Behind-the-scenes war
戦いの帰趨が決したことは明白だった。南北ベルカを結ぶために穿たれていたという大トンネルは崩落し、その最深部に位置していた中枢部もその中に埋もれたのだろう。この数ヶ月間の愚かしい戦いの舞台裏に関する貴重な証拠も一緒に土砂にまみれてしまったのだろうが、断片的な情報は「主戦派」に与していた者たちから得ることが出来るし、思わぬところから事実が得られることもあるだろう。だが、それは全てが、この戦争が終わってからのことだった。燃料や時間的な問題から考えてまずドラグーン隊の面々が戻ることのないはずのエルアノ基地に戻ってくるヘリがあった。識別信号は友軍――オーシアのもの。だが今となってはこの識別信号は全く当てにならない。既にこの戦争はオーシアか、ユークトバニアか、というものではなく、覇権を手にする者か、平和を求める者か、という戦いに変わってしまっているのだから。そして今エルアノに着陸しようとしているヘリに乗る人間は、覇権を手にしようとする者の駒の一つ。既にエルアノ基地全体が敵対する者たちの手に落ちているというのに、司令官殿はそんなことにすら気が付いていないのだろうか。そう考えて、クライスラーは思わず苦笑を浮かべていた。そうしたことが分からない人だからこそ、よりにもよってこの基地に戻ってきたことは疑いようも無かったから。
「対空ミサイルは既に捕捉しておりますが、撃墜しますか?」
管制塔のオペレーターの問いにクライスラーは無言で首を振った。攻撃の代わりに、彼は基地に残っている数少ない戦闘要員を集合させるよう命じた。ロックウェル司令が9103飛行隊を放って飛び回っていた理由が今更分かった。彼は、主戦派の一員としてグランダー・インダストリーと通じ、結果としてベルカに9103の情報を垂れ流しにしていたのだ。アネカワたちの機体にあのセンサーを取り付けるよう命じたのも彼とカスターの仕業だったろうし、戦争の舞台裏に気が付き始めたパイロットたちを闇に葬ろうと画策してドレヴァンツを送り込んできたのも奴というわけだ。戦いを終わらせるために戦闘機を駆り、大統領たちの友人と共に戦うことは出来ないが、少なくともあの男――ロックウェルだけは自分の手で始末を付けてやる。前線で命を賭けている部下たちのためにも、それは果たすべき自分の仕事だ、とクライスラーは心の中で呟いた。
それから程なくして、ロックウェル少将を乗せたヘリはエルアノの滑走路に着地した。クライスラーはまだ痛む足を引きずり、松葉杖をつきながらヘリに近づいていった。やがてヘリの扉がスライドして開かれ、中から蒼白な顔をした司令官殿が飛び出してきた。その瞬間、クライスラーの背後でライトの真っ白な光がヘリを照らし出し、彼の背後に待機していた兵士たちがざっ、とヘリを取り囲む。彼らの手にある小銃には、もちろん実弾が装填されている。いくつもの銃口に囲まれ、蒼白な顔を唇まで紫になるほど青ざめさせて、ロックウェルはしりもちをついてわめき始めた。
「い、一体何のつもりだ!!私は司令官だぞ、この基地の全てを取り仕切る最高権力者だぞ!!な、何の権限があって私に対して銃口を向けるんだ?懲罰会議にかけてやるぞ!!」
向けられた銃口が揺らぐことは無かった。クライスラーは松葉杖から手を放し、激痛がまだ走る足を引きずりながらかつての上官に近づいていった。腰が抜けたのか、ロックウェルは立ち上がることも出来ず、懇願するような目でクライスラーを見ていた。
「何をしているんだ、クライスラー大佐。早くこいつらを逮捕しろ!」
無言でロックウェルを見下ろしつつ、一歩ずつゆっくりとクライスラーは近づいていった。ロックウェルは愛想笑いを浮かべつつ、しかし立ち上がることも出来ずに彼を出迎えた。
