反撃の矢は放たれた


2010年もあと一週間程度で終わりを告げる。あと2日経てば、子供たちが大喜びするクリスマス・イブがやってくる。でも今年はサンタさんが来てくれない家も多いだろう。その日だけはサンタクロースに変身する父親の多くが戦場に赴き、少なくない数の彼らが二度と会えない世界へと旅立ってしまっているのだから。9ヶ月間はいつもと同じはずだった2010年は、最後の3ヶ月でボタンを掛け違えてしまったのだ。そして、僕はそんな立場にある人間が意外と身近にいたことに初めて気がついた。

作戦開始まであと20分、依然ユークトバニア船団の針路に変更は無く、作戦の変更はなし。テイクオフの順番が一番最後の僕は、まだコクピットにも座らず愛機の側で最後の点検をしていた。昨日のうちに描かれた竜騎兵のエンブレムは5機の戦闘機にあり、そのうち僕の機体にだけは、スマキア伍長の直筆サイン――それも最後が失敗しているやつだ――入りとなれば、他の面々から文句を言われるのは当然だった。グレッグ中尉など、無線で自分の機体にもサインしないなら出撃しない、と叫んでウォーレン大尉を呆れさせたものである。僕の隣にはガイヤ大尉のYF-23Aが待機しており、大尉も同様に最終チェック中、と思ったら、彼は胸元のポケットから写真を取り出して、ずっと魅入っているのだった。僕が近づくのにも気が付かずにいる大尉の後ろから覗き込むと、笑顔を浮かべている家族の姿が見えた。一番ごついのがガイヤ大尉として、小柄で目がくりっとした女性が赤ん坊を抱きかかえている。ガイヤ大尉の娘さんと、お孫さん……?
「……見たな」
僕は大尉に首を抱え込まれてしまった。
「誰に断って人の家族写真を覗いているんだこの野郎!!」
「す、すみません!いえ、素敵な写真だな、と思いまして……その、娘さんとお孫さんですか?」
ガイヤ大尉の目が「何を言ってる」というように見開かれた。
「阿呆なこと言っているんじゃねぇ!俺が何歳だと思っているんだ、これは俺のカミさんだ!」
そんな馬鹿な。僕はもう一度さっきの写真を思い出してみた。……どう考えても同年齢には見えない。少なくとも一回りは下であることは間違いない。それにしても、お若い。それだけでなく、大尉はただでさえ大柄なのだ。組み合わせてとしてかなり違和感があるのは仕方無い。大尉の腕がますます首に食い込んできて、僕は呼吸困難になってきた。ようやく解放された僕は、甲板上で尻餅を付いてしまった。
「も、申し訳ありませんでした!!でも、お嬢さん、可愛いですねぇ」
その後のガイヤ大尉の表情は、何とも言い難いものだった。なるほど、娘を持つ父親とはこういうものを言うのだろう。いつもの強面が緩み、嬉しそうな表情が「鬼」の面の下から現れたのだから。それは現場叩き上げの「鬼」士官ではなく、一人の父親としての顔だったのかもしれない。
「そろそろクリスマスだってのになぁ。プレゼントも買ってやれんし、俺は無事だ、とクリアの奴に知らせることも出来ねぇ。そろそろ二人目が産まれるんだ。そんな大変なときに、戦争やってんだからなぁ……帰ったら離婚届が置いてありました、なんてことになっても文句は言えねぇよな。何しろ叛逆者になっているんだ。愛想を尽かされても仕方無い」
そう言うガイヤ大尉の顔には、苦笑とも寂しそうとも受け取れる笑みが浮かんでいた。
「……きっと大丈夫ですよ、大尉。大尉の選んだ奥さんですから、待っててくれますよ」
大尉はしばらく写真に視線を戻し、そして僕の頭を思い切り掴んだ。そして乱暴にかき回す。
「そうか、そうだな。クリアの奴が何の話もせずにそんなことはするわけなかったな。話を聞いたら一発どつかれる、というのはありそうだが、二人目の養育費も払っていねぇもんな。……フン、お前に心配されるようになるとは、俺も歳を食ったらしい」
そして僕はもう一度首を抱え込まれた。
「人の心配より、自分のほうはどうなんだ、アンラッキーボーイ?もうお守りはもらったのか?上官にはきちんと報告してもらわなければなぁ。で、どうなんだ?」
「た、大尉、苦しい!お守りって一体何のことですか!!それに僕は伍長とは何も!」
「ほう、アネカワ少尉、誰もスマキア伍長とは言ってないぞ。やっぱりそうだったか。軍隊での職場恋愛はご法度と、訓練中に習わなかったのか、ん?」
……嵌められた。迂闊に口を滑らせたことに気が付いた僕の顔は真っ赤になってしまった。いや、僕はまだ何もしていない。彼女は、僕らの部隊を支える人々の一人であって、そんなサポートメンバー達と仲良くするのは部隊の運営を円滑にする云々……。どれもこれも結局良い訳と屁理屈でしかなく、僕は黙り込むしかなかった。ときに、お守りとは?
