夕焼け空を炎で染めて
慌しく新たな配属地――エルアノ基地へと移動した僕らは、前よりもさらに寒い基地の環境に順応する暇も与えられなかった。整備班がとりあえず機材を積み込んだC-130を護衛しながらのフライトは、突貫作業が災いして機内の重量バランスが滅茶苦茶だった一機の輸送機のペースダウンによって、見事到着時刻は遅延してしまった。到着時刻を何度も変更された誘導員たちの視線がどことなく痛かったのは止むを得ないことだった。基地の設備は以前の基地よりはまともだったし、かつては前線基地の一つだったこともあるのか、雰囲気はピシッと引き締まった感がある。もっとも今日の戦闘では使用されることも少なく、基地司令官に至っては前の基地からそのままロックウェル司令が転属、ということなので、基地ごと新しい場所に移って来たという表現は正しかったのかもしれない。この間までの基地は、再び配属部隊のない予備基地に逆戻りしたというわけだ。
当面の間エルアノ基地をベースとして訓練でも行うのかと思いきや、僕らには空母カノンシードに乗っての哨戒任務がいきなり待ち受けていた。だが、本来有り得ない形での運用――つまり、海軍の持ち物である空母に、空軍所属である9103飛行隊が配備される、という形態の弊害が早くも発揮され、空母カノンシード宛に送られた哨戒任務指令が、クライスラー大佐には届けられていなかったのだ。当初、厳格な大佐はもちろん「空軍司令部からの命令は受け取っていない」と頑として9103飛行隊の配備を断っていたのだが、アルウォール艦長が直々に大佐に頭を下げるとあっては、生来の厳格さも折れざるを得なかった。それでも、空母の離発着に不安が大きいグレッグ中尉とザウケン少尉を待機要員として確保したのは、大佐のせめてもの意地が発揮された結果かもしれなかった。だが、現実問題として二人は離発着、特に着艦の実地訓練が必要な状態であり、いきなりの出撃には耐えられないのも事実であり、二人にとってはある意味幸運だった。不幸だったのはむしろ僕を含めた4人と整備兵たちで、到着するや否や自分の荷物を整理する暇も無くカノンシードに乗艦させられる始末。しかも、僕らは自分の乗機を自分たちで運ぶ――要は着艦させる羽目となり、部隊移動の困難を考えもしない本部の作戦指令に呪いの言葉も漏らしたくなるのだった。
空母カノンシードの甲板下、艦橋から近い区域に設けられたブリーフィングルームは幾分基地のものよりは狭かったが、その分椅子の質と設備が高いものだった。案内がいないと相変わらず迷いそうな艦内を移動した僕らは、そこでようやくこの船の主、レスター・アルウォール艦長と対面することになった。二十代半ばと見える副官を連れた艦長は、大柄な身体を海軍の制服で包み、赤銅色に焼けた肌は、艦長というよりは大昔の海賊船団の頭領のような雰囲気を醸し出していた。本来なら艦長ではなく、航空隊の上官から命令が伝達されるものであるが、僕らの上官たるクライスラー大佐はエルアノ基地に留まっているし、カノンシードの航空部隊は既に壊滅し、要員がいないのだそうだ。
「船酔いは大丈夫かね、諸君?着任早々の任務で申し訳ないが、軍司令部から本艦はオーシア北方空域の哨戒を命じられている。11月29日、明後日の夕刻からノーベンバーシティで開催される副大統領閣下の平和式典に備え、領空の警備を強化することが目的だ。グラハム中尉、地図を出してくれ」
無言で頷き、グラハム中尉が操作すると、壁面に設置されたディスプレイにオーシア北部の地図が投影された。副大統領閣下、と聞いて反応した僕をガイヤ大尉が苦笑しながら見て、口に指を当てた。ディスプレイにはカノンシードの航路予定図が表示され、僕らの作戦行動エリアが提示されていく。そして、その範囲の広さに開いた口がふさがらなかった。航空部隊をフルで搭載しているならばともかく、たった4機の戦闘機と空母と護衛艦一隻、例えミニ・イージス・システムを搭載している護衛艦「レッドアイ」の能力を以ってしても対応出来るようなものではなかったのだ。
「……ご覧の通り、司令本部はこんなに広い地域を警戒しろ、との仰せだ。どうやら参謀本部の人間が随分入れ替わって、現場の状況も分からないようなのが参謀をやっているらしい。とはいえ、明確な判子付きの命令であるからには従うのが軍人だ。明日から早速君たちには艦への習熟のためにも飛んでもらうことになる。」