「おお、心配していたぞ、クライスラー大佐。ガイヤ大尉に足を撃ち抜かれたそうだな。……ところで、9103はどうしている?ここにいるんだろう?実は参謀本部より極めて重要な作戦計画を預ってきている。搭乗員たちの叛逆はこの際不問としよう。すぐに出撃準備させるんだ。この作戦が失敗すれば、オーシアは二度と立ち直れないような打撃を被ってしまうだろう。汚名を返上するチャンスなんだ、私たちが今ここで……」
ヘリを取り囲んでいる兵士たちの口から失笑が漏れる。クライスラー自身も最早我慢の必要はなし、と半ば演技半ば本気で冷酷な笑みを口元に浮かべた。
「何だ、何がおかしい!クライスラー、貴様もこいつらとグルなのか!?貴様、それでも栄えあるオーシア軍人か!!わが祖国が世界最強の国であることを示す二度とない機会が失われようとしているんだぞ。早く9103を出せ、出さんか!!」
「ご安心下さい、ロックウェル司令。彼らは、オーシアを滅亡から救うための最後の戦場に赴いております。あなた方たちの手から、世界を取り戻すための最後の戦いにね」
クライスラーは静かに拳銃を抜き、ロックウェルの額に当てた。ヒッ、という短い悲鳴をあげて、彼の視点は額に当てられた冷たい感触を放つ拳銃に釘付けとなり、開かれた口の中では舌が踊る。こんな程度の野郎だったのか、と自嘲気味にクライスラーは笑った。軍隊においては階級の上下は絶対、どんな理不尽な命令でも従うことが美徳であることは充分に分かっているし、率先してそうしてきたつもりだった。だが、この男は初めから9103に関る人々を裏切り続けていたのだ。既に独自の判断で動き始めてしまった部隊を率いる身にとって、目の前の男の命令など歯牙にかける必要も無かった。
「あなたを拘束させて頂きます、ロックウェル元少将。軍人としてあるまじき行為を繰り返し続けたことはご自身が一番良くお分かりでしょう?弁明をされるのであれば、参謀本部の懲罰会議でするのですな」
「ま、待て、クライスラー大佐。君たちを欺いていたことは謝る。だがこのままハーリングの裏切者が復活してしまえば、我々軍人が国を正しい方向へ導くことも出来なくなるのだぞ。君の行ってきた違法行為は全て不問にするから、私に協力しろ。いや、君の望むことは何でも――」
「いい加減その薄汚い口を閉じなさい、ロックウェル。国を正しい方向へ導くですと?そんな与太話を口走っているから、操られていることにも気が付かず、無辜の市民の犠牲にも何とも思わず、戦争を軽々しく口ずさむことが出来る。あなたに、この国の未来を語る資格などない。その口を開くこと自体が、オーシアに生きる人たちに対する侮辱だ」
クライスラーはロックウェルの額に押し当てている拳銃にかける力をさらに強めた。
「あなたが一度だって前線に立って戦ったことがありますか?9103飛行隊の面々が戦闘を繰り広げている時ですら、のうのうとお偉方と密談ごっこをしていたんでしょう?……あなた方が好き勝手やった結果、ユークトバニアだけでなくオーシアでも何も知らずに多くの人々が死んでいったんだ!そしてあなたたちは安全な場所でいつも高見の見物。ハーリング大統領ですら、敵の迎撃を受けるリスクを冒してまで和平交渉の場に臨もうとしていたのにね。……私は、あなたを許すことが出来ない。全ての責任を取ってもらいましょうか」
クライスラーの険しい眼光と、額に突きつけられた銃口の圧力で、ロックウェルはすっかり喋る気力すら失っていた。それでも、何か言いたいのか、口の端が震えていた。銃口から逃げようと地面に着いた手を動かそうとしていたが、硬直した身体は言うことを聞かないようで、無様に弛緩していた。クライスラーはふと悪戯心を刺激された。やれやれ、私も部下たちの毒気にすっかりと当てられてしまったな、と思いつつ、彼は行動に移した。
「気が変わった。やっぱり私の手であなたを始末させてもらう。何、あなたのお得意な証拠隠滅で自害されたことにしておきますよ。さあ、司令官殿、軍人らしく潔く覚悟をお決めなさい」
