サンド島の4騎
【リヒター共同 2010/9/30】
ユークトバニアによる宣戦同時攻撃から苦戦を強いられているオーシア軍。その最前線で奮戦する4機の戦闘機部隊がある。
オーシア空軍第108戦術戦闘航空団、通称「ウォー・ドッグ」隊は恐らく開戦と同時に最も早くユークトバニア軍と対峙した部隊の一つであろう。そして特筆すべきことは、その部隊を構成する4人のパイロットがいずれも戦闘訓練からあがり立てのルーキーパイロットであることだ。彼らを開戦まで鍛えていたのは、オーシア空軍のパイロットの中でも名の知れたエースパイロットであったジャック・バートレット大尉であるが、彼は開戦時の戦闘で行方不明となり、以後ルーキーの一人である一人のパイロットが隊長を務める。だが、彼らは自軍の司令官ですら驚かせるほどの戦果を挙げ続けているのだ。
宣戦布告と同時に行われたセントヒューレット軍港に対する敵航空部隊の攻撃を退け、敵封鎖線を突破する好機を生み出したのは他ならぬ彼らであった、とこの時軍港からの奪取に成功したニコラス・A・アンダーセン艦長は語る。奇襲によりまともに出撃も出来なかったケストレルの航空隊に代わり、襲い掛かる敵攻撃機の猛攻を食い止めていたのは彼らだったのだ、と。
空戦に類稀なる才能を発揮し、隊長機の護衛を務めるとともに冷静な状況分析で部隊を支える「エッジ」、空戦だけでなく対地攻撃でも戦果を挙げ、ロックンロールを愛する陽気な4人のうち最年長のパイロット「チョッパー」、4人の中では一番年下ながら大胆な飛行技術を持ち本番度胸があると基地では評判の「アーチャー」、そして彼らに的確な指示を与えつつ自らも尋常でない戦果を挙げ続けている部隊の隊長「ブレイズ」。この4機を擁するサンド島航空基地の司令官であるオーソン・ペロー大佐は次のように語る。
「戦いの序盤において劣勢にある我が軍を支え、その士気を高めることに成功したのは彼ら4人のおかげである。彼らのような素晴らしき人材と出会えたことは、司令官職にある自分にとっても嬉しい限りだ。これからも部隊一丸となって彼らとともに最前線を守り続けていく所存である」
戦争はこれから熾烈さを増していくことは間違いない。彼ら4機は今や我が軍の誇るエースパイロットたちとなりつつあるが、彼らもまた一人の人間であることを忘れてはならない。戦争の早期終結に向けた政府の交渉に大いに期待したい。彼らが平和な空の下を自由に飛ぶことが出来る日が来ることを願って止まない。
正直なところ、戦意高揚を目的にした新聞記事を書くことは私の好むところではない。まして、私が記事とした4人の素顔を私は知っている。だが、敗戦に告ぐ敗戦で暗い記事ばかりが目立つオーシア・タイムズの編集長からの依頼ともあれば断ることも出来なかった。基地司令官殿の検閲入りであるため、自分の伝えたかったことの何割が残ったのか、個人的には非常に不満の残る記事ではあったが、ウォードッグ隊の4人がオーシアの劣勢を覆し友軍を助けてきたことは事実であった。だから、私は彼らの写真入りでこの記事を書く気になったのだ。残念だったのは、最も良く撮れた写真が、ふざけてグリムの頭を抱えたダヴェンポートの肩で隊長の顔を隠してしまっているという一枚だったことだ。
「こいつはいい記事だ。これでこの4人もオーシアの有名人、終戦後は芸能界入りかもしれないな」
おやじさんは早速オーシア・タイムズを開いて記事を読んでいる。
「本当はこんな記事を書きたいわけじゃなかったんですよ。私は、彼らがこの戦争の中苦悩しながら飛び続けていることを知っている。でも、これでは彼らを「英雄」に祭り上げているみたいで……」
