回り始めた謀略の歯車
カノンシードに帰還し、ブリーフィングルームに呼ばれザウケン少尉の戦死を告げ、アルウォール艦長が僕の肩を軽く叩いて退出したときも、甲板で泣いていたスマキア伍長に詰め寄られたときも、感情が麻痺したのか、涙が一滴も出てこず、僕は淡々と繰り返し事実を告げるしかなかった。どうしてこんなことばかり続くのですか、という伍長の問いに僕は何も答えられず、彼女が泣き止むまでの間、周囲の冷やかしと「役得だな」と笑う甲板要員たちに苦笑いして応対していた僕は、冷血の人間になってしまったのだろうか……?伍長が気を取り直して艦橋に戻るのを見送ってから、僕は自分の部屋に戻った。疲労感が心と身体を満たし、ベットの上に転がると頭から毛布を被った。今頃、僕の機体のガンカメラの映像を取り出して、ザウケンの命を奪い取ったあの攻撃を艦長たちも目の当たりにしているのかもしれないが、僕の頭の中ではそんなことをせずとも、あの光景が焼きついて離れなくなっていた。光と衝撃の嵐が膨れ、滑走路を、管制塔を、ハンガーを、そしてYF-23Aの機体を引き裂いていく。ベットに転がしてあった携帯プレーヤーのヘッドホンを耳に当て、寝てしまおうとしたが、今日ばかりは聞き慣れたロックのサウンドも睡眠薬にはなってくれなかった。
少し控えめのノックが聞こえたのは、毛布を被ってどれくらい経ってからだろう。ひょっとしたら、気が付かない僕を待ってくれていたのかもしれない。ヘッドホンを外した僕は毛布をとりあえずベットに投げ、来客を迎えた。グレッグ中尉が、瓶をぶら下げながら立っていた。
「すまないな、こんな時間に」
「いえ……どうぞ、散らかってますがお入りください」
消していた照明のスイッチを入れる。グレッグ中尉は手近の椅子を取って、どすん、と座り込んだ。僕はベットに腰を下ろした。一方のグラスを突き出されて受け取ると、彼は瓶の蓋を開けて琥珀色の液体を注ぎ込んだ。芳醇な香りが鼻腔をくすぐったが、その量は美酒を楽しむ、というには量が多すぎていた。自分のグラスにも手酌でウィスキーを注いだグレッグ中尉は、そのまま無言でグラスを傾けた。
「なぁアネカワ、お前、ザウケンが死んだのは自分のせいだと思ってないだろうな?」
グラスを傾けようとした手がピタリと止まってしまい、僕はグレッグ中尉の視線を外せなくなってしまった。彼は再びグラスを傾けて、琥珀色の液体を流し込んでいく。ふう、とため息を吐き出し、僕を睨みつけるようにして彼は言葉を続ける。
「頼むから、思い上がらないでくれよ。自分がしっかりしていれば、あのとき違う判断をしていれば。現実にそう出来ないから、喜劇も起これば悲劇も起こる。だから現実を見ろ。後悔をいくらしたところで、死んじまったザウケンは戻ってこない。それとも、お前が後悔を続け、自分の判断が誤りだったと自分を責めつづければ、奴は生き返るのか?」
グレッグ中尉の問いは正鵠を得ていた。中尉の言葉がぐさり、と心の奥に突き刺さる。グラスの残りのウィスキーを飲み干し、またも手酌で二杯目を注ぎこんだ彼の顔が、幾分穏やかなものになった。
「……お前だけでも無事に戻ってきてくれて、俺たちは嬉しいよ。ザウケンが死んだのは、お前のせいじゃない。ユークでも無い敵が、ザウケンの命を奪いやがったんだ。月並みな台詞で悪いが、後悔と自責の念で潰れていくお前を見て、ザウケンが喜ぶとでも思うのか?あいつの分まで、しっかり生きろ。それが生き残った奴が絶対にしなければならない、お約束だ」
飲めよ、と目で言う中尉に促されて、僕はグラスの液体を流し込んだ。強烈なアルコールが喉を焼き、僕はむせ返った。呼吸が中断され息苦しくなり、涙が浮かんできた。あれ、おかしいな。枯れたと思っていたのに、今頃になって、しかもむせ返ったくらいで涙が出てくるなんて。一度決壊してしまえば、後はもう流れるままだった。昼間せき止めていた分が、一気に流れ落ちるように僕の目から零れる。もう一度、今度はゆっくりとグラスを傾けて、琥珀色の液体を流し込む。熱い感触がゆったりと胃に落ち込んでいき、染み渡っていく。凍り付いていた体と心が少しずつ溶けていくような感触。二杯目をぐいっ、と呷ったグレッグ中尉は立ち上がり、肩を震わせている僕の頭をぽん、と叩いた。
