Gamble Everything
闇夜を切り裂くように機関砲の光が向かってくる。バレルロール。自分が発射したAAMの排気煙を振り払うように回転してヘッドオンした敵機とすれ違う。正面からまともに直撃を喰らったSu-47が部品と炎と煙を撒き散らしながら頭の上を通り過ぎ、直後エンジンが暴発して夜空に火球を出現させる。時間差攻撃のように次の敵機がヘッドオン。ロックオンは間に合わない。彼らの背後に上空から反転してきたウォーレン大尉たちが接近する。機首を5°上げて緩上昇。敵から発射された機関砲がさっきまで僕らのいた空間を切り裂き、その刹那轟音と共に3機が通り過ぎていく。そして加速をつけたウォーレン大尉たちが僕らとすれ違う。ドラグーン3、AAM発射。狙われたSu-47が大きく右旋回。ドラグーン2、ドラグーン4がトライアングルからブレーク。ケネスフィード中尉は上昇反転、ガイヤ大尉は左旋回しながら同様に旋回。そして僕は、最後に突っ込んでくる一派を狙った。HUDの照準レティクルに一方の姿を捉えた瞬間に機関砲のトリガーを引く。直後ローリングして相手の下をすり抜ける。撃墜には至らなかったものの、エンジンに弾を食ったSu-47が黒煙を吐きながら通り抜けていく。残る1機は……やはり来ていたか。異形の戦闘機。ベルカの産み出した、殲滅戦用攻撃機ZOE-XX02――"ADLER"。通り過ぎたと思った相手は、機首を跳ね上げていきなり加速状態から反転、安定翼を利かせていきなり僕の背後についた。くそっ、なんて旋回能力だ。
「9103、いや、ドラグーンか?アップルルースを殺ったくらいでいい気になるなよ。このADLERはレール・ガンを使わなくても世界最高の戦闘機だということを身を持って体感させてやろう!!」
耳障りな警告音はもちろんロックオン警報。大Gに備えてシートに身を沈めつつ急旋回。7Gを超える旋回で一瞬視界が黒くなりかけるのを耐え、機体を水平に戻して再加速。レーダーロックからは逃れたが背後から振り払えず。そのまま機体をロールさせて反対側に急旋回。嘔吐感がこみ上げ、胃が裏返りそうになる。例のCOFINシステムの中を覗いて分かったことだが、意図的にシートをリクライニングさせている奴の機体のコクピットは、YF-23Aよりも耐G機能に優れた作りになっている。一回り大きい機体で尋常でない機動力を発揮するには、それしか方法が無かったことも事実だろうが、実際に目の当たりにすると舌を巻かざるを得ない。再びレーダーロック警報。直後それはさらに甲高い警報へと変化した。背後を振り返ると、敵の翼端灯以外に赤い炎が2つ。距離はまだ充分にある!機体を垂直降下に切り替えて一気に降下。高度計がコマ送りに減じていく。AAMは依然後方から急接近。加速を殺さないように機首を上げ始め、反転してさらに再加速。旋回に付いて来れなかったAAMが真っ直ぐ地上へと伸びていくのを確認してため息を吐き出しつつ、敵の姿を求める。仕切り直しとばかり距離を取った奴の機動に悪寒を感じ、僕は反射的に操縦桿を引き上げて上昇に転じた。ドン、という音は空間を切り裂く弾頭のものだったろう。衝撃波と共に空を何かが引き裂き、そして僕らの下方で炸裂した。山肌に突き刺さった弾頭は辺りの木々をなぎ倒しながら爆発し、地表を照らし出す。
「アブねぇったらありゃしねぇ。あんなの食らったら何も感じないでお陀仏だ。おいアネカワ、大丈夫か?」
「そんなこと言っている場合じゃないだろ、ドラグーン2!!後方、敵機2、回避しろ!!」
「分かってる!!」
