Ground Combat 前編
時間の感覚が麻痺している。薄暗い空間の中、まるで昔見た刑事ドラマの人質のように両手を拘束されたうえに猿轡を噛まされている身を確認し、その状況で眠っていた自分に少し呆れてしまった。基地の応接室で意識を失ってからそれほど時間は経っていないようだったが、真っ暗な空間では今何時なのか、ここが何処なのかを知る術は無かった。それにしても、と僕は思った。自分の祖国、自分の指揮すべき部隊ですら栄達のための道具として、ロックウェル少将は何を得ようとしているのだろう?富、名誉、人望……それとも、この国自体?キニアスもそうだ。同僚を裏切り、指揮官を裏切り、自分の祖国を攻撃することも躊躇しないその自負は、一体どこから来るのだろうか?それよりも、早く司令官の裏切りを皆に伝えなくては!何とか起き上がろうと、壁に背をつけながら立ち上がろうとし、無様に転がる。受身を取ることも出来ずに横向きに倒れ、嫌というほど側頭部を床に打ち付けてしまい、火花が散る。おまけにドレヴァンツに殴られた額の傷がまた開いたのか血が額を伝って滴り落ちてきた。それでも懲りずに立ち上がろうとしていると、どこかで扉の開く音が響き、足音が近付いてきた。
「やれやれ、起きたと思ったらこれまた豪気なことだ。君たちは諦めるということを知らないのかね?」
「……ドレヴァンツ中佐」
入ってきたのはドレヴァンツだった。薄暗い空間の中では彼の表情を掴むことも出来なかったが、圧倒的優位にあることを楽しむように僕を嘲笑っていることだけは間違いないだろう。今下手に動くのは得策ではない。そう考えた僕は、壁の一角に背をつけて座り込んで奴を睨みつけた。一瞬赤い光が瞬き、ドレヴァンツの顔が照らされた。煙草と紫煙の香りが空間内に漂うが、煙草を吸わない僕にとっては不快な匂いとしか感じられなかった。
「一体、何を狙っているんだ、アンタは?」
開き直ったことで少し余裕も出てきた僕は、この不快な会話に付き合う気になった。気を許すつもりは毛頭ないが、少しでも奴から情報を聞き出さないことには判断の下しようも無い。紫煙をくゆらせていたドレヴァンツは、一本を吸い終わってからようやく口を開いた。
「……君の操縦技量には、我らがシュヴェルトライテ飛行隊の連中も舌を巻いていたよ。君に撃墜されたパイロットが言っていた。15年前の戦いでも一度も遭遇したことか無いような奴だ、とね。だから、君を敵として殺したくて仕方が無いらしい。人の恨みという奴は、些細な理由でも根が深くなるものだね」
シュヴェルトライテ……それが、僕らが遭遇したあのSu-47で構成された飛行隊の名前らしかった。そして僕が撃墜した奴といえば、あのパイロットしかいない。ローゼズ大尉を殺した、あの冷たく低い声の男だ。僕の頭の中で、ようやく敵の正体が繋がりつつあった。ユークトバニアにもオーシアにも属さず、独自の指揮系統で活動し、破壊工作を行う者たち。そして何より、遭遇戦のときに聞いた通信の言葉。
「ドレヴァンツ中佐……いえ、あなた方は……ベルカの残党だったわけですか」
「その通りだ。そして厳密に言えば、私は大佐だ。もっとも、この階級を授けてくれた母国は国を奪った連中の手によって失われてしまったがね」
僕に近付いてきたドレヴァンツは僕の前でしゃがみ込んだ。そして首の根元を掴みあげた。呼吸が急停止し、咳き込んだ顔が真っ赤に染まる。色素の薄い目が細められ、僕の目を射る。
「どうかね、アネカワ少尉。我らに協力せんか?自らが操られているとも理解出来ない愚かなオーシアの尖兵ではなく、崇高な理想を掲げる我らベルカの騎士として、愚かな大国どもを共に打ち砕くのだよ。我らは人種を問わない。崇高な理想と目的を共有できる者は皆、我らの同志だからだ」
