謀略の舞台裏


ハマーから折り返しの連絡が入ってきたのは、夜に入ってからだった。てっきりオフィスにいるのかと思ったが、どうやら彼が何箇所か持っている個人的な仕事場の一つからだった。私は記事の取材と称してウォー・ドッグ隊の戦闘記録を検索を続けていたが、主に航空機に関して興味深いデータを取ることが出来た。それは、ブレイズたちが撃墜した敵機の機種だ。ブレイズたちが戦ったユーク軍の戦闘機はオーシア軍においても配備が進められているものとほぼ一致し、ユークトバニアにおける軍需産業が中心に生産しているものとは異なるものが多いのだ。事実、この基地に持ち込まれた残骸にはノース・オーシア・グランダー・インダストリーのエンブレムがはっきりと記されていた。つまり、彼らはこの戦争でオーシア軍に兵器を供給するだけでなく、ユークトバニアにまで兵器を売りつけていた。それも半端な量ではない。恐らく、彼らは水面下でユークトバニアの軍本体とコネクションを持っている。オーシアとユークトバニア両方からの発注を受けているんだ。それは利益があがって当然だ。だが、それほど利益は上がっていないというのがハマーの返答だった。おやじさんは、彼らの作り方なら2機の予算で3機はいけると言った。ではその浮いた1機はどこへ?いや、1機分の生産コストはどこへ流れたのだろう?
「ハマー、遅かったじゃないか。」
「いやなに、綺麗どこと騒いでいて遅くなった、と言いたいところだがそれどころじゃないぞ、ジュネット。夕方政治部の連中と話していたんだがな、我が国は今実は元首不在かもしれないんだ」
「何だって?」
「元首が不在なんだよ。確かに、最近の大統領府はおかしなところがあった。政府の記者会見はほとんどアップルルースの野郎が取り仕切っていて、肝心のハーリング大統領が出て来た試しがないのさ。これまで、国の行く先を左右するような決定を下すときには必ず自ら記者会見してきたハーリング大統領が出てこない。戦争なんていう、とんでもない決定事項を下したときにもな。」
そう言われてみると、テレビやニュースで彼の姿が登場したのは、ユークトバニアの宣戦布告に対して憂慮する声明を発表したときが最後だったように思う。その後、大統領はウォー・ドッグ隊によって敵の襲撃を逃れ、8492航空隊の手で救出され本土に戻ったはずであった。だが、仮にそのとき、或いはその後拉致されていたとしたら……?
「ハマー、ひょっとして彼がいなくなってという時期は、オーシアがユークトバニア本土侵攻を決めた辺りか?」
「そのとおり。それ以降、執務室から出てくる彼の姿を見た者はいない。それとな、アップルルースのブレーンの面々がまたひどいぞ。こいつら、揃いも揃って15年前の戦争でベルカに対して核攻撃による完全抹殺を提唱した奴らだ。最悪の戦争屋たちだよ。その神輿に担がれたアップルルースの野郎も似たようなもんだろうけど」
そしてブレーンたちの下には覇権拡大に賛成する強硬派の軍人たち、議員がぶら下がっている。民間企業の人間もいるだろう。ハーリング大統領という強大な重しがなくなった今、強硬派が合法的に権力を手にする方法はいくらでもある。つまり、オーシアは知らないうちに無血クーデターが進められ、強硬派が政治的権力を手にした状態にあるかもしれないというわけだ。さらに言うなれば、その退役軍人と接点を持っているうちの役員は……!
「俺たちオーシア・タイムズも同じ穴のムジナさ。社会部の部長が、急にスポーツ部に異動になった後、後に座ったのが誰だと思う?総務部の資料部屋送りにされていた連中だぞ。奴ら、マスコミまで完全に押さえるつもりだ。これじゃあ、独裁国家と何も変わりゃしない。俺だって連中から毛嫌いされているからな。一体どんな目に合わされるか分かったもんじゃない。」
ドアがノックされた。私は話を一旦中断し、ドアのほうを見るとおやじさんが「入ってもいいか」とゼスチャーをしていた。受話器を持ったまま私は頷き、再び窓のほうを向きながら話し出した。
「ハマー、私も資料を整理していて分かったことがある。まずノース・オーシア・グランダー・インダストリーだが、こいつらオーシアだけでなくユークにも兵器を供給している。明らかにユーク国営の軍需工場製でない機体が敵に渡っているんだ。道理で工場がフル稼働になるわけさ。両国の軍需需要を一手に仕切ろうとしているんだからな。」
「あの辺は、昔でいう南ベルカだよな。まさかとは思うが、ベルカがからんでいたりしないだろうな、今回の戦争。……まあいいや。こうなったら、とことん調べてみるさ。また連絡するよ、じゃあな」
「ハマー、くれぐれも気をつけろよ。強硬派の連中だったら何をするか分からないぞ」
「まかせろ。「ハッカー」のあだ名は伊達じゃないことを証明してやるよ」
電話が切れ、私は受話器を戻した。あいつのことだ。本気になった暁にはヤバイ橋をいくらでも渡っていく。それにしても、彼がもたらした情報は衝撃的だった。
「おやじさん、大統領府に大統領の姿が見えない、と言ったら信じる気になりますか?」