「艦長、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
挙手したのはウォーレン大尉だった。
「これほどの広範囲の哨戒を現有戦力で行うのは不可能です。単機行動であれば多少は拡大できますが、近場の航空部隊や海上戦力の応援を求めるべきかと思われます」
「全くその通りなんだよ、ウォーレン大尉。だから、この哨戒範囲は全く無視することにした」
「は?」
ウォーレン大尉の顔が困惑に歪む。それを面白そうにアルウォール艦長は眺めていて、隣に座っているグラハム中尉は「またか」というように額に手を当てて首を振っていた。艦長に促された中尉は、さらに端末を操作した。ディスプレイに表示された哨戒範囲の図がどんどん窄まっていき、残ったのはL字型の、しかも西側の範囲のみとなった。最初の物と比べたら、1割程度もないだろう。ガイヤ大尉が愉快でたまらない、とばかり笑い出す。ウォーレン大尉が非難するような目を向けるが、ケネスフィード中尉ですら口元に笑みを浮かべているので、何とも情けない顔になった大尉は前を向いてしまった。
「大体だな、副大統領閣下の演説を聞いて攻撃してくるのはユークしかいないわけだ。ならば、彼らが侵入してくるであろうルートだけ見張ってれば事足りる。まあ、あの閣下の事だ。平和式典といいながらアジ演説をぶつのが関の山だろう。その馬鹿な息子に煮え湯を飲まされた君らとしては承服しがたい任務かもしれんがね」
「艦長!」
「まぁ、そう言うな、グラハム君。ここにいるのは私たちだけなんだからね。そこで"上官殺し"に問いたい。こういう場合、君ならどうするかね?」
ぴくり、とガイヤ大尉の眉が動くのを僕は見てしまった。"上官殺し"?ウォーレン大尉も知らなかったのだろう、呆然としたような顔でガイヤ大尉の顔を覗き込んでいた。ケネスフィード中尉は何か知ることがあるようで、さっきまでの笑みを消して視線を外している。
「……その呼び名は勘弁してもらいたいところですが、自分ならば何もせずに昼寝しとりますな。仮にユークの連中が攻撃をかけてくるにせよ、相互に軍事衛星を打ち上げて互いを監視しているんだ。こちらのレーダーが把握するよりも早く、情報を察知する人間がいるはず。それからアクションを起こしても間に合う位置を確保しておけば、迎撃は充分に可能です。もっとも、本音は攻撃を放っておいて、戦争キチガイには名誉の殉職をして頂いた方がこの国の為と思いますな」
「全く同感だ。さて、大尉の言うことに私も賛成だよ。ただ、昼寝はお預けにさせてもらおう。明日については本艦からの離陸並びに着艦の訓練と、クライスラー大佐から頼まれている空戦データの収集をこなしてもらう。明後日はショー・タイムになったら活動開始と行こう」
グラハム中尉の操作に合わせて、哨戒空域のデータが提示されていく。もっとも、このコースでは大幅な北回りとなり、オーシア国内に侵入するルートとしては使いにくいのだが、それ故に監視が甘いことを見抜いて敵が侵入コースの一つとして選ぶ可能性は確かに低くない。仮に攻撃がなくとも、その微妙な空域の下にオーシア軍の空母がいることは、ユークに対する牽制にもなるに違いない。艦長の立てた作戦計画は、本部の無理難題だらけの指令よりも、遥かに適格な判断であることに、僕は改めて感心させられることとなったのだった。
明日以降の作戦内容が伝達されてブリーフィングは終了した。艦長が戦争狂で無かったことは望外の幸運であったが、その艦長が口にした単語が僕の頭に引っかかっていた。「上官殺し」。尋常でないその呼び名を、ウォーレン大尉は少なくとも知らないようだった。直接聞いたところで教えてくれるはずも無かったのであるが。
日が傾いて幻想的な光景を作り出している空を切り裂くように、僕らの戦闘機が空を駆ける。艦長の宣言とおり、大統領の演説開始前まで待機していた僕らは、ようやく空に上がって"作戦空域"の哨戒に就いていた。2機ずつ分かれた僕らは、哨戒対象空域の南側と北側から進入して互いの持ち場を監視しているのだった。
「このまま何事もなく終わるんなら、丁度いい訓練なんだがな」