「大尉、ときにお守りとは?大尉もお持ちなんですか?」
「もちろん、俺も持っちゃいるが……お前、まさか本当に知らんのか?」
「子供の頃とかは、よく持ってましたよ。"交通安全"とか……」
「そうか、本当に知らないんだな。そうか、そういうものか……」
一人で納得したように何度も頷いた大尉は、不意に僕の方を振り返ってニヤリと笑った。一体、なんだっていうんだ?
「たまには自習してみるのもいい人生勉強だ、アンラッキーボーイ」
大尉がそう言った理由を、後日僕はこれ以上ない恥ずかしさと共に知ることになった。

上着無しには凍りつくような空気を切り裂くような轟音をあげて、F/A-22が離艦していく。カタパルトから打ち出されたウォーレン大尉機がゆっくりと上昇していく。既にグレッグ中尉とケネスフィード中尉は離艦し、カノンシード上空を旋回している。いよいよ僕らの番だ。ガイヤ大尉機が一足先にカタパルトにノーズギアを固定し、甲板要員たちが射出の最終チェックを済ます。バリアがせり上がり、大尉の機体のエンジン出力が上がっていく。甲高い咆哮と共にアフターバーナーが点火される。キャノピー越しに大尉が親指を突き上げるのと同時に、限界まで引き絞られたカタパルトが弾き出される。一気に離陸速度まで加速したYF-23Aは、甲板から離れると同時に急加速していく。次は僕の番だった。ブレーキを少し離し、ノーズギアをカタパルトの位置へ。甲板要員たちが僕の足元を走り回り、最終チェックを済ませていく。僕もコクピットの中で素早く目を動かした。発進準備、全て良し。レーダー異常なし、火器管制コントロール問題なし。搭載兵装、異常なし、装填フル。やがて足元の甲板要員が親指を上げ、全ての準備が整ったことを伝えた。
「こちらスタートレイダー、ケルベロス、発進どうぞ!」
「ケルベロス了解、行きます!!」
身体がシートに叩き付けられるような反動と共に、機体が一気に加速する。甲板の先っぽの僅かな距離を滑走し、YF-23Aはカノンシードから放り出された。甲板から離れた直後の頼りない浮遊感を全身で感じながら、僕は操縦桿をゆっくりと引き上げた。上昇角10°……15°、高度300、400、600……。1200フィートに達したのを確認して水平飛行に戻し、待機していたガイヤ大尉たちと合流した。トライアングルの左翼最後方にポジションを取ると、先頭のガイヤ大尉が機体を緩旋回させて針路を修正する。方位は080。その先に、僕らの目標が存在する。叛逆部隊としての初めての戦闘が始まろうとしていた。
カノンシードから飛び立った僕らは一路オーシア北海の空を駆け、攻撃目標たる"不審"船団を目指した。途中恐れていたオーシア軍との接触も無く、僕らのレーダーが船団の姿を捉えた。艦数は5。相変わらず、3隻の友軍信号を発する軍艦と識別不能船舶が2隻。依然方位270へ向けて航行している。ウォーレン大尉たちのF/A-22がトライアングルから離れ、降下を開始した。船団への攻撃は対艦ミサイルを使用するのだが、YF-23Aの兵装格納ベイには入らなかったのだ。だから、アタッカーはF/A-22隊、僕らは上空支援が任務となる。レーダーで3機の降下を確認しつつ、僕はガイヤ大尉の右翼に付いて哨戒を開始した。薄い雲と青い空はいつものとおり、付近に機影は今のところなし。高度10,000フィートを保ちながら、僕らは敵船団に回り込むようにして飛行していた。高度を800フィートまで下げたランス隊は、編隊を保ったまま攻撃ポイントへと近づいていく。
「こちらランス1、始めるぞ。FOX3!」
「ランス3、FOX3!」
F/A-22から射出された対艦ミサイルが加速を始め、目標へと飛翔を始める。レーダー上にも光点が出現し、放たれた矢が敵艦目指して速度を上げていく。ミサイルを射出したランス隊は左方向へ緩旋回して回り込むルートを取る。少しでも敵艦による探知を回避するためだった。こちらのレーダーで確認出来るように、駆逐艦のレーダーでも対艦ミサイルの存在は察知されただろう。直進していた艦船が、突然針路を変更したのはそのためだろう。