「溜め込んでいたもの、全部流せるときに流しちまいな。……今日はお疲れさん。これ、置いていくから飲んでくれ。明日のお前さんの仕事は俺がやっておく。たっぷり飲んで、明日はひっくり返っているといいさ」
無骨な中尉の優しさが伝わってきて、余計に泣けてきた。照れ隠しだろうか、頭を掻きながら中尉が出て行った後、僕はもう一度彼の言葉を反芻してみた。"あいつの分まで、しっかり生きろ"――そうだ、ザウケン、済まないけど、僕はまだそっちに行くわけにはいかないよ。君を、いや、あんな危険な兵器を、あの男の手に渡したままには出来ない。放っておけば、もっと多くの人々が、奴の掲げる正義とやらによって傷つき命を失うことになる。だから、必ず仇は討つ。空っぽになりかけてきた心と頭に、ようやく火が灯り始めた。そう、僕は生きている。もう何も出来なくなってしまったザウケンとは違い、僕はまだまだ出来ることが一杯あるんだから。
ザウケン少尉、帰還せず。アルウォール艦長からそう告げられたとき、クライスラーはさすがに返す言葉を見つけられなかった。9103飛行隊の機体に装着された疑惑のパーツについてカカズ整備班長から報告を受け、あわよくば未確認の「敵」をいぶりだす為の分派行動を逆手に取られたか……大事な部下を奪われた怒りが、彼の胸の中を焼いていった。
「詳しい話は帰還してからにしたいが、シグニッジ航空基地が壊滅したのは明らかなんだね、クライスラー大佐?」
「ええ、マクネアリ基地から飛び立った偵察機からの映像が届いています。……ひどいものです。放射能反応はないそうですが、徹底的に破壊されていました」
「そうか。ところで、シンファクシ級は「ウォー・ドッグ」隊が撃沈した2隻以外には存在しない、と私は聞いていたのだが、大佐の認識も同じかね?」
なぜここでシンファクシの話が出てくるのだ、と言いかけてクライスラーは記憶を手繰った。この戦争の序盤、オーシア軍に多大な被害を与えたユークトバニアの戦略ミサイルプラットフォーム潜水母艦「シンファクシ」と「リムファクシ」。カノンシードの搭乗員たちの命を一瞬で奪った、アルウォール艦長にとっては仇と呼ぶべき存在は第108戦術戦闘飛行隊の活躍によって2隻とも撃破され、以後弾道ミサイルによる攻撃をオーシアは受けていない。まして、3番艦が存在するなどという話は聞いたことも無かった。
「少将の認識と相違ありません。シンファクシ級は2隻のみ、いずれも撃沈されています」
「アネカワ少尉の機体が、幸いシグニッジ基地に対して行われた攻撃を捉えていたんだが……あの攻撃は、散弾弾頭の炸裂だったんだよ。なあ大佐、この間の話を覚えているかね?主戦派の連中が推し進めていた例の計画のことだ。あの構想の中に、散弾弾頭を搭載出来る巡航ミサイルの話が出ていたろう?」
クライスラーは、机の奥に仕舞いこんだコピーの束を思い出した。TAN-F計画に関するレジュメの中に、試作機が搭載する各種兵装のリストがあり、その中には確かにそんな物騒な兵器の名前も記されていたのである。だが、巡航ミサイルならアネカワ少尉たちのレーダーに捕捉されているはずであったが、彼らはミサイルの接近を認知していない。となると、あの攻撃は別の手段によって行われたと見るのが妥当のようだった。
「既にシンファクシ級は無いのに、使用されたのは散弾弾頭……ですか。何も掴めないかもしれませんが、こちらでも少し調べてみましょう。先日の束にも、もう少し目を通してみます」
「そうしてもらえると助かる。いずれにしても、エルアノに帰港してからだ。明後日には戻れるだろう」
「アネカワたちのこと、お願いします」
分かった、とアルウォール少将が通信を切るのを確認してから、クライスラーは腕を組んだ。オーシア軍にとっては忌々しい散弾弾頭の攻撃がよりにもよって内陸部で行われたという話が広まれば、メディアに格好の攻撃材料を与えることになるだろう。だがしかし、シンファクシの無いユークにそこまでの攻撃が出来るのだろうか?宇宙空間を利用した攻撃兵器は今のところアークバードしかないが、そのアークバードは機能を停止して漂流しているはず。当然、オーシアを攻撃する機能など持っていない。となると、敵は大気圏内、それもシグニッジからそれほど離れていない地点から攻撃したことになるはず。巡航ミサイルも使わず、弾頭を発射するなどということが可能なものだろうか?
