないことを確認したうえでスロットルを最大に叩き込み、ランス3を追撃する。シートに叩きつけられるような、暴力的な加速が機体を揺さぶり、点になりかけていたランス3の姿が次第に大きくなっていく。レーダーロックをかけようと火器管制モードを切り替えようとする刹那、ランス3は上昇を開始した。いや、上昇でなく旋回か!飛び越さない程度にこちらも後背にへばりつき、後を追う。大地と空と雲海がひっくり返り、HUD上の数値がめまぐるしく書き変わる。そんな状態で、僕は冷静なつもりだった。ランス3の動きは予想したほど鋭いものではなく、迫ってくる。ミスった!歓喜が精神を支配しかけたのと、罠にはまったことに気がついて背筋が凍るのはほぼ同時だった。――速過ぎる!ケネスフィード中尉は、旋回しながらも少しずつ速度を落としていたのだった。それに気がつかない僕は、追撃に気を取られ加速しっ放し。結果的に僕の機体はオーバーシュートし、ランス3の前方へと飛び出してしまった。くそ、こんな簡単なことで!機体を180度回転させ、僕は再びループ状態に入った。当然後背からはランス3が追撃してくる。レーダー照射を受けている警報音がコクピットに鳴り響く。さらにもう一度機体を反転させ、上昇しながら最ループ。まだだ、この状態でならロックの確定はない。そう踏んだ僕はいきなり操縦桿を手前に思い切り引き、同時にエアブレーキを全開にして機体を急停止させた。一瞬視界がブラックアウトしかかるのを頭を振って耐え抜き、HUDを睨み付ける。
「ちっ、コブラだと!?」
さっきまでの僕のように、獲物を捕らえかけていたランス3は僕に近づきすぎて、急制動に対応できなかった。機体を回転させながら、急降下しつつ逆ループをかけていく。姿が頭上に映った。そのまま機体を降下させ、僕は再びスロットルを最大にした。空中浮揚から加速に転じた機体がどんどん高度を下げ、HUD上の高度計は今度はコマ送りで数字を減少させるように動いていく。雲海を突き抜けた先には、今度は青い海面が待っていた。ランス3はまだ反転する素振りを見せず、海面へと接近していく。僕は彼の反転を待つより先に機体を水平に戻し、横旋回しながら敵の出方を伺った。1000フィート以下で反転したF/A-22が急上昇をかけようとし、速度が落ちたところに僕は肉薄した。僕の接近に気がついたランス3はさらに機体を反転させ互いに真正面を捉える。そのまますれ違った僕らは、今度は距離を取りながら反対方向にループして上昇を開始する。ふとレーダー上に目を動かすと、ザウケン少尉が二機の敵機に追いかけ回されているのが目に入った。ランス3との距離はかなり空いている。ウォーレン大尉は初めからガイヤ大尉を相手にせず、最も確実な目標を狙ってきていたのだ。僕はランス3から一気に離れ、機体を上昇させた。ウォーレン大尉の戦法は至ってシンプル、仮にザウケン少尉がキルとなれば、僕とガイヤ大尉は二機で三機を相手にしなければならなくなり、当然一対一に比べて隙も出るというわけだ。
「くそ、振り切れない!!」
「ザウケン、だから言っただろ、最初に落とすってな!!」
ザウケン少尉は急旋回を繰り返しながらレーダーロックから逃れようとしているが、このままではキルは時間の問題だった。ランス2が煽り、ランス1が仕留める、ということか。ならば、立場を逆にしてやる。ランス3から一気に離れた僕は、ザウケン少尉を追い回している二機に対し、下からレーダーロックをかけた。
「なんだと!?フェンリルがもう追いついたのか?」
「違う、ケルベロスだ。俺たちの下から上がってくる!旋回しろ!!」
「冗談じゃねぇ、ザウケン撃墜は目前だぞ!」
僕のHUD上のレティクルがランス2の姿を捉えた。あと少し……もう少し……!良し!僕は操縦桿の発射トリガーを引いた。レーダーロック固定を告げる電子音が響き渡り、同時にランス2のコクピットにはミサイル警報が鳴り響いたに違いない。
「ランス2、キル」
「マジかよ、洒落にならねぇぞ!」
「ランス2、君は撃墜されたんだ。戦闘空域外で待機せよ」
