Another Aces


先頭の4機、漆黒の翼の異形の戦闘機たちが加速を開始する。それを待っていたかのようにベルカ残党に与した者たちの攻撃が再開される。編隊を保ったまま高度を下げていくラーズグリーズたちに対する攻撃は執拗で、次々と落とされていく味方のことなど気にもかけないように別の戦闘機が攻撃を浴びせていく。ラーズグリーズたちの進路に立ちふさがっていた対空砲台を破壊したMig-1.44が後背からの攻撃を受け被弾する。さらに攻撃を加えようとしたSu-47は、Mig-1.44の援護についたJAS-39Cから放たれたロケット弾によって火だるまになって地上に叩きつけられ木っ端微塵となった。
「支援に感謝する!」
「何の、お互い様だ。次のが来るぞ!!」
上空から新手が垂直降下。そいつらの狙いは、目標のトンネルへ突入しようとしているラーズグリーズ隊だった。まずい!僕はガンモードに火器管制を切り替えて反転しようとする一機を捕捉した。が、間に合わない。敵機から放たれた機関砲弾が友軍の機体を撃ち貫く。が、それはラーズグリーズの漆黒の翼ではなく、白いSu-37の胴体だった。ベルカ領から支援に到着したヴァイス・ブリッツ隊の2機が、自らの機体を盾にしてラーズグリーズを庇っていたのだ。僕は自分の捕らえた獲物を確実に料理した。エンジンを破壊されたSu-47はバランスを失って地上の施設に接触、数瞬後炎を撒き散らして四散した。僕らだけじゃない。この場に集った者たちが皆、ラーズグリーズの突破口を開くために奮戦していた。地上に展開した戦車部隊が抵抗を続ける砲台に集中砲火を浴びせ、爆発と火線を潜り抜けた兵士たちが突入を続け、或いは拠点の奪還を試みる敵兵士たちと激しい銃撃戦を繰り広げる。地上も空も黒煙と炎で飽和状態になり、その間を両軍の戦闘機が飛び抜けていく。翼を打ち抜かれた敵機がきりもみ状態のまま大地に叩きつけられ大爆発を起こし、巻き添えを食らったベルカ残党の戦車が砲弾を撒き散らしながら誘爆する。
「おい、聞こえるか、ラーズグリーズ!こちらウルフ3、コントロール施設は制圧した。トンネルを開放するぞ!」
硬い扉で閉ざされていた大トンネルがその口を開き始める。山脈をぶち抜いて穿たれたトンネルの入り口は、まるで地の底へと続く暗い穴のようだった。空から見ていると、それでもわずかな大きさしか見えない。あんなところへ飛び込んでいくというのか、ラーズグリーズは!針路をトンネルへと向けたラーズグリーズが高度を下げ、安定飛行へと移行する。それを狙っていく敵機を僕は叩き落としていった。旋回を終えて水平に戻したF/A-18の後背をHUDに捉え、ロックオン。コクピット内に響き渡った電子音を確認し、発射トリガーを引く。残り少なくなったAAMが放たれ、そして炸裂した。機体後部――エンジンと尾翼を引き裂かれたオーシアの敵機が脱出する暇もなく火の玉へと姿を変えた。爆発に巻き込まれないよう操縦桿を引き寄せた瞬間、レーダーロックされたことを告げる激しい電子音。バリバリバリ、という音は命中すれば機体を簡単に引き裂く機関砲弾の放たれた音。機体を揺さぶるようにして掠め飛んでいく火線を旋回上昇しながら回避するが、レーダーロックからは逃れられない。ぴたりと張り付いたSu-47の腕は確からしい。いや、敢えてF/A-18を囮にして、僕を狙ったのかもしれない。警告音が耳障りな音が響き、AAMが放たれたことを告げる。立場逆転、今度は狙われる側か!再び機体を降下させつつ右へひねりこんで、超低空飛行へ。そのまま炎と煙を上げている施設郡の只中を突破していく。目の前に並んで立つビルが迫る。いける!機体を90°ロールさせた僕は、そのままビルの隙間をすり抜けた。少しして、ビルが炎と光で照らし出された。敵のAAMは突破かなわず、ビルに激突して砕け散る。危機一髪!追撃からも逃れた僕は、今度こそ上昇して高度を確保した。その間にラーズグリーズは、ついにトンネル内部へと突入していった。ZOE-XX02と同じ、コフィンシステムを搭載した戦闘機を先頭に、地の底へと続く穴へ飛び込んでいく。この場に集った男たちの歓声がレシーバー越しに響き渡るが、僕はトンネルにもう一機戦闘機が飛び込んでいくのを目撃してしまった。更に何機かが上空から針路を確保してトンネルへと向かおうとする。突然、右翼の2機がAAMの直撃を受けて弾けとび、動きの止まった敵を友軍機が次々と血祭りに上げていく。