「そうして、どこの国も使用していない最新鋭機を私に操れ、と?」
「君がそう望むのなら、ベルカは望みをかなえるだろう」
口だけキニアスはこうしてオーシアを裏切ったのだ、と僕は思い当たった。いや、裏切るというよりも、彼らの口車にまんまと乗せられて、自らは英雄気取りなのだろう。いっそベルカの誘いに乗った振りをしてキニアスを討とうか、とも考えたが、わざわざ調査官を名乗って用意周到に乗り込んでくるような連中相手では、嘘を一発で見抜かれて処分されるのが関の山だろう。ならば、答えは決まっているではないか。
「……断る!」
これで殺されるのかもしれない、と胃の辺りが痛くなる。せめてもの抵抗、とドレヴァンツを睨みつけると、意外にあっさり手が離れた。空っぽになりかけた肺に空気を吸い込んでまたも咳き込んだ僕は、倒れた床の上をのた打ち回った。ようやく咳が止まり、壁に背をつけて姿勢を直すと、ドレヴァンツは腕を組んで笑いを浮かべているようだった。
「まぁ、考える時間は充分にある。少し冷静になって、何が一番得か考えてみるといい。どのみち、君がここから逃れる術などないのだからね」
勝ち誇るような笑いが再び響き、足音が遠ざかっていた。やがて扉の閉まる音、そして鍵がかけられる音が聞こえ、空間にはもとの静寂が戻った。とりあえず、僕はまだエルアノ基地にはいるらしい。何とかしてここを脱出する必要がある。そして敵の正体を9103に伝えなくては……!僕らの本当の敵は、ユークトバニアではなくオーシア国内の裏切者とベルカだ、と。
アネカワ少尉の証言には確認すべき事項が多く、首都オーレッドに移送のうえ改めて調査を行うこととなった。そう伝えられた9103の面々は一斉にクライスラーを睨みつけた。アルウォール艦長は脱いだ軍帽を指の上で人回しし、口をへの字に結んだ。これでは私が敵役みたいだな、と内心苦笑しながら、彼はロックウェル少将からの命令を伝達した。
「9103飛行隊はアネカワ少尉の取調べが完了するまでの間飛行停止処分となる。また、私と搭乗員についても取調べが終わるまでは実質的に謹慎となり、作戦機についても保全措置が取られることとなった。さらに、この基地からの移動は禁止だ」
「冗談じゃねぇ。それじゃ参謀本部のクソどもは、アネカワの奴がシグニッジを吹き飛ばしたとでも言いたいのかい。大佐殿、あいつの機体にはそんな物騒な物積んじゃいない、って説明してくださったんでしょうな?」
「それは私からも報告を挙げている、ガイヤ大尉。カノンシードで搭載したのは、通常のAAMと機関砲のみ。地上に置かれていた弾頭でも吹き飛ばしたんなら別だが、彼の機体は一切攻撃を行っていない。そうでなくても、アネカワ少尉がザウケン少尉もろとも基地を消し飛ばすなど、あり得ない話だ」
クライスラーはマイカルに視線を移し、端末を操作するよう促した。頷いた彼は端末を立ち上げ、ブリーフィングルームのモニターには、"例のパーツ"が寄越した飛行記録データが表示された。アネカワとザウケンの飛行データが表示され、彼らがシグニッジへと向かったときの状況が再現されていく。
「アネカワ少尉たちは高度5,000から7,000フィートを保ちながら飛行しています。この間、高度を下げたり着陸したり、というデータは報告されていません。彼らの飛行高度に変化が出るのは、この地点です」