決して大尉たちも楽勝というわけではない。一進一退の攻防を繰り返しながら、目まぐるしくレーダー上の光点が行き交っている。それでも僕らは空中管制機の支援を受けられる分、以前よりも恵まれていた。レール・ガンを撃つために速度を落とし安定飛行していた敵を振り切って加速し、反転してようやく僕は相手の背後を取った。こちらの接近を察知したADLERは3基のエンジンから猛烈に炎を煌かせながら加速を開始。追撃してこちらも最大出力。急上昇に転じた奴を頭上に見据えながら、ブラックアウトしない程度のループで追撃する。
「くそ、どこだ、どこに消えた、うるさいハエめが!!」
動きが止まった瞬間を狙ってレーダーロック。良し、すかさず僕はAAMを発射。危険を察知したZOE-XX02はバレルロール、頭を下にして急降下反転に出た。それにしても見ていて呆れる機動だ。僕が同じことをやったら、間違いなく意識が飛んで地表に叩き付けられるのがオチだ。僕はコツを少しずつ掴みつつあった。相手の機動にまともに付き合っていたら、こっちの機体と体が持たない。ならば相手を追い越さない程度に大回りで常に相手を機動させ疲弊させてやる。ガイヤ大尉たちがSu-47を抑えてくれているおかげで、僕は思う存分目標を狙い続けることが出来た。僕を振り切れないことに苛立ったのか、敵はさらに増速。混戦を続けている友軍機の群れの中へと突入していく。僕もその後を追って突入。ちょうど旋回してきたSu-47が僕の真正面に身体をさらす。照準レティクルの中に完全に捕捉した敵めがけ、ガンアタック。機関砲弾が装甲とエンジンと部品を引き裂き、エンジンの火が消えたノズルから黒煙が吹き出すのを見届けて旋回する。キャノピーが跳ね飛び、パイロットの姿が虚空に打ち出される。機体に巻き込まないようにしてそれをかわし、改めてZOE-XX02の姿を探す。僕がSu-47を攻撃している間に距離を確保した奴は、反転して真正面から突入してきた。互いに機銃を発射。数発が敵の機首で弾けるが、致命的な損害にはならず、猛烈な衝撃と轟音を残してすれ違う。その直後、南ベルカの方向で轟音が空を揺るがし、巨大な火球が山脈で炸裂した。レール・ガンをまた発射したのか?いや、そんな規模のものではない!もっと巨大で、おぞましい何かが――。
「ククククク、見たか、オーシアの愚物どもめ!!自らが産み出した兵器によって狙われる恐怖をたっぷり味わうがいい。心有る者たちだと!?そんなものに寄せ集められた烏合の衆など、SOLGの敵ではないわ!!そして、我らシュヴェルトライテの敵でもな!!怯えるがいい、うろたえるがいい!!そして騎士たる私の裁きを受けるがいい!!」
奴の高笑いはいちいち僕の気に障った。冷静な思考回路とは裏腹に、胸の辺りが熱くなってくる。
「その前に、僕がお前を落とす。仲間たちに指一本触れさせない。お前ごときにそんなことは断じてさせないぞ!!」
「ほざくな、若造!!貴様に祖国を失った者の苦しみが分かるのか?掴みかけた栄光を逃し、屈辱の日々を過ごした人間の気持ちが!この戦いは聖戦なのだ。ベルカによって統治された新しい世界の創造のためなら、私は全ての命を奪う罪すら犯す覚悟だ。私にはその権利と、何より力がある!」
互いに急旋回から再びヘッドオン。今度は相手の方が早く、僕は舌打ちしながら数回転。何とか機銃の雨をかいくぐり、再び急旋回。HUDを睨み付けて敵の姿を追い続ける。シザースから機動性を活かしたインメルマルターン。加速しながら大回りで追撃。大Gで身体はシートに張り付けられ、腕さえも動かすのに一苦労。暗くなる視界で獲物を睨みつつ、水平飛行に移る敵の背後から離れない。
