つかの間の休息、そして別れ


サンド島空域での戦闘に関して緘口令がしかれて2日が過ぎた。司令部に出頭していたバートレット大尉は嫌味たっぷりに司令官殿の小言を数時間に渡って聞く羽目になったようであるが、些かの動揺も無い。出撃もないまま時間が過ぎていった。夕暮れ時のサンド島の景色は、オーシア連邦の百景に選ばれても遜色ないほどに美しい。海鳥たちがねぐらに戻るために編隊を組み、赤い夕焼けの空を渡っていく風景は思わずカメラを向けたくなる。もっとも、そのカメラ一式は司令部に取り上げられたままなので、私のカメラマンとしての欲求は大いに不満であった。
「戦闘のあったことを伏せようとするのは何者でしょうか?」
機体の整備と身体を動かす以外にやることがないので、私と同じように機体ハンガー前で時間を潰していたバートレットに、核心をついてみた。
「なあ、この海の向こうといえばユークはムルスカの航空基地しかないだろうが。おまえだって、その目でユークの気色悪いカラーリングを目にしたろう?」
「しかしユークトバニアは15年前戦争以来の友好国じゃないですか?」
そう、15年前戦争での悲劇の後、オーシアとユーク両大国は民間だけでなく政治レベルでも友好関係を保ってきている。タカ派の軍人や政治家たちは舞台から去り、彼らの有形無形の妨害を逐一葬ってきたから今日の平和があるのだ。ユークで政変があったわけでもない現状で、突然ユークが主戦派に取って代わるとは、とてもではないが信じられないことであった。
「ここで推測ばかりしていてもしかたないだろう。今頃、俺たち以上に必死になって事態の把握に務めている連中がいるさ。お互いのホットラインを最大限に活用してな。それに今この事実を公表してみろ。両国の何も知らない純粋な市民達がパニックになっちまうだろうが。」
バートレットの言うとおりだ。記者である自分ですら信じがたい事態を、一般の人間が信じることが出来るだろうか?しかし何かひっかかる。そもそも、先日の遭遇戦ですら宣戦布告もなしに行われた攻撃だ。そんな危険な判断を下すほど、ユークトバニアの軍上層部はイカれていなかったはずだが……。少し前に行われた両軍の士官交流会の際の取材に対するユーク士官の応対は、オーシア軍も見習うべきところが多かっただけに、余計に首を傾げざるを得なかった。考え込んでいる私を横目に見ながら、バートレットはハンガーの壁に背中を預けた。
「無駄に混乱を拡大させず、秘密裏に事態を解決するのも政治の仕事っやつさ。……悪かったな、特ダネのネタ、差し押さえになっちまってよ。」
「いや、仕方ありませんよ。気にしないで下さい。」
「ふふ、そうか。」
夕焼けの空をまた別の鳥たちが飛んでいく。
「本当は、隊長が一番撃ちたくないんだよ、ジュネット」
ハンガーの中で機体整備をしていたおやじさんが、オイルをタオルで拭きながら歩いてきた。
「隊長には昔ユークトバニアに恋人がいたのさ。」
「本当ですか!?」
「ああ、そうだろ、隊長?」
そのときの、ちょっとほろ苦そうなバートレットの顔を私はしばらくの間忘れることが出来なかった。もっとも、事の真相を確かめる機会を、かなりの期間に渡って失ったのではあるが。
「なあに、ちょっと昔の、心の傷跡さ。何せ俺ゃ繊細だからよ。」
苦笑せざるを得ないのは、私の方であった。

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