その言葉が引き金となったように、硬直していたロックウェルは地面を這って逃げ出した。常軌を逸したような甲高い悲鳴を連続であげながら。だが、それでも足を負傷しているクライスラーが追い付ける程度の動きであったが。すぐに追い付いてしまったクライスラーは、今度はロックウェルの後頭部に銃口を押し当てた。
「さようなら、ロックウェル司令」
周りの兵士たちも驚いた顔をしている中、クライスラーは引き金を引いた。カチリ、という音がした途端ロックウェルは天を仰ぐように両手を突き出し、白目を剥いて気を失った。やれやれ、この至近距離でマガジンが抜いてあるのも見えなかったのだろうか、とクライスラーは苦笑した。無様に卒倒しているかつての司令官の頭を蹴飛ばし、完全に気絶していることを確認する。
「何をしている。元司令官を拘束しろ。ああ、そうそう、起き上がっても喚かなくて済むよう、マウスピースでもはめておけ」
「大佐殿も人が悪い。いやしかし、正直大佐を見直しましたよ。せいぜい丁寧に閉じ込めておきましょうや」
真っ先に動き出した年配の下士官がそう言いつつ司令の身体を担ぎ上げる。他の兵士たちもこれ幸いと司令官殿の頭を小突き回すのを苦笑しながら見送って、クライスラーは改めて滑走路を振り返った。既にこの基地をドラグーンの面々が飛び立ってから一時間以上が過ぎている。聞こえてくる断片的な情報から考えれば、戦闘は既に終わり、制圧した飛行場にでも着陸している時間である。この基地――いや、9103の中に潜んでいた害虫の駆逐はこれでようやく全て終わった。後は、彼らが戻ってくるのを待つこと、戻ってきたら、そのときは精一杯羽目を外してもらえるように手配をしておいてやろう。だから、必ず、ここに戻ってこいよ――ドラグーンが飛び立った空を見ながら、クライスラーは心の中でそう呼びかけたのだった。
歓声。歓声。ひたすら歓声。いや、ここまでくると騒音と言うべきか。僕の周りで無数の兵士たちが歓声をあげながら抱き合い、ある者は手を握り合い、戦いの終わりをそれぞれの形で祝福しあっていた。僕らが降り立ったグランダーの滑走路には、作戦に参加していた様々な国籍、様々な機種の戦闘機が並び、さながら航空ショーのような景色になっている。これでここに酒が運ばれたなら、たちまち狂乱の宴が始まることだろう。僕もまた熱気にやられて、何人かの兵士たちと抱き合う羽目となったが、中には号泣しながら叫んでいる者もいた。唐突に戦場に散っていった戦友たちのことを思い出し、泣き出す者が続出していたのだった。僕自身も、ザウケンのことを思い出し、やっと終わったよ、と呼びかけた。頭の中に浮かんだ彼の顔が、笑いを浮かべていたような気がした。僕は、胸ポケットに入れていた「お守り」を取り出し、手に取った。そうだ、彼女に――スマキア伍長にも戦いが終わったことを言いに行かないと。
「アネカワーっ!ガイヤ大尉を見つけたぞ!!」
その声はウォーレン大尉だった。いつものクールさが微塵も感じられないのは、大尉もこの熱気にやられているせいだろう。松葉杖を付いたガイヤ大尉がウォーレン大尉の頭を小突いている。僕は歓声をあげている男たちを押しのけるようにして、ガイヤ大尉の元に走っていった。
「大尉、怪我は大丈夫なんですか!?」
「馬鹿、大丈夫だからここにいるんだろうが!なあに、名誉の負傷ってとこさ」
と軽く言えるほど軽い傷でないことは、少し青ざめている彼の顔色と、足を覆った包帯と添え木を見れば一目瞭然だった。大尉の無事は確認していたが、実際に言葉を交わしたことで、ようやく緊張がほぐれて、僕は盛大なため息をついてしまった。
「なんだよ、俺が生き残ったことがそんなに気に入らないのかよ」
「違いますよ!何だか、こう……気が抜けてしまって……」
言っている間に視界がぼやけてきて、僕は慌てて腕で顔を拭った。それを見てグレッグ中尉が僕の背中を叩く。ケネスフィード中尉は相変わらず無言だったが、口元に笑みをうかべて頷いていた。
