電子妨害の向こう側


エルアノ基地の整備士詰め所の一角には、9103飛行隊の様々なデータから、個人の人には見せられない画像集まで保存されているサーバーが置かれている。その一角で、オズワルド曹長とマイカルが端末のディスプレイを覗き込んでいた。つい先程まで、9103の、というよりはザウケン少尉とアネカワ少尉の機体のデータをリアルタイムで表示し続けていたはずの画面は暗転し、何らかの妨害によってデータリンクが途絶したことを告げていた。
「ああっ、くそ!いいところだったのになぁ」
「壊れちゃいましたかね、アレ?」
「そんな簡単に壊れるような代物じゃないだろ。どちらかいうと、突然データリンクが途絶したような感じだった。墜落、という話を除けば、例えばECMで物理的に通信が不可能になったとか……」
マイカルは自分のノート端末を操作して、それまでの動きを再生し始めた。アネカワたちの機体に装着されていたアンテナのようなパーツの配線をバイパスして、基地のコンピュータにデータを飛ばすようにするだけでなく受信先を逆探知するための彼らの細工は途中までは順調で、そして予想とおり、いや、予想以上のデータを取得することとなったのだった。機体の中枢とリンクしたパーツは、ブラックボックスが集計しているのと同様のデータ、つまり、スロットルの開度や操縦桿の動作から機体の姿勢や緯度経度等のデータを発信し続けていたのである。だから、彼らはYF-23Aチームが高度を下げ戦闘空域を飛行しているということを、レーダーを通さずに把握することが出来ていたのである。恐らくはトライアングルを組んでいたのであろう安定した飛行データは、アネカワ機の突然の急旋回と急降下を告げた瞬間に途絶していた。
「なあ、マイカル。仮にだぞ、仮に俺たちが受信していたように、アネカワ少尉たちの機体のデータを受信している奴が他にいたとして、どのくらいの範囲でデータが拾えると思う?」
「そうだな……。無線によるデータリンクだとしたらそれほど広範囲ではないだろうけど、GPS――人工衛星を経由してもしデータを取っていたとしたら、物理的にはどこにいても可能だと思う」
そしてデータだけでなく、緯度経度から大まかな飛行空域を割り出すことも可能。車のナビゲーションシステムのようなもので、遠隔ナビのように地図と照らし合わせることも充分可能だ。いかにステルス性に優れレーダーの目を誤魔化せたとしても、現在地は割り出されてしまう。
「ちょっと待って、曹長。まさか、9103が敵襲を受けたとして、敵は私たちが受信しているデータをもとに位置を割り出したんじゃ……!?」
「それより、このデータが何で必要だったんだろう?マイカルは何も聞いていないんだろ?……となるとカスター部長たちの仕業ってことになるけれど……」
オズワルド曹長が、いつに無く険しい顔をしている。自分も同じようなもんだろう、とマイカルは思った。自分の勤める会社が一体何をしようとしているのか、勿論全てを把握する立場にないのは分かっている。だが、自分が関る仕事にまでこういう秘密主義がはびこるのは、決していい気分ではない。
「……おやっさんに伝えた方がいい。それも、うちの社員に知られないように」
「いいのか?」
「自己否定みたいで嫌だけど、真っ当なやり口じゃない。嫌な予感がするんだ。それに、私はアネカワ少尉たちが何かに巻き込まれるのだけはご免だ」
そう言いながら、彼は上司の、カスターの顔を思い浮かべていた。マイカルのチームとは別で編成された整備部隊、必ずカスター経由でもたらされるミッション内容、最近ではこの基地の司令官と共に基地を留守にすることが多いこと……既に何か面倒なことに巻き込まれてしまったのかもしれない、とマイカルは認識した。
レーダーも効かない雲の下、僕らは追撃を振り切ってゼラ島に到達していた。電子妨害は相変わらず続いていて、頼れるのは自分の眼のみ。そして今のところ、僕らの周りに戦闘機の姿は無い。撃墜されてしまった、という最悪のシナリオを除外すれば、互いに視界の効く雲の上にいると見て間違いないだろう。ガイヤ大尉から発光信号。――ジョウショウ、アトハマカセル、ハッポウキョカ――。機首を上げた大尉に続き、僕らは操縦桿を引いた。黒い雲が視界を奪ったのもつかの間、目の前が突然開け空の青が飛び込んでくる。その途端レーダーロックを告げる警告音が鳴り響き、僕は旋回してロックを逃れる。くそ、敵にはこっちの動きが見えているのか!?獲物を逃して体制を直そうとする敵は――Su-47!やはりこの間の連中だ。翼端から飛行機雲を引きながら旋回する様は美しくもある。そして、僕らが襲撃されたのと同様に、ウォーレン大尉たちのF/A-22も敵の包囲下にあった。ここに5機、僕らを追撃していた連中が合流していないとすれば、合計8機が僕らを襲撃した計算になる。それにしても、ステルスである僕らを狙ったのだとすると、一体どうやって?