ウォーレン大尉はザウケン少尉の追撃を中断し、僕らの射程外へと飛び去る。僕は機体を直進させ、敵の猛追を逃れたザウケン少尉と合流する。キャノピー越しに、親指を突き立てて喜ぶ彼の姿が見えた。そこに振り切られていたガイヤ大尉が合流し、僕らは再びトライアングルフォーメーションを組んだ。
「俺の仕事取りやがって!しかし良くやった。味方の援護を忘れないのは良い心がけだ。ケルベロス、今日の夕飯は二人前にしてやる。スレイプニル、おまえは飯抜き!!毎回毎回追い掛け回されやがって!!」
「そ、そんな、今日は生き延びましたって!」
「おまえがうまくなるのは逃げ足ばっかりだろうが、この馬鹿タレが!!」
夢中だったが、YF-23Aはいつの間にか僕に馴染んできていた。もちろん、まだまだ覚えなければならないことは数多い。ただ、操縦桿を動かし、フットペダルを踏み込み、スロットルを動かすことはどの戦闘機であっても変わらないはず。そして、この機体は僕の要求する動作にしっかりと付いてくるに十分な能力を持っていることは明らかだった。今まで培ってきた経験を忘れるのではなく、存分に発揮すること。
「スレイプニルよりフェンリル、敵は方位080から反転!」
「よし、スレイプニルは俺について来い。ケルベロス、お前は散開しろ。俺たちの後ろは任せる。良いな?」
「やってみます。ケルベロス、ブレーク」
右旋回した僕は、戦闘空域をそのまま直進し、ガイヤ大尉たちから離れていく。当然レーダーで僕の動きは捕捉されているはずだ。目の前の獲物に目を奪われて付いてくるような相手なら何の苦労もないのだが、あの二人が僕に食いついてくることはあるまい。だから、ガイヤ大尉と共に飛んでいるザウケン少尉が狙われるのは自明の理だった。僕はそれを逆手にとって、彼をキルさせないようにするしかない。完全に勝てないまでも、彼らに有利なポジションを作らせないことくらいは出来る。レーダー上では、ガイヤ大尉にぴたりと付いたザウケン大尉を、F/A-22の二人が早速追いかけ始めている。YF-23Aチームで唯一実戦経験の無いザウケン少尉の腕は決して悪くないのだが、戦闘機動となったときの判断は実戦を経験してしまった者とは雲泥の差となって現れる。チームである以上、彼の欠点は僕らが補えば良いのだ。
ある程度の距離を稼いだ僕は、機体を急上昇させ、頭上を覆う雲海へと突入した。レーダーではもちろん位置を捉えられているのだろうが、目隠しにはこれ以上の物は無い。ちょうど良いとばかり機体をロールさせたりしながら感触を確かめ、レーダーの光点を頼りに敵へと迫る。大きく旋回しながら飛ぶガイヤ大尉たちの後ろをしっかりとキープしながらウォーレン大尉たちは飛んでいる。そんな簡単に勝負を、しかも圧倒的優位にあるはずの戦闘を放棄するような甘い人間では、ガイヤ大尉は当然ないから、僕が切り開いた突破口を突いて一気に攻勢に出るつもりだろう。その期待には応えたかった。
「ランス1よりランス2、ケルベロスが接近中。確認できるか?」
「ネガティブ。後ろには見えない!そちらからはどうだ?」
「こちらからも確認出来ない。レーダーの故障でないとすれば、雲海に入っているかもしれない」
どうせなら、相手の計算を上回りたかった。僕は機体をさらに加速させた。アフターバーナーの炎が雲を焼き、加速の振動が機体を振るわせる。ここからはある程度賭けみたいなものだが、何かしらのアクションは起こせるはずだ。僕は機体をロールさせながら一気に降下し、雲海を脱した。僕の目の前に、互いに旋回を繰り返す戦闘機の群れがあった。加速の付いた機体を安定させ、前方のF/A-22に狙いを定める。ランス1・2はその刹那散開し、迷わず互いに正反対へとブレークした。一方のガイヤ大尉も急反転し、左へとブレークしたウォーレン大尉機の後背に接近する。ザウケン少尉は旋回のタイミングが遅れ、一人大きく迂回しているような形になっていたが、相手にしてみれば牽制の効果もあるだろう。僕は再びケネスフィード大尉の後背を捉えようと旋回したが、体勢を立て直した彼はヘッドオンで接近してきていた。互いに高速ですれ違って再び反転、旋回と上昇、急降下を繰り返しながら、何度か攻撃のチャンスを掴む機会もあったが、結局グレッグ中尉をキルしたことでその日の幸運は全て使い切ったらしく、その日の戦闘は終了となったのだった。
