UNKNOWN ENEMY
"彼"にとって、味方とは自分を守り、自分を無条件で尊敬し、自分を優先してくれる者たちのことだった。少なくとも、軍隊に入るまではそうだったし、軍隊に入った後もある程度の不自由は甘受しながらも、一般市民とは異なる血統がそれを可能にしてくれたし、刃向かった気に入らない連中を様々な手段で従わせる術はいくらでもあった。だが、そんな"彼"であっても、歴然とした実力の差だけは埋めることが出来なかった。雑草のような血統の分際で、ずば抜けた空戦機動をこなしてみせる、あの男。空軍の訓練中、一度として勝つことが出来ず、しかも完璧に公正な方法で、実力を見せ付けていたあの男が、訓練後前線に近い航空部隊に配属されるのを尻目に見つつ、戦闘機操縦とは無縁の幕僚コースに乗ったことを知ってしまったときの屈辱は今でも忘れ様が無かった。だから、奴を栄光の立場から突き落とし、自らがその穴を埋めオーシアの栄光を我が手にしたときの快感は例えようが無かった。オーシアの救世主、オーシアのエースは、発音しにくい、東方の黄色い野蛮な人種ではないんだよ、アネカワ!その役目は、選ばれたる血統の自分にこそ相応しい……。彼の謀略によって、辺境のテスト部隊へと追いやられたアネカワ少尉の落ち込んだ顔を思い浮かべ、低い声で笑うアップルルース中尉の声を、同行していた者たちは不愉快なものとしか受け取らなかった。
輸送機のコンテナの中に積まれた物を知る者は、今のところアップルルースと基地司令官程度。隊長のローゼズですら、中身については知らされていなかった。自分の新たな武器となるであろう、「それ」の姿に思いを馳せていた彼は、突然鳴り響いた電子音によって現実に引き戻されることになった。彼には理解できなかった。その音は、訓練時代、散々に聞き慣れた音。アネカワ以外の連中からも、模擬戦の度に浴びせられた殺意の到来を告げる音。慌ててレーダーに目をやるが、レーダーの反応はなし。いや、自分たちの側にいる輸送機すら映っていない。恐慌状態に陥った彼は、慌てて背後を振り返った。厚い雲のすぐ下で、何か煌いたものがある。それが機銃の攻撃だと気が付いたとき、もともと耐久性の無い彼の理性のヒューズは音を立てて弾け飛んだ。死にたくない、ここは自分の死に場所じゃないっ!!声にならない叫びと鳴き声をあげながら、機体を急旋回させる。曳光弾の筋が機体を掠め、震動が伝わってきた途端、彼は泣き叫ぶこととなった。
「敵だ、敵だ敵だ!早く、誰か僕を守れ!早くしろ!!」
舌打ちをしながらローゼズは機体を反転させた。口先だけの無能でプライドばかり高いろくでなしめ、と毒づきながら、一応は彼の部下である副大統領閣下の息子の救援に向かった。勝手に編隊から離れた挙句、国籍も分からない何者かの方向に飛ぶとは……!ホーク2に輸送機の護衛を任せ、ホーク4に連絡を取ろうとしたが、無線はガリガリと音を立てるだけで全く反応しない。故障で無いとすれば、この空域に電子妨害が行われているということだった。手信号でホーク4とホーク2に指示を伝え、ローゼズは滅茶苦茶な機動で逃げ惑うアップルルース中尉を目指そうとした、その瞬間だった。
「410、すぐ上から2機!!」
輸送機のパイロットの叫びに操縦桿を思い切り引き、機体を急反転させたその脇を、白い戦闘機の姿が通り過ぎていく。まさか9103、と邪推して、"フェンリル"というコールサインを持つ男の顔を浮かべた彼は苦笑を浮かべた。その苦笑が、凍り付いた。降下したかと思った敵機は、機体を急反転させて目前に迫っていたのである。
