タイト・ロープ
ラーズグリーズ海峡から帰還したウォー・ドッグは驚くべき戦果を挙げていた。ユークトバニア海軍の切り札とも言うべき、潜水母艦「リムファクシ」をたった4機で沈めてきたのだ。その後の司令官の笑い顔は……見るに耐えなかった。が、彼らの活躍に免じて、久しぶりにアルコールが解禁され、宿舎の会議室はパーティ会場へと変貌した。
ダヴェンポートが持ち込んだステレオからは、派手なロックンロールが鳴り響いている。彼は気の合う整備兵たちとグラス片手に踊りまくっている。ナガセはそれでもオレンジジュースを静かに飲みながら、それでも楽しそうに皆を見ている。グリムはと言えば、既にチョッパーたちに飲まされた酒が回ったのか、ソファを占領して寝息を立てていた。そしてブレイズは、やはり楽しそうにグラスを傾けている。彼は開戦から随分と雰囲気が変わった。隊長として、3人を指揮し守らなければという責任が彼をそうさせたのであろう。私は、そんな彼らを嬉しそうに眺めているおやじさんにカメラを向けた。
「おいおい、敵艦を沈めたエースたちはあっちだろう。よりにもよって私にインタビューかい?」
「いえ、そういうわけではないんです。」
総司令部の友人と話して分かったこと。そう、15年前、私の目の前にいるピーター・N・ビーグル少尉は戦闘機乗りだったということだ。それから、この基地の司令部が様々な戦線で半ば脅迫のようにウォー・ドッグ隊の作戦参加を求めていた事実も。
「司令部の友人と話していて、あなたもかつては戦闘機パイロットだったと聞きました。」
「今は、整備隊の貨物機の操縦だけさ。"年寄りの冷や水はあきらめさせろ"という隊長、前の隊長のバートレット大尉の言葉でね。全く、失礼な話じゃないかね」
「バートレット大尉とはどこで?」
おやじさんは、少し顔をあげ、そして過去を懐かしむように、昔のことを少しずつ思い出すように、言葉を選んで話し出した。
「……15年前、彼は敵地でベイルアウトしたんだ。私もね。そして2人で弾丸の飛び交う下をかいくぐって、味方の最前線まで辿り着いたんだ。陸軍の兵士に信じてもらえなくて、苦労したもんだよ。あのときは、それほどまで混乱していたからね」
「撃墜されたんですか?あなたたちが?」
私はバートレット大尉の凄腕を知っている。彼はそうそう簡単に撃墜されるほどの腕前ではなかった。その彼を撃墜するような凄腕がベルカにはいたということか。
「おいおい、遠い昔の話は勘弁してくれたまえ。あれは私にとっても、あまり思い出したくないことなんだからねぇ」
「あ、そんなつもりはなかったんです。ただ、貴方の豊富な経験は、彼らにとって重要であるだけでなく、ときにあなたは適切なサジェッションを与えています。私はそれが彼らをここまで生き残らせてきたのだと思うのです。」
「私は何もしていないよ。だが、ありがとう。」
おやじさんは、盛り上がっている面々の方に視線を移した。いつの間にかグリムが引きずり起こされ、ダヴェンポートに無理やり踊らされている。さらにそんな彼を整備兵たちが羽交い絞めにし、「ご褒美だ」と言って頭からビールを浴びせる。グリムの悲鳴があがるが、ナガセとブレイズは窓辺で何事かを話しているようで、グリムを助けるものがいなかった。
「おやじさん、彼らが今やっていることは、綱渡りみたいなものです。しかも、そのロープはどんどん細くなっているように思います。開戦からひたすら最前線で戦い続けてきた彼らですが、このままではいずれ限界が。どうか、彼らを支えてやってもらえないでしょうか。私は、彼らが傷ついていくのを見ていられない」
「……そうだね。私がどこまで彼らを助けられるのかは分からないが、私に出来ることはしよう。私にとっても、彼らは大切な後輩たちなのだからね」
「ありがとうございます、少尉」
「おいおい、こんなときだけ少尉はやめてくれ。おやじさんで構わんよ」
私は胸を撫で下ろし、ため息をついた。私もまた、前線司令官たちの独断で行われている戦線拡大の一報を本社に送るつもりだった。それが記事になるかは別として、軍部への足かせとすることくらいは出来るからだ。明日以降のことを考えていた私は、不意に腕をつかまれ引っ張られていった。
「ジュネットぉぉ、こんなときまで何を難しい顔をしているんだ。一緒に盛り上がろうぜぇぇっ!」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。チョッパー、私はあまり飲めないんだ!」
「まあまあまあまあ、そーら一杯目だ」
「お、おやじさん、笑ってないで助けてください!」
「まぁ、一緒に楽しむことも手助けのうちさ。頑張ってくれ、ジュネット」
翌日、私はズキズキと痛む頭を抱えながら表に出た。新鮮な空気を思い切り吸っていると、いくらかアルコールが抜けていくような感触がする。二日酔いなど久しぶりだ。慣れない酒を飲まされたグリムは完全にノックアウトされ、部屋で悲鳴をあげている。これなら戦闘機動で気持ち悪くなるほうがまだましというから、相当なものだろう。ブレイズは平然と今日朝から滑走路脇をジョキングしている。このままいけば、今日一日は彼らの良い骨休めになるはずだ。本当は、戦いの無い平和な空で、こんな日々があるべきなのだが。