The Unknown ACES


時間が経つことほど残酷なことは無い。チョッパーの死でふさぎこんでいた私も、普通に基地の面々と冗談を飛ばし合い笑うことが出来るようになっていた。もちろん、心にぽっかりと開いた穴はふさぎようが無かったのであるが。夕暮れ時、赤く染まった空を白いカモメたちがねぐらに帰るべく空を舞っている。私は、ウォー・ドッグ隊の機体が普段なら格納されているハンガーに足を踏み入れた。ついこの間までチョッパーの機体があったスペースには、代わりに先日のノーベンバーシティ上空での戦闘で撃墜された、ユーク軍の戦闘機の残骸が置かれていた。その機体を見上げるように、おやじさんが立っていた。私に気がついた彼は私を手招きした後、再び考え込むようにしてその残骸を見上げている。この機体はF-22と呼ばれる機体であったろうか?機体色がオーシア軍のグレーを基調としたカラーリングではないことを除けば、特に物珍しい機体ではないと思うのだが……。
おやじさんの表情は真剣だった。そう、まるでこれから戦場に臨むパイロットの視線のように。
「見たまえ、この残骸を。」
改めておやじさんはそう言った。
「私には、特に何の変哲もない戦闘機に見えます。これに何か問題でも?」
「ああ……一見、この戦闘機はそのものに見えるが、実はそのものではないんだ。性能と強度を落とさないように、組み立てを効率化し、より低コストで生産出来るような再設計が為されている。外見だけがそのものというわけさ。これなら、2機の予算で3機はいける。……彼らはまだこんなモノ作りをしていたんだね」
「彼ら?彼らとは一体誰のことです?」
おやじさんが指差したのは、残骸にかけられた幕からはみ出た吸気口の辺り。攻撃でパーツが吹き飛んだ部品には、赤地に「I」の文字が抜かれたマークが書かれていた。
「そう、ノース・オーシア・グランダー・インダストリーさ。その昔は、南ベルカ国営兵器産業廠と言った。」
ノース・オーシア・グランダー・インダストリー。かつての南ベルカと呼ばれていた地域に位置するこの大兵器生産基地は、15年前の戦争後オーシアによって民需中心の生産拠点として生まれ変わり、かつての国営兵器廠はオーシアの中でもトップクラスの製造メーカーとなっていた。
「しかし、南ベルカは現在はオーシアの信託統治領。かつてのベルカの技術はオーシアのために使われている。それを何故敵が?」
「興味深い話だね」
おやじさんは格納庫前に置かれたベンチに腰を下ろした。ベンチの脇では、主を亡くしたカークが彼の主を待っていたいつもの場所で座り込んでいる。
「ベルカといえば……ジュネット、君は知っているかね?あの戦争の後、オーシア軍が空軍強化の目的で雇い入れたベルカ人のエースパイロットたちがいる。かつての敵国ベルカ人だけのアグレッサー飛行隊が編成され、当時の空軍パイロットたちの指導に当たっていたという話があるのさ」
「そんな馬鹿な。オーシアに多大な出血を強いただけでなく、自分たちの町にまで核兵器を落としたような連中を受け入れるなんて。それは政府の決定だったのですか?」
おやじさんは首を振った。そして、遠くを見つめるような目で赤い空を見上げた。カークが起き上がり、おやじさんと一緒に赤い空を見上げる。おやじさんはそんなカークの頭の上に手を置いた。気持ちよさそうにカークは目を細めている。
「いや……私のような古狸にも伝わってこないようなガードの固い話さ。恐らく大統領府でさえ把握していないんじゃないかな。」
つまり、15年前の戦争後、政府もあずかり知らないところで軍部が招き入れたベルカ人たちがいたというわけだ。しかし何のため?何故昨日までの敵をそうまでして容易に?いや、さらに不思議なことがある。
「おやじさん、その後彼らは一体どこに?」
「さて……少なくともベルカに戻ったという話は聞かないね。だとすれば、まだオーシアに存在するのか……或いは……?」
「或いは……?」
「いや、こっちでも少し昔のつてを頼りに調べてみよう。少し気になることがあるんでね。ジュネット、君もノース・オーシア・グランダー・インダストリーについて、調べてみてくれないか?」
無論、私はそのつもりになっていた。チョッパー亡き後、私の目的は少し以前と変わってきている。戦争の日々を追いかけるのではなく、何故この戦争が発生し、現在に至るのか。それを明らかにすることが今の私にとっての「タスク」となりつつあった。

部屋に戻った私は、オーシア・タイムズ経済部をコールした。経済部には同期入社のタイラがいる。企業情報とくれば経済部なのだが……。
「はい、こちらオーシア・タイムズ経済部!今タイラは席を外しているぞ」
「おいハマー、おまえ何だって経済部にいるんだよ。しかもタイラの電話取りやがって。」
「いやなに、ちとおいしそうな匂いがしたもんでなぁ。で、どうした。おまえこそ経済部に電話なんて、何かネタか?」
「今タイラがいないんなら仕方ない。おまえでもいいよ。なぁ、最近ノース・オーシア・グランダー・インダストリーの株価ってどうなっている?」
電話の向こうで、ハマーが息を飲むのが分かった。
「……ああ、株価は順調に上がっているぜ。戦争のおかげでな、ただでさえ良い業績がウハウハみたいだ。まるでハイエナだぜ。」
「そうか……じゃあ近々発表の年度決算も相当いいな?」
「と言いたいところだが、そうでもない。単価を下げでもしているのか、工場生産フル稼働の割に利益が上がっていないらしいぞ。兵器部門なんか、休日返上で生産しているらしいけどな。まぁ、前線の消費量がその生産量を超えているってことだろ」
私は妙に思った。確かにオーシアの損害は少なくない。だが、損害をより多く出しているのは陸軍部隊である。前線で装備品が余って困っているという話も聞かなければ、むしろユーク軍の方が最新鋭の兵器をより多く使っていたりするのだ。しかし、工場はフル稼働?何か引っかかる。
「ハマー、そっちも何かアテがあってそっちに来たんじゃないのか?そして、恐らく私の読みと似たようなことを考えている。違うかい?」
「降参だ。さすがだな、ジュネット。ついでにもう一つ面白い話を教えてやるよ。社会部付の役員連中、最近ハーリング大統領に追い出された退役軍人たちと随分懇意にしているみたいだぞ。編集長がいらん接待が増えたと嘆いている。……な?これでおかしいと思わないほうがおかしいだろう?」
オーシア・タイムズの役員と退役軍人が?そう言われてみれば、平和主義の大統領によって軍を追い出されたタカ派の退役軍人たちが次々と復職しているという話を耳にしている。その連中と、オーシア・タイムズの役員が顔を合わせている。これは何を意味するのか……?
「ハマー、危ない橋を渡らない程度で構わない。もう少し色々と調べてみてくれないか?私のほうでも、少し持っている情報を整理してみる。」
「よし、スコッチ2本だな。分かった。こっちも色々当たってみよう。また後で電話する。じゃあな」
ゆっくりと受話器を戻し、私は思考回路を久しぶりにフル稼動させた。どうやら、首都でも何かが起こり始めたらしい。いや、ひょっとしたら何かは既に起こっていたのではないだろうか。単に私たちがそれに気が付かなかっただけではないのか?私は、自分の立てた仮定を今では事実として認識し始めていた。この戦争は、仕組まれたものではないのか、と。

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