「ああもう、泣くんじゃねえ、小僧が!俺が落ちたのは、自分の責任、自分の腕がそれまでだっただけのことよ。それにアネカワ、おまえがあの後援護に回ってくれたから、俺も、あの部隊の連中も無事だったんだぜ。――ありがとうよ、アネカワ。おかげで、クリアの奴にも会いにいけるし、二人目の子供の顔も見ることが出来る」
ガイヤ大尉は今まで見たことも無いような優しい顔で、僕の肩を叩いてくれた。もちろん、それがトドメになり、涙が止まらなくなってしまう。
「もうおまえさんに教えることはない。おまえは本当に成長したよ、アネカワ。もう隊長としても充分やっていける。――俺の背中を安心して預けられる」
「そうだな、ガイヤ大尉の言う通りだ。私も、君になら安心して背中を任せられるし、君の指揮でなら何だか色々と出来そうな気がしてきたよ。私からも礼を言わせてくれ。ありがとう、アネカワ」
「なんだよなんだよ、ガイヤ大尉もウォーレン大尉も湿っぽくなっちまってよぉ。そんなだと……こっちまで……」
「グレッグ。おまえはそのデリカシーのないところと言い、まだまだ教えることが山ほどありそうだ。アネカワに少し鍛えてもらったほうがいいんじゃねぇか。なぁ、アンラッキーボーイ?」
思わず苦笑を浮かべながら空に視線を移した僕は、そこに有り得ないようなものを見出し目が離せなくなった。星が瞬く夜の空を切り裂くように、赤い炎が横切っていたのだ。あの光は一体……?さっきまでの熱気が急速冷却されていく。それは他の兵士たちも同様で、さっきまでの歓声が嘘のように静まり返っていく。ある者は指差し、ある者は呆然と、音も無く空を横切る赤い炎に目を奪われていた。
「そんな馬鹿な……」
誰かの声が静まり返った滑走路に響き、何人かがその声に振り返った。陸軍の兵士たちに小脇を抱えられた白衣の男が、僕らと同じようにその光を驚いた表情で見上げていた。
「おい、何か知っているのか?」
近くにいた兵士が男の下に詰め寄る。怯えた表情を浮かべた彼は、気分を落ち着かせるようにして口を開いた。
「あれはSOLGだ。さっきまで、あんたらを宇宙空間から狙っていた――しかし、何で大気圏に突入して来るんだ。そんな話は聞いていないぞ!」
SOLGが落ちる――?現実味の無い話に一瞬頭が真っ白になり、思考が停止する。理由は分からないが、さっきまで何度も宇宙空間からレールガンを撃ち放していたものが、この地上に落ちる?僕が思い当たったのは、子供の頃に見ていたテレビ番組で見た光景だった。巨大なスペースコロニーが大気圏に突入し、大地に突き刺さって炸裂する、あの光景。途端に背中に冷や汗が吹き出すような感覚に囚われた。SOLGとやらがどんなものなのかは想像もつかないが、相当な距離があるにもかかわらず空を切り裂いていくのが見える物体だ。そんなものが地上に落ちれば、甚大な被害が出ることは容易に想像できた。ひょっとしたら、これがベルカの切り札だったのだろうか?およそ現実感の無い「敵」の出現に、誰もが動揺していた。だから、僕らの機体、地上部隊の車両の無線のコール音が鳴り響いていたことに気が付くまで、しばらくの時間が必要だった。滑走路を占拠した陸上部隊が真っ先に気がつき、僕たちも慌てて機体に戻ってレシーバーを耳に押し当てた。
「こちら空中管制機オーカ・ニェーバ、歌声に集いし諸君、聞こえているか?既に気が付いているかもしれないが、緊急事態だ。先ほどまで君たちを狙っていた「SOLG」が静止軌道を外れて大気圏へ降下を開始した。どうやら、オーレッドを目指している模様だ。いずれにしても高度が高過ぎて手が出せない。迎撃可能高度に下がるのを待つしかないが、再出撃可能機は改めて出撃準備を進めてもらいたい。近郊の補給部隊が今物資を運んでいる。大統領たちからの伝言だ、どうかもう一度力を貸して欲しい、今日を生き延びた全ての人たちに朝日が訪れるように――。無茶を承知で、私からも頼む。皆の力を、どうか貸してくれ」