「歌声に集いし者たち、こちらオーカ・ニェーバ!ラーズグリーズは突入に成功した、繰り返す、ラーズグリーズは突入に成功した!もう少しだ、この場を守り抜くぞ。別働隊が飛び出してくるまで、何としてもここを確保するんだ!!」
「こちらラウキ3、言われるまでもない、こちとら最後まで付き合うつもりなんだからな!」
「そういうこった、こちらターミネーター隊、上空の戦闘機部隊のためにも滑走路を確保する。野郎ども、行くぞ!!」
「やれやれ、いい大人が揃って熱くなっちまってよぉ。だが、こういうのも悪くないな、なぁアンラッキーボーイ。残弾も少ないが、とことんやってやろうじゃねぇか」
左翼にポジションを取っていたガイヤ大尉が旋回降下して、滑走路への突撃を開始した部隊のサポートに回る。その後に続いて、攻撃機部隊が突撃を敢行し、ターミネーター隊に砲火を浴びせ始めた敵戦車部隊に爆弾の雨を降らせて行く。
「馬鹿な!栄えあるユークトバニア陸軍の我らを何故、同士が攻撃するのだ。おい、聞こえているんだろう、上空の味方機!ニカノールは我々を裏切って、オーシアなどと手を組んだ。我々は道を正さねばならないのだ、邪魔をするなぁっ!」
「何が道を正すだ、散々俺たちの国を好き勝手してきた連中の手先が偉そうな口を聞くな。国に戻られても迷惑だから、今この場で滅ぶんだな。恨みたいなら、自分たちの見識の無さを恨むんだな、裏切り者!」
爆炎と黒煙に包まれた戦車の残骸を弾き飛ばして、友軍の陸上部隊が滑走路へと突撃していく。輸送車両とヘリから飛び出した兵士たちが全力疾走して滑走路を横断して管制塔を目指す。滑走路を挟んで火線が飛び交い、何人かの兵士たちが地面に転がる。何機かの戦闘機が高度を下げて、管制塔付近を守るトーチカ群にロケット弾を浴びせる。大爆発を起こしたトーチカの光が滑走路を明るく照らし出し、そこを走り抜ける兵士たちの姿を露にする。
「よし、管制塔に取り付いたぞ。一、二の三で飛び込むぞ。盾よこしな」
兵士たちの叫ぶような通信がレシーバーにも飛び込んでくる。そうだ、彼らのためにも僕らは負けられない。AAMの残弾はあと3発、機関砲弾も残りわずか。だが、今やこの戦域の兵力差は完全に覆されようとしていた。時折放たれるSOLGの攻撃もものともせず、次々と友軍が到着しつつあったのだ。
「くそ、一体どうなっているんだ、何でオーシアとユークが手を取り合っている。奴らは憎しみあっていたのではなかったのか!」
「ラーズグリーズだ。奴らが、オーシアやユークの連中に気が付かせちまったんだ。俺たちが戦争を操っていたってな」
ヘッドオンで突撃してくる敵は二機。そのうちの一方に狙いを定めてトリガーを引く。HUD上の一点に過ぎなかった敵機の姿は真っ赤な炎に包まれたまま接近し後方へと飛びぬけていった。だが、その瞬間、僕の機体にも鈍い衝撃。もう一機の放った機関砲弾が、僕の機体を捕らえていたのだった。とっさに振り返って機体を確認。エンジン、主翼、尾翼に問題なし。計器盤上も問題なし。機首に穴が開いた以外特に支障なし。望外の幸運に感謝して、上昇反転。スロットルをMAXに叩き込んでレーダーロックをかける。HUD上をシーカーが滑るように動き、回避行動を取った敵のケツを無情にも捕捉した。発射。機体から滑りでたAAMは一気に加速して上昇に転じようとした敵機の胴体を貫き通した。真ん中から引き裂かれた敵機が爆発を起こして砕け散った。もう何機を落としたのか。一体どれくらいの時間が経ったのか。それすら分からなくなるような連戦また連戦という状況下、それでも僕は次の獲物を求めて辺りを見回した。すると、ラーズグリーズたちが飛び込んでいった山脈の一角が突然赤い光を吹き出し、そして大量の土砂を弾き飛ばした。SOLGの攻撃?いや、違う。あれは内部からのものだ。陥没した山の頂の下では激しい地殻変動でも起こっているのか、山の形がどんどんと崩れて変わっていく。そうか。僕は気が付いた。ラーズグリーズたちがついにやってのけたのだ、と。
「オーカ・ニェーバより、歌声に集いし者たち、ラーズグリーズたちが敵施設中枢の破壊に成功した。トンネル出口に展開している地上部隊、早く脱出しろ!」