「大佐殿、ロックウェル少将から通信が入っておりますが……」
管制塔の通信士が、顔色を伺うようにして電文を手にしていた。読んでくれ、と目で促すと、彼はこわばった顔でそれを読み始めた。
「…参謀本部より、今回の事件に関して調査官が派遣される。12191030時、エルアノ基地に到着。9103飛行隊は調査が終わるまで飛行禁止、ハヤト・アネカワ少尉は帰投後、調査官による事情聴取を行う……以上です」
電文を読む通信士の顔がさらにこわばり、声が小さくなるのを見てクライスラーは苦笑してしまった。悪いクセだ、彼を睨みつけたところでどうにかなる話でもないのに。改めてロックウェル少将から送られてきた電文を読み返して、クライスラーは違和感を感じることとなった。――早過ぎる。彼が長年勤めてきたオーシア空軍ではあるが、国内での大規模事件という事情を差し引いたとしても事件発生からまだ数時間しか経っていない。事実関係も現地調査も行われていない状況で、9103が飛行停止となり、調査官が派遣されるとは……。異例と言って良いだろう。まさかとは思うが、本部はシグニッジ攻撃の犯人として9103を疑っているというのだろうか。先日の未確認機との戦闘といい、9103が直面している事態は明らかに異常だ。久方ぶりに、そう、前線部隊にあった当時の血と記憶が騒ぎ出すのをクライスラーは感じていた。
カノンシードがエルアノの港に到着したのは12月19日の事だった。もうすぐクリスマスというこの時期、今までなら子供たちだけでなく若者も大人も何となくそわそわし始め、部隊内でも休暇の取得順序を巡って喧嘩が起こる、というのが定番だった。だが、今年は休暇の心配をする必要も無かったし、僕にはその時間すらどうやら与えられなかった。クライスラー大佐から、9103が飛行停止となったことは聞いていたが、エルアノに到着するなり、僕は大佐に呼び出されることとなったのだ。とりあえずまとめた荷物をオズワルド曹長に押し付けた僕は、大佐に連れられて基地の管理棟へと向かうこととなった。てっきり大佐の執務室に行くのかと思っていただけに、行き先が司令官室脇の応接室と聞いて妙な緊張を覚える羽目となった。管理棟の3階にある司令官室の脇には、参謀本部や軍の上層部が視察に訪れたときに使用する応接室がいくつか置かれていることは知っていたが、大佐がドアを叩いたのはその中でも一番小さい部類の部屋だった。
「クライスラー大佐であります。アネカワ少尉を連れてまいりました」
「入りたまえ」
返答はロックウェル少将のものだった。大佐がドアを開き、敬礼を施す。つられて僕も敬礼した。室内にいたのは、少将の他、内勤用の制服を身につけベレー帽を被った士官と、軍帽を目深に被った曹長が二人。士官殿の階級は……中佐、か。
「アネカワ少尉、出頭致しました」
「ご苦労。こちらは、参謀本部から派遣されたドレヴァンツ中佐だ。先日のシグニッジで発生した事態に関して、君の証言を聴取することになる」
やはり事件の聴取を受けることになるのか、と改めて認識させられた。確かに、あの攻撃の生存者は僕しかおらず、当然の成り行きではあったのであるが。クライスラー大佐が退出すると、中佐は着席するよう、応接室のソファの一つを進めた。ありがとうございます、と答えて着席した僕を、8つの目が射抜く。妙な居心地の悪さを感じながら、聴取が開始された。航空学校での考課の確認から始まり、410飛行隊での勤務態度・撃墜数・担当任務などを一つ一つ確認しながら中佐は書類の束を紐解き、隣に着席している曹長の一人が端末を叩く。もう一人はドアのところでまるで見張り役のように立ち、聴取にやはり立ち会っているロックウェル少将は無言で、中佐と僕のやり取りを眺めている。