「オーシアとユークトバニアの戦争を見て分かっただろう、若造。民主主義とかいう制度は、簡単に戦争などという行為を支持し、少し風を吹かせてやるだけで憎しみを簡単に深め合っていく。かつてベルカを滅ぼした国々は、平和にあぐらをかいた者たちによって弱くなってしまったのだ。そんな国と愚民などいらぬ!だが、ベルカは違うぞ。「力」の使い方を知り、力によってこの世界を統制出来るのは、我ら選ばれしベルカだけなのだからな!」
僕はようやく気が付いた。この男の本質に。そう、彼の言葉は、ベルカとオーシアの違いはあれ、キニアス・アップルルースと次元が一致しているのだ。力を武器にした覇権、栄光、権力――そしてその目的の達成のためならば、市民は喜んで犠牲になるだろうと信じて止まない傲慢さ。この男は決して逃してはならない。キニアスに輪をかけて危険な匂いを嗅ぎ取った僕の背中に冷や汗がにじむ。だが、ZOE-XX02に乗る男よりもさらに冷たく重い声が聞こえたのはその瞬間だった。
「何をしている、シュヴェルトライテ。ラーズグリーズの申し子たる我らの名に泥を塗るつもりか?」
背後のパネルに映るYF-23Aの姿が振り切れない。レーダーロック警報音が絶えず鳴り響き、いい加減耳がおかしくなってきた。大柄な機体を激しく機動させることによって発生するGに機体も身体も悲鳴をあげているが、回避行動を止めることは即敗北――死を意味していた。そんなときだった。あの男の声が聞こえたきたのは。
「貴様、グラーバクか!?」
「ああ、久しいな、チェスター。しかし、何という体たらくだ。我らとオブニルに劣らぬ技量を持つと言うからこそ、限られた同志たちを君の元に行かせたのだがね。足止めすら出来ないようでは、ラーズグリーズと等しい者の名に恥じるとは思わないか?」
激しい怒りがこみ上げてきた。そういうお前たちこそ、たった4機の亡霊たちに落とされたのだろうが。人のことを言えた義理ではないはずなのに、なんという言い草だ。だが、確かに彼らの言うことにも一理ある。新世代の戦闘機と言えるZOE-XX02を2機受け取りながら、9103――ベルカのための贄だったはずの者たちによって、ここまで追い詰められたのは事実なのだから。怒りで罵声を浴びせそうになるのをかろうじて堪えながら、搾り出すように声を発した。
「我々にどうしろというのだ?」
「簡単なことだ、本来の目的を実行せよ。そもそも、君たちが速やかに獲物を狩ってくるというから行かせたんだ。部下が戻れないというなら、君だけ戻ればよい。ADLERの任務は敵の殲滅にあることを忘れるな。後は自分で考えたまえ」
「ふざけるな!!貴様らこそ、ベルカの危機にどこに行っている!?貴様に命令される筋合いは――!」
「口を慎め、チェスター。我ら同志に無能者は必要ない。命で償え、シュヴェルトライテ」
それきり通信が途絶えた。言いようの無い敗北感がこみあげてきて、チェスターはキャノピーを拳で殴りつけた。グラーバクに「無能」の烙印を押されたということは、最早ベルカの同志としては自分たちは扱われない、ということだ。つまり、使い捨ての「細胞」に降格されるというわけだ。15年。15年耐えてきた結末がこれか。これが夢でなければ喜劇以外の何者でもない。チェスターは笑い出していた。凍り付いた表情の口だけが歪んで笑い声をあげる、不気味な笑い。パイロット一筋で生きてきた彼には妻も子供もなく、ベルカによる世界制覇の実現が彼の全てだった。それが失われたとき、チェスターにとっては全てが失われたも同然だった。破綻した思考回路はやがて、音を立てて切れた。狂気が彼の理性を弾き飛ばし、そして爆発した。後背から浴びせられる殺気を笑いながら受け止め、やがてけたたましい警報が響き渡った瞬間、チェスターはチャフを展開して飛び立ってきた方向めがけ針路を向けた。スロットルを最大に叩き込み、相棒たるADLERの機体を加速させる。