しばらく誰もが無言だった。装備と燃料が本当に来るのかどうか。いや、仮に来たとして、自分たちの力で何とか出来るような問題なのか。機体はしかも万全じゃない。被弾による故障のリスクは皆が抱えていた。だけど――きっと彼らは来る。ラーズグリーズの4人は、必ず来るに違いない。証拠など無かったが、それは確信に近かった。
「こちらドラグーン1、オーカ・ニェーバ、補給物資はあと何時間で到着できる?」
「最低3時間というところか。SOLGの落着まではまだ時間があるから、そこから補給作業を開始して間に合うかもしれない。――半分賭けだが、やってくれるのか?」
僕が決める問題ではなかったかもしれない。僕が判断できるような物事ではなかったかもしれない。けれども、今日この場で見たラーズグリーズの4人なら、必ずやって来る。どこかの国のためでもなく、権力者のためでもなく、伝説のように人々のもとに平和をもたらすための戦いに臨むために。ならば、今日ここに集った僕らがすべきことは決まっているじゃないか。
「ドラグーン1、被弾はしていますが行きます。補給物資の提供を急いでください。――僕は、この戦いで色々なもの失いました。僕を鍛え上げてくれた上官、部隊の同僚。そして僕たちを葬り去ろうとした勢力によって、多くの友人たちが傷付きました――私の大切な人も。もちろん、敵を憎みました。しかも、その敵は、僕と同じ国、同じ軍隊に所属していたはずの男でした。でも、本当に倒すべきは僕らの知らないところで戦争をゲームと勘違いし、国を弄んだ連中なんだ、と僕は気が付いてしまった。それに、彼らは――ラーズグリーズの面々があれを放っておくとはとても思えない。きっとまたどこかから現れて、一見無謀にしか見えない戦いに臨むはず。だったら、僕は彼らと共に戦いたい。まだまだ僕らには出来ることがある。昨日までの憎しみを忘れて、共に戦うことが出来ることを彼らは僕たちに示してくれた。そして、失うものばかりではなく、手に入れた大切なものもあるんだ、と気が付かせてくれた。共通の目的のために、人は手を取り合い協力出来るということを。ハーリング大統領やニカノール首相が手を取り合っていたように、僕ら一人一人が出来る戦い、果たすことの出来る役割があるということを!だから……だから、この戦いの向こうにある平和を取り戻すために、僕は行きます。いや、行かなくちゃいけないんだ!!」
「熱いねぇ。だが、そういうの嫌いじゃないぜ。オーカ・ニェーバ、聞こえるか?こちらユークトバニア空軍第665爆撃中隊、リンクス3だ。爆弾をたんまり持ってきてくれ。あのデカブツにたっぷりとお見舞いしてやる」
「こちらグリーンフォックス隊、全機とは言わないが行かせてもらうぞ。ここまで来たんだ、最後の最後まで付き合ってやろうじゃないか!」
「こちらザウキ1、こちとら参加するのが遅かったからな、次は全開で行かせてもらうぞ!」
一人、また一人と声を挙げる。気が付いたときには、出撃可能な者たちが皆声を挙げていた。それだけではなかった。制止する兵士たちを押しのけるようにして協力を申し出たのは、何とグランダーの技師や作業員たちだったのだ。
「15年前、祖国に巨大な孔を穿たれ、また同じ過ちをベルカが繰り返そうとしているなら、それを糾すこともベルカの責任だと思う。だから、協力させて欲しい。この基地にある燃料や弾薬、使えるもの全てを供出させて欲しい」
「民族の血にかけて、裏切りはないと誓えるのか?」
ヴァイス・ブリッツ隊の一人が睨み付けるような視線で技師たちを射る。
「誓う。それでも私たちが裏切ったと見なすのなら、好きにすればいい。私たちは戦闘機を操ったり、銃を扱ったりすることは出来ないが、それでも何か手助けがしたいんだ。今この機会を逃したら、私たちは一生後悔すると思う」