そうして一時間くらいが経過しただろうか。ようやく聴取は本題に及ぶことになった。ザウケンのことを思い出すと未だに涙が出てきそうになるのをこらえながら、僕は手短に状況を語った。シグニッジ基地に所属不明のC-130が駐機していたこと。その輸送機が物資の搬出を行っていたこと。着陸したザウケン少尉機が、輸送機の周りにいた兵士たちの銃撃を受けたこと。そして、光と轟音と衝撃がシグニッジ基地を覆い、ザウケン少尉もろとも基地を吹き飛ばしたこと。それらを一気に話し終え、何とか泣きそうになるのを堪えた。その間ドレヴァンツ中佐は僕から全く視線を外さずに頷いていた。色素の薄い目にこうして見られていると、蛇に睨まれた蛙の気分はこんなもんなんだろうな、という気分になってくる。
「……なるほど。そして、基地を襲った攻撃がどこから行われたのかも分からない、というわけだな」
そこで僕は言い忘れに気が付いた。そうだ。基地が壊滅した後に交わした交信。最も聞きたくない男の声で発された、憎悪に満ちたあの会話を――。
「一つ、言い忘れていたことがあります。攻撃の後、レーダーでは捉えられなかったのですが、キニアス・アップルルース中尉と交信を行いました」
「待ちたまえ、少尉。アップルルース中尉は先日の敵前逃亡の件で更迭されていることは知っているだろう?どうしてその彼が君と交信できるのかね?」
「いえ、それは分かりません。ただ、中尉は自ら名乗った上でこう言ったのです。オーシアの再生は、選ばれた人々、そして選ばれた人間である私たちの手で為すのだ、と」
ロックウェル少将とドレヴァンツ中佐が目を合わせる。僕は何かまずいことを言ったのだろうか?二人が何事かを言い交わすのが見えたが、僕にはその内容は聞き取れなかった。
「……アネカワ少尉。実は、参謀本部はシグニッジ基地に対して行われた攻撃が、9103飛行隊の独断で行われたのではないか、と考えているのだ。君の証言は良く分かったが、それが事実であると証明できるのかね?」
心外な言われようだった。大体、爆装をしていないYF-23Aが基地を丸ごと吹き飛ばせるはずがないだろう、と言いたくなるのを何とか堪えて、代わりの言葉を吐き出す。
「ご質問の意図が分かりかねます。カノンシードからの出撃の際、私の機体に搭載されていたのは空対空ミサイルのみです。それでどうして基地攻撃を出来ますでしょうか?」
「少尉、9103飛行隊、いや、クライスラー大佐とアルウォール少将には共謀してオーシア政府の転覆を図ろうとする叛逆容疑がかけられているのだよ。その二人の作戦に従っている君たちの証言を信じるには、充分な証拠が必要なのだ」
僕の頭は大混乱に陥っていた。大佐と艦長が叛逆!?それこそ信じられないような言葉を突きつけられて、僕は当惑してしまった。だが、あの二人に限ってそんなことはないのではなかろうか、と反論しようとして、僕は確実に僕らの飛行経路を証明することが出来る証拠の存在に気がついた。――オズワルド曹長たちが傍受していた、僕らの飛行データ!
「一つだけ、自分らの飛行ルート等を証明できるデータがあります。我々の機体に搭載されていた使途不明のパーツがあるのですが、そのパーツが飛ばしていたデータは、我々の飛行記録に関するものだったのです。それをご覧頂ければ、参謀本部で抱かれている疑問は全て解決するはずです」
死中に活を見出したつもりだったが、それまで無表情に見えたドレヴァンツ中佐の顔が、化学変化でも起こしたかのように歪むのを僕は見てしまった。背筋が凍りつくような感触。そう、まるで戦闘中にあるかのようなこの気分。敵に狙われていることを実感させられる、この悪寒は――!