「ベルカも、オーシアもユークも関係ない。一人でも多く道連れにしてやるぞ!!騎士の凱旋だ!!」
正気を失った彼の口からは不健康な笑いが漏れ続ける。そして彼は気が付くことが出来なかった。彼をそうさせることこそ、彼を見限った者たちの狙いであったことに。
必殺の一撃のつもりで放ったはずのAAMはチャフに妨害され明後日の方向へと伸びていった。旋回状態から機体を立て直した敵は、弾かれるように急加速開始した。僚機の支援に向かうのではなく、正反対の方向――彼らが出撃してきたであろう南ベルカに向けて、奴は猛然とダッシュしていく。一体何なんだ?僕は正直なところ混乱した。折角離脱したのを好機と、ガイヤ大尉たちをサポートして敵機を殲滅することも出来るが、僕は突然離脱した敵の行動自体に恐怖を感じた。――奴が、無差別に攻撃を行ったとしたら――。
「ドラグーン1、アネカワ、奴を追撃しろ!ここは私たちで押さえる!!」
「真打はちょうどいい頃に登場するのが定説ってやつだ。お前は前座で、あの化け物を仕留めろ。行け、あいつは、ザウケン――俺たちの大事な仲間の命を奪った連中の親玉の一人だ。ここを墓場にしてやれ。さあ、ぐずぐずするな、アンラッキーボーイ!!」
隊長機の後を追おうとしたSu-47の針路を、ガイヤ大尉たちが遮り行かせない。そうだ、奴を野放しにしてはいけない!スロットルを最大に叩き込み、僕もまた南ベルカへとダッシュする。機動性はともかく、あれだけの巨体から来る空気抵抗と重量は、確実に奴の足を抑えてくれる。大丈夫、まだ間に合う!レーダー上の光点を追って、僕は音速を超え夜空を駆ける。3基のエンジンから炎を吹き出しながら猛然と逃げるZOE-XX02。その機首が光り、直後大地で巨大な火球が膨れ上がった。吹き飛ばされる木々や施設が、炎に照らされて一瞬目に入る。くそ、やはり奴はグランダーの施設を爆撃するつもりだ!!もっと速度を。もっと早く、相棒。9103に配属されて以来、すっかりと手足のように馴染んだYF-23Aに呼びかけていた。そして手を胸元のポケットへ当てる。既にYF-23Aは最大速度に達し、グランダー中枢は目前に迫ってきた。空に陸に光と炎が弾け、飛び交う無線が断片的に聞き取れるようになってくる。既に始まっている戦いは一進一退を繰り広げているのだろうか。再び"ADLER"がレール・ガンを発射。新たな火球が膨れ上がり、爆風と衝撃波が破壊の嵐を出現させる。
「くそっ、何だ。SOLGってやつの攻撃か!?」
「こちらグライフ1、違うぞ。もっと近くからだ。ヘリボーンの1機が巻き込まれた!!」
交信がはっきり聞き取れるようになる。ふとレーダーに目を落とした僕は、思わぬ好機を手にしていることに気が付いた。レール・ガン発射のために減速したZOE-XX02との距離が一気に縮まっていたのだ。一時は消えかけた敵のアフターバーナーの光が、ぐん、と迫ってきた。操縦桿の発射ボタンに指を乗せ、レーダーロック……ミサイルシーカーが重なりロックオンを告げる。加速しきれていない敵はさらに接近し、相対距離がコマ送りで縮まっていく。フォックス・トゥー!!放たれたAAMが闇夜を切り裂き、まっすぐに伸びていく。