「何だ、こいつらは!?」
それはホーク4の叫びだったが、彼の問いに手向けられたのは機体を容赦なく切り裂く機銃弾の雨だった。断末魔の絶叫をあげるホーク4のキャノピーが血に煙り、機首から蜂の巣にされたF-15Cの機体がバランスを崩して降下していく。何とか攻撃を回避したローゼズは、ホーク4を屠って直進する敵の後背にへばり付こうとした。部隊章や国籍すら分からない戦闘機は、いずれも純白に機体を染めた前進翼の機体であった。再び機体に警報音。どうやら囲まれてしまったらしい。9103が、異変に気が付いてくれればいいのだが……。ローゼズは淡い期待を抱きながら、自分を取り囲んだ敵部隊の攻撃からひたすら逃げ続けなければならなかった。
「友軍機1機、撃墜されました!」
ザウケン少尉の言うとおり、コントロールを失ったF-15Cが煙を吐きながら降下していく。コクピットの辺りが蜂の巣になっているようで、あれではパイロットの生存は期待できなかった。レーダーは依然復調する兆しも無く、僕らの無線すら雑音混じりとなっている。この近辺にECMを撒き散らす迷惑な敵機がいるためだったが、一体どこから敵はやってきたというのだろうか。ザウケンは初めて体験する実戦の前に青ざめているのかもしれないが、意外と本番度胸はあるようだ。少なくとも、僕よりは冷静であることは違いない。それがガイヤ大尉や僕と一緒にある、という外的要因もあるのかもしれないが。
「フェンリルよりケルベロス、いつも通りだ。スレイプニルは俺に付いて来い、筆下ろしのエスコートをしてやる。必ず生還させるから、離れるんじゃないぞ。ケルベロス、任せた」
「ケルベロス了解!」
スロットルを叩き込み、不安を振り払うように僕は機体を加速させた。僕の目前では、戦闘機の排気煙と、AAMの吐き出す細い煙が複雑なループと曲線を空に刻み付けていた。白い機体が3機、F-15Cを追いかけ回している。最早一刻の猶予も無かった。僕は最も距離の近い敵戦闘機に対し、レーダーロックをかけた。凄まじい、と表現するのが適切のような機動を見せる敵の翼は前進翼。以前の航空ショーで何度か見たことのあるその機体は、確か「ベルクート」と名付けられていたはず。ユーク空軍の次期支援戦闘機の開発コンセプトの一つとして開発が進められていたはずだが、まだこの機体を正式に採用している国は無かったはずだ。それが実戦装備で、何故ここに?新手の出現に気が付いた敵機は、僕が発射トリガーを引くよりも早く機体を急上昇させ、ロックから難なく逃れていく。だがそのことで包囲網に突破口を見出した僕は、戦場の真っ只中に飛び込んでいった。F-15Cは何発かの直撃を受けながらも、致命傷は負わずに飛行を続けていた。機体の尾翼に描かれたマークは、見覚えのあるものだった。
「ローゼズ大尉、ご無事ですか!!」
ECMがいくらか弱まったのか、無線がかろうじて聞き取れる程度に回復していた。かつての隊長機は薄煙を引きながら、ロールを鮮やかに決めて僕の側へと並んだ。突然の侵入者に陣形を乱された敵戦闘機は、再び分散して僕らを包み込もうとしつつあった。ジャミングの影響を受けて乱れるレーダーには、僕とローゼズ大尉の他に3機、そして輸送機へと向かったガイヤ大尉たちの回りにも2機!