「リャギーシュカよりプティーツァ、前方の光点は何だ!!」
「プティーツァより各艦、くそっ、ミサイルだ!!応戦しろ!!」
敵艦の通信が、僕らの交信にも飛び込んでくる。眼下ではファランクスの曳光弾の筋が何本も刻まれ、主砲が煙を吐いて砲弾を撃ち出していく。それを嘲笑うように接近したミサイルの一つと、敵艦の光点とが一致した刹那、海面で炎と爆炎と黒煙が炸裂し、そして水柱と火柱を噴き上げた。
「こちらオベジィヤナ!弾薬庫に被弾!!駄目だ、火が消せない!総員退避ーっ!!」
「プティーツアよりリャギーシュカ、回避不能だ!!」
続いて"プティーツァ"の名乗った艦に命中。命中弾は2。リャギーシュカの針路と交差するルートを取ったその艦は、まともに横腹に直撃を受け、あっという間に炎に包まれた。交信が悲鳴と怒号で満たされていく。そう、僕らの祖国が戦争を始めたときと同じように。生き残った艦が対空砲火を撒き散らす。それを回避するように、ランス1が再び対艦ミサイルを発射。一方のリャギーシュカも今度はランス隊の位置を把握したのか、対空ファランクスが上空向けて撃ち込まれていく。発射されたSAMが獲物を捉えんと飛行を開始するが、目標を見失って迷走、海面に着弾して水柱を吹き上げる。その隙を突いてさらに高度を下げたウォーレン大尉たちは、そのまま敵船団へと殺到した。三度爆炎が噴き上がり、第一撃を回避したリャギーシュカは艦橋基底部に大穴を開け、急速に傾いていく。
「ランス2より、フェンリル、攻撃目標の破壊完了。連中やっぱりユークだぜ。無線の交信で何言っているんだかさっぱり分からん」
「油断するなよ、輸送船から携帯SAMでズドン、とやられるかもしれないからな」
「確かに!ん?な……こ…は……?」
通信に激しいノイズが混じり、レーダーの画像が乱れていく。そしてレーダーが何も映さなくなると同時に通信が完全に途絶した。僕らの足元では攻撃を受けたユークトバニア艦のものではない。新手の……ECM。僕らはもうこれを何度も経験している。わざわざECMをかけて付近を撹乱し、やってくるのはあの連中だ。――シュヴェルトライテ航空隊!僕は付近を見回した。どこだ。どこにいる!?何かが光るのが見えたのは右後方、方位160辺り……。間違いない!トライアングルが2つ、僕らの上からかぶさってくる。僕は反射的にスロットルをMAXに叩き込みつつ高度を上げて反転した。ガイヤ大尉も同様に反転。高空から加速して下りて来たトライアングルが二手に分かれ、一方は低空のウォーレン大尉たちに一方は僕らに襲いかかってきた。すっかり見慣れてしまった、白いSu-47!!同高度にポジションを取った敵機は、そのまま僕らにヘッドオン。互いに機関砲を応酬しながら旋回してすれ違う。双方損害無し。僕はそこから捻りこむようにして高度を下げた。逆にガイヤ大尉は反転してさらに高度を上げていく。下からはウォーレン大尉たちのトライアングルが高度を上げつつあり、その上から敵の一方のトライアングルが迫る。充分な速度を得た僕は、ウォーレン大尉たちを狙う一波の後方を取った。レーダーロック!ミサイルシーカーがHUD上を滑り、そして心地良い電子音が響いた。
「FOX2!」