ZOE-XX02がそれを察知していないはずはなかったが、まるでミサイルの接近に気が付かないように直進を続ける。一本が左主翼を捉え、直撃した弾頭の炸薬が爆発して翼をもぎ取る。衝撃で弾け飛んだ機体は、しかし安定翼を利かせて姿勢を立て直してさらに進む。だが確実に足の衰えた獲物を僕は逃すつもりは無かった。既に接近しすぎていてミサイルは使えない。照準レティクルに安定翼を捉え、僕は発射トリガーを引いた。これで終わりだ!粉煙のように部品を撒き散らしながら、砕かれた安定翼が機体から千切れ飛んだ。
ミサイルの直撃でディスプレイのいくつかが死に、何も映さなくなっていた。まさに「棺桶」の名に相応しいコクピットで、再び鈍い衝撃をチェスターは感じた。再び直撃を受けた機体からパーツが千切れ飛んでいく。だが、彼にとってそんなことは些細なことでしかなかった。翼が折れようと、エンジンが死のうとどうでもいい。一人でも多く地獄への道連れを。一人でも多く。彼はレール・ガンの発射トリガーを引いた。反応無し。警告音はバレルが異常過熱していることを告げ、弾頭の発射を拒む。それでも彼はトリガーを引き絞り続けた。何故だ、何故発射出来ない。おまえまで私に逆らうというのか?バキッ、と音がした瞬間、大地が突然斜め下へと流れ、猛烈なGが彼の身体を襲った。頚椎で嫌な音がして激痛を感じると同時に身体はシートに叩きつけられ、腕すらまともに動かすことの出来ない状態で視界が目まぐるしく空と陸を映し出す。翼と安定翼をもがれたADLERは、機体バランスを崩して空中ででたらめにスピンを始めていたのだ。何回目かの地面が見えた瞬間、チェスターはマスクの中で嘔吐した。立ち込めた異臭にむせ返り、さらに呼吸が苦しくなる。吐き出したものが胃液ではなく、血液だと気がついたとき、彼の思考回路は恐怖で埋め尽くされた。操縦桿を動かそうとするが、既に操縦不能となった機体は、中に乗っている人間のことなどおかまいなしに暴れ回る。食い込んだシートベルトが身体にめり込み、鮮血がコクピットの中に血煙を彩る。視界は真っ赤に染まり、全てのものが緋色に彩られる。何も考える余裕のなくなった彼の耳に、何かが凹むような音とはがれるような音が聞こえた。それとほぼ同時に、ついに空中分解したZOE-XX02は、ぼろきれのようになったチェスターの身体を虚空に放り出した。残骸と見分けが付かなくなった亡骸は、闇に覆われた大地へ落ちていった。
自滅した敵の姿などもう僕の頭にはなかった。というよりも、そんな余裕が与えられなかったと言って良かった。南ベルカの空は、敵と味方で飽和状態。オーカ・ニェーバと名乗った管制機にサンダーヘッドから連絡が届いていたとはいえ、名乗る暇すら僕には与えられなかった。一進一退どころか、敵が圧倒的に多いのだ。地上からの対空砲火。上空の複数の敵機からのミサイルロック。鳴り止まない警報で耳がおかしくなりそうだった。
「こちら空挺第一旅団、対空砲火依然止まず!4号機が被弾したがまだいける!!」
「左からATM!!かわせーっ!!」
何度目かの旋回で正面に飛び込んできた敵の後背めがけてAAMを放って急旋回。一瞬ブラックアウトしかかって爆発した敵機をかわして急降下。対空砲火の火線をすり抜けて低空飛行。低層ビルが後方へと吹き飛んでいく高度で敵の追撃をかわし、急上昇。ヘリボーン部隊のヘリが対空砲火の中を猛然と突入して高度を下げていく。対空陣地を潰した黒い機体とJAS-39とすれ違う。漆黒のカラーリングに赤いスポットポイントの機体を見て僕は思わず息を飲んだ。ZOE-XX02!?