「遅いぞアネカワ!……と怒鳴っても仕方無いな。よく戻ってきてくれた!」
追撃から逃れ、牽制しつつ僕らはガイヤ大尉たちと合流すべく飛行を続ける。
「他の機は!?」
「ホーク4はやられちまった。ホーク2は輸送機と一緒にいたが、無事かどうか。ホーク3……畜生、アップルルースの馬鹿は一人で逃げやがった!」
レーダーロックを継げる警告音が鳴り響き、僕と大尉は機体を散開させた。発射されたAAMが真っ直ぐ空を切り裂き、つい先ほどまで僕らがいた空間を通り過ぎていく。こいつら、プロだ。3機の白い戦闘機は、互いに連携しながら僕らを追い詰めようとしている。だが、YF-23Aが付いていけない機動ではない。僕らの側を通り抜けた一機の後ろを取り、僕はへばり付いた。エアブレーキが一気に開き、敵は急減速をかけてきた。この間の応用、とばかり僕は機首を跳ね上げ、スロットルを一気に落とした。そのまま機体をロールさせて、再び敵の背後を捉える。スロットルをMAXに叩き込むと、心地良い震動がコクピットを震わせ、瞬く間に速度が上昇していく。ミサイルでの攻撃は難しい、と悟った僕は、モードを機銃に切り替えた。照準レティクルになかなか嵌ってくれない敵機を追いかける。機体を逆さまにしてループしていく敵の後背を取った僕は、機体の急制動で減速した隙を見逃さなかった。トリガーから放たれた機銃弾は敵機の白い主翼と胴体に穴を穿ったが、撃墜には至らなかった。が、戦闘力を奪った事は言うまでも無い。薄煙を引きながら、長居は無用、と反転する。さらに追撃しようとしたが、背後に付いた敵のレーダー照射警報によって、第二撃は断念せざるを得なかった。
「右へ旋回しろ、アネカワ!今だ!!」
ローゼズ大尉の声に、僕はすかさず操縦桿を引き機体を右旋回させた。後方の敵のさらに後ろに付いた大尉のF-15Cが機関砲弾の雨を降らしたが、敵機は機体をロールさせて難なく回避していく。
「助かりました!」
「何の、見事だよ。だが、こっちは駄目そうだ。燃料が無い。タンクに大穴開いたみたいだな」
確かに、機体にはいくつもの穴が穿たれている状況では、燃料タンクが破損している可能性は低くなかった。その状態でも飛行出来るのだから、F-15Cの耐久性は折り紙つきと言ってよいのであるが。だが、その耐久性を以ってしても、ローゼズ大尉の機体は限界が近づいていた。
「すまんがアネカワ、出迎えのヘリと新しい機体を準備しておくよう、マクネアリに連絡してくれ。なに、ここいらなら凍死することもないだろうしな。パイロットが生還すれば大勝利!昔世話になった鬼教官の言葉を実践させてもらうぜ」
「お気をつけて、隊長」
「それはこっちの台詞だ。まだ敵は側にいるんだからな。生き残れよ!」
キャノピーが弾け飛び、次いで座席が虚空に打ち出される。操り手を失ったF-15Cがふらふらと頼りなく直進していく。大尉を巻き込まないよう旋回した僕の頭上をAAMが駆け抜け、主を失った機体を打ち砕く。正直なところ、驚きだった。既に勝敗が決した相手に対し、さらにミサイルを撃ち込むのは尋常じゃない。それじゃ、ただの殺戮だ――そう思った刹那、無線越しに聞こえたのは、おぞましい、という表現が相応しい、冷たい氷のような低い声だった。
「戦いに負けた者に与えられるのは死のみ」
僕に向かってきた2機。ヘッドオンで放たれた機関砲弾を旋回しながら回避して、ループ状態から反転する。敵機はその先で二手に分かれ、一機は再び僕に狙いを定め、一機は降下を開始した。不吉な感覚に囚われた僕は、降下した一機の方向へ向けて加速した。
「やめろぉぉぉぉぉぉっ!!」
僕の絶叫は味方には聞こえていても、敵には決して届かなかっただろう。だが、それでも叫ぶしかなかった。あろうことか、降下した敵機は、パラシュートで降下中のローゼズ大尉を狙ったのだ。逃げようのない大尉は、声も無く機関砲弾のミキサーにかき回され、白いパラシュートにまでその血飛沫が弾け飛んだ。パラシュートは相変わらずゆっくりと降下をしているが、その根元にあったはずのものは原形を留めず、有機物の塊と化した胴体がかろうじてぶらさがっているだけだった。僕は信じられず、ゆらゆらと降下していくパラシュートを見ていた。つい今さっき、「生き残れよ」という言葉を残し、僕の恩人は逝ってしまった。それも、脱出したパイロットを攻撃するという、野蛮な攻撃のせいで。カッと頭が熱くなり、胸元から言い様の無い、熱い塊が迸ってくる。恩人を殺された怒り、恩人を守ることすら出来なかった怒り、隊長を守ることも放棄して逃げおおせたアップルルースに対する怒り、それらが理性のヒューズを弾き飛ばしていった。