一機キル、その後も撃墜なし、というのはYF-23Aチームにとって快挙だったらしい。報告を受けたクライスラー大佐の声には、予想外だ、という響きが多分に含まれていたし、カスター開発部長はもっと露骨に「YF-23Aの性能も見直す必要がある」と言ってのけた。おさまらないのは、キルされた張本人のグレッグ中尉だったが、あらゆるデータが彼の撃墜を証明していたため、目一杯不満、という表情で渋々事実を受け入れた。ガンカメラの録画で自分の戦闘が再現されるのは初めての経験であったし、テスト部隊ならではの光景と言えたが、ウォーレン大尉とガイヤ大尉が互いに無言でモニターを凝視しているのが印象的だった。
ブリーフィングが終わり、資料を抱えて僕が廊下に出てくると、壁に背中を預けながらガイヤ大尉が拍手で僕を迎えた。ごつい手の拍手は決していい音はしなかったのであるが。
「なかなかやるじゃねぇか、アンラッキーボーイ。初めての機体であそこまでやるとはな。さすがに実戦を経験している奴は違う」
「いえ……機体の性能のおかげです。まさか、あれほどのものとは思いもしませんでした」
「謙遜するなよ。……ハヤト・アネカワ少尉、第410飛行隊在籍中の対空戦撃墜スコアは13。最前線配備で無い部隊としては、隊長の次に撃墜数を稼ぐ。対空戦闘技量には訓練時代より定評があり、教官相手の模擬戦においても、教官機撃墜を達成する。未来のエースの一人だったが、どういうわけか現在はクソな第9103飛行隊の一員として、YF-23Aに搭乗する、か。なぁ、おまえさん、何でここに配属になったと思う?」
ガイヤ大尉が僕の過去を把握していたことも驚きだったが、それ以上に僕が知りたかった、いや聞きたかった事実をどうやら彼は知っているらしい。
「僕の特性がテストパイロット向きだったということではないのですか……?」
「アホ、俺が410の隊長だったら色々理由を付けて断っているさ。おまえの存在は、おまえのいたポジションに行きたかったある人間にとって邪魔者以外の何者でもなかったんだよ。おまえの後任として配属された士官の名前、知っているか?」
もちろん僕が知る由も無い。だが、大尉は僕の異動は正規のルートからのものではないと言っているのだった。
「キニアス・アップルルース中尉。どこかで聞いたことのある名前だろう?」
僕は目の前が真っ暗になったようなショックを受けた。そんなことが、オーシア軍でも有り得るというのか。その部隊に行く能力も資格も持たないような人間が、親の七光を使って前任者を追い出して、そのポジションを得るなんて……。しかも、その相手がよりにもよって、「口だけキニアス」。副大統領の口添えで中尉に就任した奴に追い出されることになるとは、予想外を通り越したショックだった。顔を伏せ黙り込んでしまった僕の肩を、大尉が軽く叩いた。
「そんなに落ち込むな。おまえの腕前が本物だということは、この部隊の全員が理解したさ。おまえの転属について、おまえには全く責任がないんだよ。……おまえなら、俺の後ろを任せてもいい。明日からも期待している……今日はお疲れさん、アンラッキーボーイ」
大尉なりの励ましだったのだろう。彼は手のひらをヒラヒラさせながら、廊下を歩いていった。叶えられるなら、キニアスのあの気に食わない顔を思い切り殴り飛ばしてやりたかったが、それは決して適わない妄想だ。それよりも、僕には新たにやることが出来た。9103の一員として、さらに言うなればYF-23Aチームの一員として、ガイヤ大尉たちと共に飛ぶこと。いくらか慰められた気分になって、僕は廊下を歩き始めた。ショックはショックだったが、いつか見返してやる日も来るだろう。そのときには、倍返し以上にして返してやる。少し頭を切り替えた僕は、食堂へと足を早めた。二人分の食事が、僕を待っている。