「よし、そうと決まれば早く物を確保しよう。これだけの機数だ、使える弾薬を選んだりしていたら相当時間がかかるだろうしな。動ける連中は手を貸してくれ!」
陸上部隊の兵士がそう言って技師たちに協力を申し出た。さっきまでの歓声はどこかへと吹き飛び、代わりに出撃を控えた最前線基地の喧騒が取って代わった。パイロットたちは慌しく走り始め、愛機の点検を始める。技師や工兵たちに必要な弾薬等の指示を与えるが、騒がしいのでお互いが大声で言葉を交わす様は怒鳴りあっているようにしか見えない。僕もまた、愛機YF-23Aの点検を始める。戦闘で何発か直撃を食らってはいるが、幸い電子系統・操縦系統に異常なし。燃料タンクへの被弾も無し。今晩は眠れそうに無いな、と思ったが、疲れきっているはずの身体には活力が漲り、頭が冴え渡っていた。
グランダーの倉庫や、遅れて到着した補給部隊の武器弾薬燃料は瞬く間に消費され、戦闘機たちの腹の中に納まった。僕らの被っていた損害は予想よりも多く、再出撃に耐えられる機体は20機程度だったのだ。ドラグーン隊もグレッグ中尉とケネスフィード中尉のF/A-22は燃料タンクへの被弾の修理が出来ずに落伍が決定し、僕とウォーレン大尉だけが再出撃となった。再び燃料を満タンにし、腹には詰め込めるだけのAAMを搭載した愛機はアイドリングをしながら出撃の時を待っている。あれから数時間が経過し、大気圏を切り裂く炎は姿を消していたが、その代わりによりはっきりと見えるようになったSOLGの巨体が、まだ薄暗い空を漂っているはずだった。朝日が昇れば、はっきりとその姿が捉えられるようになり――それを見た人々はパニックに陥るだろう。何としても止めなければならない。それがここにいる兵士たちの共通の目的となっていた。
「おいアネカワ、準備は万端か?」
もちろん出撃は出来ないまでも、戦闘機乗りとしての経験を存分に活かして不慣れな技師や陸兵たちに異なる機体の最適の装備を教え続けていたガイヤ大尉が、松葉杖を付いて立っていた。負傷の上、完徹だから疲労の色は濃いが、その目はいつもと変わらない光を湛えていた。何だかんだと言いながら彼をサポートしていたグレッグ中尉も一緒だ。
「大尉、足は大丈夫なんですか?」
「だから大丈夫だって言っただろ。全く、皆して年寄り扱いしやがって……ま、いいや。ところでアネカワよ、そろそろ出撃みたいだな」
「はい。間に合うかどうかはギリギリですが、0540時作戦開始です。やるだけやってみますよ。さっきあんな啖呵切っちゃいましたし……」
「びっくりしたぜ。いやしかし、子供が巣立つのを見送る親鳥の気分ってのはこんな感じなのかねぇ。いつの間にか一端の口を聞くようになりやがって」
ガイヤ大尉は腕を伸ばし、僕の頭を掴んでかき回した。足の負傷がなければ、そのまま脇に抱えられたに違いない。
「時にアネカワ、お守りは持ったか?」
「え?ええ、はい。ここに」
唐突に話を振られて、僕は思わずスマキア伍長から預ったネックレスが入っている胸元のポケットを指差した。にやりと笑うガイヤ大尉の後ろで、グレッグ中尉があんぐりと口を開けていた。その顔が突然真っ赤に染まり、僕は胸元を掴みあげられた。
「アネカワーっ!おまえ、見損なったぞ!!俺たちの知らない間に、怪我したあの子にそんなことしやがるとは、この野郎〜っ!!」
「ちょっ、ちょっと中尉、一体何が!ああ、勘弁してください。息がでぎない……」
ガイヤ大尉がげらげらと笑い出し、突然始まった騒動に野次馬が集まってくる。笑いながら大尉が割って入り、グレッグ中尉を引き剥がす。
「アネカワ、ちょっと耳を貸せ」
「あの、何か僕がまずいことでも?」
「いいから耳を貸せ。ほら、早くしろ」
そして僕はようやく「お守り」の正体を知ったのだった。旧軍から続く伝統だ、と付け加えることを忘れなかった大尉の言葉に、僕はとんでもない勘違いをしていたことに気が付いて、グレッグ中尉に負けないくらい真っ赤になってしまった。そして事態に気が付いた野次馬たちが一斉に笑い出した。穴があったら入りたいというのはまさにこのような状況のことを言うのだろう。だから僕は穴の変わりにコクピットに逃げ込んだ。無線のコール音が鳴り続けていた。