だが、その姿と存在感は全くの別物だった。仲間たちと轡を並べ、時にその支援をしながら確実に敵戦力を削ぎ落としていくその姿は、破壊だけをもたらしていたシュヴェルトライテのものとは全く違う。――ラーズグリーズ。僕は唐突にその名前を理解し、そして納得した。あの機体を操るパイロットこそ、この世界の歴史を変え、ここに集った者たちを奮い立たせる存在なのだ、と。そしてそれは僕も同じだった。破壊された対空陣地の上に轟然と着陸したヘリから、戦闘部隊が一斉に飛び出していく。コントロール施設の建物に取り付いた彼らは複数の入り口から殺到し、突入を開始した。それに気が付いた敵機が急降下をしかけようとするが、その後背に張り付いたまた別の漆黒の戦闘機から放たれた機関砲弾で翼と尾翼をもぎ取られ、そのまま地面へと衝突する。低空から反転した戦闘機は、速度によって翼の形状を変えていくのだろう、前進翼を利かせて急反転して次の獲物を探し求める。下の兵士たちから支援に感謝、の通信。驚いたことに、その機のパイロットは女性らしかった。返答の声は、凛とした透き通るような声だった。着陸したヘリを守るように、装甲車と戦車が殺到し、防御陣地めがけて砲撃を開始。直撃を受けた陣地が大爆発を起こして燃え上がる。
「こちら地上部隊、コントロール施設の制圧に成功したぞ!!」
「ユークトバニア陸軍第35連隊だ。連中の帰りのリムジンの護衛は任せておけ!」
「敵は少数だ、コントロールを奪い戻せ!」
「ユークが手を出すな!ここはオーシアの地なんだからな!」
着陸したヘリに向けて機関砲弾が放たれ、反撃の火線が伸びていく。
「くそっ、本当に地獄の蓋が開いたみたいだ。友軍同士で殺しあうなど醜い!崇高な目的を掲げる我々をこんなところに追い詰めたのは彼らだ。ラーズグリーズ、ウォー・ドッグの亡霊どもなのだ!何をしている!!貴様たちの敵はあの黒い翼を持つ悪魔と、それに与する者どもだ。目を覚ませ!!」
どれが味方でどれが敵かすら判別が難しい空が、その一言で変化した。互いに罵りあい噛み合っていたオーシアとユークの部隊が、口々に「そうだ、敵はラーズグリーズだ」と言い、体制を立て直し始めたのだ。
「こちらオーカ・ニェーバ、接近中の部隊、所属を知らせよ」
「こちら未確認飛行隊、ドラグーンだ。うちの一番機が一足先に言っているはずだが、随分と劣勢みたいじゃねぇか」
「真打は頃合を見て登場、というわけだ。よろしく頼む!」
「ドラグーン隊、歓迎だ。とにかく人手がたりなくてな。この際亡霊でも悪魔でも何でもいいから手伝ってくれ」
ガイヤ大尉たちがついに到着しようとしていた。僕はユーク軍のエンブレムをつけたSu-37とオーシア軍のF/A-22とトライアングルを組んで友軍が既に制圧した区画の上空を飛ぶ。空を照らすサーチライトの筋が幾筋も伸び、時折照らし出された戦闘機の姿が光を反射して煌く。レーダーには無数の光点が映し出され、どれが敵でどれが味方なのかも判別することが難しい。地上でも砲火が飛び交い、爆炎と黒煙が大量生産されていく。ヘッドオンで突入してくる敵が3。IFFはオーシア軍機であることを告げていたが、レーダーロック警報音が響き渡る。つまり、敵ということだ!バレルロールで回避。黒い戦闘機の1機が、トンネル上空で敵機の一つと交戦開始。その北方からさらに新手の光点が多数出現。ノルト・ベルカ方向からの敵となれば、ベルカの新手か!高速で接近するその光点は山脈上空にさしかかり、そして南ベルカへと突入した。僕は僚機と共にその新手に対して針路を取った。少しでも、敵の戦力を削らなければ!