パラシュートの周りを旋回して戦果を確認している敵機に、僕は襲い掛かった。激しいGによって、視界が時々黒くぼやけていくが、そんなことも感じないほど僕はキレていた。不思議なことに冷静に数値を読み取って操縦桿を操っているのに、身体の中ではマグマがたぎるような感じだった。憎たらしいほどに綺麗な旋回でロックを外していく敵機に業を煮やした僕は、特に狙いを定めずAAMを解き放った。誘導もなく直進したAAMだったが、敵の進行方向を変えさせるには充分だった。左へとブレークする敵機を見て、僕は機銃のトリガーを引いた。右のエンジン目掛けて機関砲弾が殺到し、装甲とエンジンを引き裂いて鉄屑へと変えていく。機体を降下させながら弾幕を回避した敵は、損傷したエンジンから黒煙を吐きながら離脱を開始する。逃がすものか。大尉の仇。その途端、レーダーロック警報がコクピットに響き渡った。もう一機の敵機が、僚機を狙う僕の背後に付いていたのだった。
「邪魔をするなぁぁぁっ!!」
「馬鹿野郎!お前一人で戦争やっているんじゃないんだ。目を覚ませ!!」
僕の怒号は、それより音量も質も上回る怒号にかき消された。冷や水をかけられた気分になって辺りを見回すと、既に敵の姿は無くなっていた。僕にレーダーロックをかけたのは、ガイヤ大尉だった。輸送機を狙った敵を蹴散らした大尉たちが、引き返して来てくれたことさえ、僕は気が付いていなかったのだ。ホーク2とザウケンも一緒だった。改めて現実に引き戻された僕は、黒煙を吐きながら離脱していった敵の姿を睨みつけて、唇をかんだ。
「申し訳ありません……ホークリーダーは……」
「ケルベロス、いやアネカワ、貴官のせいじゃない。貴官たちが来てくれなかったら、私たちは全滅していたはずだ。敵が私たちより遥かに上手だったということだ……悔しいけどな……」
パラシュートはまだゆらゆらと降下を続けている。その光景を目の当たりにしたザウケンが息を呑むのが分かった。
「おまえのせいじゃない、ケルベロス。それよりも今はだな……」
何かガイヤ大尉が言いかけた刹那、無線のコールが鳴った。電波妨害が止んだことでレーダーがクリアになり、友軍機の数が減っていることに仰天したコントロールが僕らを呼びつけているのだった。
「こちら、マクネアリコントロール。410、9103、ホーク3から敵機襲撃の報告を受けた。状況を直ちに報告せよ。待機中の335飛行隊を場合によっては向かわせる」
トゥー・レイト。大事なときには常に間に合わない。今更スクランブル飛行隊を飛ばしてどうなるというのか。飛ばすのなら、レーダーに障害が出て友軍機との更新が途絶えた時であるだろうに。
「……こちらホーク2、ホークリーダー、ローゼズ大尉は戦死された。ホーク4も同様だ。9103の支援により、マクネアリへの輸送部隊は守りきった。時にコントロール、ホーク3は健在のようだな?」
「そうだ。隊長より緊急事態を告げるよう、基地へと急行を命じられたと言っている」
開いた口がふさがらないとはこのことを言うのだろう。守るべき輸送機も、共に戦うべき仲間も見捨てて遁走した挙句、自らの敵前逃亡を正当化して見せるとは。小悪党の悪知恵の弄しようには最早笑うしかなかった。こんな男のために、ローゼズ大尉たちは犠牲になったというのか。これほど性悪なバークレスを目の前で見せられる羽目になるとは。
「……マクネアリコントロール、こちら9103飛行隊、ガイヤ大尉だ。ホーク3は敵性スパイの恐れがある。現に、未確認部隊の攻撃を受けながら無傷で逃亡し、襲撃が終わる頃に報告を寄越しているんだ。そうでなくても、上官命令を無視し敵前逃亡したのは事実だ。着陸後速やかに身柄を拘束することを要求したいものだな」
「何だって!?……そうか、そういうことか。了解した、9103」