僕はランス隊を追い回す敵の一つに狙いを定めた。既に安全装置を外したトリガーに指をかけ、Su-47の後背を狙う。ランス2――グレッグ中尉の機体は被弾しているのか、薄く煙を引いている。傷を負った獲物に夢中になっている敵の背中が、がら空きになっていた。照準レティクルを睨みつけ、僕は発射トリガーを引いた。曳光弾の筋が敵機に吸い込まれ、エンジン付近で火花を上げる。小爆発を起こしたエンジンが黒煙を吐き出し、操縦不能となった機体が追撃を断念する。難を逃れたランス2が僕の横にポジションを取る。キャノピー越しにグレッグ中尉が手を振るのが見えた。そのまま編隊を組んで、僕らは敵との距離を取ろうとして、空域に突入してくる新手に気が付いた。僕らを最初に襲った連中だった。長射程ミサイルに管制モードを切り替えた僕は、2発のミサイルを射出した。真正面から飛び込んでくるSu-47を照準レティクルに捉え、射程内へ入るのを待つ。一本はかわされたが、もう一本は回避しきれなかった一機の主翼を吹き飛ばして爆炎をあげた。反動で吹き飛ばされた機体が、千切れ飛びながら落下していくのを見たのもつかの間、僕とグレッグ中尉は敵とすれ違った。轟音と衝撃が通り抜けるのを確認して、反転した瞬間だった。
「グラム3、撃墜!」
「脱出を確…した。任務を…続せよ」
通信が聞こえる?だが聞こえてきた言葉を理解したとき、僕の背筋は凍り付いた。ユーク語ではなく、オーシア語でもない……ベルカ語。どういうことなんだ!?
「おい、ケルベロス聞こえるか!」
グレッグ中尉の怒声が久しぶりに聞こえた通信の復活を明らかなものにした。多少は影響を受けている、ということは電子妨害をかけている敵がまだ存在するということだったが、どうやら先ほど撃墜した敵が電子妨害――ECMポッドでも搭載していたのだろう。
「こちらケルベロス、ランス2、大丈夫ですか?」
「ああ、助けられちまったな。少し喰らったが、何てことはない。さあて、逆襲といくか!」
レーダーに目を落とすと、まだ影響を受けているレーダーに、うっすらと敵の光点が映し出されていた。僕らの機体とは違い、奴らの機体はステルスじゃない。だから、ECMを装備してきたのか?それとも何か別の理由があってか?反転した僕らは、ヘッドオンで突っ込んできた敵の機関砲弾を回避しながら散開した。その僕の背後に、上空から旋回してきた敵が喰らいついてくる。
「先日の借りを返させてもらうぞ、地獄の犬め!」
それはローゼズ大尉を攻撃した、あの低く暗い声だった。冷静でいたつもりの僕の思考回路が、瞬間的に熱くなる。
「何故撃った!機体を失ったパイロットに戦闘継続能力は無かっただろうに!!」
機体を思い切り旋回させながら叫ぶ。どうせ聞こえているんだろう、こっちの通信も!
「我らに逆らった者に与えられるのは死のみ。そして貴様も今死ぬ!」
反射的に機体をロールさせながら上昇する。一瞬前まで自分のいた空間を機関砲弾が切り裂いていく。急旋回を繰り返しながら振り切ろうとするが、向こうは巧みに速度を合わせながら僕の機体の後背を取り続ける。我慢比べとなってきた機動に耐え切った方が勝ちか!再び雑音が響きレーダーが消える。まだ残っている敵のECM範囲内に飛び込んだ証拠だった。レーダーロック警告音が鳴り続き、いい加減痛くなってきた耳にさらに追い打ちをかけるように甲高い警告音が響く。後方を振り向くと、Su-47の翼から白い煙が伸び、AAMが急速に接近しつつあった。くそっ!やらせるものか!!天地が垂直に立ち、雲と海とが視界を流れていく。急旋回を繰り返して、目標をロスとしたAAMの排気煙が真っ直ぐ伸びていくのを見て安堵したのも一瞬。敵を振り切れない苛立ちに背中が湿っていく。
「アネ………尉、右へ急…回!!」
かろうじて聞こえたのはザウケンの声。下方から接近したザウケンは、僕を追撃する敵めがけて突進した。予想外の攻撃に追撃を余儀なくされた敵が、上昇しながら回避する。そのまま上昇した彼は、ランス3を狙っていた一機にAAMを放った。直撃はしなかったが、至近でAAMの爆発を受けた機体から黒煙が吹き出し、同時にレーダーと通信が完全に復旧した。あれがもう一機の電子戦機だったか!これで数の上では対等。
「おい、ケルベロス、スレイプニル、無事そうだな。無事なら返答しろ」
久しぶりのガイヤ大尉の声だった。ウォーレン大尉たちも無事。手近のメンバーでトライアングルを組み直し、僕らは敵の姿を捉えた。白いSu-47が6機。僕らは互いに牽制しながら、そして距離を近づけていく。さあ、仕切り直しだ!!