「ジュネット、この記事を読めば分かる人間は分かるよ。君が彼らを英雄ではなく、一人一人のパイロットとして扱っていることが他ならぬ証拠さ。まぁ、戦争大好きの主戦派の人間たちは彼らをより一層戦意高揚の宣伝広告として扱うようにはなるかもしれないが……。」
戦意高揚に最も手っ取り早く、自軍の劣勢を隠すことに最も良い手段は英雄を作ることだ。次々と英雄が誕生したことが報じられるような国は、実際には敗北を重ねていて限界に達しつつあると言っても過言ではない。15年前、連合軍に追い詰められていたベルカ国内の国営紙「ベルカン・マガジン」は、連日のように連合国軍に対して打撃を与えた英雄を紹介し、市民一人一人が最後まで抵抗することが民族の誇りだ、と報じ続けていた。そして「ベルカン・マガジン」最終号が配られた直後、7つの都市が核兵器による攻撃で消滅した。一切残されなかった最終号では、軍部が核攻撃を企てていることをすっぱ抜いて記事にしていたという話もあり、それがベルカの核攻撃を早めたとする学説も今日では存在するのだ。
今のオーシアは、ベルカほどではないにしてもそれに近い状況にある。それ故、編集長としても国民に希望を与えるためにも、ウォードッグ隊の記事を要望したことは間違いなかった。
「この記事を読んだ彼らはどう思うでしょうね。きっと、私に裏切られたと思うんじゃないでしょうか。」
実のところ、私の心配事はそこにあった。
「君らしくも無い、彼らは大丈夫だよ。チョッパー辺りなんか、きっと浮かれてもっといい写真を撮れよとか言い出すに決まっている。……まだ日数は経っていないが、君のことを彼らは十分に理解している。記事自体、司令官殿の検閲の対象となることもね。元気を出したまえ、ジュネット」
いつの間にか、おやじさんは私の良き相談相手となっていた。事実、彼の人生経験豊かな話は、部隊の若者たちの良い刺激になっているのだ。この行く末の見えない戦争状態にあって、彼らが絶望していないのはおやじさんの絶妙なフォローあってのことだ。
「真実は常に一つだけ。それに気がついていたはずなのに、あの戦争ではそれを気がつかないふりをしていた連中が多かった。幸い、オーシアはまだそんな状態ではない。この状況において、事態を憂慮している首脳部がいることはむしろ救いと言えるだろう」
「ハーリング大統領のことですね?」
おやじさんは頷いた。そう、平和主義を掲げユークトバニアとのデタントをこれまで進めてきた彼にとって、今回の事態は痛恨の一撃であろう。彼の政治生命にとっても重大な一撃であることは間違いない。彼を支えるブレーンたちがユークトバニアの大臣クラスと秘密交渉を行い、和平交渉の準備を進めているという噂も聞こえてきているくらいだ。平和ボケの代名詞、と主戦派は口を揃えるが、そのミスター平和ボケの巧妙な手腕に野に下った政治家と軍人の数は数知れずだ。その政治的手腕は侮れないものがある、というのが記者たちの見方である。その彼が手をこまねいているはずは無かった。
「デスクに聞いてみましょう。ひょっとしたら大統領府に何からの動きが出ているかもしれません。」
私は、事態の新たな方向性にすっかり夢中になっていた。……さっきまでの落ち込みをすっかり忘れて。
私の書いた記事はオーシア全土で評判を呼び、一躍ウォードッグ隊の名を全土に知らしめた。私の杞憂もおやじさんの言うとおり杞憂に過ぎず、チョッパーからはレコード会社を紹介しろと迫られる始末。ナガセには無断で写真を掲載してしまったことを咎められはしたが、それだけで済んだ。……だが、私は後に自分の記事が真の敵の思惑に完全に乗せられたものであったことに気が付くことになる。