アップルルース中尉に対する不信は、今や基地の共通の認識となっているようだった。それにしても、敵性スパイとは奴にお似合いの濡れ衣だ。だが、遅過ぎる。奴のせいで、助かる命が無駄になり、オーシア空軍はまた貴重なベテランを失う羽目となったのだから。その穴を埋めるのがあの野郎じゃ、笑い話にすらならない。奴の命運が途絶えただけでも幸いとしなければならないのか。今頃になって、涙が浮かんできやがった。
それにしても、あの戦闘機はどこからやって来たんだ。機体を白く染めた、まだどこの国も正式採用していないはずの「ベルクート」。既に飛び去った戦闘機たちの翼跡は既に消え去り、今となっては掴みようも無い。悔しさと哀しさが同時に訪れて、僕は唇をぐっと噛み締めた。錆びた鉄の味が口に広がっていったが、声にならない叫びを誰にも聞かれたくなかったから。
未確認機との戦闘を終えたYF-23Aチームが無事に帰還する姿を見て、ウォーレンは安堵のため息を吐き出したものだった。いくら相性が悪いガイヤ大尉とはいえ、同じ部隊に属する者同士、いざとなれば共に戦う戦友の死を望むような者は普通いないのである。綺麗に着陸を決め、機体から降りてくる三人の姿を見て、改めてウォーレンはほっとしたのであるが、初陣だったザウケンに対し、アネカワは唇まで真っ青になっていた。幾度も実戦を経験している彼がそんな状態にあることに少し驚いたが、ガイヤ大尉がいつになく静かに「先に休んでろ」と彼に言うのを見て、何か尋常ならざる事態が発生したのだ、と彼は確信した。
「何か……あったみたいですな」
「ああ、飛びっきりの嫌な出来事がな。あいつにとっては気の毒なことになっちまった」
珍しく、ガイヤ大尉は嫌な顔一つせず応じた。この基地に来て、初めてのことなのでは、と彼は思った。
「詳しいことは後で実際の映像見ながらにしようや。なあ、ウォーレン、Su-47を実戦配備した部隊の話、聞いたことあるか?」
「ガイヤの旦那、そんな最新鋭機、俺たちみたいな試験部隊でなければ使っているわけないじゃないですか。そもそもF/A-22だって、ごく一部の部隊しか運用していないじゃないですか」
「グレッグ、実際に敵さんがSu-47を使っていたんだよ。それも見事な腕前の連中がな」
ガイヤ大尉は忌々しげに空を見上げた。Su-47、ベルクート。S-37の名前で開発されていたその機体を、ウォーレン自身も航空ショーで見たことがあったが、少なくとも彼の知る限り、オーシア空軍でSu-47を運用している部隊は存在しない。そもそも、Suシリーズはユークの戦闘機だ。向こうで正式採用していないような代物を、オーシア軍が採用することなど有り得なかった。だが、ガイヤ大尉たちは現実に敵として飛来したSu-47を見たと言う。またか、と彼は思った。表面上では分からないように、舞台の裏側でまた何かが進められているという不安。彼自身は、部下に対しても同僚に対しても公明正大に振舞うことを役目として実践しているつもりだが、世の中はそう考えない人間がまだまだ多いらしい。
「ガイヤ大尉、X-29Aとかではないのか?私の知る限り、Su-47を配備したオーシア軍の話など聞いたことも無い」
「俺も信じ難いんだがな、後で映像見れば分かるけど、Su-47だったぜ。ちょっと待てよ?白い塗装に強烈な電子妨害、あのクセのある戦闘機動……いや、まさかな。そんなことがあるわけもないか。オーシアでもなく、ユークでもない、しかし或いは……」
彼の呟きは独り言だったのかもしれない。だが、ウォーレンはガイヤ大尉の言いかけた先が分かってしまった。オーシアでも、ユークでもなく、強力な航空兵力を有する――いや、有した国――ベルカ。そもそも、何故始まったのかも分からない戦争自体が不自然なのだ。もし、オーシアもユークも、何かに操られて戦争を続けているのだとしたら……そこまで考えてウォーレンは思考を止めた。そこから先は国の指導者たちが考えればいいこと。一部隊の一士官ごときが考えるような事では無かった。息苦しくなって、ウォーレンは空を見上げたが、そこも分厚い雲が迫っていた。この辺でも軽い積雪があるかもしれない、天気予報はそう言っていた。部隊を覆いつつある「謎の戦闘機部隊」への不安がまるで具現化したかのように、彼には思えてならなかった。