表示された地図と飛行データが融合される。アネカワたちの進行方向前方にシグニッジ基地があり、高度を下げながら二人は基地へと接近していく。そのうちザウケンの機体が高度と速度を下げ、シグニッジ基地のポインタと重なった。それからほどなく、ザウケン機の三角ポインタが消滅し、アネカワの機体だけが残された。マイカルは飛行データの記録をそこで停止したまま端末を操作し、モニターの左隅に別の映像を再生した。アネカワ少尉の機体が捉えた、基地を破壊した攻撃の映像だった。光がいくつもの光に分裂し、炸裂。炎と黒煙が吹き上がる光景が生々しく再現される。光が消え去った後の台地に残されたのは、少し前まで基地だったはずの残骸だけだった。
「映像に不鮮明なところはあるが、ユークの潜水母艦シンファクシ級の搭載していた散弾弾頭による攻撃に酷似している。だが、シンファクシ、リムファクシ共に海の底に沈んだ今、ICBMでも使用しなければこんな攻撃はあり得ないはずだ。もちろん、ユークトバニアがそのような攻撃を行ったという事実が無い。アネカワ少尉の機体にそんな物が搭載されていたはずも無い」
「それなのに、攻撃が行われた。レーダーにも映らない方法で、だ。そしてこの記録が存在については、私とクライスラー大佐の判断でまだ上に伝えていない。余計な言質をこの時点で与える必要はないだろうからな」
「ちょっと待ってください。この飛行データの存在を明らかにすれば、アネカワ少尉の無実は証明できるはずです。何故、これを提出されないのですか?」
「その理由は、これです、ウォーレン大尉。モニターをご覧下さい」
マイカルが端末を叩き始めると、アネカワたちの飛行データが消失して代わりにオーシアの地図が表示された。その地図に4つの三角ポインタ――アネカワたちを示すアイコンが表示され、それぞれから円が広がっていく。
「私やオズワルド曹長が受信していたのと同じ方法、つまり、無線信号などでデータを取得している場合はこの画面に表示されているような範囲でデータの傍受が可能です。今回、アネカワ少尉たちとガイヤ大尉のチームが別行動でしたので、私とオズワルド曹長とで受信したデータを反映したのがこの画面です。しかし、GPS、つまり人工衛星経由でデータが転送されていた場合、その観測施設が整っていれば実のところどこでも傍受は可能です。そして、地点は特定できないのですが、アネカワ少尉たちの機体から発信された信号を解析したところ、"シャンツェ"という単語が多数出てくることが判明しました」
マイカルの操作に合わせて、地図上に赤いポインタが置かれていく。エルアノ基地を含めていくつかの航空基地や都市の存在するエリアにマーキングがされているのだった。
「今表示しているのは航空基地の他、企業の研究施設等の置かれている地点です。この中で、無線によるデータ送信以外に人工衛星経由のデータを分析出来る施設だけを選んでいくと、そのほとんどが非該当となります。残る地点を見る中で、それだけの設備を持ち、かつデータを必要としているような施設は……ここです」
マイカルが指定したポイントは、オーシアの北東部。そこには、軍需・民需を問わずあらゆるものを生産する工業プラントが並ぶ、オーシアのみならず世界でもトップレベルの生産能力と設備を持つ、大工業地帯が広がっている。ノース・オーシア・グランダー・インダストリーという名の、大工業地帯が。9103の面々はモニターを凝視したまま無言であった。ガイヤ大尉は腕を組んで、睨みつけるようにモニターを眺めている。クライスラーはマイカルから話を引き継いだ。