「こちらウルフ・パック隊、無茶言うな、こちとらまだ敵さんと戦闘中だ。この際最後までここを守り抜いてやらぁ!」
「馬鹿言っているんじゃねぇぞ、こんな場所で犠牲なんざ許すもんかよ!」
ガイヤ大尉が上空から降下して機関砲弾を敵部隊へ浴びせていく。だが砲口を上に向けた対空砲台の攻撃の到着が先だった。直撃を受けた主翼と尾翼が弾け飛び、F/A-22の機体を激しく揺さぶった。
「大尉、ガイヤ大尉ーっ!!」
「情けない声出すんじゃねぇ、ここからが真骨頂だ。覚えておけ、パイロットが帰還すれば大勝利、機体の代わりは何とでもなるってな。ベイルアウトするぞ、後で会うときは勝利の美酒を傾けるときだ!」
キャノピーを飛ばして飛び出したガイヤ大尉のパラシュートが開き、主を失ったYF-23Aはそのまま降下して対空砲台へと突き刺さって爆発した。慌てて逃げ出した兵士たちが爆風に飛ばされて地面を転がる。くそっ、やらせるものか。僕も機体を急降下させ、ガイヤ大尉の狙った敵陣地に機関砲の数少ない残弾を叩きつける。カウンタがコマ送りで減少していき、ついに0カウント。操縦桿を思い切り引いて上空へと退避した後方では、蜂の巣になったトーチカと対空砲台が黒煙を吹き上げ、炎に彩られていた。

パラシュートは開いたものの充分な高度を取れず、ガイヤはコンクリートの上に結構な速度のまま落下した。とっさに受身とを取ったが、パラシュートがくっついたままの状態では満足に受身も取れなかった。衝撃で一瞬息が止まり、むせ返りながらもパラシュートを背中から外して転がる。まさか愛機を突入させての攻撃を披露することになるとは思わなかったが、その攻撃からなおも逃れた敵兵の火線が自分に対して向けられていた。何度も転がって物陰に飛び込んだはいいが、一発がふくらはぎに命中し激痛が頭まで突き抜ける。自動小銃を持つ相手に役に立つとは思えなかったが、拳銃を引き抜いて身構える。畜生、こんなところで俺は死ぬわけにはいかないんだよ。二人の子供とクリアの奴を置いて先にお陀仏なんてことしたら、何を言われるか分かったもんじゃなかった。激しい銃撃戦が繰り広げられる音が間近に迫り、覚悟を決めた彼は拳銃を突き出して発砲しようとして、自分をかばうようにジュラルミンの厚い盾をかざしている男たちの姿に気が付いた。
「全く、自己犠牲するなって言った奴が何て体たらくだよ。木乃伊取りが木乃伊ってのはまさにこのことだよなぁ?」
そう言いながら、鉄兜を被った男が手早く足の傷を応急処置していく。手馴れたもんだ。そんな俺らの上空を見慣れたYF-23Aが通過する。その先を逃げるSu-47がミサイルの直撃をもらってド派手に機体を弾き飛ばして四散する。アネカワの奴、もう俺の手助けは必要ないくらいに上達しやがった。あいつなら、もうどこの部隊に行っても頭を張れるだろう。まだまだ甘ちゃんだが、ベルカのエース相手に今日まで生き残ってきた実力は疑いようのないもの。オーシア・ユーク両国でもあいつをタイマンで落とせる奴は数少ないんじゃないか。
「おし、手当て完了だ。全く、折角覚悟を決めてたってのによ、仕事を増やしやがって。多分痛いだろうが、走ってもらうぜ」
「へっ、感謝しろよ。生き残る道を作ってやったんだからな」
「それだけ減らず口を叩けるんなら問題なさそうだな。ええっと……?」
「ドラグーン2、ガイヤ大尉だ」
「俺はウルフ3だ。さあ、それじゃあ往生際の悪い男達の脱出劇、第二幕といきますか!」
集まっていた男たちが自動小銃の集中攻撃を浴びせ、敵の火線を減殺する。敵の攻撃が止んだ瞬間を突いて、ガイヤはウルフ3に抱えられるようにして走り出した。足をつくたびに激痛が走り、涙が滲んでくるが、奥歯をかみ締めてびっこを引きながら駆けていく。こっちの姿に気がついた友軍の装甲車が猛然と走り出し、ガイヤたちをかばうようにして止まって砲弾を連続で撃ち出す。少し離れた陣地で爆煙が上がり、執拗に銃撃を浴びせていた敵兵の攻撃がすっかり止んだ。ユーク軍の装備をつけた男たちが「お疲れさん」と声をかけてきた。そんなガイヤたちの上空を、編隊を組んだ白いYF-23AとF/A-22が通り過ぎていく。見間違いようのない、仲間たちの機体だ。その先頭には、特別のコメント入りのエンブレムを持つYF-23Aがいる。そうだ、それでいい。ガイヤはその先頭機を操る男に向けて叫んでいた
「最後の最後まで諦めるんじゃねぇぞ、アンラッキーボーイ!!」