互いにヘッドオンですれ違った僕らは、それぞれの獲物を狙って散開した。僕の獲物は、あの低い声の奴。あいつだけは許すわけにはいかない。機体に「035」とだけ書かれたナンバーだけを目印に、僕は仇敵を追いかけ始めた。今度は僕が追う番だ!レーダーロックの狙いを定め、ケツを突付く。上昇に転じた敵機は、そのまま90°上昇しながら高度を上げていく。負けじと追おうとして、僕は敵の意図に気が付いた。テールスライドを狙うつもりか。そうはいくものか。
「!?どこに消えた!!」
僕を見失った奴が先に降下を開始する。奴の死角で、僕は同じようにテールスライドに持ち込んだのだった。まんまと敵の後背を取った僕は、そのままレーダーロックを狙う。ミサイルシーカーがHUD上を滑り、久しぶりの心地良い音がコクピットに響き渡った。
「ケルベロス、FOX2!!」
軽い震動と共に打ち出されたAAMは、回避不能距離にいた奴の機体を直撃し、そして火球をふくらませた。引き裂かれた機体からエンジンの残骸が零れ落ち、吹き飛んだ翼が太陽の光を乱反射しながら落ちて行く。
「忌々しい劣等種めが……覚えていろ!!」
捨て台詞が聞こえると同時にキャノピーが吹き飛び、「035」のパイロットが空に打ち出される。僕はローゼズ大尉がそうされたように、バルカン砲で奴を切り刻みたい衝動に駆られた。恩人を惨殺したものには相当の報いを!そう考えて、そんなことをしたらローゼズ大尉が怒るに決まっている、と思い当たった。ため息を吐き出し、聞こえていないかもしれない敵に僕は一言だけ言い放った。
「それはこっちの台詞だ。次こそ必ず仕留める!」
ジャミングによって機能を失っていたレーダーが俄かに復旧し、艦内は途端に慌しくなった。狭いCICの中ではオペレーターの声が響き、再び捉えられた9103の姿に歓声があがる。アルウォールは6機の姿を確認して胸を撫で下ろした。良かった、無事だったか……。9103はそれぞれが敵との戦闘を繰り広げていて、レーダーの光点が頻繁に向きを変え入れ替わる。敵のデータは該当無し。オーシアともユークトも判別の付かない敵が、オーシア領内で戦いを繰り広げているのだった。
「こちらカノンシード、9103応答願います!9103、聞こえますか!」
ここはレッド・アイの艦内なんだが、とアルウォールは苦笑しながら、呼びかけを続けるスマキア伍長の姿を見た。レシーバーを当てながら、彼女は何度も呼びかけを繰り返していたのだ。
「……こちらケルベロス、アネカワです。現在、未確認機部隊と交戦中。3機を撃退しましたが、なお5機と戦闘継続中です」
返答はアネカワ少尉から。スマキア伍長が口元を抑えていたが、目元が少し潤んでいたようだった。伍長からレシーバーを受け取り、アルウォールはアネカワとの通信を開いた。
「ケルベロス、アルウォールだ。味方の損害は?」
「ランス2とスレイプニルが被弾しましたが、飛行に支障ありません」
「さすが……。クライスラー大佐の要請に応えて、近隣基地から応援部隊がスクランブル発進したそうだ。数分でそちらの空域に到達するはずだ。耐えられそうか?」
「こちらフェンリル、この程度でやられるようなヤワな奴は、私が始末しときます!」
敵の機影がさらに一機消失し、フェンリル――ガイヤ大尉機がウォーレン大尉のバックアップに付いた。何だかんだと言いながら、息のあった連携で残りの敵を彼らは追い詰めていく。形勢は逆転し、9103は敵部隊を包囲下に置こうとしつつあった。勝敗は決した。そう誰もが確信したとき、レーダー左下、方位210から新たな機影が出現した。
「方位210、敵影2!くそ、こいつもデータに無い機体だぞ!!」
レーダー担当が叫ぶのと同時だったろうか。先ほどと同じようにレーダーに斜線が入り、再び沈黙した。通信には激しいノイズが走り、再びECMがかけられたことを告げる。
「9103、応答してください、9103!!ケルベロス、聞こえませんか!?」
スマキア伍長が泣き声に近い声で呼びかけるが、返ってくるのはノイズのみ。舌打ちしながらアルウォールはレーダーを睨みつけた。