「そうか、そこまで知ってしまっているのか。ロックウェル少将、貴官の部下は優秀過ぎて困りますな。アネカワ少尉、こんな諺を知っているかね?出る杭は打たれる――」
本能的に危機の匂いを感じ取って、ソファから飛び上がった僕だったが、一瞬後には逆手を取られ、後頭部に銃口を突き付けられてしまった。ぎりぎり、と捻りあげられた腕が悲鳴をあげ、苦痛で呼吸すらまともに出来なくなる。ゆっくりと立ち上がった中佐が銃を引き抜き、僕の額に銃口を押し当てた。
「……調査官というのは嘘ですか、中佐。そして少将、あなたもこいつらとグルだったわけですか!!」
ロックウェルが目を逸らす。逆にドレヴァンツは愉快で仕方が無い、というような笑みを浮かべた。
「まぁ、そういうことだ、少尉。君は知らなくても良いところにまで目が行ってしまったのだよ。まさかALDERの攻撃を回避するとは思わなかった。ザウケン少尉もろとも戦死していれば、こんな面倒くさい猿芝居をする必要も無かったのだよ。ねぇ、ロックウェル少将?」
銃口が離れた、と思った次の瞬間、鈍い痛みが額を打った。銃を持ち替えたドレヴァンツが、グリップを叩きつけたのだった。皮膚が裂け、床に血が滴り落ちる。それでも僕は首を上げ、ロックウェルとドレヴァンツを睨みつけた。そんな僕には気が付かないかのように、彼は言葉を続ける。
「それにしても、アップルルースの馬鹿にも困ったものだ。あれほど慎重にと言っている側から鼠に尻尾を捕まれるとはね。まぁ、あの副大統領の馬鹿息子と来れば、作戦を完遂しただけでも良しとしなければなりませんかな」
ロックウェルとドレヴァンツ、さらに口だけキニアスまでがグル――出血のせいだけでない目眩が僕を襲った。なるほど、僕らの位置は例のアンテナによって掴まれていたわけだが、内部からもしっかりと筒抜けになっていたわけだ。道理で、時間も位置も正確に掴まれるわけだ。当然この基地の中にも、彼らの協力者がいるのだろう。そうとも知らず、僕らは彼らの手の平の上で踊り続けていたわけだ。いけない、マイカルだけじゃない、皆が危ない。そう気が付いた僕は、僕の腕を捻っている曹長を振り払おうと、もがいた。だが、鍛えられた男の腕が外れることは無く、さらに腕を捻られ苦痛のうめきをあげることしか出来なかった。
「……基地にいないだけだと思っていたら、こんな裏切りを働いていたのか、ロックウェル!!一体何が目的だ、このクソ野郎っ!!」
最早上官であることすら忘れて、僕は叫んでいた。だが、そこにいたのは上官としての存在ではなく、歪んだ表情を浮かべた、憎悪の塊と言ってよい人間だった。今まで見たことも無いような表情を浮かべたロックウェルは僕の前に立つと、唐突に膝を僕の腹に打ち込んだ。激痛と嘔吐感で息を吐き出す暇も無く、膝と拳が交互に打ち込まれる。
「黙れ、黙れ黙れ黙れ!!貴様ごときに何が分かる!!私の栄達の障害は、全て取り払うのだ。邪魔をするなぁぁっ!」
どこかで聞いたことのあるような台詞。ああそうか、ロックウェルも口だけキニアスと同類の人間だったんだ、と思った瞬間、何度目かの拳が腹を強打し、僕は床に倒れこんだ。激痛で身体を動かすことも出来ずにいる僕の頭を、さらにロックウェルの足が踏み付ける。
「その程度にしておきなさいな。死んでしまわれてはあなたの言う栄達もままなりませんぞ。後のことはお任せ頂けますな?」
「ああ、事が終わるまで、どこぞにでも閉じ込めておけ。クライスラーの石頭を説得するなど訳も無い。9103は叛逆部隊として解体して終わりだ」
「それで結構です。やることは果たして下さいね。……おい」
僕を後ろで押さえていた男の足音が近づいた、と意識したのが最後、後頭部で鈍い衝撃と目に火花が散って、僕の意識は闇の中へと落ち込んでいったのだった。僕は……死ぬのか?こんなところで、何も為すことも出来ずに……。