チョッパー墜つ


この基地に来てからそれなりの日数が経ち、私の机の上には記事を書くのに使用したり或いは記事にならなかった数々の資料が山積みになっている。オーシア軍はついにユークトバニア地上軍をジラーチ砂漠で打ち破り、首都シーニグラード目指して進撃を続けている。いよいよ、この戦争は大詰めとなってきたわけだ。そして、ウォー・ドッグ隊は常に最前線にあり、友軍の危機を救い続けてきた。いつしか彼らは敵からは「ラーズグリーズの悪魔」と、味方からは「サンド島の4機」と呼ばれ、この戦争最大の功労者の一角を独占していた。私は、開戦から自分の手元に集め続けた様々な資料の整理を始めた。戦争が終われば、私も編集部に戻るか、或いは次の職場を探しにいかなければならない。クリアファイルやバインダーに挟まれた数々のメモ、スクラップを逐一読んでいく作業はなかなか大変だ。必要の無い資料を「廃棄」と大きく書いたダンボールに放り込み、必要な書類を新たなファイルにはさみ込んで行く。一時間ほど進めてみて、私は量の多さに呆れていた。こいつは、本当に1日仕事になりそうだった。

昼飯も適当にサンドイッチで済ませて、作業を続けてから何時間が経っただろうか。私の整理作業は中断していた。開戦から今日までのウォー・ドッグ隊の記録や両軍の作戦行動を見ていて、私は妙な点に気がついたのだ。そう、現在でこそオーシア軍は快進撃を続けユークトバニアを追い詰めてはいる。だが、開戦からリムファクシ撃沈までの期間を取ると、戦闘は一進一退だったのだ。それも、双方の重要な作戦が、双方ともに頓挫するという結果でだ。ユークトバニアに上陸した陸軍部隊は、上陸し拠点を築くまではともかくとして、その後北進でかなりの損害を受け何度も後退している。これはリムファクシの攻撃や、友軍の効果的な航空支援が受けられなかったこともあるが、その進撃をユーク軍に完全に見透かされたことが大きい。一方ユーク軍は、大戦序盤においてサンド島攻略に大規模な揚陸部隊を送り込んだが、その動きをオーシア軍に事前に察知されただけでなく、アークバードからの攻撃で切り札たるシンファクシを失ってしまった。そう、乾坤一擲を賭けた攻略作戦が、かなりの確率で失敗しているのである。これはどういうことだろうか?双方の諜報機関が優秀だから?……私は、別の答え、それもある意味最悪の可能性に思い当たっていた。この戦争が、何者かの手によって実は操られている。それも、双方の重要な情報が漏洩し、双方に伝えられていたとしたら……?物証は無い。さらに言えば、そんな危険なことをする必要性がどうしてあるのかも分からない。だが少なくとも、オーシア軍の快進撃は、ウォー・ドッグ隊のリムファクシ撃沈以降に集中しているのだ。もし、黒幕の人間がいたとしたら、次に打つ手は何か?……私なら、4人を、ウォー・ドッグ隊を狙う。今日、彼らはアップルルース副大統領が開催する平和式典に、展示飛行を仰せつかって出撃している。副大統領は積極的戦争進行派であるから、ユーク軍からは忌み嫌われている。私は、何事も起きないことを祈らざるを得なかった。

そして、その期待は最悪の形で裏切られ、私は私の立てた仮定を確信するに至った。チョッパー、アルヴィン・H・ダヴェンポート大尉が戦死したのである。それも、何者かによって援軍の到着が遅れ、孤立無援で戦い続けた結果。

夜になって、本土航空隊の輸送ヘリが物言わぬ存在となったチョッパーの亡骸を輸送してきた。既に彼は棺に納められ、その上をウォー・ドッグ隊の隊旗が覆っている。つまり、中は見るな、ということだ。おしゃべり好きで、常に口が動いていた彼の声がどこからも聞こえず、幾人かの兵士たちが無言でその棺を担ぎ、出迎える私たちも一言も話さない。この基地に来て初めての体験は、現実感を全く伴わない。グリムは頭を抱えて座り込み、ナガセは唇を噛み締めながら立っていて、右頬には涙の粒がゆっくりと滑り落ちていた。ブレイズは無表情であったが、うつむき加減の彼からは、言葉で表せないような痛みが伝わってきた。慰霊室を持たないこの基地なので、彼の亡骸は本部棟の講堂に運び込まれ、葬儀が行われることになった。そして肉親の元へと帰っていくのであろう。
おやじさんの顔も沈痛そのものだった。私の視線を感じとった彼はゆっくりと首を振った。今は勘弁してくれ、といいたげだった。チョッパーの棺は、ゆっくりと私の目の前を通過していく。私は絶えがたい現実感の無さに、呆然と立ちすくみ、見送ることしか出来なかった。

その夜、講堂では司令官殿らも出席して、チョッパーの軍葬が行われていた。だが私は彼の死を未だ認識することが出来ず、いや、認めたくなかったから、部屋に閉じこもっていた。チョッパー、ダヴェンポート大尉は、いつも冗談を言ってばかりでどこまでが冗談なのか良く分からないところはあったが、その割に私の部屋にはほとんど毎日出没し、冷蔵庫の中の飲み物を消費していた。カークも一緒に来るので、そのえさ代わりにハムやらソーセージやらもいつの間にか冷蔵庫にしまわれているという状態だったが……。今になって考えてみると、彼は彼なりに私に気を使ってくれていたのではないかと思う。いや、私だけではない。おどけたフリをしながら、実は部隊の人間にさりげなく気を使い、時には冗談を飛ばしていた、まさにムードメーカーを演じていたのが、彼の実像だったのではなかろうか。経験もなく腕も他の3人に比べるとやや劣るグリムの面倒を見て、ナガセの真面目であるが故に出来る死角をカバーし、そして隊長という職務に悩みながらも部隊を率いているブレイズを励まし……。彼もまた、この戦争を生き抜くため、必死に戦っていたのだ。

私は自分の部屋を出て静まり返った宿舎の中をぶらぶらと歩きだした。既に講堂での葬儀は終わったようで、基地はまるで全体が喪に服したように沈黙している。が、明かりが落とされた宿舎の一室の照明が付けられたことに気がついた。そう、もう主が帰ることの無い、チョッパーの部屋が。一体誰が?私はそっと階段を上り始めた。すると、恐らくその部屋からだろう。聞き覚えのある静かな旋律と、透き通るような歌声が聞こえてきた。この曲は……!そう、この曲は15年前の戦争で反戦歌として流行したあの曲だ。私も昔レコードを持っていたはずだ。今でも、実家の倉庫に山積みにされた私の青春時代のガラクタの一角に埋もれているはず。私はそっと、部屋の中を伺ってみた。一人の男が、机の前で立ち尽くしている。……ブレイズだった。彼は無言で立ち尽くし、流れるメロディーを聞いている。やがてその背中が震え出し、そして彼は机にかろうじて掴まって崩れ落ちた。……私は、彼の叫び、はっきりとは聞こえなかったが哀しい咆哮をはっきりと聞いてしまい、動けなくなってしまった。しずかなメロディが流れる中、嗚咽の声が微かに聞こえてくるのだ。私はそんな彼の姿を正視することが出来なかった。踵を返して階段を降り始めた時、ようやく、私は悲しい現実を理解した。涙で視界でぼやける。私は、階段に座り込んでしまった。私は、こんな辛く哀しい思いをするためにここに来たはずではなかった。

そう、いつも陽気な、それでいて実はシャイで優しい、仲間想いのあの男はもう二度と私たちの元に戻らない。

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