保護という名の拘束


バートレット大尉の機体に同乗して戦闘に遭遇し、そのときの一部始終を収めたカメラは司令部に押収され、今やメモ帳に絵とコメントを書き記すくらいしか出来ない。それでも基地の中を自由に歩き回れるだけ色々な部隊の人間の話を聞くことが出来たのだが、記者という立場が災いしたのか、軍の機密事項となっている戦闘を知る民間人として、敵諜報機関等による拉致や情報漏洩を防ぐため、という大義名分を掲げられ、私は基地内の比較的広い部屋を割り当てられることとなった。要するに、今日からこの部屋が私の軟禁場所となったわけだ。幸い、司令官付参謀のハミルトン大尉のはからいでウォードッグ隊のメンバーとこの部屋でなら話すことも許されたし、盗聴付きながら外部への電話をすることも許された。おかげで監獄のような状態ではないのだが、かといって軟禁という事実がかわるわけでもない。

そのハミルトン大尉から、ウォードッグ隊が再びユークトバニア軍と交戦している、という話がもたらされた。先日と同じ方角から侵入した敵戦闘機部隊と交戦に入ったのだという。
「ユークトバニアは、いつからそんなに好戦的になったのでしょうか?」
私は、先日バートレット大尉に投げたものと同じ質問を大尉にぶつけてみた。
「さあ、私も心当たりは無いが……。ただ、必ずしも軍に所属する人間が全てデタントを望んでいるとは限らない、ということじゃなかろうか。軍人に限らず、政治家もね。」
大尉の回答は的を得ている。なるほど、確かに軍人も政治家も一枚岩というのは普通有り得ない。ある程度の妥協のうえで国の方向性が決められているのは事実であるし、そのバランスが崩れれば軍事重視に傾くことも有り得る。ましてやオーシアとユークトバニアは二大超大国。覇権を望む人間は我が国オーシアでも少なくないのだから。
「我が国でも、時々覇権主義の政治家が出てくるだろう?確かに報じられてはいないが、議会や大臣クラス、或いは軍の上層部が主戦派に取って代わり、今回の事態になっている可能性もある。」
「私たちは、その最前線に立たされてしまった、というわけですね。」
「そういうことだ、……もう少し辛抱してもらえれば、特ダネの機会もあると思うのだが。」
部屋の電話が鳴り、私たちの会話は中断となった。この部屋にわざわざ電話をかけてくれるような素敵な女性は残念ながらいないから、恐らくは司令官殿がハミルトン大尉が私の部屋にいることに業を煮やしてかけてきたのだろう。受話器の向こうから、司令官殿の濁声が漏れて聞こえてくる。

会話を終え、受話器を置いた大尉の顔つきが緊迫していた。無言で受話器の背を指で叩き始める。
「何があったんですか?」
しばらく彼は答えることをためらっているようであった。こういうときは、悪い知らせだと相場は決まっている。
「悪い知らせが二つ。いや、一つは君にとっては良い知らせかもしれない。」
「どういうことですか?」
「君をここに閉じ込めておく必要がなくなったんだ。ユークトバニアは我がオーシアに対し宣戦布告した。それと同時に、我が軍のセントヒューレット軍港に対し航空戦力による攻撃が始まったそうだ。宣戦同時攻撃だ。」
「何ですって!?」
事態はそこまで悪化していたというのか。平和主義を掲げるハーリング大統領に、ユーク政府も同調していたのは最早表面だけだったということなのか。それにしても、ユークトバニアが戦争に踏み切る理由がわからない。むしろサンド島空域で損害を被っているのはオーシア軍のほうであるし、先に攻撃を行ったのは他ならぬユークトバニアではないか。それとも、何か別の思惑があってユークは虎視眈々とその機会を狙っていたのだというのだろうか?
「それと、もう一つ悪い知らせの方は……外を見てもらったほうが分かりやすいかもしれない。」
私はブラインドに指をかけ、基地の滑走路に視線を移した。滑走路には、恐らくは奇襲攻撃を受けているセントヒューレット軍港の救援に向かうであろう、ウォードッグ隊の戦闘機が3機補給を受けている。いや、3機?そこには、すっかり見慣れてしまったF-4Eの姿が、ハートブレイク1、バートレット大尉の姿が無かった。
「そんな馬鹿な!」
「……私にも信じられないが、彼の機体は撃墜されたそうだ。幸い脱出には成功しているので、既に救援ヘリがその海域に向かっている。なに、すぐに戻ってくる。」
それを聞いてほっとした。私はバートレット大尉の悪態が結構気に入ってきていた。あれがない一日というのは、刺激が足らなくてつまらないというものだ。だが、今から出撃する彼らはそんな余裕も無いのだろう。
「では、彼らはバートレット隊長無しで激戦区に赴かなければならないのですね?」
「……そうだ。」
ハミルトン大尉の顔が曇る。まだ実戦経験もろくにないまま、彼らは戦場の最前線へ向かわなければならないのだ。他にもパイロットはいるのだが、実際の戦闘に参加出来るだけの技量を持っていたパイロットは、初めての遭遇戦で大半が戦死し、今や彼ら3人とバートレット大尉だけになっていたのだ。
やがて補給が終わったのか、3機のF-5Eが離陸態勢に入る。今や、この基地には3機の実戦部隊しかいないのだ。極限の緊張と疲労の中にある3人のことが気にかかる。
「大尉、ここから本社へのネット回線を開いてももう構わないですよね?」
私に出来ることといったら、事実を確認し、何が起こっているのかを記者としてカメラマンとして確かめることだ。彼らが戦場で戦うなら、私にもまだやることがあった。事実を伝えること、だ。
「司令官の許可は出ている。一応検閲はすることになるが、君の取材を妨げるものは最早ない。……特ダネ、第一弾というところか?」
もちろん、第一報は私のものにするつもりだった。

しかし、この日はもう一つ悪い知らせが訪れることになった。救援ヘリが到着したとき、既にバートレット大尉の姿は海面に無かったのだ。既にユークトバニア軍の情報収集艦も去った後で、彼の生死も行方も分からなくなってしまった。自分をかばったばかりに最悪の事態を招いてしまった、と嘆くナガセのことを、私は正視することが出来なかった。

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