ミサイル格納ベイから射出されたAAMが加速して伸びていく。両翼を固めていた2機が散開して追撃を断念する。AAMに追われた1機は高度をさらに下げて速度を稼ごうとするが、それを上回る速度でAAM は獲物に襲い掛かった。降下を諦めて敵のパイロットが上昇しようとしたときには、加速があまりにもつき過ぎていた。海面に腹から滑り落ちていったSu-47は反動で横転しながらダイブ、そこにAAMが殺到して胴体を貫いた。火球が海面で弾け、吹き飛んだ破片が大小の水柱をあげていく。かぶられての攻撃を回避したランス隊も散開し、ランス1が僕のバックアップに付いた。ガイヤ大尉が、2機のSu-47に追われていた。高G旋回を繰り返しながら、しかしレーダーロックを巧みに外していく腕前は見事だが、敵機も連携をしながら追撃の手を緩めない。キャノピー越し、"救援する"とウォーレン大尉に伝えて僕は機体を加速させた。途中、最初にすれ違った1機がヘッドオンしてきたのを、今度は確実に狙いを定めて機銃発射。同時にウォーレン大尉も攻撃開始。2機の機関砲の雨にさらされた敵は、機首からズタズタに引き裂かれて四散する。ガイヤ大尉機がエルロンロール。放たれたAAMが機体スレスレを掠めて飛び去る。そのまま大きく右旋回。依然後方の2機は離れず、こちらも急旋回で追撃。僕はレーダーロックをかけずにそのままAAMを発射した。一直線に突き進むAAMは、ガイヤ大尉を追撃しようとしていた2機の後方に迫り、彼らは散開して追撃を断念した。その代わり、狩りの邪魔をした僕らに牙を突き立ててくる。前方からの激しい機関砲弾の雨をロールで回避し、互いに最大戦速ですれ違う。轟音と衝撃が機体を揺さ振って、すれ違った機体があっという間にごま粒ほどに小さくなる。難を逃れたガイヤ大尉機が僕らに合流した。損害は特に無し。残存敵機は4機。僕はふと、キニアスがいるのでは、と辺りを見回した。しかし、付近にその姿は無い。どこかで高見の見物を決め込んでいるのか、それともそもそも出番が無い、と考えたのか……。

二手に分かれていた敵機は一旦合流し、今度は僕らに覆い被さるように襲いかかってきた。四方からの機銃掃射とレーダーロックを回避し、ループしてその背後を取ろうとする。急旋回したSu-47が僕の右翼を通り過ぎていき、背後で急反転して僕の背後を取る。舌打ちしつつ逆ループから機体を180°ロールさせて急旋回。再び機体を90°ロールさせ、水平線が垂直に切り立った状態で急旋回。高Gで一瞬ブラックアウトするのを何とかこらえ、追撃を振り切る。胃が裏返るような機動に耐えながら、僕らの戦いは続く。旋回とループを繰り返しながら、僕らは互いに球面上を舐めるように飛び交い、有利なポジションを奪い合う。ループの途中でランス2・ランス3と合流し、彼らが追撃していた1機に狙いを定める。ケネスフィード中尉がAAMを発射。白煙を吐きながら空を切り裂いたミサイルは実はロックが為されていないのだったが、回避行動を取った敵は上昇してやり過ごそうとし、速度を減じた。その隙を突いて僕とランス2が総攻撃。エンジン付近を穴だらけにされた敵機のキャノピーが飛んで、パイロットが射出される。これで3機撃墜!だがECMは止まない。どうやら前回とは異なり、電子戦専用機か或いは管制機からECMが行われているらしい。依然レーダーは回復せず、通信も雑音が響くだけ。
半分に撃ち減らされた敵機が高度を下げたのはその時だった。急降下した2機が、炎上したユーク艦艇から離脱しようとする輸送船の一隻を捉えた。発射された機関砲は艦橋部分を直撃し、戦闘艦艇ではない輸送船の貧弱な外装を弾き飛ばす。エンジンに直撃したのか黒煙が上がり、艦尾から炎を吹き上げた一隻から、乗組員たちが海へと飛び込んでいく。しかしここは凍てつく北の海だ。たちまち飛び込んだ船員たちが海面へと没していく。何て事を……!!追撃した僕らは、上昇に転じた敵機に集中攻撃を浴びせた。1機は機体中央からへし折れるようにして、もう1機はエンジンの爆発で機体を撒き散らして四散し、破片を海面にばら撒いていった。残る1機は味方を見捨てて逃走したが、僕らは深追いはしなかった。一際高い火柱が上がり、Su-47の攻撃を受けた輸送船が爆発した。竜骨が砕けた船体から火が吹き出し、ほどなく水没していった。僕らは最後に残った1隻の周りで旋回を始めた。艦橋部でライトが明滅する。