「そうですね……。スタジアムは市民で満杯って事でしたけど、副大統領の演説にそんなに人が集まるとは、ちょっと意外でした」
「同感だ。うちの国の馬鹿さ加減が分かっていいけどな」
キャノピーの外を通り過ぎていく光景は、カメラでもあるなら撮影しておきたいような空だ。赤く染まりつつある空と色づいた雲の織り成す景色は、この高度を飛行する機会が多いパイロットの特権だった。どこまでも続いているような赤い空。このまま何事も無く着艦すれば多少は休めるのかな、と思った矢先、無線のコール音が鳴った。カノンシードからだった。
「コントロールよりケルベロス、フェンリル、方位300方向から接近中の機影有り。そのままコースですと、間違いなくオーシア領内へと到達します」
カノンシードのオペレーター――驚いたことに、女性兵だった――、スマキア伍長の声が緊張したものになっている。まだ僕らの機体のレーダーでは捕捉出来ないが、それも時間の問題であった。
「コントロール、敵の数は?」
「それが、今のところこの空域に接近しているのが8機。さらに、我々の哨戒対象外の空域にも多数のユーク軍機が確認されています」
「ちっ、阿呆の副大統領め、自ら殉職の場を招きやがったか!おいケルベロス、付いて来い。一戦交えるぞ」
「ケルベロス了解!」
左に急旋回したガイヤ大尉の後を追い、僕も機体を傾ける。僕の機体のレーダーにも、ようやく敵影画映し出されていた。4機のダイヤモンドが二つ、方位300から接近しつつある。友軍のものでない反応が一刻ごとに迫りつつあった。
「9103、聞こえているな。交戦を許可する。各自の判断において兵装を使用せよ。全兵装の使用を許可する。必ず生きて戻れよ」
「フェンリル了解!艦長、お心遣いに感謝しますぜ!」
「敵部隊、針路に変更なし。方位300から直進中」
「こちらウォーレン隊。そちらへの合流まであと2分程度かかる」
慌しく交わされる交信に、戦場の真っ只中にあることを嫌でも認識させられる。ユーク軍の狙いが副大統領の抹殺にあるのか、それとも別の理由があるのか分からなかったが、タダで領空に入れてやるつもりは毛頭なかった。
「ケルベロス、XMAA発射準備!先行している4機から先に片付けるぞ!」
ガイヤ大尉の声に考えるより先に身体が動き、僕は火器管制モードを切り替えた。HUD上に表示されたレーダーロックレティクルが変化し、XMAAのロックが外れたことを知らせる。ステルス性を活用しての先制攻撃。現状では倍の戦力が迫っている以上、少しでも数を減らしておく必要があった。敵部隊に機首を向け、僕はHUDを睨みつけた。相対速度マッハ3以上でのヘッドオンだ。あっという間に敵の光点は僕らに向かって近づいてきた。そして、HUD上のレティクルがレーダーに連動して動いていく。射程内まであと少し……良し!レーダーロック!僕は操縦桿の発射ボタンを押した。機体下部のハッチが開き、投下されたXMAAのエンジンが作動して一気に加速していく。大尉と僕が放った4本のXMAAは白い排気煙を吐きながら真っ直ぐ伸びていく。
「ケルベロス、FOX3!」
「フェンリルFOX3!行くぞ、ユークの野郎ども!!」
ミサイルの接近に気が付いた敵機の編隊が崩れるや否や、2機の機影が消失する。それと同時に前方で爆炎が上がり、直撃を被った敵戦闘機――Su-27が砕け散った。僕は向かってくる一機に狙いを定め、機銃の発射トリガーを引いた。曳光弾の筋が敵機の機首に吸い込まれ、炸裂した。高速ですれ違った僕の後方で新たな爆発が起き、コクピットを粉砕された敵機が四散する。第一撃から逃れた一機には早くもガイヤ大尉がへばり付き、後背を追い回している。僕は第二派に狙いを定めた。既に前方の異変に気が付いた敵部隊は散開し、突如出現した敵への攻撃体制を整えつつあった。再びXMAAのレーダーロックをかけた僕は、ロックオンを告げた電子音と同時に再び2本のミサイルを発射した。そのまま上昇し、敵部隊よりも高い高度に到達するや否や機体を反転させた。直撃を受けた一機が主翼を吹き飛ばされ、きりもみ状態になりながら墜落していく。だが攻撃を回避した3機のデルタ翼――TYPHOONが散開し、僕を取り囲もうとしていた。