「そう、南ベルカ、と言った方が適切かもしれない。あくまでこれは私とアルウォール少将の出した推測に過ぎないかもしれない。だが、わざわざ9103飛行隊で運用する新型機のデータを取得し、さらに攻撃対象として本来レーダーでは捉えにくいステルス機の現在位置まで把握する必要がある存在が他にあるようには思えない。問題は、何のためにそんなことをする必要があるのか、ということだが……」
「なら、知ってそうな人間からヒアリングしましょうや。ここまで聞けば、ザウケンだけじゃなくアネカワまで謀殺されかかっていることは明白だ。居場所が分からないアネカワは後回しにして、居場所が明らかな人間――カスター部長辺りを押さえましょう」
ここからは行動の時間だ、と言わんばかりにガイヤ大尉が言い放った。それまで目を閉じていたケネスフィード中尉は一度ガイヤ大尉を見て頷き、グレッグ中尉は待ってました、とばかりに腕をまくる。ウォーレン大尉は首を振り、まだ信じられない、という表情を浮かべていた。
「責任は私と大佐が取る。しかし、どうやら道を誤りつつある連中の言うことを聞くのもいい加減飽きたのでね。後のことについても些かアイデアがある。うちの乗組員も使ってくれていい。ついでに言えば、あの調査官とかいう連中に見つからないよう、粛々とやってもらいたい。正規の任務ではないが、やってもらえるか?」
一同を見回すようにアルウォール艦長が問い掛ける。軍命を無視して活動しろ、と言ってるのも同然だったが、一同は即答した。最後まで黙っていたのはウォーレン大尉だったが、ずっと組んでいた腕を解いた彼は立ち上がるなり敬礼した。
「こちらの言い分に聞く耳を持たないような本部に対し、明白な証拠を突きつけることも軍人としての使命と思います。微力ながらお手伝いをさせて頂きます!」
クライスラーは苦笑いを浮かべるしかなかった。この一本気故、上司と何度も衝突を繰り返してしまった事が彼の最大の欠点でもあるのだったが……。いずれにしても、方針が決まれば後は行動あるのみだった。クライスラーもまた腹を決めた。15年前の大戦が終わって今日に至るまで、課せられた任務を忠実に果たすことが彼の喜びであり目的でもあったが、それはパイロットとして戦闘機を操ることが出来なくなった苦痛から逃れる術であったかもしれない。いつしか冷徹に任務の遂行だけを考えるようになっていた自分がそれで満足を得ていたかというと、実際には正反対に心は渇いていった。このまま枯れていくのもまた運命、と割り切っていたつもりだったが、無駄に友軍の命を消費し、今また自分の部下すら理解不能な決定で葬り去ろうとしている上層部に忠誠を尽くす気にはなれなかった。戦闘機にも乗れなくなった役立たずの首が欲しければいくらでもくれてやる。戦士だった頃のような気持ちが、今頃になって蘇り自らを奮い立たせていることにクライスラーは驚かされた。そしてそんなクライスラーを見透かすように、ガイヤ大尉がにやりと笑ってみせた。
「まさか、大佐殿の下でこんなことが出来るとは思いませんでしたな。無事アネカワを助け出した暁には、一杯おごらせてもらいますよ」
それはお互い様というものだった。配属後、事あるごとに対立してきたこの現場叩き上げの男とこうして共闘する、しかも互いに同意の上で、だ。
「ガイヤ大尉。私の役目は、きっちりと任務を果たすことだ。だから、その障害は取り除く。それだけのことだよ」
ガイヤ大尉は降参、と言ったように両手を広げ、笑いながら首を振った。なるほど、翼は既に折れ、情熱は消し炭に変わったと思っていたが、まだまだ戦うことは出来るらしい。だから、彼は言った。
「最終的には、アネカワ少尉を取り戻す。全責任は私が負う。障害は排除せよ」