おやじさんは「充分に有り得る話だ」と言って頷いた。おやじさんもどうやら同じ結論に達していたらしい。
「ユークトバニア本土侵攻の辺りからなんだろう?今進められている戦争は、明らかに大統領の意志とには合致しないからな。」
「友人の記者が言っていました。大統領が執務室から出てくる姿を見たものがいない、と。代わりに、先日のノーベンバーシティスタジアムで平和式典を開催したアップルルース副大統領が、政府決定事項として舞台にあがっているそうです」
「やはりな。そうそう、夕方話したベルカ人部隊のことだが、色々と分かってきたよ。やはり彼らは実在する。オーシアでの部隊名は8492というらしい。……どこかで聞いたことのある番号だろ?」
私は頷いた。やはり、大統領はオーシアに戻ることも無く、捕われていのだ。
「それからもう一つ。驚かないで欲しいのだがね……司令部付のハミルトンは、かつて8492への派遣将校だったらしい。」
「何ですって!?」
あのハミルトン大尉が?私は不意に、夜中の食堂での通信兵との会話を思い出した。彼は言っていた。ハミルトン大尉が新人の指導をするため通信室によく表れている、と。そしてダミーの通信を飛ばしていると。それがダミーの通信ではなく、何者かに当てた本物の通信だったとしたら、サンド島部隊だけでなくオーシア軍の動きが筒抜けになっていたということか……!
「ブレイズたちをノーベンバーシティ上空で危地に陥れたのも彼らの仕業さ。ハミルトンから連絡を受けた8492が偽の通信を流す。恐らく、マクネアリ空軍基地で事故を発生させたのも連中の仲間の仕業だろう。……どうやら、ウォー・ドッグ隊は彼らの目の上のたんこぶになってしまったみたいだね」
「何とかハミルトン大尉の動きを封じなければなりませんが……。司令官殿では話にならないような気がします」
「同感だ。逆にハミルトンの口車に乗せられているのがオチというところだな」
窓の外から甲高い金属音が響いてきた。この基地に帰ってくる部隊といったら、彼らしかいない。タイヤの接地するブレーキ音が聞こえ、彼らの機体が格納庫へ向かっていく。
「とりあえず、彼らには話をしておいた方が良いだろう。頃合を見て連絡を入れることにしよう」
さて、どう動くか。オーシア・タイムズを利用するにしても、上が強硬派と通じているのならば黙殺されるのがオチだ。何かいい手段はないのか。今晩は長い夜になりそうだった。そして、事態は私やおやじさんの予想よりもさらに早く、私たちに迫ってくることになった。

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