「艦長、今の新手、方位210から飛来しているように見ましたが……」
傍らにいたグラハム中尉が呟く。そう、後から出現した2機は方位210、つまりオーシア領内から飛んできたのだった。ユーク空軍機が上空の哨戒網を抜けて飛来するコースではない。だが、410飛行隊が襲撃を受けたときも、ユークトバニア方面から敵戦闘機が飛来した形跡が無いのである。そして今回の9103が受けた襲撃も、ユーク方面からでは余りに大回りであるし、仮にこのルートから侵入したところで、重要拠点からも遠いオーシア領内に遭えて侵入する意味はほとんど無いのである。だが、国内からなら話は違う。例えば、オーシア国内に潜伏した敵が戦闘機を運用しているなら、予想外の方向からの奇襲は可能だ。現実に、そこまでやる連中がいるのかどうかが問題だが――そこまで考えて、アルウォールは想像を中断した。今大事なのは、9103を危地から確実に救い出すことだ!
「戦闘区域以外のエリアの探索強化!近郊の基地にもさらに支援要請を出せ!!私たちの出来ることはまだまだある。9103を必ず帰還させるんだ!!」
形勢不利を悟ったのか、残存敵機は逃走を開始した。6機の敵に包囲され、電子妨害の隠れ蓑を失った敵は、それでも2機ずつ編隊を組んで牽制しながら方位180へと逃げていくのだった。推力的には互角のようだが、僕らの機体は燃料がそろそろ厳しい状態だった。追撃戦は不要――そこに友軍機が到着した。
「こちら空軍第655飛行隊、9103、遅くなった。追撃は任せておいてくれ!」
F-15Cが4機、僕らの前を通過して追撃体制に移る。
「こちら9103、ガイヤ大尉だ。救援に感謝する。後は任せて、俺らは夕飯にありつかせてもらうぞ」
だがその返答は、すっかり聞き慣れてしまったノイズにかき消された。くそ、この期に及んでまた電子妨害をかけて何の意味がある!既に655飛行隊の姿は見えず、レーダーも利かない状態では戦況の掴みようもなかった。と、空の一角で何かが煌いたように見えた。何だ?その光は一瞬後に膨れ上がり、空を真っ白に漂白した。あれは、655の向かった方角じゃなかったか。まさか脱出支援に弾道ミサイルでも発射したというのだろうか?
「……すか?9103、応答してください!こちらカノンシード、9103、応答して!!」
通信が回復し始め、最初に聞こえてきたのはスマキア伍長の叫び声だった。ミサイルロックの警戒音と同じくらい耳に響くが、度重なる電子妨害で所在が分からなくなっていた僕らを必死に呼び続けていてくれたのだろう。
「こちらフェンリル、嬢ちゃん、鼓膜が破れそうな程ばっちり聞こえているぜ。9103、全員無事だ!だが、救援に来た655飛行隊がどうやらやられちまったようだ。詳しい話は後だ。これより帰投する!」
「ランス1よりカノンシード、ランス2とスレイプニルが被弾している。念のため消防車の準備を頼む」
「こちらランス2、消防車はいらねぇから夕飯を二人分用意しといてくれ。さすがに疲れた!」
ヘッドホンに聞こえるのは、久しぶりに聞く人の笑い声だった。正体不明の敵、正体不明の攻撃。それも、オーシア国内での戦闘。考えることが余りにも多すぎて、正直頭がパンクしそうだった。でも、今日無事に生き残れたこと、そしてローゼズ大尉の敵を一応討ったこと、それだけのことを喜ぶことが、まだ僕には出来るのだ。張り詰めていた神経を少しずつほぐしながら、僕はほっとため息をついたのだった。

僕らの救援に来た655飛行隊が、飛来した巡航ミサイルの誤爆によって全滅した、という話が届いたのは翌日の朝だった。その話を伝えるクライスラー大佐自身が全く信じていない、という顔をしているのだから、その話が嘘と誰もが見破ったろう。得体の知れない不安と疑問が、僕の頭から離れない。だがその疑問は、意外な形で解けることとなった。取り返しの付かない、痛みを伴って。

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