レーダーロック警報音が鳴り響き、後背に付いた一機が僕に狙いを定める。やらせるものか!僕は機体を降下させながら旋回を繰り返した。胃が裏返りそうなGに耐えながら高機動を繰り返し、レーダーロックを交わしていく。電子音が止んだところで機体を水平に戻し、仕切り直す。そこにウォーレン大尉たちが殺到してきた。後背から現れたF/A-22は、TYPHOONのレーダーに捉えられるより先にAAMを放ち、直撃を受けた2機が豪快に吹き飛んだ。これで残るは一機、と楽勝気分に浸りかけた僕は、レーダーを見て冷や水をかけられたような気分になった。敵戦闘機はこれだけではなく、さらに新手が迫りつつあったのだ。
「ケルベロスより全機、敵の新手が接近中!数6、こいつら、早い!」
先ほどの連中を上回る速度で、新手は接近してきた。位置的にXMAAの使用が難しいと判断した僕は、旋回しながら敵の背後に回り込むことにした。やがて右方向を、敵機が轟音と共に通り過ぎていった。あのでかい機体は、Mig-31?レーダーに目を落とすと、通り過ぎた敵機は散開してゆっくりと旋回を始めている。直進性とスピードだけなら、YF-23Aに勝るあの機体では、一撃離脱戦法が必然的に取られる事になる。
「ランス3、フェンリルの援護に回れ!ケルベロス、フォローは任せろ!」
ランス1、ウォーレン大尉が僕の左翼に機体を付ける。大尉からロールして離れたランス3がガイヤ大尉と合流し、降下を開始した。旋回を果たしたMig-31は2機ずつの編隊に分かれ、再び僕らに肉薄してきた。レーダーロックの警戒音が鳴り響くのを聞いた刹那、僕は機体をロールさせながら右旋回した。放たれた機銃を回避しながら旋回を終え、真横を通り過ぎたMig-31の後背を取るべく、スロットルをMAXに叩き込む。弾き飛ばされるように機体が加速していくが、Mig-31はそれを上回る加速で僕らを引き離しにかかる。現実に目の当たりにすると、その推力には舌を巻くしかなかった。左で炎が煌いたと思うと、ウォーレン大尉の放ったAAMが真っ直ぐと伸びていく。ミサイルの接近に気がついた敵機が散開し、ミサイルを回避すべく左右に旋回を開始した。好機!同様に散開した僕らは、旋回性能の悪いMig-31の後背に回り込んでいた。罠に落ちたことを悟った敵機が機体を反転させるが、それによって減速した隙を逃すわけには行かなかった。一気に接近した僕は、逆に一撃離脱をしかけた。追い抜きざまエンジン部分目掛けて機関砲を乱射し、一気に加速して上空へと退避する。エンジンから黒煙を吐き出したミグのキャノピーが跳ね上がり、パラシュートの花が咲いた。まずは1機!
「ケルベロス、後ろに1機へばり付いた、かわせ!!」
ケネスフィード中尉の怒声。直後ミサイルの接近を告げる警報が鳴り響き、僕は機体をさらに加速させた。Gが機体を軋ませ、ブラックアウトしかかるのを耐えながら、ハイGロールを繰り返す。何度目かの旋回でミサイルの追尾を振り切ったときには、パイロットスーツの下のTシャツの背中が冷や汗で湿っていた。だがその間も後背の敵機は離れず、僕を狙い続けていた。しつこい奴だ!!スプリットSで機体を反転させ、戦いを続けているウォーレン大尉たちと合流しようとするが、巧みにスロットルを駆使するMig-31はなかなか離れてくれなかった。推力の差は如何ともし難く、僕はもうなるようになれ、とばかり機体をさらに加速させた。ガイヤ大尉の機体から放たれたAAMが獲物の後部に突き刺さり、虚空に派手な爆発が炸裂する。飛散した機体の部品を回避しながら急旋回してようやく追撃を振り切ったとき、敵部隊は3機にまで減っていた。1機だけ生き残ったTYPHOONが、2機のMig-31に囲まれるようにして編隊を組んでいる。まだやる気なのか……。そう思う刹那、3機は踵を返した。殿の一機が翼を大きく振って、先の2機をかばうようにして速度を落としながら飛ぶ。
「……もう戦う意志はないとさ。深追いも無用だろう。大体、ミサイルも残ってない」
「そうですね。付近に敵反応なし、何とかしのいだようですね」