病室のテレビからは、南ベルカで繰り広げられている激しい戦いの様子が断片的に伝えられていた。だが、その映像には一番無事を確認したい人たちの姿は映らない。どちらが押しているのか、どちらが押されているのか、レポーターたちも確認することが難しい状況下、次々と新たなニュースが報じられていく。ユークトバニア方面軍司令官、ハウエル将軍がオーシア軍によって逮捕され、全軍がユークトバニア軍に対する攻撃を停止したこと、ユークトバニア国内で大規模なデモが発生し、首都シーニグラードでは数十万人の人々が戦闘継続を叫ぶ政府をついに包囲し、軍隊までもが同調して参加していること、南ベルカでは双方、オーシア・ユークトバニア・ベルカの部隊が集結して争っていること……。だが、そんなことよりも、帰ってきて欲しい人が今どうなっているのか、それがスマキアの最も知りたいことだった。きっと、あの人は生きている。生きて帰ってきてくれる。そう心の中で呟いた彼女の視線が、テレビに映し出された4機編隊に釘付けになった。その先頭には、YF-23Aの姿が見える。カメラの映像がズームになり、かすかに竜騎兵のエンブレムが映し出された。スマキアは口元を思わず覆っていた。その機動は、もうすっかり見慣れてしまったアネカワのもの。大丈夫、あの人は生きている。そう認識した心が熱くなる。ぼやけてきた視界を腕で拭い、彼女はテレビ画面を再び見据えた。最後の最後まで、この戦いを見届けるために。

「こちらドラグーン3、ガイヤ大尉たちの安全地帯への退避を確認した」
「全く、無茶しやがるぜ、ガイヤの旦那もよぉ」
「……だがそのお陰でトンネル前の部隊は撤退出来た。計算通りと言うべきかも知れない」
久しぶりに合流を果たした僕らは、編隊飛行をしながらトンネル上空を旋回していた。気がつけば敵の攻撃はすっかりと止み、空も地上も大統領たちの呼びかけに応えた者たちで満ちていた。そして崩壊を始めたトンネルは中枢からどんどん崩れていっているようで、山が轟音を上げながら変形していく。あんな状態で、中に突入したパイロットたちは大丈夫なのだろうか。そんな僕たちの不安を振り払うように、独特のだみ声がレシーバー越しに聞こえてきた。
「外の友軍部隊、こちらキング・オブ・ハート、もうすぐお外にランデブーだ。俺の突破口を邪魔しないでくれよ?」
「こちら、オーカ・ニェーバ、キング、バートレット大尉、無理はしないでくれよ」
「バカ言っているんじゃねぇ、とっくに無理なことをしているだろうが。でもなぁ、ここ一番の見せ場ってのは、俺みたいないい男に回ってくるもんなんだよ。さあて、そろそろ帰るとするか。行けぇぇぇぇっ!!」
中に飛び込んでいたパイロットがもうすぐ出てくる。恐らくは背後から迫っているであろうトンネルの崩壊を潜り抜けて。
「イヤッホーーーーーーッ!!」
危機的な状況に陥っているとは思えない叫びが聞こえた直後、トンネルから炎と黒煙が噴き出した。そんな、間に合わなかったのか!?一瞬後、その炎と煙を吹き飛ばすようにしてF-14が一機出現し、上昇に転じた。コクピットの中にまで響き渡るような轟音を上げて、トンネルが大爆発を起こす。崩された山から炎が吹き上がり、夜の山脈を赤い光で照らし出す。
「こちらサンダーヘッド、ラーズグリーズたちの突破を確認、4機とも健在だ。作戦は成功したぞ!!」
「こちらオーカ・ニェーバ、地上に展開していたベルカ残党軍からの降伏勧告受諾を確認。繰り返す、残党軍の降伏勧告受諾を確認!我々の勝利だ!!」
その通信をきっかけにして、大歓声が上がった。僕もまた、他の男たちと一緒に叫んでいた。そしてその叫びが、いつしか歌声に変わっていった。それは、先の大戦でも兵士たちの間で大流行した、伝説のソング――Journey Home。それは、全ての戦いが終わったことをこの地に告げる鐘のように南ベルカの地に広がっていった。

2010年12月30日23時04分、残存のベルカ残党軍部隊及びノース・オーシア・グランダー・インダストリー社による降伏勧告の受諾によって、南ベルカで発生した不正規部隊同士の戦いは集結し、ベルカ事変最後の戦いがここに終わりを告げたのだった。

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