……発光信号?ECMの影響で回復しない通信の代わりに、彼らはライトを使って僕らに信号を送ろうとしていた。……ワレ、テイコウノイシナシ、ネガワクバエンゴヲモトム、クリカエス、ワレ、テイコウノイシナシ……。ウォーレン大尉が返信を討つ。……ワガタイニコウゲキノイシナシ……。「了解、感謝する」と返答があるのを確認し、僕らは上昇した。ECMは僕らのレーダーを妨害していたが、同時に僕らの姿すら隠してしまう。この隙に乗じない手は無かった。実際、燃料も残り少なくなっていた。ガイヤ大尉を戦闘にトライアングルを組み直した僕らは、帰るべき母艦、カノンシード目指して戦域を後にした。

唯一の生き残りの輸送船が、「叛逆飛行隊9103」を追撃している最中に「偶然」輸送船の所在を察知したカノンシードと合流したのは、それから2時間後の事であった。もちろん、彼らは知らない。彼らを救った空母の搭乗員たちが、自分たちの船団を襲撃した集団の仲間たちであることを。
カノンシードとレッド・アイに合流……拿捕された輸送船は、ノルト・ベルカの民間輸送会社のものだった。船長たちはユークトバニアに対する人道支援物資の搬出という名目でコンテナを積み込み、出港したのだ、と語り、事実彼らは旧ベルカ公国軍の兵士たちですら無かった。だから、彼らに預けられたコンテナの中身を見て彼らは驚愕したものである。人道支援どころか、コンテナの中に積み込まれていたのは、無骨で冷たい光沢を放つ金属群――分解された戦闘機のパーツだったのだから。さらに、それらの中からは通常の戦闘機では考えられないような代物まで見つかった。大口径の砲身と自前の飛行装置を持たない弾頭、そして一つのユニットとして組み立てられているコクピットはキャノピーを持たず、その代わり全面ディスプレイによって視界を確保するという、まさにTAN-F計画のメモに書かれていた「COFINシステム」そのものだったのだ。ZOE-XX02と呼ばれているらしい試作機は、完成形でない状態ですら異形の身を晒し、何とも言えない威圧感を放っていた。現物を目の当たりにしたマイカルは、まさか自分の勤めていた企業がこんなものの開発に積極的に関り、さらには戦争を裏で操り続けていたことに少なからずショックを受けていたようだった。何しろ、それらのパーツを格納していたコンテナには、はっきりと描かれていたのだ。――ノース・オーシア・グランダー・インダストリーのエンブレムが。恐らくは沈められた輸送船にも同様に試作機が積まれていたのだろう。そして、それを知っているが故に、9103を襲撃した敵戦闘機部隊――シュヴェルトライテ航空隊だろう――は、何の脅威でもないはずの輸送船を沈め、証拠隠滅を図ろうとしたのだ。

エルアノ基地に輸送船拿捕の第一報と、9103がベルカの飛行隊を撃退したことを告げると、クライスラー大佐は安堵のため息を漏らしたようだった。
「ところで、傷の具合はどうかね?」
「大丈夫です、と言いたいところですが、さすがに私も歳ですな。ガイヤ大尉がうまく当ててくれましたから、障害が残ることはなさそうです」
「そいつは何よりだ、大佐。時に基地の方はどうなっている?」
「滑走路の修復はほぼ完了しています。突貫工事でしたが、ここに残った連中が良くやってくれました。格納庫とかはさすがにボロボロなので、傍目には機能を失った航空基地として充分通用するでしょう」
エルアノからの脱出の際、9103飛行隊には格納庫やドレヴァンツたちの乗ってきた輸送機、そして滑走路に対して攻撃を行わせたのである。首都から派遣されたであろう調査官の目に対する効果は抜群だったろう。おまけに、司令たるクライスラー大佐は銃撃を受けているのだから。監督不行き届きを責められはするだろうが、基地全体がまさか造反しているとは本国のモグラどもは気付きもしないだろう。だから、自分らが好き勝手出来る。アルウォールはそう思い当たって苦笑した。オーシア海軍の士官となってから長い年月を過ごしてきたが、軍の命令としてではなく、道を誤りつつある国家と軍を糾すため、自らの判断で動くことになるとは思いもしなかった。