エルアノ基地を夜の帳が覆う頃、ガイヤたちは活動を開始した。彼らの愛機が格納されているハンガーは未だに灯りが点され、中では作業が引き続き行われているようだった。そして、ハンガーへの入り口にはオーシア軍の装備と制服だけは身に付けている兵士が付いていた。どうやら調査官の子分らしいな、と当たりを付けて、彼は頭を引っ込めた。
「やっぱり見張りが付いてますか?」
「ああ、呑気なオーシアの格好しても消せない殺気がピリピリと伝わってくるような奴がな。こりゃ手加減は出来そうに無いな」
もともとエルアノ基地はそれほど大きな基地ではない。格納庫に隣接して隊員宿舎等が並んでおり、彼らは宿舎の張り出した玄関ホールの屋根の上で息を潜めているのだった。
「おい、ケネスフィード。あの奥の野郎に命中させられるか?」
「手前の兵士を確実に葬ってくれるんなら出来る。当たり場所は選べんがな」
「よしやれ。ライフルを扱えるのはおまえくらいだ。任せた」
了解、とケネスフィードがライフルを身構える。ガイヤは改めて地面を見下ろした。高さは大体3メートル程度か。これなら飛び降りても大丈夫そうだな。ガイヤはそっと安全装置を外した。ここにいる自分たちと、ウォーレンに任せた空母の乗組員たちが他に何チームか。調査官が連れてきた連中はどんなに多くても10人程度。ま、何とかするしかないだろう。隣にいる副官殿、グラハム中尉に「行くぞ」と目でコンタクトを送る。中尉が頷き、手にしたサブマシンガンを身構えた。ガイヤは久しぶりに身に付けたチョッキのポケットから閃光手榴弾を取り出した。ピンを引き抜き、そっと前方へ投げ落とす。少ししてゴン、という鈍い音がして手榴弾が着地したことを告げるや否や、辺りを漂白するような光が格納庫を包み込んだ。
「行くぞっ!!」
ガイヤはサブマシンガンを片手に持ちながら飛び降りる。ほぼ同じタイミングでケネスフィードが引き金を引き、ドン、という腹に響く音を立てる。着地して一回転し、すかさず銃口を敵に向ける。奥に立っていた兵士は両手を突き上げて崩れ落ちていく。そしてもう一人は閃光に目をやられたらしく、何事かを喚きながら明後日の方向に向けて自動小銃の弾丸を撒き散らす。……ベルカ語だ。ガイヤは引き金を引いた。軽い連続音と腕を揺さ振る衝撃が伝わり、発射された弾丸は何のガードも無い顔と首を撃ち抜いた。振り返ることも無く転倒した兵士から小銃とマガジン、手榴弾を分捕って走り、格納庫の壁に背を付けて一息つく。グラハムとケネスフィードがそれぞれ離れて格納庫に到達。裏側では別働隊も到着しているだろう。よし、次は中の制圧だ、と少し覗き込んだガイヤの頭のすぐ側で銃弾が弾け、慌てて彼は頭を引っ込めた。それを合図にしたように中から銃撃。
「おい、何だよ、民間会社の社員にまで拳銃の使い方教えるのか、グランダーはっ!!」
「違うでしょう、整備士じゃなくて、連中は潜り込んでいた兵士なんでしょう、きっと!」
「まったく、手が込んでいるいうか、やり口が汚いというか……」
迂闊に撃てば自分たちの愛機に当たるかもしれない。かといって、ここでじっとしていれば敵に征圧されるのが関の山だ!連続して放たれていた弾丸の雨が止んだ隙を突いて、ガイヤは奪い取った小銃を身構え引き金を引いた。サブマシンガンとは比較にならない衝撃と共に弾丸が放たれ、F/A-22のノーズギアを盾にしていた男が腕を撃ち抜かれ床に転がる。援護を、と滑り込んだグラハムが手近のコンテナの陰まで走り、横っ飛びに一回転しがてら弾丸を放つ。そして格納庫の扉を閉めるスイッチを押しこんだ。再び激しいマズルフラッシュが瞬き、格納庫のコンテナや壁に穴を穿っていく。なるほど、整備士の皮を被り、整備箱の中は拳銃と言うわけか。ふざけやがって!!