ため息を吐き出し、生き残ったことに感謝する。14機中11機を4機で撃破。堂々たる戦果だったが、一体ユークは何のためにこれほどの部隊を動員させたのだろうか。その疑問の答は、スマキア伍長からの通信で明らかになった。ノーベンバーシティが襲撃されていたのだった。展示飛行で空域に留まっていた第108戦術戦闘飛行隊の奮戦によって敵部隊の撃退には成功したものの、マクネアリ空軍基地で事故が発生して支援が遅れただけでなく、何者かによる電子妨害によって、友軍の到着が遅れてしまったのだという。敬愛すべき副大統領閣下は御自ら脱出していた、というから、彼は自分の手で首を締めてしまったことになるのだろう。
「でも、皆さんが無事で良かった……カノンシードもそちらに向かっています。皆さんのお帰りをお待ちしております」
「よくやってくれた。しかし、噂に違わぬ腕前の猛者たちだな。正直、ここまでとは思わなかった。」
「多少はやりやすくなりますかな、艦長?」
「ああ、これで好き勝手も多少は出来そうだ。感謝するよ、上官殺し」
「艦長、止めてくれと言ったじゃないですか。そいつは、昔の話でさ」
気を抜いて甲板に突き刺さらないでくれよ、と笑いながら艦長が通信を終えると、虚空には再び静寂が戻ってきた。僕ら4機の他は、赤い空だけがどこまでも広がっている。でも、戦いを終えた僕には、その空が血塗られた不吉な空に見えてしまった。
「……ガイヤ大尉。我々は同じチームとしてこれからも共に戦うことになる。お互いにとって、隠し事は利益にならないと思う。艦長の言う"上官殺し"、とはどういう意味なんだ?」
口火を切ったのはウォーレン大尉だった。僕も知りたかったが、聞くことが出来なかった問い。鼓膜が破れるような怒号と共にガイヤ大尉の罵声が飛んでくることに身構えていたら、大尉はゆっくりと話し出した。
「……もう15年前のことさ。まだおまえらがジュニアスクールくらいの頃だ。ベルカでドンパチやってたのは、お前たちだって覚えているだろ?俺は当時、連合軍の空軍部隊の一員として、既に人殺しをしていたのさ。最後の戦いが始まったとき、俺の上官がとち狂いやがってな。南ベルカの生産基地の非武装地帯に攻撃を始めやがったんだよ。全てのベルカを根絶やしにしなければならない、ってな。そこには軍人なんかいなかった。いたのは、戦いの被害を受けないように、と身を寄せ合っていた女子供たちだった。逃げ惑う子供たち目掛けてバルカン砲のシャワーを浴びせる隊長が許せなくてなぁ、気がついたらトリガーを引いちまってた。上官殺しは軍規の大罪だ。処刑も覚悟していたが、狂った人間の存在を認めるわけにはいかなかったんだろ。俺には一切お咎め無し、というわけさ。もっとも、万年大尉になっているのはそのせいかもしれんがな」
「……大尉は間違っていない。俺も同じ事をする」
「ありがとよ、ケネスフィード。まぁ、そういうわけだ。どうだ、ますます憎らしくなったろ、ウォーレン?」
ガイヤ大尉の声はいつも通りだったが、どこか昔の痛みを抱え続ける、普段の快活さとはかけ離れたような雰囲気が漂っていた。ウォーレン大尉はただ「済まなかった」と言った後は黙ってしまい、何となく気まずい空気が僕らの間を漂った。戦争の一場面に隠された、無数の悲劇。それを垣間見てしまったガイヤ大尉もまた、長い間苦しみ続けてきた一人なのかもしれなかった。大尉にかける気の利いた言葉も見つからないまま、僕らは沈黙を保ちながら帰るべき家――カノンシードへの帰路に着いたのであった。
この日、ユークトバニア空軍はノーベンバーシティで行われた平和式典自体の抹殺を試みたことが分かった。幸いなことに、第108戦術戦闘飛行隊のの必死の防戦によって市民の死者は一人も出なかったのだが、その代わりオーシア軍は貴重な人材を失う羽目となった。ユークに「ラーズグリーズの悪魔」と呼ばれる「ウォー・ドッグ」隊のアルヴィン・H・ダヴェンポート大尉が、この戦いで戦死したのである。アップルルースの演説に対し、「Journey Home」を合唱して戦争に「NO」を突き付けた市民たちに一人の犠牲も出すことなく、市民たちに最後を看取られたのだという。政府はユークトバニアへの報復を声高に叫んでいるそうだが、市民たちを守ることもなく真っ先に逃げ出すような人間に、市民が付いていく事はもうないだろう。だが戦争は続く。どちらかがどちらかを完全に呑み込むその時まで、こんな悲しいことが続くのだろうか。