「こちら空中管制機オーカ・ニェーバ。歌に集いし諸君、そろそろ出撃の時刻だ」
「こちら管制塔、出撃機は順次発進態勢を取れ。記念すべき一番機は……そうだな、真っ先に啖呵を切った奴がいいな。ドラグーン1、ドラグーン3、聞こえているか?君たちから離陸せよ。この場の面々をその気にさせちまったオトシマエ、しっかり取ってくれよ?」
僕が!?さすがに驚いて回りを見回すと、既にコクピットに潜り込んでいる他のパイロットたちが笑いながら「早くしろ」と叫んでいた。出撃が近いことに気が付いたガイヤ大尉たちが野次馬たちに離れるよう叫んでいる。僕はシートに置いていたヘルメットを被り、そしてガイヤ大尉たちに敬礼した。
「馬鹿なことやっているんじゃねぇ、早く行って、そして早く戻って来い。俺たちはエルアノに戻らなきゃならないんだし、おまえだって戻るべき理由があるだろう?ほら、行ってこいよ。うちのエースの恐ろしさ、あのデカブツを落とした連中にしっかりと見せ付けて来い!!」
親指を突き上げて了解、と応えて、僕はコクピットに滑り込んだ。ハーネスを絞め直し、キャノピーを閉めて固定。ブレーキを解除してスロットルの出力を上げる。心地良い音をあげながら、機体がゆっくりと滑り出した。滑走路の脇では、ガイヤ大尉や出撃できないパイロットたち、地上部隊の陸兵やグランダーの技師たちがある者は手を大きく振り、ある者は大声で叫びながら僕らを見送っている。コクピットの中から僕も手を振って応え、誘導路をゆっくりと進んでいく。僕らの離陸を待つ戦闘機のコクピットで、別のパイロットたちが敬礼をしている。ドラグーン3、ウォーレン大尉と共に滑走路の末端に到着し、機体を90°方向転換。管制塔からのクリアランスを待つ。
「こちらレイス1、ドラグーン、さっさと行ってくれ。後がつかえているんだ!」
「こちらドラグーン1、言われなくても分かってる。管制塔、早くクリアランスをくれ。後ろから撃たれそうだ!」
「何だよ、折角ファンファーレでも鳴らしてやろうと思っていたのにな。いつでもいいぜ。ドラグーン1、グッドラック!!」
「ドラグーン1、了解。行くぞ!!」
クリアランスを得て、僕はスロットルを徐々に上げ、そして最大に叩き込んだ。エンジン音が甲高い咆哮をあげ、心地良い加速と共に体がシートに沈み込む。無数の仲間たちの見守る中、離陸速度に達した僕らの機体はゆっくりと大地の拘束から解き放たれ、大空へ翼を広げた。
「こちらドラグーン3、アネカワ、ガイヤ大尉じゃないがな、たまには派手に私も決めてみたい。いいかな、隊長殿?」
「ウォーレン大尉も随分と染まりましたね。了解です。竜騎兵の翼、地上の皆にも存分に見てもらいましょうか」
操縦桿を思い切り引き寄せて垂直上昇。何やってるんだ、という管制塔の声を無視して、YF-23AとF/A-22が高空へと空を駆け上がっていく。どうやら後続の連中までつられて垂直上昇したらしい。管制塔が怒鳴り散らしている。高度20000フィートに達し、機体を水平に戻した僕の目に薄明るくなってきた空が飛び込んできた。そう、この空を、この朝日を、目覚めた人々が皆見ることが出来るように。哀しい戦争の終結と平和が人々に訪れるように。そのために、僕は今ここにある。愛機と共に、この空にいる。仲間たちと力を合わせたとき、きっと不可能なことも可能に出来るはずだ。これまで、9103、ドラグーンの皆としてきたように。コンディション・オール・グリーン。目指すは首都オーレッドの目前の阻止限界点。そこが、僕らの最後の空だから。
ラーズグリーズは一度死ぬ。しばしの後、ラーズグリーズは再び現れる。英雄として、数多の英雄たちと共に現れる。