「邪魔をするなぁぁぁっ!!」
ケネスフィードが身を乗り出し、サブマシンガンを乱射する。敵の火線が減殺されるが、一発が奴の腕を掠め、軽くうめきながらしゃがみ込む。腕を掴んで傷口を見る。良し、大したことはない。突然、ドン、という音が響き煙と火薬の匂いが立ち込めた。敵の火線が完全に止み、何事かと少し顔を出すと、格納庫から事務室へと出るためのドアが弾け飛び、敵の一人がドアの下敷きになってうめいていた。そして新たに現れた男たち――ウォーレンたちが銃口を突き付けていたのである。圧倒的不利な状況に追い込まれたことを悟った男たちは、銃を構えながらじりじりと後退していく。その中に、他の整備士たちとは異なり、いつも研究者風な白衣を着た男が、腰が抜けたような情けない姿勢で床を這っていく。ガイヤは小銃をぶら下げたまま近寄っていった。ウォーレンの警告でようやく銃を手放した男たちが座り込む中、目標の男――カスター開発部長の後頭部に銃口を突きつけた。ヒッ、と声を挙げた男の前に回り込んで、改めて額に銃口を当てる。
「アネカワはどこだ?」
カスターは答えない。ガイヤはちらりと自分の機体を見上げた。ノーズギアハッチの側に付いていた"例のパーツ"が姿を消している。証拠隠滅をしていやがったか。
「い、一体何を考えているんだ、君たちは!私たちは司令と調査官の指示のもと整備作業を進めていたのに、しかも民間人を銃撃だと?軍の横暴だ!告発してやる!!」
ガイヤはわめき散らすカスターの顔面を思い切り蹴飛ばした。悲鳴と共に転がったカスターの口から折れた歯が数本転がり、鼻から血が吹き出す。白衣に血が飛び、赤い点を染み付けていく。
「指示のもとの作業ってのは、俺たちのデータ取りのアンテナを外して証拠隠滅することかい?」
カスターの目が大きく開かれ、そして視線を外す。図星。目の前の男に対する怒りがふつふつと湧いて来て、最早遠慮という言葉を完全に追い払ったガイヤはその胸倉を思い切り掴みあげた。小銃を肩からぶら下げ、代わりに引き抜いた拳銃を鼻先に突き付ける。
「なめられたもんだな。だがこっちは時間が無いんだ。吐け!!アネカワの居場所は!?どこに閉じ込めやがった、言え!!言わないなら、その用済みの頭を吹き飛ばして他の奴に聞くぞ!?」
激しく揺さ振られ、痛みと恐怖で引きつったカスターの顔から血の気が引いていく。ガイヤは安全装置を外して引き金に指をかけた。格納庫内に響き渡る悲鳴をあげて、カスターは折れた。
「い、命だけは!何でも話す!だから……殺さないでくれェェっ!」
「で、居場所は?」
「ゆ、輸送機、ドレヴァンツ大佐の乗ってきた輸送機の中だ。その奥に監禁されている。さあもういいだろ、話したんだからその拳銃をどけろぉぉっ!」
ガイヤはカスターの腹に拳を打ち込んだ。悲鳴をあげることもなくカスターは気絶し、床に突っ伏す。周りの男たちがぎょっとしたような顔で自分を見るのを睨み返す。
「あんたには聞きたいことがいっぱいあるんでな。そこのおまえらもだ!アネカワ少尉の身柄を確保し、この基地を取り返すまで、じっとしていてもらおう。下手なことをする気がある奴は今言ってくれ。動けないようにしてやるから」
完全に抵抗する気力を失った男たちが下を向く。そんな彼らを、カノンシードの乗組員たちががんじがらめに縛り上げていった。逃げることも出来ないよう、格納庫の壁に括り付けておくよう指示を下してガイヤは手持ちの武器を確認した。奪った小銃とマガジン2本、サブマシンガンと替えのマガジン一本、拳銃には12発装填済、予備弾丸は20発。これにロケットランチャーでもあればいいんだが、贅沢も言えないか、と諦める。
「よし、グレッグとケネスフィード、それに何人かはここに残れ。こいつらが勝手なことをしないよう、しっかりと見張れ。従わないようなら小突いて気絶させていい。残りはついて来い。アネカワを取り戻すぞ!」
さてもう一勝負だ、とガイヤは気合を入れ直した。待ってろ、アネカワ。こんな訳の分からん連中に屈するんじゃねぇぞ。必ず、助け出してやる。