「アルウォール少将、ZOE-XX02を9103の面々にも見せたのですか?」
「ああ、現物を見て皆呆れていたよ。"まるでコミックだ"とガイヤ大尉がぼやいていた。私も同感だ。現実離れした物を目の当たりにすると、人間は言葉が出なくなるもんだね」
「部隊として運用出来るよう、機体を組み立てますか?」
……確かに、ZOE-XX02は組み立てられる。ご丁寧に弾頭まで揃っているのだから、9103で運用すればベルカに対して強力なアドバンテージを発揮することが出来るに違いない。だが、ガイヤ大尉たちはそれを良しとはしないだろう。あの機体がもたらすのは、圧倒的なまでの壊滅と殲滅。兵器は乗る人間によって良い使い方も悪い使い方も出来るというのは戯言だ。兵器は所詮兵器。人殺しのための道具以上の物ではないのだから。アルウォール自身も、運用には反対だった。それが分かっていて、大佐は聞いているのだ。
「主戦派政権に突き付ける証拠として組み立てるのは賛成だが、9103での運用をする気は無い。それにガイヤ大尉たちが乗るはずも無いと思う。あれは使ってはならない、パンドラの箱だよ」
「それを聞いて安心しました。……時に少将、妙な噂が最近市民だけでなく兵士たちの間でも流れているのをご存知ですか?ハーリング大統領が実はオーシアにはおらず、今の政権は大統領の名を騙って国を好き勝手に操っているのだ、と」
「ようやく、伝わってきた、というべきかね。話を流したのは誰だろう……?ユークトバニアに対する積極的侵攻など、ハーリング大統領が選択するはずも無い。15年前の「鬼のハーリング」が当時と変わっていないのだとしたら、彼は可能な限り速やかに停戦交渉を始めていただろう。それすら行わずに戦端を開くなど、別人の仕業としか思えない。そう仮定すれば、今の参謀本部や副大統領たちの行動の辻褄が合う。もっと早く、そのことに気が付くべきだったよ。……尚更、参謀本部の命令など聞けたもんじゃないな、大佐?」
「同感ですな。ガイヤ大尉ならきっとこう言うでしょう。"クソッタレ"とね」
だからこそ、自分たちは生き延びなければならない。恐らく、自分たちはこの戦争の裏で進められていた謀に手が届くところまで来ているのだ。それがベルカと主戦派たちの手によるものだ、という証拠を明らかにし、彼らを断罪するそのときまで、決して倒れるわけにはいかない。そして、部下たちをこれ以上死なせてはならない――アルウォールはそう心に改めて誓った。散っていった搭乗員たちのためにも、それだけは果たさなければならない約束だったから。
「失策だったな」
無機質なブリーフィングルームでは、ただ一人逃げ帰ったパイロットがうなだれていた。彼らが遭遇したのは、間違いなく9103の連中だ。そして9103との戦いで、既に10機近くが撃墜されている。機体は調達できても、パイロットの調達はより困難を極めるだろう。だが、今の自分には欠けた戦力を補うだけの力がある。破壊力がある。通常の戦闘機乗りが減ったところで悩むことは無いのだ。
「それにしても、あのYF-23A。やはり真っ先に殺しておくべきは奴だったな」
お前とて、落とされたクチだろう。同じ機体を操る男に対し、心の中で履き捨てる。しかし、奴――!やはり、前に立ちはだかるのはお前か、アネカワ。国から追い出されてまで目障りな奴め。あのときに死んでいれば良かったものを――。いや、違うか。奴を屠るのは、選ばれし血統の人間こそ相応しい。そう、オーシアの英雄たる、キニアス・アップルルースこそが――!

Another Acesトップページへ戻る

Requiem for unsung ACESインデックスへ戻る

トップページに戻る