「見たか、ラーズグリーズ!我らはこれほどの戦力をも動かせるのだ。貴様たちに勝ち目など無い、諦めろ!!」
先ほどの男の声。おぞましい、と表現していいほどの暗さと危うさを僕は感じ取っていた。
「……果たしてそうかな?ベルカの正義を騙り、ベルカの人々を再び悲劇に巻き込もうとするおまえたちに、全てのベルカが与するとでも思ったか!!」
北方から来た光点は突然ブレーク。Su-47ではなく、Su-37で編成された航空部隊は友軍機を包囲しようとしていたベルカに襲いかかり、次々と屠っていく。いずれもエースといって良い腕前だ!
「こちら、ヴァィス・ブリッツ航空隊。私のコールサインはアクト01。ラーズグリーズ、ベルカにも平和と融和を願う人々がいるということを、私たちが証明しよう。再びベルカを悲惨な戦いの道へ駆り立てる者どもは、もはや同朋ではない。我らの唾棄すべき「汚点」だ!!」
アクト01機は同じカラーリングのSu-47に喰らいついた。必死の回避行動を嘲笑うように、上空で反転して後背を取った彼は、容赦なく敵のコクピットを撃ち貫いた。その後方をユーク軍機が2機追撃するが、その機動についていけず、むしろ後背をさらして別のヴァイス・ブリッツ隊機の餌食と化す。空からの攻撃が止んだ隙を突いて、陸上部隊が突撃を開始した。敵からの熾烈な砲撃で被弾しながらも戦車が突撃し、復讐の炎を叩きつける。集中攻撃を受けたベルカ軍の戦車が一台、また一台と破壊されていく。そしてついに、地上部隊はその喉笛を噛み砕いた。
「ラーズグリーズ。老人の冷や水で悪いがね、私も加勢させてもらうよ」
まさか、とは思ったが、練習機で使われているはずのホークが単機で敵を翻弄していた。速度も機動性も劣るはずの機体だが、その機体は最新鋭機顔負けの機動を見せて追撃をかわし、反対に報復の機関砲弾を浴びせて敵を葬っていく。僕の後方から友軍機が接近。二手にブレークした4機の戦闘機は、僕の両翼に展開した。
「さあて、まだ弾は残っている。もう一戦やってみるとするか!」
「待たせたな、ドラグーン1。さあ、竜騎兵の戦い方を見せてやろうじゃないか」
役者は揃った、とばかりの布陣だ。敵はトンネルの上空に再集結し、反撃態勢を整えつつあった。僕らも一旦離脱して、改めて反転。双方で数十機の戦闘機が互いをにらみ合い、その先頭にいずれも機体を漆黒に染めた4機の戦闘機が立つ。あれが、ラーズグリーズ。大統領たちのいう、希望の翼。この戦いを終わらせる、本当の意味での「真打」。ならば僕らの役目は言うまでも無かった。4機が前進を開始。続けてオーシア、ユークトバニア、ベルカから集った志を一つにした者たちが動き出した。僕は素早くコンソールを手繰り、状況を確認した。ミサイル、機銃残弾……良し。まだいける。燃料残量、とりあえず良し。お守り……大丈夫、そう、僕は独りで戦っているのではなかった。今この場にいない数多くの人たちの心と共に、僕はここにいる。彼らの思いを、祈りを、願いを潰えさせるわけにはいかない!
「オーカ・ニェーバより、歌声に集いし諸君。もう我々の目的はわかっているよな?我々の希望であるラーズグリーズ隊を守り抜き、突入を成功させよう。ユークトバニアも、オーシアも、ベルカもない。全機、奮闘せよ!!」